日日雑記
emi



 1959年11月14日

カンザス州にある小さな町、ホルカムで惨劇はおこる。
地元の名士で大きな農場を経営する裕福なクラッター一家
4人が、何者かに惨殺されたのだ。

ニューヨークで事件を知った作家トルーマン・カポーティは「今までにない作品が書ける」と直感、ただちに現地に飛び旺盛な取材を始める。

同年末にペリー・スミス、リチャード・ヒコックの二人が逮捕され、事件は大きな転機を迎える。
犯人のひとり、ペリーに興味をもったカポーティは、孤独な彼に”友人”という言葉をちらつかせながら情報を引き出し、徐々に事件の核心に迫っていく。

執筆は順調に進み、出版の前哨戦として観客を集めた朗読会も開かれ、初のノンフィクション・ノベル『冷血』は喝采を浴びる。

幼少時代の境遇に共鳴するようにペリーの心理に寄り添い、犯罪の深淵を垣間見る一方で、カポーティは取材のため弁護士を雇い審理の引き伸ばしを画策する。
しかしそれが裏目に出たか、くり返される控訴と死刑執行延期で終章が書けない。彼らが死ななければ、本は完成できないのだ。

そして、カポーティは彼らの死を望むようになる――



映画『capote』のおおよその経緯はこのようなものだ。
23歳で衝撃的なデビューを果たし、アンファン・テリブルと恐れられ、夢の上流社会の仲間入りをしたカポーティは『冷血』により作家としての頂点を極める。
しかし彼はこれ以降、ついに一冊の本も完成できないまま、
1984年友人宅で客死する。


何故『冷血』のあと、カポーティは書けなくなってしまったのか。映画にその答えはない。そのかわり示唆する要素は腐るほどある。

死刑執行に立会い衝撃を受け、二人を助けるために何も出来なかったと嘆く彼に対し、幼馴染で作家仲間でもあるネルは「助けるつもりもなかったでしょう」と言い放つ。

母親に見捨てられ、片田舎で叔母たちに育てられ、あふれる才能とユーモアをもち、風変わりな外見と独特の語り口で人々を魅了し、多くの男たちを愛したカポーティ。
そんな彼が神を信じていたかどうかは分からない、しかし。

物書きから書く行為を永遠に奪う。それが「人の死を願ってまでも手に入れたかった成功」への天罰なのかと、一瞬でも彼の脳裏をよぎっただろうか。

あるいは年齢のせいかもしれない。才能が枯渇したのかもしれない。しかし、この映画を観た誰ひとりとして、そんな理由は信じない。


猟銃で、ひとりひとりの頭を撃ち抜くシーンがある。
棺に納められた、頭に包帯をぐるぐる巻きにされた遺体が映る。
警察の状況写真も見せつけられる。
絞首刑直前、死刑囚の体には、ファイターのパイロットのような拘束具が着けられる。
足場を抜かれ吊られた体の足先が、瞬間痙攣し、止まる。

画面に横たわる、いくつもの死。
そのどれもが人間の愚かしさの結果だとすれば、我々と決して無関係ではないのだ。






2006年10月25日(水)
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