日日雑記
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 忌み名の研究

吉川良太郎「シガレット・ヴァルキリー」の後書きの中に、古代から中世ヨーロッパにおいて自分の名前を知られることが権力の委譲になるという迷信があった、とある。また、名付けるとは知的に所有すること、存在を概念化させることだ、とも。

忌み名とは名前の禁忌習俗のひとつで、悪霊・他者に己のウィークポイントをつかれぬよう、通常生活で本名とは違う仇名などを使用するものだ。古来日本でも言霊思想(言葉の精霊によって『かく言えば、かくなる』という呪術的な言事融即観の思想)を根底にして実名を秘匿し、呼んだり書いたりすることは特に王権者には厳密なタブーであった。

古代ローマでは罪人のファミリーネームを取り上げたというし、アニメ『千と千尋の神隠し』でも主人公たちは湯婆に名前を強制変更させられ、記憶が曖昧になってしまう設定だった。
冒頭の「シガレット・ヴァルキリー」は米中戦争後の近未来が舞台。流星雨に潜む情報化された遺伝子モデルに酷似した電波を擬似体に組み込み実体化させた人形がキィワードになっている。ここに「名付けること」のファミリー的要素を加え、ついでに伝統とマフィアで味付けしたどことなく感傷的な物語である。

呪いが実生活から遠ざかってしまった現代では、自分の名前は一生ついて回る存在だ。ネット社会におけるハンドルネームは匿名性のためだが、違う名前を使えるほとんど唯一の機会で別の人格を演じる楽しみも同時に存在しよう。

普段何気なく使っている名前。己の「体」を表すと言われるもの。ひいては本質までもさらけ出す忌むべきもの。
名前に使われる当用漢字が改訂された今、もう一度名前のもつ意味や力について考えてみたい。

2004年07月17日(土)
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