| 2002年12月09日(月) |
教師の資質 社会人の資質 |
最近腹立つことが多いのはカルシウム不足だからか?そういや牛乳飲んでねえや。ってゆうかそもそもカルシウムとったくらいで怒りはおさまるのか?
この前大阪に行ってきました。「教員採用試験G判定者説明会」です。ま、つまり来年大阪府の小・中学校で教壇に立つ資格を得た人たちが集まったんです。そこで思ったことが、「資質」です。それは教員としてのものだけでなく社会人としてのものも含めてね。 常々ジョンが心がけているのは「人が話しているときは黙って聞く」ということ。誰かが説明あるいはお話してくれているんだったら黙って聞きましょう。そう小学校で教えられたし、何より相手への敬意やその議事等の流れも考えるとそれが適当であるはず。 ところが大人がそれを無視してる。よくある国会中継。野次を飛ばす議員がいます。何で黙って話を聞けないのか。ニュース番組では激論をすれば視聴率がとれるとでも思ってるのか、何にでも激しく突っ込むコメンテーターがいます。議論になってないよ。そんな大人に限って子どもに偉そうに説教するんですよね。「人の話はよく聞きなさい」とか「電車の中では静かにしましょう」とか。もうホント笑えない。そんなだから大人が馬鹿にされるんですよ。年上だったら誰でも尊敬しろという旧体育会系的な考えは嫌いです。でも年上は敬うべき。なぜなら年長者はそれだけの経験をして然るべきだったから。今は違いますよね。そうとは限らない世の中になってきている。ある程度の年齢に達したら、そこからは年の差は関係なくなりますよ。 じゃあこれからの大人はどうしたらいいか。簡単なことです。年長者らしくなればいい。子どもたちに自分の姿を見せられる人間になればいい。そんなことを言うと「そんな人間はいない」なんて反論する人もいるでしょうが、もちろん完璧な人間を目指そうなんて言ってるわけじゃないんですよ。人間として、社会的なイキモノとして最低限守るべきマナーを守ろう、と。そしてそれを若いものに教えよう、と。だから自分たちはより厳しく自分を見よう、と。そういうことなんです。自分たちは平気でルールを破ってるのに、子どもにはルールを守らせようとする。そういう恥ずかしいことはやめましょう。 で、何で大阪の説明会でそんなこと考えてたかと言いますと、教員になる人間が集まってるはずなのに、私語が多い。同じ部屋で個人面接やってるのに平気でとなりの人間としゃべったり、人事の方がお話しているのに机の下で本読んでたり。学生でも許されませんよ、そんなこと。黙認はされてますけどね。それを教員(仮)がやってる。心中で大苦笑っすよ。おまえらが来年教壇に立つわけか。は〜ん、そのイス、俺の友人に譲ってやってくれや。 さらにひどかったのは大学で行われた教員免許授与の説明会。会場の後ろの人たちは説明が聞こえたんでしょうか。ま、よく後ろの方に座ってる人たちは「音が届かない」とか文句言いますが、せめて話を聞こうという態度くらい見せてもいいんじゃないですかね。そのうえで文句言いましょうよ。あんなにうるさくしてて「声が聞こえない」とか言っても説得力はないっす。一応ご丁寧に手続きのマニュアルを配ってくださったんでそれを見りゃいいだろうと安心していたのかもしれないですが、彼ら彼女らは補足があったのを知ってるんでしょうか。というか彼らにも免許がわたるんでしょうか。ま、自分で金払って資格とってるんでしょうから文句言うのはおかしいと思いますけれど、ぶっちゃけその免許いらないんじゃない? そ、ここまで好き勝手書いてみた今日の日記。肝心なのは自分もそのダメな大人の一人だということ。どう見てもオレは社会的にまだ未熟だし足りないもの余計なものが多くある。ただ常にその気持ちを忘れずにいたいですね。人に文句ばっかり言って自分に慢心しているようなクズにはなりたくないっす。いろんなものを吸収して少しでも日々成長すること、人だけじゃなくいつも自分を見ること、それを忘れずに。人って努力次第でけっこういけるもんですよ。たぶんね。
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