| 2003年10月31日(金) |
書き直し(1101.深夜更新) |
31日に書いた日記はどうかと思ったので書き直し。 「黄泉がえり」見ました。ビデオで。 最後までずっと思ってたのが「残酷」な話しだなってのが。 すごく残酷だと思う。死者が生き返るなんて。 しかも、たったの一週間。 以下、微妙にネタばれ。ついでに、珍しく皇が偉そうに持論を展開しているので、不快に感じる方は即刻帰ってください。ついでに、不快になっても皇は責任持ちませんよ。苦情以外に、何か意見がありましたら、メールor掲示板でどうぞ。
RUIのプロモの疑問も解けました。 ずっと、「何であんなに険しい顔で歌ってるんだろう」って疑問だったんです。 消える瞬間まで歌い続けるってどんな気持ちだろう。 最後まで自分の好きな事ができて幸せ?それとも、自分の歌と共に黄泉がえりが終わってしまう事に対して心を痛めるのか? 最後まで、分からずじまいでした。 映画のラストの方で「思いが一秒でも良いから伝わったなら幸せ」って言葉。 所詮、奇麗事だと思ったり。頭でそう理解しても、絶対に気持ちが納得いかない。 消えた人が悪いわけじゃないけど。きっと、恨むんだろうなあ。私だったら。 私は、そんなに潔い人間じゃない。だから、ずっと恨み続けると思う。 多分、映画の中の葵さんみたいに、大切な人が黄泉がえることなんて望まない。 周りの人の大切な人がよみがえっていくのを見たら、私も黄泉がえりをのぞむだろうけれど。最終的には喜べないと思う。 映画みたいに、死者が帰ったあとに生きる事の意義を感じることなんてできない。 そこで立ち止まって終わりだと思う。 そもそも、自分の大切だと思う人。たとえば友人だとか。 自殺されたら恨み言だっていえないから。 死んだらそれで終わりだから。 そりゃあ、両親にしたって犬にしたって祖父母にしたって。 私にしたって、いつかは死ぬって分かっている事だし、それが自然の摂理だけど。 不自然な死も、不自然な生もいらない。 ありのままで良い。今のままで良い。何にも望まない。 だから、この映画ってすごく残酷だと思ったわけです。 自分の考えを露呈されるというか。 死者が生き返るって言うのはきっと、ひと時でも優しい嘘かもしれないけれど。 その時間は確かに存在したのに、感触も覚えているのに。 一週間たった後に、返っていかれたら、何にも残らない。 きっと、伝わりあった瞬間だって嘘になる気がする。 私が人間って語るのもどうかと思うけど。人間って弱いから、きっと一瞬の幸せを望んじゃうんだろうなあ・・・。その後の、虚無にフィルターかけて。 優しくて残酷。
なんか、久し振りに色々考えました。
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