■ラビットキス■
この年頃の女の子に比べて男はこどもだなんて言うけどそんなこと全然ない。そういうこと言う時点で彼女たちは幼いのだ。こっちがこどもだと思えばなめてつけあがる、そうだと思っておかなければ安心していられない、そんなことでいいのか。大体こどもの話は真剣に聞くものだ。
千石の同意は得られなかった。
「せいちゃんはだからもてないんだよ」
「せいちゃん言うな」
先々月まで俺はいっこ下の女とつきあっていた。それが山吹の女子だったのは偶然でもなんでもなく、千石に紹介されたからだ。
最初会った時千石は真田のことを「真田くん」と呼んでいて、オエーと思ってたら俺のことも「幸村くん」と呼びはじめたのでウゲーと思って幸村でいいと言った。それから次会った時に彼女を紹介してもらって、三度目に会った時千石は俺をせいちゃんと呼んだ。いっこ下の彼女がそう呼んでるのを知ってたからだ。
しばらく俺はその子とつきあってその間千石は俺をせいちゃんと呼んだが、やがて別れて、俺たちが何もなく電話で話したりするようになって俺がせいちゃんはやめろと言った。千石はやめなかった。
電車を待つ二十代の女二人が男の身長の好みを一センチ刻みで吟味している。千石は自分のスポーツバッグの上に座り込んでいる。
「せいちゃん年上とつきあったことある?」
「自慢だけど、ないよ」
「俺もないけどね」
日曜の昼下がりは時々これが俺の人生であることを忘れそうなほど、俺を長く待たせる。電車は来なかった。千石は座り込んでいる。
「でもいいじゃない、年上好みのファザコン女より、可愛げがあって」
「お前のその言い方もうざい」
「俺はおとなぶってないしおとなでもないよ」
千石は真面目に言った。
「めんどうくさがりなだけ」
それからそう言って笑ったのが、なるほどもてるのかもしれない、ちょうどよく軽薄そうでなおかつ切実そうだった。
判で押したようにOL風の彼女たちは相変わらず身長の話をしていて、どうやら千石は少し小さいらしい。だからこいつは立ち上がらないのだろうか、と思ったが、そうじゃないだろうと思った。こいつはきっと背の高い男が好きな女とつきあう。
「そういえばせいちゃん、俺のことキヨって呼んでもいいよ」
俺は千石の座っているバッグを思いきり蹴った。
「いや、呼ばない」
「えーなんだよ。そしたら俺、きみのことちゃんと呼んであげるのに」
俺は急に、別れなければよかったと、彼女のことを思い出した。俺が彼女を好きになったくらい彼女は俺を好きだったろうか。そうじゃなかったら悲しいと思う。つきあっていた時にもっとそんなふうに思えばよかったのだ。恋なんて大体そんなものだ。
それでも俺はそこまでこどもじゃないし、そんなにおとなにもなれない。
(了)
2006年06月05日(月)