- 2014年05月17日(土) 小噺: 至 福 の と き
至 福 の と き
「贅沢。」 そう言って彼はもう一口ビールを口へ運ぶ。 ビールを注いだそのグラスは、彼が出張土産に買ってきたものだ。 うすはりのグラスはとても飲み心地がよく、“料亭のそれに似ている”らしい。
「この時間があるから頑張れる。」 そう言って、肩に回した手でぐっと引き寄せ抱きしめられる。 ふわっと煙草の香りが鼻をかすめて、心地よくて目を閉じた。
携帯電話が着信を知らせる音がして、 わたしの視線に気づいたのか、いいの?と聞く前に唇を塞がれた。
「仕事大変そう。」 「まぁ。でもこうやって癒してくれる人がいるからね。」 そう言って、頭を撫でて優しく微笑む。
「そういえば、明日空いてるっていってたっけ?行きたい店があるんだけど。」 「うん。空いてあるよ」
うすはりのグラスはうっすら水滴が付いてる。 この間言ってた和食の店、どうしても連れて行きたくてさ。と言ってまた一口。 肩に回した手は離さない。優しく微笑むその笑顔も
すき。
その言葉が喉元までこみ上げて、 けれど音になることはなく、静かに下がっていく。 代わりにぎゅっときつく抱き締めた。
『本当に幸せになってほしいと思ってる。』 『その時が来たら、ちゃんと身を引くから。』
そんな日、来るのかな。
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