あれから父がはじめて夢に出てきた。輾転反側した末の浅い眠り、たくさん見た気がかりな夢のひとつとして。
ホテルの一室に大切な帳簿を広げたまま、万年筆のキャップもしないままでふといなくなった父が戻ってきたと妹に電話があったと言い、ホテルの窓から下の道路をのぞくと、頼りなさげな表情をした父がいた。夢の中ですら夢だという認識があり、父が生きているはずがないことを知っている。優しくて気の小さいあの人が死んでしまうはずがないと誰かが話している。夢は願望と不条理でできていて、いくら優しくても気が小さくても死ぬ人は死ぬのに、と心の片隅は知っている。
目覚めて泣いた。辛い記憶は薄れても、容易には乗り越えていけない。ぜんぶ夢だったらよかったのに。励ましにきてくれたのではなく、自分の未練が見せた幻影だと分かっている。
それでも、夢で逢えたら話したかった。父は一言も言葉を発しなかった。
--- ※5/10 払暁。
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