LORANの日記
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2004年10月01日(金) いいひと

いいひとであることは望ましいと思われています。

家族や同居人がいて主婦であるとき、家事その他の仕事に忙殺されます。

ある人は夜遅く帰宅し、ある人は早朝出かけるとしたら、寝る時間が3時間になってしまう人もいます。それも疲労と緊張で熟睡できないとしたら、その人の健康は維持できるでしょうか?

そんなご相談を受けて、自分の母親のことを思い出しました。

母は大きな農家で11人兄弟姉妹の長女でした。母の母親は過労で55歳で亡くなりました。母は母親代わりで兄弟姉妹を育てました。母は父と結婚しましたが、大きな農家でいつも12〜3人以上の家族がいました。農業と家事の疲労でやはり56歳で亡くなりました。生前、母親の年しか生きられないと口癖に言っていました。後で考えると、自分が母親のコピーであることを知っていたのでしょう。

女の子は母親の後姿を見て、そのコピーになろうとします。男の子は男親です。
母親の精神状態から、考え方、感情の起伏まで全く同一化しようとします。
自分が母親であり、母親が自分であるかのような錯覚に陥ります。

このようにして、自己犠牲が当然のこととなり、身心ともにボロボロになるまで働き続けます。意識の80%は潜在意識ですが、潜在意識になった意識を、10%の顕在意識で変えることは不可能です。

いいひとをことさら演じる必要はないのですが、自分の潜在意識がそれをさせます。

いい人が短命であるのは、これが理由です。


しかし、これを違った側面から見ると違った構図に気がつきます。

自分が崩壊することで自分が病気になれば、周囲の人の関心を集めることができます。
また、万一、死ぬことがあっても自分を無視・軽視した人を困らせ復讐することができます。
それで、自己崩壊への道を選ぶのかも知れません。

でも、いずれの道も自己崩壊であることは事実であり、幸せとは無縁です。

この折角の人生、自分を信じて生まれてきてくれた子どもたちのためにも、自分が健康で幸せを実現しなければなりません。

そうでなければ、子どもは自分のコピーとなって、同じ道を辿るからです。


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