| 2006年07月31日(月) |
諸行無常。「美しの水」祭り8。 |
もう7月も終わりますね…。 早いですね。 九郎の誕生日まであと三ヶ月なんだけどどうしよう!? 準備しなくちゃ準備しなくちゃ! 学園物完成させたいーー。 いつ書くんだよーーーーーーーーー。 もう一人私が欲しいなぁ。 分担するの。 働いて稼ぐ人と芸術関係全般担当する人。 (「たんとう」って変換したら一発目で「短刀」って普通?) 小説書いたり 良い音楽探したり 良い映画観たり芝居観たり読書したり 写真撮ったりする人。 むしろ芸術担当の人すら一人で大丈夫かって話で。 私がもう二人くらい欲しいです。 記憶と意識は三人共有。 でも三人分だからキャパは三倍。 いや、でも全員が三人分の記憶をそれぞれの体に抱えたら 容量オーバーだよな、確実に。 共有の記憶はどこかで別保管して そこからそれぞれが必要なものだけ取り出す形か? ……機械みたいになってきた。 それって退化か?
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告別式でした。 なんていうかやはり祖父の時より平気でした。 火葬場とかも。 段取りを知っていたから驚くことが少なかったのかもしれません。 でもこうして人の死に慣れていくのかと 見送ることに慣れていくのかと思いました。 だから昔の人は道端や川に死体が朽ちてても気にしなかったんだ。 当たり前になってしまうから。 怖いことだな。 でもそうでなければやっていけないのかな。 大切な感覚が、経験を重ねることによって失われていくのかな。 でも経験を重ねることによって培われることもある。 難しいな。 生きるのって本当に難しい。 失いながら、積み重ねて生きていくんだなぁ。
祖母はすごく長生きしたんです。 天寿をまっとうした。 だから穏やかな気持ちで見送れたというのもあると思います。 それをいったら祖父もそうだったんだけれど。 何かね、長く生きていくうちに大切なことを忘れていくんですね。 自分の子供の名すら、忘れてしまうんです。 誰?って。 母が、子の名をですよ? その痛々しさと言ったらない。 そんなになるまで頑張って生きていたんだなって思うと お疲れ様っていう気持ちの方が強いです。 どんどんどんどん大きくなって、 ピークを過ぎるとどんどんどんどん小さくなっていく。 無だったものが有になっていく過程と逆の過程を辿るのかなって。 何もなかったところから、時間をかけて「存在」が増えていく。 逆に、時間をかけて「存在」が消えていくのかなって。 ああいう姿見ちゃうととても自然だなって思えて 哀しいとか辛いとかあまりないんですね。 もう会えないと思うと哀しいけれど 私の中ではまだ声も聞こえるし、元気だった頃の記憶が残ってるんです。 毎日共に過ごしていた伯父や伯母の喪失感を思うと 涙も浮かんだけれど。 でも、とても穏やかな気持ちで過ごせました。 不思議だな。 祖父のときはあんなに辛かったのに。 不思議だな…。
椿の花が残酷なのもよくわかる。 花がしぼみ 色の落ち始めた花弁が一枚一枚散っていくのなら受け止められるんです。 でもぼとりと落ちたらたまらない。 信じたくないし信じられないんです。 そういうこと。 去年の11月に亡くなった尊敬する上司の死は 未だに思い出すと涙が出ます。 本当にとてもすばらしいお人柄で素敵な方で みんなに慕われていたから。 きっともっとたくさんやれることがあったから。 周りの人が笑っていられるような場所を 増やすことのできる人だったから。 ピークのままだったから。 本当に椿のようだった。
義経もきっと、椿でしょう。 でもなんでかな。 義経の死は、完結している気がする。 あれでよかったんだって思える。 …そうか、自ら覚悟を決めたから。 自分自身で選んだから。 そう。 義経は、自殺なんだよね。
今日はデジカメを持っていったよ。 子供たちをいっぱい撮ってしまった。 うっかり状況も忘れてカメコ入ってて危険だった。 喪服で……。 ………ホント最悪です、私という人間は。 でも子供って撮るの楽しいです。 じっとしてないから本当に撮るのが難しい。 動物もそうですけど。 良い表情取れるとホント嬉しくなります。 やっぱり写真撮るの楽しいな。 ポーズ取り慣れてる人を撮るのも楽しいけど 静物を不思議な角度で撮るのも楽しいけど 動き続けるものの瞬間を撮るのも楽しいことに気付いた今日。
一眼レフのデジカメが欲しいです。 本気。
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祭りの8日目です。 だんだん何日目かわからなくなってきた。 ネタが尽きるかもと思ってたけど 思いの外全然です。 むしろいっぱい過ぎて日にち足りないんじゃね?的な。
今日はWhiteから平賀静。 「美しの水」オリジナルの、静御前の母親です。
「会いたいなぁ…… 殿に…会いたいのになぁ………」
殿はもちろん義朝。 沙耶と金王丸に看取られて息を引き取る、 平賀静最期のセリフ。
平賀静は戦う女。 口が悪く、威勢が良くて、強い男しか認めない。 もともとは奥州の人間で、奥州の秀衡の筆頭郎党。 吉次沙耶(女)と並ぶ双璧です。 細身の身体でありながら 男顔負けの太刀さばきで奥州を護り続けただけあって 己の強さを自負しているところがあります。
義朝と清盛、ひいては源氏と平家、 いずれが天下を取るものかを見定めるため 秀衡は源氏には静を、平家には沙耶を送り込みます。
スパイとして送り込まれた静でしたが、 いつしか義朝の激しさに惹かれ、 義朝と共に戦うことを選ぶようになります。
そんな静に初めて出逢ったとき、 義朝は彼女にあだ名をつけます。 (祭り4日目の金王丸の場面と繋がってます) 常盤と出逢って恋に落ち 常盤のことで浮かれまくってる義朝は 何をするにもどんなときでもとにかく超ご機嫌です。 そして、ついさっき初めて逢った静を 険悪な雰囲気で喧嘩腰になっていたにもかかわらず にこにこ笑いながら まるで昔からの友人のように常盤に紹介するんです。
「こちら、 アマゾネスさん。 5分前に会いました。 5分前に会ったけど 親友です」
もちろん静はキレて怒鳴って大騒ぎになるんですが。 二人はそんな出逢いをする。
義朝は激しさと馬鹿っぷりが うまい具合に混じり合った性格だと思います。 いっつも威張って怒鳴り散らしているけれど、主張に根拠はない。 気持ちや勢いだけで生きている、 けれど大切なことは決して見誤らない。 静も郎党たちもそんな義朝に惹かれずにはいられなかった。 義朝主従は本当に羨ましいくらいに理想的な主従です。 うん、やっぱり義経に似てる。 BlueRedの義経主従より Whiteの義朝主従の方が 自分的義経主従のイメージには近いです。
平賀静とその娘の静御前は同じ役者さんが演じます。 私は断然平賀静が好きです。 殺陣もすごく綺麗です。 細くて軽くて、男性の殺陣とはまた違います。 自分的イメージの静御前の性格は平賀静に近いです。 あの激しさは。 静の激しさだ。 逆に「美し」の静御前には激しさがまったくない。 義経と義朝の関係に似ている。 本来の静御前の持つ激しさだけを抜き取って作られたのが 平賀静だと そう思います。
平賀静と静御前の因縁 役者さんの変わり様にもご注目。 ちなみに平賀静の方が人気があるようです。 そりゃそうだろうなって思います。 平賀静はカッコイイです。 戦う女はカッコイイ。 太刀を振るって戦う女性に巴がいますが 可憐で一途な巴とは違った雰囲気です。 平賀静は強く激しくワイルドです。
「スライム触りたいよう……でも今日は我慢我慢(昨日は触ったv)」
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