再び、古着支援 - 2004年07月02日(金) 部屋の中はますます末期的に散らかっている。本当に、ものは勿体ないなあと思うし、しかし際限なく、特に紙類が増えるし、で、末期的状況を呈しているのである。 ほんと、京都市もゴミの回収で、空き缶やペットボトル、ガラス瓶だけでなくて、新聞紙などの紙も資源ゴミとして収集してほしいよ〜〜 子どもの頃、名刺サイズ以上の紙は資源ゴミとしてリサイクルしている、という方の記事を新聞で読み、以来なるべく資源ゴミに出すことを心掛けてきたが、今はやむなく普通のゴミとして出している。勿体なや勿体なや。 また、先日分かち合いプロジェクトの古着支援に結局ひと箱しか出せなかったので、出せるところを改めて探してみた。ワールドビジョンなど大手も、期間限定で募集していたらしい、と今頃知る。 特に期間を限っていない、イトキンの系列の支援団体に送ろうと思っているのだが、当然団体の倉庫までの送料は自己負担、さらに海外への送料も段ボール一箱につき1500円程度。ほおお、これはファッション業界も売ればいいという戦略は止めなければ(というか、消費者として買えばいい、きなくなったら捨てる(注:私は破れでもしない限り決して捨てません。シミがついても十分雑巾になります)、という姿勢は止めなければ、としみじみ。ほら、家電も処分に費用がかかるようになってきているが、繊維も処分に費用をかけたらいいのだ。って、家庭ゴミに混ぜて捨てたら分かりにくいけど、ステーションごとに生ゴミ、繊維、とかわければ良いのじゃ(夢物語?)。 先日テレビで雨水の利用法や、天然のエネルギーを利用して家庭で使う電気を生産する方法など見た時、つくづく水をじゃばじゃば使うのは(注:垂れ流しして水を使う、ということは、私自身は少ない方だと思います)勿体ない、禅の訓練で、朝、桶一杯の水で口を漱ぎ、 耳を洗い、顔を洗い、自分はそれだけの水を使う価値があるのか自問自答する、と聞いたことがある、その精神はほんと分かる、私も勿体なくてお風呂のお湯や洗濯のすすいだ後の水は捨てられない、それをせっせとトイレを流すのに使っている、などと思った。ほんと、もし次ぎ100万回生きるネコみたく生まれ変わるのなら、環境工学やりたい。そして、アイディア&技術開発と環境行政をやりたい、なんて思うコノゴロ。 ++ それはさておき、今日は薬理学、結構理解して聞いてた気がする。中間テストが終わってからの方が理解できる。総論の時は、結構チンプンカンプンに感じたけど、最近は先生の仰ってることが分かりやすく感じるようになったものな。 あと、大人気なく食って掛かるかのように反論してしまう瞬間もあり、ついつい反省。 勝手に最近気を揉むことが多かったのもあり(勝手に心配する、依存症的な部分)、週末で、ちょっと精神的に宵の口は疲れてたかも。 あ、週末だからわ〜っと飲みに行こう!なんて元気は(多分他の入り直し組も)そんなにないです。まずは先に休憩だもん。 ++ 帰り、バスに乗ってたら、研究室の後輩かつかつて職場で同僚だった人にばったり遭遇!仕事の調べものできたんだとか。奇遇! -
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