京都コンサートホールにて - 2004年02月28日(土) 当方、ごくごくアマチュアのクラシックリスナーです。 昨日、京都コンサートホールに初めて足を運びました。 中世の古城を思わせる階段部分が 螺旋系のゆるい坂になっており、 「あ、これってさりげなくバリアフリーなんだ」と感心。 また、帰りには、 憧れの京都市バスの「臨時バス」に乗ることが出来、 北山から出町柳までノンストップ、所要7、8分という 快適さを堪能いたしました。 曲目の一つの眼目は 全盲のピアノ奏者 梯剛之(かけはしたかし)さんのピアノ伴奏にあり、 柔らかいピアノの音が非常に楽しかったです。 (新京都ライトハウスのオープン記念コンサートだったのです) そして、何より楽しんだのは、 京都市交響楽団による、 「ドヴォルザークの交響曲第8番ト長調」でした。 「新世界交響曲」につぐ人気曲になっているんだそうです(<パンフより)。 中でも印象的なのが第ニ楽章と第三楽章でした。 第ニ楽章はまるで朝を思わせる快活さ、 宮崎駿の映画作品のBGMに使いたい感じです。 うって代わって第三楽章は哀調を帯び、 私にはフランス映画の予告編が見えました。 パリの街角 女、ため息をつきながら 「je t'aime, mais... 」 (字幕)私を愛してないのね。。 「灰色のパリ、 男と女、報われることのない愛、実らぬ恋の花が咲く」 斜体で、画面の左下から右上に向って字幕 いい。うん、使えるぞ。 と思っている間に第四章。 トランペットがまるで開城のようです。 これは色鮮やかなルネサンスの城かな?? 祭典だろうか?? などと夢想している間に終わり。 ・・というわけでイマジネーションを掻き立てられました。 ++ 受付ではライトハウスの職員の方にお世話になりました。 やはり目が見えない方なのですが、 声のする方向を敏感に察知され、顔を向けて話をされます。 複数人と話していても大丈夫のようです。 感覚が鋭くなるのでしょうか。 いわゆる健常者の方が、相手にきちんと身体を向けて話をしないこと多々ありますが(意図的なそらしではあるのでしょうが)。 しかし、お世話になったので、感謝の意味を込めて お礼を口にしてからおじぎをした時、その方は反応されませんでした。 これだけ感覚が機敏な方なのに、 と思った時、はっとしました。 目が見えないから、おじぎをしていても見えないのだ! 以前、大学の医学概論の授業の時に、 聴覚障害のある先生が来られました。 いいお話だったので、みな、最後に目一杯拍手をしました。 その時、ストップがかかりました。 聞こえない方に対しては、拍手の代わりに、手のひらを見せてふって下さいね、それが拍手になるんですよ、と。 その際と同じ恥ずかしさを味わいました。 まだまだ、幾つになっても、学ぶことや 共感を寄せるべきところに気付くことは沢山あるな、と恥ずかしさと共に 感じた瞬間でした。 (おしゃべり系MLへの投稿と重複) -
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