Wakako's Diary 道すがら記

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女性性をめぐる問い - 2003年10月17日(金)

修士時代を思い出すと、疲れている時、弱っている時、いまだ涙が出てしまう、先日、そう書いた。

それは何がつらいか、

思うに任せぬ自分の能力(見合った努力をしたのか?)、
孤独だったこと、より正確には、必要な時に必要な助けを借りるのが下手だったこと、
そして、女性性が欠落していた、あるいは充足されていなかったように感じられて泣いてしまう。

それは今もどこか似ていて、
社会的露出度の高い女性(水着になっているとかそういう意味ではなく、社会で活躍しているという意味)は、おそらく、美しく、知的で、プライベートも満たされているに違いない、とどこか私が思ってしまい、

そして自分が望むほど手にしていないことに涙する、悔しくなる、

そのパターンは一緒かもしれない。

しかし、なぜ活躍している女性は美しくて知的で家庭もキャリアもだと
私は思い込むのだろう?

それが自分の理想型だからだろうか?

それが社会の圧力だからだろうか?

確かに、メディアに登場する女性は美しいことが多く、

また、今も女性は「華」扱いされることもある。


私を人間としてみてよ、(人間として、という意味での)女性としてみてよ。

香山リカがあきらめなさい、持ってるものだってけっこうあるじゃない、というように、現状に満足することが解決なのだろうか、それとも手に入れるべく邁進することなのだろうか、

実際には二者択一ではなく、満足しつつ、これというものは手に入れる、

しかしそれでも十分贅沢な望みなのかもしれない。

相変わらず今日も、心が狭いなと思いながらも、

勝手に連想した家庭もキャリアもの美人を相手に涙した私。

++

追記

思い出すに、修士時代、学術交流(??)サークルをやっていた時も、
「マドンナ崇拝」があって、無言の美醜の圧力を感じて、
よくいじけていた。

もちろん、美醜にこだわらずに「私にはコレよっ」と前を向いて胸を張っていきていられればそれがベストだが、男性メンバーのうち1人も同意してくれた通り、やはり無言の(どころか夕言の)圧力はあった。

ふと、ありあり久々に思い出した。


++

あっという間に一週間が終わった。

気がつくと明日試験だ。

いつまで私は人の良い個別指導員を続けるのだろう。
予習がいつも膨大に必要だ。

テレビドラマでピアニスト フジ子・ヘミングの壮絶な人生行路を見た。
聴力を一旦損ないながらもピアノと共にいきてきたその半生は、文字どおり壮絶。お金がないので食事は採れない。氷砂糖をかじりながらドイツやオーストリアに滞在し続ける。ハングリー精神というのか、芸術家精神というのか、圧倒される。そして、親子の愛憎激しい関係にも。




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