Wakako's Diary 道すがら記

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心の居場所 - 2003年10月12日(日)

心の居場所、という言葉を初めて耳にしたのは、私がブンガクブ・テツガク科美学専攻の院生の時だった。

研究室に、授業でもない限り、行けないんです、と私は言った。
「院生用の机がないから、勉強しにいくってことはできないんです」

「心の居場所がないんだね」
と、返された。

先生は、院生の精神衛生がよろしくないことをデータとしてまとめ、研究報告にされるのだと仰った。

机、心の居場所。もっと正確には、心が取り付くことができる場所。

そう、机があれば、ぽつねんとしてでも座っていられる。むしろ、小学校や中学校、高校では、他に遊んだり話したりする相手のいない子は、机に張り付くように座っていることもあり、それはそれで机が居場所になっていたのだ。教室、あるいは学校の中で唯一(かもしれない)の誰にも譲らなくていい、固有の場所だったのだ。

机にかじり付く、そこを取りつく島にする。

私も一時期、机を取りつく島にしていたことがある。

以前も日記に書いたことだが、
なんだかとても学校生活が空しく思えて(病的というより、この目覚めと言った方が適切な空しさ)、卒業まで何日と机にカウントダウンを書いていた。欠席はしなかったと思う。そういう発想はしなかった。一日一日、数が減っていくのが嬉しかった。早く、卒業したかった。

同じことを、爆笑問題の太田光さんがしてた。彼は高校を早く卒業したくてしたくてたまらなかったのだと言う。同じように、机に座って本を読んでたらしい。友だちのいない高校生だったという。

それが大学に入ってから同じクラスでいきなりコンビをくむ田中裕二さんと出会ったのだから、人生どこで開けるか分からないよ。

ともあれ、これを聞いたとき、私の中学最後の年は、一気に浮かばれた。そんなに強く意識していた思い出ではなかったけれど、あ、ひとりじゃなかったんだな、とほっとしたのだ。

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大学構内にある、学生保健管理センターで、今思えばお喋りに似た診療を受けていた。

追い詰められて涙ばかり出て、資料は集めたけど修士論文がかけません、と初め扉を叩いた。

いきさつなどを時間をかけて聞いてもらい、また、それなら書けるから、今度10枚書いてきなさいよ、と軽くいわれ、次の診療時間に見せてねといわれた。とにかく枚数さえ書けばいいときが楽になり、ノルマをこなすことができた。同時に、やっと筆が動き始めた。

その最後の診察の時だった、心の居場所。


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そのあと、心のケアが叫ばれるようになると共に、心の居場所という単語は時折目に触れるものになっていたのに違いない。

今日もまだ、ちびりちびりと
妙木浩之「心の居場所の見つけ方」講談社(2003/09発行)を読んでいる。

物理的に自分の居場所があればだれも自分のアイデンティティーなんて疑わなくて済むという。疑わなくて済んでいる人、或いは程度が軽くて済んでいる人もたくさんいるのだと思う。

物理的な居場所、取りつく島があって、最終的には自分が自分の居場所になることが大切みたいだけど、なかなか、私は自分の居場所は自分ですって、漂泊の旅人みたいに言えないし、あるいはもっと初歩的に、物理的に私の居場所はここです、ってなかなか言えないよ。

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他人に、この人は安心だと思わせることは大事だ、と今日読んだ箇所に書いてあった。今の私は、人を騙せないという意味では安心だろうけれど、人の心を開かせるほど安心できるやつだろうか?

かつて人の心を開かせるのは私の特技だったみたいで、よくそのように言われたものだが、そのとき無意識に動いていたのは単なる依存症の私だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない、そしてそのとき持っていたよい部分を、また意識的に取り戻していきたい。


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