大人のレジャー:シングル化と壁の内外 - 2003年07月03日(木) 2日に1回程度、このごろ困惑することがある。 それは結婚しているという前提で話をされるか、結婚しているか?と頻繁に訊ねられることである。 理由は分かる。それは、実施率がどの程度かしらないが(女性は男性に比べてはるかに率が高いだろう)、現代日本では視覚的に既婚未婚は左手の薬指の指輪の有無によって識別され、恋人がいるということで(芸能人では例えば米倉涼子。今日もテレビのトークで指輪してた)指輪をしていることもあるが、20なら彼氏とお揃いねと思われても、30前後に近付くと、結婚していてもしていなくてもおかしくなく(同時に今日、指輪をはめていない独身の女性は年代を問わず決して珍しくなく、たくさんいるので)、指輪をしていると、結婚しているのね、と思われることにあるのだろう。 めんど臭いので、いちいち訂正しない。 ほんのささいな例であり、私がいちいち腹をたてるのもおかしな話かもしれないし、そもそも私が腹をたてること自体、私が個として自立していないことの証なのかもしれないが、それを最近痛感したのが、 デパートのクレジットカード作りだった(なぜ、一人暮らしだと審査が厳しいのか。などなど)。健康保険証も、雇用保険もそうだ。切れかける。 というか、あの区分に腹が立つ。 ともあれ、なぜ家族はショッピングまで一蓮托生なのよ?おかしくない? 仮に事実婚していても、法律的な手続きをとることでどれだけ(とはいえ、配偶者の収入源もこのご時世だから安定しているとはいい難いかもしれないが)制度的に楽できてしまう部分がある。私などはたったこれだけのことで気が萎え、制度にあらがっている(とはいえ、内縁関係もある程度の保障が与えられているようだが)事実婚カップルがいかにエネルギーを要することをしているか、想像を馳せた。 伊田氏が「シングル化する日本」で言うように今後ますます日本では個個人は結婚するという選択肢をとらなくなり、事実婚、同性婚、同居もしない事実婚、などなど多様な形がより一般化するのかもしれない。 しかし、現実的に認められて行くにしても(双方が同じく自立した個人であり、それがルームシェアをしているという感覚で、さらに子どもや介護している高齢者がいないのならば、確かに不都合はないかもしれない)、実際問題、戸籍をなくし、ひとり一人を単位として社会を見て行かない限り、シングル化といいつつ、法制度の内側と外側には壁があるのである。理念だけでは美しいシングル化なんて、不便さが一杯で、誰にでも勧められるものではないことを(たったこれだけのことであるが)痛感した。 なれてしまえばどうってことないのかもしれないけど。 法的に誰と家族なのか、或いは現実的に誰と実際に同居しているのか、そういったことが大切なのである。 戸籍を廃止して個人単位にする、せめて夫婦別姓を法制化する、或いは少なくとも、日常生活において、クレジットカードで「既婚」か「未婚」なのか(すくなくとも「配偶者あり」か「なし」に変えるべきでは?)、「一人暮らし」あるいは「家族と同居」なのかというアホらしい質問をなくしてほしい。 以上が、うまく書き切れていないかもしれないが、最近遅ればせながらわたくしが実感したことである。 まぁ、人生勉強ッス。 なお、伊田氏によれば、現代日本において、結婚して家族を持つか持たないか、子どもを持つか持たないかという選択は、必需品というより、贅沢な「大人のレジャー」となっているという。「レジャー」に良し悪しはあるだろうが、「レジャー」の良い面をとって、積極的に一緒に居る小集団というのが家族ならば、好ましいことではないだろうか? ++ 伊田氏の「シングル化する日本」に対しては、他にもコメントしたいことがあるのでまた改めて。 ++ 山本文緒「ブルーもしくはブルー」(角川文庫)の裏表紙には、「誰もが夢見る<もうひとつの人生>の苦悩と歓びを描いた切なくいとおしい恋愛ファンタジー。万華鏡のように美しい小説」とあるが、ドラマも原作も全然この紹介とは異なるように感じる。確かに万華鏡のように色々なものが見えるが、見えて来るのは「切なくいとおしい恋愛ファンタジー」ではなく、登場人物たちのエゴとそれをいかに生きて行くかという問題だと思うんだけれど。 -
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