Wakako's Diary 道すがら記

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母の紡ぐ話 - 2003年03月25日(火)

実家から戻って来た。実家では、一番下の妹もおり、当たり前の生活を刻むことができてよかった。
また、実家からは、木箱(コーヒーとかワインとか、入れてあったようなやつね。かつて高校生の時、妹がどこからか取って来て部屋のインテリアとして使ってたもの)を取って来た。
こうして日に日に荷物が増えるので、せっかく3月頭に片付けたのに、私の部屋はまたブタ箱状態になっている。。

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立川志の輔というタレントがいる。野太い声だなと思っていたが、それが訛りだとは余り思っていなかった。母が、「訛りがあるでしょ?」と、話を始めた。

母によれば、あれは、独特の漁師訛りで、以前から富山の人だとは知っていたという。それが、なんと、同じ小学校出身だとつい最近知ったと言う。NHKに「ようこそ先輩」という番組があり、それに彼が出ることになったのだという。そして、以前、といっても昭和30年頃だが、産休の代理で一時母校で教師をしていた母の姉がそのことをかつての同僚から聞き、母に伝えたという。母は見のがしてしまったらしく、再放送を楽しみにしていた。

富山の有名人といえば、私にとっては室井滋である。彼女の細長い顔は、一種の富山らしい顔である。あと、今はあの癒し系サラリーマンノーベル賞受賞者、田中耕一さんね。

いつも帰省すると、母は居間のコタツに(あるいはコタツテーブルに)ハマって、途切れることもなく話を始める。普段しない分をここぞとばかりに、いろいろなことを話す。私は大概相槌を打って聞いている。
今回は、そんなことに始まり、いとこの話から、母方の親戚について、母は紡ぐように話を始めた。まとまりがあるわけでなく、心に浮かんだことをそのまま話しているような感じである。
話を聞いていて、母方の親戚には何人か医者がいることが分った。私が小さい頃、富山の日赤で見てもらったとかいう大叔父とか(そして入院すると電話するとすぐ便宜を図ってもらって個室が用意されたとか、母は嬉しそうに語っていた)、誰某の嫁ぎ先が病院だとか、開業する気がなくてずっとつとめていた誰某とか、、

今まで親戚に医者がいるとは思っていなかったが、どうも、そういう流れで見れば、決して医者は親戚に少なくなく、私が再受験して入り直したり、いとこが再受験していたりするのも何やら自然な気がして来た。

母は、私がいると仕事が進まない、いなくなったらする、と言っていたが、私が邪魔しているトイウより、私がいることで母が話をしている(サービス精神なのか、話したいのか、どちらにせよ)と思う。もちろん、全く目くじらをたてることではないが。。

その他、一番下にも色々と話をしていた。何度か、いつまで松江に住んでいるのかしら、誰かと同居シタイわ、と一番下にも言っていた。そうしたいんだな、そうすることになるのかもな、と思いながら、母と一番下の妹がかもしている妙な調和に、見とれていた。







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