Wakako's Diary 道すがら記

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300円 / 通過点 - 2003年03月12日(水)

意を決して、今日はとうとう古着屋さんに行った。もちろん、新品の来ていない服を売るためである。どきどきしながら開店時間より早くついてしまい、うろうろ辺りを見て回りながら時間を過ごしていざ、初めて入るお店にと足をふみれた。以前、服を売るのにいいと聞いたことがあった店である。

「ただ今込み合っておりますので」と、暫く待たされてから店の奥の個室に呼ばれた。店員さんが値踏みしている間、私はドキドキしながら待っていた。いくらぐらいになるんだろう?500円?もっといったらいいけど、どうだろう??

5分くらいに感じられた2、3分後、店員さんの声がした。
「はい、買い取りは300円です。よろしいですか?」
う、と私は一瞬詰まった。13000円だの5000円だのの値札だってそのままつけて来てるのに、元手は数万かかってるんだぞ!(とはいっても、妹が買ったものが4枚、親戚から譲られたものが1枚、私は1枚買っていただけであるが)表の店には、まるで新品がバーゲン品になった程度の、それなりのお値段がついているではないか。
「じゃ、これ、持って帰っていいデスか?」と私が自分で買ったものを持ち帰ろうとすると、「これが200円なんですよ」と店員さんが応えた。私は「イイです」と諦めた。表に出す時は、10倍以上の値段をつけるに違い無い。。。

そして、今日思い知ったのは、ごく当たり前のことであるが、モノを買うということは、すぐ売り飛ばすためにする行為ではなく、そのお金に見合っただけ使うこと、それが一番倹約であるということである(そして、要らないものは買わない!)。

一旦買ったら、次売るのにも、新品であろうと、半額以下になる、という市場原理の厳しさ(?)を実感したのである。

300円。

私が帰りに、100円ショップで片づけのためのカゴを3つ買ったが、それと同じ値段ではないか。。

とどめを差すかのように、私はセレクトショップで売り切れ、入荷待ちとなっていたラメのバレエシューズをたまたま見つけたので、勢いよく飛びつくように試着して何のためらいもなく買い(まるでファッション雑誌で見てました、欲しかったんです、と言わんとばかりだった)、そのあと白い革のベルトを店員さんのアドバイスを貰いながら買い(ベルトは使ってると壊れるので(汗)、足りてなかった)、帰宅後、通販で頼んでいたスノコベッドを受け取ってとうとう念願のベッドを手に入れ、そして買い物依存傾向に終止符をうった。

昨日、ファッション誌の「9着で2週間着回し」特集を見ながら自分のワードローブをひっくり返して整理し直して、「あ、こんな服あったんだ」と、服が十分足りていることを認識したこともあるのかもしれないし、それに加え
今日の300円ショックが効いたのだろう。
そしてなによりも、いい加減、満ち足りた、というのかな。

++

ところで、今年度受験まで受け持った生徒さんは、ふたりとも、志望学部には進学するが、第一志望大学ではない。
ひとりは、親元から一旦離れるよい機会ではないかと思ってみている。彼女は柔軟だから、いろいろ吸収していくことだろう。

もうひとりは、「志望の大学ではないですが、活動していきます」とメールが来た。が、どこにいても志がある限り、することには変わりはない。私は返した。「お分かりのように、大学は通過点です、以前語ってくれたような夢に向けて一歩一歩進んでください」、と。

あくまでも、大学は、(あるいは大学生という時期も)通過点である。

高校生の時、社会の先生はしょっちゅう、「高校なんて通過点だ」と授業中に語っていて、それはほぼ授業の本筋からは外れていたから、聞いていない生徒も多かったと思われるが、私は聞き耳をたてるように聞いていた。そして、先生のいうことに同感した。新設校に通っていたのだが、創設期の熱気がそろそろ沈静化する時期で、どこかしら私達の学年は覇気がなかった(ようにわたしには感じられた)。そして、私自身、文化祭だの体育祭だの、遠足だの、甲子園の応援だの、そういった学校行事から極めて距離をとって覚めた目で眺めていた。

しかし、先生は「大学も通過点だ」とは仰らなかった。あるいは、仰っていたのだが、私が聞いていなかっただけかもしれない。私は、文系か理系か、体力がないから泊まり込みの実験なんて出来ない、文系だ、社会システムを維持し動かす法学部にいこうか、いやどうせなら好きなことをやろう、文学部だ、と考えた。そして、文章を書くのが好きだったので、モノ書きになりたい気持ちがあったが、ものかきだけでは食べていくのが難しかろう、研究者になって文献を読み、論文を書いていれば良い、と思い、さらに、当時読んで非常に面白かった「室町記」という、歴史と当時の時代背景を描いた考察が、山崎正和氏によって書かれており、山崎正和氏は美学美術史学出身であったので、受験前より、迷わず美学美術史を志すことにしたのであった。こんな血沸き肉踊る文章がかけるんだ、とわくわくしたのである(本業とはあくまでも違うとそのときは気づかなかった)。さらに、続いて読んだホイジンガの「中世の秋」も芸術作品への言及の多い文化史であり、わたしはますます美学を専攻しようと思った。

そうして、私は、いくぶん、大学は通過点ではなく、そこで人生の大きな保障が得られるかのように勘違いして入学し、時間を過ごしたのであった。論文を書くことに対して自分がどれだけ自分を追い込み、そして、さくさくと書く手順が苦手かということを痛いほど知るまでは。

そして、高校生の時には思いもよらなかった教員免許を取り、高校の教壇に立ち、今は医学部に在籍している。

高校の先生は、愛校心やきれいごとの団結や友情などを煽るのではなく、おそらく冷徹なモノの見方を生徒に促すつもりで高校は通過点です、と語っていたのだと思うのだが、それ以外に、大学も通過点です、と語るべきではなかったのだろうか。

しかし、そこで、大学も通過点ですなんて言ってしまっては、受験と言うシステムが成り立たなかったのかもしれない。目先の合格の向こうに幸せがあると保障するかのように幻覚を与えることで若者たちを駆り立てるのが効率が良かったのかもしれない。

が、通過点は通過点であり、その通過の仕方も、そして通過したあとも、自分で作っていくものだ、ということが、ようやく今ごろ自然に実感として口をついて出て来るようになり、もし、今教壇に立つなら、生徒たちに向かってそう言うだろう、と思うのである。

もちろん、通過点だからといって軽く見るのではない。
が、そこはゴールではなく、次へのスタートなのである。


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