まちがい / お父さん / 実験 / お母さん - 2002年12月19日(木) 何かと自分をまちがえられるのは、自分がちょっと他のところに滑り込んだような気がして、ちょっと可笑しくなることが多い。 今日は、学士編入で入ったと生化学の先生に間違えられて、「文系出身ですか?一つうえに文系出身の人いるけど、学士の人で試験に落ちた人はいないからちゃんとやれば大丈夫ですよ」と励まされたり、若い同級生に「もう入籍したの?(←なぜいきなり聞いて来るのかは不明)名字変わったの?変わると何になるの?」って聞かれたりして、なんかおかしかった。 +++ 夜、テレビで面白いこと放送してた。お母さんとお父さんは離婚しちゃったけど、がんばりすぎている娘の仕事をがんばり過ぎて来た父が応援して、お父さんが今は娘とお父さんが月一回デート(って一緒に買い物とかに出かけてるの。)してるんだって。 成人して、自分が仕事で追い込まれたことを通して初めて、父の姿を理解できたんだって。 なんか分かるなぁって思う。私も、母の気持ちを理解するには何年も、或いは10年20年のギャップがあったり、恥ずかしながら父の障害(父は難聴なんだ。補聴器つけてまぁ普通に生活してるけどね。それをバネに、大学ではオール優だったんだって。不十分なところも沢山あるけど、すごい努力家で尊敬してる)をおぼろげながらも理解できたのも、大学入って、文学部で難聴の友人が出来てからだもん。そういうことってあると思わない? +++ 実験でぽかミスをした(と思う)。おまけに、廃液を間違ったところにちょっとだけど流してしまった。私は平気な顔をしていたけど、私が流して大丈夫と言ったため流してしまった同じ班のメンバーは、間違いに気付いてから思うように実験が進められていないことに気疲したのか泣いてしまった。そのことは他のメンバーが察しで、言わないでおこうと言っていたのに、無邪気に口にしてしまったこと、周囲の人の気持ちを思い遣った行動をとるべきだったとものすごく反省。 +++ 母の入院について、妹とちょっと話した。病状を説明してくれるよう、母に頼んで、家族で話し合おう、と主張する私に対して、妹は言った。誰もあんたみたいにストレートに話してくれと言って心を開く訳じゃない、と。言えるなら言ってる、本人が言うのが辛いから言わないんだ、父がどの程度把握してるかまず確認しよう、と。 母は、入院の前々日電話で話した時も、明るくはりのある快活な声を出していた。優しく、良いお母さんでいたいんだろう。6年前ほどに私が泣いて電話した時に、「いつまでもお母さんはあんたのお母さんなんだから甘えていいんだよ。お母さんにもお母さんがいて、甘えてるんだよ」と言った時のように。その時、どれだけ胸がツンとしたことだろう。母は、おそらく、自分の母に甘えてもきたと思うが、自分の本当のお母さんでないと言うことで小さい時から溝を感じて来たに違いないのに。それなのに、お母さんにもお母さんがいる、と言った母。お母さんには本当のお母さんがいないんだ、と幼稚園の時食卓を囲んでいるときにいきなり泣き出した母と比べて、包容力が格段に違うことを私は感じた。 母。 なぜかこの日記の、ひとつの主要なモチーフとなっている。 -
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