ここに書くことではなく、 これは「オイラが崩壊した日」に書くことなのだろうと思うのだが。 日毎に薄れてゆくからであろう、その記憶を反芻するのが かったるいのは良いことなのであろうか。 どちらにせよ、まとまりもつかず、順序もおぼつかず。 散り散りになってゆく記憶が目の前にあることは確か。
昔、アタシが何度も何度も自殺未遂を繰り返していた頃。
いつも担ぎ込まれていた病院でアタシの主治医を務めていた 若いインターンだった彼に、ある時聞いたことがある。
のを、ふと思い出した。 なぜだか分らないけれど。 どうしてだか分らないけれど、今。
なぜ助けるのか。 なぜ助けたのか。
「助けるのが仕事だから。」
果たして彼は、その意味を当時知っていたのだろうか。 それがどういうことだか理解していたのだろうか。
先日、あることがきっかけで彼の消息を知った。 今、彼は横浜の総合病院で整形外科医として勤務している。
「救急医療に携わりたい。」と昔ある晩、 彼と語り合う中で聞いたことがある。 あれは病棟へのエレベーターの前で、もう消灯に間もない時刻、 人の通りもまばらな、蛍光灯で白く照らされた廊下だった。
「あれ?先生、まだ仕事なの?」 「そうなんだよ、まだなんだよ。」 「ねぇねぇ、あのさぁ・・・・・」
彼とは色々な話をした。その中で。
なぜ助けるのか。 なぜ助けたのか。
今も彼は同じ答えを持っているだろうか。
その「意味」と同じ答えを。
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