山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2013年11月15日(金) おくのほそ道

 この「おくのほそ道」は紀行文だとばかり思っていた。しかし芭蕉は46歳の時に旅をし、51歳で亡くなるまで筆を入れ続けたそうで、中には当然フィクションも含まれているという。芭蕉は純粋に文学作品を書こうとしたものだそうだ。
 全体としてもそれほど長くもない。原稿用紙にして30枚程度だという。それを5年以上も死ぬ間際まで推敲を重ねたという。だからこそ素晴らしい作品に仕上がり今日まで江戸時代の代表的文学作品として伝わっているのだろう。

 「おくのほそ道」といえば日本人なら誰しも松尾芭蕉がみちのくを歩いた旅の文学として知っていると思う。しかし翻って自分自身を考えてみると、知っているのは、
 『月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行(ゆき)かふ年も又旅人也。』

に始まる冒頭部分のみで、あとはいくつかの有名な句だけだ。

先ず冒頭部分に続いて出てくる最初の句
 『草の戸も住替(すみかわ)る代ぞひなの家』

平泉・高館では、
 『夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡』

中尊寺・金色堂を見て、
 『五月雨(さみだれ)の降りのこしてや光堂』

そして立石寺(りっしゃくじ)・山寺での、
 『閑(しずか)さや岩にしみ入(いる)蝉の声』

この句は旅立つ数年前、隅田川のほとりの芭蕉庵で詠んだ、芭蕉が俳句に初めて心の世界を開いたといわれる、

 『古池や蛙(かわず)飛びこむ水のおと』

という「蕉風開眼の句」を踏襲しており、みちのくの旅はこれを実践するためのものだった。

 結局いまだに「おくのほそ道」本体の方は読んでいないが、このテキストと放送により「おくのほそ道」の奥深さを知ることができた。本体はKindle版をダウンロードしたので、これからじっくり鑑賞したい。


角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
発売日 : 2011-11-10
 5月と8月のNHKEテレ「100分de名著」は「老子」がテーマであった。講師と別にゲストがあって、この本の著者であるドリアン助川氏が登場した。老子をバカボンのパパ語訳で解説したらわかりやすいと評判になったそうだ。そこで私も買って読んでみることにした。

 カルチャー・センターの教室では、この「老子」や仏教の経典などは難解に過ぎるという声があがったそうだ。そもそも元が難解な上に漢字の問題があった。東洋思想を学ぶとは、漢字がひしめき合う大海原を一人で泳いでいくようなものだという。しかし著者曰わく、漢字を読み下すという堅苦しい作業さえ乗り越えれば「老子」ほど面白いものはないという。

 本書は各章を3つに分けて解説していくために、漫画家赤塚不二夫作のキャラクター3人が登場する。
1人目は老子その人。老子81章の原文と読み下し文を言う。
2人目は筆者本人。筆者による日本語訳を述べる。
そして3人目がバカボンのパパである。「バカボンのパパ語訳」でくだけた解説をしている。

 筆者による「老子」のコンセプトをまとめると、
「バカに見えれば本望なのだ!!」
「欲がないと静かなのだ」
「バカをつらぬくのだ」
「反対の反対なのだ」
「近道は間違う道なのだ」
「まっすぐな人はぶれぶれなのだ」
と老子に言わせ、それに対しバカボンのパパには「わしと似ているのだ!!」と言わせている。
 とても面白いようにも見えるが、よく読んでみると「バカボンのパパ語訳」というのは、筆者の日本語訳にバカボンのパパの口癖である「〜なのだ」をくっつけたり、「これでいいのだ」や「レレレのレー」を多用している。これによって読者が著者に馴染みやすくする効果は期待できたようだ。
 バカボンパパのセリフは漫画本的で読み易いが、結局は2番目に出てくる筆者の日本語訳と同じことを言っているだけなのだ。なにもバカボンのパパ語に訳す必要性があまりないのではないか。「これでいいのだ」ろうか。レレレのレー。


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