山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2012年07月15日(日) 西太后

中国清朝末期の独裁者として知られる西太后だが、どうも実像は世間の噂とかなり違うらしい。

昨年NHKBSで放送された「近代中国に君臨した女たち」という番組でこの本の著者がゲスト出演していたが、正しい西太后の姿を伝えようと一生懸命だった。

特にこの時期は日清戦争があったり、その後の日中関係に大きな影響を与えているようなので、よく知っておく必要がある。

 「西太后」は「せいたいこう」と濁らずに読むのが正式な読み方だそうだ。まず最初にそこを確認しておきたいところだ。

 筆者は前書きにおいて、本書の目的として「従前の誤った俗説や偏見を排し、彼女の生涯の真実を浮き彫りにすることにある」と宣言しているとおり、「稀代の悪女」というイメージを払拭する内容となっている。私はこの本のよって、西太后のイメージはいかに作り上げられた話や俗説などによって歪曲され、現実とかけ離れたものになっていることに気付かされ驚いた。確かに彼女は独裁者ではあったが、政治的に全く無能だったわけではない。結果的にかもしれないが、西太后こそが近代中国への扉を開いたといえるという。特に清朝末期と重なる西太后最後の十年は日清関係に大きな影響を与えている。

 それまでの中国は、いろいろな西欧列強から「いじめ」を受けていたが、中国人の外国人に対する態度は、いわゆる「反日」だけが突出している。「反日愛国」という言葉が存在するくらいだ。日清戦争開戦のおり、清朝の主戦派が「反日愛国」を錦の御旗として政権を批判するの図がこの戦争で発明されたのだという。

 反日の激烈さは反英や反仏、反露などとは次元が違うという。「反日愛国」という「正論」には主戦派さえ表だって反対できなかった。このような中国の反日愛国運動の特徴は、清末も今日もあまり変わっていないのだそうだ。

 最近の中国は海洋において、国際法上においても明らかに独善的な示威行動を見せたりしているが、いったい彼らがどういう精神構造で「反日」を叫ぶのか、この西太后のいた清朝末期の歴史を学ぶことで見えてくることがあるという。


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