コトバアソビ。
無断引用お断り。

2004年02月14日(土) 神鳴り。


その夜は嵐にも近かった。
窓に叩きつける雨粒が矢の様で、刻むリズムは死の序曲だ。
光る雷が、そのしなやかな裸体を一瞬だけ、浮かび上がらせた。

「もう、いい加減放しやがれ・・・」

荒々しく息を吐く。
その身体に、咥え込んだまま。
杭はまるで自分自身の罪のように。
身体に、深く突き刺さる。

「もう・・・お前に付き合ってられるか・・・」

溜息混じりにつぶやく声が、少し上ずって掠れる。
声を殺すのが、自身を護るプライドの最後の壁だった。
ただ、きつく下唇を噛締めるのが癖のようで。
時々、その鋭過ぎる犬歯が、唇を傷つけた。
暗闇の中ではわからないけれど、今宵も噛締め過ぎた唇は傷ついているらしい。
鉄の、生臭い味がする。

「早く、放せっつってるだろうが!」

声だけで抗ってみても、状況は変わらない。
逆に強気に出ることで、護るべき何かが露呈したようだった。
護るべきは、プライド。
暗闇での気配は、何よりも正直だから。

「・・・付き合いきれねぇんだよ、ボーヤ・・・」

上ずっては、掠れる、声。
まるで何事も無いかのように。
凛とした空気は、依然犯しがたいものに違いなかった。
そんな相手を手に入れたのは、何故だったのか。
もう、思い出せない。
わかることは、今宵、嵐が過ぎ去るまでは、相手が此処に居るということだけ。
雨粒が刻むリズムが、やけに耳障りだった。

「・・・放す筈、無いでしょう?」

自分が笑っているのが、わかった。
これは、何の笑みか。
蹂躙できるのは、身体だけだというのに。

「やっと、手に入れたんです。」

抱きしめることは、許されない。
直感的に、悟っていた。

「やっと、捕まえたんです。」

ただ、そのしなやかな身体の感触だけが、暗闇の向こうに沈んでいた。
そっと、屈み込んで耳元で告げる。

「私に負けたと、言って下さい。」

相手が殺気立つのがわかる。
しかし、今なら自分の方が優位だ。
揺さぶるだけで、啼かせられる、今なら。

「次会った時に、殺してくれてもかまわない。」

暗闇の向こうに、言葉は届くのだろうか。

「アナタは、私に、負けたんです。」

そう、今宵だけは、ね。
そんな呟きすらも、暗闇は飲み込んだ。



雨は止む事を知らない。
どこかでもう一度だけ、神が、啼いた。



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本田りんご

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