その夜は嵐にも近かった。 窓に叩きつける雨粒が矢の様で、刻むリズムは死の序曲だ。 光る雷が、そのしなやかな裸体を一瞬だけ、浮かび上がらせた。
「もう、いい加減放しやがれ・・・」
荒々しく息を吐く。 その身体に、咥え込んだまま。 杭はまるで自分自身の罪のように。 身体に、深く突き刺さる。
「もう・・・お前に付き合ってられるか・・・」
溜息混じりにつぶやく声が、少し上ずって掠れる。 声を殺すのが、自身を護るプライドの最後の壁だった。 ただ、きつく下唇を噛締めるのが癖のようで。 時々、その鋭過ぎる犬歯が、唇を傷つけた。 暗闇の中ではわからないけれど、今宵も噛締め過ぎた唇は傷ついているらしい。 鉄の、生臭い味がする。
「早く、放せっつってるだろうが!」
声だけで抗ってみても、状況は変わらない。 逆に強気に出ることで、護るべき何かが露呈したようだった。 護るべきは、プライド。 暗闇での気配は、何よりも正直だから。
「・・・付き合いきれねぇんだよ、ボーヤ・・・」
上ずっては、掠れる、声。 まるで何事も無いかのように。 凛とした空気は、依然犯しがたいものに違いなかった。 そんな相手を手に入れたのは、何故だったのか。 もう、思い出せない。 わかることは、今宵、嵐が過ぎ去るまでは、相手が此処に居るということだけ。 雨粒が刻むリズムが、やけに耳障りだった。
「・・・放す筈、無いでしょう?」
自分が笑っているのが、わかった。 これは、何の笑みか。 蹂躙できるのは、身体だけだというのに。
「やっと、手に入れたんです。」
抱きしめることは、許されない。 直感的に、悟っていた。
「やっと、捕まえたんです。」
ただ、そのしなやかな身体の感触だけが、暗闇の向こうに沈んでいた。 そっと、屈み込んで耳元で告げる。
「私に負けたと、言って下さい。」
相手が殺気立つのがわかる。 しかし、今なら自分の方が優位だ。 揺さぶるだけで、啼かせられる、今なら。
「次会った時に、殺してくれてもかまわない。」
暗闇の向こうに、言葉は届くのだろうか。
「アナタは、私に、負けたんです。」
そう、今宵だけは、ね。 そんな呟きすらも、暗闇は飲み込んだ。
雨は止む事を知らない。 どこかでもう一度だけ、神が、啼いた。
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