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2005年02月20日(日)
「まずは自分を笑いなさい」

「ALLEGRIA2・日本ツアー公式プログラム」より。

(中村芳章さん(フジテレビ事務局・『アレグリア2』日本公演ゼネラルプロデューサー)が書かれている「アントンに会いたい。」という文章から。アントンさんは、『アレグリア』の人気クラウン(ピエロ)です。)

【2004年2月上旬、僕は『アレグリア』マイアミ公演の会場にいた。北米ツアー中のシルク・ドゥ・ソレイユ(以下シルク)の演出家であるピエール・パリジエンと日本公演に向けた再演出の打ち合わせをするのが目的だった。いつもの通り、会場内にあるシルクのキッチンでピエールを待っていると『アレグリア』の名物クラウン、アントン・バレンが入ってきた。他の出演者と話すでもなく1人で食事を始める。その後、娯楽用のパソコンの前に座り、インターネットで遊び始めた。その間ずっと1人だ。一般的にクラウンの演者は気難しいと言われる。欧米の演劇文化におけるクラウンの位置は日本と比べようもなく高く、哲学的だったりもするからだ。正直、難しそうな性格の演者に再演出の説得をするするのは辛いなと考えたのは事実だ。
 やがてピエールが来て、開口一番、僕は言った。
「アントンは気難しそうだね」
「なぜ?」
 ピエールがそう聞いてきたので先ほどの説明をすると、ピエールはこう話してくれた。
「中村、それについてはまったく問題ない。彼は普通の人間以上に明るいし、ナイスガイだ。彼がそういう行動をとるのは彼が聴覚障害者だからなんだ。彼は他のスタッフや出演者に自分のことで迷惑をかけないように、自然に配慮しているだけなんだよ」
 一瞬、僕は意味が分からなかった。】

(続いて、そのアントン・バレンさん御本人のインタビュー(実際は筆談で行われたそうです。)

【聞き手:クラウンを目指す人たちに一言。

アントン:私はいつも生徒たち(彼は、演劇の教師としても10年のキャリアがあるそうです)にこう言ってきました。「まずは自分を笑いなさい。人から笑われることを受け入れなさい」と。とても単純なことなんです。誰もが持っている、自分に関する「面白いこと」を見つけてみてください。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕ももちろん、この事実を知らずにステージを観ていたのですが、たぶん、そんなことを観客が知って、「かわいそうに」とか「よくがんばっているなあ」とか思われることを、アントンさんは全然望んでいないのだと思います。
 彼が「クラウン(ピエロ)を目指す人たちに「まずは自分を笑いなさい。人から笑われることを受け入れなさい」と言うメッセージを伝えたというのは、裏を返せば、「人を笑わせる」ことを望んでコメディアンになろうとしているはずの人でも、表向きはともかく、内心では「自分の芸で笑わせてやる」とは思っていても、「自分を笑われる」ということに対して、プライドを捨てきれていないと感じることが多いのでしょう。それに対して、アントンさんは、「自分で自分の中に『面白い』ところを発見して、それをさらけださないと、観客を笑わせることなんてできない」と言っているのです。もちろん、すべてのコメディアンが彼と同じ考えではないのでしょうけど。
 「笑い」は大事なコミュニケーションの技術なのですが、実際のところ、自分のカッコいいところを見せたり、頭がいいところを見せて「他人を笑わせようとする人って、傍目でみると、全然面白くないどころか、かえってとっつきにくい場合が多いような気がします。
 こういうのは、サイトにも言えることで、「自虐系」なんて言いながら、読んでいるとどうもしっくりこないというか、笑わせることを目指しているはずなのに、笑えないようなサイトって、「書いている本人が、自分を笑えていない」のではないでしょうか?「こんな面白いことを書ける俺って凄いだろう!」というのが伝わってくると、どうも読み手としては引いてしまいます。それは、技術以上に「姿勢」の問題なのかもしれません。
 こんなふうに書きながらも、僕もやっぱり、「自分を笑える」だけの余裕はないし、「他人に笑われる」ことを心の底から受け入れるのは難しいなあ、と思うんですけどね。
 そうできたら、生きていくのも、少しは楽しくなるのかな、と考えてはみるのですが。

 そうそう、中村さんは、アントンさんについて、このようにも書かれています。
【シルクは彼の聴覚障害を一切公表していない。しかし秘密なわけでもない。「彼の演技は100%成立している。とても自然だ。逆に公表することによって日本の聴覚障害の方たちを少しでも励ませるのなら、彼も喜んで協力するだろう」とピエールは言う。】

 本当のプロというのは、こういう人のことなのでしょうね、きっと。