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2004年04月05日(月) ■ |
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「似たものどうし」と「ベターハーフ」 |
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読売新聞の記事より。
【ペットの犬が飼い主に似ているのは気のせいではなかった――。人が飼い犬を選ぶ際、外見的に自分に似た犬種を選ぶ傾向があるという調査結果を、米カリフォルニア大サンディエゴ校の研究チームがまとめた。近く心理学の専門誌に掲載される。
ロサンゼルス・タイムズ紙によると、研究を行ったのは同校の心理学者2人。ペットの犬と飼い主の写真を別々に撮影し、被験者の学生に組み合わせを当てさせたところ、高い正答率が得られた。
正答率は犬が純粋種の場合に高く、雑種では低かった。雑種の場合は成長後の外観の予想がつきにくく、飼い主が自分と似た犬種を選びにくくなるためだという。
同紙によると、ペットと飼い主の「類似性」の謎に迫る研究は過去にもあり、肥満気味の人は太った犬を選んだ。また髪が長い女性はビーグルのような耳の長い犬を好み、ショートヘアの人はハスキーのような耳の短い犬を選ぶという研究もある。
今回の研究を行った学者によると、人は夫や妻を選ぶ時も自分と似た人を選ぶ傾向があるという。この結果、配偶者とペットも似ることになるが、「この事実は多くの配偶者をアンハッピー(不幸)にするだろう」と学者は話している。】
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なるほど、「ペットは飼い主に似る」とよく言われますが、実際は「飼い主が自分に似たペットを選んでいる」ということなのだなあ、なんて僕はこの記事を読んで思いました。 まあ、「肥満ぎみの人は太った犬を選ぶ」なんていうのは、どちらかというと自分を基準にペットに餌をあげすぎるせいなのでは?という気もしますが。 ところで、【人は夫や妻を選ぶ時も自分と似た人を選ぶ傾向がある】というところを読んで、僕は昨日読んだ中島らもさんの本に書いてあったことを思い出したのです。 らもさんは、結婚式のスピーチを頼まれると、哲学者プラトンの「ベターハーフ」の話をすることがあるそうです。 これは、「人はこの世に生れ落ちる前は一つの球であり、それが2つに分かれて誕生する。そして、別れてしまっためいめいが自分の半身を求め続ける」という話。ちなみに、らもさんはスピーチの最後に「お互いに自分の『半身』が見つかってよかったね」と締めるそうなのです。 僕は、なんとなく理想の「ベターハーフ」というのは、「性格が全く違っても、自分が持っていないものを持っていて、お互いに補い合える人」だとずっと考えていたのですが、ひょっとしたら、それは間違った解釈だったのかもしれません。 「ベターハーフ」というのは、あくまでも「自分の一部なのだけど、今の自分にはないもの」なのですから、「自分と全く同じ」でもなければ「自分と全然違う」というものでもない。いくら「自分とは違った人を」と思っても、やっぱりその相手の中には、「自分となだらかに繋がるもの」がないと、うまくいかないのかもしれませんね。 でも、きっと人間って凸凹しているから、お互いに全く同じ形の「半分」では、うまくくっつかないし、あまりにお互いの繋がりが滑らかすぎる組み合わせというのも、かえって外れやすいのかな。
自分の一部だけど自分じゃない、似ているけど同じじゃない、そんな不思議な「ベターハーフ」。 そう考えると、女性が「今度は絶対あんなタイプの男とは付き合わない!」なんて言いながらいつも同じような相手を選んでしまう理由も、わかるような気もします。 この世界のどこかに、完璧な「ベターハーフ」っているんだろうか?
まあ、現実問題としては、ときには自分のほうの形を変えて相手に合わせることも必要なのでしょうね、きっと。
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