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2003年09月23日(火)
「やってもらえないとわかってもらえない」

「ファミコン通信」2003年9月26日号の記事より。

(「ドラゴンクエスト8」を開発中のゲームデザイナー・堀井雄二さんのインタビューより)

【インタビュアー「ゲームの置かれている状況が変わってきましたよね」
 
 堀井「ゲームにはふたつの要素がありますよね、ひとつは暇つぶしの要素と、もうひとつはエンターテインメントの要素。暇つぶしは、いまは携帯電話のメールとかインターネットでできてしまうんです。だから、ゲームが売れなくなったと。本当にやりたいゲームしか買わない」
 
 インタビュアー「そうすると、ゲームの作りかたも変わってきますね?」

 堀井「やっぱり、やってもらえないとわかってもらえない、ということがありますよね。実際、やればおもしろいのだけれど、やるまでにいたらないという惜しい作品が多い。ちゃんと遊べるゲームが10000本くらいしか売れなかったしますから」】

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 あるゲーム作家のインタビューに、「ファミコン初期のころは、作ったどうしようもないゲームが『20万本しか売れなかった』ということで会社からお灸をすえられた」という発言がありました。
 本当に、昔は「どんなゲームでも売れる」という時代だったのです。
 発売されるゲームの種類そのものが少なくて、僕たちは常に新しいゲームに餓えている状態でしたから。

 でも、最近は「一部の有名ゲーム以外は、売れない時代」と言われています。「売れない」という先入観があれば、そういった新しいゲームには開発費も人手も時間もかけられないでしょうから、一部の続編ゲーム以外は、いいものをキチンとつくること自体が難しくなっているのです。
 おまけに、ゲーム自体もどんどん複雑になってしまって、「暇つぶしの道具」から、一生懸命説明書を読まないとついていけないものになってしまいましたし(もちろん、手軽に楽しめるものもたくさんあるのですが)、そのおかげで、とっつきが悪くなってしまった印象は否めません。

 それでも、「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」のような有名ゲームの続編は、「きっと面白いはず」というプレイヤーの信頼がありますから、最初のとっつきが悪くても「もう少しガマンして遊んでみよう」と思ってもらえるわけです。
 でも、これが無名のゲームだったら「つまんない」でオシマイ。
 いや、それどころか、現在のようにゲームが氾濫している状態だと、面白くても宣伝がされていなければ「手にとってももらえない」という状況のようです。

 僕も、きっとこの世界には、僕が見落としている面白いサイトや面白いゲームや本、面白い人がたくさん隠れているという気がするのです。
 でも、その存在に気がつくこともなく、生き急いでいく人生。
 今のやりたくてもやる暇がないゲームたちを昔の僕にタイムマシンで送ってあげたくて仕方ないくらいなのに。

 もちろん、「ドラゴンクエスト」のように、「常に期待される存在」には、それなりのプレッシャーもあるのでしょうが。