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2003年07月09日(水) ■ |
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記憶に残る、映画の予告篇あれこれ。 |
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「映画は予告篇が面白い」(池ノ辺直子著・光文社新書)より抜粋。
【予告篇は不思議な存在です。映画本篇とは独立した一つの作品であると同時に、本篇にお客さんをたくさん集めるための広告でもあります。だからこそ、予告篇は本篇よりも面白い(!)のです。 私の知り合いにも、本篇上映前の予告篇上映を楽しみに映画館に行く人が大勢いますし、予告篇が素晴らしく面白かったので、本篇を見に行ったら、期待ほど面白くなかった、というような話もよく聞きます。】
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映画が上映される前の「予告篇」って、その映画を撮ったスタッフとは別の人たちが作っていることがほとんどなんですね。予告篇は、作品の一部というよりは、独立した作品であり、広告である、と。 著者である池ノ辺さん(とその会社の人たち)は、これまで、「トップガン」とか「羊たちの沈黙」とか、「フォレスト・ガンプ」のような大作や「HANA−BI」「学校の怪談」のような日本映画まで、たくさんの映画の予告篇を作ってこられています。 もちろん、「みんなに観てもらいたい、オススメ映画」だけだったらいいでしょうけれど、中には、「自分は金払って観ないなあ、これ」と思うような映画でも、プロとしては、面白くみえるような予告篇をつくらなくてはいけないわけで。 まあ、そういう意味では「広告」の世界なんですよね、あれは。
僕も映画を観に行くときは、極力予告篇を観るようにしています。 もちろん、席を取っておく、という意味合いもあるわけですが、ガラガラに空いている場合でも、エンディングのスタッフロールが始まった途端に席を立つ人はいても(それはそれで、何でそんなに小走りで出て行く必要があるんだろう?と思うのだけれど)、予告篇が終わるのを外で待って、本篇がはじまったら中に入るって人はいませんよね。 実際、この予告篇を観ながら、「これ観たいね」とか「つまんね〜」とか考えるのは、けっこう楽しい時間です。 短い時間に、その映画のウリが詰まっているわけですから。 予告篇の「見せ方」で僕が印象に残っているものといえば、「マトリックス・リローデッド」で話題になった「100人のエージェント・スミス」のシーンは、本篇ではクライマックスシーンではなかったり、「踊る大走査線」の青島刑事の有名なセリフ「事件は会議室で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだ!」というセリフは、本篇の中では、「ここでそんなに熱くならなくても…」と思うようなシーンだったりしたこと。 確かに、予告篇は「映画本篇を題材にした、独立した作品」なのかもしれませんね。
そういえば、最近笑ってしまった予告篇は、「ピノッキオ」と(まだ未公開ですが)「ラスト・サムライ」です。 前者は、ロベルト・ベニーニの奇怪なピノキオぶりに、そして後者は、トム・クルーズの違和感ありまくりのサムライ姿と「侍魂」という言葉が大写しになったスクリーンに、思わず失笑してしまいました。
予告篇作るのも、楽じゃないよなあ。
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