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2002年06月14日(金) 媚びるのではなく届ける

今日も一応、自分としては稼ぎにいったつもりで
街へお出かけしていたのですがね、
午前中は良かったのですが、そこでやめときゃいいものを
ずるずるとハマリまして、夜まで粘りましたが、結局ダメダメじゃんか。

そんなわけで、帰ってきてからかなり疲れていて、
晩御飯を食べてからさっきまで、すこし寝てました。
眠すぎて何も書けそうになくて、どうにもこうにも寝なくちゃ、
と思って、今日のサッカー日本代表の活躍を横目にうとうとしてました。

蘭の会、今月号がさきほどupされたようで、
私もさきほど読んできました。
私の詩は、まあ、最近詩心が少なくなってきてる気がするので
いつものような、まあ拙いものです。でも読んでいただけると嬉しいです。
で、まあ、今月の投稿詩への批評なぞを読ませていただいて、
またまた、詩とはなんぞや、と思ったりもするわけです。
詩を書き始めの頃、詩に使う言葉・表現というものは、
目新しく斬新で、個性際立つ言葉遣いこそが高度な詩、と思いがちになると思うのです。
たしかに、その人でしか書けないモノがあってこその作品なのですが、
かといって字面・言葉面が飛び抜けて前衛的で画期的でないと、
またはテーマや主題に凡人ではない非凡さがなければ
素晴らしい詩ではない、というのは、違うと思うのです。
私がそういった言葉で詩を書けないから言っているのではなく
(まあ、そういった言葉で書くこともできれば説得力はあるのでしょうが)
ずっと昔からポエムらしいモノを書いている自分が思うに、
普通の会話で使われるような言葉で、いかに巧みに感覚を表現できるか、
読む人に感覚を与えられるか、思い起こさせることができるか、
その醍醐味のほうがとても面白いと、勝手に思っています。
詩は、うまくなるよりも、詩が、読む人に届くようにならなければいけない、
最近は、本当にそう思います。
上手さ、を追求するあまり、読者をおいてきぼりにしてしまって
その挙句、結局、詩の世界が閉鎖的なモノになってしまっていると思うのです。

媚びるのではなく、届ける。
読ませるのではなく、感じさせる。
私が読者なら、
感じさせてくれる詩のことを、好きだなぁ、と思うから。

おやすみ。






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