甲斐犬ジロー通信
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2006年03月21日(火) 世界一

          WBC最終決戦、キューバ対日本。
     よくぞ此処まで泥沼を這うように抜け出てくれました。
       誰も想像しない展開で崖っぷちから這い上がった日本。
     そうだ、60年前の焼け野原から立ち上がった時のように
      失う物は何も無いと精神力のみで今日この日を迎えた。

        今朝、コーヒーを飲みながらジロ父に

         今日は勝つと思う。。。。と言ったら

            甘いね!って言われました。
        何だか分からないけれど、勝つと思えたのですが
              やっぱり甘いかな〜。

       いつものようにテレビは画像だけ音声を消して
       ニッポン放送をつけて観戦することにしました。

    (ここからはプロジェクトX風になりますので悪しからず)


             いよいよ決戦は始まった。
   1回表、キューバのピッチャーはどうしたことか立ち上がりから
           ストライクが決まらず押し出しで
       あっという間に日本に先制の1点を許してしまった。
    この回、満塁から小笠原選手の押し出しと今江選手のヒットで
         あれよあれよと言う間に4点をリードした。

          え〜、こんなに楽に取れちゃうの?
        とジロ母ここで大船に乗った気分になるのであった。
      パンを焼きながら見ていようというご気楽気分で
       キッチンに入って準備をしたりお茶を入れたり

        心の中では”勝った”と思うのであった。

      いやしかし、キューバは投手陣がかなり緊張していて
         押さえ切れない危うさが見られるとは言え
バッターはホーガン投げのような構えでブンブン振り回してくるのだった。
        格闘家がバッターボックスに立っているようで
          やっぱり怖いぞ〜〜〜と感じるのだった。

    パンどころではなくなって、しっかりテレビの前に座って
        耳だけはラジオに向いて、真剣に応援した。

     ジワリジワリと回が進むにつれキューパは追い上げてきた。
         8回裏には何と1点差にまで迫ってきた。
       ジロ母、心臓バクバク、肩はガチガチに硬くなり
             体が凍り付いてきた。
 
              これ以上見ていられない!

        お風呂場でタライを出して洗濯を始めたジロ母。
           もちろん、ラジオを付けて、、、、、。
              洗濯していると言っても
         タライの中のお湯をかき回しているだけだった。

      9回裏、2アウトをとってあと一人という時になって
             僅かに早くラジオから

          ”ヤッターーー、勝ったーーー!”

           とアナウンサーの絶叫が聞えた瞬間
   タライを蹴飛ばしテレビの前へ走りより画像で確認したのだった。

          勝ったんだ! 本当にやったんだ!
               胸が高鳴った。

       一呼吸置くとジロ母はなんだかしみじみとして
      深い感慨とはこういう重みのあるものだと実感したのだった。




            この掲示板を見て、、、、。
  野球発祥の国で、このようなお祝いのメッセージを贈られるとは
        もう、胸がいっぱいで熱いものがこみ上げ
            画面が滲んで見えなくなった。
     ジロ母にとっても今日この日は人生最大の喜びなくらい
           いろいろな思いが込み上げた。

    身体的にアメリカやキューバに劣ることは絶対に越えられない
        ハードルであることは日本人の宿命です。
 そんなハンディを背負っても活き活きと美しく野球を魅せてくれた選手達
         日の丸を背負った選手達がサンディエゴで

       気高く気品に満ちた素晴らしい野球をしてくれた。

       負けたとは言え、キューバの選手達の戦う姿勢は
              本当に立派でした。 
    フェアーで一途で、試合終了後のコメントも流石であった。
      そして、密かにキューバが好きなりだしたジロ母であった。

     日本とキューバに祝砲ならぬ花火をあげてやろうと思った、


                おめでと〜〜う!


       精神は体を越えることが出来るのだということを
          今、ここで証明してくれたのだった。



     王監督が夜空に舞い、選手達の力強い腕が天を突き上げる。
                黄金の腕だ!
      大きな日の丸がペトコ・パークのフィールドに敬礼しながら
               ゆっくり動いていた。

      3月21日は日本野球が”世界一”になったと誰もが
          記憶に留める記念すべき一日であった。


      そして、この日を何かのカタチで締めくくりたいと
           日の丸ケーキを作ったのでした。




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