甲斐犬ジロー通信
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今日は友人と谷中を歩きました。 前回日暮里を歩いたので、今日は反対側から谷中を 案内してもらいました。 谷中銀座 友人お薦めのパン屋さんで 胚芽パンとフランスパンを手作り飴屋さんで金柑飴を買って お昼はインド人が作るキーマカレーを食べました。
お腹が一杯になって、これからチョッとレトロな 谷中の路地裏を歩きます。
ガラス引き戸のブリキ屋さん 変換出来ないので、もうこの字は使われていないってことです。
銅板屋さんはもう店を閉めていました。 タイムスリップしたような懐かしさでたまりませんね。
お風呂屋さんはギャラリーとして生まれ変わっていました。
谷中で一番古い酒屋さんは区の文化財として残し 店内も見学できます。 昔は量り売りでしたから当時のビンや上戸、陶器の樽なども置いてます。
この量りはジロ家の倉庫にもあります。 重いものを計る時はおもりを重ねて目盛りを見ながら 調整するので子供でも手伝える楽しい遊び道具でもありました。
古い町並みにもオシャレな建築物が見られるので 谷中は新旧調和型の町作りを実践しているようです。
谷中墓地の入り口に「イナムラショウゾウ」の店がありました。 ジロ母興奮気味で、並んで買いたい気持ちになりましたが ダイエット中なのでグッと我慢して通り過ぎました。 でも、この次ぎ来た時には絶対に買って見たいと思います。
それから、墓地の中を散策開始しました。 しかし、広い墓地の中で迷子になってしまい 困っていた所を墓地ボランティアの方に助けていただき おまけにガイドまでしていただきました。
谷中で一番大きなお墓はここ徳川慶喜ファミリーのお墓です。 土饅頭のような形で並んでいるのが慶喜と正室美賀子の墓。
なんとその後ろには側室二人のお墓が、、、。 おこうさんとおのぶさんと仰るそうで おこうさんには11人、おのぶさんには12人のお子さんが 生まれたそうですが当時は栄養状態が悪かったことや 亜鉛入りのおしろいが元で1才に満たないうちに亡くなった子供が多く 残ったのはそれぞれの側室に5人づつだったそうです。 正室と側室の子供達のお墓もこの中に祀られていますが 生涯独身を貫いて、徳川家のために尽くした女中頭のお墓も 隅のほうに祀られていました。
ここまで聞くと慶喜さんも懐の深いお方だわと思ったのですが 正室の美賀子さんからすると側室二人が亡くなってまで 後ろに控えているとはどんなお気持ちなのでしょう? また、側室のおのぶさんとおこうさんは側室同士のプレッシャーが あったでしょうから、同じく亡くなってまで一緒とは お気持的には複雑ではないでしょうか?
ジロ母が側室だったら、、、、 多分実家の墓に入れて欲しいと遺言を残していると思います。 死んだ後まで引きずりたくないし親元に帰りたい気持ちになると思う。 そして、正室だとしたら 当然慶喜さんのお隣に立派なお墓を建てて頂き 同等の扱いをしてくれないと化けてで出ると遺言を残します。
殿方は皆家族と思うのでしょうが、女の立場からすると とんでもないですよ。
まっ、勝手なことをほざきましたがあたしゃ、現代に生まれて 本当に良かったと思います。
ガイドさんから興味深いお話をたくさんお聞きして すっかり谷中の怪に嵌ってしまいましたが 楽しい谷中ぶらり旅また来て見たくなりました。
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