ふすまのおく
細々、ぼそぼそ書いてます。

2016年12月03日(土)

前回の日記を書いたあと、食事をするのに迎えに来た友人には、
迫りはしなかったけれど、隣の住人との見合いの話が出たと伝えておいた。
その次の日、アパートを訪れた男性を見ただろうオーナーさんから、
「この話はなかったことに」と言われて安心した。


ふとネットをしていて思い出すことがある。
ちょっとオカルトなのだけど、ネットで透視みたいなものをしてもらった時に、
「あなたの眼前には高くて険しい山がある。その山を登るのか、断念するのか。
今後どういう風に将来を進めていくのか、ちゃんと周囲と話し合ってみて」
という内容の言葉をもらった。

険しい山、とはどんな山だったのか、恋愛なのか、仕事なのか、人生なのか。
山は登りきることができたのだろうか。それとも途中で降りているのだろうか。
そうではなくて、まだ私の行く先に険しい山は続いているのだろうか。

もう聞くこともできないけれど、当時見てくれた人に、一度聞いてみたい。
ずっと自分のなかでは必死で苦しんだから、
この苦しい思いが山だったのか、それとも屁でもない程度のものなのか。
できれば「あなたは山の頂上でいい眺めを見ている」という答えが聞きたいが、
それも、自分で文句なく自分にそう言えるようになれればいいな、と思う。


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襖 [MAIL]