みつこの育児日記

2003年12月14日(日) 祐也吐く

いつものことなのですが、祐也はお腹がすいて明け方起きます。日本に帰ってからも毎日4時半か5時には起きてしまいます。そしてうるさいので、夜のうちに枕元におにぎりを置いておきます。こうすれば勝手に食べてくれる。
・・・しかし、アンパンが食べたいだのなぜか別のものを要求してくるので結局毎朝起き上がるはめになっております。

今朝も早くから起きていたのですが、祐也がテレビを見ている間、ゆっくり読書してくつろいでおりました。

午後は妹が祐也を連れて図書館へ行ってくれました。

帰宅後、やけにママにべったりだなーと思ったら、腹痛を訴えた挙句吐きました。1時間おきに6回!!最後は胃液・・・。

祐也が吐いたのは初めてなので、本人もかなり辛かったようです。

布団に吐かれなかったのは幸いでしたが、いつも親が胸で受け止めてばかりだったのでセーターやらシャツやら半纏まで洗濯するハメに・・・。

大変でしたーー。

幼稚園で風邪をしっかりともらってきたようです。

しかし、朝から食欲もはんぱじゃなかったので、食べすぎという気もするのですが、どっちだろう??



2003年12月12日(金) コーラス部クリスマス会

コーラス部のクリスマス会兼2学期の打ち上げ会がありました。

朝9:15から練習開始。まず童謡を練習してカセットテープに吹き込みました。どこかの大会に応募するらしいのですが、何しろ私は浦島太郎状態で何が何やら??という間に終わってしまいました。

初見だったのに、テープに声まで残してよかったかな??

練習後、打ち上げ開始。

まずは新人の出し物。昨日しか練習していなかったのに私はもう本番です。
教育テレビの夕方クインテッドの歌のもじりで「ボレロ」と「ユーモレスク」を歌いました。退場はヒゲダンス。ウケて良かった・・・。

その後出し物が続々と続き、圧倒させられました。全部で11くらい出し物があったような??顎がはずれそうな程笑ったり、ピアノの演奏に聞き惚れたり、とても楽しい会でした。

昼食でお寿司が出たと祐也に思わず言ったら、「祐也も寿司が食べたかったのにー」と怒られました。結局夕方買うはめになりました。



2003年12月11日(木) 早速幼稚園へ

昨夜寝たのが夜11時半と遅かったのですが、祐也は朝5時には起きてしまいました。そしていつものごとく「お腹すいたよー」とうるさくて眠れない。
そのまま興奮してお土産の包みを開けたり、プレゼントを出し入れしているのでそのまま幼稚園に登園させてしまいました。

一日ゆっくりしたらドッと疲れが出そうだったので・・・。

一方私も明日のコーラス部で開かれるお楽しみ会の練習に出かけました。
そこで知ったのは幼稚園で様々な風邪が蔓延していること。

肺炎・発熱・腹痛・吐き下し・おたふく・水疱瘡・・・。

かなりの園児が欠席しているらしいのですが、祐也はうつらないといいけれど、体が疲れている状態なのでちょっと心配です。

夕方、担任の先生からお電話を頂きました。

祐也はやはりママ恋しくなって泣いたそうなのですが、お友達がずっと慰めてくれていたそうです。2週間も母と付きっ切りだとしょうがないかな。

同じ組のみんなが、毎日祐也の無事を祈っていてくれたおかげでみんな祐也を忘れることなく、笑顔で迎えてくれたそうです。先生に感謝!!



2003年12月10日(水) Wの悲劇  続編

8時間弱、予定より早く成田空港に着きました。知り合った友達は、どこに行くのかと思ったら、また乗り換えで最終地バンコクに行くとのこと!!!
私達日本止まりでよかったよー。

祐也はやっとパパに会えてとっても嬉しそうでした。私もやっと日本に帰って来れたと安堵しました。

しかし!!

スーツケースが壊されておりました。

しかもバールでこじ開けられて・・・。金具はねじくれてました。

実は日本出発の際、ピックアップして中身を検査することがあると言われていたんです。その際、もし鍵がかかっていたら壊しますよとも言われておりました。

それでも鍵をしていったのですが、行きは無事通過してきたんです。

まさか帰りに検査に当たってしまうとは・・・。

機内預け荷物が4つもあったので、不審がられたのかしら?しかしそのうち1つは100円のレジャーシート模様のどうでもいい入れ物。もう1つはドラムカンバックだったのに。ドラムカンバックの方も中身を調べられたらしく、紙切れが入っておりました。

ただ不幸中の幸いだったのは、義母に借りた買ったばかりのスーツケースが壊されず、私のボロい方が壊されたこと。こちらは買い換えたかったのでむしろ理由が出来たようなものです。このスーツケースは中身がお土産や姉から託されたクリスマスプレゼントでぎっしり詰まっており、実は一番重かったのです。・・・だから不審がられたのかしら??

今のところなくなったものはないからいいけど、スーツケースが半開きの状態でシールでぐるぐる巻きにされてきたときは驚きました。

なんだかんだトラブルはありましたが、二人とも無事で帰国できたのが何よりのお土産だったかな>パパ

帰宅して夕食をとり、一息ついてから姉に電話しました。ちょうど姉の家を出てから2日経っておりました。(インディアナ時間で10日朝7時半だったのですから)


こんな長旅、今までにない経験・・・。



2003年12月09日(火) Wの悲劇

朝5時起床。インディアナタイムだと既に8時です。
6時からレストランが開くので朝食を食べに階下へ行きました。
フルーツ盛りだくさんのブッフェスタイルでこれも美味しかったです。

チェックアウトしてシャトルバスに乗り込み空港へ。7時までにはチケットカウンターに来いと言われていたのですが、なんとか到着しました。

昨日の事情を話し、新たなチケットを発券してもらいました。
8時45分、ホノルルへ向けて飛行機が飛び立ちました。

せいぜい3,4時間だろうと思っていたフライト、なんと6時間もかかりました!!そりゃ、メンフィスよりハワイは下に位置しているからなー・・・。

その間、祐也は「まだー」を繰り返し、うるさいうるさい。
既に手持ちの本も読みつくし、塗り絵も飽きたようでした。
私もさすがにこのフライトは疲れました。おまけに着陸態勢で高度が下がり始めた途端、両耳が詰まってしまった!!初めての経験であまりの耳の痛さに泣きそうでした・・・。少し前の席で泣いていた子供の気持ちが分かりました。ハワイの海もかすんでみえたくらい。

到着してしばらくは耳が詰まったままだったのですが、なんとか治まりました。そして気づいたら、半袖・タンクトップの日本人に囲まれたタートルネックにハイネックセーターを着た私・・・。だって、雪、降ってるとこから来たんだよーーー!!・・・かなり変な目で見られてました。

祐也は隣の席にいた日本人の女の子、セナちゃんにヒトメ惚れ。旅の疲れも吹っ飛んでいたようです。よかったナ。

その家族に荷物を見張っていてもらったので、お店で新しいおもちゃとシール絵本を購入しました。そして昆布のおにぎりまで頂いて人の情けが沁みましたーー。

シアトルから来たみんな(タイ人だかベトナム人だかの仲良くなった3人のご婦人)と、最終案内まで搭乗する気にもならず、ぼーっとしておりました。

やっと腰を上げて飛行機に乗り込んだら、なんと私達はビジネスクラスでした!!やったー!!!

そりゃ、こんだけフライトさせられたらビジネスクラスじゃなくちゃ乗ってられませんよ、フライト航路はWを描いてるし。シアトルから8時間半で帰るはずが14時間になったんですから。

ビジネスクラスでシャンパンを頼み、食事は祐也が松花堂弁当、私はタイのライムソース添えを頼みました。食後はすごく美味しいチョコレートアイスとゴディバのチョコレートが付いたビスケット、それにぶどうでした。

しかし、もう座りっ放しで二人ともあまり食べられませんでした。祐也は「おなか痛いよー」と言い出すし、お腹をさすったりして大変でした。多分ガスが溜まってしまったのでしょう。トイレですっきりさせてやっと眠ってくれました。席はベッドみたいに倒れるし、フットレストは付いているし、本当に楽でした。普通の席だったらもう耐えられなかったけれど。





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