8時間弱、予定より早く成田空港に着きました。知り合った友達は、どこに行くのかと思ったら、また乗り換えで最終地バンコクに行くとのこと!!! 私達日本止まりでよかったよー。
祐也はやっとパパに会えてとっても嬉しそうでした。私もやっと日本に帰って来れたと安堵しました。
しかし!!
スーツケースが壊されておりました。
しかもバールでこじ開けられて・・・。金具はねじくれてました。
実は日本出発の際、ピックアップして中身を検査することがあると言われていたんです。その際、もし鍵がかかっていたら壊しますよとも言われておりました。
それでも鍵をしていったのですが、行きは無事通過してきたんです。
まさか帰りに検査に当たってしまうとは・・・。
機内預け荷物が4つもあったので、不審がられたのかしら?しかしそのうち1つは100円のレジャーシート模様のどうでもいい入れ物。もう1つはドラムカンバックだったのに。ドラムカンバックの方も中身を調べられたらしく、紙切れが入っておりました。
ただ不幸中の幸いだったのは、義母に借りた買ったばかりのスーツケースが壊されず、私のボロい方が壊されたこと。こちらは買い換えたかったのでむしろ理由が出来たようなものです。このスーツケースは中身がお土産や姉から託されたクリスマスプレゼントでぎっしり詰まっており、実は一番重かったのです。・・・だから不審がられたのかしら??
今のところなくなったものはないからいいけど、スーツケースが半開きの状態でシールでぐるぐる巻きにされてきたときは驚きました。
なんだかんだトラブルはありましたが、二人とも無事で帰国できたのが何よりのお土産だったかな>パパ
帰宅して夕食をとり、一息ついてから姉に電話しました。ちょうど姉の家を出てから2日経っておりました。(インディアナ時間で10日朝7時半だったのですから)
こんな長旅、今までにない経験・・・。
朝5時起床。インディアナタイムだと既に8時です。 6時からレストランが開くので朝食を食べに階下へ行きました。 フルーツ盛りだくさんのブッフェスタイルでこれも美味しかったです。
チェックアウトしてシャトルバスに乗り込み空港へ。7時までにはチケットカウンターに来いと言われていたのですが、なんとか到着しました。
昨日の事情を話し、新たなチケットを発券してもらいました。 8時45分、ホノルルへ向けて飛行機が飛び立ちました。
せいぜい3,4時間だろうと思っていたフライト、なんと6時間もかかりました!!そりゃ、メンフィスよりハワイは下に位置しているからなー・・・。
その間、祐也は「まだー」を繰り返し、うるさいうるさい。 既に手持ちの本も読みつくし、塗り絵も飽きたようでした。 私もさすがにこのフライトは疲れました。おまけに着陸態勢で高度が下がり始めた途端、両耳が詰まってしまった!!初めての経験であまりの耳の痛さに泣きそうでした・・・。少し前の席で泣いていた子供の気持ちが分かりました。ハワイの海もかすんでみえたくらい。
到着してしばらくは耳が詰まったままだったのですが、なんとか治まりました。そして気づいたら、半袖・タンクトップの日本人に囲まれたタートルネックにハイネックセーターを着た私・・・。だって、雪、降ってるとこから来たんだよーーー!!・・・かなり変な目で見られてました。
祐也は隣の席にいた日本人の女の子、セナちゃんにヒトメ惚れ。旅の疲れも吹っ飛んでいたようです。よかったナ。
その家族に荷物を見張っていてもらったので、お店で新しいおもちゃとシール絵本を購入しました。そして昆布のおにぎりまで頂いて人の情けが沁みましたーー。
シアトルから来たみんな(タイ人だかベトナム人だかの仲良くなった3人のご婦人)と、最終案内まで搭乗する気にもならず、ぼーっとしておりました。
やっと腰を上げて飛行機に乗り込んだら、なんと私達はビジネスクラスでした!!やったー!!!
そりゃ、こんだけフライトさせられたらビジネスクラスじゃなくちゃ乗ってられませんよ、フライト航路はWを描いてるし。シアトルから8時間半で帰るはずが14時間になったんですから。
ビジネスクラスでシャンパンを頼み、食事は祐也が松花堂弁当、私はタイのライムソース添えを頼みました。食後はすごく美味しいチョコレートアイスとゴディバのチョコレートが付いたビスケット、それにぶどうでした。
しかし、もう座りっ放しで二人ともあまり食べられませんでした。祐也は「おなか痛いよー」と言い出すし、お腹をさすったりして大変でした。多分ガスが溜まってしまったのでしょう。トイレですっきりさせてやっと眠ってくれました。席はベッドみたいに倒れるし、フットレストは付いているし、本当に楽でした。普通の席だったらもう耐えられなかったけれど。
あっという間に帰国日を迎えました。朝5時起きでご飯を食べ、6時にジェームズに空港まで送ってもらいました。ディンディンはまだ寝ていたのでお別れは出来ませんでしたが昨夜のうちにお別れしておいたので、大丈夫だったようです。姉は寂しそうでした・・・。
ここインディアナポリスも9/11のテロ以来様々なチェックが厳しくなっておりました。7:35飛行機が出発。ほどなくテネシーにあるメンフィス空港に到着。ここで時間を1時間巻き戻しました。空港内を端の方まで歩いて次の搭乗口へ。
・・・ここまではよかった・・・
・・・ここから悲劇が・・・
なんと、飛行機のコンピュータートラブル発生!!結局3時間半も飛行機の中で缶詰状態となりました。
その間、祐也と私は姉にもらった食料とお菓子で空腹をしのぎつつひたすら塗り絵をしていたのでした。
塗り絵作業が単調なので、クレヨンを握りつつ意識を失う私。その度に祐也に叩き起こされておりました。・・・寝かしてもらえず・・・
しかも「早く日本に帰りたいーパパに会いたいー」と祐也が情けない声で訴え続け、ほとほと弱りました。
そうこうしているうちに、シアトルから成田便が飛び立って行ってしまいました。搭乗口で券の交換をしてもらおうとしているうちに祐也が泣き出し、抱っこしたらそのまま眠ってしまいました。30分も抱っこして順番を待っていたのですが、自分の番になった時に飛行機が動くというので「手続きはシアトルに着いてからやって」と言われてすごすご席に戻りました。
シアトルまでは思ったより遠くて、6時間弱のフライトでした。うち2時間ほどは祐也が寝ていてくれたので助かりました。
シアトルの搭乗口カウンターで次の便の確保。結局成田行きは1日1便だということで今日は宿泊が決定しました。ちなみに明日の便はオーバーブッキングで席がないといわれ、明日はホノルル経由を余儀なくされたのでした!!
隣で同じ事を言われていたタイ人らしきおばちゃんと仲良くなって、二人で空港裏のホテルまでなんとか辿りつきました。(シャトルバスがありました)
航空会社負担なので宿泊費タダ、食費補助有り。結構素敵なホテルでベッドはキングサイズでした。祐也と部屋で大喜びしておりました。
お腹が空いた、と思ったのに、時計を見たら「3時!!」 ・・・時差の関係で時計を今度は2時間戻しました。
ダンナや親に電話をかけ、ディナータイムになるまでなんとか持ちこたえました。
夕食はサーモンのソテーを頼みましたが、とっても美味しかったです。
結局今日、私と祐也の1日は27時間ありました。・・・長すぎましたー。
| 2003年12月07日(日) |
ブルーミントン・ナッシュビル観光 |
昨日に続き良いお天気。予定通りブルーミントンへドライブに行くことになりました。
その前に姉の計らいで、クリスマスツリーに飾ってある祐也のプレゼントを幾つか開けて良いとお許しが出ました!
ゆうやの嬉しそうな顔といったら!!!
ひと通り開けて祐也が満足してから、車で出発!
やはりロングドライブになると祐也が疲れてくるらしく、途中から人の話に割り込んできて大変でした。
まず到着したのがナッシュビル。かわりい家が立ち並び、思わずどの店も入りたくなる衝動を必死で抑えておりました。
次に義兄が通っていた大学院へ。おいしいピザも頼み、お腹一杯になったところで学内を見学しました。まあ、豪華な造り!
ブルーミントンはこじんまりしているけれど、本当に良い町なのだなーと実感しました。
帰宅後、スーツケースに必死に荷物をまとめてみました。
今日はディンディン2歳のお誕生日でした。 土曜日ということもあり、バースデーパーティーをしました。 その為に姉はおとといから食事の準備に追われ、今日も朝からバタバタと料理やらセッティングに追われていました。
さすがに私も今日はお手伝い。(いつもはベビーシッターが主でした) 玄関やら地下・バスルームなどを掃除したり片付けたりしました。
洗面台がピカピカに磨きあがり自己満足。
パーティーは午後1時から4時ということだったので、昼過ぎから続々と人がやってきました。
祐也は初めはモジモジしながらも、慣れてくると音楽に合わせて踊ったり (まるでブレイクダンス?)ファイティングポーズをとったり、皆を笑わせておりました。
子供が全員で7人、大人は16人の計23人くらいが集まりました。 ご馳走も盛りだくさん、かつおいしくて、ケーキもすごく大きい姉が作った特大ケーキで、大好評でした。
プレゼントも沢山もらい、ディンディンは最高にいい気分だったことでしょうねぇ。祐也は指を加えて見ていたけれど。
しかし夕方になってディンディンがぐずり始め大変でした。お昼寝が出来な寝かったのも原因とは思うけれど、やはり疲れたんだとおもいます。
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