月の輪通信 日々の想い
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中学、高校ともに中間試験一週間前。 部活動も稽古事もいったんお休み。とりあえず形だけでも試験勉強に専念せよというわけで・・・・。お兄さんお姉さんたちは確かにいつもより遅くまで起きて部屋で何かごそごそやっている様子。 難問問題集に取り組んでいるのか、読みかけの小説本をめくっているのか、プラモの塗装の修正をしているのか、はたまたCD聴きながら涎垂らして居眠りしているのか、母は知らない。 知ろうとしないことにしている。
アユコの今年の担任の先生は、若い体育会系のK先生。 毎年K先生のクラスはテンションが高くて盛り上ると子どもたちにも保護者にも評判がいい。見ているとK先生はいつもパタパタ走り回っている感じでちょっと落ち着かない気もするけれど、その「大人子ども」のような楽しさと「締めるときは締める」厳しさが人気の秘密らしい。 アユコは去年、学年の中でももっとも盛り上がりに欠けるツマラナイM先生のクラスだったので、今年はK先生のクラスのハイテンションに戸惑いながらも楽しんで加わっているようだ。
「Kセンセったらね、パプリカ(赤ピーマン)を知らなかったンよ。 給食にパプリカが出たときね、『わ、これ、めっちゃうまいやん。初めて喰った!』って感激してはるねん。後で他の先生に『パプリカ』って言う名前、訊いてたらしいで。」 アユコが教えてくれるエピソードだけでも、K先生のヤンチャ坊主のようなはじけた先生振りがうかがわれる。
そのK先生が中間試験に向けて面白いことを言い出したという。 みんなが家で試験勉強した時間をきいて積算し、クラスの学習時間の平均を発表するのだという。一人一人の学習時間を公表するわけではない。発表するのは、あくまでもクラス全体の合計学習時間と一人当たりの平均学習時間のみ。 それをあらかじめ決めておいた目標時間と比較したりしながら、「皆でもっと勉強しようよ」と盛り上がっているのだという。 ははぁん、体育会系の先生らしい発想だなぁ。愉快、愉快。
試験勉強なんてあくまでも個人の問題だから、生徒たち一人一人に学習計画を立てさせたり、目標数値を設定したりするのはよくあることだけれど、クラス全員の学習時間を合計したり、平均学習時間を提示してハッパをかけたりする先生、珍しいんじゃないかしら。 「アタシ、昨日は1時間しか出来なかったわ」とホントは何時間も頑張ってたくせにやってないふりをしたり、「昨日は徹夜しちゃった!」とやってもいないのに見栄を張ってみたり・・・。中高生の頃の試験勉強って、どこか個人的に競い合ったり欺きあったりして頑張るものというようなイメージがあったのだけれど、「試験勉強もクラス皆でがんばっちゃお!」という発想が、なんだかあっけらかんとしとしていて、楽しい。 いい先生だなと思う。
「試験勉強なんて、時間さえかけりゃいいってモンでもないよ。いかに集中して要領よくやるかってことさ。」 なんて、分かりきったツッコミはなし。 取り合えず、子どもが部屋にこもって机に向かっていれば、「ああ、勉強してるんだな。」と都合よく解釈したい母ですから。
アプコ、遠足。 本当は先週だったのだけれど雨で流れて本日実施。こんどはいいお天気でよかった。 行き先は毎年恒例、うちの裏のハイキングコース。自宅の前を通って山に入り、アスレティック広場や池のソバのキャンプ場を目指す。今年は1,2,3年生がグループを組んで、スタンプラリー形式でハイキングを楽しむのだという。 うちの前をぞろぞろと歩く小学生の列に手を振る。 「あ、アプコちゃんのおばちゃんや。」と手を振り返してくれる子もいて楽しい。子どもたちの遠足の列を玄関先まで出て見送るのはオニイオネエが小さい頃からの我が家の習慣。 工房の方ではご丁寧にじいちゃんばあちゃんひいばあちゃんまで出てきて手を振って下さることもあるから、これ、まさしく「通過儀礼」ね。 「おかあさん、遠足のときな、お母さんが手を振ってくれるのはうれしいンやけどな、おじいちゃんとかおばあちゃんとか手ェ振ってたらちょっと恥ずかしいねん。」とアプコ。 そうだねぇ。ちょっと恥ずかしいかもね。でも、オニイもオネエもゲンもみんな通ってきた道だ。我慢せよ。
子どもたちの列を見送って「さあ、ごみ当番!」と表に出たら、今行ったばかりのアプコがお友達を連れて走って帰ってきた。 「おかあさん!トイレ、トイレ!」 すぐ上の集合場所で集まっていたら、急にトイレに行きたいお友達が出たという。「アプコちゃん、連れて行ってあげて」と頼まれて、一緒に付き添ってきたらしい。 「はいはい、どうぞ、どうぞ。」と自宅のトイレを貸して戻らせたと思ったら、すぐにまた今度は一年生の女の子を連れてアプコが走って帰ってきた。 「おかあさん、もう一回!」 再びトイレを貸す。 ハイキングコースに家があると、アプコもなかなか大変だ。 (この「トイレ拝借」問題、後でちょっとごちゃごちゃした話になったのだけれど、それはそれとして・・・)
今朝、アプコ、遠足のリュックサックと水筒のほかに大事に持っていったものがもう一つ。 家の傍で摘んだタンポポの綿毛。 連休中、アプコのクラスでは「背の高いタンポポを探す」という宿題が出ていて、昨日アプコは隣の空き地で摘んだ30センチ余りのずいぶん長いタンポポ(の綿毛)を学校へ持っていったのだけれど、残念ながらクラスで一番長かったのは担任の先生が摘んでこられたタンポポだったのだそうだ。 それでちょっと悔しい思いをしたアプコ、昨日は同じ空き地でもっと長いタンポポをみつけようとずいぶん遅くまで探していた。 今朝アプコが持って言ったのは50センチ強のダントツのっぽのタンポポ。 「今日こそは先生に勝てるかも」と喜び勇んで持っていった。 何でも国語の教科書に「たんぽぽのちえ」という単元があって、その中で草むらのタンポポは種を遠くに飛ばすために、周りの草に負けないよう花首がぐんと長くなるというお話を学ぶのだそうだ。 「のっぽのタンポポ探し」はその実地検証。実際タンポポなどいつも見慣れている私も草むらのタンポポがこんなに長い花首を持っていたということに初めて気づいてびっくり。長いものは60センチ以上もあっただろうか。 こういう自然の不思議を実地に経験して学ぶことの出来るアプコは幸せだ。ユニークな宿題を出してくださったM先生に感謝。
毎年、恒例のバーベキュー大会。 近所のリクレーション施設のロッジを一棟借りて、子どもたちの友達やその家族が集まっての大宴会。 今年は高校生のオニイは剣道の試合があって戦線離脱したけれど、アユコの友達やゲン、アプコの友達家族が集まってくれて総勢26名。 にぎやかな夜を過ごした。
ここ数年、宝塚から家族総出で参加してくれているHさんは、私の養護学校勤務時代の同僚だった人。私と同い年で担当学年もずっと一緒。私が結婚退職した後も、子作りのペースまで似通っていて、我が家の上の3人とH家の子どもたちの学年もぴったり重なっていたりする。 毎年、子どもたちの塾やスポーツクラブの日程をやりくりして、遠路はるばるやってきてくれる。頼もしいお母さんだ。 ロッジにHさん家族が到着したら、毎年の恒例でHさんとともにトッポで近所のスーパーへ飲み物の買出し。その車中で一年ぶりのおしゃべりに興じて楽しかった。
実を言うと、Hさんの家族、旦那さんはもう十数年も単身赴任を続けておられる。Hさん自身は結婚出産後も教職を続けているので、フルタイムの仕事のほかに家事や子どもたちの世話や塾やスポーツクラブの送り迎えなどを一人でエネルギッシュにこなしている。 オニイと同い年の長女のMちゃんが小さい頃からお父さんはいつも仕事先。長期休暇の時くらいにしかお父さんに会えない生活が続いている。 「万年母子家庭みたいなもんよ。」とさらりと笑うHさん。すごいなぁといつも思う。
かたや限りなく職住一致に近い生活を続けている私。 朝から晩まで父さんとはしょっちゅう顔をあわせ、お昼ごはんはいつも一緒。仕事の話も子どもたちの話もご近所の愚痴も、昨夜見たドラマの話もスーパーの特売の話も美術や工芸のことも、一番話をするのは夫である父さん。 夫婦でありながら、茶飲み友達、仕事上の師弟、人生の先輩後輩すべてをかねる父さんの存在はまさにわが半身。数日どちらかが留守にすると、たちまち空回りしてしまったりする。
Hさんに言わせれば「毎日顔をあわせてて、よく飽きないわねぇ」 私に言わせれば「それだけ離れて暮らしてて、よく寂しくないわねぇ。」 お互いの両極端の夫婦生活のあり方に、ともに呆れ、ともに感嘆する。 「旦那が単身赴任してくれてるおかげで私も仕事も続けられているんだしね、ありがたいとも思ってんのよ」 いつも口の悪いHさんが、はにかみながら旦那様への感謝をもらす。 夫婦の絆って言うヤツは、一緒にいる時間の長さだけじゃないんだなぁとしみじみ感じた。
「ごめんなぁ、今年は宿泊無しや」 毎年バーベキューの後はロッジで宿泊していくHさん家族は、今年は夜中にHさん運転のワゴン車で帰っていった。次の朝早くの飛行機でご主人が赴任先に帰ることになっていると言う。 大事な長期休暇最後の夜に、よくぞ遊びに来てくださった。 ありがとうHさん。 また、来年ね。
2006年05月04日(木) |
賢い彼女とおばかな彼女 |
連休の真ん中、今日はおうちモードの日。 オニイは剣道部の練習試合。一年生だけど上級生のメンバーに欠員が出たので出場させてもらえるかもしれないという。重たい防具袋を提げて意気揚々と出かけていった。 ゲンも剣道の朝稽古。連休中は稽古に来る人数も半減するのだけれど、こちらも数日後に試合を控えている。先月末の対外試合で惨敗して「このごろ何だか不調〜」と冴えないゲンだが、気合を入れなおして稽古にのぞむ。 頑張れ。
男の子たちが出て行って静かになったところでアユコが女の子部屋の衣替えを始めた。アユコとアプコ、二人分の冬服を片付け、夏服を引っ張り出して引き出しにしまう。実は私はこの作業が大の苦手。女の子たちの衣装は頂き物のお下がりも含めて数も多いし、作業をしているうちに埃のアレルギーが出てくしゃみの連発になるのは毎年の恒例。ここ数年、ようやくアユコが自分たちの部屋の分の衣替えは自分たちでやってくれるようになって本当に助かる。
ただ、困ったことが一つ。 アユコはたいがい、片付け物や大掃除を始めると、どんどんご機嫌が悪くなる。 「それ、そんな所へ入れたら駄目でしょ!」 「遊んでばかりいないでさっさと自分の分を片付けて!」 「そんなものいつまでもとっておくから片付かないのよ!」 と他の兄弟たちのやり方にダメだししたり、叱ったり。その口調は誰かさんそっくり。結構厳しいことも言っているが、理屈は通っているので誰も反論したり逆らったりすることも出来ない。「わ、ヤバイ。アユコがお片付けモードに入ったぞ。」とばかり首をすくめて、従うふりをしながら隙を見つけてこそこそと逃げ出してくる。 今日のターゲットは当然アプコ。久々に出てきた夏服をうれしそうに胸に当ててファッションショーを始めるアプコに、アユねぇの厳しい檄が飛ぶ。男の子たちのように要領よく抜け出すすべを知らないアプコはアユねぇの叱責を一心に受けて半泣きになる。
「アユコの言うことはいちいち理屈が通ってるから、逆らえんのだよなぁ。」 昼過ぎ、試合から帰ったオニイが女の子たちの攻防を遠巻きに眺めて苦笑する。触らぬ神にたたり無しというやつだ。 「ほんとにねぇ、アユコのお片づけモードはちょっと厳しすぎるね。誰に似たのか知らないけれど。」と他人事のように笑うグウタラ母。 「あはは、我が家の女たちはみんなね・・・」 お、オニイ、わかってるね。そうそう、アタシよアタシ。アユコのいらいらモードは母そっくり。
「ねぇ、オニイ、彼女にするならアユコみたいな理屈のたつ女の子じゃなくて、ちょっとボーっとしてるくらいの女の子を選びなさいね。」 といったら、オニイ、ふんふんと鼻で笑って、でもあんまり同意はしてない様子。 「あれれ、君はしっかり者の賢い系彼女とぼーっとついてきてくれるタイプの彼女、どっちが好き?」 と聞きなおすと 「賢い女」とオニイ、即答。 へぇーそうだったんだ。そういえば、オニイが小さい頃から「ちょっといいな」と思っていたらしい歴代の女の子たちはどの子もかなりしっかり者系。異性に対する好みって意外と幼い頃から作られているものなのかもしれないなぁ。
そこへ「なに、なに?」と首を突っ込んできたゲンに聞いてみる。 「ゲンは自分より賢い彼女とちょっとおばかなくらいの彼女、どっちが好み?」 「えーっ?そりゃ、おばかな彼女。」 これも即答。 何で?と聞いてみたら、 「だって、気楽でええやん、その方がくつろげるって言うか・・・。」 はぁ、そうですか。 ゲンらしいお答えです。
そこへ帰ってきた父さんに「賢い彼女とおばかな彼女、どっちが好き?」と聞くのはやめておこう。 女の子部屋の片付けもようやくひと段落。アユコのいらいら解消にちょっとティータイム。 「かあさん、プリンでもどう?」 タイミングよくブレイクを入れて甘いものを勧めるオニイの要領のよさは父さん譲り。いい男に育ってくれよ。
朝、オニイは剣道部の練習試合、ゲンはいつもの朝稽古へ。 二人分の防具を車に積み込んで出かけたは良かったが、どうやらゲンの稽古は休みだったらしい。前回用事でサボったので「稽古、休み」の連絡を受けられなかったようだ。たまたま月間予定表も遅れていたし。 途中、M先生も剣道着姿でやってこられて「あちゃぁ、休みだったか。」と頭を掻いておられた。こちらも連絡漏れらしい。 買い物をして帰ったら、今度はオニイからの電話。 こちらも相手校の連絡ミスで試合の日を明日と取り違えていたとかで、今日の試合はなくなったという。仕方が無いので先輩達と近所でやっていたお祭りを見物して帰ってきたらしい。それはそれで楽しかったようだけど。 兄弟そろって剣道でドタキャンを喰らう。 誠に仲のよろしいことで。
なんだかんだで人手がそろったので、懸案だった工房の2階の廊下の床材の張替え作業に取り掛かる。以前傷みの激しかったPタイルの床を業者に頼んでクッションフロアに敷き換えてもらったのだが、今回はそのクッションフロアも傷んできたので張替える。経費削減のため、今度はホームセンターで資材を買ってきてのDIY。 古い床材をはがし、糊跡をきれいに掃除して、新しい床材を敷いて周囲をカットする。工程ごとに子どもたちが代わる代わるやってきて、手伝ってくれた。 床材をはがすのはアユコとゲン。 はがした床材を掃除するのはアプコとゲン。 接着剤を塗るのはオニイとアユコ。 新しい床材を敷いてカットするのは父さんと私。 こういう分業が何となく自然に出来るようになったのはやはりこどもたちの成長のおかげ。ありがたい。 業者に頼めばン万円かかったという張替え作業。素人工事とはいえ、そこそこ見栄え良くしあがったので、満足満足。 何といっても自前の職人さんたちのおかげで、人件費がかからずにすんだものね。子どもが多くてよかったと思うのはこんなとき。 ・・・もっとも、この臨時雇いの職人さんたち、養成のための費用はとってもかかってると思うけど。
久しぶりに家族総出。 窯の展示会をやっている神戸ポートピアホテルのギャラリーへ。 ふだん、百貨店のギャラリーへは何度も出かけている子どもたちもホテルの ギャラリーはほぼ初めて。静かなロビーの装飾や大きな回転ドアに思わずおのぼりさんになってキョロキョロしていたりして面白い。ちょっとしたおしゃべりにも声を潜めたりしてちょっと緊張モードだ。
展示会場にはちょうど実家の父母と神戸の伯父夫婦が見に来てくれていた。 最近実家の方の親類と顔をあわせる機会はとても少なくて、神戸の伯父さん伯母さんに会うのも数年前の実家のひいばあちゃんの法事以来か。 懐かしいお顔に出会えてうれしい。 伯母さんが 「ご主人さんの作品も見せていただいたけれど、こちらの作品もまぁ大きくなって・・・」 とぞろぞろついてきた子どもたちに目を細めてくださる。 そういえば子どもたちが4人勢ぞろいで伯母さんにお会いするのもずいぶん久しぶりだ。 「これは皆さんでたべてね。」 と下さった神戸の洋菓子の大きな包み。 「子どもたちの人数分のお菓子が入っているからね。一つはお供えしてあげてね。」 と付け加えて渡された。 かえって開けてみたら焼き菓子を詰め合わせた小袋が五つ分。4人の子どもたちと亡くなった小さい次女のための分。 「あの子も大きくなっていたらもう4年生なのよねぇ。ご近所にちょうど同じ頃に生まれた子がいてね、その子がこの春4年生だから。」 次女のなるみが入院していたとき、わざわざ病院までお見舞いに来てくださって頑張れ頑張れとたくさん励ましてくださった伯母さん。あの子が亡くなった後も何かと心に留めておいて下さっているようだ。 病院からほとんど出ることもなく、たった3ヶ月足らずで天へ帰ってしまった娘のことをちゃんと覚えていて、子どもの数に入れてくださる伯母さんの心遣いがうれしかった。
展示会場をでて、ちょっと寄り道。新しく出来た神戸空港を見に行く。 ポートライナーで着いた空港は思っていたよりずっとコンパクトな空港で、乗降客よりも見物客で混雑している感じ。展望デッキには家族連れの見物客が鈴なりで、なかなか飛び立たない飛行機をのんびり眺めて待っている。 実を言うとこの飛行場見物はアプコのため。この間アプコと話をしていて、アプコが飛行機とヘリコプターの離発着の仕方の違いをよく知らないらしいことが判明した。上の子達はぞれぞれに一度や二度は空港へ飛行機見物に行ったことはあったと思うのだけれど、末っ子の番になるとついつい手抜きしていたためらしい。 「わざわざ飛行機なんか見に来なくても・・・」と退屈して不満をもらすオニイに 「そう怒るな。君が小さいときには、飛行場にも行ったし動物園や水族館にも飽きるほど行った。なんとかマンショーもドラえもんの映画もイヤになるほどお付き合いしてあげたんだからね。」とコンコンと諭す。 しゃーないなぁと根気よく飛行機が飛んでくるのを一緒に待ってくれるのが、オニイの優しいところ。
ようやく工房の玄関のところの交野桜が満開になった。 「交野桜」は新古今に詠まれた桜の品種。 またや見ん 交野の御野のさくら狩 花の雪散る春のあけぼの ソメイヨシノより開花は遅くて、我が家の交野桜に限って言えば花の数もびっしり満開という感じにはならないのだけれど、新緑の中ではらはら散る様のほうが美しい。 義父は工房設立当時からここに自生していたこの桜の木をことさら大切にしていて、枝を払ったり開花後の花がら掃除を面倒がったりすると決まって機嫌が悪くなる。VIP待遇の桜なのだ。
夕方、父さんがゲンとアプコを引き連れて、庭にこいのぼりを上げた。 今年は展覧会や茶会の準備などの忙しさに追われて、毎年のこいのぼり揚げがずいぶん遅まきになってしまった。いつも車を止めている庭の真ん中にくいを打ち、組み立て式の金属のポールを立てる。これがなかなかの重労働。昔は大人総出の作業だったけれど、最近はこの手伝い役をようやく子どもたちつとめられるようになった。
このこいのぼりはオニイが生まれたとき実家の両親に買っていただいたもの。「鎧兜は五月人形はいらないから、その分大きなこいのぼりを下さい。」とお願いして選んでもらった。 ハイキングコースからも良く見える工房の庭に、大きな真新しいこいのぼりを掲げ、初めての男の内孫誕生を誇らしく祝ってくださった義父母やひいばあちゃん。 子どもたちは成長して、もうこいのぼりを揚げても手を叩いて喜ぶのはアプコくらいのものになったが、「さあ今年も鯉のぼりを上げてやらねば」とそわそわしはじめるのはおじいちゃん、おばあちゃんのほうだ。 有難いことだなぁと思う。
鯉のぼりを庭に上げ始めて15年。 子どもたちも大きく成長したが、山の樹木もずいぶん大きくなった。 庭を囲む山の木々も年々枝を伸ばし、大きな剪定もしないのでどんどん庭から見える青空の範囲も狭くなった。 今年父さんはずいぶん考えて鯉のぼりのポールを立てる場所を決めたのだが、それでも木々に邪魔されて鯉のぼりが泳ぐ空が無い。ちょっと風が吹いても鯉の尾っぽは梢に絡まり、吹流しはもつれ合って木々に紛れる。 夕方おろすときには、ロープや鯉が絡まりあってなかなかほぐれず、毎度毎度一苦労だ。 そろそろ我が家の鯉のぼりも卒業の時期がきているのかなぁと思ったりもする。
「いやぁ。きれいやなぁ。交野の桜に鯉のぼり。さっそく写真、撮っといてや」 今年もひいばあちゃんが2階の窓から鯉のぼりを眺めて、ニコニコと目を細めて父さんに言ったそうだ。子どもたちのための鯉のぼりはそろそろおじいちゃんおばあちゃんひいばあちゃんのための鯉のぼりになりつつあるらしい。 年々勢いを増す新緑の木々に、少し色あせ始めた鯉のぼりも輝きを分けて貰って遠慮がちに泳ぎ始めた。こんなふうにじわじわと世代の交代は進んでいくのだ。
駅前の八重桜が昨夜の風でずいぶん散った。 ぽたっと花房ごと落ちてきた花弁をアプコがうれしそうに拾ってくる。 たくさん拾い集めたからといって、はかない花びらはすぐに汚くなってしまうし、せいぜいおままごとの材料になるくらいのものだけれど、女の子たちはたいがいうれしそうに花房を拾う。 きれいなものを自分の手の中に収める。 それだけの一瞬のうれしさのためなんだろうなぁ。
帰宅したアユコが一人でべそべそ泣いていた。 「どうしたの。今日は合唱部のスプリングコンサート、行ってくるんじゃなかったの」 と聞くと、急に声を出して泣き出した。
アユコはいつも友達のMちゃんと一緒に下校する。けれども今日は親友のAちゃんの合唱部のコンサートがあるので、アユコはそちらに参加するつもりだった。 ところがMちゃんはコンサートには行かず、アユコと一緒に帰りたいという。アユコはこれを断りきれず、結局コンサートをあきらめてMちゃんといっしょに帰ってきた。 帰ってはきたものの、「必ず見に行くよ」と約束していたAちゃんには申し訳が立たず、コンサートにいけなかったことも悲しくなってきた。そういうことらしい。
実はMちゃん、最近アユコが用事で一緒に帰れなかった日に同級生の男の子から何か嫌がらせをされたらしい。そこでとても怖い思いをしたので一人では帰りたがらないのだという。 事件の問題自体は先生も間に入って解決済みだというが、アユコは自分がたまたま一緒に帰れなかった日にMちゃんが嫌な思いをしたので、自分にも責任の一端があるように思い込んでしまっているらしい。だから「一人では帰りたくない」というMちゃんをむげに一人で帰すことが出来なかったのだろう。
ばかだなぁ。 Mちゃんの事件は、アユコが責任を感じなければならない事ではないし、毎日毎日Mちゃんと一緒に下校しなければならない義務もない。 用事のあるときは「ゴメンね、今日は駄目。」と言えばいいことじゃないか。それでもMちゃんが心細いというのなら、Mちゃんはほかの子と一緒に帰ればいいし、アユコといっしょにコンサートに参加して帰ってもいいはずだ。 大人はそんなふうに思うのだけれど、そしてアユコも頭の中ではそのことはよく分かっているからこそ「今日は一緒に帰れない」の一言がいえなかったのだろう。アユコの涙は多分優柔不断な自分自身への悔し涙だったのだろう。
あっさりきっぱりの男の子たちの友情とは違って、この年頃の女の子の友情はくねくねと入り組んで複雑で分かりにくい。 とっても仲良しの友達にも、自分が本当にやりたいことや嫌だなと思っていることを伝えられなかったり、相手の気に触るようなことは極力話題にしないように気を使ったり。 以前、ノートの貸し借りのことで感じたように、お互いの本音には触れないで表面上の仲良しを保つことにばかり心を砕いている感じがする。摩擦を嫌う現代っ子の生ぬるい友情のもどかしさが傍らで見ている母には苦しい。 「いやなことはいや、駄目なときは駄目って、はっきり言える友達でなくていいの?自分の本音は言わないで、表だけ仲良しでそれでいいの?」 何度も何度も問い返したい、そんな想いをぐっとこらえる。
「わかってるんよ。判ってるんだけど・・・」 と涙をぬぐうアユコ。きっと彼女なりの複雑な想いが色々とあるのだろう。 そんなふうに躓いたり悩んだりして学んでいくことだからね。きっと今度はもっと上手に対処できるだろう。 「とりあえずAちゃんにコンサートへいけなかったこと、謝っとくよ」 そうそう、まずはそこからはじめよう。 >
昨日、私がPTAの集まりに出ていた頃、子どもたちは父さんにつれられて、父さんの大学時代の恩師M先生を囲む集まりに参加させていただいた。毎年恒例のこの集まりにはいつもM先生を慕う人たちが家族ぐるみでやってきて、美味しい中華料理を頂き、近況を報告しあう。子どもたちもみんな赤ちゃんの頃から参加しているので、久しぶりに親類に会う法事か何かのようなにぎやかさだ。
「かあさん、ぼく、M先生からものすごくいい話をきいたんや。」 とオニイ。 高校生になって将来の進路のこともそろそろ真剣に考え始めたオニイに、M先生は何かとてもいいお話をしてくださったらしい。 オニイとM先生がじっくり話し込んでいるのを見かけた父さんが、帰りの車中でオニイにどんな話をしていたのかと尋ねたのだけれど、「帰ってからかあさんと一緒の時に教えるよ」ともったいぶって教えてくれなかったのだという。きっとお話上手なM先生に、しっかり対座してお話を伺えたのがよほどうれしかったのだろう。
「あのな、『伝統』と『伝承』は似てるようでも違うんや。 伝統はスイッチをきったら真っ暗になって何も見えんようになるやろ。・・・ここ、「電燈」とかけてあるんやで・・・。 そんでな、・・・・いったん真っ暗になって何もなくなったように見えるけれど、明かりをつけたらまた何かが現れてくるやろ。 そこから何を作り出していくかという事がな・・・なんちゅうかな、大事っていうかな、むずかしいっていうかな・・・」 M先生の大らかな口ぶりを思い出しながら、なんとかその面白さを父や母に伝えようと言葉を捜すオニイ。その拙い説明からはM先生のお話の要旨は途切れ途切れにしか伝わってこない。 「なんていたらええんかな。・・・ここが面白いとこなんやけどな・・・」自分の受けた感銘をそのまま伝えられない歯がゆさで、何度も言葉に詰まる。 伝えるほうにも聞くほうにももどかしい想いが残りつつ、その一生懸命な話し振りから、オニイがM先生のお話に深く感化され、感動しているということだけが知れた。
「よかったなぁ、オニイM先生とお話が出来て・・・。そんな面白いお話をオニイだけで独り占めなんてもったいないよ。そのお話、またゆっくり整理してから聞かせてね。」 400字詰め原稿用紙5枚にまとめて提出せよ・・・と冗談を言って笑ったけれど、いわれなくてもオニイはきっと先生のお話を自分なりに咀嚼して頭の中にしまうだろう。 そういうお話の聞き方を「面白い」と感じられるようになったオニイの成長が親としてはちょっとうれしかったりもする。
M先生、ありがとうございました。
中学校、PTA。 はからずもいただいてしまった役員の役職決めの会合に出る。 再び広報委員。 委員長を決めるくじ引きでは、たまたま欠席者に長が当たった。決して誰が謀ったわけでもなく、あみだくじの最後の一本を欠席者に割り当てただけなのに何たる偶然!
欠席裁判のようで居心地は悪いけれど、平等なくじ引きの結果だから仕方がないよね。こういうくじって、往々にしてこんなふうに欠席者やまるっきり逃げ腰の人に当たってしまうことが結構多い。引継ぎをしに来てくれた前任の委員長さんも、実は所要で欠席中の籤で委員長を引き当ててしまったのだという。 あみだくじの神様はきっとへそ曲がりなのだろう。
副委員長に当たった人もフルタイムで忙しく働く人だったので、定員外の「会議出席担当」副委員長のありがたいお役目をいただいてしまった。今年も忙しいPTAライフが始まってしまいそうだ。 嗚呼!
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