月の輪通信 日々の想い
目次過去未来


2003年07月02日(水) 個展を終えて

一週間の個展が終わった。

義兄と一緒に搬出を終え、ちょっと疲れた顔で帰ってきた父さん。

連日の徹夜に続く、慣れない百貨店内での一週間。

肉体的にも精神的にも、かなりきつかった筈だが、それでも多くの作品を生みだし、たくさんの
お客様に見ていただいたという充実感で、ほっとしている様子。

芳名帳だの、売上票だのには現れない、父さんの戦いぶりを毎日そばで見てきただけにこち
らもどっと気が抜けてしまう。



2年に一度の地元百貨店での個人展。

毎回、楽しみに来て下さる常連さんのお客様も多い。

「以前の○○は良かった。」

「これは新しい試みですね。」

何度かおいでになったお客様の中には、怖いほど以前の作品をしっかり覚えていらっしゃる方
もあって、気が抜けないという。

とてもとても有り難い事だ。



「HP見てますよ。」

とおっしゃるお客様も増えたそうだ。

作品写真の更新のペースが落ち、日記サイトになりつつある月の輪通信だが、ここを通じて、
主人の仕事を身近に感じて下さる方が増えるのは嬉しい。



「生活の匂いを感じさせない」

洗練された女性の条件の一つに、お勝手の匂いやお洗濯の愚痴など感じさせない爽快さがあ
る。

立派なおばさん化した私には縁のない美徳の一つだが、果てさて、主人の作品についてはどう
なんだろう。

雄大なヒマラヤの遠望や、霧に煙る深い竹林の風。

父さんの作品に現れる風景は、どこか人智を離れた桃源郷の匂いがする。

そしてあの色彩。

深い深い深海の碧。夏の木立の力あふれる緑。

光と陰を同時に含んだ陶器の深い色彩はそれだけで、誰かの心を癒す。

私のすぐそばにある主人の手が、この美しい風景を描き、色彩を生み出すのだということが、
ただただ誇らしい。

「みて、みて!うちの人の作品はこんなに美しいのよ。」

そんな気持ちのままに立ち上げたこの月の輪通信。

それが、今では、「芸術家の生活」とはほど遠い、「ひしめく4人の子ども達」や「不惑のオンナ
の憂鬱」ばかりが綴られているようで、果たしてこれで・・・?と自問自答してしまう。



個展終了の祝杯もそこそこに、父さんはまた窯の温度点検に出ていく。

個展期間中も、工房の窯は休むことなく、次の窯展の作品が次々と焼き上げられていた。

朝食の前に窯詰めして、あわただしく着替えて会場に向かい、帰ってきては遅めの夕食のあ
と、工房に戻る。

ともすれば、日常の細かな雑事は二の次で仕事にのめり込んでいく父さん。

「マイホームパパ」の仮面の下の激しい芸術家の情熱を、もっともっとお伝えしなければ・・・と、
心に誓ってはいるのだけれど。



今回もこのHPを通じて、お知り合いになった方が遠方よりわざわざ父さんの作品を見に来て
下さった。

私のささやかなHPが、父さんの作品とどこかの誰かをつなげる橋になることができた事を心か
ら嬉しく思う。

ありがとう。


2003年06月28日(土) 実習生

子ども達4人を連れて、電車で父さんの個展会場へ向かう。

子ども達を連れて電車に乗るのも随分楽になった。小さいアプコの面倒はアユコが見てくれる
し、小さな荷物は男の子達が分け合って持ってくれる。

よく空いた長い座席に、よく似た顔の4人の子ども達を順番に座らせて、「4児の母です。」と胸
をはる。

ようやくここまで・・・と感慨ひとしお。



発車時間になって、最後尾車両に座っている私たちの耳に、聞き慣れない若い男性の元気な
声が飛び込んできた。

どうやら、新しく車掌になる新人さんの実習に乗り合わせたらしい。

先輩の車掌さんとともに乗り込んできた若い新人さんは、緊張した声でマニュアル通りに客席
との境の窓を開け、発車前の点検の手順を次々にこなしていく。

そのたびに、「・・・・、よぉし!」「・・・・、よぉし!」と大きな声で、確認していく。

初めて、こういう場面に乗り合わせた子ども達は、珍しい催し物でも見るように無遠慮に実習
生の一挙手一投足を目で追っている。

初々しい新人さんの点呼の声に、他の乗客達も皆、ちょっと驚きながらもほほえましく見守って
いた。



電車が発車してしばらくすると、新人さんは、車掌室からでて、きちんと車掌室のドアに掛けが
ねをかけ、乗客に深々とお辞儀をして、客車内をゆっくりと巡回する。

「あれ、何してるの?」

日頃、検札に回る車掌さんを見かけることのない子ども達には、「ご用はございませんか?」と
言うのを聞いてもピンと来ない。

「乗り越しをする人の料金を精算したりね・・・」

近郊の電車を短距離しか利用しないことの多い子ども達にとっては、「乗り越し」すらなじみの
ない言葉だったんだな。



「おかあさん、なんか、緊張するね。」

オニイがこそっと耳打ちした。

「うん、こっちまで息が詰まるね。」

「あのお兄さん、必死だね」

「新しいお仕事に就くって、大変なことなんだよね。」

オニイが、背筋を伸ばし、熱心に新人さんの姿を目で追う。

「・・・でも、なんか、いいよな。」

「うん、気持ちいいよね。」



中学生になり、自分の進路のこと、将来の仕事のこと、少し意識し始めたばかりのオニイ。

「働く」ということに、すがすがしい共感を持って、見つめることが出来るようになったようだ。

新人さんの緊張を自分の事のように共有するオニイには、確かに幼い子どもを一歩踏み出し
た成長が感じられる。

そして、人前で大きな声で点呼する事や、マニュアル通りの指さし確認を、「かっこわる〜い」と
茶化してしまいそうな風潮の見られる現代、まっすぐに「一生懸命」を見つめられるオニイ。

君もなんか、ちょっとすてきだよ。

母は、君の成長がとてもまぶしかった。



「オニイ、いいもの、みちゃったね。」

「うん、『勉強』になっちゃったよね。」

終点について、私はオニイに耳打ちした。

「あの新人さんに、何か一言、声をかけてきてごらん、君の思ったこと。」

いつもなら、知らない人に声をかけることなど苦手なオニイ、意外に抵抗せずに、下車するとす
ぐに車掌室の新人さんのところへ近づいていってぺこりと頭を下げた。



「なんて言ったの?」

「『ありがとう』って・・・」

最後のいっぱいいっぱいの緊張で乗客の下車の確認に忙しかった新人さんに、オニイの「あり
がとう」は果たして聞こえていたのだろうか。

たとえ聞こえていたにしても、突然ひょこひょこ現れた中学生の『ありがとう』の真意が伝わると
も思えない。

それでも誰かの一生懸命に共感できた「ありがとう」は、オニイにとっては大事な一言になるは
ずだ。



個展会場で、父さんの作品を見る。

ここ数日、寝不足で薄汚くくたびれて帰ってくる父さんの姿はよく見ているが、父さんが作り上
げたたくさんの新作を見るのは、初めて。

「お父さん、いっぱい作ったなぁ。」

一つ一つの作品を見て歩くオニイの表情はいつになく真剣だ。

「働く」と言うことに関して、一番身近な存在である父の仕事を、今までとは違った目で見つめ始
めたオニイがいる。


2003年06月27日(金) 少年よ

最近オニイの成長ぶりが著しい。

小さいときから身長が伸び悩み、いつもクラスでも一番前。

体重も驚くほど少ないので、この年齢の男の子にしてはスタミナも足りない。

毎日牛乳を飲んでも、いっこうによその男の子達の成長に追いつかないのが悩みの種であ
る。

「男の子は中学高校でぐぐ〜んと伸びる時がくるよ。」

と誰もが期待を持たせてくれるのだけれど、ホントにそんな時期がくるのかなぁと不安になって
きた今日このごろ・・・。



「おかあさん、背比べしよう。」

この間オニイからの突然の申し出。

実はオニイ中一にして、とびきりチビの私の身長をまだ超えていない。

「母の身長を超える」

が、当面の彼のささやかな目標であったらしい。

どれどれ・・・。

オニイと背中をあわせて立ってみる。

おお・・・!

少年の背丈は、ちょうど40才になった母とおんなじ・・・・いや、越えたかな?

微妙なところ。



そういえばこのごろちょっとたくましくなってきたわねぇ。

細っこいながらも、肩幅が張り始め、靴のサイズもぐぐん一つとばし。

帰宅して、脱ぎ散らかした制服には、少年らしい汗の匂いに混じって、男っぽい体臭が感じら
れる様な気もする。

毎朝、ママチャリをとばして、登校していく後ろ姿には、もうお子ちゃまのふわふわした遊びが
見られなくなった。

風呂上がりのトランクスの膨らみも、小学生のそれとは格段に違ってきて、母は目のやり場に
困るようになってきた。



先日、学校で、ちょっとしたトラブルがあった。電話を受けて飛んでいったら、オニイが保健室
で座っていた。

この時の事情は、本人が「絶対HPはのせるな」と言うので詳しくは書かないが、私が驚いたの
は、おこった事件の内容ではなく、迎えに行った母を見上げたオニイの表情であった。

小学生の時、同じ様な状況で見せた困惑したオニイの目。捨てられた子犬のように助けを待
つ、いじらしい子どもの表情。あの、「かわいそうに!}と抱きしめたくなるおびえた表情がその
ときのオニイにはみじんも感じられなかった。

それよりむしろ、馬鹿なケンカで傷ついて、不機嫌にふてくされたような、一昔前の青春映画に
出てきそうな怒りの表情が混じっている。

あとで、状況を問いつめる私に母に答えるのも言葉少なで、まるで、母の介入にいらだってい
るような感じさえも受ける。

「オカンの出る幕じゃないよ。」とでも言いたげな少年らしいしかめっつら。



ああ、またオニイが私の手から羽ばたいていく。

ぴしゃりと扉を閉めて母の侵入を許さない男の子の領域が、オニイの中で少しづつひろがって
いく。

「何が食べたい?」

「何がしたい?」

柄にもなく、たまにオニイの機嫌をとってみる。

「別に・・・」

この素っ気なさが、母の背丈を超えるか否かの微妙なポイントでもあるようだ。




2003年06月25日(水) 人事を尽くして

父さんの個展が明日から始まる。

昨夜から、ようやく焼き上がった作品を梱包し、搬入の準備に忙しい。

ぎりぎり最終の窯を焼きながら、父さんが感慨深げに自分の作品を最終チェック。

「ちょっと多すぎたかな。」

最後の一週間、鬼が憑いたかとも思えるような連日の徹夜で、新しい作品が次々と焼き上がっ
た。

よれよれにくたびれた父さんの手から生まれた100点近い作品の数々。

「よくこれだけの物を、一人でこしらえたね。」

梱包の手を止め、ついつい作品の美しい色彩に見入ってしまう私。



昨年旅したヒマラヤの風景も、今回の個展で作品として実を結んだ。

青い山並みに雪をいただいたエベレストの雄姿は、陶の持つ深い色彩にうつされて、しっくりと
なじんでいる。

「自分の目で見た物、自分で感じた風景を作品にしたい。」

そんな父さんのこだわりが、時間をかけて、美しい作品を生む。



これだけたくさんの新作を前にして、それでも父さんの表情は晴れない。

思い掛けなく、上手く仕上がった作品もある。

けれども、強い思い入れで長い時間をかけて作り上げた作品でも、途中で不具合が見つかっ
たり、思った色が出なかったり、不本意な仕上がりの作品もある。

父さんはできの悪い子どもを愛おしむように、失敗作を前にため息をつく。

よく、TVドラマなどに出てくる陶芸家は、満足のいかない作品を惜しげもなく床に投げつけ壊し
てしまう。作品の対する厳しさ、芸術家の感情の激しさの表現に、よく使われるシーンだ。

「あれって、ホントによくあることなの?」

と聞かれることも多いけど、私は父さんが自分の作品に怒りをぶつけるシーンは一度も見たこ
とはない。

自分の手から生まれた作品への想いは、たとえ決定的な不具合を持ち合わせて窯から出てき
た作品にも、等しく優しく向けられる。

どんなに心を尽くしても100%大成功と言うワケには行かない「窯任せ」の陶芸家の定め。

心優しい父さんは、失敗作を投げつける激しさは持たないけれど、自作への強い強い厳しさと
こだわりは、まさに芸術家の熱情そのものだと私は思う。



作品の一つ一つをリストにまとめ、梱包材で丁寧に包んで、搬入車に積み込む。

「ああ、まな板の鯉やなぁ。」

ま、ま、今夜は久しぶりにビールでも飲んで・・・。

明日から一週間、父さんは毎日、個展会場に詰め、お客様のお相手をし、自作に対する外か
らの評価を受け取ってくる。

がんばれ、父さん。

もう一息。




2003年06月23日(月) 天気予報

梅雨の朝。

ばたばたと玄関を飛び出していく子どもらが聞く。

「おかあ〜さ〜ん、今日、雨、ふる〜?」

「傘、持っていった方がいい?」

帰り道、濡れて帰るのは嫌だが、何とかお天気が持ちこたえたら、じゃまっけな傘をぶら下げ
て帰るのも億劫だ。

「ね〜え、おかあさ〜ん!」



愛するこどもたちよ。

出来ることなら、君たちが冷たい雨に濡れることなく、平穏な日々が送れるように育ててやりた
い。

急な雨に降り込められたら、傘くらい届けてあげてもいい。

だが、子ども達よ。

一寸先の道も読めぬこんなご時世だ。

母には、君たちに訪れるかもしれない幾多の困難の全てを予測して取り払ってやることは出来
そうにない。

それどころか、降り出した雨に一緒に濡れて、冷たさを共有してやることすら出来ないだろう。

だから子ども達よ。

頭を上げ、自らの目で、天空を見よ。

そして、まだ見ぬ危機に、自らの力で備えるがいい。



・・・・て、傘が必要かどうかなんて、自分で考えな。

おかあさんは、気象予報士じゃないんだから。

毎朝、毎朝、おんなじ事聞くなぃ



で、おとうさ〜ん、今日、洗濯、干したまま出掛けても大丈夫かしらん?




2003年06月20日(金) ジャーン!

今日は朝から忙しい。

生協だ。5年生の親の親睦昼食会だ。参観日だ。剣道だ。

気合いいれていこう!



・・・て、半べそかいて、うっとおしい顔で起きてきたのは誰?

「なんか、学校、行きたくない。」

アユコだ。参観日がいやなのかな?それとも体調不良?

「なんで?なんか、やな事あるの?」

忙しく朝食の準備をしながら、アユコのご機嫌を伺う。あらら、アプコもパジャマでうろうろしてる
よ。手短にね。

「べつに・・・。でもね・・・・」

なんだかはっきりしない。う〜ん、悩み相談は昨夜のうちにしておいてくれ〜!



「さ、話を聞こう。」

食卓の準備をし、オニイとゲンを座らせてからアユコの話を聞く。

「何が嫌?参観日?」

「・・・・音楽」

「はぁ?」

アユコのクラスの先生は音楽が専門。とってもノリのいい楽しい授業をなさる。アユコも音楽の
授業は楽しみにしているのに・・・

「なんで、音楽が嫌なの?」

「・・・・できないの。」

「なにが?」

「・・・・合奏。」

「そんなに難しいことやってるの?リコーダー?」

「ううん。」

「じゃ、マリンバとか?ピアノ?」

「ううん。」

「え?じゃあ、何?」

アコーディオン?太鼓?鉄琴?

次々聞いてみたけれど、アユコはぶんぶん首を振るばかり。

「ねえ、楽器だけでも教えてよ。まさか、カスタネットとか?」

「・・・・違う。」

「じゃ、なによ?」

「・・・・シンバル。」

「はぁ?」

あの「ジャ〜ン」ってやる奴ですか。

あれって、そんなに難しいの?

ふふっと吹き出しそうになって必死にこらえた。アユコの顔は真剣だ。



人一倍、緊張しーで、完璧主義者のアユコ。

大好きな先生の音楽の授業だ。

きっと、とっても気合いを入れて合奏に取り組んでいるに違いない。

いつもよくやるリコーダーなどと違って、シンバルのパートは一人だけ。

おまけに出番は少ないけれど曲のポイントになる重要な部分でジャーンとやるだけに、アユコ
の緊張は極度に高まるのだろう。

みんなの演奏が進む間、重いシンバルを手に緊張に打ち震えるアユコの姿が思い浮かぶ。

でもねぇ、苦手な楽器がシンバルって・・・・

やっぱりちょっと笑えちゃう。



「大丈夫。練習すれば出来るようになるよ。これまでだって、いろんな事、出来るようになったで
しょ?」

「・・・うん、でも・・・」

アユコの顔はまだ晴れない。

「ねぇ、どうしてシンバルになったの?先生があてたの?」

いつも太鼓やシンバルなどの大きな音の楽器は、男の子達に人気の筈なのにね。

「ちがう。私がやってみたかったの。」

・・・て、答えたアユコの表情が少しやわらいだ。

そうだ、自分で選んだんだった!

その事に気付いたアユコが、自分で涙を拭い、ぐいっと胸を張ったのがわかった。

「・・・・元気出た?」

「うん、ちょっと。」

「よかった。音楽なんてね、まず楽しくやらなくっちゃ。さぁ、急いでご飯食べといで。」



何とか短時間で悩み相談が片づいてほっとしていると、今度はアプコ。

「・・・・あのね。幼稚園、いきたくないの。」

今度はあんたかい。

「どうして?」

「給食がいやなの。」

「なんで?ゼリーとウインナーとか好きな物いっぱいでるでしょ。」

「でもいややねん、お野菜はいってるし・・・・」

悩みが尽きんなぁ。



子どもには子どもなりの、「いやだなぁ・・・」があるんだな。

はた目には、吹き出しちゃいそうな些細な悩みでも、本人にとっては一大事なんだ。

何となく憂鬱な気分。

一日中、心のすみに残る小さな棘。

幼いこどもにすら、気分の重い朝はくるのだ。

・・・でもね、逆に言えば、本人にとっては一大事でも、他の人が外から大きな目で見れば、
「何、それ?」って、笑っちゃいそうな事もある。

大丈夫。

大丈夫。

そんなこと出来なくったって、地球が滅亡するわけじゃなく・・・



そうなんだよ。

がんばれ、私。

ジャーン!

景気よく、シンバルを打ちならそう!


2003年06月18日(水) こっちを向いて

昨日、髪を切りに行きました。

かなり思いっきり。

ずぼらな私はいつも冬中、髪を伸ばして、梅雨時になると、ばっさりと1年分の髪を切る。

今年もプールの授業を前にアプコの髪を切り、アユコを美容院に連れていったら、居ても立っ
てもいられなくなって、晴れて断髪式となりました。



父さんの個展の日程が近づいてきました。

夜昼かまわず工房と自宅を行ったり来たり・・・。

そのたびに、釉薬で水玉模様になったエプロンや土にまみれたジーンズが脱ぎ捨てて行かれ
ます。

「随分すすけてきたねぇ、男前が台無しだぁ。」

締め切りが近づくにつれ、肩こり、腰痛が顔を出し、埃で汚れためがねの奥の目は寝不足でし
ょぼしょぼし始めて・・・

「個展前の芸術家の緊張感あふれる日々」というと聞こえはいいけど、ただただ時間との戦
い、体力勝負だなぁといつもの事ながら、思います。

「今日は弁当箱にご飯詰めてくれんかなぁ。」

歩いても1分の自宅まで、昼食に帰る時間すら惜しんで窯のそばを離れなくなる父さん。

「はいはい」とアプコの幼稚園弁当の残りのおかずを適当に詰め、海苔弁にして手渡す。

試験勉強で徹夜するからと言って、夜食の手配ばかりに熱心な子どものようで笑ってしまうが、
そこまで追いつめられた気分も必要なのかもしれないなぁ。



そんな風だから、いつも家族が揃って食べる夕食も父さんは上の空。

首から下げたストップウォッチにせかされて窯の温度を見に行ったり、どっと押し寄せる眠気
で、某お味噌のCMのように「オトウチャン寝てしもうたがな・・・」になったり・・・

厳しい仕事だなぁと思う。

個展前は毎度のことなので、子ども達もピリピリした雰囲気を察して、父さんには逆らわない。

子どもなりに父さんの仕事に対する真剣さには感じる所もあるのだろう。



いつも家にいて、父さんと3食一緒に食べる私は、父さんがすぐ近くの工房に居るのに、うちで
一人で食べる昼食は、なんだかつまらない。

あり合わせの物を一人でうだうだっと食べると昼ご飯はものの2,3,分で終わってしまう。

子どもの居ないお昼休み、子どものこと、仕事のこと、ご近所の事など、とりとめのない話をし
ながら食べる昼ご飯は、それなりに大事な夫婦の時間だったのかな。

「よし、髪、切ってこよう!」

昼食を早く済ませて手持ちぶさたな私は、立ち上がった。



背中まであった髪をばっさりとショートカットにしてみたのだけれど、その晩、父さんは

顔を合わせても私の髪型の事には触れなかった。

「美容院いってくるね。」

とは言っておいたので、知らないワケでもないのだけれど・・・

なぁんだ、つまらない。

「あれ、短くなったね。」

ぐらい言ってくれても良さそうなもんでしょ。

今朝になって、

「髪、切ったの、知ってるよね。」

と聞いたら、

「うん、気付いてたけど・・・ごめん、若く見えるよ、よく似合う。」

それは昨日のうちに言って頂戴よ。

おカマさんの顔色ばっかりみてないでさ。



私が髪を切ったのは、父さんに「こっち向いてよ」と言いたかったから。

・・・かもしれないと気付いて一人で照れてる今日の私。




2003年06月17日(火) 「オカアチャン」

今朝、はじめて気がついた。

アプコが私のこと、「オカアチャン」ではなくて、「オカアシャン」と発音するようになってきたこと。



我が家の子ども達は皆、父母のことを「おとうさん、おかあさん」と呼ぶ。

「パパ、ママ」なんてガラじゃないし、「お父様お母様」と呼ばせるほど、エエシでもない。

しゃべりはじめの「あーたん、たーたん」から始まって、自然に「おとうさん、おかあさん」におち
ついている。

末っ子のアプコはまだまだ舌っ足らず。

本人はオニイ、オネエと同じように「おとうさん、おかあさん」といってるつもりが、「オトウチャ
ン、オカアチャン」になっている。

そのくせ、私が「オカアチャンにも頂戴」と一人称で使うと、「『オカアチャン』じゃないでしょ。『オ
カアチャン』でしょ。」と大まじめで指摘する。SAとCHAの違いは判っているけど発音能力が整
っていないと言うことらしい。



「おかあちゃん」という呼び方が好きになれない時があった。

幼い子どもの頃、母親の事を「おかあちゃん」と呼ぶ友達とはどこか合わない気がして、ちょっ
と距離を置いてしまった時期もある。

商家の子どもや「地(じ)の人」と言われる地元の旧家の子どもがよく「おかあちゃん」という言
葉をつかっていた気がする。

その、ちょっとと甘えを含んだ、庶民的な匂いのする「おかあちゃん」という呼称は、いつも柄の
入った割烹着をつけて店番に立つおばちゃんや、手ぬぐいを日よけにトマトを収穫する農家の
嫁さんにこそふさわしいと思っていた。

新しい社宅に住む、サラリーマンの奥さんだった母に「おかあちゃん」と呼びかけた事は一度も
ない。のどかな農村地区の住まいしながら、「神戸の人」の匂いを残していた母に「おかあさん」
と呼びかけるとき、幼い私の中にわずかな優越が合ったことは確かである。



時は流れて、私は陶器屋に嫁ぎ、母となった。

村のはずれに窯を築き、次々に子ども達を地元の小学校に送る込む我が家も少しづつ「地の
人」の末席に加えて頂きつつある。

専業主婦といいながら、工房が忙しくなっると、荷造り仕事もする。軍手に日よけ帽で庭掃除も
する。

毎日制服のように、安いTシャツやデニムのパンツ。何年もパーマもかけずに後ろでくるっと束
ねた髪型。

あの日の幼い私に言わせれば、文句なしに「おかあちゃん」系の母に育った現在の私。

「オカアチャン、オカアチャンのおなか、まあるいね。」

そうそう、どっしり落ち着きすぎた体型もまさしく「おかあちゃん」系だ。



男の子達は、最近、友達同士の間では母のことを「かあちゃん」と呼ぶ。

「か」の字にアクセントのあるノーマルな発音ではなくて、「ちゃ」の部分にアクセントを置く独特
の「カアチャン」である。

「おふくろ」とか「オカン」に近い、ちょっと照れを含んだ少年らしい呼称である。

「うちのカアチャン、来たわ!」

参観日などに学校へ行くと、「学校の顔」のゲンが友達に言う。

そのくせ、「カアチャン」という言葉を使う瞬間を母に見られて、ちょっと居心地がわるそうだ。

男の子たちの「カアチャン」は外向きの言葉らしい。



私自身に関して言えば、アプコの使う「オカアチャン」という言葉はちょっと気に入っている。

4人の子ども達と共に、父さんの仕事を支え、この土地にしっかり根っこを下ろしていく。

美しくよそ行きの服を着るよりも、今日の生活、明日の暮らしを心地よく満たされた物にした
い。

そんな身の丈通りの日々の暮らしを、「オカアチャン」なら、じっくりと織り上げていける気がす
るからだ。



「ねえ、アプコ、もう一回オカアチャンって言って。」

もう一度発音の変化を確かめたくて、私はアプコに聞いたけれど、アプコはちょっと警戒して、
首を振った。

「じゃあね、今日は誰と寝る?」

「オカアチャン!」

・・・「チャ」だか「シャ」だか微妙なところ。



オカアチャンもまた、発展途上というところか・・・。




2003年06月13日(金) 雨降り

朝、雨。

「今日は車にする?」

期待を込めてアプコに聞くと、

「レインコート着て、歩いていく」

あ、そう。



いつもは雨が降ると、登園のバス停までは車でビューンといくことが多かったのだけれど、近頃
アプコは、レインコートに凝っている。

あちこちからお下がりでもらったレインコート。色もサイズもろいろ取りそろえて、雨の日のアプ
コは衣装持ちだ。

「今日はピンクのがいい。」

通園リュックの上から、大きめのレインコートを着込み、てるてるぼうずの様ないでたちのアプ
コはかわいい。

赤い長靴をはいて、黄色い傘をさして、ふらふらと歩き出す。

小さい園児用の傘も、幼いアプコには重たくて、まっすぐ歩く事さえおぼつかない。



「オカアチャン、カエルの葉っぱが濡れてるよ。」

アプコがいつも「カエルみたい」と指さすハート型のつやつやしたツタの葉っぱ。

雨に濡れると、本当にカエルみたい。

「『カエルのりんちゃん』うたってよ。」

アプコがお気に入りの幼児番組の歌を歌う。

水たまりという水たまりに、ばしゃばしゃ入る。

傘から落ちるしずくを一つ二つと数える。

水かさの増えた水路に小石を投げる。

うっとうしい雨の日もアプコはとても楽しそうだ。



考えてみると、上の子達が小さいときには、子供らと傘をさして外出する事はとても少なかっ
た。

今のように小さい子を「単品」で連れて歩く事は少なくて、たいがい一人か二人「おまけ」がつい
た。

傘をさしてる子どもの手はつなげないし、水たまりに飛び込む子を制することも難しい。

ごく短距離の外出でも「雨の日は車」が当たり前だった。

小さい子がアプコ一人になって、オカアチャンは幼い子どもと傘をさして歩く楽しみに気付い
た。

赤い長靴のがっぽがっぽと鳴る音も、道路に飛び出してきたアマガエルにびっくりすることも、
幼児だけが知っている雨の日のワクワク。

オカアチャンも童心に帰って、アマガエルの行方をアプコと目で負う。

通園の時間は、いつもの倍もかかりそうだが、心豊かに雨を楽しむ事が出来るようになった。



「オカアチャン、疲れた。」

あと少しでバス停と言うところで、アプコがギブアップ。

風の日に15分、傘を支えて歩くのはアプコにとって大仕事。

いつも手をつないで歩いているので、傘をさして一人で歩いているときにも、どんどん私に寄っ
てきて、なかなかまっすぐに歩けない。

「じゃ、ちょっと、休憩。オカアチャンの傘に一緒にはいろう。」

アプコの傘をたたみ、ふたりでひとつの傘をさす。

傘を渡すとアプコは、ぷらぷら手をふった。

「あーつかれた。」

しっかり傘の柄を握りしめてたアプコの手。

大人にとっては当たり前の事なのに、アプコにとっては『傘をさす』というのは、大変な仕事だっ
たのね。



「オカアチャンが濡れちゃうよ。」

アプコが私の手を引いた。

アプコと二人のあいあい傘。

ついついアプコをかばって、傘を傾ける。

「ワタシはレインコート着てるから大丈夫。」

アプコは私の傘を押し返す。

小さな傘を支えるだけでいっぱいいっぱいのアプコなのに、オカアチャンの反対側の肩が濡れ
ていることに気がつくようになった。



「やっぱりワタシ、傘をさす。」

バス停が見えるところまで来ると、アプコは自分の傘をうけとった。

アプコより一つ年下のKちゃんがおかあさんの傘に入って先を歩いている。

ここは、お姉さんぶって、一人で傘を差している所をみせなくっちゃ。

少し休憩して、元気の出たアプコ。

しっかり傘の柄を握りしめ、胸を張って歩いていく。

「すごいね、傘、上手になったよね。」

すかさずオカアチャンはアプコの優越感をくすぐる。



確かにアプコは大きくなった。

一人で傘をさしつづけられるようになるのも、まもなくだ。

アプコが「自分で傘をさす」ということが当たり前になっても、オカアチャンはアプコと雨の日を
楽しむことが出来るだろうか。

「雨か、うっとおしいなぁ。」

アプコが、そんな事を言えるようになったら、カエルの葉っぱも雨粒のダンスも見えなくなってし
まうのかもしれない。

だから、オカアチャンは雨の日を惜しむ。

アプコの幼さを惜しむように・・・




2003年06月10日(火) 卵焼きの味

昨日、だしまき卵を頂いた。

ふわふわで、おだしの味がしっかりついた卵焼き。

「甘いお菓子もいいけれど・・・」

とおみやげに頂いた卵焼きは、さっそく夕食の食卓に上った。



人生最後の瞬間に、是非とも食べたい食べ物はなあに?

私はいつも迷わず「バニラアイス!」と答えるのだけれど、父さんはどうやら京都のどこやらの
老舗のだしまき卵が食べたいらしい。

臨終の瞬間に、ぼそぼそ食べる卵焼きってなぁ・・・って私は常々思っているんだけれど、確か
にだしの効いた薄味の上品なお味は、体が弱っているときにもおいしいかもしれない。

父さんがイメージしている最高のだしまき卵がどんな味なのか、私はまだ、試食したことがない
のだけれど、ちゃんとお勉強しておかなくてはねぇ。

最後に食べたい味が、毎日食べてる私の手料理の味ではないのがちょっと口惜しくもあるのだ
けれど・・・・



だしまき卵に限らず、「卵焼き」って、いろいろな家庭にそれぞれの味があって、お隣の卵焼き
って、いつもちょっとお味見してみたくなる。

主婦が、「一品持ち寄り」のパーティーをすると、手の込んだ珍しいお料理より、「ごめん、冷蔵
庫に卵しかなかったの!」と恥ずかしげに出てくる卵焼きの方が人気があったりする。

お弁当によく合う濃いめの卵焼き、しっとりだしを含んだだしまき風、だしの代わりにミルクの入
った洋風・・・

見た目も、しっかり簾で巻いた本格派から、「え、スクランブル?」って感じの物まで、本当に多
種多様だ。

しょっちゅう、家庭で当たり前に作る卵焼きが、意外とその家のお料理のあり方を語っている
のかもしれない。



我が家では、アユコが卵焼き名人。

数年前の夏休み、「卵焼き名人になろう」と称して、毎朝、毎朝、卵焼きを作った。

卵をパカッと上手に割ることから始まって、コンロに火をつけること、目分量で味付けをするこ
と、お箸で上手にまきあげていくこと。

何回も何回も繰り返す事で、覚えていく。

先日、TVで、エディソンやイチローを例に挙げて、「天才」の条件の一つとして、「結果の正否
に関わらず、次々に数をこなす」ということを上げておられた。

確かに1回、2回、お手伝いでお料理をしたくらいではその実力は定着しない。

失敗しても気にせず繰り返すことで、上達していくのだ。

もっとも、作る方も作る方、食べる方もさすがに毎日の卵焼きには閉口したが、アユコの料理
は、ツクツクホウシの鳴く頃には格段に腕を上げた。

今では、アユコに卵焼きを任せると、フライ返しを使わずに御菜箸できれいな卵焼きを作ること
が出来る。

最初から最後まで、一人で作れるお料理があると言うことがアユコにとっては大きな自信の一
つになった。



「さあ、今日はおいしい卵焼きを作ろう」

ちょっと余裕のある朝ご飯の時には、しっかり気合いを入れて卵を焼く。

子ども達が好きなのは、少し味の濃いめのかっちりした卵焼き。

父さんが好きなのは、薄味でだしをしっとりと含んだ柔らかな卵焼き。

主婦になって、何度も何度もこしらえてきた卵焼き。

作るたび、ちがった味だった新婚時代と違って、いまではある程度定着した味の卵焼きを作る
ことが出来るようになった。

でも、ね・・・。



頂き物のだし巻き卵。

さすがにプロの味。父さんが目を細めて嬉しそうに味わっている。

「人生最後の味はこんな味?」

「う〜ん、どうかなぁ・・・・」

父さんの味のハードルは高そうだ。

「おいしいね、今日の卵焼き・・・」

子ども達も次々に箸をのばす。

よーし、私も基本に帰って、とびきりおいしい卵焼きを作ってみよう。

「おかあさんの卵焼きが食べたいな。」って言わせることができるかな?




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