てらさき雄介の日記
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「死して屍拾うものなし」大江戸捜査網で有名になった言葉である。選挙に出る時にその覚悟を問うため、以前はよく使われていた。
しかし立て続けに諸々覆いかぶさってくるものだ。真正面から受け止めていくが、なかなかどうして。まだいくつも来る予感がする。
そういう中で幸せな時間を得た。この選挙に出なければ、また勝っていたら無かったかもしれない時間だ。
明日からも元気で頑張れると思う。戦国時代なら既に首が落ちている。しかし私は生きている。まだ出来ることがある。
●今日一日
【午前】 挨拶まわり/大和市 同/横浜市瀬谷区
【午後】 挨拶まわり/横浜市港南区 同/横浜市中区
2022年07月17日(日) |
藤井裕久先生のお別れ会を催す |
藤井裕久先生のお別れ会を催すことになり。実行委員会を組織することになった。現職議員でないことが忸怩たる思いだが、周辺のご配慮もあり名を連ねることに。頂いた役目を全力で果たしたい。日時は以下の通りである。
・日時 8月28日(日)午後1時30分より ・相模原市けやき会館 ・会費2千円(献花・ご著書代)
●今日一日
【午前】 挨拶まわり/厚木市 藤井裕久先生お別れ会打合せ/相模原市中央区
【午後】 挨拶まわり/藤沢市 事務作業/事務所
2022年07月16日(土) |
全力で応援して下さった御礼に小田原へ |
小田原へ。お世話になった団体さんに挨拶。ほぼ見ず知らずの私を全力で応援して下さった。改めて申し訳ない限りだ。
この頂いたご支援とご縁を、繋げていくことは出来るのだろうか。私にその力があるか。その資格があるか。しかし捨てることはしたくない。政治家である限りは。
●今日一日
【午前】 挨拶まわり/小田原市
【午後】 挨拶まわり/横浜市戸塚区 同/相模原市緑区
2022年07月15日(金) |
かなりの時間差で足が張ってきた |
ここ数日足が張っている。選挙中の無理が出てきたようだ。齢50歳の時間差だ。しかし1日約10時間もよく街頭に立ったものだ。
候補者の私ですらこれだから、支援者や仲間の議員はもっと疲れているはずだ。ずっと一緒にやってくれた。決して忘れない。
●今日一日
【午前】 挨拶まわり/相模原市中央区 事務作業/事務所
【午後】 挨拶まわり/横浜市保土ヶ谷区 同/横浜市都筑区 同/厚木市
党県連の常任幹事会。お世話になった皆様にお礼に伺った。同副代表の肩書で臨んだ参議院選挙。党のダメージにもなっているだろう。申し訳ない限りだ。
夜は友人が夕食に誘ってくれた。なかなか凄い会場だ。大好きなハンバーグを食べながら、色々な話をした。しかし、しまった。昼食もハンバーグだった。好物だからいいか。
●今日一日
【午前】 党県連常任幹事会/横浜市中区
【午後】 挨拶まわり/相模原市中央区
【夜】 会合(党)/横浜市西区
2022年07月13日(水) |
藤井裕久先生のご訃報がつらい |
落選の事後処理にまい進している。時間は余りかけられない。今月中にしっかりやりたい。身体は元気。そこは大丈夫なのだが、藤井裕久先生のご訃報がつらい。今日も関連の打合せをしたが、喪失感が大き過ぎてうわの空だ。
かなり応えている。さて乗り越えていけるだろうか。生きていくだけなら自信はある。しかし私は政治家だ。何かを成し遂げたいという強い意志がなければ、退場するしかない。続ける意志があるか。続ける資格があるか。まずは自分である。
●今日一日
終日参議院選挙事後処理
昼前に支援者からラインが来た。藤井裕久先生の訃報だ。
しばらく何も出来なかった。喪失感にさいなまれた。その後マスコミ等から連絡もあったが、話す言葉が見当たらない。まだ参議院落選のご報告も出来ていなかった。
ご高齢かつ大先輩ゆえ、こういう時がいずれ訪れるのは覚悟していた。しかしなぜ今日なのか。私の決起集会に来て頂いたのが、最後の大きな会合とも聞く。
初めて出会った政治家は藤井先生だった。私は18歳だった。その偶然が今日に至る私をつくってくれた。
先生とのことは頭の記憶ではない。地元相模原と共に、身体に沁みついている。骨であり肉だ。これからも一緒に生きていく。どういう道を辿ろうとも。
●今日一日
終日参議院選挙事後処理
2022年07月11日(月) |
まあこれも覚悟の上だ |
落選から一夜が明けた。朝は関内の事務所へ。あと3日で退去しなければならない。スタッフと支援者に段取りをお願いして、私は挨拶まわりに出かける。その移動中に電話もかける。この作業に数週間かかるだろう。
さて県議選の初挑戦も落選した。その時はまさに頭が真っ白になった。経験がなかった故だ。しかし今回はそれから20年近くを経ている。何をすべきかはわかっているつもり。あとはやり切れるかどうか。
また今日から素浪人。仕事を見つけて働かなければならない。国民の生活を守ると訴えていたが、私自身の生活が危うくなってきた。まあこれも覚悟の上だ。この貴重な体験を真正面から受け止めたい。その先に何があるか。
●今日一日
終日参議院選挙事後処理
2022年07月10日(日) |
頭は真っ白だが、大丈夫だ |
これだけの支援体制を組んで頂いたのに敗れた。まさに不徳の致すところ。力不足も甚だしい。情けない限りだ。また何より投票いただいた方に申し訳ない。その声を代弁することが出来なかった。
「2人擁立の影響は?」「今後の展望は?」「結果と受け止めは?」「敗因は?」等々。メディアから質問を受けた。端的に正直に答えた。今の私に何かを語る資格はない。
帰り際に信頼する仲間から、「大丈夫か?」と聞かれた。これにははっきりと「大丈夫」と答えた。大丈夫だ。頭は真っ白だが。今日は寝ることにする。明日の景色はどうなっているか。明日の自分はどうなっているか。
●今日一日
終日所用
マイク納めを終えた。選挙運動は23時59分まで出来る。現在も色々やっている。しかしネットの更新もそこまでなので、ここで一言、今の気持ちを書いておきたい。
参議院選挙を意識したのは、昨年の10月半ば。国政に意欲はあったが、それまでは参議院という文字は頭になかった。その後候補者になるまで、5か月かかった。
3月末から運動を始めた。県内の33市町村を回ろうと決めていたので、計画を立てた。初めて行く駅がほとんどだったので、現地の仲間にお世話になった。今日に至るまで一人だったことはない。政治家冥利に尽きる。
6月22日の公示以降は、もはや考えることもない。目の前の有権者に向き合うだけ。途中色々な雑音も入ってきた。気にはなったが、気にしてはいけない。「期日前で投票した」との声が続々と聞こえてくるから。
もう18日やりたかった。10日でも1週間でもいい。しかし残念ながらここで終わるしかない。反省点があるとすれば、果たして私は自民党政権と戦うことが出来たのだろうか。
本当に多くの支援者に支えて頂いた。県連の仲間、県議会の仲間、地元相模原の皆様、今回の参議院挑戦で初めて出会った皆様、立憲に期待して頂いている皆様、本当にありがとうございました。
最後に改めて、「てらさき雄介に投票を」とお声がけをお願い申し上げます。
●今日一日
終日参議院選挙運動
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