てらさき雄介の日記
DiaryINDEX|past|will


2006年12月07日(木) 青根泊

相模原市津久井町青根に宿泊した。現在は集落に1軒しかない旅館だ。以前友人が飛び込みでポスターを貼って頂いた。

手持ちのお金がなかったので、郵便局に行くと、今年6月で閉鎖されたとのこと。「ご用は津久井郵便局まで」と張り紙があるが、今更そこまでは戻れない。

近くに農協があることを発見し、そこで郵便局カードが使えた。後で聞いたところでは、この農協も今後の見通しは不透明とのこと。

青根のお宅を1軒1軒飛び込みで、暗くなるまで数十軒まわった。昔ながらの造りの家が多く、またお年寄りが多いことも気付く。

医療施設としては、国民健康保険診療所があるが、合併後にどうなるか不安が多いそうだ。また小・中学校の存続も課題とのこと。

旅館に戻り、風呂に入る。その後1Fの食堂に行くと、近くにお住まいの元町議の方が、わざわざ駆けつけて下さっている。

また近所の方にもお声がけを頂き、食事をしながら多くのご意見を伺う。初めて聞く話し、聞いてはいたが初めて実感する話し、他本当に有意義な夜だった。

旧津久井町のなかでもこの地域は、合併について反対の方が多かったそうだ。それは高齢化・過疎化するなかで、大相模原市の外郭になってしまうことへの危機感だった。

効率化のもとで金銭の大小が影響して良いのは、あくまで生活のプラスアルファについてだ。生きていく上での基本的なことは、皆で助けあう社会にしなくてはならない。経済の原語たる経世済民を忘れてはいけない。

ましてや合併して同じ市だ。格差を助長することは許されないし、むしろそれをなくすための合併ではないか。


2006年12月06日(水) 田名の料亭

相模原市田名には、いくつかの料亭がある。以前はもっと数が多く、芸妓さんの置屋などもあったと聞く。

料金も意外と安く、普通の居酒屋さんで飲むとの、そんなには変わりない。しかも個室を用意してくれるので、仕事の打ち合わせなどでも使える。

今日は難しい話ではなく、ある方とある方をお引き合わせするために、会を持った。結果非常に有意義だった思う。

田名は、�犖鼎き畸楼茲噺世錣譴襪海箸�ある。かく云う私の地元上溝も同じだ。一面では客観的真実だが、しかしだから良くないという話しではない。

私がかつて市議として仕事が出来たのは、地盤・看板・カバンなくして市議選に当選できたのは、その�犖鼎き畩綛造世辰燭�らこそとも思う。現在運動をしていても、打てば響く人の和が、�犖鼎き畸楼茲砲呂△襦�

政治家として変えていかねばならぬものを、�犁譴き瓩班集修靴討い襦��犖鼎き瓩箸篭菠未靴討い襦�小沢党首も、かつて政敵を守旧派と呼んだ。

保守か革新かと言えば、私は革新たることを選ぶだろう。しかし日本人が培ってきた伝統文化に対する敬意は、他多くの保守系議員や候補者に劣るとは思わない。


2006年12月05日(火) レディース忘年会

てらさき雄介レディースの忘年会を開催して頂いた。数年前に結成され、その後多くのご支援を頂いている皆様だ。

ジェンダー云々が言われているが、女性と男性はやはり違うと思う。それが社会的差別に繋がるのは言語道断だが、女性と話すことでしか理解し得ない政策テーマなどもある。

議会は老若男女、各階層から、それぞれ代表者が出ることが望ましい。しかし現実的にそうなってない以上、出来る限り女性の立場を代弁していきたい。


2006年12月04日(月) 後援会役員会

前回の選挙後に後援会を再結成し、毎月役員会を開催してきた。時として議題がなく、活動報告のみ行なったこともある。継続することが主眼だった。

来年選挙前になれば、後援会はいわゆる選対に移行する。役員会も今日を含めて、あと2〜3回になるだろう。

新しく参加頂いたかた、事情があって途中から不参加になった方、個々に思い出はあるが、今では全ての皆様に感謝している。

いつも言っていることだが、選挙のセンスが余りない。だからこそ、多くの方の助けがいる。今日も貴重な意見をたくさん頂いた。

今日の議題は、以下の通りだった。
一、活動報告
二、街頭活動
三、ポスター貼り
四、後援会の拡充
五、その他

いよいよ最後の詰めの段階だ。悔いのないよう、間違いのないよう、全力で頑張っていきたい、


2006年12月03日(日) 功名の果てに

今年の大河ドラマは、半分くらい見ただろうか。余り興味ある主人公ではなかったが、つくりが面白く楽しめた。

既にクライマックスだが、今日のタイトルは�犖�名の果てに�瓩世辰拭�ハッピーエンドにはしないつもりなのか、回を追うごとに内容も重くなってくる。

伴侶の仲間由紀恵が、「今まですごろくのように人生を楽しんできたけど、最後の詰めがこれですか。」と、先週土佐の先住民を虐殺した、夫山内一豊をなじる。

元々政治家に功名はあり得ない。しかしこの主人公のように、人間的なことに悩み苦しむ、当たり前の人がもっと多くなれば、結果として行なわれる政治も変わってくるかもしれない。


2006年12月02日(土) 友人のお祝い

過日も記載したとおり、日本作詞家大賞の最優秀新人賞を受賞した、明大雄弁部の同期友人のお祝い会を開催した。友人の名は「保岡直樹」という。

同期は20数名いるが、13名が参加し盛会だった。場所は新宿歌舞伎町。何故か学生時代よりこの場所だ。少し照れたが、新宿区役所前で校歌斉唱もした。

県議選に向けて、皆んな私のことを心配してくれていた。それぞれ仕事は大変そうだったが、何とか互いに頑張っていきたいものだ。

終電を過ぎてしまったので、サウナに泊まった。さずがに学生時代ように、新宿中央公園で野宿とはいかなかった。

お土産として、「お仏壇のはせがわ」のカレンダーをもらった。そこにも友人の詞が載っていた。何か関連の縁があったら、是非ご紹介頂きたい。



2006年12月01日(金) 忘年会シーズン

忘年会シーズンだ。既に1件終了したが、今日が2件目だ。今年は何件あるだろうか。

何件行っても、体は疲れない。会費はかなりのものだが、膝詰めで多くの方と話せる機会は、とても貴重だと思う。

今年は横浜でも数件ある。このときばかりは、相模原との掛け持ちは出来ない。しかしそれもまた活動なので、電車に揺られて行ってくるつもりだ。

一方駅頭も時間を早めて、17時から出来る限り行なうつもりだ。駅頭が大切なのはどのシーズンでも変わらない。


2006年11月30日(木) キャピトル東急ホテル

永田町のキャピトル東急ホテルが、今日をもって閉館するらしい。ビートルズなど、過去宿泊した人のエピソードを交え、テレビで特集をやっていた。

私もささやかながら思い出がある。学生時代に藤井裕久先生の事務所でお世話になっていた時だ。

金丸信氏の議員辞職に伴い、当時の自民党竹下派が内部抗争をはじめたとき、羽田・小沢グループの事務所がここに出来たのだ。半年間くらいだったろうか。正式に�牴�革フォーラム21�瓩箸いη蛭兇鯲�ち上げるまで、仮の事務所として使用していた。

藤井裕久事務所のありがたい配慮で、このキャピトルの一室に常駐させて頂いたのだ。この半年間に見聞きしたことは、私にとって大きな財産だった。反自民たる核心が根付いたのも、この時の経験からかもしれない。

もちろん仕事として、学生の私に何が出来るわけでもない。しかし使い走りや電話番など、とても忙しくしていたものだ。

大きなスイートルームだったので、帰れなくなると端のベッドで寝たこともある。また今日もテレビでやっていた、ホテル名物のパーコーメンも、ルームサービスで何度も食べさせてもらった。

しかし当時の先輩方には、後輩を育てるという意識があった。このお気持ちによって、本来なら出来ない経験をたくさんさせて頂いた。感謝している。私がそれに応えるためには、同じ気持ちで後進に接することだろう。

当時その部屋でご一緒した方のなかには、代議士や知事、あるいはその候補者になっている方も多い。ご健闘を祈る。いや私自身頑張らねば!








2006年11月29日(水) 市政に関する勉強会

市政に関する勉強会を、小池義和市議と共催で開催した。次期市議候補予定者の池谷健氏はじめ、多くの方々にご参加頂いた。

市議を辞めてから3年半も経つが、その間市政のあり様も変化していることを実感した。

特に市債における、赤字債券の割合が増えていることは深刻な問題だ。次の世代へ責任を感じなければいけない。

また行政のチェック機関としての責任を、しっかりと果たしうる地方議会にしなければならない。その意味では県議会も、市議会と同様の変革が必要だ。

勉強会の後には、懇親会も開催したが、更に突っ込んだ話しが聞けた。投票率の低下が深刻な問題だが、それは決して政治に対する感心が薄れていることを意味しない。

情報公開によって、政治を身近に感じてもらうことによって、生活の不安・不満が投票行動に結びつくと思う。


2006年11月28日(火) 政治家の挨拶

色々な人の挨拶は勉強になる。今日もある会で、複数の議員や候補者の挨拶を聞いた。

ある人は役職者だったにも関わらず、思い切り外していて失笑を買っていた。一方ある方は、短いなかにも張りがある、素晴らしい挨拶だった。

私が常に気をつけていることは、話しを短くすること。1分以内が基本だろう。

そして政治家であるならばメッセージを入れること。決して政治的なものでなくもいい。

今後も精進していきたい。

そう言えば、平沼赳夫氏は復党を見送った。政治家としてあるべき姿だろう。やせ我慢をしている姿が、昨今珍しく新鮮だった。

政治家に必要な要素はたくさんあるが、第一はあくまで政策だ。去年小泉総理が勝利したのは、政策で選挙をするという基本を貫いたからかもしれない。

今回の復党劇については、あえて私たちが批判しなくても、しっぺ返しは必ず訪れるだろう。


てらさき雄介 |MAIL |HomePage