てらさき雄介の日記
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2006年11月27日(月) 市役所の組織改編

相模原市役所が、来年から組織改編する。先日市職員と話していたら、その部署がなくなること聞き、急いで資料を取り寄せてみた。

総論としては、言われてるほど悪くはないと思った。しかし�狎�令市に向けて�瓩箸いΔ覆蕁⊂�し勘違いがある気がするし、かつて�犇廟��瓩鯒兒澆靴燭海箸砲弔い討料躋腓睛澆靴い隼廚Α�

つまり万々歳ではなく、課題もあるということだ。市議会議員の任期もあと半年を切っているが、活発な議論が行なわれることを期待している。

さて、この組織図は誰が考えたのだろうか。市長だろうか。それとも違う誰かだろうか。過去の政策決定における市長の関与度を見てみると、今回も役所による役所の組織改編ではないのか。経過も大事だ。

組織改編で大切なのは、効率的に仕事をすることと、あわせて市民から見て利便性が増すかだ。縦のラインの見直しだけでなく、都市内分権など新しい要素にも対応しなければならない。

行政が市民との協働を目指す以上、役所内の職員が、それぞれのポジションで培ってきた信頼関係も大切になる。多くの再編されている部署について、明確な詳細の説明が欲しい。聞けば教えるではなく、一般的情報公開によってだ。

更にはそれぞれの役職に、果たして誰が就くのかも興味深い。マニアな視点かもしれないが、人こそが大切なのは言うまでもない。それを決めるのは・・・。市長?それとも別の人?





2006年11月26日(日) 大谷直敏氏出版記念会

大谷直敏氏の出版記念会に参加した。場所は津久井湖記念館だ。盛会だった。昨年の市長選挙をともに戦った、多くの皆さんと久しぶりにお会いすることが出来た。

また津久井地区の会合なので、地域の話しも参加者の皆さんから聞くことができた。思えばこの地域で、まとまった会合に出るのは初めてのことだ。マイクを持たせて頂いたが、些か緊張した。

尾崎行雄氏の出身地で政治をやることの責任が、改めてヒシヒシと胸に刻まれる。今後はますます機会が増えるだろうが、精進していきたい。

28日には、同じ会が相模原市立けやき会館で開催される。参加する予定だ。数百人規模らしい。失礼ながら大谷さんは、私と同じ浪人だ。2年も先の市長選挙にむけて、これだけ人が集まって下さるのは、素晴らしいことと思う。

出来る限りの支援を、これからもしていきたい。


2006年11月25日(土) 自治基本条例、藤井先生

パートナーシップ市民フォーラムさがみはらの例会に参加した。大和市の自治基本条例作成に参加した、市職員と市民代表の講演を聞いた。

自治体の憲法とも呼ばれるもので、行政・議会・市民それぞれについて、自治体運営における役割が明記してある。

今後は相模原市も制定にむかうのだろうし、当然趣旨には大賛成だが、いまだ整理すべき課題も多い。

一つは、この条例を制定することよって、何がどうなるのかわかりにくい。基本法とはそういうものかもしれないが、�犒�法�瓩任△襪覆蕕弌�抽象論のなかにも、目指すべき姿を明確にする必要がある。

二つには、執行機関や議会にとっては、この条例によって、ある種の新しい拘束がなければ意味も薄い。「だから?」と開き直れるようなものでは、制定しても効果がない。

三つには、自治はルールをつくらないことにも、その醍醐味がある。いまだ道半ばの地方自治。発展してはいるが、現段階で�犒�法�瓩魍猟蠅垢襪海箸呂匹Δ覆里�。都度変えるという考え方もあるが、それではまた�犒�法�瓩箸靴峠鼎澆�薄い。

四つには、情報公開や個人情報保護など、既に他の条例などで、ルール設定されているものが多く。既存の上に、更にルールをかぶせることになる。それで悪くなるわけではないが、この部分はあえて入れなくてもいいのではないか。

五つには、議会についても文章があることだ。新たな地方自治における議会の役割は、変化を始めてはいるが、いまだ先行きは見えない。自分自身も迷っている点もある。またこの条例を含めてチェックを働かせるべき議会が、この条例の枠内の存在になっていいのだろうか。

六つには、現在市の条例や規則は年々数が多くなり、既存のもの同士で矛盾をきたしている。�犒�法�瓩鬚弔�るならば、それらを整理した上で行なわないと、煩雑になるだけでなく、実効性も薄くなってしまう。

他にもあるが、主にはこんなところだ。繰り返しだが、制定に向かうことは当然だ。しかし焦る必要はない。自治基本条例があることが、何か先進性の象徴に言われているが、要は中身だ。

政令市にむけて舵取りを始めるならば、その経過とあわせて、じっくりと議論を深めていきたい。今日の会は意義深かった。

夜は、藤井先生の上溝地区後援会の忘年会だ。今年の初忘年会。しかも地元で藤井先生とお会いできると、勇んで参加した。予期せぬハプニングもあったが、藤井先生からは、たくさん為になるお話をきけた。

政治活動をしていると、時として色々なこともあるが、やはり私は藤井先生を尊敬しているし、大好きだ。今日再確認できた。

参加者は当然知っている方ばかりだが、ご無沙汰している方も多く、この機会に色々話をさせて頂いた。地元出身の私に対して、党派をこえて多くの励ましも頂いた。ありがたい。


2006年11月24日(金) 今日一日

朝友人と相模湖駅へ。マイクを持たずに二人でビラを配る。今年初めて寒いと思った。

駅前のキオスクが先日より休業している。客数の問題だろうが、周りにコンビニもないので、困っている方が多いのではないか。政治の仕事ではないかもしれないが、街づくりにとっては課題だろう。

その後午前中は城山町へ行き、ポスター貼りをする。結果新規は1軒のみだったが、それでも多くのお宅を訪問できた。

午後は事務作業をしてから、ご紹介頂いたお宅を数軒訪問。途中支援者に申し訳ないことをした件で、お詫びに行ったりもした。活動に集中する余り、全般に目がいかないことを反省。

夕方は橋本駅南口で街頭演説。この場所は、かなり定着してきたと実感。支援者の方も駆けつけて下さり、百数十枚のビラも配ることが出来た。

夜は青年会議所で、年間一番大切な事業である卒業式だ。お世話になった方ばかりが卒業なので、ご挨拶を聞いているとジーンときた。かつて理事などをしていた時の気持ちが蘇った。

その後事務所に帰ってきて、友人と今後必要なグッズを揃えた。住宅地図の切り張りをしたのは久し振りだ。

そして今メールをチェックすると、政治の大先輩から励ましのメールが。最近色々あって少し気が滅入っていたので、とても励ましになる。こういう一言やお声がけが、とてもありがたく感じる。

昨日を悔いるわけではなく、こうやって今日一日を点検することは大切かもしれない。かつて市議時代には、それすらも意味が薄いを思っていた。しかし不完全な人間が進化するためには必要だろう。

明日は久し振りに藤井先生にお会いできる。詳細は恐らく日記に書くだろうが、今からとても楽しみだ。



2006年11月23日(木) 平沼赳夫氏に注目

いわゆる自民党造反組のなかで、選挙後、方針転換して郵政法案に賛成した人がいる。その人は当然に自民党に戻るべきだろう。その方が分かりやすい。

しかし平沼氏はどうするのだろうか。法案の賛否は別にして、彼が信念を持って再び反対票を入れたのは、政治家として立派な姿だったと思う。

今回の復党には、この法案(既に法)への支持が条件とのこと。彼は受け入れるのだろうか。それとも水面下で、既に落とし所は見つかっているのだろうか。

藤井先生は立派な方だが、その中でも一番説明しやすいのは、自民党離党後、一貫して非自民だったことだ。

何度も登場している明大雄弁部先輩の田中良都議は、十数年前に日本新党ブームで都議になった。曰く「その時当選した数十名で、今こちら側で残っているのは自分ひとり」とのこと。

ブームで当選したので、その後落選した人もいるし、生き残っている人は全員自民党に入っているそうだ。

戦中の厳しい時期でも、大政翼賛会の非推薦で当選した人もいる。同じく明大雄弁の三木武夫先輩もそうだし、故郷相模原の英雄尾崎行雄氏もそうだ。

平沼氏は筋を通して欲しい。単に自民党の問題ではなく、「ああ今でもこういう人がいたのか」と思わせて欲しい。期待している。


2006年11月22日(水) 法を遵守し全員当選

大体2連ポスターも張替えが終わった。2連ポスターなどは、考えれば妙な制度だが、法なので遵守するしかない。皆も早く張り替えよう!

県議選に3名、市議選に10名(推薦1名含む)を擁立することになった。誰かが計画的にしたわけではないが、希望者が多く結果そうなったことは、むしろ喜ばしいかもしれない。

自民党ではないが、選挙はどうしても身内に敵が出来る。しかしそのことが相乗効果を生み、結果全員当選することにも繋がる。他に比べ運動が大人し過ぎると、支援者からはお叱りを受けるが、精一杯張り合っていきたい。

先日も書いたが、今後相模原市政に関する勉強会を行なう。相模原市政を考え続けることは、県政に挑戦する今でも変わらない。市会でも全員当選すれば、現行でも第二会派になる。期待している。

しかしまあ色々なことがある。そのまとめ役として、藤井先生のいかに偉大だったを思い知らされる。組織とはルールや強制だけでなく、やはり人によってまとまるものなのだ。実感する。

さて今日もこれから淵野辺駅で街頭だ。「行ってきます!」


2006年11月21日(火) 個人としてのブランド

選挙についてだ。選挙戦術に長けていない私は、多くの意見をまわりに求める。すると共通するのは、�犖朕優屮薀鵐畢瓩�大事ということ。

民主党員であることには確信を持っているし、その政策についても熟知しているつもりだ。この部分で他に引けをとっているとは思わない。しかし定数9の選挙では、一方で個人選挙であるウェイトも大きい。

他の候補者と違い、地盤・看板・カバンがない分、個人としての運動展開では、大きく遅れをとってしまっている現実もある。これを挽回するためにはどうすればいいか。

まさに�犖朕優屮薀鵐畢瓠甅爐討蕕気�雄介は他の候補者と何が違うのか�瓩箸茲衞棲里砲垢襪海箸靴�あるまい。

長く説明すれば、いくつも思う浮かぶ。しかし時間のない中で、ある種わかりやすい簡易な言葉で、それを現す必要もある。

今だ模索中だが、運動をするなかで、明らかにしていきたい。


2006年11月20日(月) 2世議員批判の真意

今や総理大事も、野党党首も、外国元首も、多くの政治家が2世3世だ。知人や友人にもいる。身近に人がいればその批判はしにくいが、冷静に考えれば、民主主義において政治家の世襲は大きな問題だ。

私も10年間の相模原での政治活動で、多くの質問を主権者皆様から受けた。その中でも、「お父さんも議員だったの?」は、非常に残念な質問だった。何故なら、主権者自体が、若い政治家は2世という先入観を持ってしまっているからだ。

世襲で当選したその個人を批判する気はない。むしろそれを生み出した、政治風土こそ問題であろう。

過去多くの政治志望の若者を見てきたが、世襲の壁は正直大きく、それによって政治の道を断念した人も多い。それだけと言われればそうかもしれないが、現在政治活動をしている人間としては、深刻に受け止めざるを得ない。

今年の大河ドラマは、土佐藩主になった山内一豊が主人公だ。彼のつくった山内土佐藩は、幕末まで代々藩主を受け継ぎ、大藩として君臨した。それは徳川幕府のような安定期には良かったのかもしれない。

しかし幕末はどうだっかか。時代の変化に対応しようとしたのは、山内土佐藩でも、山内侍でもなく、むしろその下で虐げられていた下級藩士だった。

私が幕末で好きな中岡慎太郎も、あるいは薩長同盟を発案した坂本竜馬も、その一人だ。

現在は変革期だ。不思議と誰も言わないので、あえて言うしかない。2世、3世、世襲政治家を生み出す構造は問題だ。変えなくてはならない。


2006年11月19日(日) 寒い季節に

寒い季節になった。昨日は日記に記載した通り、結局都内に泊まったので朝帰相した。

雨が降っていたが街頭はしようと、アイワールド前に行った。お二人ビラを配ってくださったが、やはり寒くなったので手がかじかんでしまう。

街頭演説にとっては、その名のとおり‘冬’の時代だ。逆に言えば、ここが気合の入れ時か。

夕刻は、相模原市出身のプロ歌手の応援に、再び都内へ行く。最短でいくために、新横浜から新幹線に乗ると、1時間強で新橋に到着。食事をご一緒した。

帰りは皆さんと観光バスだが、車中でも多くのご意見を聞くことができた。謙虚に受け止めて、政治活動のなかで実践していきたい。また新規のポスタ−も2件紹介頂く。ありがたい。

夜はいささか疲れたせいか、すぐ寝てしまう。11月も終盤だ。時間がないことに焦りつつ、支援者皆様の顔を思いお越し、明日からまた頑張ろう!


2006年11月18日(土) 明大雄弁部OB会

明治大学雄弁部OB会が開催された。場所は新宿京王プラザホテル。日中から終電過ぎまで、多くの皆さんと歓談した。

その中でも政治関係者との意見交換や議論は、仕事にとっても非常に役に立つ。それぞれにとって雄弁部での活動は原点である故、地域や党派をこえて率直な話しが出来る。

卒業後初めてお会いできたのは、舟橋貴之富山県立山町長だ。富山県は急速に市町村合併が進み、既に15市町しか残っていないらしい。地域柄か、都内へも仕事でよく来られているそうだ。

田中良都議会議員からは、来年の東京都知事選挙への候補者擁立について、多く参考になる意見がきけた。首都東京で知事がとれない政党が、政権をとるのは難しい。期待している。

片倉常夫前平塚市議からは、9期にわたる地方自治の経験をまとめた、貴重な冊子を頂くことが出来た。初当選が昭和42年だから、�狠亙�自治�瓩箸いΩ斥佞垢藏欧蕕�薄い時期だったのではないか。

今回は現役学生の代表も十数名参加していた。政治志望の1年生のなかに、2名高校の後輩がいた。貴重な発見だ。今後も交流していきたい。


(舟橋貴之富山県立山町長と・・・6学年先輩)




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