てらさき雄介の日記
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2006年09月18日(月) 牛丼を食べる

昼に偶然吉野屋に入ったら、今日だけ牛丼を販売していた。お持ち帰りコーナーは行列で、客席もかなり混んでいる。

豚丼もなかなかだが、せっかくなので牛丼を食べた。正直懐かしいとは思わなかったが、まさに肉という感じて美味しかった。

BSEの問題が発覚してから、大分時間が経った。一人の命を大切にするのは政府のあるべき姿勢だが、ひと段落したからこそ、輸入禁止によって受けた打撃についても検証すべきだろう。

アメリカ産と明示することによって、消費者の判断に任せるという姿勢はいい。元々昨今は、どこの何産だかわからないものが多い。それに比べれば健全と言える。

食の安全について考えると、食料自給率の話しに結びつく。私の大好きな納豆の大豆や、日本発明の牛丼の肉が、ほとんど輸入されていること自体、残念な現状だ。

米についても、政府は相変わらず減反だ。大規模集約は理想ではあるが、ここが限界がだろう。更には農協などの構造にもメスを入れなくてはならない。

さてそういえば、実家には代々ウサギがいた。妹をはじめ、皆かわいがっていた。それ故、母はスーパーでソーセージなど加工肉製品を買うときは、ウサギ肉が入っているものかどうか確認していた。(ウサギは結構使われている)流行り廃りではなく、以前からしっかり食材を見ている人もいたのだ。

政府の統制は、どんな分野でも最低限がいい。であるならば、結局は消費者の判断こそ重要だろう。政治が果たすべきは、しっかりした情報公開こそ大切だ。


2006年09月17日(日) 自民党ならどんな話しに

いくつかの会に参加した。政党政治のウェイトが増えているので、名刺を出して自己紹介すると、当然に民主党について色々なご意見を伺う。

「小沢党首には期待している。」
「二大政党は必要だ。」
「反対ばかりしていてはだめ。」
「自民党にお灸をすえてほしい。」
「若いイメージをもっと前面に。」
「自民党との違いがない。」
「政権交代してほしい。」
etc.

全体的に期待をして頂いているが、どこまで行っても対自民という印象は拭えない。巨人あってのプロ野球(私はそうは思わないが)と同じで、自民党あっての・・というところか。

恐らく自民党の議員や候補者に対しては、「民主党にお灸を」とはなるまい。民主党などお構いなしに、具体的政策について意見が交わされるのだろう。

そう考えると、やはり民主党は主体性がまだ足りない。少なくとも伝わってこない。見えない努力は、努力と呼ばないという考えもある。もっと民主党とは何をする政党かを伝えたい。

定期的に党本部から‘国会レポート’が送られてくる。民主党が国会にどんな法案を提出し、それぞれに賛否どちらの態度をとったのかが、わかりやすく記載されている。

この地方版をつくりたい。そして関係者のみでなく、広く主権に対して配布していきたい。政党交付金は、そもそもそのための原資ではないか。地方政治の大切さを、これからの政治活動のなかで精一杯訴えていきたい。


2006年09月16日(土) どれも電車の中

京王相模原線に乗った。しばらくすると、子ども二人連れのお母さんが乗ってきた。うち一人は2歳くらいだろうか。だっこしている。

席を譲ると、4歳くらいのもう一人の子どもが座る。期待と違ったので、「お母さんに座らせてあげて。」と言うと、「はい。」と席を立つ。

素直な子どもだ。更に自分の子どもに席を譲られたお母さんも、にこにこしながら「ありがとう。」と言いながら座る。

夜家に帰ると、映画�狹甜崔豊瓩函⊃∩雜蟻膤惷擬�逮捕のニュース。どれも電車内での出来事だが、今日のような良い体験は少ないだろう。

毎日多くの時間を通勤に使っている相模原市民は多い。その方の生活向上を考えたときには、当然に快適な電車内についても対策を講じるべきだ。

女性専用列車は賛否両論あるが、他にもいくつか新たなアイデアがある。政治がサポートできることは、惜しまずやっていきたい。


2006年09月15日(金) 助っ人に感謝

次期県議選に向けて、厳しい状況が続いている。

そんな私を見るに見かねてか、市外の政治家仲間が助っ人を派遣してくれた。(お名前を書くと先方のご迷惑になってもいけないので匿名とする)感謝で一杯だ。

来てくれた方は女性だったが、早速スタッフとポスター貼りに。数箇所貼ることが出来た。いきなり肉体労働だったので、また来てくれるか少し不安だ。

元々支援者の力なくしては、一日たりとも活動が続かない現状。これは私のみでなく、地盤・看板・カバンのない候補者は共通だろう。この気持ちは忘れまい。

窮地の友は、真の友と本当に感じる。

さて紹介が遅れたが、8月中旬より同級生が事務所に入ってくれている。こちらは実名でいこう。

清新在住の臼井君だ。中・高を通じてバスケ部で一緒に活動した友人。彼も見るに見かねたのだろう。人生の大切な時間、半年間も手伝ってくれるのだ。

多くの皆様にご恩返しをしたいが、今は獲らぬタヌキを考えている場合ではない。何としても成果を出すことだ。それがご恩返しの第一歩。

明日は今日以上に、多くの方と対話が出来るように頑張る。



2006年09月14日(木) 2連ポスター誤解なきように

神奈川16区補欠選挙で、民主党候補予定者である後藤祐一氏は、‘市民の党’なる政党から推薦を受けた。

現在相模原市内の16区エリアに、この組織の県議と後藤氏との、2連ポスターが掲示され始めている。

‘市民の党’については、政治団体として論評に値しない。れっきとした政党でありながら、通常はノンポリを装い、選挙のときには�猝欺蠡悪瓩鯡松茲辰燭蠅垢襦�

全国規模の政党なのに、ホームページすらつくっていない。実態を隠すことで、市民派を自称している。

政党とは、選挙の道具ではない。また選挙の有利か不利かで、入るものでもない。政治家にとっては、もっと根源的なスタンスの表現だ。

この組織から推薦を受けたことが、補選にマイナスに働くという懸念を、既に関係者には伝えた。しかし反自民勢力の結集という、一面の大義も存在する。決定については容認するしかない・・・。

しかし誤解なきように願いたい。この2連ポスターも、この組織も、民主党とは全く関係がない。主権者皆様に混乱を招いたことをお詫びするとともに、負けずに本物の主張を展開していくしかない。




2006年09月13日(水) ビル風

朝橋本駅北口に立っていると、ビル風が強く吹いている。この場所はいつもそうだ。今日から涼しくなったせいか、雨も交じって非常にキツイ。

ご通行の皆さんも同様だ。デッキに入った瞬間、傘はあおられて、眉をしかめている。これ位のことは考えて、駅ビルをつくれなかったのか。

駅は街の顔である。駅前のあり方は、街づくりにとって重要だ。過去においては、古いものを新しくするのがコンセプトだったが、今後は「より使いやすく」を指針とすべきだろう。

駅前再開発(再整備)については、小田急相模原が現在進行中。相模大野や南橋本はこれから実施する。過去の問題点は、冷静に点検する必要があるだろう。

何しろ駅前づくりは、使う税金のケタが膨大だ。少なくとも数十億、多くて数百億という単位だ。

さて橋本のビル風については、今後調査してみたい。今更なので、対策があるかもわからないが。



2006年09月12日(火) 16区の相模原事務所設置

民主党神奈川16区支部の、相模原市内の事務所がオープンになった。同支部の中心である厚木市内には既に事務所があるが、加えて二箇所目の設置となる。

場所は、小田急相模原駅からサウザンロードを国立病院に向かって、突き当りの少し手前だ。本日行なわれた事務所開きには、党関係者や支援者など多くが集った。

しばらくの間、相模原市内に党の拠点がなかったせいか、例え16区内であっても嬉しい気持ちがする。

さてこの事務所でする活動は、言うまでもなく、来たる衆議院補欠選挙に向けた準備だ。相模原市内に拠点をつくった以上は、選挙の結果について、私たち地元党員の責任も、より問われてくることになる。

ポスター設置や名簿の提出など、まだノルマのクリアに全力を挙げるとともに、何よりも一人でも多くの方に候補予定者である「後藤祐一」を紹介していきたい。




2006年09月11日(月) ‘9.11’、あれから1年

‘9.11’は言うまでもなく、アメリカ同時多発テロの日だ。世界のあり様を変えたこの事件は、日本の政治に対しても大きな悪影響を与えた。

あわせて今日は、昨年民主党が大敗した衆議院選挙から、丁度1年目の日でもある。

今でこそ、総選挙での敗戦理由は明らかになったが、選挙を戦っているときは、まさか当地神奈川県第14区で敗れようとは、全く思いもしなかった。

藤井裕久先生という人材を、国政から落としてしまったことは、相模原市内で党活動をしている私の責任でもある。今思い返しても、主権者に対して申し訳ない。

その後藤井先生のポスター看板が減り、反比例して自民党掲示板が、どんどんと増えている現状を見ると、1年とは言え隔絶の感がある。

自分自身の県政への挑戦も含め、今一度盛り返す決意は変わらないが、負けは負けだ。劣っている点については、率直に認めてこそ次期もある。

前回県議選に敗退したとき、「選挙に勝つのに理由はないが、負けるのには理由がある。」とある方に言われた。ギクっとした。その通りだと思った。

民主党の至らぬ点を変えていく。そのためには自分がまず、次期選挙で勝利しなければならない。それは自分を変えること。今一度決意する。




2006年09月10日(日) 功名を求めてはいけない

早く帰ったので、決起大会の名簿整理をしながら、NHK�犖�名が辻�瓩鮓�た。

主人公である山内一豊は地味な存在だが、ドラマはなかなか面白い。仲間由紀恵は素晴らしい女優だ。

秀吉の天下になり、結果4万石の大名になった一豊に向かって、妻千代は「まだまだ」と言う。

戦国時代と今を比較するつもりはないが、昨今の世情を鑑みると、‘功名’という表現が気になる。

政治のなかに、‘功名’を求める人間が多いのは、既に世に知れていることだ。昨今は若手の中にも、同様の傾向が見られる。

市議のとき、税金の近い道について、あれこれと意見を言った。それは議員として、当然に大切な仕事だ。しかし一方、自ら何も生産していないに関わらず、人様のお金について意見していることに、カタギでない何かを感じた。

政治家が自らを律するという良い意味において、政治はカタギの仕事ではないことを認識すべきだろう。

バッチを付けて威張る人。バッジを付けることを目標にすること。議員になることを出世と感じる人。こういう勘違いは、正さなければならない。

政治家として、どんなにいい仕事をしようとも、仕事の材料も自らの報酬も、元々は税金である。政治家に‘功名’はあり得ない。






2006年09月09日(土) てらさき雄介よりの決意表明

�爐討蕕気�雄介を県政に送る決起大会�瓩蓮�当初の予想を大きく上回り、500名以上の方々にご参加頂いた。私の会では過去見たことのない人数に感激しながら、お声がけ頂いた支援者皆様に感謝している。

以下は、その場で申し上げた‘決意表明’の内容だ。正確な記録に依らないので、一部文言の違いはあるがご容赦願いたい。


「こんにちは。寺崎雄介です。本日は大変ご多用のなか、こんなにも大勢の方にお集まり頂き、本当にありがとうございます。
 
 まだ浅い年齢なのに恐縮ですが、何故政治家を志したのか、その当時の話をさせてください。

 高校生のとき、自分のなかでは半分政治をしようと決めました。その年おこった東欧革命や天安門事件を見て、具体的はわからなくても、何かしなくてはいけないと強く思ったのです。

 その後進学し明大雄弁部に入り、多くの政治家、官僚、秘書そして関係者と会う機会がありました。

 地元相模原市の藤井裕久先生はじめ、立派な方々もたくさんいらっしゃいましたが、それは一部でした。

 かねてから私が感じていた疑問。東大の法学部を出たような優秀な人間がつくった制度が、短期間で崩れていくのは何故か。そういう人たちが運営している財政が何故赤字になるのか。

 市議会議員のとき介護保険条例をつくる審議に加わりました。福祉の専門家でもない私ですら、この制度では数年しかもたないとわかりました。

 財政赤字についても、家計でも企業でも最低限収支ゼロにするのが基本です。しかし今の財政は国も地方も、ほとんどの自治体が毎年毎年赤字が累積している。何故か。

 学生時代に多くの関係者と話しをして、その理由がわかりました。確かに彼らは優秀でした。しかし押しなべて無責任だったのです。

 議員ならば任期の4年間。官僚ならば移動までの3から4年間に限ってしか物事を考えない。10年20年先のことを考える思考がなかったのです。私はそれを見たとき、自ら政治をやろうと決意いたしました。
 
 政治家の仕事とは政策の優先順位をつけることです。県政に参画したら、大きくは二つの点について、優先的に取り組みよう訴えていきます。

 ひとつは、命に直結する問題についてです。具体的には震災・防災対策です。

 そして昨今は子どもまで巻き込まれるようになってしまった。治安対策です。私たち大人の社会のゆがみやひずみが、子どもたちへの悪影響になってはいけません。

 更には医療の問題です。先日私の友人がある募金活動をしていました。赤ちゃんが内臓が悪くなって、臓器移植が必要になったのです。しかし日本では移植が禁止されているので、アメリカに行かなくてはならない。その費用が約1億2千万円です。結果募金で集まりましたが、集まらない子どもは助からない。

 では日本に一体そんな子どもが何人いるのか。たとえ1000人いたとしても、全部で1200億円。大金ですが、1200億円その子どもは助かるのです。

 これから行なう相模大野の再開発では数百億の市税を投入します。また先日相模原市長は市議会で、小田急多摩線を唐木田から相模原駅まで延伸すると言われました。確かに鉄道はないよりあった方がいいかもしれません。しかし重要なことを隠しながら、延伸を主張しているのです。

 それは延伸費用は全て税金から出されるということ。市税であれ、補助金であれ債券であれ、全て税金で支出されるということを忘れてはいけません。

 明らかにお金の使い道が間違っています。政策の優先順位が違っていりのです。もう一点です。

 命に直結することと、もう一つ重要なのは、次の世代に対する投資です。次の世代に何を残し得るかが、政治の大切なテーマですが、今の政治はその方向ではありません。

 昨今格差が叫ばれていますが、親がお金を持っているかいないかが、子どもの教育格差になってしまっています。

 また先ほども述べた子どもを犯罪から守ること。そして次の世代からお金を借りて、事業を行う借金付けの体質を改めることです。

 さて相模原で政治活動を始めてから、10年余りが経ちました。その間一貫して言ってきたのは、政治は政策が大切にされなくてはいけないということです。政策が問われる選挙でなくてはならないということです。

 この話しをするとき、よくラーメン屋さんを例に挙げます。ラーメン屋さんは、店構えが汚くても、親父さんの愛想が悪くても、ラーメンが美味しければ人が入ります。一方どんな立派な店構えでも、どんなに立派なビラをつくっても、ラーメンの味そのものが美味しくなければ人は入りません。

 最近の厳しい世の中で、どんな仕事でも同じです。どんな会社でも、値段もそうですが、得るべき商品の室を高めようと、皆頑張っているのです。では政治家の商品とは何でしょうか。政策です。政策において競争がされなければ、政治が良くなるはずはないのです。

 これから約半年間、もうすぐ70万人になる相模原市の多くの市民に向かって、その政策を訴え続けてまいります。そしてその政策をもって皆様に評価される、そんな政治家を目指してまいります。

 幸いにして、私は2世議員ではありません。過去それを誇りには思っても、2世に対して羨ましいと思ってことはありません。

 もう10年ほどになるでしょうか。初めて上溝のホテルで集会をやったとき、約40名の方に集まって頂きました。この種の会としては少ない人数かもしれませんが、こんなにも多くの方が集まってくださったと嬉しかったものです。お出で頂いた藤井先生から、よく集めたと褒めて頂いことを良く覚えています。

 2世でない私には、最初からの支援者はいません。両親以外の全ての皆様は、政治家たる寺崎雄介を支援して頂いている全ての方々との思い出が私にはあります。

 そのお一人お一人との出会いを、その間頂いた多くのご意見を、より大切にして今後も頑張ってまいります。

 来年の4月8日。県会選挙の投票日。この日を私がやってきた挑戦の終わりの日にはしたくありません。この日を新たなスタートとして、更に多くの挑戦をしていきたいです。

 市議時代も、自分の親位の方に向かって生意気言ったこともありました。しかし基本は変わりません。県政の場でも恐れず、ひるまず精一杯の訴えをしてまいります。

 厳しい状況には変わりありませんが、本日お集まり頂いた多くの皆様の、より一層のご支援を頂ければ、必ずや勝利出来るという信念を持って、走り続けてまいります。何とぞよろしくお願い申し上げます。

 以上申し上げて、私よりの決意表明と御礼のご挨拶と致します。ありがとうございました。」


2006年9月9日
                            寺崎雄介


     




       




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