てらさき雄介の日記
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| 2006年08月29日(火) |
‘かいじ’も相模原通過 |
新宿の次に八王子で用事があった。時間ギリギリだったので、中央線特急‘かいじ’に乗った。三鷹・立川のみ停車し、八王子到着まで約30分。非常に早い。
この列車は高尾を通り、山梨の甲府まで向かう。その途中に、相模湖と藤野も通過する。相模原市民の多くにとって、中央線は縁遠く感じるが5本目の鉄道になるのだ。(横浜線・相模線・小田急線・京王線に続き)
昨今相模原市内の工場や企業が、次々と地方に生産拠点を移している。昭和30年の工場誘致条例をきっかけに、人口が増加してきた相模原にとって、このことは街づくりの基本が変化することを意味する。
人の集まる街であったメリットを、存分に享受してきたのが相模原だ。全国的傾向である将来の人口減は致し方ないとしても、昨今の産業の空洞化は出来るだけ阻止しなくてはならない。
その意味で、人の移動を含む流通経路はとても重要だ。都内向け路線は、橋本と相模大野で大方確保されているが、逆方向の地方向けについては今ひとつだ。
今回の合併に伴い、新たに手に入れた中央線(中央高速)ラインは、しっかいり活かす手立てを講じなくてはなるまい。
更に、そのためには、相模原市内の南北交通が重要だ。相模原市役所方面かた、津久井方面に抜けるのにはわずかに国道1本という現状は、その先の広がりを活かす以前の問題だ。
対処療法ではなく、広く視野を広げた交通政策をとるべきだ。これこそ県政の役割だろう。横浜・川崎中心の県政とよく揶揄されるが、現場の声を議会で発言していきたい。
中田宏横浜市長の個人事務所を訪ねた。学生時代よりの友人がスタッフとして勤務していることと、横浜市あての行政相談を支援者から受けたためだ。
場所は新横浜のラーメン博物館そばにあるが、ここは横浜市港北区、オフィス街という雰囲気が漂っている。相模原とは違う趣だ。
日本最大の市である横浜は、同じ政令市のなかでも別格の扱いを受けている。その故か市の職員も議員も、独特のプライドを持ち(これはいいこと)、特に神奈川県庁に対して対抗意識を燃やす。
今日も話をしたが、横浜市役所では、他都市から行政視察を受ける際には、有料と決めている。市職員の時間をそれだけ割いているのだから、実費弁償という意味では当然かもしれない。
1視察あたり5千円くらいとのことだが、有料になってから申込が激減したそうだ。内容にこだわる視察なら、お金を出してでも行くはずだが、残念ながら現行の�犹觧´瓩�その程度であることを証明している。
相模原市も、政令市と目指す規模になったとはいえ、環境も位置づけも横浜とは全く違うので比較自体難しい。しかし横浜市には、常に全国の地方自治に夢を与える、多くの先進施策を行なってほしい。
| 2006年08月27日(日) |
決起大会、何とぞお願い申し上げます |
9月9日開催の「てらさき雄介を県政に送る決起大会」まで、あと2週間となった。
支援者の皆様が多くお声がけ下さっているが、何せハコものが苦手な性質から、なかなか参加者数が見込めない。
当日は知事の話や、懇親パーティーだけでなく、私が県会議員として4年間何をしたいのか、それをしっかりとお伝えするつもりだ。
箇条書きしたら数十に上った重点政策を、現在3〜5つくらいに絞っているところだ。
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何とぞご参加をお願い申し上げます。HPトップにもご案内がありますが、以下に詳細を記載いたします。
日時 9月9日(土)午後2時〜 場所 けやき会館5F大樹の間 会費 2,000円(当日受付にてお願い申し上げます。)
(第一部)松沢成文知事と県政を語る会 (第二部)決起大会&懇親パーティー
| 2006年08月26日(土) |
お金を使わせない政治へ |
税金をたくさん使う方が良い政治であると、今までは言われてきた。役所は予算を使いきり、議員もより多くの補助金などを獲得する。それが評価されてきた。
しかし右肩上がりではない時代である。お金を節約する政治への転換が必要だ。いやそもそも議員の仕事とは、税金の使い道をチェックすること。
必要なところに使う算段もするが、その姿勢は少ない予算でどれだけ効果を上げるかだ。過去が異常だったのであり、議員は本来の仕事に戻るべきだろう。
目に見える金額だけではない。1千万円の道路をつくるのに、半分が国と県からの補助金とすると、残り半分が市の支出だ。うち7割りを借金(債券)で賄うとすると、実に150万円の現金があれば、1千万円の道路がつくれるのだ。
次の世代に向かって、これ以上負の遺産を残してはいけない。選挙権なき子どもたち、そしてまだ生まれる世代に責任を持てる政治をしたい。
さて無駄使いの話し。以前知己の日野市議会議員が、面白い選挙ポスターをつくっていた。自分の4年間の給与と、経費節減が出来た金額が天秤にかかっている絵だ。結果効果の方が大きいので、もう一度選挙に出ますと書いてある。
本来の政治家とは、もっと違う仕事をすべき存在だが、余りにも多くの無駄を省くことは‘政策’以前のことだろう。
| 2006年08月25日(金) |
地域を支えるメンバーの拡大 |
上溝夏まつりの第3回実行委員会があった。反省会と打ち上げを兼ねている。過去市議だった縁で、今でもメンバーに入れて頂き、過去すべて参加している。
60〜70人くらいだろうか。上溝のまちづくりを支える方々が集まっている。自治会・商店街・公民館・交通安全協会・消防団・防犯指導員・鼓笛隊・行政・各種議員などだ。
まちづくりに参加している市民は数多い。しかしどうもこの種の会に出ると、同じ面々のみいつも集まっている気がする。この裾野の拡大こそ、今後必要なことであろう。
それでは具体的にどうするか。まず相模原市は、自治会がしっかりしている。もちろん悪いことではないが、全ての人材供給を自治会に頼る傾向にあるのだ。他のルートもしっかり確保することが必要だ。
また例えば商工会議所や農協などは、それぞれの地域に会員(組合員)も多い。全市が活動範囲のため、よりローカルな地域には入ってこないが、これもコミュニティの一員として迎える工夫も大切だ。
生活圏が拡大している昨今、例えば上溝のような狭い地域で、コミュニティを維持することに疑問を持つ人もいる。しかしこれは地域社会に必要なことなのだ。
昨今子どもの登下校の安全対策で痛感した。地域の輪があるところと、ないところでは、その対策に格差が出ているのだ。今後は他の分野でも、地域のコミュニティに頼ることが多くなるだろう。
地域を支えるメンバーの拡大が急がれる。
何を以って演説上手とするか。ひとつには通りすがりの人が、ふと足を止めて聞き入るかどうかだろう。また聞いた結果、何かが心に残るかどうかだ。
神奈川16区補選の活動で、相模原市内4箇所で街頭演説会を行なった。そこにゲストとして来たのが、馬淵澄夫衆議院議員だ。耐震偽装問題などで、テレビに出ていたことは承知していたが、本人と話しをするのは初めてだ。
演説を聞いて驚いた。かなり上手い。テクニックもあるが、訴える真剣さがヒシヒシと伝わってくる。時間についても厳守し、長話をしないところもいい。
かなり著名な政治家でも、演説を聞いてがっかりしたことも多いので、嬉しい収穫だった。いくつかの点勉強にもなったので、今後の参考にしていきたい。
時代がネット系に変わっても、街頭演説は政治活動の基本だ。田中角栄元総理の「辻説法5万回」には及ばないが、出来るだけ多くの回数行なっていきたい。
また現状に満足することなく、常に能力の向上につとめていきたい。
| 2006年08月23日(水) |
相馬雪香さんとの面会 |
尾崎行雄氏の3女である相馬雪香さんにお会いした。遠く壇上でお話しされている姿は目にしたことがあるが、膝を交えてお話しするのは初めてのことだ。
尾崎行雄氏は、以前から尊敬する政治家だ。津久井出身ということもあり、今では相模原市立になった尾崎咢堂記念館にも、津久井方面に行った際にはよく訪ねる。
今回その津久井も、私の県政の選挙区になったこともあり、正式に(財)尾崎行雄記念財団に入会した。その挨拶もかねての表敬訪問だ。友人の森山浩行前大阪府議が、相馬さんや同財団と親しかったので同行してもらった。
1912年生まれだから、現在は94歳になられる。かくしゃくとお話しされ、今の政治を憂いておられる。理想を掲げながら、地域で生きていくことの難しさを唱え、それでも頑張るように激励して頂いた。
尾崎行雄氏を初めて知ったのは、学生時代に憲政記念館を訪れたときのことだ。そこで敗戦のときに、氏がつくった「全世界一家のごとき狭き世に、ひとり栄えゆる道のあらんや。」に感銘を受けた。
これを見た私の学生時代は、湾岸戦争などで国際貢献論議が盛んだった。金のある日本が何か‘貢献’しなくてはという、一歩高いところから世界を見る形勢があった。
しかし戦後の廃墟を眺めながら、この唄を読んだ尾崎行雄氏の心は忘れてはなるまい。世界に対して謙虚な姿勢を持つことも、大国だからこそ必要だ。
さて入会したからには、同財団の活動に積極的に参加していきたい。津久井でも年に一度、青年向けの演説大会も開催している。頑張っていきたい。
橋本駅近くをまわっていたら、通りで子どもが泣いている。年齢は3〜4歳。男の子。「お母さーん。」と言いながら。いかにも迷子系だ。
多くの人がそばを通っているのに、誰も声をかけない。不思議な光景だ。実は急いでいたので、誰か他の人がと思ったのだが、その有様なので私が少年に声をかける。すると少年は怪訝な表情をするでもなく、素直に会話に応じてくれる。
現在地の隣にある、外国人指導の英会話教室に通っているらしく、お母さんが前まで車で送ってくれたとのこと。しかし教室に行ってみると、やっていなかったらしい。外に出ると母さんはもういない。いつもこの時間で買い物に行くそうだ。
泣きながらだったので、以上を聞くのに十数分かかった。しかしなかなか出来た子だ。この程度で泣いていたのは戴けないが、だんだんと落ち着いてくると丁寧な言葉で話す。名前を聞くと「○○△△です。」とフルネームに‘です。’を付ける。
さて念のため英会話教室を覗いてみると、確かに電気が消えていて人の気配もない。母親に電話しようと思い、少年に電話番号を聞くが、携帯も自宅も知らないという。これ位は教えておいた方がいい。
警察に連れてく話しでもないので、お母さんが戻ってくるまで一緒に待っているしかないと、同行の友人に話そうと思ったその時、ハッとひらめいた。
その英会話教室の看板には、しっかり電話番号が書いてある。この教室は休みでも、どこかに繋がる可能性はあるし、お母さんの連絡先がわかるかもしれない。
電話してみると、しっかり英語で出る。こちらが下手な英語で気を使うのも嫌なので、「日本語出来る人お願いします。」と言うと、「ショウショウお待ちクダサイ。」その後電話に出た日本人と話しをしていると、その英会話教室の教師らしき外国人が外に出てきた。
部屋を空けて準備をするのが、少し遅れていたらしい。教室は今日も開かれるとのこと。
少年は外国人と一緒に、教室に入っていった。私も急いでいたので、すぐにその場から去ったが、かわいい子だったので別れの挨拶くらいすれば良かった。
さてこの少年は、家に帰って私のことを何というだろう。多感な少年だから、他多くのことにかき消され、この程度のこと覚えていないかもしれない。またひょっとしたらお母さんに曲解され、変質者になっているかもしれない。
そう言えば、子どもの登下校の安全ボランティアをしている人の話だ。「こんにちは。」と声をかけると、子どもから返事がない。「返事しなさい。」と言うと、「知らない人と話してはいけないと言われている。」とのこと。
でも泣いている子どもがいたら、とりあえず声をかけた方がいいだろう。何てことない出来事だが、今日一日のなかでは一番印象深い。
| 2006年08月21日(月) |
逢坂誠二代議士との懇談会 |
衆議院神奈川16区補選の手伝いを行なった。支援者のお宅に後藤祐一氏を連れて行くのがメインだが、途中昼食会ならぬミニ集会を主催した。
金曜日に党本部から指示があり、急遽の設定だったが、二十数名の皆様にお集まり頂いた。感謝している。
さてゲストとして、民主党所属の逢坂誠二衆議院議員が参加して下さった。全国最年少で北海道ニセコ町長をつとめ、前回の選挙で北海道比例名簿1位で初当選している。
今では当たり前に議論されている、自治体の憲法と呼ばれる�爐泙舛鼎�り条例�瓩鯀換颪能蕕瓩討弔�った方だ。
国会議員や中央官僚が、地方自治やその現場を理解していないことに、過去多くの機会で意見を言ってきた。これは与野党問わず、民主党の国会議員でもよく分かってない人も多い。
その意味では、逢坂さんのような首長経験者は、今後の民主党と日本にとって大切な人材だ。
今日は1時間という限られた時間だったので、突っ込んだ話は出来なかったが、改めての機会にお話しを聞いてみたいと思う。
日中相模大野の伊勢丹前で、街頭演説を行なった。猛暑のなか10名の方がお手伝い下さり、数百枚のビラを配布できた。
ご通行の皆様からは、「何の選挙をやってるの?」という反応が。「いや来年4月です。」と応えると、意外という反応が返ってくる。選挙直前のみ騒いでいる姿が、主権者の皆様には印象に残っているのだろう。
しかし朝の駅立もそうだが、街頭演説ほど、普段やってないと意味のないものもない。選挙直前や期間中のみなら、「私は街頭はしない。」と割り切った方がいいのでは。
これから多くの候補者が、駅や街頭にやってくるだろう。基本的に早いもの勝ちなので、先にやっていたら他の場所に移動しなくてはならない。前からやっているので、それも腹が立つ。更に早い時刻に行くようにしたい。
さて先般の精神的ダメージについては、支援者のお陰様をもって既に回復した。この日記で書いたことにより、多くの方々からご心配頂いた。ありがたい。
今後は体調に気を付けよう。いくら元気と言っても、普通の人間だから限界はある。今日も扁桃腺が腫れて、演説中かなり痛かった。不眠不休だけが、全力投球ではないだろう。
明日は神奈川16区補選に関連して、小池義和市会議員と一緒に、後藤祐一氏を連れて支援者のところをまわる。あと数時間その準備をしたら、今日は早めに帰宅するつもりだ。扁桃腺を直さなければ。
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