てらさき雄介の日記
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2006年06月29日(木) もはや現体制は変えるべき

政治活動上の相談があり、八木大二郎城山町長に会いに行った。早く着いたので、しばらくの時間応接室で待っていると、目の前に「和而不同」の大きな額がある。

「昭和32年、為城山町、岸○×(ここは達筆で読めない)」とある。誰かが。町制施行直後の城山町に、送った名筆の額らしい。

何度か書いたが、この4文字は、私の座右の銘である。明大雄弁部の基本精神で、学生当時はそんなに意識しなかったが、現在は本当に大好きな言葉だ。

同じく後ろには、歴代町長さんの写真が飾ってある。前町長のものは、まだ出来てないようだが、来年の編入合併を考えると、町民でなくても歴史に思いを馳せてしまう。

さて先般の相模原市・城山町の合併調印式に、相模原市長は欠席した。ご病気とは言え、個人的な事情には変わりなく、城山町民に対して失礼極まりない。当日だめなら、何故日にちをずらさなかったのか。代理者で済むことではない。

地方自治を発展させるには、権限や財源のみではなく、気概こそ必須だろう。最近の相模原市政の運営は、残念ながら将来に対する責任感が足りない。

そして最大の問題は、市長不在の状態そのものではなく、周りがそれに慣れてしまいつつあることだ。これから相模原市は、来年度予算編成を行なう大切な時期を迎える。

将来の政令指定都市に向かって、難しい舵取りを迫られるのだ。一日も早く、現体制を切り替えなくてはなるまい。





2006年06月28日(水) 日銀総裁は儲けてはいけない

日銀総裁は、そもそも金儲けをしていいのか。問題が明らかになってから、今日までじっくり考えてみた。

結論から言うと、「基本的には、儲けることを遠慮すべき。」ということだ。現総裁は、いわゆる政治家ではないが、公職者であることに変わりはない。

建設大臣が、建設会社の経営に携わってはいけない。金融大臣が、金融商品を買ってはいけない。これと同じく、総裁は自粛すべきだった。

村上ファンド云々ではなく、そもそもの姿勢が疑われる。ましてや今日明らかになったのは、総裁用のファンドが用意されており、その利回りを見ても、明らかに特別な�牴燭��瓩�あることだ。

政府が、日銀の人事に介入することは避けるべきだが、世論は政府を越えて、日銀に対しても拘束力を持つ。ここに至れば辞職すべきだろう。

今回のことで、かなり焦っている政治家も多いだろう。今からでも遅くはない。政治家としての正当な報酬を受け取ることは、一向に構わないと思う。しかし、それ以上の積極的資産運用は、控える風土をつくるべきだろう。


2006年06月27日(火) OBとして卒業式参加

かつて相模原ローターアクトクラブという団体に所属していた。20代限定の会なので、30歳になると自動的に退会(卒業)となる。

今日はその�狢感伴悪瓩�あった。30歳になった会員に卒業証書のようなものを渡し、最後の懇親会をするのだ。久しぶりの参加だが、私と同じくOB&OGが多数参加していた。

ほとんどが相模原市在住か在勤なので、普段から顔を合わせる面々だが、こういう機会でないと出てこない人もいるので、同窓会のようなカタチにもなる。

最近相模原市内では、多種多様な団体が、活発に活動を行なっている。それが盛んになればなるほど、互いの交流も豊富になり、結果そこから新たな活動が生まれる。

いい循環が出来つつある。所属するNPO法人さがみはら市民会議が運営する市民活動サポートセンターは、既に相模原市にとってなくてはならない施設になったが、他の手段も講じながら、一層の市民活動の活性化に取り組んでいきたい。


2006年06月26日(月) 何と衆院選、しかもVS山崎拓氏

秘書時代の友人である、山本剛正氏の壮行会に参加した。千駄ヶ谷にある日本青年館のパーティールームで行なわれ、百名ほどの参加で盛会だった。

発起人による案内文には「福岡に帰って・・・。志を果たす・・・。」など、福岡で選挙に出ることは書いてあったが、何の選挙かわからなかったので、てっきり福岡県議会か福岡市議会かと勝手に想像していた。

しかし今日話しを聞いてみると、何と衆議院選挙だという。しかも福岡2区。現職は、かの山崎拓氏だ。一度、民主党が議席を獲得したので、次回もも恐らく注目区となるだろう。

チャレンジ精神に敬意を表したい。頑張ってもらいたいし、どこかで現地に応援に行きたい。


2006年06月24日(土) 不思議な街、天理市

党県連団体交流委員会の企画で、天理市へ来ている。宗教法人「天理教」との交流が趣旨だ。

宗教団体との交流ということで、ひかれる方もいらしゃるかもしれないが、どのような皆さんからも、意見交換していく姿勢が二大政党には必要だろう。もちろん悪質な、反社会的団体は除くが。

実は私は天理教とは、いささかの縁がある。母校である明大中野八王子高校が、創設者から現在の校長に至るまで、代々天理教だったのだ。戦前の創立当時は、教義に基づく教育をしていたそうだが、戦後明大の付属になるにあたり、宗教色を一切排除したと聞いている。

今日は横浜駅に集合して、団体バスに乗り、延々と天理まで約7時間。とても遠い。体のでかい私には、いささか堪えた。東名から名阪に移り、天理のインターを降りると、そこには不思議な光景が広がっている。

どこを見ても宗教施設だ。同教は神統系なので、建物が神社っぽくなっており、いかにも奈良らしい宗教都市の趣きを呈している。

かねてから不思議だったのは、自治体天理市と天理教の関係だ。最近相模原市内の駅にも、天理市作成の観光誘致ポスターがはってある。そこには天理教も名を連ねており、書いてある内容も、天理教の街であることを公言している。

しかし名前を、天理教にちなんで天理市としら位だから、外からはわからない地域の歴史と現状があるのだろう。

行きのバスで、幹事である高谷清県議が話していたが、宗教法人は固定資産税を取られない。しかしここまで施設がたくさんあると、そこから税が入らないと、市は経営が苦しくなる。その分は、市と天理教で話し合いをして、寄付というカタチで納金しているそうだ。

諸外国には、多くこういう宗教都市があるが、知る限り日本ではここしかあるまい。不思議な街だ。こういう街があっていいと思うし、むしろ興味深い気がする。


2006年06月23日(金) 党総支部の行方

党総支部の行方は、実は私にもわからない。党員や支援者、そして多くの主権者に対して、説明できない自分が情けない。

こうなった原因を分析してみよう。政党が支部をつくるのは、当然に地域に根付いた活動をするためだ。そしてその必要性を、民主党も痛感している。

しかし現在の支部は、「衆議院総支部」であって、国会議員かその候補者が代表者になってつくられる。該当者がいない地域は、支部自体がつくれないのが民主党のルールだ。

もちろん国政における政権交代を成し遂げるために、求心力を衆議院選挙にむけるため、このような形式になっているのだが、どうも最近はうまく機能していない。

具体的例と言うと、

藤井先生がいらっしゃる当時は、藤井先生が代表の、神奈川14区支部があった。
↓
藤井先生が引退されると、同支部は解散となった。(暫定で任意に支部もどきをつくってしのいだ。)
↓
宮崎さんが、次期衆議院候補になると、宮崎さんが代表の新神奈川14区支部がつくられた。
↓
宮崎さんが公認を辞退すると、同支部はまたまた解散となった。
↓
そして現在、私たち党員が地域で活動する支部自体が存在しない。

いずれ次期衆議院候補が決まり、その方により支部がつくられるのだろうが、同じ事態は今後も起り得る。この改善策としては、「衆議院総支部」とは別の「行政区支部」、つまりは�狒衞聾胸垰拮��瓩魴訐�するしかない。

本部のルールによると、現在では政令市のみ「行政区支部」が認められているが、他の地域でつくってはいけないという考え方でもない。次期統一選挙の後になるかもしれないが、同志と相談して進めていきたい。




2006年06月22日(木) 元気な姿しか映らない

お世話になった方が亡くなり、告別式のお手伝いに参列した。市議に初当選したときに、向こうからお声がけ頂き、何もわからなかった私に、多くの出会いの機会をつくって下さった。

特に思い出に残っているのは、あるトンカツ屋さんに何度かご一緒したことだ。「俺もでかいが、お前もでかいな。」などと言いながら、過去の市政の変遷についてお話を頂いた。

最近の告別式は、入り口に生前の写真などが飾ってあり、今日もそれを拝見するにつけ、在りし日を思い、年月の経過に目頭が熱くなった。

最後にご遺体と対面することも出来るが、元気なお姿のみ記憶に留めるべく、そこには参加せずに失礼した。

ゆっくりお休み頂くことを祈っている。本当にありがとうございました。


2006年06月21日(水) 県内市町村議会を傍聴します

所用があり御殿場に行った。東名高速道路を走ると、途中同じ神奈川県内の各市町を通過する。

過去いくつかの自治体議会に傍聴に行ったが、それぞれ特色があって面白かった。この前伊勢原市議の方と話す機会があったが、何と全議員の7割以上が毎回一般質問しているとのこと。凄い・・!

今度合併する城山の町議会も、土曜日開催の本会議を大分以前にやっていたし、その他の市でも議会改革が進んでいるところも多々ある。

県議になれば、神奈川県全体が仕事場なので、「その街には行ったことがない。」では済まない。(当然だが、意外と・・・。)数度議会を傍聴しただけで、何かがわかるとも思えないが、やはり一度も行ったことがないのは問題だ。

県議会で仕事をする機会を、皆様とともに勝ち取ったら、県内の市町村議会全てを傍聴してまわりたい。それぞれでどんなテーマが議論されているか、直接見聞きすることによって、県政の課題も見えてくるはずだ。

とにかく今は、そうなれるように頑張るしかない。


2006年06月20日(火) 〒マークの他にも特例は必要

連合神奈川の、政策討論集会に参加した。先般何度か政策委員会に参加したことは書いたが、その集大成的な開催だ。明日以降、正式に文書になり各行政機関に「提言」として提出される。

途中�猯�通�瓩砲弔い篤さ弔砲覆辰榛檗�運輸関係労組の方から、今回の違法駐車取締りの民間委託について意見が出た。元々のルール設定の不備と、既にはじまっている厳しい取締りについてだ。ただでさえ、経費節減で人手を減らされているのに、人員の増加など夢のまた夢。その分、現場の労働者に負担がいっているとのこと。

さらに別の方から、〒マークが付いている、郵便局の車についてのみ、例外が認められていることにも、疑問が投げかけられた。確かにそうだ。ならば宅急便や運送便も同様にしなくてはなるまい。

ここで昨年の郵政民営論議だ。民主党はこの案に反対した。私がかねてから民営化論者であることをご存知の方からは、民営化反対で総選挙となったことに違和感を持たせてしまったかもしれない。

しかし私が言っていたのは、「郵便局が法律の規制のなかで特別扱いされ、民間事業者が郵便事業に参入できないのはおかしい。」というものだ。故に民間企業の参入さえ認めてくれれば、別に国営郵便局があってもいいし、結果競争して国営が勝つことだってありえる。

しかし現在はどうか。郵政民営化は達成されたが、結果民間企業は、いまだに一般郵便事業には参入しにくい規制がかけられている。こうなるのがわかっていたから、「こんな民営化はダメだ。」と言っていたのだ。

さて駐車違反だ。「〒」マークを例外にしたことは、間違いとは思わない。そうあるべきだろう。しかし民間の同種の事業についても、やはり例外にすべきなのだ。管轄官庁でチェックして、証票を交付することくらい出来るはずだ。

行政機関のみ特別扱いすることは、業者のみでなく、主権者全体の不信を生む。県レベルで出来ることには限界があるが、機会と捉えて意見を言っていきたい。


2006年06月19日(月) 羽田発金浦着

先ほど自宅に帰ってきた。2泊3日の海外は初めてだが、羽田初金浦着だと、それほど遠いと感じない。

元々飛行機に乗れば、アジア東方なら数時間だし、ましてや韓国なら2時間で着く。成田に比べ羽田が近い(私だけでなく都内からも)だけでなく、韓国側も、新しく出来た仁川より金浦は近い。

羽田空港国際線ターミナルは、学生時代台湾に行くのに使ったが、現在は航空会社のプレートを見る限り、韓国往復しかないようだ。空港施設などは、地方空港よりも小さくてかわいい。

かねてから羽田を、名目ともに国際空港として利用すべきと考えている。足りない土地は、埋め立てて建設してもいい。この意見が私らしくないと言う方もいらっしゃるが、滑走路の増設が出来ない、現在の成田の現状は異常だ。

地主で反対している人は年々減っているにもかかわらず、自薦他薦の‘応援団’が乗り込み、過激派まがいのアジトが今も存在する。これ自体は、ある意味些細なことだが、貿易立国としての国際空港のあり方を考えると大問題だ。

少数意見を大切にすることと、空港建設で強制収用できないことは違う。政府も変なところで、変な遠慮をするものだ。当初の成田建設反対は、ベトナム戦争や安保闘争など、その時代特有の課題があったのだ。今の視点で、検証すれば、方向性は見えてくる。

ただここに至ると、成田の位置づけを早期に変えることも難しい。羽田をどうするかだ。羽田空港の住所は、東京都大田区だが、半分は神奈川県みたいなものだ。県政としても、空港へ向かうアクセスだけでなく、空港のあり方自体について意見を言うべきだろう。


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