てらさき雄介の日記
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2006年05月29日(月) 「日記」が書けない日

「日記」は、その名の通り、毎日更新が基本だ。しかし現実には数日間も、更新できない時がある。

言い訳を少し。実はパソコンが事務所にしかないのだ。ノートパソコンも事務所で使用しているし、自宅に別のものを用意するのも、経費がかさんでしまう。

従って、事務所に行かない日は、残念ながら更新できないのだ。もちろん毎日感じたことや、考えたことを、記憶し、時としてメモしたりはしている。

言いたいことが多い日、あるいはネタが正直少ない日、色々ある。しかし前にも書いたが、自分自身にメリハリを付ける意味でも、いい材料だと考えている。

最近またアクセスして下さる方が、徐々に増えている。選挙前であることや、民主党に対する関心が高まっているからだろう。また私の支援者が、どこかでこのHPを宣伝して下さっているのだ。

出来るだけ、毎日更新するのは当然だが、時として空いてしまうこともお許し頂きたい。

当選したあかつきには、もう一台贅沢をし、自宅にも通信環境を整えたいと思う。


2006年05月28日(日) 偶然にも本校の先輩

支援者の紹介で、ある居酒屋さんがポスターを貼って下さるという。お客様商売であるにも関わらず、ありがたい限りだ。

ただ挨拶に行って、貼るだけでは恐縮なので、久々に高校の同級生をふたり連れて、一緒に飯を食いにいった。

するとどうだろうか。その店の店主は、明大中野高校の先輩だったのだ。しかも芸能人盛りだくさんの、憧れの定時制卒業とのこと。体育祭が合同開催の時期もあり、その話などで盛り上がった。

学校法人中野学園は、東中野と、八王子に校舎がある。私は八王子高校だが、東中野の方を在学中などは‘本校’と呼んだりした。

翌日の昼間に、大きなポスターを貼らせて頂いた。住所で言うと矢部、西門交差点近くなので、皆様の目につくかもしれない。

中高と市外に通ったので、結果同級生や同窓生が少ない。その頃から選挙に出るつもりでもなかったので、致し方のない話だ。しかしだからこそ、数少ない貴重な出会いだった。



2006年05月27日(土) 消防団も合併すべき

所属する地元消防団の総会があり、前部長として御礼の挨拶をした。その中でも触れたが、本年度より相模原市消防団の名称が、「相模原市相模原消防団」となった。

合併に伴い、旧津久井郡の各町にあった消防団と大枠では統合したのだ。「相模原市津久井消防団」「相模原市相模湖消防団」も出来た。しかし合併の効果という点では、中途半端さがあるのはぬぐえない。

地域ごとの個性を尊重しつつも、効率化出来るところは統合するのが、無理を乗り越えて合併した意義ではなかったか。その点では消防行政は、統合の対象と言える。

農業委員会を統合しない理由が、地域事情が違うとのことらしいが、事情が違う地域を合併したのは事実である。そしてだからこそ、市内組織も合併して、本当の一体化を目指すべきではないか。

一消防団員としても、せっかく津久井地域の消防に携わっている皆さんと、交流の機会が得れるのに、先送りされた感がある。

最低限、操法大会や出初めなどの行事は、全体で一緒にして欲しい。


2006年05月26日(金) 明大雄弁部と藤井先生

藤井先生と私の出会いは、明大雄弁部の先輩の紹介による。現秋田県議の大関衛先輩だ。

大関先輩は、他の代議士の学生秘書をしていて、藤井先生と直接知り合いというわけではなかったが、私のリクエストを聞き、飛び込みで紹介してくれた。

私が事務所に週1日から2日通うようになると、偶然にも、藤井先生のプロの秘書で、明大雄弁部の先輩がいた。国松誠現藤沢市議会議長だ。会って話しをしてみると、他にも以前藤井先生の秘書をされていた先輩がいたとのこと。

東大法学部卒、大蔵省キャリア出身の藤井先生と、野蛮を以ってなる明大雄弁部は、日常の接点はなかったが、これも縁というものかと感じ入った。

そして藤井先生は昨年の引退後に、自らの後継者を、明大雄弁部OBの宮崎雄一郎氏にされた。その宮崎氏は、私とも国松氏とも、まったく違うルートで藤井先生と知り合った。不思議なものだ。

元々狭い社会だから、これ位の偶然はあるかもしれない。しかしだからこそ、この奇妙な縁を大事にしていきたい。人間は、生まれてから死ぬまでに出会える人数は、限られているのだから。


2006年05月25日(木) ポスターの効果

選挙中に公営掲示板に貼るポスターではなく、現在も含め日常に貼ってある政治活動用ポスターのことだ。「変革の能動者」と書いてある、大きな顔(HPトップと同じ)のポスターだ。

前回の県議選では、同じく数百枚を市内に貼った。しかし選挙直前であったことと、小さかったこと、そして菅直人党首(当時)との2連だったこともあり、効果については余り反応としては返ってこなかった。

最近貼ってあるポスターについては、時として効果を実感することがある。どこまでいってもポスターは、知名度を上げて顔を知らせることしか出来ないが、政治活動を展開するにあたり、このことは非常に大きい。

もちろんポスターのみを見て、「寺崎の話を聞いてみよう。」「寺崎を応援しよう。」とはならない。ひとつの効果ではあるが、それのみで十分ではない。

ただ戸別訪問を含め、様々な政治活動をしていると、「ああポスターの人ね。」と、どこかで見たことある言われ方をされるのだ。一度お会いできれば、その後はその方がポスターを見るたびに、会ったことを思い出してくれる。

もうすぐ政治活動9年目になるが、政策を実感として理解頂くのは、時間がとてもかかるものだ。最初から支援して頂いている方から、この前「○○については、寺崎はこう考えるだろうから、そう伝えておいた。」と言って頂いた。まさに代弁をして下さったのだ。

この方が、ここに至る経緯については、今日の日記では書ききれないほど長い。民主主義とは時間がかかることを、体験を通じて実感する。ポスターもその一助として、これからも出来るだけ多くの枚数を貼っていきたい。




2006年05月24日(水) �爛好吋献紂璽訥↓瓩呂犬瓩泙靴�

記載が遅くなった。先々週から、HP上で「てらさき雄介のスケジュール帳」を始めた。この「日記」が‘日々何を考えたか’を基本にしているのに比べ、純粋に行動のみを記載する。

余り議員でやっている人はいないが、モデルにしたのは、相模原市のHP上にある�狆�川市長の一日だ。

始めるにあたり少々の迷いはあったが、「毎日何をしているの?」という、素朴かつ当然の疑問に応えたいと考えたのだ。

県議になれば当然に、同様のものを掲載するつもりだった。県議会をはじめとする公務があるので、それを主権者に伝えたかったのだ。

正直現在は、次期県政に向けた政治活動と、生活費を稼ぐためのアルバイトの繰り返しなので、お伝えするほどのものでもない。

しかしそんな私にも、日々支援してくださっている方がいる。その皆様には、私が日々何をしているかを理解頂きたかったのだ。

当面は不定期に、約1週間ごとに更新する。正直に書くが、個人名や企業名などは、公のものでない限りは、先方の許可がない限り「支援企業」とか「支援者」とか匿名表記になる。

また全く政治活動に関係ないことは、「私用」と書かせて頂く。

始める以上は、正直にかつ行動を明らかにし、皆様のご意見を頂こうと思う。


2006年05月23日(火) 医療保障は政治の仕事

「命も金で買える」とうそぶく人もいる。確かにそうなってしまった傾向もある。特殊な治療や薬などは、保険適用もされず、実際普通では受けられないものもある。

情けない世の中だと思う。父祖の代は苦労して、現在の経済大国をつくったが、せっかくある世の中のお金を有効に使っていない。使い道を間違えている。

医療は最低限の社会保障だ。医療保険についても、保険対象外の人は、政治で責任を持つのが当然だ。

行革で様々な経費を減らすべきと、かねてから主張しているのは、決して政治の責任を放棄しようというのでなく、医療をはじめとする�猝伸瓩膨招襪垢覯歛蠅法△茲衢住擦鬚泙錣垢戮�と言っているのだ。

医療を採算ベースで考えてはいけない。これは極論ではない。「政治は何をする為にあるのか。」という、原点を考えたとき、自然に行き着いた結論だ。

神奈川県内で、お金がない為に死に至る人がいるならば、県政は政治の基本的役割を果たし得ていないことになる。

制度の基本は、いまだに国が握っているが、現行でも地方政府で出来ることはある。


2006年05月22日(月) 山静神(さんせいしん)

山梨県・静岡県・神奈川県をあわせて、�犹垣顛澄覆気鵑擦い靴鵝豊瓩班集修垢襦�今日初めて知った。

近隣の県同士が、ひとつの圏域として、共通する課題について話合うのだ。今後定期的に、3知事が会合を持つそうだ。その名も�犹垣顛声麈床餤牒瓩澄6δ未垢覯歛蠅砲弔い董∀湛腓ε敝兇鬚弔�ろうというのだ。

有名どころでは‘八都県市首脳会議’がある。神奈川県・東京都・千葉県・埼玉県・横浜市・川崎市・千葉市・さいたま市の首長が、定期的に会議を持ち、首都圏の広域的課題について議論している。

一民族一国家という言葉があるが、生活圏と行政圏を一体化させることは、夢かもしれないが、方向性は正しい。買い物や飲食をするのに、町田へ行くとき、都県境を意識する人は少ない。

道州制について、政府の調査会から提言が出た。しかし区割り云々を、最初に提示していることは疑問だ。まず議論すべきは、国が何をすべきか、県(州)が何をすべきか、その役割分担こそ重要なのだ。

さてこの議論を、国会議員をはじめとする国レベルに任せてはいけない。地域のことは地域で話し合う、その意気込みが大切なのだ。

神奈川県は、人口からすると日本3番目の地方自治体だ。あるべき地域主権の姿を国に対してだけでなく、主権者に対して提示すべきと考える。特に県議会の仕事だろう。





2006年05月21日(日) 党務の割合

二大政党と呼ばれるようになってから、党を通じて議員や候補者が見られるようになった。

以前は地域により密着している市政に携わっていたこともあり、政党は余り関係のないという扱いを、議会でも地元でも受けた。

県政も地方政治だし、何より選挙は個人名に依るので、現在でも党と個人のバランスを考えれば、格段に個人の割合の方が高い。

党支部の幹事会や、他党務もないわけではないが、基本は個人としての政治活動だ。浪人中の私ですらそうなのだから、これに議会活動が入れば、一層党の割合は少なくなる。

だから、党などどうでもいい、という訳ではない。政党政治の推進は、正しい政治改革の方向性だ。また民主党員であることには、自信と確信を持っている。

しかし党とは何か。あくまで個人の連合体である。完全比例代表制でも採用しない限り、中心は個人であり続けるのだ。かつては小選挙区制度や、比例代表制度など、政党中心の選挙制度が良いと思っていたが、最近微妙に考え方に変化が出てきた。

より個人を大切にするのが、民主的な政治と言えるのではないか。まだ思考中だが、自分のなかで新たな物の考え方が、徐々に出てきつつある。

現在の党務の割合は、一割か二割か、それ位だろうか。その範囲内においては全力を上げるが、割合自体を増やすつもりはない。


2006年05月20日(土) 民主スクール参加

民主党県連主催「民主スクール」に参加した。月1回の講習で、計十回くらい開催される。本年は、統一地方選挙の候補者が�狎古稔瓩箸覆襦�

今日は、花上喜代志横浜市会議員が講師だった。豊富な経験に基づき、選挙ノウハウを話された。ご自分が選挙に強い分、お話に大きな説得力があった。

選挙とは運動とは、主権者に対して、候補者の政策を伝えることに他ならない。限られた時間と物量で、多くの主権者に政策を伝えるためには、やはりテクニックも必要だ。

相模原市・津久井郡70万人に対して、正確に政策が伝わるシステムが仮にあるとすれ、現在皆で大騒ぎをしている選挙運動は、一切が必要なくなる。

しかし主権者の政治参加は権利である以上、無理やり拘束して話を聞かせるわけにもいかない。候補者の努力が必要なのだ。

昨年市長選挙で選対幹事長をつとめた。最初その話を聞いたときに、「幹事長は絶対イヤです。それなら支援そのものを止めます。」とまで言ったのだが、世話になった方々に頼まれればムゲにも出来ない。

どうして断ったかと言えば、私自身が選挙に落選ているからだ。私が中心になって選挙運動を展開したところで、それは周辺に対して説得力を持たないし、何よりその能力が私にはない。

来年の県議選は、必勝を期しているが、それは選挙ベタの私が、急に選挙上手になることを意味しない。

私が勝つための要因は、どれだけ支援者を増やせるか、そしてその支援者に選挙を任せられるかだ。逆に言えば、私が選挙の段取りをしているようでは、今以上伸びないだろう。

今日の机上の理屈を、しっかりと自分のものにする為には、現場で実践していくしかない。藁にもすがる現況なので、短い時間だが、素直にお話が自分に入ってきた。人間はやはり、切羽詰らないと勉強しないものか・・・。








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