てらさき雄介の日記
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2006年05月19日(金) �狷旭��瓩箸いΩ斥�

本日開催の、青年会議所主催「小野田少尉講演会」は、盛会のうちに終わることが出来た。私の縁で来て頂いた方もいらっしゃる。感謝申し上げる。

多くの方にご参加頂いただけでなく、お話の内容も説得力があり、青少年問題を考えるのに非常に有意義だった。

さて青年会議所では、参加者を募ることを�狷旭��瓩班集修垢襦柄衞聾兇世韻任覆�全国一般的に)。元来この言葉には、‘意思なき人々を人数あわせで連れてくる’という意味合いが込められている。

もちろん青年会議所には、そんな悪気はない。多くの方に話を聞いてもらいたいから、声をかけているのだ。また私もJCの理事をしていたときは、皆と同じく�狷旭��瓩箸いΩ斥佞鮖箸辰討い拭�

この言葉は、政治の現場でもよく使われる。主に後援会事業や、選挙イベントなどで、大勢のご参加を目指すときだ。私自身は、別の表現を使っているが、支援者の方々が勢い余って使われることもある。

私が問題と思うのは、言葉ではなく、それを発する気持ちだ。青年会議所も、私の支援者も、悪気なく使っているから問題はない。しかし候補者やその陣営によっては、本当の意味で人数あわせを目指す為に�狷旭��瓩鮖箸Δ里澄�

ある方が言っていた。「選挙運動も終盤になると、人が‘票’という生き物に見えてくる。」選挙運動をして下さる方々に、そこまで思って頂けるのは候補者冥利に尽きるだろう。

しかし候補者の心情は、そうではいけない。開票時には数字しか明らかにならないが、その中身には多くの一人一人の思いが込められているのだ。







2006年05月18日(木) 近所の外国人

先日、この日記にアイヌについて書いた。日本は単一民族国家ではないという、れっきとした事実が、曲解され誤って伝えられている。

「国民」と「民族」は違う言葉だが、その解釈は地域や時代で異なっている。今日民団と総連のトップが会談したニュースを聞き、改めて日本とは、地域とは何かを考えてみた。

相模原市内には、約1万人の外国人が住んでいる。この方々は、その名の通り日本国籍は持っていないが、れっきとした相模原市民である。在日外国人の地方参政権を求めるべきと、以前から訴えている大きな理由がここにある。

市内外国人のうち、多くはやはり韓国・朝鮮人だ。世代が若くなるほど、違和感もない。しかし日本社会のなかに、今だ差別意識が根付いてしまっているのも事実だ。加えて、靖国や、拉致や、領土の問題もある。課題は多いということだ。

しかし「隣同士の国は、皆仲が悪い。」との割り切りで考えれば、まだ日本と朝鮮半島はいい方かもしれない。また昨今の文化的交流は、明日の友好について明るい要素だ。

近所の外国人と、交流することは大切だ。いつか国際交流ラウンジについて調査したとき、運営主体の民間団体は、民営ですることの意義をこう話した。

「外国人が相談に来たとき、その人が不法滞在だったりビザが切れてたりすると、行政は最初から相手に出来ないでしょう。私たちなら柔軟に出来ます。」

なるほどだ。そう公言する民間団体に運営を任せている相模原市行政は、柔軟性があって非常に良い。

国家や制度という規律あるものと、私たちが地域で生活するということは、ある種、別の感覚で捉えられるべきだろう。そして国際交流とは、後者からしか発展することが多い。


2006年05月17日(水) 相模原で開業を

支援頂いている運送会社が、新規のトラックを購入され、その納車式に参加してきた。設立以来1年も経たずに、どんどんど規模を拡大されている。素晴らしいことだ。

市議会最後の質問は、「さがみはら産業創造センター」についてだった。小川市長による目玉施策だったことと、この施設が内包していた重要な課題について取り上げたのだ。

この施設は、起業の意思を持っている方や、発足以来間もない会社をサポートするのが目的だ。廉価で事務所を期限付きで借りられることを含め、ソフト面でも種々のサービスが受けられる。

利用者もたくさんいることから、良い施設との評価がされていた。無論私もそう思う。しかしここで‘成長’した会社が、その後も相模原市内で仕事をしていくのか、その視点が施設運営から感じられなかったのだ。

実際少なくない方々が、施設から旅立ったあとは、都内などへの転進を希望していた。税金によるサービスのみ受け、結果外に行ってしまうのは、市民にとっていかがなものか。行政はもっと積極的に、その後の会社について関心を持ち、純相模原産企業には立地などの面倒もみるべきだ。

また金銭の問題だけでなく、実際相模原市内にあった会社が、外へ行ってしまうことは寂しいものだ。相模原市をカタチつくってきた、大企業や工場なども、外国や地方へ行ってしまい、産業の空洞化がただでさえ進んでいる。

相模原市だけでなく、日本全国共通で人口が減っていく。人口が増えるのと減るのでは、まちづくりのスタンスは大きく異なる。今までは毎年数千人も自然増だったので、ある意味積極的な魅力作りが必要なかったのだ。

しかしこれからは、そうはいかない。都市間競争だけでなく、市民も自身で住む街を選ぶようになる。個人でもそうなのだから、利益に敏感な企業なら尚更のことだ。

産業振興は、発想によって多くの施策が考えられる。起業した現場の声をもっと聞きながら、有効な取り組みをすべきだ。県政においても松沢知事は、かなり気合を入れて産業振興に取り組んでいる。

いつかお会いした際に、「金儲けを行政がやってると批判がありますね。」と申し上げたら、「福祉も教育も金がかかる。それをするためにも収入を上げることが必要だ。そのためと割り切ることも、今後の行政のスタンスだ。」と言われていた。

その通りだろう。




2006年05月16日(火) あの小野田少尉の講演会

小野田少尉については、ニュース記事でしか知らない。いまだお元気で仕事をされていることは、驚愕であるとともに素晴らしいことだ。

その講演会が、(社)相模原青年会議所の主催で行なわれる。話を聞くのが楽しみだ。

2006年5月19日(金)午後7時から 
相模原市立あじさい会館にて

先般も、旧ソ連で戦後も残った方が、日本に来られていた。挨拶のみで、その他の日本語は忘れていたことが、半端ではない年月を物語っている。

かの戦争がきっかけで、人生が大きく変わった人がいる。いや当時を生きていた日本人ならば、多かれ少なかれ皆そうだ。かくいう私もその延長にいるわけだ。

戦争を指導した政治家の多くが、敗戦を境に急に態度を変えた。政治家は元々現実的だが、当時の国民には違和感もあっただろう。ましてや外地で、戦い続けていた小野田少尉の気持ちはいかに。

講演会では、その種の話はされないそうだ。現在は、「自然塾」という青少年教育に携わっておられる。青少年の現在と、大人たちの対応について見識を述べられるのだ。

会費はもちろん無料で、飛び込み大歓迎だ。興味を持たれた方は、どんどんお越し頂きたい。




2006年05月15日(月) 党支部新事務所開設

党支部役員会と常任幹事会が行なわれた。場所は中央に新規に設置した党支部事務所だ。次期衆議院候補予定者の、宮崎雄一郎氏の事務所も兼ねる。

中央病院の交差点、居酒屋スタミナの4階と言えば、わかりやすいだろうか。お近くにいらしたら、是非お立ち寄り頂きたい。

さて、今日の会議は盛りだくさんだった。すんなり決まることばかりではないが、むしろそれは当然のことで、喧々諤々の議論こそ必要な時期だろう。

来年の統一地方選挙の話も出た。候補者として気合が入る。既に臨戦モードだ。党の公認候補ということは、党を代表して先頭で活動するということ。責任を痛感する。私の後援者にとっては、私こそが民主党なのだ。期待を裏切ってはいけない。

終了後に懇親会も開催した。私たちの支部は、政治家以外の方が、役員としてかなり積極的に活動されている。議員政党からの脱却は、二大政党制と表裏一体で必要だ。方向性は正しいと思う。あとは裾野を広げることだ。

本年は政策調査委員長の大役をおおせつかった。副委員長は既に決定したが、今後は所属党員に対して委員会所属を働きかけるのだ。多くの方が参加して下さると期待している。








2006年05月14日(日) それでも市は代理者を出すべき

相模原自衛官募集相談員会の、本年度総会兼懇親会があった。現在の国際社会のなかで、「自衛することは必要」と考える。自衛隊の存在を認知することは無論、隊員を何らかのカタチで応援したいとの思いで、以前から会に参加している。

さて、例年は相模原市行政からも、市長か代理者が来賓として参加している。元々募集相談員自体が、自衛隊神奈川地方連絡部長と相模原市長の連名での委嘱だから、来賓というより任命者として出席が当然だ。

しかし今日は来なかった。もちろん、病気療養の市長を責めているのではなく、代理者が来なかったのだ。ちなみに城山町からは、収入役がおこしになっていた。

現在相模原市は、在日米軍再編協議でもめている。しかしアメリカ相手に、直接話しが出来るわけではない。交渉相手は日本政府だ。そして窓口は、防衛庁や防衛施設庁となる。

今日の会は、組織的にも自衛隊の一機関。「ケンカしている相手と、一緒に酒は飲めない。」ということか。しかしこれは、政治家のとるべき手法ではない。

現に私は軍縮論者だし、安易な自衛隊の活動範囲の拡大には異議を唱えているが、それでも出席しているし、行けば皆さん歓迎して下さる。現場で意見交換をすることが、とても重要なのだ。

また、考え方に違いがあったり、あるいは齟齬が出来たりしたときこそ、政治家はそこに乗り込むべきだ。自らの考えを述べ、理解を求める必要があるからだ。

私が市長なら、無論そうする。







2006年05月13日(土) 日中街頭は、朝とは違う趣き

上溝ダイエー前で、日中の街頭演説を行なった。

雨が降っていたので、中止しようかとも思ったが、十人近い方々がビラ配りに来て下さったことと、丁度ダイエーのリニューアルオープンでお客さんが多かったことから、あえて決行した。

通りかかるお客さんに、私の話を聞いて頂くという意味では、朝よりも日中の方が適している。現に足を止めて、聞いて下さった方もいる。

もうひとつ気合いが必要なのは、雨のなかビラを配って下さっている方々も、同じく私の話を聞いているということだ。しかも1時間半ずっとだ。

先日も支援者の方から、もっと身近な話をすべきと、アドバイスを頂いたばかりだ。空き交番の解消についてや、小学生の登下校についてなど、地域共通の問題について、県政の果たすべき役割を述べた。

県議会での実体験がない分、いささか夢物語も多くなったが、新人はむしろ夢を語らなくてはなるまい。

次回は、5月28日(日)午後2時から、古淵ジャスコとイトーヨーカドーの間の、デッキ上で実施する予定だ。



2006年05月12日(金) 高座川(たかくらがわ)と町田市

先般開催した、明治大学校友会相模原地域支部主催「マンドリン倶楽部演奏会」の、反省会を行なった。

場所はメンバーの方が経営されている、橋本の境川沿いにある老舗の立派なお店だ。

帰り際に、このお店のパンフを手にとると、そこには「高座川・・・」との表記がある。相模原市は言うまでもなく、旧神奈川県高座郡であるが、いまや�犢盧惰抬瓩�らいしか、市内でその名を見かけることはない。

説明書きによると、「高座川」とは、境川の旧称のひとつとのこと。恥ずかしながら初めて知った。

川向こうの町田市は、明治の廃藩置県で神奈川県になったほど、元々生活圏が一体化している。現在においては、より密着していて、もはや住環境としては境自体感じられない。

本来の市町村合併は、経費節減とともに、行政体と生活圏の一体化という目標があった。今回の津久井地域との合併が、紆余曲折を辿った原因には、元々津久井の三ヶ木より向こうは、生活圏が事実として違ったことがある。

今や1市4町の合併を早期に完了し、一日もはやく総合的なまちづくりの計画を市民とつくるべきだが、その際にも生活圏が違うという点には留意し、市内分権を徹底させる必要があろう。

そして町田だ。私はかねてから主張していた、「町田市と一緒に政令市を目指す」ことを、今も真面目に考えている。

相模原市が本気で政令市を目指すようになれば、どちらにしろ、もう一段階の合併が必要となろう、その相手として、色々な議論が出てくる。その前に、町田との広域連携を深めていく必要があろう。

市議になりたての頃、救急車が境川を越えては行き来しないことに驚き、その改善を求めたことがある。市民の生命や安全に、都道府県境は必要ない。その視点で県政に望んでいきたい。


2006年05月11日(木) 県庁防災担当の話

連合神奈川の第二回政策委員会に参加した。今日のテーマは「社会制度」と多岐にわたるが、なかでも防災対策が印象に残った。

県庁の担当者がふたり来て話をしていたが、正直内容がピンとこなかった。ひとりは国の政策についての説明、もうひとりは市町村支援の話。県が県として、広域的にどう防災対策をしていくかの話はなかった。

「消防行政は市よりも県で」とかねてから考えていたが、今日の話を聞くと少し不安になった。‘取らぬタヌキの’だが、県政に参画したら防災警察常任委員会に所属したいと思っている。

さて防災対策は、急務かつ恒常的に行なわなければならず、現在の行政がシステム上の問題を抱えていても、それをさて置いて総力で臨まなければならない。

阪神淡路では6000名が亡くなった。生命は数の大小ではないが、それにしても大きな犠牲だ。

委員(組合員)からも、切実な意見があった。耐震調査を個々の家庭でして、結果ダメだしが出ても、数百万の費用がかかる補強工事などは簡単には出来ないのだ。

自前で補強できる家庭の方が、圧倒的に少ないだろうから、ここは行政が税支出により対策を講じるべきだろう。生命に直結する問題には、費用がかかることを躊躇してはいけない。

一方で、提示されたデータからは、震災の恐ろしさが見えていた。国・県・市がしっかりした対応をとったとしても、犠牲者は半減するのが精一杯なのだ。

県政を目指す立場として、地元消防団員のひとりとして、地域の防災対策に力を入れていきたい。


2006年05月10日(水) 県政に目線を合わせる

昨今の基地問題に対する、私個人と民主党の取り組みの不十分さについて、厳しいご指摘を市民から受けた。

また、この�狷�記�瓩砲弔い討完娶�を頂いた。的を得ているからこそショックだったのは、「この日記は県政に目線があってない。」というご意見だ。

確かに過去を見てみると、国政レベルの話が余りにも多かった。市議を辞めて県政に挑戦しているためか、市政との重複は本能的に避けられたと思うが、情報量が圧倒的に多い(と言ってもメディア経由だが)国政に関心や怒りが向いてしまっていた。

しかし指摘して頂けるというのは、本当にありがたいことだ。浪人中の私でさえ、面と向かって「これは違う」とは、街中ではなかなか言われない。

少し話しはそれる。政治の世界では、既に相模原市議会と神奈川県議会に上下関係はないが、市民はまだそういう視点で見てしまう。現に市議候補者よりも県議候補者の方が、丁重に扱われたりするのだ。

これは間違いだ。そしてその原因をつくったのは、県議会議員だと思う。確かに市議よりも、県議の方が偉そうにしている人は多い。

県政に目線を合わせること。それは県庁に合わせることではなく、主権者とい同じ目線に立てということだろう。そしてプロとして、正しい問題提起と解決策を提示すべきだろう。

難しいことだが、頑張っていく。今の県政を変えるために。


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