てらさき雄介の日記
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| 2006年04月09日(日) |
市民フォーラム設立総会 |
「市民委員会準備会」に入っていたが、昨日正式に「市民フォーラム」として設立された。市民と行政のパートナーシップを推進するための組織だが、具体的な活動などは未定だ。
昨日の設立総会には約100名が参加し、年齢や仕事など多岐にわたる面々で、何点かの議事を話し合った。
5月の定時総会では「市民フォーラム」と相模原市長との間で�犇�定�瓩魴襪屐�その中には“市長は市民フォーラムの意見を政策に反映させるよう努力する”という規定もあり、かなり影響力のある会になっていくだろう。
参加者のうち市民活動歴の長い方からは、「市民フォーラム」の運営資金が市の補助金に頼っていることは問題との意見も出た。自主自立は確かに理想だが、「市民フォーラム」は行政との共同作業でもあるし、まず始めることが大切とも思う。
さてパートナーシップは、行政機関の財政赤字に端を発している。予算内で仕事がやりきれなくなったので、何とか市民と‘分業’しようというのだ。地方分権や介護保険と同じく、財政論が基準になっている。
しかしこのことを以って、行政に不信感を抱いてもしょうがない。むしろを前向きに捉えることによって、まちづくり市民参画を図るべく市民自身が努力していけばいいのだ。
さて行政にはふたつの側面がある。ひとつは市民に対して公平中立なサービスを提供する役所という面。もうひとつは政治家である相模原市長によって統制されている、政治的な機関という側面である。
後者の面では毅然として対決しなければならない点もあるが、前者の面ではむしろ友好的に話し合いをしてきたい。
今回政治家でありながら「市民フォーラム」の会員になることを一瞬躊躇したが、仲間の皆んなからは、だからこそ入るべきとの前向きのご意見を頂いた。
この「市民フォーラム」と通じて、真のパートナーシップを築いていけるよう頑張っていきたい。また県政を志す私にとって、市政に関与できる貴重な場にもなるだろう。
| 2006年04月08日(土) |
普天間基地合意は一つのモデル |
沖縄普天間基地移設について、政府と名護市が合意した。在日米軍基地縮小論者の私としては思うところもあるが、国と地方が話合いの結果として合意に至ったことは評価している。
最近、政府・国会議員・その他に対して頭にくることが多かったのは、結果よりもその態度についてだ。相模原市内の基地についても言える。安全保障は政府の仕事だが、結論を出すまでの意見聴衆は自治体に対してもっと丁寧にすべきだ。
民主党新小沢代表は立候補の演説で「地域主権」という言葉を使った。政治家は�狠亙�分権�瓩鬚茲�使うので印象的だった。青年会議所(JC)ではかなり以前からこの言葉だ。
「地域主権」という言葉はとても思い。現在の国の仕組みを根本から変えることだからだ。主権を担うべき地方が自ら気合を入れるのは当然だが、国も既得権益を捨てる勇気を持ってほしい。そして姿勢も大切だ。
小川相模原市長がいつか飲みながら言っていた。「霞ヶ関の省庁に要望に行くと、30代そこそこの係員が出てきて書面だけ事務的に受け取る。えっとどちらの市長さんでしたっけ?という感じだ。国は地方をばかにしている。」
私自身同じような体験をしたことがある。上下関係ではなく役割分担だと言うのなら、それを態度に示していくべきだろう。これは政府のみならず、広く野党も含めた永田町関係者にも言えることだ。
最後に改めて名護市長をはじめとする自治体関係者と、額賀防衛庁長官をはじめとする政府関係者の労を大としたい。合意形成を進化させることが、民主主義をより良くしていくことだ。今後のモデルのひとつになるだろう。
| 2006年04月07日(金) |
珍しく石原都知事に賛成 |
朝の街頭演説は上溝バス停でやってみた。結果やはり駅の方がいいと思う。何事も経験だ。
石原慎太郎東京都知事とは余り意見があわない。しかしながら昨日の発言は全く同感だ。文部科学省が小学校の授業に英語を必修にしたことを「ナンセンス」と言ったのだ。
英語を学ぶこと自体に反対ではない。しかしながら日本語の伝統が失われ、よく意味もわからず外来語が使われている現在、一方で国語の習得を充実しないと何が共通語かよくわからなくなってしまう。
石原慎太郎氏とは互いに宿敵であるジャーナリストの本多勝一は、意味の点検もすることなく外来語が増えている状態を「言語帝国主義」と揶揄したことがある。
確かに職業別電話帳を�爛織Ε鵐據璽賢瓩噺世辰燭蝓▲▲ぅΕ┘�順を�爛魯蹇璽據璽賢瓩噺世Δ海箸覆匹蓮∨寨茲慮斥佞茲蠅皸嫐�がわかりづらくなっており、今でも「タウンページってどっちだっけ?」と聞く姿も見受けられる。
行政もそうだ。保健センターの�爛ΕД襯優広瓩筺⊇�性センターの�爛愁譽ぅ罩瓩覆匹蓮∨榲�の名前の方が意味がわかかりやすい。つまり愛称の役割を果たしていないのだ。「ソレイユ?どこだっけ?ああ橋本の女性センターのことね。」という具合だ。
そして更にナンセンスな理由がある。英語を学ぶことと、国際性を高めることはイコールではない。もちろん一部ではあるだろうが。言語よりも学ばなければならないことはあるだろう。
英語という言語がどの民族によって形成され、どうやって現在のように広まったのか、その地理的関係や歴史をあわせて学ばないと国際性とは言えまい。
以上。少し厳しい意見かもしれない。今でも小泉総理が国連総会で英語で演説する姿は違和感を感じる。ひとつは何故日本語でしないのかという思い。もうひとつは英語が出来ても、外交は失敗しているではないかという思いである。
英語の必修は中学校からで十分と思う。むしろ総合的学力低下の原因となっている基礎的国語や算数をしっかりした方がいい。
昨日は都内に泊まりのため、朝駅頭は行なわず。
昨日地元出身の歌手がディナーショーを開いたので、支援者の方と参加してきた。会場満員の人手だった。この方は会社経営者だったが、近いうちに歌手の方を本業にするとのこと。
今日も同じく地元出身の歌手の会がある。演劇をメインとして間に歌われるとのこと。支援者の方からチケットを購入した。この歌手は色々な所でお目にかかったことがある。
大規模なプロダクションでも付かない限りは、地元から営業して名を売っていくのが基本なのだ。政治もある種同じ部分があるだろう。
私は元々音痴なので、歌の優劣は正直わからない。しかしお二人の体からはプロ意識がみなぎっている。この姿勢に多くの方が共感しているのだろう。
政治もそうありたい。メール問題がここまで大きくなってしまったのは、永田氏の質問そのものではなかったと思う。この程度のことは何度もあった。しかし�爐海猟�度�瓩里海箸貌依匹靴震閏臈泙函△修譴魎遒鵑覇佑い討い觴�民党に主権者の批判が集まったのだ。
自らのプロとしての仕事とは何なのか、今一度真剣に考えてみたい。
| 2006年04月05日(水) |
民主党首選自分なら誰に |
朝は橋本駅へ行った。南口は3つ出入り口があり、小さい方で街頭演説を行なった。バスや自転車などで来る方が多い。私もかつて在学・在勤で使っていた場所だ。
昨今報道されている民主党代表選挙は、進め方に一部批判を受けているが、概して良い伝わり方だ。たかがメール問題で全党員が落ち込み、まだ結果も出ていない党首選で雰囲気がプラスに転じる。テレビ時代の良し悪しを痛感する。
通常の民主党代表選は一般党員にも投票権がある。つまり私も投票できるのだ。今回は例外なので(と言っても前回も前々回も例外だったが)国会議員のみが投票する。しかし政治家の端くれである以上、自分が投票するならどうするか、それを皆さんに明示する責任があるだろう。
正直難しい。菅直人氏は自民党との対立軸を明確に示せる数少ない議員だが、いかんせん過去2度党首をつとめ、結果政権はとれていない。小沢一郎氏はその意味で民主党党首についたことはないが、かつて新進党党首のとき総選挙で惨敗した。またいわゆる‘アレルギー’が私の中にも多少だがある。
すると第三の候補というわけだが、20名の推薦人を集められるかどうかというレベルでは、かえって党内を混乱させるだけかもしれない。名前が出ている末松義規氏は、かつて伊藤達也代議士の秘書を一緒にしていた知己だが、今後に期待というところか。
他にも多くの要素を考えた結果、現段階で投票するらなば「小沢一郎」と書くだろう。だた昨日の記者会見を聞くと、詳細な政策や党運営については7日の所信表明で明らかにするそうだ。それもよく聞いてみたいと思う。
さて挙党体制とは何だろうか。バラバラだとよく言われるが、それは自民党も大して変わらない。党内で議論が行なったり、結果グループが出来たりするのはしょうがないと思う。
大切なのは、その違いを隠さずに明示すること。そして政治家ならば個人の感情ではなく、あくまで政策で対立すべきことだろう。小選挙区制度の現在、そう簡単に党が崩れるとは思っていない。しかし国会議員たちの話を聞いていると、かなり危険な状態にあるという話もある。
残念ながら地方レベルでは何も出来ない。ただいつかも書いたが、民主党国会議員は目を覚まして頑張って欲しい。民主党は積極的党員よりも、潜在的支持者に多く支えられていることを忘れずに。
| 2006年04月04日(火) |
北朝鮮旅行記�ず能�回・公安 |
朝は相模湖駅頭で街頭演説。ビラ配りもする。
さて北朝鮮旅行記も最終回だ。あくまで観光旅行だったが、余り人に話してこなかったのは、今日記載するいくつかの出来事があったからだ。
最終日の歓送宴が終わると、旅行者の一部がひそひそ話しを始めた。上のバーに�狠�か�疝茲襪蕕靴ぁ3Г鵑覆撚颪い帽圓�ことになった。�狠�か�瓩六笋燭舛鵬颪Π戮縫曠謄襪泙罵茲襪修Δ澄�
�狠�か�瓩箸蓮�よど号ハイジャック事件の犯人たちだ。この時書いたメモには「小西・安倍・赤木」とある。私がテーブルを囲んで数人で話したのは「赤木」だ。
「赤木」は大阪市立大在学中の22歳のときに、ハイジャックに参加(?)し、その後ずっと北朝鮮で暮らしている。以前は好待遇だったそうだが、最近は北朝鮮政府からの援助金が大幅に減ったと言っていた。
その結果生活費を稼ぐために自分で本を書いて、私たちのような日本からの旅行者に売っているのだ。率直な体験談なら面白そうだと思ったが、北朝鮮内で販売ているのだから‘率直’であるはずがない。買わなかった。
政治がらみの話は余りしなかったが、この時中断していた日朝国交回復の交渉について、「赤木」は北朝鮮政府と同じようなコメントをしていた。
ハイジャック自体は法律上はそんなに重い罪ではない。しかし最近拉致に関係していたことが明るみに出たので、彼らも簡単には帰国できないだろう。
さて帰り際にある旅行者が「週刊ポスト」を同行のガイド(監視員)に渡した。ガイドはすかさずスーツの中に隠した。日本の新聞や雑誌は禁じられているので、見つかればこのガイドは罪に問われる。安易にこういうことをする旅行者の見識が疑われる。
またツアー中もガイドや現地の人に、北朝鮮政府に対する批判をして、挙句にコメントを求めている旅行者もいた。そんな質問に答えられるわけもないし、第一現場の人々に言ってもしょうがない。国際的旅行マナーに反する行為だ。
帰りの出国審査はスタンプを押した紙を返すだけだ。この旅行は日本の出国スタンプはありながら、北朝鮮に入国した記録がパスポートにない。平壌を離陸すると1時間半で名古屋空港だ。近くて遠い国とはよく言ったものだ。
後日談がある。自宅に公安から電話があった。公安調査庁か公安警察かは、あえて聞かなかった。北朝鮮旅行の内容について聞かせて欲しいとのことだ。数日後に会って聞かれたことに全て答えた。別に隠しごとはない。
ツアー参加者全員をまわっているそうだ。ご苦労なことだ。私は市議だったからかソフトな対応だったが、過去に左派系の政治活動をされてた方などは、もっとじっくり聞かれたのだろうと推察する。
更に後日談だ。朝鮮総連の神奈川県央支部から新年会の案内状が来た。最初は議員だから来たのかと思っていたが、同僚に聞くと私だけのようだ。恐らく北朝鮮旅行をしたからだろう。
在日朝鮮人の皆さんとは友好関係でありたい。こういう会にも参加したい意思はある。しかし現状で行ったとしても良いムードにはならないと思い遠慮した。その数年間案内は続いたが今は来ていない。
北朝鮮の内情について、旅行者でもはっきりとわかることがある。金日成と金正日の扱いは違うのだ。金日成は既に死去していたが、報道されている通り神様扱いだ。しかし金正日は政治家としての扱いだ。金正日が格下なのが随所に見受けられる。この国はそんなに長くもたないと思った。
しかしそれから10年弱になるが体制は崩壊していない。ナチス宣伝相ゲッペルスは「大きな嘘ほど国民は信じる」とうそぶいたが、この原理を徹底しているのだろう。
私は違う哲学を持っている。「少人数を長くだますことは出来るかもしれない。大人数を短くだますことも出来るかもしれない。しかし大人数を長くだますことはできない。」
偽札や麻薬まで始めてしまった以上、もはや経済制裁は致し方ないと思う。日本が制裁をすることは、アメリカの金融制裁の比ではない。言われているより大きな圧力をかけることになる。
但し戦争は絶対にしないという前提は持ち続けなくてはならない。
早朝から昨日の片付け。駅頭は行なわず。
次期党首に小沢一郎氏を推す声が高まっている。民主党国会議員だけでなく、世論調査でも同様だ。
以前菅直人氏が辞任した際も小沢氏の名前が出たが、結果大したことのない理由で辞退した。前回の総選挙で敗れたときも、岡田氏後任に名前が上がったが辞退した。今回前向きなのは小沢氏なりの危機感と、最後のチャンスとの思いもあるのだろう。
かつての新進党解党については納得していないが、過去のことを言っていても前進はない。党の存亡自体が危うい今こそ、文字通りの挙党体制が必要だ。その意味で小沢氏には頑張ってもらいたい。
著書「日本改造計画」は今でも愛読書だ。自由ある福祉国家の建設を目指すという私の理想と共通する内容だ。小泉総理と対等に党首討論が出来るだろう。
小沢氏がなった場合でも9月までの任期だが、常識的に考えて今回決まった党首は続投だろうから、次期統一地方選挙は小沢党首のもとで戦うことになる。
| 2006年04月02日(日) |
まつりに税金投入はどうか |
今日も桜まつりだ。出店する団体は全て、まつりを運営する為の協力をする義務が課せられる。私も約1時間半くらい警備をした。雨だったのでキツかったが、一方嬉しい気持ちもあった。
何故か。かつて青年会議所で「今後の桜まつりについての提言書の作成」という役割を担ったことがある。結果今後のまつりの方向性は�犹毀閏臚海里泙弔雖瓩鳩誅世鯢佞韻拭�
意味はふたつある。まずまつり通して市民同士が交流するためには、単に店で酒を飲んでいるよりも、運営そものもを一緒にした方がいいとのこと。もうひとつは、まつりに大勢の市職員や税金を投入していいのかという、議員(当時)としての思いもあった。
相模原で現在やっているまつりには「官製」もある。地域も参加しているが、行政抜きでは実施できないまつりだ。最近その類が増えている気がする。
地域住民が行なうまつりを、後ろから支えるのはいいと思う。まつり自体がまちづくりにとって意義ある場合、限度はあるが許されることだ。しかし役所が音頭をとるのは趣旨が違う。
税金の使い道を点検するとき、
�,笋蕕覆韻譴个覆蕕覆い海� �⊇侏茲譴个笋辰進�がいいこと ��やらなくてもいいこと。
この三つに事業を分類していくのだが、まつりは�△貌�るだろう。
| 2006年04月01日(土) |
綿アメとホース巻きは一緒 |
今日明日は市民桜まつりだ。かなりの範囲を歩行天にしているが、それでも歩行者渋滞するくらい大勢が集まる。
実行委員長を青年会議所理事長がつとめていることもあり、毎年JCメンバーは大勢で参加する。自分自身が所属している団体もあるし、お世話になっている団体も多く店を出している。
さて今回は支援者のご好意で名誉会長の称号を頂いている、「戦舞会」という空手(ムエタイ)の団体で初めて出店した。売るのは綿アメだ。
何度かやってみたがコツがある。つくり方は簡単で、機械のなかに出てくる綿状のアメを、割り箸に巻きつけるのだ。しかし最初はしっかり巻きつけないと、大きくなるにつれまとまりがなくなってしまう。
実は消防団のホース巻きも全く同じ原理だ。最初だけしっかり巻いておけば、中盤以降は流れでスイスイといける。
プロの露天商も綿アメを出していた。じっと見てみるとやはり上手だ。ザラメ(材料の砂糖)は少ないのに完成品は大きい。やはりどんなことでも経験から来るノウハウはあるものだ。
| 2006年03月31日(金) |
北朝鮮旅行記��38度線 |
朝は別用のため駅頭は中止。
北朝鮮の妙香山は景勝地と言われているが、実際は特に変わった山ではない。ハイキングコースがあるから観光地になっているのだろう。山のふもとに国際ホテルがある。平壌に比べるとかなりランクは落ちる。
1Fにバーがあり行って見ると、バスの運転手さんが一人でくだを巻いて飲んでいる。これはいい機会と隣に座ったが、そそくさと部屋に帰ってしまった。カウンターにいたバーテンも余り話してくれない。外国人と不必要に接することは好ましくないのだろう。
この地では「普賢寺」という仏教寺院にも行った。旅行者に対して「北朝鮮にも信教の自由があるのだ」とアピールするための施設だ。元々思想信条の自由はないのだから、当然現地信者の姿は見えない。ただ坊主のみいるだけだ。
他にもばかばかしい施設があった。「国際親善展覧館」だ。お城のような立派な建物が2つあって、ひとつは金日成、もうひとつは金正日用だ。これは彼らが諸外国から贈られた貴重品が保存展示してある。つまりは博物館だ。
大分時間をかけて見学したが、大したものはない。日本からの贈り物は、�(疹蹐離船絅船Щ彖枦磴鯡呂靴臣狼綉掘米�本・大日貿易株式会社および船舶「大日丸」船員一同)、��五重の塔の模型(衆議院議員・・・何故か名前はない)�D瓩粒櫃閏粥米�本船舶「東陽丸」金日成社会主義研究会会長)だった。記録ミスで他にもあったかもしれない。
平壌に戻った。遊園地のあるモランボン公園や、シャンデリア付きの地下鉄駅などを見た。後日数人でホテルを“脱走”し散策したが、そこで見た地下鉄駅は普通だったから、見世物専用の駅をしつらえているのだ。「平壌地下鉄」という立派なパンフまでもらった。
小学校にも行った。それぞれの机にパソコンが設置されている。そんなはずないだろう!と皆思うが、これが‘ショー’であることは知っている。野暮は言わなかった。体育館で子どもたちが歓迎の踊りをしてくれた。これは嬉しかったが、素直に喜べないのはマスゲームを連想するからか。
夜はサーカスを見学した。会場は大きな演劇ホールで、観客のほとんどは北朝鮮軍人だった。周辺に聞くとかなりハイレベルらしい。
さて翌日は板門店(38度線)だ。かつて韓国側から行ったことがあるが、その際向こう側に北朝鮮の施設と軍人が見えた。言い知れぬ不気味さと興味を覚えたものだ。
せっかくなので板門店(38度線)について、韓国側と北朝鮮側とがどう違うのか書いてみたい。
一、誓約書 ・・・韓国側は参加者全員に、「戦地なので死んでも文句言わない」というサインをさせられる。北朝鮮側では何もない。
一、昼食・・・韓国側は米軍施設内レストランで下駄ステーキを食べる。北朝鮮側にはない。
一、見晴らし・・・北朝鮮側の方がいい。高台から停戦ラインと向こう側がよく見える。
一、雰囲気・・・意外にも北朝鮮側の方がのどかだ。北側の方が兵員配置は多いはずだが姿は見えない。韓国側は戦車があったり軍人の部隊が走ったりしている。また韓国側では終止軍人付きの行動だが、北側は集合時間を決めて自由に散策できる。
一、38度線上での対応・・・南北境界線上の会議場などは同じように入れる。「今南側から人が入っているので待ってください。次は北の番ですよ。」という感じだ。
一、写真・・・これも意外なことに北側は一切規制がない。一方韓国側は規制が多い。
一、相手国への批判・・・韓国側は、対岸にある北朝鮮の村について(立派な建物で平和村と言う)「実際は人が住んでいない見世物だ」と批判する。北側では「南はそんなことを言っているようだが、実際住んでいるのだ」とくる。この地でおこった�爛櫂廛藥�件�瓩砲弔い討皸磴Ω�解を言い合っていた。
板門店(38度線)は北側は無論のこと、南側も韓国民は行く事ができない。外国人旅行者専用のツアーなのだ。韓国ソウルの飲み屋で知り合った人に「板門店に行ってきた」と話たら、興味深そうに「どうたった?」と聞かれた。
帰りに開城で博物館見学(ここはきちんとしていた)をした。ここでは多少の自由時間があったので、ダッシュで出来るだけ遠くに言った。するといわゆる一般民家があり、普通の市民が生活している姿があった。しかし帰国後あるジャーナリストの北朝鮮滞在記読むと、一般の街なみという写真があった。まさにこの場所だった。北朝鮮の手の平ということか。
再び平壌に帰った。最後に「歓送宴」が催されたが、この後不思議な事件が起こる。それは次回。乞うご期待!
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