てらさき雄介の日記
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2006年03月25日(土) もし共産党がいなければ

過日の堺市長選挙(日記9/25〜10/2に記載アリ)に立候補した森山浩行氏が来相した。相模原まで来たのは他ならぬ私が呼んだからだが、元々横浜市長選挙の応援予定があったとのこと。

さてその選挙だが、現職の再選はほぼ確定的だろう。何せオール与党対共産党だ。4年前のあの熱狂が嘘のようだ。しかしそれでも選挙を行なうことは大切だ。

今回支持率の高い現職に対し、候補者を擁立したのは共産党のみだ。オール与党対共産党の構図で行なわれる選挙は、全国の首長選挙では非常に多い。各党・各会派が対決する議会の選挙とは違っている。

昨年の相模原市長選挙のときにも散々書いたが、このオール与党の構造こそが、日本の地方自治を停滞させ、結果選挙の定投票率も生んでいるのだ。

もちろん地方自治だから、全国すべての地域にあてはまるわけではないが、選挙を行なっている以上は候補者はたくさん出た方がいい。また少なくともその地域に根を張ろうと思う政党は、積極的に候補者を擁立すべきだろう。

もし共産党が候補者を擁立しなければ?結果無投票当選する候補が非常に多いはずだ。選挙自体が行なわれないのだ。しかも最も権限のある首長の選挙においてだ。

自分も経験したことだが、選挙に敗れたときのダメージは大きい。候補者も政党も、何よりも応援して下さった支援者もだ。共産党だって大半は負けだから、都度多少のダメージは受けているだろう。それでも候補者を擁立していることについては、思想信条の違いを越えて敬意を表したい。

しかしオール与党対共産党では、どこまで行っても信任投票の域を出ない。今回の横浜市長選挙の結果も、恐らくは圧勝だろう。

そこで民主党の役割は大きい。二大政党を標榜するなら、基本的には全ての選挙に候補者を擁立すべきだろう。ましてや主義主張が違う首長候補まで、他党と相乗りしている姿は情けない。

来年の県議選と同日には県知事選挙が行なわれる。神奈川は幸い知事が民主系だから、ここでは自民の皆さんが候補者を出してくれることを期待している。それともあれだけ批判している知事に相乗って来るのだろうか。

以上の通りだが、今回の横浜市長選挙で党が支援した現職は、応援するに足る候補だ。元々民主党推薦の代議士だったし、行政改革の方向性も正しい。次の任期に期待している。


2006年03月24日(金) 藤井裕久先生と 番外編

矢部南口で朝駅頭。風が冷たい。

昨年9/14〜9/22の間に「藤井裕久先生と」と題し、この日記で藤井先生との思い出を書いたが、その番外編だ。

読売新聞に“時代の証言”という連載がある。現在執筆しているのは、元内閣官房副長官の石原信男氏だ。旧自治省の出身者である。現在も地方自治に関わっていて、先日の合併記念式典にも来賓として参加していた。

内容は戦後の地方自治の変遷についてだが、非常に興味深く読んでいる。昨日は「地方交付税と赤字国債」についてがテーマだった。

時は1970年代。オイルショックで税収が急減し、特例公債(赤字国債)を初めて発行した時の記載がある。そこに藤井先生の名前があった。


〜以下抜粋〜

 75年度になると、景気は完全に失速します。補正予算を組む秋の段階で、国も地方も当初に見込んだ税が入ってきません。

 国が大量の赤字国債を発行するのはこの時です。地方交付税も予定していた総額が確保できません。

 「どうしようか」と、大蔵省の地方財政担当の主計官だった藤井裕久さんが私の自宅を訪ねて来ました。細川内閣で大蔵大臣になる元・民主党幹事長の藤井さんです。

 2人で相談した末、緊急策として、地方交付税の不足分を国と地方で借金をする案をそれぞれの上司に提案しようということになりました。

 結局、これが実現するのです。

〜以上抜粋〜


実はこの話を藤井先生から直接聞いたことがある。いつ何の機会だったか覚えてない。赤字国債否定論を述べた私に対して、その通りだと頷きながら参考のためにと当時の経緯を話されたのだ。

二度にわたるオイルショックを回避すべく、その名の通り‘特例’で発行された国債だった。そして当時の政治は自制し、1980年代には財政再建を行い、残高は確実に減っていく。

再び赤字国債が台頭したのは、記憶も新しいバブル崩壊以降だ。景気対策という名目で大量発行された。この記事にもあったが、現在残高は52兆円にもなる。しかも結果景気は回復していない。

政治は柔軟でなければならない。当時藤井先生たちが赤字国債を発行したことは、判断として誤りではなかったと思う。しかし‘特例’であったものを日常的にしてしまったのは、今の政治を覆っている惰性そのものだ。

先人の智恵をより良く発展させることは大切だが、曲解し悪用してはいけない。


2006年03月23日(木) 横浜市長選挙事務所訪問

原当麻駅北口で朝駅頭。

横浜市長選挙が行なわれているが、党支援候補(候補者の希望により推薦などの機関決定はしていない)の事務所を訪問した。期間中なので例によって候補者名は書けないが、ご推察頂けると思う。場所は関内馬車道の県立歴史博物館前だ。

構図は政党相乗りで特に面白くはないが、学生時代からの友人が2名常勤しているため、まさに陣中見舞いという感覚だ。また相模原でお世話になっている方から、この候補者のマニフェストを頼まれていたこともある。

帰りの電車のなかでそのマニフェストを読んだ。国政選挙のマニフェストや、あるいは首長選挙でも新人の場合は、時として言いたい放題のマニフェスが散見される。しかし現職横浜市長となればそうはいかない。数値を入れたものについては、次の任期で必達しなければならない。

つまりここに書かれていることは、今後4年間で実現される見通しということだ。非常に興味深く読んだ。そして内容には多くの点で革新的提案があった。

特筆すべきは「複数年度予算の編成」だ。かつて市議時代に同趣旨の一般質問をしたことがある。しかしこの時は、複数年度予算つくること自体は不可能と考えていた。あくまで単年度予算の弊害を指摘し、その対策を提案したのみだった。

兆の単位である横浜市予算を複数年度で編成することは、全国の自治体に良い影響を与えると思う。何故なら元々政令市は国からの支援が大きい分、不安定で予測が難しいのだ。また予測と違ったときのズレも、規模が大きい分当然巨額になる。

但し財政法の規制で本予算化は難しいだろうから、中期目標を定めた指標というところだろう。それでも画期的だ。そもそも単年度でやり繰りすることの方が無理があるのだ。

他にも多くの項目が公約としてあったが、横にそれにかかる予算も例示してあった。「○○を実施します・・・△△円」という具合だ。その数字を見ると、百億単位もザラだ。明らかに相模原市とは規模が違うことを実感する。

前原党代表が政令市選出の県議不要論を述べた。せっかくなので意見を書こう。数年前に地域コミュニティ誌“アゴラ”からアンケートを受け、その中に同様のテーマについての問いがあった。ここにもはっきり答えたが、私は前原代表の考えとは違う。

政令市選出の県議がいらないという発想は、県議が自らの選挙区の仕事を中心にするという前提に立っている。しかし県議は県全体のことを考えるのが仕事で、横浜市☆☆区選出の県議だから☆☆区のことだけやるわけではない。

もし現状が☆☆区のことのみやっているなら、そのあり方の方を変えなくてはならない。また政令市の市民も、他と同じく県民税を納めているわけだから、その使い道についてチェックする権利があるのも当然だ。

ただし現在の政令市と県の関係が、このままで良いとは思わない。政令市にも色々あるが、横浜のような市は県から独立してしまえばいいのだ。これは暴論ではなく、昭和31年に政令市を創設するときには、この意見少なくなかったと聞く。しかし都道府県制度を根本から変えることになるため、政府が及び腰になったそうだ。

先日の合併記念式典でも、「自立都市」という言葉が簡単に出ていた。もちろん相模原市も神奈川県もそれを目指すべきだが、困難な壁をいくつも越えていかなくてはならない。日本一の横浜市ならば出来るということを、全国のモデルとしてどんどん実行して欲しい。





2006年03月22日(水) 津久井総合事務所と本陣

橋本駅南口で朝駅頭。

NPO法人さがみはら市民会議の取材で、相模原市役所津久井総合事務所(旧津久井町役場)を訪問した。看板やネームプレートなどは相模原バージョンに変わっていた。見渡しても知っている顔はいなかったので、職員の移動は最小限にしたのかも。

旧津久井町の市民活動について情報が欲しかったのだが、直接の担当者は移動後のため資料と概略のみ聞いた。市民活動支援については、基本的に市役所本庁に仕事が移るらしい。

相模湖総合事務所にも電話してみたが、こちらはそもそも市民活動支援の施策を、特には採っていなかったようだ。相模湖在住のNPO法人のみ教えてもらった。

お話を聞いてみると、総じて混乱している印象を受けた。合併直後なので致し方ない面もあるが、福祉や教育分野などを考えると心配もある。これも普段言っているところの、編入する側(旧相模原市)の責任だ。

さて以前からの知人を訪ねて相模湖へも行った。せっかくなので、合併記念式典でも紹介されていた、「小原宿本陣」に寄ってみた。本当に古い。歴史的価値がある。大名宿と言っても質素なものだ。

その後近くの記念館にも行った。ここは「小原の郷」と言って、表看板はきちんと‘相模原市’に変わっていた。小原宿と甲州街道の歴史が解説してあり、民芸品なども置いてあった。

今晩の後援会会議で初めて支援者の方に、選挙区に津久井も入ることを報告する。本当に不安だがやるしかない。でも今日も行ってみて思った。本当に津久井が好きだ。


2006年03月21日(火) 祝・野球世界一

野球が世界一になった。素晴らしいことだ。印象的だったのはイチローだ。勝ったときも負けたときも、日本人むき出しでコメントしてくれたのが嬉しい。次回は松井もしっかり出なさい!

WBCはアメリカメジャーリーグの企画だ。アメリカの野球も人気に不安があるそうだが、その対策を世界対抗戦に求めたことはアメリカの良い部分だ。感謝したい。審判の問題などでクレームもついたが、勘弁しなければなるまい。

最近スポーツの国別対抗が盛んだ。普段は国境なきプロの世界で、時としてこういう形の試合をすることは、ナショナリズムを煽ることとは違う。韓国やキューバの世界的な選手の顔を知っただけでも、私にとっても意義深かった。国際親善だ。

日本は野球のみでなく、サッカーも既に世界レベルだ。アマチュアが基調のオリンピックでは以前から良い成績の種目もあったが、どちらかと言うとプロスポーツでは遅れをとっていた。これからは他のプロスポーツもどんどん世界へ出て欲しい。

ただ残念ながら日本はプロスポーツが育ちにくい。アマチュアで甘んじているキラいがある。しかしやはりプロとプロのぶつかり合いほど、見ていて面白いものはない。

スポンサー企業にのみ変化を求めるのは酷かもしれない。もっと私たちもスポーツのプロ化に資金提供すべきだろう。プロとはイコールお金儲けではないのだから。

とにかく世界一は目出度いことだ。

















2006年03月20日(月) 合併記念式典の感想

相模大野駅で朝駅頭。

相模原市・津久井町・相模湖町合併記念式典に参加した。どなたでも参加可能だが、合併協議会ビジョン検討委員として一応ご案内を頂いた。

場所 相模原市民会館ホール
時間 午後3時より

一、相模原市民交響楽団によるオープニングコンサート

(→初めて聞いてが素晴らしかった)

二、新相模原市紹介ビデオ上映

(→それぞれの町を並立で紹介しただけで内容が融合していないのが残念)

三、式典

1、開会のことば

2、相模原市長式辞

3、相模原市議会議長式辞

4、総務大臣よりの表彰(代理桜井政務官)

5、表彰者代表よりの挨拶(天野前津久井町長、溝口前相模湖町長より)

6、相模原市長よりの表彰(合併協議会委員に対して)

7、来賓挨拶(桜井総務大臣代理、松沢神奈川県知事、石原中核市長会相談役、赤間衆議院議員、田村県議会副議長、桐生相模原市選出県議代表)

8、来賓紹介(主に県内国会議員と市選出県議会議員)

9、閉会のことば

以上だった。全部で約2時間だ。想像よりも淡々と進んだのは、やはり編入合併ゆえか。また議論の時間が短かったこともあるだろう。しかし津久井・相模湖の皆さんには格別の感慨があったのかもしれない。

主催者や来賓の挨拶でそれほど面白いものは無かった。もちろん式典なので奇をてらうのは邪道だが、もっと率直な言葉を述べる政治家がいてもよかったと思う。

唯一のノー原稿は石原信男氏だ。さずがと言う他ない。大手新聞に現在地方自治の変遷について記事を書いており、それと関連して含蓄のある話だった。

さて主催者側が「藤野・城山」の名前を一切出さなかったのは、慎重すぎて変だと思った。しかし神奈川県知事が挨拶の中でサラッと触れてしまったことが、後で県議会で問題にならないか松沢シンパとして心配になった。知事らしい。

また既に合併を県に申請している藤野町、そして推進派の新城山町長も来賓として呼ぶべきではなかったか。先日の城山町長選出陣式の日記にも書いたが、相模原市の対応がクール過ぎる気がした。

以下は私が民主党員だから言うのではないが、お二人については厳重注意したい。相模原市の大切な式典なのだから、もっとしっかりお願いしたい。

まず桜井総務政務官だ。総務省官僚の原稿を読んでいることは、最早言っても仕方ないことだが、その原稿や賞状自体を何度も読み間違えたのは、さずがにどうかと思う。

次は赤間衆議院議員だ。選挙で負けておいて言うのは大変恐縮だが、市内選出唯一の国会議員として、私も党派を超えて期待している面もある。もっとしっかりした話をして欲しい。心がけて多少のトレーニングをすれば良くなるはずだ。

相模原市長はやはりお体の調子が悪いらしい。しかしあの執念については脱帽だ。結果1市4町の合併が実を結んだことは、来賓の祝辞にもあったが市長のリーダーシップがあったと思う。政治家に必要なタフさを学ぶことが出来た。

市内選出県議会議員で共産党と、市民の党が欠席だった。もちろん他用があるわけではなく、政治家としての考え方で欠席したと推察する。この両名は県議会本会議で確かに合併に反対した。しかしはっきり言って大人げない。今後のまちづくりをする責任ある立場を理解すべきだ。

さて総務大臣表彰があったのにはいささか驚いた。やはり今回の合併は国策だったのだ。しかし相模原市の将来にとって間違いだったとは思わない。これからに全てがかかっているのだ。

1、経費削減
2、広域行政

この二点が合併のメリットだ。この双方についてしっかりと結果だ出せるようチェックしていきたい。






2006年03月19日(日) アジア合作は嬉しいこと

最近アジア合作映画が多い。新作「スピリット」もそうだ。今日橋本ムービックスで最後の会(21:30開始)を見た。製作やスタッフは中国(北京)がメインだが、日本からも俳優などが参加している。

まず映画評を書こう。面白かった。途中失意のうちに主人公が行くのは雲南だろうか。目が不自由な娘さんを演じていたのは良い俳優だ。広い中国の規模は凄い。

最後主人公は勝利して再びそこに戻るのかと期待したが、不幸な結末だ。映画のシーンであっても、日本が欧米と一緒に中国への侵略をしていたのが残念でならない。

さて先日見た「プロミス」も、作品自体は前評判ほどではなかったが、合作振りは凄いと思った。これは中国と言っても香港資本だが、日本と韓国からも俳優とスタッフが参加していた。

さてアジア合作で何を撮るか、製作会社も苦しい面があるだろう。上に書いた二つの作品は象徴的で、異なる国で合作すれば、結果それぞれの国が交わる歴史物か、あるいは何でもありのファンタジーが多くなるのだ。

しかし出来れば現代劇を創って欲しいと思う。現在こそ多くの国々が交わる時代だ。しかもアジア同士は文化だけでなく、日々の暮らしでも多く関わっている。

では何かと言われても、私の芸術センスは過少だ。視聴者として映画ファンとして今後に期待している。そしていずれは世界合作の時代になることも。





2006年03月18日(土) 部長最後のつとめ

消防団の部長も3月末日で終わりだが、今日は最後の‘つとめ’新旧部長研修があった。横山の中華料理屋さんで開催され、来年度の部長からそれぞれ自己紹介もあった。

津久井との合併に関連して分団役員から話を聞いた。相模原市消防団は4月1日以降「相模原市相模原消防団」と名称変更される。ちなみに「相模原市津久井消防団」と「相模原市相模湖消防団」も出来るわけだ。

相模原市の減数約700名に対して、合併する2町だけで約1000名の団員がいる。あくまで市長を指令官とする非常勤公務員の組織だが、役所が合併するからと言って、すぐには一緒になれない事情もあるらしい。

都市内分権が進んでも、消防業務は一括するほうが効率的と思う。消防団も完全合併することが望ましい。もちろん焦る必要はない。方向性だけしっかりおさえておけばいい。

明日も早いので2次会の途中で失礼したが、一年間新しい皆さんとの親交も出来て楽しかった。


2006年03月17日(金) 卒業式は誰のために

今日は母校明八中の卒業式に出た。高校卒業式に出たことは先日も書いたが、中高一貫だが卒業式は別々にする。

4月から同じ校舎の高校へ通う生徒がほとんどだから、それほど感動的な雰囲気ではない。どちらかと言えば、後ろの親御さんの方が涙を流している。

かつて市議として地元小中の卒業式もたくさん出たが、どれもなかなか感動的だ。卒業生代表が送辞を読むところはジーンと来る。

しかし振り返って自分が生徒の時代、何度か出た卒業式で感動したことがあっただろうか。友人の中には泣いている人もいたが、自分はこれからのことを考えワクワクはしても、思い出に浸るようなことはなかった。

卒業式に参加している生徒・教師・親御さん、果たして卒業式は誰のために行なわれているのだろうか。

「社会に出ればこういう式にも出なければいけない」ことを最後に教えるためにやっているのかもしれない。あるいは最近私も必要性を実感している“節目”を再認識してもらうためかもしれない。

原行に否定的なわけではないが、生徒に卒業式を司る実態がない以上、大人が常に良い式にしようと自問自答することは必要だと思う。


2006年03月16日(木) 駅頭は気分良し

駅頭をやっている。起きるとき眠いのが辛いが、駅まで辿り着くと楽しくて、あっという間に時間が過ぎる。

朝イチで仕事をすると、一日気分が良い。そして夜8時から9時くらいには眠気が襲って来る。これも健康的なことだ。

駅頭のスタイルは人によって様々だ。私はひたすら話し続ける。ビラを配ることをメインにしている人もいる。最近ではピンマイクで話しながら自分でビラを配る器用な人もいる。

駅頭を通る皆さんは朝なので忙しい。しかし話を聞いてないと思ったら大間違い。しっかり聞いている方も多数いる。中には後日内容についてご意見を頂くこともある。

さて誰でも駅に立ち、好きなことを話せる。これは素晴らしいことだ。表現の自由が制限されている国が多いだけに、日本の民主主義をつくってきた先人に感謝したい。

民主党永田氏の国会での発言が問題になっている。民主党員としては改革すべきことがあることを痛感した。しかし議会での発言について、議員がどう責任をとるべきか。その議論の方向性を間違えてはいけない。

今後の党を考えると、永田氏には自主的に辞職してもらいたいと思うが、国会全体で懲罰にかける話をしているのは異常だと思う。多少大目に見ないと、言論の封殺にも繋がってしまう。

明日は橋本駅頭に立つ予定だ。


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