てらさき雄介の日記
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2004年09月23日(木) 花博へ行きました

藤井裕久代議士の後援会が主催する花博ツアーに、私の後援会でバスを一台仕立てて参加いたしました。

朝早くから参加いただいた皆様には感謝に耐えません。ありがとうございました。

藤井代議士も私たちのバスに数十分乗車いただき、「民主党がより身近になったと」と参加者の方から伺うこともできました。

花にあまり興味がないもので(すいません)、会場でもひとつの立派な公園として堪能した次第です。






2004年09月22日(水) 国民を必死に守る姿勢を持ってほしい

愛国心を育てようと国は言います。しかし国は国民を本当に愛しているのでしょうか。

イラクで人質事件が起きた時、政府内部に自己責任論が出たのは残念でした。どのような経緯があるにしろ、政府が国民の生命を守るべきです。例え無理でもその姿勢を必死で示すべきです。

アメリカでは、戦場に取り残された兵士を救出する部隊があります。その掟は“例え死体でも連れて帰ること”だそうです。

北朝鮮による拉致の問題だけでなく、多くの件で国が国民に冷たいと思うことがあります。

国民に対して冷たいのですから、他の国の人に対しては言うに及ばすです。残念です。

とりあえず、中国内で死線を彷徨っている脱北者を救出する努力をすべきです。そういう戦争責任の取り方もあるはずです。非人道的なことをした責任は、人道的は行為によって償われるべきです。

しかし国家というのは、ここまでして守らなくてはならないのかと、今テレビを見ながら北朝鮮と中国を見ていて思いました。

かくいう日本もです。もっと国民を愛する国でありたいです。

私は決してアナーキー(死語か)ではありません。念のため・・・。



2004年09月21日(火) 常任理事国入りは疑問

湾岸戦争くらいからでしょうか。あるいはそれ以前からか、外務省は国連安保理の常任理事国入りを目指して様々な交渉をしてきました。

総理の発言はじめ政治ベースで語られてきたことを見ると、既に事務ベースでの根回しは完了したということでしょう。

つまりこのままいけば、日本は常任理事国になるということです。

この問題は、国民投票にかけなくてはならないほど大きな課題です。

現行憲法の枠内ですると総理は言っていますが、ポイントはそこではありません。どうガードをしても、世界中の安全保障に関わっていかなくてはならないという責任が生じるのです。軍隊を出さないまでも、経済的に世界に進出している日本は否応なしに、様々な紛争により巻き込まれていきます。

例えばアメリカのように、世界情勢に積極的に関わっていくことを国益に結びつけられればいいです。しかしその能力が日本の政治にあるでしょうか。残念ながら心もとない状態です。

綿密な情報分析と、それを活かす能力なきまま常任理事国になることは、結果負担を大きくし敵をつくってしまいます。

政府は自信があるからやっているのでしょうが、疑問です。このテーマは既存の政党の枠組みではくくれません。意見を封殺することなく、喧々諤々議論すべきです。


2004年09月20日(月) 市民団体の例会に出席しました

NPO法人相模原市民会議の定例会に出席しました。入会して半年経っていないためか、討議の内容がピンとこなく、基本的にずっと聞いていました。

この団体は、市立市民活動サポートセンターの運営を受託している団体で、その他各種市民団体のコーディネートや交流などを自主事業として行っています、

当たり前ですが、こういう市民団体をやっている皆さんは完全ボランティアで、忙しい仕事の合間に活動しています。

市内の各種団体を見渡してみると、その活動自体がまちづくりに資している部分も大きいですが、より貴重なのはその活動を支えている各人の情熱です。

この情熱を有機的に結びつけていくことが大切です。

政治もそうですが、ひとりひとりの思いはプラスでも、集団になるとマイナスが目立つことがあります。

幸い相模原市においては、多くの市民活動は緒についたばかりです。これから良い方向に向っていけるよう頑張ります。


2004年09月19日(日) 性教育についての意見交換会

ご支援いただいている市民団体の方から呼んでいただき、意見交換会を開催いたしました。皆様の関心が青少年教育、特に性教育だったため、このテーマについての意見を申し上げました。

現在相模原市の小中学校では、年間3時限について、性教育をの時間をとることになっています。

内容を見てみると、小学校低学年の指導内容などは少し行き過ぎです。

また情報化社会のなかで、刺激的かつストレートな性情報に触れている子どもたちに、どこまで学校での教育が響いているかは疑問です。

性教育は、性に対する知識のみでなく、人間観や生命感あるいは倫理観ともに教育されなければなりません。

これは個々人によって価値観が異なります。

もっと社会のなかで議論を深めていく必要があります。

不勉強な分、今日の意見交換会は多くのことを学べました。








2004年09月18日(土) 60歳から65歳までの生活をどうするか

相模原地域大学公開講座で、雇用に関する講演を聞きました。詳細なデータを交えたもので、非常に勉強になりました。

個々人が生活に関して、自己防衛をしていかなくてはならないことと、企業と働く人の間にあるミスマッチの解消が必要との講師のご意見でした。

最後に是非質問したいと思ったのですが、時間切れでだめだったのが、60歳から65歳までの生活についてです。

言うまでもなく、60歳は企業の定年が多い年齢です。また、65歳は高齢者の入り口として、この年から様々な社会保障がはじまります。

この期間の生活を、どう社会的に考えていくかが大切です。

福祉の視点から現行の制度を充実していくことも必要ですが、それよりも既存の雇用形態を変えていくことも急務です。

正直いまだ考えはまとまっていませんが、更に勉強してまいります。


2004年09月17日(金) 懐かしい“ストライキ”の響き

プロ野球の労使交渉が決裂。しかし“スト”の響きは久しぶりです。

かくいう私の世代も、実体験としてはあまり印象が残っていません。鉄道会社や学校の先生がストをしていたことと、他の民間企業がストぎりぎりの労使交渉をしていたニュースをテレビで見たくらいです。

労働者にとって大切な権利である3権は保証され続けなくてはなりません。

しかし、ストという権利も労働基準法も、基本的に経営者よりも立場が弱いという前提で労働者を定義しています。

プロ野球の選手は、果たして球団経営者よりも立場が弱いでしょうか。記者会見の際にいじめられていた経営者は、少しかわいそうでしたね。まあ私は選手会古田の味方ですから致し方ないこととは思いますが。

アナクロ革新系のセリフかもしれませんが、仮に近い将来民間企業が“スト”を打ったときも、これくらいの理解をする国民でありたいものです。



2004年09月16日(木) ゴルフ、麻雀、選挙、とにかく争い

ゴルフには人間性が出る。
麻雀には人間性が出る。
選挙には人間性が出る。

それぞれの関心と体験によって言うことは違います。

そのこころは?

争いにこそ人間性が出るということでしょう。

最近争いをいたしました。詳細は控えますが、恥ずかしくて有権者の皆様に言えないのことだと理解してください。

しかし争いの中身はくだらなくても、結果が重要な意味を持ってしまうこともあります。

浅学非才は言うまでもなく、更に非力な我が身です。相模原を支配する守旧的な考えに敗れてしまいましたが、ひとつひとつの体験を忘れないように致します。

争った結果、多くの方の考えや、人間性の一端が見えました。有権者の皆様には全く関係ないことかもしれませんが、ささやかな私の成果です。

多くの子どもたちは、今の私たちを見ていて、「よし、将来政治家になるぞ!」となるでしょうか。

子どもたちの夢のためにと言って頑張っている、プロ野球選手を見ながら情けなくなりました。










2004年09月15日(水) プロ野球騒動についての意見

非常に大切な問題ですが、別件で腹の立つことが多かったため、意見を書くのが少し遅れてしまいました。

まずもって、プロ野球と私について。今はほとんど見ませんし、正直あまり興味もありません。それでも学生時代には、週1回位は神宮球場に見にいっていたものです。

当時杉並区方南町に下宿をしていました。ヤクルトスワローズのファンでした。野村監督、3番古田、4番広沢、5番池山、強かった時代です。

さて、本題です。ファンの多くも、選手もより多くの球団での運営を望んでいます。しかも球団経営を希望する企業も多くあります。

これだけもってしても、今回の騒動は選手会に賛成です。

確かにプロ野球は公共的なもので、どこの誰かわからない(by球団経営者)人に経営を任せられないという意見も、過去にはあったのでしょう。

この視点は権威主義的であり、かつ公共(それが行政)であっても新規参入を進めていかなくてはならない現状に反しています。(私の民間委託論にも共通するところがあります。)

今回の件の最も良い結末は、近鉄に変わってどこかの企業が経営を担うことです。その前提で、企業を吟味していくことは必要でしょう。

古田頑張れ! そして、ライブドア・楽天・シダックス頑張れ!







2004年09月14日(火) 良い組織はあえて防衛しなくても発展する

良い組織とは、本来の役割を常に意識し、そこに向って邁進する組織です。

国家を守るために国民に犠牲を強いるのは、基本的に誤りだと思います。なぜならば、国家とは国民を守るために存在するからです。

国家に限らず、時として様々な“組織”は本来の役割を忘れ、いたずらに組織防衛に走る傾向があります。本来の役割を捨ててまでです。

私は、実は組織論があまり好きではありません。だいたいにして複数人でつくっている以上、組織というものは元来いい加減なものですし、そこに極端な厳しさを求めることは、かえって個の埋没につながってしまいます。

変革の時代だからこそ、既存の組織は自らを見つめなおすべきです。本来の役割は何であるのか。その目的にあった組織にどう変えていくかです。

民主党にしてもそうです。
岡田代表の再選時のごたごたは自民党的な派閥行動につながらないのか。
党の役員が旧党派のバランスをとっているのは時代遅れではないのか。
政策が第一のはずの政党内において政策が議論されないのは何故か。
すべての選挙に候補者を擁立することが二大政党の役割ではないのか。
などなど・・・・・・・・・・・・・・です。

ただひとつ言えることは、有権者個人の意識は日々発達しています。評論家的に言うならば、本来の役割を見失った組織は、その守るべき人々から捨てられてしまうでしょう。

しかし、私は評論家ではなく政治家です。民主党をそんな組織にしきってしまわないよう、非力ですが頑張ります。











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