てらさき雄介の日記
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2004年04月28日(水) 相模原経済と横浜経済〜横浜市経済局長の講演〜

昨日に続いて横浜です。私を支援いただいている相模原市内の経営者の方のお誘いで、講演会と食事会に行ってまいりました。

当初中田横浜市長が講演者の予定だったのですが、急遽の欠席ということで、代わって横浜市経済局長のお話を聞きました。

「横浜経済の現状と、今後のあり方」がテーマでした。中身で印象的だったのは、外資系企業の進出が東京23区を除くと一番であることと、行政が積極的に産業に関わっていることです。

役所の方の講演であることを差し引いても、行政が手を出すとだめになると言われる産業とは、また違う味を感じました。横浜ならではかもしれません。

最も気になったのは、講演中に何度も出てきた「横浜経済」という文言です。翻って、市議6年間のなかで「相模原経済」という言葉を聞いたことがありません。これは自分にとっても不覚でした。市があるということは、そこにひとつの圏域があるということです。従って経済圏もあります。地元だけ見ていては狭い価値観になってしまいますが、市をひとつにくくって、経済を考えてみる必要もあるのかもしれません。

相模原市は産業の集積によって発展してきたと言われています。その通りの面もありますが、一方で、そこで働く方の住宅地として発展してきた面もあります。昨今産業の空洞化といわれ、コストの安い地域や国に産業が移行しております。

日本国内のみで捉えるならば、相模原市の周辺に位置する産業と、住宅地相模原市がどうアクセスするか。世界で捉えるならば、製造地のアジアと頭脳たる日本をどうアクセスさせるか、この視点に限定した対策をとる時期かもしれません。


2004年04月27日(火) 労働組合と民主党の関係

今日は横浜のあるパーティーで、多くの労働組合の方とお会いしました。民主党の最大の支持団体である労働組合「連合」と、党の関係については様々議論があります。

民主党が自民党に対抗する二大政党を目指している以上、労働者の層にこそ支持を求め、かつ政策を訴えていかなくてはなりません。しかし組織と組織の関係になると、様々な複雑な課題があるのも事実です。

政治家がふらふらと党を移り変わる風潮がある中で、ひたすら非自民を貫いてきた労働組合に対しては、もっと敬意を持って接し連携すべきだと思います。

一方で今回の参議院選挙の全国比例の候補者に見るように、結局全国規模で選挙が展開できる民主党の支持団体は労組のみの現状です。もっと広範な層にむかって努力をしなくては、政権党たることはできません。

民主党と労組の問題は、その全てが党の側にあるのです。多くの様々な呼びかけを積極的に行っていくべきです。政策についてもともにつくっていくべきです。


2004年04月26日(月) お世話になっている皆様との思い出

最初の市議選からお世話になっている方から食事に誘っていただき、夕刻よりご一緒いたしました。

二世議員でもなく、他のあらゆる組織団体からはじまったのでないのが、私の政治活動です。その醍醐味は、全ての支援者の方との出会いと、その後の思い出があるということです。

今日ご一緒したのは、8年前の市議補選のときに、その方の事務所が入っていたビルの一室を、私の選挙事務所に借りられるように手配してくださった方です。その後も節目節目に、色々なご相談にのっていただいております。

思い出にひたる年でも時期でもありませんが、そういう思い出が私の活動の原動力になっているのも事実です。ひとつひとつを忘れずに頑張ってまいります。


2004年04月25日(日) 横浜中華街へ

青年会議所の家族例会で、横浜中華街へ行きました。基本的には食事会ですが、それぞれの家族の紹介と、家族へのJC活動の報告もありました。妻と二人で出かけることはあまりありませんので(きっとみんなも)、貴重な機会でした。

中華街は不景気もどこ吹く風で、新しい建物が林立し、肩と肩がぶつかるほどの通行量です。世界の横浜ですからでしょうが、凄かったです。

アジア各国にはどこも中国人街がありますが、日本の中華街ほど治安もよく、日本人とともに街づくりがされているところは少ないと思います。相模原市にも約1万人の外国人がいます。色々な意味で互いを理解しあえる街づくりがしたいものです。


2004年04月24日(土) 新たな友人の結婚披露宴・・そして朗報も

最近新しく友人になった方の結婚披露宴に出席いたしました。多くの若い仲間により、非常に盛り上がった会でした。

現実の政治は複雑な人間関係によって成り立っておりますが、多くの方が私のことを心配してくださっているのを肌身で感じ、一層の奮起を自ら誓いました。ありがとうございました。

さて別の話しですが、家に変えると相模原・津久井合併協議会事務局から郵便が来ていました。先般申し込んだ、合併協議会のなかの「まちづくり検討委員会」の公募に合格し、委員になった旨の通知でした。諸般の事情があったと推察いたしますが、勇気も持って(?)選考いただいた皆様に感謝申し上げます。

第一回会議は30日に開催とのことですが、精一杯頑張ります。


2004年04月23日(金) 相模原市長のありかたについて、その��

来年1月に市長選挙をひかえ、最近関係者が騒がしくなっています。しかしほとんどは生臭い話ばかりで、肝心の現在の市政の問題点と解決策について論じる意見は少ないです。

小川市長がどうかという話しをこえた、現在の相模原市そして行政そのものが抱える課題は、いかにして市民参画をはかるかということです。総論として、そのことは総合計画にも盛り込まれていますが、実際政策の形成過程でどれだけ市民が参画しているかは疑問です。現在の審議会などは、市民の意見もきいている程度のものでしかありません。

ではどうするか。役所の政策形成過程のなかに、具体的に市民を入れることです。当面は一般公募ではなく、関係の市民団体の方でも構わないと思います。政策をつくる最初の段階こそ重要です。

そして行政マンを含め、政治に携わる者の感覚も変化させなくてはなりません。地域における市政懇談会に一般市民を参加させないことの理由のなかに、騒がしくなって本来の意見交換ができないなどと、真面目に答弁されたこともあります。制度に加え意識改革が必要です。


2004年04月22日(木) 他の候補者の支援について

自分自身が次期を目指して活動中ですので、まず自分自身の身をたてることが第一です。しかし政治家として、各種選挙に積極的に関わることも、理想の社会を実現するためには必要です。

今日、藤井代議士の事務所で参議院選挙についての打ちあわせをしました。私は民主党所属ですので、同じ政党の候補者を基本的には支持いたします。しかし、それはあくまで基本的にであって、どれだけ気合が入るかは、その候補者によります。そういう意味では浅尾慶一郎さんは、以前から親しくさせていただいているだけでなく、国会における実績も多大なものがありますので、最大限応援できます。

この他の各種選挙についても、誰をどれだけ応援できるかの基準は簡単です。私のことを支援していただいている皆さんに、この人を頼むと言えるかどうかです。私の支援者は等しく、現在の政治の改革を目指すメンバーです。半端な方をお連れしたのでは、逆に、日頃私が言っていることと違うではないかとおっしゃられてしまうのです。それも最もです。

お前は何様だ!と言われそうな内容の文章でしたが、他の政治家を見る目も厳し目でいきたいと思います。


2004年04月21日(水) 公人と私人

昨日大勢の国会議員が靖国神社に参拝しました。首相の参拝のときによく話題になるのが、はたしてそれが「公人」としてか「私人」としてかということです。

確かに仕事の時間とプラーベートな時間との違いはあります。現在の社会では、この区分けの認識がある程度醸成されています。政治家が家で何をしているかを、どうこう真面目に言う人はいないでしょう。

靖国が議論になること自体、ここに参拝している時間がプラーベートであるとは客観的に見れないということです。首相は自民党総裁選挙の公約の柱として、靖国の参拝をあげていました。つまり政治家としての行動なのです。「私人」として、という言い方は適当でないばかりはなく、虚偽とも言えます。

友人の経営者によると、家を一歩でたら仕事だということです。厳しい意見ですが、志願してその職にあることなども鑑み、政治家にもその感覚が必要です。つまり家にいる時意外は「公人」と「私人」の境はなく、ただ政治家としての責任があるということです。


2004年04月20日(火) 金正日の中国極秘訪問

私が北朝鮮に旅行に行ったのは、7年も前のことです。お決まりのコースを監視付きで観光しながら、共産圏特有の空虚な町並みを見ました。ルーマニアや、ポーランドなどと感覚として似ていると思いました。

人間が生きる社会は、そんなに立派なものではありません。迷いや、誤りや、どこかにいい加減さがあることが必要な面もあります。つまり感情を表現するということです。

人間を大切にすべく発生した共産主義が、結果としてあのようになってしまったのは残念です。なんとなく当たり前になってしまいましたが、何で世襲なんだい!と思ったことを、皆さん思い出しましょう。

日本の二世議員もそうですが、それが生まれるのは、ある利権を存続させる力によるのです。北朝鮮は、国家の利益が国家元首に直接帰属してしまっているということです。

北朝鮮で印象的だった出来事を、ひとつ書きます。同行していた現地旅行社の通訳(政府の人間)に対して、ある日本人観光者が、日本の週刊誌を手渡しました。それを渡された北朝鮮人は、背広のなかに急いで隠しました。見つかれば大罪ですが、それでも見たかったのでしょう。(申し添えますと、安易にこういう行為をする日本人は問題だと思います。)

いかなる根拠があるにしろ、言論と表現の自由は、民主主義社会にとって失われてはいけません。その意味からも、現在の北朝鮮の政治体制を、私は否定いたします。

昨今日本でも、理由をつけながら言論の自由を制限する傾向があります。話題のタブーも、現に存在します。制限が徐々に減っているならば、民主主義の成長中ということで評価できます。しかし最近は、制限が増えている気がします。それは民主主義の後退です。


2004年04月19日(月) かつての職場、衆議院議員会館

霞ヶ関に用事があり、せっかくなので国会周辺でお世話になっている方のところへご挨拶に伺いました。市議時代は、時々衆議院の傍聴などに行っていましたが、昨今ではとても久し振りでした。懐かしかったです。

ひとつ自慢をします。国会に私のポスターが貼ってあるのです。私がかつて秘書をしていた伊藤達也代議士の事務所の部屋にです。今日訪問したら、いまだに貼っていただいてました。言葉にできない感動です。ありがとうごさいます。だから言うわけではありませんが、伊藤代議士(現金融担当副大臣)は数少ない本物の政治家です。しかし選挙情勢は厳しいです。皆さんのご支援をお願いします。

さて全く別の話しで、ひとつ気になったことがあります。駐車場に車を停めてから、各所訪問を終わって車を出すまでの一時間少しで、実に5人の知人に偶然会いました。私がここで働いていたのは、既に八年も前のことです。しかも基本的に地元勤務だったので、国会周辺に多くいたわけではありません。結果思うのは、それだけ政治の世界とは狭いところなのです。無論それで良いわけではありませんが。

国会はどなたでも訪問できますし、会議も無論傍聴できます。いつでも言っていただければ手配いたします。


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