堀井On-Line



7367,閑話小題 〜東京オリンピックの行末

2021年04月16日(金)

    * スケジュールどおりに…
 4月半ば、それも首相がアメリカ大統領の就任挨拶の出発日に、スケジュール?
どおりに?…自民党幹事長がオリンピック中止の可能性に言及。聖火ランナーも、
出発したが、全く盛り上がりはない。国民が、この開催は無理と判断している。
それにしても、この混乱… 酷いもの。 如何でも好いことだが…
100年前も確か東京オリンピックが中止になっていた。
                   〜ネットニュースより〜
≪◉ 7月23日から予定される東京オリンピックについて、自民党の二階幹事長は
15日、新型コロナウイルスの感染状況次第で中止もあり得るとの見方を示した。
菅首相が五輪の実現に強い意欲を示す中、党の実力者の二階氏が表だって中止の
可能性に言及したことで、政権内に動揺が広がっている。二階氏は同日午前のTBS
のCS番組の収録で「これ以上とても無理だということだったらこれはもうスパッ
とやめなきゃいけない」と発言。「オリンピックで蔓延させたということに
なったらなんのためのオリンピックかわからない」とも述べた。
◉ 報道各社が二階氏の発言を速報すると、政府・与党内で「世論が中止の方向に
行ってしまう」(閣僚の一人)、「なぜ党の実質的トップが開催機運が低下する
ことを言うのか」(五輪を担当する中堅官僚)などと、その影響を危惧する声が
すぐに広がった。官邸幹部は「幹事長が公に中止と言うと、そこだけがニュース
になる」と頭を抱えた。公明党幹部も、コロナ禍での五輪への不安を念頭に
「抑えているものが崩れてしまう」と述べた。首相は15日夜、訪米前に記者団の
取材に応じ、二階氏が発表したコメントで「安全・安心な大会の開催に向け、
しっかり支えていく」ともつづったことに触れ、「政府としても開催に向け感染
防止に万全を尽くしたい。これは変わらない」と語った。
◉ 一方、立憲民主党の安住淳国対委員長は党の会合で「慎重に見極めなければ
ならない時期が来たのではないか」と訴えた。国民民主党の玉木雄一郎代表は
「客観的にみて開催は相当難しい。政権中枢がバラバラに思いを言い、国民、
アスリートを不安にしている」と述べた。≫
 ――
▼ この時節、当然の言明であり、遅いぐらいである。外地目線でみれば、何で
また、開催に拘るのか不思議だろう。 オリンピックも突き詰めれば利権絡みで
動きがとれないオリンピック利権団体の特別イベント! 被害者は、国内外に
多く存在するのに、アスリートだけが例外になるのか?

・・・・・・
6972,閑話小題 〜つれづれに…「新コロナ感染」について
2020年04月16日(木)
   * 日が経過するほどに、
 このパンデミックス、日が経過し、実態が表立つほどに、その酷さに、
未だに現実として受け入れられないのが現実である。居酒屋、スナックなどの
現場で<「志村けん」が亡くなった翌日から、来客がバタッと止まった>とか。
日銭でまわる現場は深刻。駄目なら、何処かでというのが、状況では、働き場が
皆無。昨日の朝日新聞の一面トップが「世界恐慌以来の大不況」の記事。
非常勤で食いつないでいる店員が、まず首を切られ、次が店の廃業が通り相場。
必死に老舗の店を開いてきたところも、救いようがない。
 個人店は、飲食業だけでなく、物販も然り。TVをみれば、首長が口を揃え、
『ステイ・ホーム』と宣う度にドッキリ。働く意欲がなくなる。 9年通った
スポーツジムも、日ごと会員の姿が減っている。
 平日の昼の時間帯は、7〜8割の中高年の男女の姿がみられたが、これも1〜2割
に激減。 お風呂と、プールとホットヨガ教室は閉鎖をしているのを加えると、
1割ほどだろう。 夜の店で誰一人も来なければ、それは悲観的になる。…
…それも、この数年来の災害と、不景気風で、体力を使い果たした上の、これ。
 ―
‘暫くすれば客足が戻る’という想いこみが拭えないようだが、これも疑問。 
かくも日常が脆くも崩れ去るとは… 私も9年前に、10年にわたった数羽の黒鳥
の飛来で、事業清算に至ってしまったが… それでも10年のスパンがあった!
 しかし、この一瞬のフリーズは2〜3ヶ月。考える間もなし!さて如何なる?
先行き予測不能とくれば…。 これは一種の自然災害で、怒りの矛先を見つけ
ようがない。 半年もすれば元に近い状態で収束しそうと期待したいが、これは
グローバルのフリーズ。 一人あたり月10万と、困窮家庭に30万のばら撒きも、
しれている。 誰も助けようがないのが実情。
 ―
「私の苦痛が少しは分かったか!」と、一瞬で凍り付いた世界中の相手に、
何も言っても仕方がない。 9年前に、「こんな有得ないような現実が次々と、
やってこようとは…」と思ったが、これは、そんなものではない。
このところ、午後から1〜2時間のスポーツ・ジム通い。今日は行こうか、行き
まいか迷う日々。「8割方、人との接触を減らせ」なら、あとはジムの休会だけ… 
私の寿命が75歳と公言してきたが、あと数ヶ月になってしまった。私にとって、
それに相応しい事態の到来かも! こうなると、リタイアの年金暮らしは気楽
だが、やはり、不安感が強い。残った充実感だけが、心の支え。
 ―
 韓国と日本の、この問題対応の差が表立ってきた。韓国は成人病対策では
劣るが、こと疫病対策は万全。その比較を知る程に、ふるい上がる。日本は
東京オリンピックの開催で、初動が遅れてしまった。アメリカのニューヨーク州
と同じ道を辿りそうだ。いや、より悲惨の可能性がある。クラスター<集団感染)
対策に重点を置き、乗りきりを計ったが、失敗だったようだ。あとに残るのが
ニューヨーク州の地獄絵。あと数日で、それが表立つのか?独自の行動変異を!
というが、如何だろう! あとは寝室のTV前と、パソコン前で大人しく巣籠り
しかない。あとは、ミニチャリ… …ということは、本来の習慣を繰返せばよい。
今までの疫病絡みの映画の世界が、今では現実世界になって、現れてきた。
敵は進化する細菌対人類の英知。 さて、どうなるのか。何かしら胡散ぐさい
臭いが気になるとしても、目先、乗りきらないと。
  まさかこんな現実に出あうとは。

・・・・・・
6605,つれづれに哲学 〜「遊び」について再び
2019年04月16日(火)
   * 遊びについて 
 これまで‘遊び’について、数多く書いてきた。 HP内検索で引き出して
よみ直すと、納得することが多い。人は、年代によって、その比重が変わる
としても、「良く遊び、学び、働くこと」の質量の拡充が必要である。
人生を振返えると、まず、「もっと遊んでおけば良かった」と、次に
「もっと学んでおけば」と。最後に「もっと働いておけば」と思うのが人の常。
その逆は少ない。「死を恐れる主要因は、やり残したことが多いため」。
その荷重が強いほど、「もっと楽しんでおけば」という後悔。底意地が悪い人の
性格形成の元が、これである。 目先の現実に溺れて、外海に出ようとしない
人たち。 地下の石牢の囚人のように、一生を常識の石牢の中で微かな光をみて、
外界の世界を思い知るしかない。その妄想は、所詮は石牢のそれ。遊びには、
うしろめたさが付きまとうことがある。それを払拭するには、遊びについての、
知識と経験が必要となる。内的、外的悩みや、心配事、不安を抱えた遊びでは
面白味が少なくなるが、それを背負って遊ぶことも遊びを面白くすることもある。 
忙中閑の遊びである。 躊躇するのは、その終わりに、虚しさ、寂しさを伴う
予感があるため。それでも、遊んだ後の爽快感と、満足感は、この上なく良い。
 遊びには、
・無邪気に遊ぶ解放されたものや、
・創造性の原点となる完全リラックスの遊びや、
・車のハンドルの遊び、
・日常からのトリップのための遊びがある。
 ウィトゲンシュタインが、「私の言語の限界が私の限界だ」と宣っているが、
‘遊び’も然り、<遊び楽しんできた限界が私の限界>。 その意味で、18年間
のブログの「テーマ日記」と、30年にわたる「秘・異郷ツアー」の集積には、
少なからず満足を…。 他人は人、私は自分の分際のこれ!と、思うしかない。
 これが際どい遊びほど、面白い! とくるから… もっと際どくともという、
後悔は有るか、無しか? 遊びは際モノほど面白いというが、過去形で想うと、
実に面白かった。

・・・・・・
2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」
2008年08月14日(木)                  
  ー遊びをせんと生まれけむー    −読書日記−
亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、
口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。
・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。
  美に感応する心である。
・「感」は、感性、感動、共感。旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、
  絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。
・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。
 「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は
 「ホモ・ルーデンス」。遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。
・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。
  一瞬の新しいものへのシュンパツ力。
 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素である。確かに、人生はこれを
磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が人間にとって最も有用な行為に。
「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、遊びについて
次のように述べている。
《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源
がある。最初に家畜化された動物ー小犬は、もつとも役に立つ動物ではなく、
もつとも遊び好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。
最初に家畜化された動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と
灌漑も、初めは遊びとして行なわれたのである。車輪・帆、煉瓦なども遊びの
中で発明された可能性が強い。たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を
使わなかったが、足の代りにローラーをつけた動物の玩具をもっていた。
装飾が衣服に先行した。
  (字数制限のためカット2010年8月14日)

・・・・・・
2007/06/18
2267, 「遊び」
                (゜∇^*)オハヨ♪
 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から
「働き」と「学び」と同じくらい位置づけてきた。
その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、
年、月、週の計画に組み込んでいた。人生で最後残るのは、特に「遊び」
の中の充実感である。
                
「遊び」をネット百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』調べてみた。
  ーーーーwww**ww*w(/⌒∇⌒)/〜∞**www***w ーーーー
  
楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス (生体)解消などの目的で生物が
する行動の総称。普通は生命活動を維持するのに直接必要な食事、睡眠や、自ら
臨んで行われない労働などは含まれない。 また、工学などにおいて作られる、
ある一定のたゆみ、ゆるみ、余白のこと。これを作ることを「遊びを持たせる」と。
ハンドル等、機械で人間が操作する部分の遊びは、不覚筋動を機械の動きに反映
させないという効果遊びとは、楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス解消
などの目的で生物がする行動の総称とされます。どのような時代においても遊び
は存在し、太古の昔から現代まで私達の心を楽しませてくれています。

人間以外で、動物は遊びの中で狩りやコミュニケーションの方法を学んでゆく。
ヒトは成熟後も遊びを行なうのが一般的である一方、ヒト以外の動物は成熟する
とあまり遊ばなくなるが、ペット化(家畜化)された犬や猫などの動物は成熟後
も遊びたがる傾向があるようであり、野生動物でもカラスには、成熟した個体
に遊びと思われる行動が見られる。

フランスの思想家、ロジェ・カイヨワはホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」
に影響を受け、「遊びと人間」を執筆した。
その中でカイヨワは遊びを次の4つに分類している。
・アゴン(競争):運動や格闘技、子供のかけっこ
・アレア(偶然):くじ(宝くじなど)、じゃんけん、ギャンブル(競馬など)
・ミミクリ(模倣):演劇、物真似、ままごと
・イリンクス(めまい):メリーゴーランド、ブランコ
カイヨワの説は遊びはこれらの4つの区分に分けられるとしたものであったが、
遊びは必ずしもこれらの単一の要素からなるものではなく、
複数の要素を含むものも多いとする説もある。
 ーーーー  (^Q^)/゛ d(o^v^o)b !!(^Q^)/゛ \(^o^)/!!
 なるほど、と思うが・・・

「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。
人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることを目ざすことだ。
そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。
何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。
私の場合、ゲーム化が楽しみへ持ち上げるポイントであった。
ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。
到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながらプロセスを楽しめば、
遊びへ転換する。ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として
一般的に認められているが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、
漠然とした「遊び」と比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象
を与える。

学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。
遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。
一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。
同じ人生、楽しまなくては!
何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。
 
 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー
 カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、
 動物学者の研究観察から認められている。
 その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。
・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような
 行動で仲間と遊んだり、
・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが
 面白くて始めた“遊び”といわれる。
そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽類に襲われた
場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びにする
ことが、高度な知的行為である。
 ーー イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に
 遊びが入っているところが、注目に値する。  d=(^_^)=b
     
 競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜!
何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、
ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、
ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。

 ーーーー
20022002/01/05
 一人遊び

孤独に強い人とは、一人遊びができるかどうかにある。
一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、
それって「お宅」でないか。 似ているがやはり違う。

それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのではないか?
結局中途半端のそれをいうのではないか?
字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。

山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。
別にそれをお宅といわない。読書好きの人もお宅といわない。

自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても
そこに何もないことを、経験上知っているためだ。
結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。
そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。

「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)
ということを示すことだ「示単」。
これはある有名な禅僧から直接聞いたこと。
そこで自分の好きのことを見つけ、それを楽しむことから始めなくては
ならない。その積み重ねが個性を作る。

ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。
常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。

――
2002/02/24
遊びについて−1

人間にとって「遊び」は最も重要の一つである。
そこで「遊び」とは何かを考えてみよう。

まずその達人を事例で考えてみる。
一番身近では母がそのプロ?であった。

戦前、戦中、戦後の動乱期に10人の家族が生きていく中で、
父とともに苦労の連続であった。そして長男、次男の連続の
不幸な死で今の重症のノイローゼーなった。
心筋梗塞、死の一歩の手前までいった。亡くなった時、医師の要望で
心臓を解剖したら、心臓の4分の1が壊死していた。

それを乗り越えた後は、それまでのエネルギーを遊びに全て向けていった。
約40年近く遊びきって亡くなった。
日本舞踊、短歌、お花、旅行、茶道、写真。
毎日いそいそと何か遊びを見つけ楽しんでいた。

子供ながらに、そのエネルギーに感心をしていた。
遊びの重要さもそのため学んだ。重点としてだが父は「働く人」、
母は「遊ぶ人」と役割分担がハッキリしていた。
ただ父も仕事の合間に、結構遊びを作っていた。

「遊び」を儒教的影響の為かキリスト教的倫理観の為か、
罪悪と教えられてなかったか。
子供のころ誰もが、毎日目を光らせて遊んでいた。
ただただ無心に遊んでいた。
あの遊びをいつの間にか我々は忘れてしまった。

人間は生きていかなくてはならない。
その為に働かなくてはならない。
競争に打ち勝たなくてはならない。
その為に勉強もしなくてはならない。

しかしそれだけでは、それだけの人生だ。
それがクロなら、その対象の白が必要になる。
どちらが大事かでない、どちらも必要なのである。
それを特に母の生き様から学んだ。

一般的にいうと、遊びの優先順位があまり高くない。
どうしてだろうか、やはり生活をしていかなくてはならないからだ。
そして厄介な不安という心理がある。
その為に、お金をセッセと溜め込まなくてはならない、
「馬鹿な?生き物」である。

遊びとは、「好きな事をして、それを楽しむ事」をいう。
そうすると、仕事も遊びになりうる。
天才はその典型であろう。

あの子供の時の遊びを我々は忘れてしまった。
何でも遊びの対象にした「遊び心」を。
純真の心を失っているからだ。
「純真な遊び心」をいつの間にか忘れてしまった。

「遊んでないで、笑ってないでもっと真面目にやれ!」
と暗示をかけられてないか?

私の趣味の一つにウオーキングある。
初めは腰痛対策であった。今は大事な趣味ー遊びになっている。
純真に楽しいーヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)vのである。

その中に純真な遊び心が躍動を始める。
何々のためにといった場合は、遊びでなくなる。
それを乗り越え、純真な遊び心になった時点で「遊びに昇華」する。

パソコンもそうだ、このホームページもそうだ。
そこまで持ち上げる必要性を人生で学んだ。
「遊びになるまで集中する」という事か。

これから散歩だ!

・・・・・・
2001/12/21
[164] 目的と手段

目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。
‘手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。
営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、
営業が反対に手段になってしまう。
何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。
手段を楽しむ事は大事な事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。


7366,閑話小題 〜大自然で感動するのは…

2021年04月15日(木)


   * 世界の秘境で感激するのは…
 世界の秘境で感激するのは…、その後継だけでなく、秘教に至る過程を含めた
全てを入れた感動である。…それを見落とすと、人生そのものが軽くなる。
考えれば 、全くそのとおりだが、それを忘れてしまう。
パタゴニアのモレノ氷河の最先端が、轟音とともに倒壊する。その対岸のスポット
と、観光船で、それを眺めるが、これも然り! 何万年前の積雪が何十キロも
固まったのが氷河が目前で、永年の旅を終えて崩れ去る。何とも厳かだが、それを、
YouTubeでは知る由がない。 アラスカや、カナダの氷河が、波立つのをドローン
から空撮された映像は、それは荘厳である。 それを見るために、日本から
パタゴニアの氷河の近くまで行き、その氷の最後の姿を見るプロセスが感動を
拡大する。

 これはケニアのサファリにもいえる事。手付かずの野生動物の日常が、己の日常
と合流する妙な感動。…一つ間違うと…狩るものと狩られるものとの立場が入替る、
その荘厳な違い。 そろそろ人生の終わりに近づき、振返ると、知らないことが
あまりに多かった。周囲500mだけに住む何も知らない動物と、人たちと同じじゃ
ないか。石と砂の違いさえ認識不能と見えていた方々と、何処が違うのか… 
多宇宙、この宇宙の中の、惑星に人間として生まれ、あまりに恵まれていた
75年の人生を過ごしてきた。これもそろそろ、終焉のカウントダウンが始まろうと
している。 面白かった恵まれていた。両親に恵まれていた。友人に、そして、
…?にも恵まれていた。 真面目7… 遊び3…も丁度いい。
           そういうことにしておこう。

・・・・・・
6971,閑話小題 〜二年前の小説、『ペスト』の再放送より 〜1
2020年04月15日(水)
         NHKの<100分de名著>を読む …『ペスト』カミュ著
   * カミュの『ペスト』
 何気なくチャネルをまわすと、NHKの<100分で名著を読む>の2年前の
再放送/30分×4回シリーズが放映されていた。なかなかの深堀をした内容。
私たちの中で、グローバル社会での有り方、生き方が根本的に問われている。
不意打ちだが、タイミング的にみて、絶妙な問題でもある。
 ―
≪ 新型コロナウイルス感染拡大が続くなか、仏の作家アルベール・カミュが
 1947年に発表した小説「ペスト」が全世界的に売れ行きを伸ばしている。
日本でも、文庫を発行する新潮社は15万部以上の増刷を実施。累計販売100万部
を達成した。現在Amazonでも売れ筋ランキング上位を占めている。
 4月11日(土)15:00〜16:36にEテレにて放送。 構成は
「第1回 不条理の哲学」
「第2回 神なき世界で生きる」
「第3回 それぞれの闘い」
「第4回 われ反抗す、ゆえにわれら在り」の全4回各25分。≫
 ―
≪ 第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で
「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家
アルベール・カミュ (1913- 1960)。彼が自らのレジスタンス活動で培った
思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き
合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。
舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。
猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。その一方で
オラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。医師リウーは、友人の
タルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折し
ペストの災禍は拡大の一途をたどる。後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況
から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者…。圧倒的な絶望状況の中、
それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。
いったい彼らを支えたものとは何だったのか?
「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩
だといわれる。過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、
刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。 カミュ自身が
レジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。
それだけではない。「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」
「この世にはびこる悪」… …私たちの人生は「不条理」としかいいようのない
出来事に満ち溢れている。「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもある。
番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を
当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、
生きていけばよいのかを読み解いていく。≫

 ―
▼ この下書きのため、再度、録画をみたが、ノーベル文学賞を貰うだけの内容。
 この新型コロナの世界的猛威の中で、再放送はジャスト・タイミング。何やら
得体のしれない不気味な臭いがする大流行。 カミュ自身のレジスタンス活動で
培った思想を通して、戦争、全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう
向き合い、どう生きていくべきかを問うた作品である。様々な登場人物が、複雑に
絡み合って、それぞれの人生を生きている。ナチ対レジスタントの戦いの勝負が
ついた二年後に、発表され太、逆転したレジスタントに対する警告の書。
この新型コロナの問題は、残酷な世界の格差の問題を炙り出すことになる。
人類が大自然より、首元に刃物を突き付けられた問題でもある。 細胞で成立つ
人類対細菌の決戦ともとれる。 次回から、4回分をテーマにする。

・・・・・・
6604,閑話小題 〜つれづれに娑婆
2019年04月15日(月)
   * ブラックホールの生写真をみるとは
・私たちの国は太平洋戦争の敗戦国で、アメリカの隷属国家である。
 日本の富はアメリカの含み益。その回収は、軍事用品の高額買取だったり、
為替相場の操作や、バブル誘導と崩壊などの国家的誘導で搾り取ること。
そのアメリカは、現在でも国民の40%以上が、ほんの一万年前に神が人間を
創ったと信じており、科学の研究結果は、政治を操る冷笑的な人々にとって、
常に退けられてきた。科学こそが、私たちの倫理観の元であると示そうとする
試みまで、そうである。 

・アメリカだけでない。世界は、いまだに2千数百年前につくられたアッラー
 の神を大元に抱いた虚構の神の幻覚に支配されている。この通りに、世界は、
偽物に支配されている。それもあって、世界には驚くほど多くの御宝が存在
している。その代表的なのが、知識と情報。この情報革命は、生命誕生以来の
断層の時節の到来を意味する。

・ほんの十数年までは宇宙は一つで、ビッグバンなど、一つの仮説にすぎない
 と多くが信じていた。そのブラックホールの撮影写真の撮影に成功。想像図は何度
か見ていたが、実際の映像をみれるとは信じ難い。これも科学技術の進化のお陰。 
   〜ネットニュースによると…
≪ ブラックホールの姿が史上初めてとらえられた。ブラックホールはいわば、
 近くに迷い込んできたものを手当たりしだいにむさぼる怪物。恒星、惑星、
ガス、塵はもちろん、光でさえも「事象の地平線」と呼ばれる境界をひとたび
越えてしまったら、この怪物の手から逃れることはできない。 これは
「星を食らうブラックホール」である。
 科学者たちがとらえたのは、太陽65億個分の質量をもつ超大質量ブラックホール。
地球から5500万光年の彼方、おとめ座銀河団の中心にある巨大楕円銀河M87のさらに
中心にある。画像には、いびつな光の輪に囲まれた暗い部分が見える。
これはブラックホールのシルエットを世界で初めてとらえたもので、ブラック
ホールの入り口に限界まで迫った画期的な画像である。
 今回の画像は、200人以上の科学者が参加した「イベント・ホライズン・テレス
コープ(EHT:事象の地平線望遠鏡)」プロジェクトの成果。これは、ハワイから
南極まで世界各地6ヶ所の望遠鏡をつないで一斉に観測を行うことで、地球サイズ
の巨大望遠鏡を実現しようというプロジェクトだ。
 2017年4月にM87のブラックホールの観測が行われ、5ペタバイ(1ペタバイトは
1000兆バイト)におよぶデータが収集された。科学者たちがこの膨大なデータを
解析し、ブラックホールの顔写真を構成するには2年もの歳月を要した。≫
 ―
▼ これから10〜20年が本当に面白くなる時節。少しでも多く、断層面にへばり
 付いて知的死に欲を満たしたいが、何てことっちゃ! でも、何とか? 
そう考えるのは、まだ健康体?なればこそ。ところで、ブラックホールを死。
ホワイトホールを生誕、他(多)宇宙をアノ世と喩えると… ブラックホールの
写真は、死の光景ですか。10の500乗も存在する他宇宙の入口?ですか、これは。

・・・・・・
6241,読書日記 〜‘人生に生きる意味はない!’
2018年04月15日(日)
           <「真理の探究」ー仏教と宇宙物理学の対話
                   佐々木 閑,大栗 博司(著) >
   * 人生に意味がありか、なしか?
 ここで、数多のテーマで取上げてきた問題。‘人生に生きる意味はない!’
とは、身も蓋もない。青春から老いるまで、誰もが考え、悩む問題である。
最期の自らへの問いかけは、『私の人生って何だった?』『何で生まれてきた?』
『生き直せるなら、どんな人生を過ごせた?』 でプツン! それらの問いには
<人生の意味とは何だろう?>がある。
 「意味」の意味を考えるに、近い「価値」から類推すると解りやすい。 
価値観は、その人にとっても、地勢上、国家、人種、宗教によって、当然違う。
それを仏教学者と、物理学者が普遍的な事として語ると、妙に納得する。
 一休の名言がある。
「世の中は、食うて糞(はこ)して寝て起きて、さてその後は、死ぬるなりけり」
小難しく考えることもない。こんなものだが。猿の世界を見ればよい。
  〜Amazon・内容紹介〜
≪ ‘人生に生きる意味はない!’
 大いなる叡智が告げる、この世界の真実
心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。
自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。
アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、
「人生の目的はあらかじめ与えられているものでなく、
 そもそも生きることに意味はない」という結論だった。
そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。
なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。
当代一流の仏教学者と物理学者が、
古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。
  〜レビューより〜
≪ 物理学者・大栗博司教授及び仏教学者(仏教者)佐々木閑教授の講演、
 対話などを簡潔にまとめた本である。
 この本では、大栗氏の講演、対話などから、物質の究極が、分子→原子→
素粒子→17種類のクウォーク等に還元されてきた歴史と、現在では17種類
のクウォークすらが超弦理論に還元されようとしている物理学の現状を概観する
ことができるとともに、佐々木氏の講演、対話などから、仏教の概要とブッダ
の述べた思考について概観することができる。
 この本の中で両者が語った内容で、興味深かったのは、次の3点である。
・第1点は、死後の世界はあるか、霊魂は不滅かという問題について、
 両者とも、明確に否定する見解を採用している。
・第2点は、人生に客観的な意味、目的、価値はないことに、両者とも、
 異論がない点である。両者とも、人生の意味、目的、価値は、神や仏が与える
 ものではなく、個々の人が、自らつくっていくものであるという。
・第3点は、自由意思の存否の問題について、両者とも、断定的ではないものの、
 自由意思は、客観的には存在しないであろうが、人の認識の上ではあるように
 感じるものであるという考え方を示している。≫

 TVで見た若者向け映画『リライフ』が、人生の意味について考えさせられた。
【大学院を卒業後、新卒で入社した会社を“ある事件”をきっかけに、わずか
5ヶ月で自主退社した27歳の海崎新太。今はコンビニでバイトをしながら、再就職
を目指すが、なかなかうまくいかない。そんな新太に、リライフ研究所の所員を
名乗る謎の男が「人生、やり直してみませんか?」と声をかけてきた。
男の言葉に乗せられ、「年齢はそのままに、見た目だけ17歳」になった状態で、
新太は約10年ぶりに、2度目の高校生活を始める。】

▼ 一年後、無事、再生していくが、そこで出会った美少女が、「人生の意味を
 見出せず、自らリライフの一年延長を願い出ていた」ことが、最後に分かる。
「もう一度、全く同じ人生を与えられるとしたら、受けますか?」の厳しい
問いかけがある。大方の人は、「ノー」と答えるそうだが… 父親が、死期を
悟った時に、絞りだすように呟いた言葉、
「今度、生まれてきたら、全く同じ人生を、再び過ごしたい!」
私も、死期を悟った時に、同じ言葉を心の底から絞り出せる生き方をしたいと。
「20歳、30歳代の人生」が非常に満足できただけでも、有難いことである。
 私の人生の意味とは、<「同じ人生を再び!」と思える生き方を貫くこと。> 
 これでも? そのまま結構! 面白かったこと、この上、なかったからね。

大家:まあ周囲の人は大変だよ。
寅:まったくだよ。その毒舌に、どれほど苦しんだか。
熊:「自分のための人生を生きろ!」っていうけど、
 「自分だけのための人生」じゃないか。調子にのって、バカまるだし。
寅:御前が、言えるガラか。でも、大家さんを見ると、ツマラナイよな。
八:少しは反省をしてるけど、じゃあ、如何すれば良かったと思うと、
 『ご覧の通り、そのまま、結構!』と、開き直るしかないね。
 私は私だからね。仕方がないよ。それと、良かった良かったと思えば、
 何事も、感謝できるしね。感動、感激、感謝ですよ。最期はね。
 この三大感情の満足度は、感謝、感激、雨あられ、ですよ。
寅:天上天下唯我独尊じゃないですか。あんたの場合は当然、悪い意味さ。
大家:まあまあ、今日のところは、この辺で、〆ますよ!

・・・・・・
5509,閑話小題 〜今年の桜の総括
2016年04月15日(金)
   * 今年の桜の総括
 毎年、恒例になっている福島江と悠久山の早朝の花見に、この時節になると、
飽きもせず行くが、当り年の桜は何度見ても感動する。早朝の桜の花は、朝日の
こぼれ陽が冷気と相まり、神秘的な空気を漂わせる。特に悠久山の通称、
「瓢箪池」を取囲んだ桜が絶品。 子供の頃には、長岡駅から悠久山へ玩具の
ような小さな電車が通っていて、悠久山の花見は長岡花火と共に、市民の二大
イベントになっていた。 しかし、それもとうの昔に無くなり、今では、自動車
で行くのが大勢。元の悠久山駅前から、1キロ近い石畳の参道の両側に桜並木に
なっていた。毎年、家族で行く花見が楽しみで、大きな広場の後ろの高台の
『団子茶屋』で、団子を食べるのが市民の楽しみであった。その参道の石灯籠の
裏側に、江戸時代に献上した、人の名前が記され、生きた証が残っているのは、
そこだけしかないが、確かに生きていた人の確かな証が記されている。
なるほど、名前は小さな物語。冬期間には、子供の丁度よいスキーのゲレンデ
になっていた。 で、今年の桜の咲具合は、上の下=80点辺りか。それでも、
週初めの天気の良かった早朝の桜は絶品に近かった。大当たりは十数年ないが、
この40年間で、数回かあった。
・・・・・・
2003/04/21
散る桜残る桜も散る桜ー2

 ー雨中の花見
 昨日、散歩がてらの悠久山の花見に行ってきた。
毎年のこの時期の恒例の一人花見である。もう十年以上続いている。
他の場所はどうか解らないが、長岡は4~5年に1度があたり年になる。
季節の微妙なバランスが影響しているのだろう。今年は例年並であったが、
満開時期に雨が続いたという点で外れの年と言ってよいだろう。
 午後一番に悠久山に向かって出発したが、小雨がダンダン大粒の雨に
なり、丁度悠久山の参道に到着したと同時に大雨になってしまった。
いまさら帰るわけにもいかないし、とりあえず瓢箪池に行く。
それでも、いろいろな団体がテントの中で「やけ花見?」をしていた。

 雨が桜にとっての天敵ということが散歩をしていて解った。
それまでは大風と思っていたが、雨も桜の花を叩き落してしまう。
最近の桜では6年位前に2~3年に大当たりが続いた。その時に早朝、
悠久山で写真を撮っていると、中年の男の人が話しかけてきた。
「自分はこの近くに住んでいるが、これだけの桜は初めてだ!」
という。それだけすばらしい桜だったのを憶えている。
 ここで桜を見ていると、子供の頃家族で夜きたことを思い出す。
参道の両側に多くの屋台がならんで華やかな雰囲気であった。
もう50年も前のことだ。
 
 花見こそ一期一会である。
吉野とか京都の名所のあたり年の桜は、魂を吸い取ってしまうのだろう。
・・・・・・
2003/04/19
 「散る桜、残る桜は散る桜」


7365,閑話小題 〜2020年の自殺者数が2万1081人

2021年04月14日(水)

   * 自殺者数が2万1081人
 一昨日の朝日新聞に「2020年度の自殺者数が2万1081人」とあった。
コロナ禍で直撃を受けたのが、3次産業などサービス業のため、この程度は良し?
としなければならない… 問題は今年になるが、現場は何とか凌いでいても、
これは重大の問題が含む。 パンデミックは12000年来の、群れを根こそぎ否定
するもの。人間は変化に弱い生きもの。弱者には、その余裕が少ないのが多い。
自らの心の中心点を無に帰して、エネルギーを集中すれば変身可能になる。
 政府が、この10数年、政策に、自殺者対策を充実しただけで、3万半ばが、
2万人代、2万人割れの3,4割も激減したのに驚いた。…昨年秋口から春先にかけ、
腰痛で寝込んで、あまりの苦痛に、「なる程、独り住まいで経験したら、死に
たくもなる」と実感。女性2に対して、男性1の割とは、これも驚き。

≪ ◉ 2020年の自殺者数の確定値が2万1081人と、前年より912人増えて11年ぶり
 の増加となったと、厚生労働省が16日発表した。女性や若い世代の自殺者が特に
増えており、厚労省は新型コロナウイルスによる生活の変化などが影響した可能性
があるとみている。
◉ 厚労省によると、男性が1万4055人(前年比23人減)、女性が7026人(935人増)
だった。年代別では40代が3568人で最多だが、増加幅では19歳以下が前年比17・9%
増の777人、20代が同19・1%増の2521人と、若い世代が目立つ。
自殺者数が増えるのは、リーマン・ショックの翌年の09年以来となる。
 原因・動機別にみると、健康問題が334人増の1万195人で最も多く、経済・
生活問題は179人減の3216人だった。
◉ 人口10万人あたりの自殺者数を示す「自殺死亡率」も16・7人で、11年ぶりに
増加した。都道府県別では、岩手県が最も多い22・7人で、山梨県が22・4人、
宮崎県が21・2人と続いた。(山本恭介) ≫
 ――
▼ 20歳代に、問題を吐出した為に、自殺願望はゼロに近い。でも、75歳以降の
 旅路はきつそう。その75歳に数ヶ月前に到達… なって見えてきた風景は、
生臭い風が飄々と吹きつける荒野のようでもある。そこから見える行蔵も、なか
なか味わいがある。今回、直撃している人たちも、このデフレの中での強者たち。
それが、顧客が数分の1と激減すれば、茫然となって当然。 この激風、如何乗り
越えるか… 自殺もしたくなる。知人の居酒屋ご主人が、TVのインタビューで、
「この10年で、20億以上の借金をして拡大。…止めようにも止められない」と。
「5〜10年先を、如何に読むか?」が、キーワード。 
…100年前のパンデミックから始まった2つの世界大戦と経済恐慌の一連を擬え
るか、一刻の混乱とみるか? 私は前者も見えるが、これだけは神のみぞ知る。
 〜〜これも偶然だが、去年のテーマと内容が、そのまま続編になる!

追文: 内側の底から…死者の叫びが聞えてきたような
< 俺だって死にたくて死んだんだないよ。生きたかったが、死ぬしかないから
 決断したんだ! 誰だってそうだろう! 甘くみないでよ >
・・・・・・
6970,閑話小題 〜何ごとも娑婆の見納め 〜2
2020年04月14日(火)
   * 秀逸な‘新型コロナ’の批評記事より…
 私の創業準備を含めた45年 の 事業人生のハード・ランディングの最期の一撃が
「リーマンショック」と「東北大震災」である。この二匹の同時の黒鳥到来より、
今回の黒鳥は遥かに大きいようだ。 この二波、三波が、必ず到来する。という
ことは、<サッサと転職か、転業を決断すべし>になる。 問題は、別口の
シェルターを、事業設計に用意してあるか否か。比較的順調に乗越えてきた
ところほど、この事態は厳しい。
 ここに「自分だけは大丈夫というバイアス」が。
≪ ◉ 新型コロナウイルス感染症による経済打撃は、リーマンショック以上の
 規模になるのではないかと見ています。最大の理由は、リーマンショックが
「川上から川下へ」という流れだったのに対し、今回のコロナショックは、
逆に「川下から川上へ」と影響が広がっているからです。
 以下で、新型コロナウイルス感染拡大が世界経済にどのような形で影響を
及ぼすのかを考えてみたいと思います(あくまで筆者個人の見解である)。
  ◉ リーマンショックとは逆の流れ
リーマンショックの発端は、米国のサブプライム住宅ローンの不良債権化でした。
これらの信用不安に伴う金融機関の破綻や、公的資金注入によって、世界中で
株価が大きく落ち込み、消費や生産活動の低迷を招いたことで、世界的な大不況
を巻き起こしました。
 リーマンショック時、皮肉なことですが、当時の日本は長引く不況もあって
関連債権への投資額が少なく、おそらく先進国としては初動のダメージが最も
少なく済みました。しかし日本国外での生産および消費が大きく落ち込んだ
ことで、結果的に日本の実体経済も大きな打撃を受けることとなりました。
 このリーマンショック時における経済への影響は、
「金融業 → 製造業(2次産業、生産) → サービス業(3次産業、消費)」
という流れで波及していったと言えます。金融の信用不安発生によって製造業の
キャッシュフローが滞り、生産が落ち込んだことで個人消費が冷え込み、
サービス業も打撃を受けていったという流れ。
  ◉ 観光業、飲食業、小売りから影響が拡大
これに対し今回のコロナショックは、逆の流れで影響が広がっています。
コロナショックで最初に影響を受けた業界は観光業であるといって間違いない
でしょう。中国において1年のなかで最大の旅行シーズンである春節(旧正月)
直前に実施された武漢市封鎖、それに伴う自粛命令によって、日本を含む世界
各国の観光業者が大きな打撃を受けました。
 その後、各国の外出自粛命令によって飲食業や小売業も大きな打撃を受け、
感染者の隔離政策や工場稼働停止命令などにより製造業の生産活動も大きく阻害
されました。特に製造業においては、物流も止まったことからサプライチェーン
の寸断が起こり、今もなお多くのメーカーで供給面での混乱が続いています。
 そして3月に入って欧米でも感染症の流行が広がると、冒頭で述べた世界的な
同時株安状況が発生しました。
 以上の流れは「消費 → 生産 → 金融」という順番です。つまり、リーマン
ショックが川上から川下へと影響が波及したのに対し、今回のコロナショックは
川下から川上へ波及していると言えるでしょう。
  ◉ 財政出動は処方箋となるのか
 こうした経済危機の“震源地”の違いは、各国政府の財政出動の効果に影響を
与えます。 前述の通り、リーマンショック時は、まず川上に当たる金融業界の
信用不安やデフォルトによって資金が滞り、川下である製造業においてキャッシュ
フロー問題を引き起こしました。それだけに、公的資金注入といった金融機関救済
をはじめとする政府の緊急財政出動は即効性のある処方箋となり得ました
(もっとも、当初はEUをはじめ誰が最終的な負担を請け負うのかで揉めたため、
財政出動が必ずしも迅速に行われたわけではありませんでした)。
 今回のコロナショックは、小売をはじめとする第3次産業の現場が震源地です。
それだけに中央銀行などが金融機関へ向けて資金供給を増やしたところで、リーマン
ショック時とは違って、震源地に対する直接の救済策とはなりません。その効果が
第3次産業の出血を止めるにまで至るかというと、可能性は薄いと思われます。

  ◉ 現金配布は効果を生むのか
 では、直接的に消費を促すのがいいのでしょうか。安倍政権周辺では国民に
現金や商品券を配布する案も出ていますが、こちらについてもその効果は疑問です。
  ◉ 翌年は如何なる…
 コロナショックの場合、需要の有無にかかわらずヒトやモノの移動が突然止まり、
消費の現場が真っ先に影響を受けるという点で、過去の不景気とは大きく趣が
異なっています。加えて、次の冬も新型コロナウイルス感染症が再び流行し、
現在各国で行われている渡航制限や隔離措置が行われる可能性があります。
その場合、経済への打撃は来年度も継続することとなりそうです。
 世界経済はここ数年間好景気にありましたが、2019年末には景気後退期への移行が
懸念されていました。そうした矢先で起きたこともあり、コロナショックをきっかけ
に本格的景気後退期に入った場合、影響は長期化するというシナリオも考えられます。

◉ 総括: 以上の要素を勘案する限り、コロナショックはリーマンショック
    以上の打撃を世界経済にもたらすと言わざるを得ないでしょう。≫
 ――
▼   〜9年前の経験より…
 <大津波には、てんでバラバラで、全てを置いて高台に走りなさい。>
隣の人の思惑や顔色など捨てて… これは別格の大地震。まだまだ初期的段階。
以前なら、働き口が幾らでもあったが、これは、階下から火の手が上がったもの。
逃げ口が塞がれているから始末が悪い。実態が表立つにつれ、その深刻度は並大抵
でないことが分ってきた。この連休明けの近未来を想像するだけでも…

・・・・・・
6603,読書日記 〜『サピエンス全史 ―文明の構造』 −3
2019年04月14日(日)
         『サピエンス全史 〜文明の構造と人類の幸福 』
                       ユヴァル・ノア・ハラリ著
    * Amazon読者の投稿より
  〜何ゆえにホモ・サピエンスは生き残ったか?〜
 復習のため、再度、確認のため、Amazon読者の投稿を…
≪ かつて地球上にはさまざまな人類種が存在したが、なぜホモ・サピエンス
 だけが生き残ったのか。ハラリはその理由を、7万年前にホモ・サピエンスの
 脳に起きた「認知革命」に求めた。これによってホモ・サピエンスは、
「虚構」を操る力を手に入れたのだ。 この能力によって人類は、言語を獲得し、
「神」や「国家」などの概念を生み出した。目に見えないものを崇めたり、
自らの身体スケールを遥かに超える大きさの共同体をイメージして、互いに
協力したりするようになったのだ。
 今よりも豊かな生活や、まだ見ぬフロンティアなどを想像する力を手に
入れた人類は、文明を生み出し、イノベーションによって進化のエンジンを
加速させ、この星の歴史上、もっとも繁栄する生物となった。
「虚構」というコンセプトひとつで人類史をクリアに見通してみせた
< 私たちはどこから来て、どこに向かうのか、私たちは何者なのか──。
人類(ホモ・サピエンス)の来し方行く末こそ、私たちにとっての最大の謎。
気鋭の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」は、この究極の
問いのうち、「私たちはどこから来たか」を解き明かそうと試みたものだった。
 ――
   〜ホモ・デウスとは何を指すのか〜
人類の歴史を振返ると、飢饉や疫病、戦争によって人々の生存は脅かされてきた。
ところがいまやこれらは克服されつつある。もちろんこれらの問題が根絶された
わけではないが、実際には飢饉で死ぬよりも肥満で死ぬ人の方が多く、疫病より
も老化で、戦争よりも自殺で死ぬ人のほうが多いのが現実だ。この3つの問題を
克服しつつある人類は、次のステージに向かうのではないかと見ている。
次なるステージで人類が目指すのは、不死と幸福と神性の獲得。サピエンスは
自らを神(デウス)にアップグレードさせ、ホモ・デウスになるのではないか
というのが、本書の予見する未来である。
サピエンスは認知革命によって知のネットワークを拡大させ、やがてそれは
科学革命へと発展していった。科学革命は人間を自然から切り離し、世界の中に
すえる人間至上主義を生み出した。人間の命や心、意識などを特別視する世界観
が支配的となったのだ。だが現代の生命科学者たちは、すべての生命はアルゴ
リズムであるとする。
 私たちの意識は、ニューロンが発する信号によって脳がデータ処理を行う
プロセスの副産物に過ぎない。現代の脳科学では、私たちの自由意志ですら虚構
だとされる。魂や自由意志にかわってクローズアップされるのは、遺伝子や免疫
機能である。「ホモ・デウス」が描き出すのは、私たちが想像もしなかった未来。≫

▼ この情報化社会の変革は、人類誕生だけでなく、生命誕生以来の革命とまで
 言い切る論に、妙に納得する。世界が情報機器で結ばれ、ネットで覆われた
現象。個々人がスマートフォン、タブレットPCなどの受発信基地(サテライト)
を持ち、現場から、個々の生情報を受発信を始めた。これは、個々の脳がネット
で結ばれ共同活用が可能になってしまった。それと結びつき、超人に至る人を
「ホモ・デウス」というが、この超人は、何をしでかすか? 
超人といえば、ニーチェが思い浮ぶ。「何に、神も悪魔も所詮は立場の違いで
しかない。自分が信じる神が他人さまから見たら悪魔だって事もあるし、一生
大切にすると子供の頃思っていた物がゴミへと変わる事もある」
 結局は、その人間が「ホモ・デウス」になっても、その本質は変わらない。
で、そこで待っている事態が、崩壊。

・・・・・・
6240,閑話小題 〜加山雄三とヨット −2
2018年04月14日(土)
   * 加山雄三、ヨット全焼で何を思う?
寅: 悲しいだろうにな〜
八: いや、そうでもないと思うよ。保険にかかってるかどうか、おりるかの
  問題ですよ。自分が会社整理をして綺麗サッパリと割切れたのも、万一を
  考えて保険かわりに家内名義の預金をし続けていた前提があればこそ。
大家: この一件で、もう一つや二つの歌詞とメロディーが出来てヒットでも
  すれば、不幸中の幸いになりますよ。
寅: 歳が歳だから、前のように簡単につくれないよ。でも、あの面構えから
  して、もう一艘、購入して、最期の墓場として海遊びツアーでもするさ。
  幸せな奴は、何があってもバネにして幸せになるさ。それが男だろう。
熊: まさか、万歳!と諸手を挙げられないしね。でも、本心は、誰も、いや
  自分さえ分からないからね。
八: 気力が萎えて落込むのが、一番心配だね。今頃は、中古か、サラのヨット
  の資料を探しているかだ。幸が多きい人間は、そういう考え方をするんだ。
  世の中には、それを妬む、不幸な奴がいるから、隠密裏だろうけどね。
大家: わしなんぞ、甲斐がないから妬む方の部類になるがね。それにしても、
  羨ましいよ。遊びと、仕事が、両立しているんだから。過っての印税も
  入ってくるからね。私なら、大型クルーザーに乗って、ノンビリして
  いた方が気楽で良いけどね。そんな金もないがね。
八: 私なんぞは、寝室に4k・TVを入れてね、世界各国をユーチュブの映像で、
  遊ぶくらいですよ。でも、それが面白いから、カウチポテト族そのもの。
  早速、<4k、金沢ひがし花街>で映像を楽しんだけど、実に良かった。
熊: ったく! 楽しみを二倍三倍にしてしまうんだからな〜。
八: 大家さんと同じく、老い先が短くなって来たからね。
寅: 八つぁんは、俺と熊と違って、さほど加山雄三を羨ましく思ってない
  ようだが。如何して?
大家: 好きなことの幾つかを年月かけて楽しんでいたからですよ。
  そうすると、内なる世界があって、他人の世界と比べなくなりますよ。
八: 最後の最後は、自分の行蔵しか残らないもの。金沢バスツアーをキッカケに
  20歳代半ばの行蔵が多く思いだされたしね。それと、好きな非日常を味わえ
  たしね。また桜の時節も、花見という非日常を楽しんでいるし。
大家: 人間、感情の動物だもの、そう簡単に割切れないですよ。
八: ここで至高体験の絶対量が問題になるの。彼は、それは信じられないほど
  の経験があるから、行蔵の内側は宝庫の山さ。そんなチャチなものではないよ。
熊: 人間って、不平等過ぎないか。普通、良いこと2に悪いこと1、って
  言うけど、俺の場合、真逆で、1対2の感じがするね。
八: そんなことはないね。なら鬱病で、病院通いさ。私が見る限り、2対1さ。
熊: なら普通だ。
大家: 近くに私と八つぁんが居るからさ。それと楽しみに長けている寅さんもね。
  それも、死んでしまえば、ハイ、それまでよ。何も持っては逝けないしね。 
  後期高齢者の身には、一日一日を楽しむしかないね。
八: <笑って過ごそう、ハンカチーフ!> ですか。泣いても笑っても同じ人生
  だもの。泣くも良し、笑うも良いだと、つくづく思うよ。
寅: それにしてもさ、娑婆には、つまらなそうな老人が多いね。
大家: そりゃ、生老病死の問題が色濃くなって、身体は日ごと弱って、
  周辺は次々に亡くなり、内面は穏やかじゃないよ。
八: 問題は、横の顔色ばかりみてさ、笑いものにする腐ったような奴ら…
大家: 「早く死にな!」と、思うが、あれじゃあ、当分は死なないね。陰口、
  悪口のオンパレード。私も、そう思われているし、現にそうだろうがね。
八: 今回の金沢ツアーの帰路の車内で、キミマロの漫談のDVDを流していたが、
  年寄りの悪口が、冴えわたっていたが、途中でハッとしたね。28人の参加だが、
  私が一番の御年寄り。自分の姿を笑っていることに、途中まで気づかないとは。
大家: まだ八つぁんは、私より10歳近く若いけど、80歳の峠は、それはキツイよ。
  キミマラ、いや失礼、キミマロも、年寄り弄りだったのが、自虐ネタの年齢
  に入ったためか、それはそれは、漫談ネタの毒が重苦しくなってさ。
八: そうだ、加山雄三の話に戻そう。失えばこそ、見えてくる己の人生を
  味わるのも、これも人生。どのみち、生きている内の泣き笑い。加賀百万石の
  金沢を46年ぶりに振返ってみて、その折々の「いま、ここ、わたし」と再開し、
  自虐の漫談を味わいつつ、現実に溺れつつある日常の中からドロップしながら
  日々を過ごしている自分との対話も悪いものではない。
大家: おやおや、丁度よく話を、まとめましたね。


7364,閑話小題 〜この10年は、週一のシネマ通いと…

2021年04月13日(火)

   * リタイアをした後に、ドッと疲れが…
 リタイア後に、シネマ館通いを10年近くしてきた。…カタチの上でも倒産は恥。
まして北陸の地のため重大なイベントで、厳しい立場に成ってしまった。金銭的
に追い詰められ窮したわけでなし、平然としているしかない。それが現実に直面
してこない人たちにとって、攻撃の材料に欠ける。 平然としているのが不思議
のようで… 最後は資金問題だが、イザともなれば腹が坐って見える世界がある。
考えようで、面白いといえば、それまでのこと。一足先に、会社をたたんだ人の
先例がある。常に、資金を「こと」に変えていたのが良かった。これは剥ぐことが
出来ない。このコロナ禍で、「その都度、計画的に遊んでおけば良かった」と
いう声が聞こえてくる。一期一会の人生で、遊びだけは… 

 20数年前に、バブル崩壊から、デフレの時代を過ぎ、国内が債権の整理を止む
無く迎えた時節があった。アメリカによる陰謀である! 『資産防衛セミナー』
とかいうのを教えるセミナーに3回も通っていた。
<社内のマイナス部門を集約して、別会社をして、その一括処理をしなさい!>
それが違法でなく、そのまま認められた特別立法があった。 このセミナーは、
その勧めである。そのセミナーで考えたのが、一つだけ個人名義のビルを会社に
売却して、含み資産の赤だしで、5年間の個人所得が返済された。
(その半年後に、禁止事項になってしまった)。

 20世紀末の頃、バブル崩壊は脆弱な中小企業の財務を直撃。経営していた500室
の新潟駅前ホテルも、その直撃をうけて、動きが取れなくなっていた。…そこで
第一ベンクーガーホテルが個人名義、土地値段が暴落。その赤だしで個人所得税を
返還して貰えば良いと。 担当税理士と、ナンバー2が何故か、絶対反対。
目先の資金流出が無駄と。それでも不安定な時代、迷わず決断したが、これが正解。
 
・・・・・・
6969,読書日記 〜ネガティブ・バイアス −3
2020年04月13日(月)
                 <『しあわせ仮説』/藤澤隆史著>
   * 数あるバイアスとは…
 バイアスそのことについてネットで調べると、多くのバイアスが出てきた。
何度も先入観をテーマにしてきたが、ほとんど深堀をしてなかった。
私たちは、家族から、学校から、会社から、洗脳されてきた。バイアスの塊り、
そのもの。他人をみれば解ることだが、自分となると、それに全く気づかない。
「後知恵バイアス」は、巧妙な解説者がよく使う。…「バンドワゴン効果」や、
「アンカリング効果」は、若い女性の特徴の一つ。しっかりと、理解して、
周辺を見直すと、世間様の実態が浮き上がって見える心理学そのもの。   

≪ ◉ ネガティブ・バイアス
 人はポジティブ情報よりネガティブ情報に注目し、優先的に信じたり、強く
記憶に残したりする傾向がある。これらの傾向をネガティブ・バイアスと呼ぶ。
ネガティブ・バイアスは、生物が進化の過程で身に着けたと言われている。
狩猟時代の命の危険をもたらすネガティブ体験や感情を強く記憶しておくことで、
その後に起こりうる危険を察知し迅速に回避することで身を守ってきた。
ネガティブ・バイアスは、命の危険から生き残るため存在する。
狩猟時代とは一変し、比較的安全な生活環境を手に入れた現在でも、
ネガティブな感情はDNAに刻まれ、優先するメカニズムは働き続けている。
  ◉ ポジティブ・バイアス
 ポジティブバイアスとは「何をやっても前向きに思われる先入観」ということ。
ネガティブバイアスとは「何をやっても否定的に思われる先入観」ということ。
この2つの先入観を上手に利用する人が、頭がよく思われる人です。
  ◉ 正常性バイアスとは
 人間には些事に翻弄されないよう、自然と心の平穏を保つ働きが備わっている
ので、日常生活で問題に直面したときにも、それなりに対応できるチカラを有し
ています。ところが、大災害など未経験の事態に遭遇した場合、この働きが過剰
反応し、脳が処理できなくなることがあります。これを「正常性バイアス」と
言いますが、最近、話題に上ることの多い“この心理”が危ないのです!
   ◉ 後知恵バイアス
失敗して落ち込んでいるときに「そうなると思った」などと言われたら、なんと
冷たい人だろうと思いますよね。この時の冷たいセリフが後知恵バイアスによるもの。
つまり、結果を見てあたかも前から知っていたかのように発言をすることです。
これは悪い結果ばかりに限らず、例えば事業で成功した人を見て、
「あいつはどこか人と違うと思っていた」などと言う場合にもあてはまります。
   ◉ バンドワゴン効果
行列ができているラーメン屋に並んだことはないですか?ラーメン屋だけ
でなく、パンケーキのお店、タピオカ専門店など、長い行列ができていると
美味しいお店かもしれないと思ってしまいますよね。
これがバンドワゴン効果です。本当の価値は知らなくても、多くの人が良いと
言っているのだから間違いないと思ってしまう人間の心理によるものです。
古くは、サクラなどという言い方もありましたが、人が集まっているところは
何か面白いことがあるのではないかと思ってしまうものです。
   ◉ アンカリング効果
「定価5,000円のメロンが今だけ2,500円!」安かったので、つい買ってしまった。
これがアンカリング効果をねらった商法です。冷静に考えれば、2,500円のメロンは
安いとは言えません。しかし、定価の5,000円という価格を基準にしてしまっている
ので、半額の2,500円を安く感じてしまうのです。最初に提示された金額がアンカーと
なって、それより安ければたとえ予算オーバーの価格でも買ってしまう現象です。
家電の購入時などで経験したことがある人も少なくないのではないでしょうか。
   ◉ フレーミング効果
物は言いよう、という言葉がありますが、同じことを言う場合も、
視点を変えて言うとまったく違った印象になることがあります。
例えば、「はずれる確率が8割のクジ」より「10人に2人に10万円が当たるクジ」の方
が買いたくなりますよね。「生存率90%」と言われる方が、「100人に10人が死ぬ」と
言われるより希望が湧きます。

 ――
▼ 「しあわせバイアス」があるなら何処の世界にも存在する女王様的存在。
 明るく、清潔感があり、遊びになると、一段と存在感が強くなる。よく見ると、
そこには目には見えない「○○クラブ」的な構築があり、A・B・Cと
ランクをつけ使い分けている。日曜の午後に、『家についていっていいですか!」
という面白い番組がある。その一例の『キャバクラ嬢』の一言が印象的である。
『私には、○○クラブがあって、ランク付けをしているの…』と、想わせぶりな!


7363, 閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! −3

2021年04月12日(月)

   * かくして女神様は女性を御造りになった! 
 …女性創作の逸話ならば如何だろう…? 
 まず真逆の‘助平な女神’が思い立つ。
≪ …女神に甘えた美少年が、「僕の美しさを称賛する生きもの」を願い、
 次は遊び好きな助平な雌を所望して、願いを叶い。その所望が次々と拡大し、
最後に、その相手をするだけで疲れ果て、それらを一つにした雌を所望した。
そこで女神は自分そっくりの女性を御造りになった…。≫
 
 腰の括れに男が魅かれるのは、騎馬民族が他民族を襲い、騎乗で女性を
掻っ攫うに、括れが都合が良いからという。…妙に合点できる論。
バストの大きいのは授乳経験が成せる業。 顔は、全身そのままを、集約した
書籍なら…‘まとめ’‘はじめ’に相当する…? なら最後の‘御終い’なら、
さて何処になる? 

以前、読んだ宗教書に…「神さまは、大自然を御造りになった後に、美しさ、
深遠さを受容でき、言葉として表現可能な生物を人間として、御造りになった。
折角、地球旅行に参加出来たのだから、それを最大限に味合う経験が必要と…
 これを書きながら、金沢の武蔵が辻の美女軍団を想いだしていた。
90〜95点の女性は、そう多くはないが、それでも存在していた。
以前、80点なら何処にも存在するが、90〜95点は、5年に一度、出会うか否か。
 バスト、腰の括れ、全身のバランス、遊び具合、服装センスなどのバランスが
とれて加算出来るのは少ない。化粧、洋服のセンスも加算の一つになるが…

・・・・・・
6968,閑話小題 〜零細業現場の生々しいレポートが
2020年04月12日(日)
    * 生々しい現場の実態
◉ そろそろ生々しい窮状のレポートが現われ出てきた。そのドレモ此れもが、
売上ゼロから前年対比10%〜30%しかない現状を受け入れられない状態。
火事で焼失した家の前で、茫然と立ちすくむ家長のよう。 世界中の炎上は、
75年前の第二次世界大戦の敗戦以来の、過ってない事態。 
 〜先日のレポートが…
<大阪・道頓堀の商店街の実情。客足が激減した中で、その現実を受け止め
 られない商店主たち。あと数ヶ月も続ければ、店としてショック死が待つ。
少し離れた場所で料理屋を開いている主人が、空いたスペースで、屋台を開くが
誰も買っている風もない。…ほんの数ヶ月前までは、中国、韓国人客で日本一
長い商店街が雑踏していたのが、今ではホボ無人。それでも、夏の御祭りの
相談をしていたが、一週間後には、店の存続を相談しあう事態に。
 
◉ 私が、彼らの立場なら如何する? これは一過性の事態か、それとも壊れて
しまって、現状に復活することがない事象か? …私の現時点の判断は、
<長期的には自然界からの警告。一度収まっても、二、三波が襲いくる津波。
根底が問われている。この本質は温暖化問題が背景。それと、世界のリーダー
達の素材の問題がある。中国にとって、過度の資本主義化への歪みの問題。
トランプ・アメリカの降ってわいたような孤立主義。 安倍のアベノミクス、
然り。何がオリンピックか… ロシアは冷戦下への逆行政策。朝鮮問題は
論じるに足りない。それらを背景にした愚行への叱責とみると納得できる。

◉ 昨日のNHK/Eテレで、2年前のカミュの「ペスト」の4回分をたて続きに
再放送をしていた。正しく2年後のパンデミックを暗示していた。
後でテーマの予定だが、「異邦人」「ペスト」でノーベル文学賞を受賞したが、
登場人物の個性が言わんとするところが、私自身の歪んだ想い?と同じ!

・・・・・・
6601,閑話小題 〜お笑い… 春うらら
2019年04月12日(金)
    * 早朝、つれづれにお笑い!
◉ フランスに逃げ帰った?ゴーンの妻が帰ってきて検察に出頭をした。 
‘これでは正にコント’と数日前に、ここで述べた。
「だから、ゴーンの身柄確保に踏み切った」検察の主張を妻自らが実証した
ことになる。それに気づき再来日してきたのだろうが… 逮捕かどうかは? 

◉ 塚田副大臣につつき、桜田五輪担当大臣が失言をして辞任をすることに… 
 この時節に、『災害対策より、候補者の勝利が先!』と本音…。これでは
首相が首を切って然るべき。 大臣として、最も顔を売れる恩恵を受ける職責。 
ここまで失態を重ねる中で、野党がこの地方選挙で大勝できないとは不甲斐ない。
今まで問題にされなかったリップサービスも、ネットで瞬時に拡散される。

 〜〜〜〜
現実社会そのまま描写するとお笑いそのものだが、他人事ではない…
 そこで小噺でも…

   〜老夫婦 (以前、紹介したが… 何か身につまされ再び)
ある田舎町で結婚50周年を迎えた老夫婦に地元の新聞社がインタビューした。
「50年間も結婚を続けてこられた秘訣は?」
すると夫が昔を振り返って懐かしそうに答えた。
「わしらは新婚旅行でメキシコへ行ったんじゃ。そしてロバを借りて二人で砂漠を
のんびりと歩き回った。すると妻の乗ったロバが急にガクンと膝を折り、妻は落ちて
しまったんじゃ。妻は『1』と言うと何事も無かったようにロバに乗り、再び散歩を
続けた。するとまたそのロバが急に膝を折ってな、妻はまた落ちてしまった。妻は
『2』と言うとまた何事も無かったようにロバに乗った。そして三度目に落とされた
とき、荷物の中からリボルバーを取りだして、ロバを撃ち殺してしまったのじゃ。
わしゃあ、びっくりしてな。いくらなんでも撃ち殺すことはなかろうと妻をひどく
叱ったんじゃ。そうしたら妻が言ったんじゃよ」
「何て?」
「『1』」 
 ―
   〜味噌汁の味
ある所に息子夫婦と舅(しゅうと)が三人で住んでいた。 一年前に他界した
姑女は、とても温和で上品な人、嫁にも優しい人であった。
が、舅の方はそれと反対に、頑固で少々意地の悪いところがあった。
かいがいしく世話をする嫁の行動に、いちいち文句をつけるのだ。
 中でも味噌汁については
舅:「婆さんとは全然味が違う、なっとらん!本当に覚えが悪い嫁だ!」
と毎日嫁を怒鳴りつける始末。 ある日、とうとう頭に来た嫁は舅に出す味噌汁
の椀に、こっそりと殺虫剤を振りかけた。 その味噌汁を一口すすった舅が一言。
舅:「これじゃよ!この味じゃよ!! 婆さんの味噌汁は!!」
 ―
    〜チュウ
 家の大掃除をしていると、一匹のネズミが走り去りました。
「キャッ、びっくりした。今のネズミ大きかったなぁ。」
「なぁに、たいしたことはないよ」「いや、大きいよ」「小さいよ」「大きい」
「小さい」「大きい」「小さい」・・・・、二人で言い争っていると、
さきほどのネズミが、「チュ-」
 

最後は …とっておきの("^ω^
   
   〜誰の物まね?
「誰の‘真似声’で電話をしているの?」
「うちのマネージャーっぽい真似じゃ」
       <マネジャーを雇う余裕のない事務所にて>

追:ところで、書き残こしておけば〔私にも歴史あり、過去有り!〕に。
 去年の出発の日は桜は散っていたが、今年は、これから… 平成最後の桜見だ。
 たしか同級会と重なっていた。今年も、花見を兼ねた会が開かれる通知が… 
  30分早いが、さて福島江と信濃川土手の桜見のポタリングに出発… 

・・・・・・
6968,閑話小題 〜零細業現場の生々しいレポートが
2020年04月12日(日)
    * 生々しい現場の実態
◉ そろそろ生々しい窮状のレポートが現われ出てきた。そのドレモ此れもが、
売上ゼロから前年対比10%〜30%しかない現状を受け入れられない状態。
火事で焼失した家の前で、茫然と立ちすくむ家長のよう。 世界中の炎上は、
75年前の第二次世界大戦の敗戦以来の、過ってない事態。 
 〜先日のレポートが…
<大阪・道頓堀の商店街の実情。客足が激減した中で、その現実を受け止め
 られない商店主たち。あと数ヶ月も続ければ、店としてショック死が待つ。
少し離れた場所で料理屋を開いている主人が、空いたスペースで、屋台を開くが
誰も買っている風もない。…ほんの数ヶ月前までは、中国、韓国人客で日本一
長い商店街が雑踏していたのが、今ではホボ無人。それでも、夏の御祭りの
相談をしていたが、一週間後には、店の存続を相談しあう事態に。
 
◉ 私が、彼らの立場なら如何する? これは一過性の事態か、それとも壊れて
しまって、現状に復活することがない事象か? …私の現時点の判断は、
<長期的には自然界からの警告。一度収まっても、二、三波が襲いくる津波。
根底が問われている。この本質は温暖化問題が背景。それと、世界のリーダー
達の素材の問題がある。中国にとって、過度の資本主義化への歪みの問題。
トランプ・アメリカの降ってわいたような孤立主義。 安倍のアベノミクス、
然り。何がオリンピックか… ロシアは冷戦下への逆行政策。朝鮮問題は
論じるに足りない。それらを背景にした愚行への叱責とみると納得できる。

◉ 昨日のNHK/Eテレで、2年前のカミュの「ペスト」の4回分をたて続きに
再放送をしていた。正しく2年後のパンデミックを暗示していた。
後でテーマの予定だが、「異邦人」「ペスト」でノーベル文学賞を受賞したが、
登場人物の個性が言わんとするところが、私自身の歪んだ想い?と同じ!

・・・・・・
6601,閑話小題 〜お笑い… 春うらら
2019年04月12日(金)
    * 早朝、つれづれにお笑い!
◉ フランスに逃げ帰った?ゴーンの妻が帰ってきて検察に出頭をした。 
‘これでは正にコント’と数日前に、ここで述べた。
「だから、ゴーンの身柄確保に踏み切った」検察の主張を妻自らが実証した
ことになる。それに気づき再来日してきたのだろうが… 逮捕かどうかは? 

◉ 塚田副大臣につつき、桜田五輪担当大臣が失言をして辞任をすることに… 
 この時節に、『災害対策より、候補者の勝利が先!』と本音…。これでは
首相が首を切って然るべき。 大臣として、最も顔を売れる恩恵を受ける職責。 
ここまで失態を重ねる中で、野党がこの地方選挙で大勝できないとは不甲斐ない。
今まで問題にされなかったリップサービスも、ネットで瞬時に拡散される。

 〜〜〜〜
現実社会そのまま描写するとお笑いそのものだが、他人事ではない…
 そこで小噺でも…

   〜老夫婦 (以前、紹介したが… 何か身につまされ再び)
ある田舎町で結婚50周年を迎えた老夫婦に地元の新聞社がインタビューした。
「50年間も結婚を続けてこられた秘訣は?」
すると夫が昔を振り返って懐かしそうに答えた。
「わしらは新婚旅行でメキシコへ行ったんじゃ。そしてロバを借りて二人で砂漠を
のんびりと歩き回った。すると妻の乗ったロバが急にガクンと膝を折り、妻は落ちて
しまったんじゃ。妻は『1』と言うと何事も無かったようにロバに乗り、再び散歩を
続けた。するとまたそのロバが急に膝を折ってな、妻はまた落ちてしまった。妻は
『2』と言うとまた何事も無かったようにロバに乗った。そして三度目に落とされた
とき、荷物の中からリボルバーを取りだして、ロバを撃ち殺してしまったのじゃ。
わしゃあ、びっくりしてな。いくらなんでも撃ち殺すことはなかろうと妻をひどく
叱ったんじゃ。そうしたら妻が言ったんじゃよ」
「何て?」
「『1』」 
 ―
   〜味噌汁の味
ある所に息子夫婦と舅(しゅうと)が三人で住んでいた。 一年前に他界した
姑女は、とても温和で上品な人、嫁にも優しい人であった。
が、舅の方はそれと反対に、頑固で少々意地の悪いところがあった。
かいがいしく世話をする嫁の行動に、いちいち文句をつけるのだ。
 中でも味噌汁については
舅:「婆さんとは全然味が違う、なっとらん!本当に覚えが悪い嫁だ!」
と毎日嫁を怒鳴りつける始末。 ある日、とうとう頭に来た嫁は舅に出す味噌汁
の椀に、こっそりと殺虫剤を振りかけた。 その味噌汁を一口すすった舅が一言。
舅:「これじゃよ!この味じゃよ!! 婆さんの味噌汁は!!」
 ―
    〜チュウ
 家の大掃除をしていると、一匹のネズミが走り去りました。
「キャッ、びっくりした。今のネズミ大きかったなぁ。」
「なぁに、たいしたことはないよ」「いや、大きいよ」「小さいよ」「大きい」
「小さい」「大きい」「小さい」・・・・、二人で言い争っていると、
さきほどのネズミが、「チュ-」
 

最後は …とっておきの("^ω^
   
   〜誰の物まね?
「誰の‘真似声’で電話をしているの?」
「うちのマネージャーっぽい真似じゃ」
       <マネジャーを雇う余裕のない事務所にて>

追:ところで、書き残こしておけば〔私にも歴史あり、過去有り!〕に。
 去年の出発の日は桜は散っていたが、今年は、これから… 平成最後の桜見だ。
 たしか同級会と重なっていた。今年も、花見を兼ねた会が開かれる通知が… 
  30分早いが、さて福島江と信濃川土手の桜見のポタリングに出発… 

・・・・・・
6238,閑話小題 〜金沢・富山バスツアー 〜2
2018年04月12日(木)
   * こんにちは、わが青春の金沢へ
 日帰りの『金沢、富山コース』。国内のバスツアーは、十数年前に、、
夜行バスで行った『京都の桜観光』以来、二回目。40歳辺りまでは家族と
とものドライブ旅行か、友人とか、仕事仲間内の企画に参加するとかが主…
 その後、趣味を一品豪華主義とした秘異郷旅行など海外ツアーに絞ったため、
国内旅行は皆無だった。しかし、海外ツアーで腰痛の負担が増えてきて…
 今回は、日帰りツアーとしても、腰痛が心配だったが、何事もなく帰ってきた。。
バスツアーは中高年が多いので、海外ツアーのような、強硬日程は基本的に組み
こんでないようだ。
今回は、金沢の『ひがし茶屋街・散策』と、富山の『あさひ山連邦を背景とした、
「あさひ舟川」の花見』が主である。
『金沢ひがし花街』が風情があって味わいがあった。
写真は、ネットでひろったものだが、着物姿の若い女性や、男女は、貸衣装で
着付けをしたと思われる。当地で数組の芸子らしき連れが歩いていたが、直に、
観光客の「芸子コスプレ」?と気づいた。しかし馬子にも衣裳、派手な和服の
若い女性が妙に色っぽく場に馴染んでいた。
 ネットでひろった写真の芸子は、金沢美人の典型だが、勤め先の女店員の
3分の1は、この程度の美人が揃っていた。当時の写真が一枚も存在いないのが
悔やまれる。私の年代は、戦中、戦後の境目。同じ年代でも、男は数年後の
団塊世代の女性が有り余っているが、女性は終戦直前のため、対象の男が極端
に少ない。特に当時の城下町は、隠れた男尊女卑の文化が浸透していたようだ。
 無役が故の気楽さと、加賀百万石の大らかさが相まって、ドップリと粋ある
美人に囲まれ、鈍よりした女社会の生温かさに浸った日常を過ごしていた。
それと、様々な小料理屋や、おでん屋の酒の味を思いだしていた。世間を渡り
歩いてきたと思っていたが、底辺の一部しか、みてなかったことも、あい知る
ことになった。 花街とは、裕福の男の3%の遊び場の名残りということ。
何時も、極限の先に、大きく世界が広がっていた。 金沢、娑婆娑婆の一節!
  〜【金沢・茶屋街】で検索すると〜
<江戸時代、城下町近郊を流れる犀川・浅野川両界隈に多くの茶屋が立ち並んだ。
 文政3年(1820年)、加賀藩の許可を得、犀川西側に「にし」の茶屋町、浅野川
東側に「ひがし」の茶屋町が共に開かれ、大いに賑わった。この際、旧来の不整形
な町割は改められ、整形な街区が形成された。浅野川をはさんで北西には、茶屋街
の1つである主計町がある。
茶屋町創設時の敷地割をよく残し、全国でも希少な茶屋様式の町屋を多く残して
いるとし、2001年11月14日、種別「茶屋町」で国の重要伝統的建造物群保存地区と
して選定された。二番丁にある茶屋「志摩」は、歴史的価値が高いことから2003年
12月25日に国の重要文化財に指定され、一般公開されている。>
――――
2001/12/21
[178] 忘れられない店ー4(金沢)
   ー平家ー鉄板焼き
 金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。
4〜5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んで
しまっていた。その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。
落人焼きといって、何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。
今でもちょっとないかわった店だ。食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りで
ツマミにでる。大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。その為店が
油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。親父が遊び人風の個性の塊のような
親父で、その話を聞いているだけでよかった。
 当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。2時間ぐらいいるうち、
必ず大喧嘩をするのが名物で、皆それが始まるのを待っている節があった。
「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人が出る始末。そしてすざましい喧嘩である。
たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。
何回も家に電話しているのだ。たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で
大あてをして連れていってもらったのだが、「お前の人生は今日で終わりだ、大穴
を当てた味を知ってしまったのだからだ!」と先輩に説教が始まった。
それがいやに説得があって面白かった事を思い出す。
――――
5140,閑話小題 〜北陸新幹線開通1ヶ月
2015年04月11日(土)
  * 北陸新幹線開通1ヶ月
 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、
富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と
引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在
でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアーで能登半島を
一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に
習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。
特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。
その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半
で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を
つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 
 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の
会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ
こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉。
高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 
金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。
――――
2014/06/05
「事業人生を決心して45年」の語り直しー8
   
   *「語り直し」を始めて驚いたことは
 3年前の結末で、オセロゲームの駒が、白から黒に変わったと思い込んでいた。
ところが、変わったのは細部の記憶が次々と最近のことのように思い出すこと。
嫌な出来事と思っていた中に、自分自身の姿が垣間みることが出来ることだ。
むしろ、不遇の渦中の中にこそ、人生の醍醐味があるということ。ただ、気づく
か気づかないか。 不遇であればあるほど、周囲の人に親切になる。だから、
多くの邂逅が生まれ、味のある日々になっている。成るほど、人生は面白いもの
である。生きてきた課程で、日々、世界が変化している。そして、自分自身も、
大きく変化している。特に、20歳代の変化は激しく、留まることはない。金沢に
いた頃の会社は、最後は吸収合併をされて、今は、何一つ残ってない。あるのは、
抽象画のような記憶だけ。


7362,閑話小題 〜第四・北越銀行の現場は

2021年04月11日(日)


   * まあ、大変だ… 愚痴も言えない現場も!

 第四と北越銀行の経営統合から4ヶ月になる。実際は第四による経営統合と
4年前に書いたが、統合の現場は、それは無惨だろう。特に統合店舗の仕事量
は倍増、そのシワ寄せは弱者の旧北銀社員にかかるのは、必然。 余剰人員の
整理には良い材料そのもの。20〜30年前の20数行あった都銀の経営統合と様相
は同じ。新潟による長岡経済経済の統合に一層…拍車をかけることになる。
 
 台所の排水口がつまり、急遽、ネットで業者を呼ぶことになったが、手空き
の要員が急遽、新潟から来ることになった。ところが、専用タブレットを片手に、
写真を撮ったり、書込みをしながら作業をしていた。そして、最後は手書きの
サインを求められ、請求書が、後で送られてくるので… そして翌日、他の
水漏れとか、何か補修の個所がありませんか…とかの営業の電話があった。
全てが東京本部の指示のもとで行われていた。要するに、情報がネット上で
処理される為、現場の作業要員と、指揮系統は別で済まされる。本人も…、
私の住居が新潟市内で、本部の人の顔を見たことがありません!こういう時代
ですよ!」 …地銀の経営統合もあって然るべき時代になった。これにAI化と
くれば、時代が先駆けをして変化しているようだ! 現場は生々しく変化する。

・・・・・・
6967,閑話小題 〜何ごとも娑婆の見納め
2020年04月11日(土)
   * 龍を怒らせてしまった!
74歳の吾が身を一度、殺して死者の目線で見下ろすのも一興かと…終わりを
 定めると、なる程、様ざまなことが、走馬灯のように浮かび上がってくる。
・生れたのが太平洋戦争の敗戦から5ゲ月後の1946年01月15日。
 亡くなった?のが2020年4月11日。74歳と3ヶ月になる。今年は昭和95年。
 終戦っ子で。昭和を43年+平成を31年数ヵ月、生きたことになる。
・振返ると「昭和」に人生の重点があったことが分る。それも遠くなりにけり。
 1990年辺りのバブル崩壊とソ連崩壊に驚き、2001年の9・11テロに驚き、
 2008年のリーマンショックと、2011年の東北大震災も驚いたが、この新型
 コロナのパンデミックにも驚かされた。 …あたかも、シネマ型の映像世界
 のごとく内容。敗戦後の昭和、平成、令和の時代を生きてきたことになる。

そうこう人生の節目に思いもよらぬ黒鳥が飛来している。これは予測不能のため、
混乱する。私の場合、30年前のバブル崩壊を含めて、何匹もの黒鳥の飛来で、
9年前に止む無くリタイアをした。…ある意味で、現在の事態の露払いでもある。
10年かけて売上が3分の1。現在の日本と世界の状況は、それが2〜3ヶ月である。
楽観論があるが、これは、そう甘くはない。特に日本は、アベノミクスという
不自然な経済政策の失敗が表立ってくる。とはいえ、現在の野党は、烏合の衆。

年内の大混乱は避けられないが、何とか、年内でピークは収まって欲しいが、
その後の2年は後始末に追われる。とすると、来年の東京オリンピックは無理。
政治も混乱期に入る。中国は、この機会を狙い、台湾、韓国、そして沖縄の周辺
に楔をうってくる。米中戦争の可能性が出る。第一次、第二次世界戦争の前夜に
酷似してきた。こういう時節に、地震、津波などの大震災が起こる。
悲観的になって当然だが… この意味することは「権力者たちに力量が試されて
いる」ということ。  …時代に火がついてしまった! 龍の到来である!

・・・・・・
6600,読書日記 〜『サピエンス全史 ―文明の構造』 −2
2019年04月11日(木)
          『サピエンス全史 』ユヴァル・ノア・ハラリ著
  * “衝撃の書”が語る人類の未来
       〜サピエンス全史/ホモ・デウス. NHK 2019 年1月1日〜
 先回、この番組をみた直後、この本を図書館で借りてきた感想を書いた。
その後、録画した番組を三度見直す度に新たな認識を持つことになる。
「人類種のなかでなぜホモ・ サピエンスだけが生き残ったのか」など、人類
の歴史を独自の視点でひもといた構成。 人類250万年の歴史から、
「小麦に人類が逆に家畜化された」など独自の視点でひもといている。
 ホモ・サピエンスは、AIやバイオテクノロジーにより、ホモデウス(超人類)
に進化して別の存在になろうと。 とすると現在、子供が学んでいる知識は、
将来何の役に立たなくなることになる。 現在の情報革命と、それがもたらす
新しい事態は、人類の枠を超えた『生命の発生以来の40億年以来の革命』と
アッサリ言ってのける。 現実社会を僅か20〜30年の間で、情報ネットが覆って
しまい、支配権を奪ってしまった上に、現実を革命的に変えつつある。
10年前は、20万年来の革命」と聞いた時には眉唾に感じたが、その後の現実
からして、「40億年来の大革命」も妙に納得する。外国にいる子供たちと、
スマートフォンで、互いの顔を映し出し、生映像でやり取りする現象は、
一時代前には考えられないこと。
 
   〜印象に残った個所を数回、抜粋する〜
<「人工知能とバイオテクノロジーで、人類は神に昇格する。
 乗り遅れた人間は、格差が進み就労不能な「無用者階級」ができる
『欲望すらAIに支配される無用者階級』という強烈な事態。AI時代に
 取り残された人達は「無用者階級」となり雇用不能者に…>
<人間が取残されないために、一生を通して学び続けなければ、繰返し、
 自分をつくりかえるしかない>
<文明は「虚構」の上に成り立っている。文明が発達するほど、我々は
 不幸になっていく。なぜならその文明は「虚構」の上にもたらされた
 からだ─。>
<西ヨーロッパは近代以前、巨大な帝国の中心地だったこともなければ、
 経済の中心地だったこともありませんでした。西ヨーロッパから広まって
 いった世界宗教もありません。ローマ帝国は、西ヨーロッパの帝国ではなく、
 地中海を中心とした帝国でした。そんな後進地域だった西ヨーロッパが、
 なぜ世界を支配することになったのか。 その謎を解く鍵は、
「近代科学」と「資本主義」の二つが西ヨーロッパで組み合わさったこと。
 じつは「近代科学」と「資本主義」には、共通点があるのです。それは、
 「未知の領域を探検し、その領域を征服したら、飽くことなく次の未知の
 領域をめざす」という考え方です。「地平線の先に何があるのかは誰も
 知らない。だから探検しに行こう。そうすれば、何らかの知識を得ること
 ができ、その知識は自分の力になるはずだ」>
<『サピエンス全史』の第四章で「ホモ・サピエンスは、あらゆる生物のうち、
 最も多くの動植物種を絶滅に追い込んだ生物史上最も危険な種だ」と。>

▼ 『何ゆえ、私が「秘・異郷ツアー」をライフワークにしてきたか?』が、
 事例が変われど、道理は同じく書いてある。
《 …それは、「未知の領域を探検し、その領域を征服したら、飽くことなく
 次の未知の領域をめざす」という考え方です。「地平線の先に何があるのかは
誰も知らない。だから探検しに行こう。 そうすれば、何らかの知識を得ること 
ができ、その知識は自分の力になるはずだ」と… 》。 これをツアーという
システムを使って楽しめたのだから、ツアー御宅も悪くはなかった。それは、
何らかの知識ではない。私の小さな世界にとって膨大の知識と経験を得ること
が出来る非日常の世界。何かのコマーシャルに、「思い出は金で買えない!」
のフレーズがあった。永遠の彼方に持っていけるのは、未知の領域で得た経験と
知識だけ。それをいとも簡単に現代科学はVR(バーチャルリアリティ)で
仮想化技術で… それがSF映画として、私たちの仮想体験を可能にする。
YouTubeに6畳間に65㌅の高性能のネットTVの導入事例があった。一歩部屋に
入ると、嫌な現実からトリップできる、良き事例として…。 『凄いな!』
と感心したが、『この寝室は8畳間、大して変わりはしないじゃないかい!』
 17世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーが
<平穏は、地下牢のなかにもある。だからといって、地下牢を暮らしやすい場所
 にするだけで充分だろうか> …は、閉鎖的城下町でつくづくと思うこと! 
石牢の呟き嘆きが何ともうら哀しく、時には悲鳴に聞こえてくる。時に慰めに?

・・・・・・
6237,閑話小題 〜金沢・富山バスツアー
2018年04月11日(水)
  昨日は、数年ぶりに、観光バスツアーに参加してきた。
地元の越後交通(ゴールデンツアー)の日帰りコース。出発が長岡駅東口で、
早朝の7時20分発。地元到着が19時20分。値段が9500円(税込)。家内が長岡駅
への道すがらにある越後観光ビル内の案内所で見つけてきたツアー。 
・富山県北アルプスを背景にした『あさひ舟川・春の四重奏』の花見と、
・金沢市内の『金沢ひがし茶屋街・散策』
・『ホテル日航金沢のランチ食べ放題』のメニュー。
家内が、このコースに甚く気にいって誘ってきた。この数年、ライフワークの
秘異郷旅行に行ってないため、即座に合意し、参加した。 一つだけ誤算が、
桜の開花が一週間早まり満開の時期を逸し、半分ほど散っていたこと。
それでも、満足できる散策。
 その後、金沢駅前にある「ホテル日航」のランチが思いの外、美味しかった。
「ひがし茶屋街」の散策を1時間ほどして、帰路についた。
金沢には、20歳半ばに一年半ほど、修行も兼ねて勤務をしたことがあった。
立場が立場だけに、気持ちがどん底だったが、ところは、「いとはん」という、
マナーに厳しいと定評のあったファッション衣料チェーン。人手不足の中、
女性専用のマンション寮が大うけで、若い女性の就職希望が殺到していた急激
な右上がりの会社で知られていた。しかし、勤めて半年もしないうちに、ドル
ショックが起きて時代は一変し、売上は激減し、西武流通グループの傘下に入る
激動の最中。社長と、ナンバー2、3の人物の対立もあって社内は荒んでいた。
 しかし、3人に1人は、いわゆる金沢美人。仕事の半分は、様々な悩みの
相談と、信頼の構築。 肩書が無い立場からこそ、気を許してくる。
最悪が故に、面白いことが多かった。女子寮内に、誰か茶道に通っている人
が居ないかと聞いて、寄宿していた寮の近くの一般家庭の主婦が
教えている家を紹介してもらい、1年程、通っていた。当然、そこに数人、
金沢美人が通っていて、週の二回、火曜日と、木曜日と、交互に通いながら、
様々な地元美人と茶道の練習を楽しんでいた。金沢は外モノには優しく、
仲間内にはキメ細かい暗黙の気遣いが歴然としている階級社会。
男尊女卑が歴然と残っている男社会で、一歩も二歩も、男をたてる世界。
富山、福井、能登、飛騨高山が近くにあり、何はともあれ、金沢に… 。
当然、遊び場も、茶屋街に。芸者衆の集まる茶屋街が「ひがし茶屋街」
「にし茶屋街」「主計茶屋街」の三つが金沢藩の肝いりで集められ、現在
に至っている。その「にし茶屋街」に、何も知らずに店のパンフレット
配りをして、その奥深い世界を一端を見た時の驚きを忘れられない。
出あうのは今まで見たことのない御公家顔の美人ばかり。あれは、芸子の
スッピン顔だったと、今回の散策で気づいた。それでは綺麗なはずだ。
 雑種の地方の寄り集まりの首都圏を除いて、四日市、神戸、金沢、新潟、
長岡市と、仕事で渡り歩いたが、こと美人とセンスに関しては、金沢が
一番の粒揃いで‘粋’があった。文化面で一番、影響を受けているのが、
京都の文化である。北陸新幹線開通まで、あまり知られてなかったのが、
他に、料理文化の深さ。現在はどうか知らないが、おでん屋、小料理屋、
喫茶店に味わい深い店が多い。当時の金沢の話は尽きないほどあるが、
どの場面も、青春の真只中の思い出は尽きない。時代は、経済が激動の
中でも、右上がりの、今となっては夢のような時代背景があった。 
ドップリ地元城下町の一角に沈んでいる自分に気づかされた一日だった。
  これを書いた20分後に、ポタリングに出発し花見をする予定。
長時間バスの座席の固定で腰痛を心配をしたが、殆ど問題は無かった。
習慣の力だが、定時の3時50分に起床し、これを書上げ…日常の世界に
舞い戻った。一日とはいえ、この非日常の反動は、数日後に出てくること
になるが…

追: いま気づいたが、3年前に、以下を書いていた。
  少し出来過ぎだが、こんなものか。話題の在庫が少ないだけだが。

・・・・・・
5140,閑話小題 〜北陸新幹線開通1ヶ月
2015年04月11日(土)
  * 北陸新幹線開通1ヶ月
 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、
富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と
引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在
でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアーで能登半島を
一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に
習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。
特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。
その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半
で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を
つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 
 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の
会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ
こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉。
高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 
金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。
   * ジヌ(銭)よさらば! ーシネマ評
ハリウッドか邦画か、翌日放映の‘ソロモンの偽証(下巻)’にするか
 迷ったが、上記の内容を読んで、こういう風変わりも「良いか」で、
これにした。80点だが、不満も残らない内容。観客は10人あまり。
《 田舎の小さな村“かむろば村”に、大荷物で降り立った1人の青年。
彼の名は通称・タケ。一見どこにでもいる若者だが、実はこの男…お金を
“さわれない、使えない、欲しくない”の三拍子がそろった“お金恐怖症”
になってしまった元銀行マン。現金にさわるだけで、とたんに激しいめまいに
襲われ失神してしまうという筋金入りだ。「1円もお金を使わない!」
と悲壮な決意を固め、かむろば村へやって来たタケは、どこか田舎の自給
自足ライフを甘く見ているフシもあり度々命の危険にさらされるが、憎め
ない天然キャラに救われ、村人たちに度々助けられるのだった。・・(略)
クセ者なのはタケだけではない。彼がやって来たかむろば村こそ、一見
どこにでもある寒村ながら、ユニークというには濃すぎる村人たちが生息
していたのだ。学校はないけれど、異常に世話焼きな村長がいる。銀行も
ないけれど、写真好きで目が光ったりする神様がいる。病院なんてもちろん
ないけれど、色っぽい美人が(多少)いる。そんなキャラクターの濃い村人
たちのお蔭もあり、危なっかしいながらも奇蹟的に1円も使わない生活を
続けるタケ。最初はタケの無知と無鉄砲さに半分あきれていた村人たちも、
タケの存在を優しく受け入れてゆく。そんな矢先、穏やかだったかむろば村
に不穏な風が吹き始める。村長の過去を知る不気味な男の出現、同時に迫り
くる村長選挙をめぐる陰謀が発覚!村に来て間もないタケも、知らず知らず
のうちに騒動の渦中へ…。タケの生活は思わぬ方向へ向かいだす…! 》
▼ 少し、いや非常に甘い主人公と、その物語の設定だが、それでも、
 何時の間にか、‘かむろば村’の世界に引きこまれてしまうには、
主人公の松田龍平の周りに、松尾スズキ、松たか子、西田敏行などが、
脇を固めているため。「ぼんやり」と息を抜くには丁度良い。以下に続く!

・・・・・・
4775,ぼんやりの時間 ー8
2014年04月11日(金)              
  * 「懶」 ー心の余白    「ぼんやりの時間」辰濃和男 (著) 
「『ものうい生活』の中に自らなる別天地に休んじ、楽しむことを気取ることが
懶惰」というらしいが、これが、この年齢で、少しは分かってきたようである。
事業を立上げ、軌道に乗せて暫くの間、何もすることが無い日々の別天地を
知っればこそ、この懶惰の味わいが分る。振返ると、あの退屈の懶惰こそ、
お宝だった。その合間の、読書や、秘境ツワーなども、それだ。
《 谷崎潤一郎は、1930年に『懶惰の説』という随筆を書いている。西洋の
 人々がいかに活動的であり、精力的であるかを例示し、これに対し東洋の
人々がいかにものぐさで、面倒くさかり屋であるかを対照的に書いている。
懶惰の代表者は誰か。物語のなかでの人物ではあるが、物臭太郎(三年寝太郎)
の名をあげている。 さて、瀬惰とはなんだ?.
「『ものうい生活』の中に自らなる別天地のあることを知り、それに安んじ、
それをなつかしみ、楽しみ、或る場合にはそう云う境地を見えや気取りにするか
の如き傾向の存すること」 瀬惰心という言葉があるとすれば、この谷崎の
定義はその一面を言い当てている。むろん、西洋人にも瀬惰心の人がいるし、
東洋人にも活動的な人がいるのはいうまでもないが、あるていど類型化
しないと、論旨がはっきりしない。瀬惰をよしとする人は、年中あくせくして
きりきり働く人を冷笑、ときには俗物扱いにする。朝から晩までせかせかと
動き回る人を嗤う傾向がある。一方、瀬惰心に批判的な西洋人は、浮世を
捨てて山の中に隠遁し、独り瞑想にふけっているような人物を聖人とは
思わない。高潔の士とも思わず「一種のエゴイスト」にすぎないと切り捨てる。
 谷崎自身は、瀬惰心というものに、一定の共感をもっていたことはたしかだ。
「とにかくこの『物臭さ』『億劫がり』は東洋人の特色であって、私は仮りに
これを『東洋的瀬惰』と名づける、というとき、自分にもまた、その東洋的
瀬惰なるものの血が流れているという自覚があっただろう。 》
▼ 事業を目指し、準備15年間、立上げ、最後は、津波で流され終わった
 私の事業人生。それを全面否定され、あざ笑われているような内容である。
それも、あと一年で古希になろうとして気づいた底浅い己には、この結果が
似つかわしいと独り納得させられる。 こういう視点もあると割り切っては
いても、気になることは確かである。心の余白など埋めぬがよい! 
いや、埋めようがない!


7361,閑話小題 〜地元経済の具体的事象は…?

2021年04月10日(土)

   * そりゃ、そうなるは!
 ほぼ毎日、出歩いている家内と、ほぼホーム・ステイの私とでは、街中の
現象に対する感覚が違ってくる。長岡駅構の専門店街のコーヒーショップが、
この3月で閉店すると一月前に聞いたが、この店には思い入れのある人が結構
多くて、ヨーカ堂の撤退に近いショックを受けた人が多いとか…。
 そして次は、長岡駅前の大手通りのドン詰まりのローソンが、これまた、
閉店したとか… ここは一歩裏通りの‘殿町’の飲食街の店が、コロナ禍の
客足の激減をモロに受けての撤退とか… ここは、75年前の長岡空襲による
火災後、自然的に発生…?した市場。私の10歳位までの遊び場でもあった。
その一角が、再開発で、市場の形態を守ったまま生き残っていた衰退の象徴。
一年の間… 取り敢えず頑張ってみたが、力尽きたようだ。 殿町の老舗の
夜の商売を何とか維持してきた生残りの人たちにとってショックとか。
これのホットの話題は、家内が通うスポーツジム仲間からの話題からも入る。
 何とか一年は生き残ったが、さてと、このゴールデンウィーク後には、思い
切った決断の時節になる。 地元の北越銀行は、第四銀行と合併、同規模とは
いえ、それは厳しい環境の声が、殿町で怨嗟の嵐になる。 けっこう面白い店
があり、そこの格付けそのままが、銀行格付けになっていた時期があった。
あとは、元・第二地銀の行く末になるが! 垢まみれだが、一度、ワンマン
経営者一族の内乱で、半分は垢が落ちていた。 城下町ネガティブ・キャン
ペーンの多くは、ここから浮き上がっていた… 中越地震、柏崎・刈羽沖
地震で疲弊している上に、これである。それは、そうなるは!
雪の壁で守られてい中越地域も、パンデミックには、抗えないということ!
 
・・・・・・
6966,読書日記 〜ネガティブ・バイアス −2
2020年04月10日(金)
               <『しあわせ仮説』 藤澤隆史著>
    * 9割は否定的な思いで…
<人間の心は放っておくと、九割は否定的方向に傾いてしまいます。だから
 常に肯定的思考を身につけなければなりません。【ジョセフ・マーフィー】>

 9年前にリタイアし、地元に住んでいるが、その息苦しいこと極まりない。
流動性が少ないのが要因だが、否定的バイアス、それも世間バイアスに雁字搦め。
何代前までの因縁で固められていることが多い。 城下町カースト制みたいな
因縁社会である。 これはアフリカのケニアの村町のそれとホボ同じというのが
誰も知りようがない。ここで、安心して住むには、せめて精神だけでも、遠くの
森の高い樹上に住み、虫や、小鳥の鳴き声、囀りから離れるしかないと決めていた。 
 これを書き続けているのも、その一つ。太平洋戦争の敗戦の中で、高度成長を
実直に成し遂げて落ち着きを戻した頃、アメリカ的なポジティブ・マインドが、
日本にも定着をしてきた。地政学的にみて、アメリカ大陸と、ロシア、中国、
アジアの防壁の島国の有利性で比較的恵まれた位置にあり、その恩恵を得て、
現在に至っている。ポジティブ・バイアスの重要性を説いたのが、「中村天風」。
 まずは、日本人が持つ、湿気が多い体質を指摘し『積極一貫』のポジティブ・
マインドの必要性を説く。 
 
 …個々のバイアスは、親がかりのケースが多い。
地元に残り公務員をした同期生の話に、驚いたことがある。
< 父親が酒と博打で、家に金を入れないため、長男の俺が家族を支えるため、
 中卒後に地元の工場に勤務、夜間高校で学びながら働き、地方公務員の
試験に合格し、その後、地方公務員の消防士として定年を向かえた。もちろん、
消防士は、様ざまな手当てが付くことを知って。良い人生だった。 >
しかし、そこに暗い陰は微塵もない。ネガティブの条件をバネとして
ポジティブに生きたからである。 

 …大学がミッション系もあり、その校風が明るく、開放的、かつ純粋。
特に人が良い。 悔しいことだが、小学校からのエスカレーター組のネアカ
に驚かされる。家庭環境が裕福もあるが、幼児教育の根底からして、理念が
ベースにあるのだろう。(例外もあるが…)ポジティブ・バイアスがシッカリ
あるからだろう。そう考えると、家柄が本人にとって重要ということ。

 そこで次回で、他のバイアスをテーマにしてみたい。
…老化すると、ネガティブ・バイアスが頭をもたらすようだ。

≪ 世界幸福度ランキングで指標となっている項目は、「所得」「社会的支援」
「健康寿命」「人生の選択の自由度」「寛容さ」「腐敗の認識」でポイント付け
られています。「寛容さ」は、チャリティなどに寄付をした事があるか?で判断
され、「腐敗の認識」とは、不満や悲しみ・怒りが少なく、社会・政府に腐敗が
蔓延していないか?  これらが判断基準になります。
日本の幸福度は先進国の中でも低いです。
「所得」「社会的支援」「健康寿命」「自由度」では高いポイントですが、
「寛容さ」と「腐敗の認識」のポイントが異常に低いのが日本人です。≫

・・・・・・
6599,閑話小題 〜ケーシー高峰 逝く
2019年04月10日(水)
  * ケーシー高峰 逝く 
 
・・・・・・
6236,閑話小題 〜 「人間は血のつまった袋である」(カフカ)
2018年04月10日(火)
   * 寺山修司 ・語録より
 「所詮、人間はくそ袋」というが、「血の詰まった袋」とは。
それも「話かかける袋」とは。学生時代に名前を聞いたことがあったが、実際に
読んだのは、『さらばハイセイコー』の詩である。こうして読めるのは、実社会
の経験と、知識のベースが出来たからだろう。『旅の詩集』ー逃げろ、生きろー
などは特にそうだ。
 〜ネットで<寺山修司語録>で、検索すると、彼の語録があった。
――――

 “カフカは『兄弟殺し』の中で「なぜ人間は血の詰まったただの袋ではないのか」
と問いかけているが、 その答は簡単だ。人間は「話しかける袋」だからである。
「血の詰まったただの袋」は決して叫んだり話し話しかけたりはできないのである。”
 “カフカは『兄弟殺し』の中で「なぜ人間は血の詰まったただの袋ではないのか」
と問いかけているが、その答は簡単だ。人間は「話しかける袋」だからである。
「血の詰まったただの袋」は決して叫んだり話し話しかけたりはできないのである。”
 ―
 “個人の主体だけが重要なので、画一的な思考は排すべきだという考えは
変わらない 。それはいわば事実ではないが真実の世界であって、虚構ではないが
幻影の体験なのである。”
 ―
“われわれの日常を規制しているのは事実ばかりではない。むしろ事実を
生み出している権力家の<あるいは自分自身の>迷妄なのである。”

“私はこの時代が変わって決して避けられない必然の下に暗い様相を帯びている
とは思えなかった。悲劇的ではあったが、悲劇そのものではなかった。だから
「ニーチェの時代には悲劇的なものを求めることが英雄的であったのに対し、
すでに悲劇的なものが予め与えられている現代では、幸福を求める行為以外に
ニーチェの説いた感情の高密度を保証するものはない」とさえ思ったのである。”

“「運のわるさ」というのは、時代との折り合いがうまくつかないという
ことよりも、自分自身との折り合いがうまくつかないということ”

“「行く」という行為は在りうるが「帰る」という行為はありえないのだ。
回帰するやつは、みんなくたばれ。”

“おやすみは、コミュニケーションの終わりの挨拶である。ここからは何も
はじまらない。……だから、私は「おやすみ」ではなくて「おはよう」という
ことを考える。くたびれて「幻滅の風景を愛撫し」つづけてきた長い灰色の夜を
終わらせるのは、この「おはよう」の思想化ということである。「おはよう」は
主体的だと「おはよう」はこっちから話しかけるための出だしのファンファーレ
である。それは話しかけられるのではなくて話しかけるためにある。”

“詩人に「公生活」があるのかどうかが問題である。彼等の大部分は詩を
実業としてはいず、他に職業を持っているからである。「詩」は虚業だ。
 …私は、ふと「詩人」というのは形容詞なのではないだろうか、と考えること
もある。岡田茉莉子は「美人」である。というような意味で、かれは「詩人」
である―というわけだ。”

――――
▼ “昨日の自分は、いわば影だ。昨日の自分は痛くもなければ快感も感じない。
それは決して今日の自分とは比較できないものなのではないだろうか?…
…人は誰でも、現在的な存在である。…「わたしが一番きれい」だと感じるのは、
いつだって現在なのだ。” の詩が、鋭く突き刺さってくる。
老年に至ったためだろう、泥沼のように過去が、容赦なく現在の私を脅かす。
閑居は、良いことばかりではない。心の中は、快晴の時も、大嵐の時もある。
今の私にとって、「現在は、過去の影でもある」。過去と現在の対話で、何時も
圧倒するのが、過去である。年齢だろう。「老いることは無念!」と言ってた、
伯母の言葉の実感が徐々に身に染みてきた。それを寺山の詩から思い知るとは… 
‘生きていればこそ’ではあるが。

・・・・・・・
3667, 節目どきに ー2
2011年04月10日(日)
 今回の ? を当事者の目線で現状分析すると、
・ 9・11、9・15、の経済震災と、3・11の自然震災の直撃で、事業としての
  立ち居地が悪かったこと! 五割が、これ。
・ 三割がネットなど情報化の影響が直撃、そこにビジネス客の首都圏より
  二時間圏内の日帰りの徹底が地方都市駅前ホテルを衰退を招いたこと。
  グローバル化で、特に、この10年地方経済が衰退したことがある。
・ 最後の二割が、鉄とセメントの装置産業で身動きが取れなかったことと、
  部屋在庫を多く持ちすぎたことである。
・ さらに当方として30年という事業年齢の満期にきたこともある。 
  これらを読めなかった能力不足が全てといえば、その通り。しかし、
 (これを読めというのか?)という内なる声。 結果からすれば、創業後
  10年辺りの最盛期に事業転換をすべきだったが、これはあと講釈。 
  この3つの経済震災と自然震災の結果について、震災は震災として割り切る
  しかない。その辺の、したり顔の下司講釈など・・ 宮城の震災地の真只中で、
  「こんなところで事業をしている御前が悪い」とか言う輩はいないが
  (いや何は何処にもいるか?)、経済震災になると、その辺の類推がでない
  人が大部分だろう・・・。 今回の災害そのものを大地震とすると、恐慌
  という大津波が何波も、もう、そこにきているのに、情報コントロール下
  のため?か、大部分の国民は、分かってない? 今年は2012年の前年。
  この三年は10〜20メートル・クラスの経済破壊の大津波と、放射能
  汚染などのパニックが起こってくる。 たとえとして、ソ連解体直後の
  ロシアの大混乱?や、中国の文化大革命(推定3〜7千万人の??)
  に匹敵する混乱を日本に想定すればイメージがわいてくる。
  リーマンショックが日本経済を直撃している最中に、日本史、いや世界史
  に残る、大震災に直面するとは! 東日本のリゾートホテル・旅館は、
  客が5分の1、10分の1という。長岡の奥座敷といわれるホテル街は、
  ほぼ客がゼロとか。 中越地震で立ち直りかけた矢先に豪雪と、これ。 
  青色吐息でなく、黒色吐息。 それにしても、原発事故の行方がサッパリ
  みえない暗い日日が続く。このままでは経済の先行きは真っ暗。
  この原発事故の汚染が、このまま収まるとは思えない。農業、漁業、土木、
  建設、第三次、第四次産業も、輸出産業など、どれをみても・・
  どうなるのだろうか? 何をかいても曳かれし者の戯言 か、これは。
・・・・・・
4033, シングルイン、31年間の総括 ー9
2012年04月10日(火)
   * つれづれに ー9割がた終了
 抵当に入っていた自宅は家内が買い取ることになり、新潟駅前の物件5つを
加え、すべて決着。 弁護士曰く、「あれから一年、世の中はグチャグチャ。 
この環境下、見切り千両というより、見切り万両といってよい。これだけの物件
で金融関係が全く異議をいってこないのは、初めて。」という訳で、9割方終了。 
一瞬早い決断は、問題を数分の一にしてしまう。あとは個人保証債権を
サービッサーと交渉して家内が買いとるか、破産するか一年がかりになる。
これが残りの一割。 「この時世の中、全ての物件が一年で処分できたことに
逆に銀行に感謝された!」と弁護士。これで現時点で、絵に描いたような撤収。 
これも一連の事業の範疇。経理担当Oさんの管理が完璧だったことが背後にある。  
夜逃げ、首吊りか、合理的撤収になるかは一瞬の決断の間合い。それでも心の傷
が癒えるに数年はかかる。これは、時間の経過と、問題の中心点に気持ちを集中
し続けるしか、解決はできない。多くの要素が絡んだ原因と結果でもあるからだ。 
 一度、社会から身をひくと、経済と社会の流れに鈍感になる。表立ってないが、
深く景気の悪化が進んでいるようだ。起こってしまった東北大震災と、今後予測
される大震災を、連日マスコミで流されれば、住宅関連、車、家電など買う気が
なくなる。その中で運良く全ての物件が売れてくれた。ホテルの装置は稼働して
いないと、内臓(ボイラー、配管)が時間とともに腐り、買い手がいなくなる。 
最悪の場合、建物撤去が必要になり、価値が暴落することを銀行は知っている。
その結果、個人保証に厳しい姿勢になる。 破産をすれば、それで終わるが、
拗れると個人破産にも異議が出る。しかし生きたままの債権移動は、買い手も、
銀行も、債務者も良い「三方両得」になる。目安が3〜5年先と思っていた
ので、歴史的異常時の中、有難い結果である。
・・・・・・
5869,トランジション 〜人生の転機に、トランジション理論 〜3
2017年04月10日(月)

 計画通りに予定挫折などの自己配転を続けるには、「ウエットな心情に、
ドライな頭脳」が必要になる。本来、心は弱く、傷つきやすく、その結果、
生じるのが、離脱、アイデンティティや、方向感覚の喪失感である。
それらを克服していくプロセスで生じてくる覚醒と、信念の芯の強化が自然と
生じてくる。 「正 中心 一点 無」を想念し、問題の中心点を只管、想い
続けるしかない。 それが予定挫折としても、厳しさは同じ。 
 トランジションを3段階に分けた内容とは
  ★ 第1段階… 何かが終わる
≪ 何かが終わるとき、自分の意思で終わらせられる場合と、自分は望まない
のに外部の状況や他者の影響で強制的に終了させられる場合があります。これを
仕事でいえば、前者は自己都合による退社、転職。後者は企業都合による解雇、
転勤、異動などで、慣れ親しんだ仕事、職場から無理やり離される場合です。
後者は、自分が望まない変化であることも多いため、ひどく落ち込んだり、
やる気を失う人もいるでしょう。
 強制的であれ自分の意思であれ、これまで持っていた何かから離れることは、
心理的な痛みを伴うものです。うまく物事を終わらせることが容易でないのは
そのためです。しかし、何かの終わりは何かの始まりでもあります。
たとえ自分が望まない終わりだとしても、新しい自分を発見する良い機会だと
考えて気持ちに折り合いを付け、過去と決別する必要があります。ブリッジ氏は、
「アンラーン(un-learn)せよ」、つまり、「過去の考え方を捨てよう!」と
提案しています。
 さて、何かの終わりをうまく処置するのが難しい理由は、終わりに
 直面した人のほとんどが経験する以下のような感覚があるからです。
•離脱(Disengagement)
 それまで慣れ親しんできた場所や人から引き離されることから生じる感覚。
•アイデンティティの喪失(Disidentification)
 過去の世界とのつながりを断ち切ることで、自己定義の手段を失ってしまい、
 自分は何者であるかということが分からなくなる感覚。
•覚醒(Disenchant)
 自分がこれまで属していた世界に抱いていた楽観的な見方は幻にすぎないと
 気付く感覚(会社や他者に裏切られた場合により強く感じるもの)。
•方向感覚の喪失(Disorientation)
 今後どの方向に進むべきか、そのために何をするべきかといった目標や計画が
 失われる感覚(解雇など強制的な終わりによってもたらされやすいもの)。
 何かの終わりに伴う上記のような感覚からは逃げることなく、
次のニュートラルゾーンにおいて、とことん味わいつくすことが重要です。≫

▼ まず直面するのが、孤立と、孤独に伴う自己喪失感。そこで必要なのが
 幼児時期から、これまでの親からの愛情の温み。それと、小さな成功体験。
そして読書習慣による時空を超えた他者との触媒。一度、生身の世界から離れ、
自分の信念と、能力の棚卸をすること。特に強みと弱みを見据えること。
そこにあるのは、何の力も、魅力も、温かみのない、小さな哀れな自分。
それを直視してから、具体的に歩みを進めるしかない。過去を引きずらない
ことが、最も重要なことは、周囲を見渡せば一目瞭然。捨てきれない自分が、
ここにいる。どの道、誰もが直ぐに死ぬのだから… どの道、同じですか。


7360,閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! −2

2021年04月09日(金)

   * 金沢で学んだこと とは
 出口王仁三郎の書の女性論が面白い!
≪ まず女が居て、そこに助平な神様がいて、女の願いを聞いていた。 
・まずは私と遊んで愉しんでくれて! 
・そして害獣から私を守ってくれる力ある存在。
・そして、何の歓びを満足してくれ。
・この小さな世界から私を連れだしてくれる存在。
・私の、この美を称賛してくれ、美味しい食事を御馳走を供してくれ、
・私の悩み事を解決してくれる存在。

 ところが、その存在が、煩わしくなり、これらを一つにした存在を願った。
そこで神様は、「男」を御造りになった。 …女子は、それ故に、我が儘で、
強欲で、少しノウタリンだが、問題は、それを理解したうえで扱わなければ
ならない動物! ≫
 ―
▼ 特に女性は、一人・独自と、群れの扱いを割切って変えなければ。
 群れの場合は、猿軍団として扱う。個々は丁寧に、群れは上から目線で羊の
軍団のように… たったこれだけの道理を実感しただけでも金沢の一年半に
わたる、経験は充分に価値があったような。

・・・・・・
6965,読書日記 〜ネガティブ・バイアス
2020年04月09日(木)
         < 『しあわせ仮説』 藤澤隆史著 >
    * ネガティブ・バイアス
 他の本にも、ネガティブは生物が生抜く手立てとして、『狩るもの、狩られる
両者の立場の中で、一度狩られたら、お終いだが、狩られなければ、再度の兆銭
が可能のため、狩られないよう否定の念が強くなる』と妙に納得する道理があった。
大家族の中で、末っ子もあり、まずは自分の身を守るのが先決。次は絶対権力者の
両親の傍に身を置き、身を隠す術を得ていた。長女の人と何やら妙な親近感が…。
それは親代わりのためである。
ネガティブ・バイアスを誰も持っているが、それが他者に向かうと強烈に働く。
それ故に、誰かネガティブが見つけると、動物的本能で、集団で襲いかかる先頭
の犬コロになりたがる。それが、如何に自分にとってマイナスかが分らない。
ここで、それを埋め合わせるためには、
<結婚生活の相互関係において、一つの致命的な破壊的行為の埋め合わせに、
少なくとも5倍の善行もしくは、建設的な好意を必要とする。 金融取引や
ギャンブルにおいて、ある額のお金を得る快は、それと同等のお金を失う苦痛
よりも遥かに小さい。… 一度の殺人を埋め合わせる為には、人命を救うような
英雄行為を25回しなければならないと見積もられている。 人の心というのは、
良い物事に比べて、同程度に悪い物事に対して、より素早く、強く、持続的に
反応すると見積もられている。>

< ・古来の哲学も、現代の自己啓発本も、
「人生や幸福とは、私たちの心の創造物である。他人や外的な条件を変えるので
はなく、自身の心構えや物事の受け止め方を変えれば、人生は変わり幸福になれる」
ということを繰り返し言っている。 しかし、「心を変えよう!」と決意して、
これまでのやり方やものの見方を変えようとしたところで、数週間もすれば元に
戻ってしまうに違いない。
 象使い(意志/制御されたプロセス)が「変わろう」と決意したところで、
象(感情/自動化されたプロセス)を変えることが出来なければ、意味がない。
必要なのは、象使いの決意よりも、象を訓練し直すことである。
 心を変えるために必要なことは、頭で考えて変わろうとすることだけでなく、
時間をかけながら行動習慣を変化させることである。(39-43.)
 人間の脳内にも動物と同じように「好悪計」が存在する。味覚や視覚だけで
なく、単語に対しても「好き/嫌い」の判断を行う(「希望」や「楽しみ」など
の単語は「好き」と判断し、「恐怖」や「退屈」という単語は「嫌い」と判断する)。
また、自分の名前などの見慣れたものは「好き」と判断し、自分の名前と響きが
似ている人や仕事も「好き」と判断する。ジョンはジェーンを結婚相手に選び、
デニスは歯医者になり、ジョージはジョージア州に引っ越す確率が他の名前の人
よりも高い。結婚や職業という人生において重要なことも、名前の響きという
些細なことに影響される可能性がある。(43-46.) >
 
 ――
▼ 事業が、そうである。10年以上もエネルギーと資金を投入したのに、一瞬で
 快・不快もないまま、消え去ってしまう。何度も何度も失敗しても、凝りもせず
繰返し… 野村監督の愚痴ではないが「不思議な勝ちはあっても、不思議な負けは
なし。ネガティブ・バイアスも必要である。逆に、いいことを意図的に心の中で
長引かせることが、その体験を長期記憶に留める助けをする。 そのような
「いいことを愛で味わう」体験を何十回、何百回と繰り返し重ねていくことで、
ネガティブなことに過剰反応しない脳の回路を作っていくことが可能になる。
良いか悪いかは別として、ごく身近に、そういう人がいる。近未来に楽しいこと
しか頭にない。それ以外は、何事も見えない。それも長期脳に納めて、次の瞬間
には、忘却の彼方へ。こうなれば、魅こと、としか言いようがない。近所の原信の
レジで曰く… 『この時間に何時もいらっしゃる…御近所ですか? 羨ましいは、
私など知り合いの目が嫌で、わざわざ遠くから来ているのに!通勤時間を取られ!』
…そこには既にネガティブ・バイアスが掛かっている。割引時間にレジを並ぶには、
近所の目があるが、何の気にしないのがポジティブがある。気にするのは、気に
なるからである。「ユニクロ」を着ることに躊躇するのは、普段着=みすぼらしい、
と思うからである。重ね着と、普段着の世界的ブランドと知ればこそ、堂々と
着れるのである。これに近い現象を、屡々、経験する。特に地元に籠ってから!
 恐らく、このブログ内容に対して、多くの批判があるのだろうが… 
「私ってのは、この程度!」の自覚があるため、今さらか。

・・・・・・
6598,閑話小題 〜老いについて
2019年04月09日(火)
              <「四苦八苦の哲学」永江朗著>
    * 漫画家は姿勢によって年齢を描き分ける
  永江らしい厳しい言葉の羅列である。老いた自分の姿と顔を鏡で
 みる度に、愕然とする日々。とはいえ、老いは時間の問題で、誰の頭上にも
降り注ぐのはごく当然のこと。長生きもプラス面もマイナス面もある。長生きは
死損なった状況でもある。
≪ ボーヴォワールは、老いについて
 ヒポクラテスによれば、人間が頂点に達するのが56歳と、
  アリストテレスは肉体の完成が35歳。魂の完成は50歳とする。
 ダンテによれば、人は45歳で老境にさしかかる。
 今日の興行的社会を諦念退職させるのは一般に65最である。』
ある漫画家は姿勢によって年齢を描き分ける。これは生きる姿勢にも通じる。
 更に… ボーヴォワールは
『老人は社会からみれば猶予期間の死者にすぎない。』
『ジジイよりババアと言われた方が厳しい。雌は獲物。若さが枯れた老女は…』
彼女は、ジュアンド―の言葉を紹介している。
『半世紀の間おれは20歳でありつづけた。いまやこの不当所得を
 返上するときがきた。』と。
『現在において、われわれは、われわれの過去を乗越える投企によって
 未来を志向する』 ≫
著者の永江は<人間にとって、死ぬのは二人称と三人称の死かしかないが、
ところが老いは違う。三人称あり、二人称あり、一人称まである。
笑い話がある。『50年ぶりの同級会に出席したら、じいさんばあさんだった」
そう笑う自分が抜けている。 

▼ これを書き続けてきた御蔭で、精神の起伏は少ないが、それでも同年代の
 老いを合せ鏡で見る度に、数時間としても、突如として、老境の自分に愕然
とすることが多くなった。老いそのものは時間経過の状態で、問題は、その受け
止め方。 時間経過とともに、長くなっただけ過去は重くなり、我々の未来は
短くなる。偶然だが、先日、10年後の自分が、その時節の自分の書いたテーマを
読み返しているショートショートを書いていたが、明らかに下り坂のギアダウン
した状態は間違いないためか、重い気持ちになってしまったが、それが面白く
もあった。そこでは、「いま、ここ、わたし」への集中、永遠の感覚が救いに
なるようだが。 その永遠も妄想ですか?

・・・・・・
6235,閑話小題 〜変じゃないかい?
2018年04月09日(月)
   * 不可解な? この絶妙なタイミングに…
 何か不可解な事件が起きた。大統領の自宅のあるビルの火災にしては、
マスコミは騒がない。このタイミングからして、家族に対する無言の威圧になる。
 〜ネット記事によると
【 トランプ米大統領の自宅があるニューヨーク中心部のトランプ タワーで
 7日夕、火事が発生し男性1人が死亡した。消防士4人も負傷した。原因不明。
大統領は不在だった。火災が起きた際、トランプ氏やメラニア夫人はワシントンに
滞在中で、親族はビルにいなかった。同タワーはトランプ氏が2017年1月に
大統領に就任するまでオフィス、住居として使用。現在もトランプ氏の私邸と、
長男らが経営する不動産会社トランプ・オーガニゼーションの本社がある。
 市消防局によると、原因は調査中。火が出たのは分譲住居部分で、家具などが
燃えて室内はほぼ全焼したという。火災発生時に50階(58階ビル)の窓から赤い
炎が見られ、タワー付近は大勢の人が集まって騒然となった。(2018/04/08) 】

寅さん:時が時だけに、何か薄気味悪い時に、嫌な火災が起きたよな。
大家さん:だろう!人の出入りの激しいビルの中で、チェックは難しいはず。
  北朝鮮からすれば、斬首作戦とか言ってるが、他人事ではないよ。
  ドローンで、強力爆弾を積んで突っ込めば、それで済む話。
  大たい、そんな物騒な場所に大統領になっても住み続ける方が変ですよ。
熊さん:俺だって、その位のことは常識と思うよ。どうしたのトランプちゃん。
寅さん:俺もトラだけど、俺と同レベルかいな。 NHKの番組で、解任の続く
  ホワイトハウスの実情を取上げていたが、共和党内も、この大統領の存在
  に、苦慮していると言っていたね。あれは間違って泡沫がロシアの力を
  借りて、大統領になってしまった漫画の世界だね。
大家さん:でも、無謀な政策の実行の段になると支持率が上がるということは、
  やはり、アメリカの本心を、そのまま実行しているだけということですか。
八つぁん:少し話が変わるが、北がオリンピックを機会に、中国に擦り寄ったり、
  韓国や、トランプ大統領と会談というけど、その前に決裂の可能性が高い。
  で、このタイミングに火災だろう。ミサイルの外に、この手もあるかも?
  の予告ということ? とにかく、あそこは移動した方がいいね。
大家さん:時間稼ぎの手段ぐらいは、知っていて、早期に決裂するのが、トランプ
  大統領の思惑さ。ロシア取引疑惑と、無能隠しに、戦争しかないもんな。
八つぁん:金ちゃん、やり過ぎだったよ。あれじゃ核戦争になっても仕方ないよ。
  最悪の事態には、最悪の役者が揃うというけど、よくぞ揃った物。これは
  歴史に残る迷場面ですよ。
熊さん:俺もそう思うよ。これまで、騙しっぱなしだもの北は。いくら何でも、
  もうだまされないよ。で、決裂さ。
大家さん:トランプ:金対談までか、その前の、韓国大統領:金対談までは
  大丈夫だろうが、やはり、緊迫した事態を注視しておかないとね。
 
 追) 何とかなるのかな〜 本当に?
  あれから7年、何とかなったじゃないですか。
――――――
4406, 大丈夫、なんとかなるさ
2013年04月09日(火)          
  * よい先生、わるい先生  ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 
 著者は毎日新聞の論説委員をしており、「文章をうまく書く秘訣」などの
レポートを読んだことがある。「随想は想いを書くもの。その想いを書くとは
思い出を書くこと。多くの経験の中で、記憶として残っているのは、その人に
とって大きなインパクトのあったこと、それを書きなさい」という論に、
ハッとした。 これは、毎日新聞の夕刊に「しあわせトンボ」に5年前から
二年半の間、連載されたエッセー。なかなか味わいがある。 
  ーまずは、心に響いたものから、取り上げてみる。
≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。
 それは中学一年の英語リーダーで先生にニューヨークの、地名の意昧を質問
したことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか」と怒声を上げた
という。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。
独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したことは
ない」とエッセーで言い添えている。 いい先生というと、アメリカのある学校
で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが自分の
仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることである」
と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。
「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」
を教えるのだとなると、それは最終の目標ではなくなる。やがで子どもたちも
変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子はこう答える。
「先生に習うようになっでから、自分が好きになったんです」 
「こころのチキンスープ」で知った話だが、・・・ ≫
▼「数学を教えるのではなく、子供を教えるのが仕事」は、さすが。 
 この随想日記、「自分のために、同調したこと、心に響いたこと、記憶に
残したいことなどの雑記帳・記録帳」と割り切っている。忘却のためのメモ帳
ということ。そう割り切ってしまえば恥も外聞も何もない。「偉そうなことを
書いている割に全然、成長の跡などみえないじゃないか」と言われれば、
「全く、その通り!」である。未来の自分は、現在、そして過去の自分の
子供と想定。 その子供のために書き残すと思えば、逆に手が抜けなくなる。
「未来の自分は、現在と、過去の子供」という言葉、我ながら言い得て妙。
  とすると、過去の自分は現在の親になる。あまり良い父親ではない? 
まあ、いい、この子(私)を見れば、仕方がない! 
・・・・・・
5503,エヴェレスト 神々の山嶺 ―映画感想
2016年04月09日(土)
 「山岳遭難もの」は、苦手だが、『映画道』という言葉があるなら、
この『エヴェレスト 神々の山嶺』を避けてはなるまいと、シネマの日も
あって、昨日の昼ごろ、心を奮い立てみてきたが、これが思いのほか、面白い。
私の邦画の評価で95点は上の上。 人間の極限状況は、そのまま、人生道
にも通じるところがある。  〜まずは、内容紹介より
《 日本のエヴェレスト遠征チームに参加していたカメラマンの深町誠は、
 滑落事故で仲間を失い、登頂は中止になってしまう。
行き場を失い、ネパールの首都・カトマンズを彷徨っている中、骨董屋で
ある古いカメラを発見する。それは、1924年6月8日、エヴェレスト登頂に挑み
ながらも行方不明となったイギリスの登山家ジョージ・マロニーのカメラと
思われるものだった。 マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうかと
いう登攀史上最大の謎に魅せられた深町は、証拠となるカメラを追い、
一人の男に辿り着く。消息不明だった伝説のクライマー、羽生(はぶ)丈二。
彼はなぜ日本から姿を消したのか?その男がなぜカトマンズにいるのか?
「天才クライマー」と呼ばれながら、無謀で他人を顧みない彼の孤立した
過去を調べるうちに、深町はその生き様にのみ込まれていく。そして、羽生に
人生を翻弄されながらも、彼を愛し続ける女性・涼子と出会う・・・。
二人の男と、一人の女。それぞれの想いが交錯する中、己の人生を賭け、
世界最高峰の“神々の領域”へと足を踏み入れる男たちの挑戦が始まるーー。
                  岡田准一、阿部寛、尾野真千子、》
 〜登山家の[羽生丈二]の言葉が良い。
――

足が動かなければ手であるけ
てがうごかなければゆびでいけ
ゆびがうごかなければ
歯で雪をゆきをかみながらあるけ
はもだめなら
目であるけ
目でゆけ
目でゆくんだ
めでにらみつけながらゆけ
めでもだめだったら
それでもなんでもかんでも
どうしようもなくなったら
ほんとうにほんとうに
ほんとうのほんとうの
どうしようもなくなったら
もうほんとうに
こんかぎり あるこうとしても
だめだったら

思え
ありったけの
こころで思え

―想え。           [羽生丈二] 
――

そこに山があるからじゃない。ここにおれがいるからだ。
ここにおれがいるから、山に登るんだよ。 [羽生丈二]
――
▼ 魂から絞り出た言葉が、これか、と思わせる内容。お勧めである。

・・・・・・
5138,閑話小題 〜二人の旅路
2015年04月09日(木)
  前日に続いて見た、プレミアムアーカイブスHV特集
『二人の旅路〜日中 激動を生きた京劇夫婦〜』も重厚な内容。
 日本人の父と、中国人の母と、中国人の夫を持つ、「事実は小説より
 奇なり」を地でいく日本女性の壮大な物語。 〜その概略から
≪ 中国・京劇のスターだった夫婦、梁嘉禾さんと柴田真理さん。
 およそ20年前、残留孤児の妻と日本に移住。そのとき、夫は中国京劇の
 最高峰・国家一級俳優の座を捨てた。妻は「夫のすべてを奪ってしまった」
 と悔いるが、夫は「あなたといる今が一番幸せだ」と語る。
 日中戦争後の中国、文革などの激動の時代を生き抜いた二人。2010年秋、
 逆境を乗越えた末、夫は20年ぶりの舞台に立つ。〜2011年放送。 ≫
  〜ネットに、心のこもった投稿があった〜
《 このTVを観た後、一夜興奮して眠れなかった。涙がとめどもなく流れ、
枕をぬらした。1945年8月6日、麻里さんの両親は敗戦直前の上海で結婚した。
父は東京大学卒業、三菱商事武漢に勤めるエリート社員、母は裕福な20歳の
中国人美女、しかし7日後日本の敗戦、1946年父は強制収容そして日本へ強制
送還、その後は消息不明、中国人の母も日本人と結婚した罪で2年間の投獄、
柴田麻里さんが10歳になった時、母は人々から素性を隠し中国東北部の
貧農へ再婚、その後、麻里は柴麻里と中国名に改名し、京劇女優になった。
しかし、文化大革命の真っ只中、麻里は日本人の子であることが暴かれ 
いじめられ、傷つけられ、紅衛兵にも選ばれる事はなかった。そんな苦しみ
の中、京劇名優梁さんと出会い 恋愛・結婚。しかし、2人は一緒に住む事も
許されず、3年間の別居。再び、麻里は素性を隠すように、西の果て、遼寧省
に移り 夫婦で京劇に徹する。夫 梁さんは 国家1級演劇家として、将来を
期待されたが、日中国交回復後、中国残留孤児として妻の麻里さんは、京劇
仲間から「日本に帰れ」と、苛められ 激しい追い出し環境に耐え切れず、
2人は日本に住む事になる。そんな中、父はウルグアイで亡くなったと知る。
もう日本での親族発見も叶わず、福岡市の残留孤児仲間と一緒に住むうち、
柴田麻里さんは身体を壊し、始めた中華料理店も閉店に追い込まれ、日本政府
の僅かな援助金で、貧しい2人の生活は続く。そして昨年、麻里さんの母親は
亡くなり、母の散骨と、梁さんの京劇記念講演の為、再び遼寧省に向う。
2人の長い、辛い人生を象徴する、大地を走る列車の窓から見る夕焼けの空は
遠く霞んでいた。あの日中激動の下に、押しつぶされていった2人の人生、
哀しい人生だ、しかし誠実な夫と、美しい妻の愛情は今も、2人の人生を 
格調高く 結びつけている。美しい2人の後姿はいつまでも忘れられない。》
▼ 家内と、互いに見つめあうリタイア後からの生活の中で、生きること、
 老いること、夫婦とは、愛とは、厳しさ、優しさとは何かを考えてきた。
その答えが、この物語にあるような気がした。苦難は人生に付きもの。
それに日々、前向きに立向かうしかない。 一日一生の覚悟。


7359,閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! -1

2021年04月08日(木)

    * 金沢・武蔵が辻で学んだこと
 今から思うと、人生のどん底だったような… 
さてと創業にあたって、1年間だけの実社会の経験が少ないと、当時、急拡大
していた金沢のファッション・チェーンの‘いとはん’…後の北陸ジャスコに
修行ということで、3年を目安に入社することになった。 非常にマナーに厳しいと
全国紙に話題の会社とか! …入社してビックリ、内部は寄せ集めの雑兵ばかりの、
軋みばかリが目立つ過渡期。 何故か、NO/3と言われた人事部長に気にいられ、
それが、後あと対立していた社長に疎まれ…所詮は3年後には居なくなる存在と! 
そこは加賀百万石の御膝元。3分の1は、みたことがない加賀美人が鎮座していた。
男が箒を持つことなど許されない男尊女卑が底流に流れている城下町。若い男
には天国のような御国柄。城下町は、男社会が徹していて、若い女は、何とも
生き辛いところ。
当時、大本教の出口王仁三郎の本を近くの本屋で見付け出し「虎穴問答」を読み
感動して、仲間内の女性に説いていた。若い女性にとって、金沢の土地柄は
息苦しい他、何もない。<行き詰まったら… 自らの運命としてまず受入れて
受容しなさい>が、何とも解りやすかったようで… なる程、これが宗教かと、
妙に納得。全てが事象として流し、その苦痛の中でこそ、何かが理解できる。

 その教えの中で、御教祖様は女性の本筋を述べていたのが説得力があった。
                           〜つづく〜
・・・・・・
6964,閑話小題 〜新型コロナ感染による大問題は、これ?
2020年04月08日(水)
          『なぜ夫は何もしないのか なぜ妻は理由もなく怒るのか』
                           高草木陽光 (著)
   * 今さら群れるな、家に引き籠れ!と言われても
 9年前のリタイア後、家に曳き籠りがちな私に対し家内の風当たりは厳しい。
それまでは、平日以外は新潟と長岡と職住分離もあり、適当な距離感があったが、
今では家庭内に大半の時間を過ごす日々。それでも、冬期間以外(12月〜3月)は、
早朝のミニ・チャリ(ポタリング)と、午後のスポーツジムの一時間ずつの2時間
は外出。居間と台所は家内の陣地で、仏間の書斎コーナーと、寝室は私の陣地で
何とか最小の接点で済ます。家内は4人きょうだいの長女で、典型的エゴイスト。
私は8人姉兄の末っ子。弄繰り回されて常に周囲の顔色を窺う日々の生活環境。 
リタイア後、年を重るにつれて、『なぜ何もしないのかと、理由もなく怒される』
日々。50年近く寄添えば、この中で指摘する事象は、全て経験済み。 40回も
秘・異郷ツアーを濃厚な3密状態で過ごせば、夫婦間の揉め事が露出するが故に、
問題解決のヒントの知恵も捻り出てくる。内づら、外づらの使い分けのテクニック
の問題も。‘8割の外での接触を断ち切れ’となれば、そのエネルギーは、家庭に
向かい、当然トラブルが多々、発生する。…そこで見えてくるのは互いの本性の違い。
 ―
 ―
  〜Amazon 内容紹介〜
≪ ◉ 7,000人以上の夫婦問題カウンセラーを実施してきた著者による
 夫婦関係改善本。 なぜ夫婦はこうも相容れないのか! ?
「夫婦なのに夫婦じゃないような気がする」
「夫(妻)の気持ちがわからない」
「些細なことでケンカになってしまう」
「もっとお互いを理解し合いたい」
そんな悩みをもつ夫と妻のために、夫婦問題カウンセリング7000件の
実績をもつ著者が、これまでの相談内容から導き出した解決方法を紹介!

◉ 具体的な事例をあげ「夫と妻の考え方の違い」「夫と妻の受け取り方の違い」
「問題になりやすい事柄」「改善策につながるヒント」「考え方のポイント」
を、家事、育児、会話など38のテーマ別にアドバイス。
いま何かを決断をしようとしているなら、その前に読んでみてください。
きっとこの本の中にあなたの答えが見つかるはずです。

◉ 何らかの問題を抱えている夫婦にも、ひとり頭を抱えて悩んでいる夫・
 妻にも、「うちは問題ない」と思っている人にも役立つ一冊!
夫婦関係はちょっとしたコツさえつかめばうまくいく。

夫婦や男女のすれ違いの実例を示し、その原因を説明し、さらに解決する方法を
アドバイスするというスタイルです。
数多くのコンサルでを通じての有益なアドバイスが多いです。
実例のサワリです。
◆ 結婚したら結婚記念日を忘れるのが夫、結婚記念日にこだわるのが妻
◆ 嫁と姑を仲良くさせようとするのが夫、姑と縁を切りたいのが妻
◆ 目的があるから買物に行くのが夫、目的がなくても買物に行くのが妻
◆ 必要とされていると実感する時、幸せと感じるのが夫、愛されていると
  実感する時、幸せと感じるのが妻
◆ 母親が好きなのが夫、実家が好きなのが妻
◆ スポーツで汗を流してストレスを発散するのが夫、メロドラマで涙を
  流してストレスを発散するのが妻
◆ 子どもには自分と同じ道を歩んでほしいと考えるのが夫、
  自分とは違う道を進んでほしいと思うのが妻
◆ 夫婦ゲンカで逃げるのが夫、責めるのが妻
◆ 離婚で白髪になるのが夫、茶髪になるのが妻
◆ 老後はふたりで生きたいと思うのが夫、自分だけのために生きたいと
  考えるのが妻。どうも夫は妻に依存する部分が多くて、妻の言動にアワワと
  なるケースが目立つように感じました。 ≫

 ――
★ あれだけ赤提灯、スナックが立ち並び、それぞれが商売として成り立つのは、
 そこに「疑似家庭」を見出すため。家でも、妻子に嫌われ、会社では四方に気使い。
唯一、週末に疑似家族で我居場所を見出す。憎き上司と、妻への愚痴を客同士で
慰め合う。 自立できない互いが、理解し合うことなど所詮は無いものねだり。
 …としても、美味い酒と料理を数知れず飲んできたことも確か。
どれもこれも夢幻、幻想の世界。

 ・・・・・・
閑話小題 〜お笑い副大臣
2019年04月08日(月)
    * コントのような
 人生をふり返えみると、自問自答を繰り返えす、正しくコント。
無知の知で、この程度の自分を笑えるだけ助かっている… コントと思えば
何ごとも許容できようというもの。
・再度、逮捕された日産のゴーン容疑者の妻が、夫逮捕の翌日、没収された
パスポート以外の他国籍パスポートで国外脱出をした。これはゴーン自身に
とって極めて不利。再度の逮捕の正当性を妻が肯定したことになる。
それを知ってか知らずか? これってコント? 
・地元出身の副大臣の御粗末な本音の「忖度発言」。自民党にとって極めて
甚大な失言になる。権力を持つ者の驕りが集約されている。安倍首相の忖度
問題が沈静してきたのに、この時期に寄りによって…  リップサービスと
いう言訳がコントそのもの。「また地元出身かよ」が自然と出てくる。
・地元の県議選、談合疑惑で棄権かどうか迷った末に、野党の候補者に批判票
として投票。それでも当人はトップ当選ともなれば、何をか言わん… 支持者の
忖度があったということ? ここは城下町長岡。この程度では落選はない。

   * 庭の梅の木に鶯が連日…
 庭の梅の木の花が満開で、このところ連日、鶯がやってきて「ほ〜ほけきょ」
と声高らかに鳴いている。全身が黒目で鶯色が混ざった小型の大きさ。絵に
なっている。何故か何時もカラスの鳴き声の直後に、飛び出していく。
この咲き具合だと梅の実が大量に穫れる。そして、梅の隣の桜、次が藤の開花に。
植えた両親は亡くなっても、花は、その時節に咲く。家庭とは家+庭の佇まいを
いう。家主が替わっても、そこの草木は育ち続け、花咲き、野鳥を受入れる。
梅も、桜も、藤も、老木?になったが、毎年、この時節に忠実に開花する、
4月上旬の春の息吹きが何とも嬉しい。そして、平成が春と共に終わる。。

・・・・・
4772,ぼんやりの時間 ー5
2014年04月08日(火)
              「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) 
  * 「独」―独りでいること  ーぼんやり道
「ぼんやりの時間」は独りでいる時である。人間は生まれてくるときも、
死ぬときも独り。宇宙の一点に独りおかれた存在で、その背後には暗黒が
無限に広がっている。だから、自分という存在と、親しい人の存在が大事。
  ー以下の部分に納得するー
《 アン・モロウ・リンドバーグは1955年に『海からの贈りもの』を刊行
 している。この本には、多くの心に残る言葉がある。 たとえば
「今日、わたしたちは、ひとりになることを恐れるあまり、ひとりになる
ことができなくなっている」という言葉。いつもだれかとつるんでいたい、
群れていたいという習性になじんでくると、人はしだいに「独りになること」
が怖くなる。仲間はずれにされるのが恐ろしくなる。群れてみたからといって、
心が満たされるものでもないのだが、独りっきりになるよりはましだという
気持ちになり、人は群れようとする。A・M・リンドバーグはこうも書いている。
「わたしたちは、ひとりの時間を求めなければならない。ひとりで静かに
過ごす時間。ゆっくりと考える時間。祈りの時間。音楽、読書、そのほか
何かの勉強でも、仕事でも、自分を自分の内部に向かわせて、わたしたちを
分断しようとする各種の遠心的な力に抵抗しなければならない。」
 なぜ独りになるのか。独りでいることによって、人は「静かに過ごす時間」
というものを味わうことができるからだ。「ゆっくり考える時間しを過ごす
ことができるし「自分の内部」に思いを向ける時間をもつことができるからだ。
「空想にふける」時間も生まれる。『孤独の空間に自分の夢の花を咲かせる」
ことだってできるのだ。そして、独りでいることと、ぼんやりすることとは
かなり重なっている、と私は思う。・・(略)
「寄せては返す波。松林を吹き抜ける風。砂丘をゆったりとはばたきながら
飛んでいく都鶏。そんなものが、あわただしい都会の暮らし、時間割りや計画
のざわめきを消してくれる。そうして、ただそこに横になったままのわたしを、
あるがままでいさせてくれる。横になったわたしは、波で平らになった浜辺と
ひとつになる」。「ぼんやり道」というものがもしあるとすれば、このあたり
の文章はまさに「ぼんやり道の奥義」、といっていいだろう。
ただそこに横になっている。あるがままの自分がそこにいる。・・
 リンドバーグは、さらにこの本で、「孤独の力」といったことについて、
重要なことを書いている。「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて
重要な時間である。ある種の原動力は、わたしたちがひとりでいる時にだけ
湧いてくる。芸術家は創造するために、作家は考えを深めるために、音楽家は
作曲するために、そして聖者は祈るために、ひとりにならなければならない
ことを知っている」 独りでいる。独りでいることで、心安らかにぼんやり
することができる。ぼんやりしながら、いつか自分の内面と向き合っている。
謙虚な気持ちで、内面と向き合っている。・・・ 》
▼ 午前中の5時間は、ミニ書斎でブログの下書きと、修正、読書、ネット
 サーフィンのいずれかをしている。この時間帯は時間感覚が無くなって、
完全孤立の壺の中。没頭ないし、ぼんやりの世界という方が正確だろう。
 そこで生じた内容を公開していることもあり、日常の生活でも、孤立感とか、
孤独感が全くない。毎夜、4時間の爆睡後、うとうとしたり、夢をみたり、
急に頭が冴えわたったり、またぼんやりしている時の漆黒時間帯がある。
この孤独の3時間は、何ともいえぬ味がする。潜在意識と、顕在意識の際が
混濁した時間帯で、時空を超えたフラッシュが現れ出てくるが、決して
楽しくない。老いとは、この時間帯の感覚が、昼夜続く孤独な老人になって
いくこと。とすると!

・・・・・・
6234,閑話小題 〜ストーカーについて
2018年04月08日(日)
   * ストーカーの特徴とは
 最近、元アイドルにつきまとっていたタクシードライバーが逮捕された。
相手にされず逆恨みによるストーカーによる殺人事件も定期的に起こっている。
そこでストーカー研究者が上げる特徴を調べると…
 ・他人をコントロールしたがる(支配的な趣向)
  自らの言動を他人のせいにする(責任を持てない)
  社会的に孤立しやすい(社会への適応能力がない)
   の三つの性格を持つ。
 ・自分をつねに周りの被害者(犠牲者)と感じている
 ・日常的に嘘をつき騙すことが得意
 ・怒りをともなう愛情を持つ
 ・権利を主張したがり、他人への要求が多い
 ・拒絶を受け入れることが出来ない
 ・他人がいなくては自己を確立できない(依存心が高く、自立心がない)
 ・標準的か、もしくはそれ以上の高い知性を持つ
 
思い込みの激しい、唯我独尊の人で、まず浮かんだのが、刑事モノTV
ドラマ『相棒』の陣川公平、その人物像は、
【警視庁捜査一課の経理担当。階級は警部補。大阪府寝屋川市出身。
刑事を目指して部屋中指名手配犯の写真を張り巡らしているが、思い込みの
激しい性格のため、二度も誤認逮捕を起こして、一度特命係に左遷される。
すぐ捜査一課に復帰し、その後も度々登場するが、思い込みが激しく人の話を
聞かないキャラクターにどんどん拍車がかかって、あちこちの事件に首を
突っ込んではひと騒動起こしている。良くも悪くもお人好しなので、呆れられ
つつも人物評自体は悪くないが、その性格を利用される事も少ない無い。
思い込みが激しいために失敗が多いが、冷静に全体を俯瞰すると先の事を考え
行動出来る漢らしさを持っており、当て馬となって他人の恋を援助したり、
下記では杉下を先んじた事がある。】 とある。このタレントの演技が抜群。
<日常的に嘘をつき騙すことが得意>以外は、そのままストーカー・キャラ。

この幾つかの要素は、誰にもあるのだろうが… それが好意のある異性に
集中し暴走し、つきまとうとストーカーになる。4人の姉たちの薫陶と生身を
見ていた御蔭で、冷静でいられたが、巷には相性の良さそうな理想に近い女性
は思いの外、多い。数多の人を観てきた中で、この特徴を備えた人の顔が思い
浮かんできた。己が作り上げた虚構の世界に支配され、それが特定の女性に
向かった結果だが。被害者は恐ろしい限り。こういう人を「内省的」という
より、「内向的」、いや造語で、「内性的」というのだろう。
片想いなら誰もするが、それが発展して粘着し捻じれた結果だろうか。
元の連合いに、執着し発展するのもあるそうな! …で、図書館で、
『ストーカー加害者〜 私から、逃げて下さい』を借りてきた。
この本のサブタイトルで、粘着型、求愛型、一方型の分類が理解しやすい。
それぞれの好みがあって社会は成立している。その拗れた行為を言う。
当人曰く「隙だらけ!」というが。付いている機能は同じと考え及ばないから、
やはり無知の成せる業。何の世界は、男も大変だが、女は、もっと大変だ!

・・・・・・
5137,閑話小題 〜定年・夫婦で走った40日
2015年04月08日(水)
    * 定年・夫婦で走った40日
 昨日のアーカイブの番組が現在の自分を考えるのに丁度良い内容。
平日の朝9時のプレミアムアーカイブスを、隔週に一回位はみるが、
今回の『定年・夫婦で走った40日』が考えさせられた。恐らく旅行代理店
の企画だろうが、全ての車が乗用車に牽引するキャンピングカー。
48台が連なって走るのは西部に向かう幌馬車隊を髣髴させ、壮観。
  〜まず、NHKの番組案内より
≪ アメリカのテキサス州から中米のパナマまで、24台の車が連なって
 5000キロの旅に出た。旅をするのは夫婦で第二の人生を走り始めた
中高年夫婦たち。子どもが独立した夫婦。伴侶に先立たれ再婚同士の夫婦。
伴侶の思い出を抱きながら単身参加する男性。さまざまな夫婦がメキシコ
と中米6ヶ国を訪ね、向き合い、これからの人生を見つめた40日の
心の旅日記。 〜2001年放送分 ≫
▼ 47人の平均年齢が67歳、年齢は50〜70歳半ばまで。
 とすると、私と家内の平均と同じ。それぞれ夫婦の道中の会話で、人生を
振返り、語り合う。それまでの子育てと、それぞれの仕事のため、24時間、
向き合うことが無かった二人が、様々なトラブルの中で、協力し乗越えていく。
二人参加の旅は、夫婦関係にとって、非常に危険を伴う。普段、隠蔽?
されていたトラブルが、圧縮された移動空間で、噴火する。だから、成田離婚の
悲喜劇が起こる。ツアーで、百回以上の参加経験者がいても、夫婦の参加者の
10回以上は今までなかった。多くて7〜8回。 24組の参加者で、一組の
脱落者が出なかったことに驚かされた。夫が『二度、殺したくなった』に、
妻が『寝ているときでしょう。解っていたわ』は、何とも迫真があった。
ところで、キャンプ地の料金は、平均10ドル。帰りは同じ道を辿る。
「ぼんやり!時どき旅」が理想か。それとも「旅をしながら、ぼんやり」か。
・・・・・・・
3665, 関係性が問題
2011年04月08日(金)

・・・・・・・
5867,閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2
2017年04月08日(土)
   * 大蔵直轄統治の大光は
・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が
TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は
下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、
前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から
他県の有力な地銀との連合が筋道なるが…  考えてみれば、今まで動きが
無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の
疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行
まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。
銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、
弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め
ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが
銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉
強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。
立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。
・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス
からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。
長岡市内の4行のうち、二行が統合なら、残り二行の統合案も奇抜でない。
しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。
ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。
また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、
元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。 
・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、
問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは、官僚役人
の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は
絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ
浸かってしまった私。「事前の一策は、事後の百策に勝る」という。 
この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、
文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!


7358,閑話小題 〜毎日が、コロナ禍の感染者数で…

2021年04月07日(水)

   * 感染者数に左右される日々が毎日続いている
 飽きずに、毎日、コロナ禍のニュースを書いている。百年前のスペイン風邪も、
こんな感覚だったのか? 当時は息を潜めて、語らず黙していたのだろう。
今回は?この情報社会の真只中で、情報は映像と画像と、数値は検閲も無いまま、
垂流されている。アメリカ大統領も、インドの貧民街の少女も、同列に置かれる
から始末が悪い。このパンデミックで、世界の激流が一挙に増したような。
部屋で大型TVを見ていると、未だ知らなかった映像が次々と現れ出てくる!
ステイ・ホームの視聴者狙いで、過っての優秀作品なればこそ。この3年間で、
これまで蓄積してきた知識量を遥かに超えた感覚がある。
 ――
   * 如何すりゃ良いのか思案橋
◉ 地道に営業を続けてきた街の食堂や、居酒屋、美容院、床屋などが、ここで
大きな試練に立たされている。この半端の蛇の生殺し状態も、そう長くは続かない。
三条駅前のビジネスホテルが、5分の1に売上が激減。 一部を大学生の長期宿泊
(学生寮)を始めたとニュースにあった。私自身が、20数年前に試行錯誤の一策
の一つ。この1年の経営環境の規模と段差が違う。15年、20年が1年に圧縮され、
改革を迫られている。一昨日のニュースで、駅構内の『立ち食い蕎麦屋』が、
移転、廃業が直近の大問題とか。 日銭商売なればこそ強い体質だったのが、
干上がっている。今さら転業もないし、再建の目途も見当たらない。財務体力の
ない店は、これまた自然消滅するしか手立てがない。…
◉ …まずは弁護士に駆け込む、倒・廃業の準備資金の準備。‘連れ’の連帯保証
の範囲の確認と、手元資産の現金化。そして引越し先の選定。最速で半年は要する。
事業は大小に関わらず現ナマが有効なシェルターになる。地球上は資本主義社会。
誰も助けてはくれない。 そこに現われるのがハイエナのようなウダツが上がら
ない男たち。 居酒屋、スナックで、その噂をネタに肴のツマミに講釈が始まる。
最後の砦はステイホームと、それを維持する現金しかない。それも下位3割が、
預金ゼロ。100万位を入れると5割近くが皆無に等しい。そう現実は甘くはない。
◉ 現金を持っては死ねないし… 死んでしまえば、つかい様がない。その辺りが、
人生の難しくて残酷なところ。

・・・・・・
6963,閑話小題 〜先行き、如何なる…?
2020年04月07日(火)
   * 新型コロナ… どの辺りで済むのか
◉ 新規店・、事業の開業法則に、年々改善を加えないと‘3年、上昇、7年
下降の10年で消滅する…’<「へ」の法則>がある。そのため、次年度から、
それをカバーする新しい要素を足元に付け加えて延命する必要がある。
この新型コロナに当てはめ1年スパインとして、3ヶ月、上昇し、7ヶ月下降と
当てはめて、1年に仮説すると、年内が目安、という論法は少し強引か。
中国、欧州、アメリカ、日本へと、その中心を変える、このパンデミックは、
なかなかの強もの。当初は市場の野生動物が肉が発生源といわれたが、最近、
違う説も出てきた。

◉ 個人業主が多い、際モノの‘飲食、サービス業から、レジャー産業などを
はじめ、全産業に至るため、このまま続くと経済恐慌が起きかねない重大局面。
世界最大の経済大国の米国が今、コロナウイルスとの泥沼の戦いでもがく。
感染拡大防止のため外出禁止などの対策を導入した結果、経済は一気に冷え込み
大量の失業者が生まれている。失業率は6月に30%超、3人に1人が失業者という
史上最悪レベルに達する予想も浮上する。地獄の様相が、今日明日にも始まると
いうが… 

◉ 今日、日本も重い腰を上げ、「緊急事態宣言」を出すが、罰則が弱い竹光。
実際の効果は危ぶまれている。そこは日本人の実直さでカバーが可能かどうか。
としても、遅きに失した。これは他人事で済まされない事態。 年齢からして、
伝染されたら危険な事態になる。特に年寄りは家から出るなというが… 
◉ 感染症のパンデミック(世界的流行)は、社会格差をあらわにする作用がある。
生活に困難を抱える人、経済的弱者といったいわゆる「Low SES」と呼ばれる人々に
基礎疾患が多いことは、すでに確認されている。アメリカでオバマが、厚生年金
導入をトランプが、アッサリと潰した。 …死者急増の背景には、それがある。
社会的混乱を最小に抑えるため、各国の政府筋は楽観的見通しを出すが、簡単に
治まる訳があるでなし。悲観、楽観と迷ったら… 間違いなく悲観の見通しを
とるべきである。何と恐ろしい事態になってきた。特に中近東、アフリカ難民には
きびしい事態になる。

・・・・・・
6596,閑話小題 〜即席・ショートショート −2
2019年04月07日(日)
   * 10年後の「技術的特異論者」の呟き
≪ 今から十年前の、この随想日記を紹介しよう。でも、83歳まで生きて
 いようとは思わなかった。成るほど「死にぞこない」である。しかし、
生死の際なればこそ、情報機器の進化の御蔭で、技術的特異の現象を味合う
ことができた。 10年前の、この文章を読もうと思ってもみなかった。
一年近く前に1万テーマを書上げた。これらの内容を同月同日に読返すことで、
脳の活性化が出来ていた。老いるとは、老いという病気が重症化を
していくことでもあった。 じゃあ、生きていて良かったかと言われれば、
「実に良かった」のが現実。世界は日々変わっていく。10年前に、
「技術的特異点」が2045年と言われていたが、既に、到達してしまった。 
今では世界は、AIの判断を最大限に徴用する風潮になっている。そうするしか
ないもの、正しいのだから。身体は老化で動きにくいけどね、小さなロボット
に、これまで書いた随想日記をインプットすると、その時の気分に応じて、
呼出してきて、その関連映像を、自動的にゴーグルに360度の視界に呼出して
くれる。嗅覚、味覚も、脳の神経を刺激することで再現できるとは…  
自分の過去も、例えば20歳の1966年の映像が、瞬時に次つぎと現れる。
それは、10年前でも可能だったけどね。 当時、ドローンって有っただろう。
あれがAI化して進化して、配送の世界を激変させたの。自動車のAI化の技術が、
様ざまな分野に応用されてね。何でも自動化されて、人間を駆除したしまって。
通貨も今では、多くはネット決済。仮想通貨も当り前だもの。無用階級の
人たちが殆ど。何もできない… 誰の責任でもない。生まれが悪かっただけ。
当時、生命誕生から40億年来の革命って書いていたでしょ。まったく、その
とおりになってね。 情報化って、何もかもが、直に評価され晒される。
この時代、物語化する能力が重要になってね。 何とか、それで昔を語っている
から、娑婆?に繋がってるし。 ≫ 

▼ 即席のショートショートだが、10年後の視点からの独り語りは疲れる。
 8割かたは生きていないだろうが、死損なって、読返したら何と思うか。
以前、みた映画 「LUCY/ルーシー 脳が覚醒した女 」を想いだした。
【 ごく普通の生活を送っていた女性ルーシーは、台北のホテルでマフィアの
 闇取引に巻き込まれてしまう。マフィアは人間の体内にある物質を埋め込み、
その人間を海外に送り出すことで物質の密輸を行おうとしていたが、ルーシー
の体の中でその物質が漏れ出すアクシデントが発生。その影響により、普通の
人間なら全体の10%しか機能していない脳の機能が、徐々に覚醒していく。
脳の覚醒率が上がるに従い、超人的な力が解放されていくルーシーは、自分と
同じような人間を二度と生み出さないためにも、マフィアの計画を阻止するため
に動き始める。 …覚醒度が進んだルーシーは、他人の肉体、磁波、電波の制御
が可能になり、量子物理学、応用数学を含めた膨大な知識を脳にインプットし、
細胞核の無限の可能性を体感するようになります。】
 恐らく、このままの生活習慣を10年間も続け、情報機器の進化に馴化すると、
ヒロインのルーシーの数十分の一まででないとしても、脳力は、現在と比べて
数倍、数十倍にアップするのでは? それが世界中の人々ともなると… 
考え合わせると、人類の、そう遠くない未来に悲観的になる。
<アッラーの御望みで、一度、清算を…>などと考える輩が出てくる可能性が。

・・・・・・
6233,閑話小題 〜「人は成熟するにつれて若くなる」
2018年04月07日(土)
        『人は成熟するにつれて若くなる』ヘルマン・ヘッセ (著),‎
   * 成熟は、若さを誘う
<「わがままこそ最高の美徳」>と同様、Amazon内検索で見つけたヘッセの本。
還暦、古希を過ぎて暫く経つが、肉体の劣ろいは感じても、気持ちは40、50歳時
と殆ど変わってない。後先が少ないためだろうが、好奇心だけは、ますます冴え
わたっている。老化で「バカの壁」が薄れてきたためだろう。私としては、
「成熟のため!」と思いたいが、如何考えても思い当たる節がない。
以下のヘッセの言葉は、鋭く私に問いかける。
 ――
             <☆は、思い立ったこと>
≪・<老年は、私たちの生涯のひとつの段階であり、ほかのすべての段階とおなじ
 ように、その特有の顔、特有の雰囲気と温度、特有の喜びと苦悩をもつ。>
 
・<老齢が苦しみをもたらすこと、そしてその終点に死があることは誰でも
 知っている。私たちは年ごとにいけにえを捧げ、諦めなければならない。
私たちは自分たちの感覚と力に不審を抱くことを学ばなくてはならない。>
  ☆ 生贄ですか、あれが生贄… 。

・<六十年、七十年来もうこの世にはいない人びとの姿と人びとの顔が私たちの
 心に生きつづけ、私たちのものとなり、私たちの相手をし、生きた眼で私たち
を見つめるのである。いつの間にかなくなってしまった、あるいはすっかり
変わってしまった家や、庭や、町を、私たちは昔のままに、完全な姿で見る。
そして私たちが何十年も前に旅の途上で見たはるかな山々や海岸を、私たちは
鮮やかに、色彩豊かに私たちの記憶の絵本の中に再発見する。>
  ☆ 最近、故人も、現に生きている人も、同列に思えるようになってきた。

・<見ること、観察すること、瞑想することが、しだいに習慣となり、訓練と
 なって、気づかぬうちに観察者の気分と態度が私たちの行動全体に浸透してくる。
望みや夢想や欲望や情熱に駆り立てられて、私たちは人間の大部分がそうである
ように、私たちの生涯の何年も何十年ものあいだ、あせり、いらいらし、緊張し、
期待に満ち、実現あるいは幻滅のたびごとに激しく興奮してきた。
―そして今日、私たち自身の絵本を注意深くめくりながら、あの疾駆と狂奔から
逃れて『ヴィータ・コンテムプラティーヴァ』、すなわち『静観の生活』に
到達したことが、どんなにすばらしく、価値のあることであるかに驚嘆する。>
  ☆ この過去文を読んで、毎日、実感している。

・< 若い人びとが、その力と無知の優越性をもって私たちを笑いものにし、
 私たちのぎこちない歩き方や、白髪や、筋だらけの首を滑稽だと思うなら、
私たちは昔、同じように力と無知をもって老人をせせら笑ったことがあったこと
を思い出そう。そして敗北感を味わうのではなく、優越感をもって私たちが年を
とってそのような年代を卒業し、ちょっぴり賢くなり辛抱強くなったと考えよう。>
  ☆ 上杉鷹山の言葉といわれる【 子ども叱るな来た道だもの年寄り笑うな
 行く道だもの来た道 行く道 二人旅これから通る今日の道通り直しのできぬ道】
が思い浮かんできた。 人生の何れかの途上で世界をみている。そうこう言って
いるうちにゲームオーバー、プッツン! そう簡単に死なせてくれないか?

▼ 老い先短くなると、寺山修司の<ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない>
 の言葉が空虚に聞こえてくる。 <ふりむけ ふりむけ 先には時間がない>
になる。だから、焦り、苛立つ老人が徘徊する。その一人ですか? 
 女子供に近づくな!というが、あと、老人を加えた方がいい。耄碌とは呆けに
妄想が加わるから恐ろしい。その世界に一歩も、二歩も、踏み込んでしまった。

・・・・・・
4404, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −4
2013年04月07日(日)
  * 第三時限 いい加減にしなさい 
           ー「隠居大学」天野祐吉、お相手 赤瀬川原平 
「遠き日は 年とるごとに 近くなり」 という句があるが、最近、特に
感じているのは私だけでないだろう。御隠居は日々この感慨を持ちながら
人生を振りかえ鳥瞰し、残された一日一日を噛み締め味わう楽しみがある。
隠居生活は娑婆(雑多な日常)から隠れることであって、人生からの御隠れ
ではない。起承転結の「転結」を「転々」に変え、転がりながら最期を
迎えること。 それもこれも、どうでもよいこと! ーその辺りを抜粋ー
≪ 天野: 力を抜いて自分をコントロールする上で、老人力は非常に重要な
 要素じゃないですか。前回のゲストの外山滋比古さんは、忘れるということ
 がいかに重要かという話をしてくれたんです。第二の人生で定年まで、
 一生懸命詰め込んだような知識は、第二の人生で自由に生きるというとき
 には何の役にも立たない。そんなものは、思いっきりきれいに忘れて
 しまったほうがいい、というふうに。
赤瀬川: いらないものを捨てたら、キャパが広がりますしね。
天野: そう。頭の容積は決まっているわけだから、サラ地にして、
 新しい作物をつくりましょうという話をしていただいてね。
 そのときにも赤瀬川さんの『老人力』のお話を思い出していたんです。
 老人は忘れっぽいということで世の中はいけないことのように思っている
 けれど、そうではないんだと。たとえば、若い人は失恋なんかしたら大変で、
 その苦しみや悲しみを忘れることができなくていつまでもメソメソ悩む。
 でも老人は「忘却力」を身につけているから、すぐに忘れてしまう。
赤瀬川: ええ、強い忘却力を持っていますね。
天野: そう、これまでマイナスイメージでしかなかった「忘れっぽさ」
 をそんな悪いもんじゃない、というふうに書かれていた。あの本は、
 ものすごいベストセラーになったけれども、どういうつもりで買ったので
 しょうね。老人はまだ社会に役に立つとでも思ったのでしょうね。実際は
 違うのに。・・ ボケたとかモウロクしたのが、老人力がついたとか
 ポジティブに書かれて悪い気がしないですよね。≫
▼ 「神様(自然)は、老いの苦悩苦痛を和らげるため、忘却と鈍感さを
 与えて下さった」という解釈がある。老いて今さら気ばんでも致しかたが
 ないし、運命に従うしかない。忘却といえば、この随想日記。書き上げ
 アップロードをした瞬間、内容は勿論、テーマすら綺麗さっぱり忘れて、
 頭は翌日のテーマと内容になる。直後から次回分の書き直しを始めるからだ。
 だから数時間後でも、その文に対し第三者になっている。この最大の収穫は、
 過去に書いた同月同日分12年分の文章に出会うこと。時空を超えた自分に
 毎朝出会うのも良いもの。また「(自)己の分」の限界も見えてくる。
 それを第三者に曝すのも自虐だが「所詮こんなもの」という諦観が出来る。
 「いい加減にしろ、先は短いのだから娑婆気を減らせ」ということ。
・・・・・・
4771,ぼんやりの時間 ー4
2014年04月07日(月)
             「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) 
  * 「ぼんやり」と響き合う一文字 ー�
 響き合う一文字で、言葉の意味を考える方法もあるのだ。
そして、以下の5文字がよい。その最初が闇とは・・ 
闇は人を思索の世界に誘う。「ぼんやり」とは、闇の世界で迷子に
なっている状態なのか。 その5文字は
1、「闇」―蛍と星とダークマター
2、「独」―独りでいること
3、「閑」―逆茂木に囲まれて
4、「怠」―「1日4時間労働」の夢
5、「懶」―心の余白 である。
   ☆ まずは「闇」から
《 消えてはまた光って飛びつづけている。お前さんは、眠るのを忘れて
 しまったのか、恋人が見つけられず、そうやってふらふらしていたのか、
いつまで舞いつづけるつもりなのか、とらちもないことを思って見守って
いるうちに、蛍の光はふっと消えた。力を出し尽くしてくたびれてしまった
のかもしれないし、劇的なめぐりあいがあったのかもしれない・・
崖の上に何本かの椎の木が闇につつまれている。その梢の間に光るものがあり、
一瞬、それもまた蛍かと思ったが、星だった。蛍の光とは違って、星の光は
ずっと小さく、冷たい感じだった。 夜空の闇の広さを見ながら、宇宙では
やはり闇が主役なのだという思いがわいた。ごく感覚的にいえば、
銀河の壮麗さは、澄みきった大気に包まれた闇があってはじめて私たちの
視界に入るのだろうし、月を見る楽しさも透明な闇の濃さに左右されるはず。
花火の豪華けん麗さをひきたてるのも真の闇で、真の闇を失えぱ、花火は
いくら塀を競っても人をひきつけない。蛍だって、闇があるからこそ光を
放つことの意味が出てくる。夜の景色の基調は、なんといっても闇なのだ。 
・・ いや、本音をいえば、私は光より闇、陽より陰、実よりも虚、
緊より緩、作為より無為、色よりも空などが、よほど、この世の仕組みを
つくっているのに大切な役割を果たしているはずと思っている。・・ 》
▼ ここで、宇宙を支配しているダークマター、ダークエネルギーを引合に
 だし、宇宙を本当の主役は暗黒物質とその エネルギーとして、考えると
闇の大切が、人生論で「ぼんやりのたいせつさが」が、重なりみえてくる。
そうである、もっともっとボ〜っとするべきである。
・・・・・・
4030, 一時停止  ー谷川俊太郎ー自選散文
2012年04月07日(土)
        「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010

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