堀井On-Line
2020年07月20日(月)
<『頭のよさはノートで決まる』斎藤孝著> * 頭のよさはノートで決まる 19年前に、このブログを始めたのが、最大の欠点の情報管理を何とかしたい! が基点にあった。ネットサーフィンと、当時の個人用のHPを立上げて、毎日の 経験と、新たに得た知識や来し方の記憶を残したいと… 知人の会社のSEを紹介 してもらい、何とかしたいと思っていたところ、自宅近くのソフトハウスが、 PC教室をオープン。タイミングからして願ったり叶ったりの救施主のよう。 早速、ネットサーフィンと、個人用HPを目的に通いだした。その流れで、ここ まで来たが、以来、この作成が生活の中心になったが、それが、また面白い! 今さらだが、誰かがノート作成の重要さを教えてくれたら、人生が大きく 変わっていただろうに! …それでも、19年以上にわたり、その無念さ故に、 <一日一テーマ>を書き続けることが出来たのは、幸いであった。 ここでノートの基本が、『板垣+先生の言葉』という。このテーマ日記も、 記憶に残したい部分を≪ … ≫で括り、▼で、その時点の私の言葉を書き 加えている。 学校を卒業直後に、それに気づき、カードを二枚ホチキスで ミニファイル状にして、新聞切抜きを挟んだり、ファイルの表裏に、感想を 書込んだりした。ところが、それ自体が、目的になり、二度と見る機会がなく なり、集積の徒労になってしまい、一年で、その習慣を止めてしまった。 現在のブログには、ブログ内検索があり、即座に、羅列され出てくる! その意味では、ブログは人類の偉大な遺産になる。としても、19年の蓄積は、 自分にとって何だろう? それでも、内的可視化も、精神の健康管理になる。 その積み重ねが、他者の言動や、行き交う社会でクロスする一瞬の情報の キャッチに重大の役割を果たしてくれる。
学生時代や、若い時分に書き残した、日記や、雑文の一文に出会いハッと すること屡々。私のライフワークの一つに『世界・秘異郷ツアー』がある。 帰りの機内で、その経験をメモにとり、文章にまとめ上げる。今ではデジカメ があり、気楽に写真メモがとれ、ブログに載せることが可能。今では映像が 中心になっている。 そして、YouTubeに載せる。 〜つづく ・・・・・・ 6700,閑話小題 〜おい、何をしでかした! 2019年07月20日(土) * 33人殺戮のアニメ会社への攻撃 堂々と、追詰められたアニメ御宅が、自分の作品をパクられたと、アニメ会社 へ放火した事件としても… これほど死傷者が出れば、ただ事で済まされまい。 本人も、まさか、これほどの大参事になるとは思いもしなかっただろうが… 可燃性が高い建物だったのが悪かった。 公安が超法規的に処理に入ってよい 案件となる可能性が… 恐喝の極道ヤクザにとって、「何をしてくれたか」と、 震えあがっている? 「自分が書いた小説がパクられた」が怒りというが… その真偽はまだネット上には書かれていない。時、同じくして、NHKの朝ドラが、 アニメを目指す女性の物語「あさ空」。偶然だが、御宅の世界がアニメの特徴。 今年後半の大荒れを予想される…殺伐とした大事件。 京都といえば、餃子の 王将社長のプロの実行犯と思しき暗殺事件が未解決。関西はヤクザ者に寛容の イメージが強い。 ― * 大相撲も明日が千秋楽 終わってみれば4人の大関が総崩れで休場。残されたモンゴル横綱と幕尻力士の 三人が優勝争いの状況。面白いのはよいが、あまりに日本人力士の不甲斐なさが 目立っている。粋の良い力士が出てくると、稽古土俵で、腕か足首の関節を狙う。 特に貴乃花に対するモンゴル人の怒りが。「貴景勝』などの元貴乃花部屋出身者に 集中され、さっそく大関の一人が… ちびっこ横綱上がりか、モンゴル系以外で、 生抜くのは人一倍の苦労を要する。 それでも、幕下、十両、幕内下位に将来性が ある若手の一群が現われてきた。それからすると、あと二年は、現在の2人横綱の 支えが必要ということですか。 ― * エッ、まさか月末まで雨天が続くの 天気予報で、月末まで雨天が続くので、『世界の異常気象』と検索して 驚いた。国内外が、異常気象に見舞われているが、あまりの多さに、私たちは 麻痺をして、その深刻さに深く考えない風潮が強くなってしまってるようだ。 これは、明日のテーマとして取上げる。それだけ大きな問題である。――
・・・・・・ 6337,閑話小題 〜おれおれ詐欺 2018年07月20日(金) * オレオレ詐欺の葉書 おれおれ詐欺の葉書が家内の元に届いた。3月ほど前に警察と名乗る男から、 『警察のモノですが何かオレオレ詐欺の電話がありませんか?』という電話。 着信番号は無しではオレオレの可能性大。この流れから、『以前電話した警察 ですが…その後、何かありませんか?』辺りの電話でも…と思っていた。 この葉書が、この電話の主と関連しているか如何か? この裁判所と称する葉書、面白いのがTVで報じていた内容と全く同じ上に、 消印が中央区でなく、池袋の消印まで同じ。数日以内に電話があるかどうか。 引っかかるのがいるから葉書を出すのだろう…
* 「死に至る暑さ」とは… 今まで聞いたことがない言葉「死に至る暑さ」が、連日、ニュースで多様 されている。この言葉の影響か、冷暖房に口煩い家内も、今年は何も言わない。 確かに、この時期の暑さ、尋常ではない。小さな子どもや高齢者、病気の人は、 熱中症になりやすく、重症になると死に 至るおそれもある。 ... 熱中症は、 7月から8月に多く発生し、特に梅雨明けが蒸し暑く、急に暑くなる7月には、 体が暑さに慣れていないため、例年熱中症による救急搬送が多いらしい。 で、私は寝室のTVの前で、ゴロ寝の日々だが、全く飽きないから困ったもの。 地震、噴火、大雨、台風と、次々と起こる自然災害。地球規模の温暖化が、 大きく影響しているが、時の権力者は、目先の恩恵が少ないこともあって、 本気になって手を打とうとしない。人の体温、37度が目安だが、蒸し暑い上に、 この温度は、確かにキツイ。
・・・・・・ 4134, 「夏目漱石の自己本位」 ー3 2012年07月20日(金) 『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著 * 他人志向型人間 「自己本位」の対照に「他人志向型」人間がある。学生時代のゼミで読むよう 指定された本にリースマン著『孤独な群集』があった。 以前にも少し取り上げた ことがある。 ー 大まかにいうと 《 都会の群衆は、それぞれが孤独であり、他人に対して無視を装っているが、 実は非常に敏感で、その視線を気にしている「他人志向型人間」が多い。 これは都市という空間が、人工で創られているためで、各々は個々に分断されて いるため内情を知りたいのである。要は内幕情報屋的傾向の強いのがが都会人。》 が、私の記憶として残っている。 そこでアマゾンで調べてみると、 【 この本が書かれた1950年代アメリカというのは非常に興味深い10年間 であります。戦後の繁栄を謳歌し、今や万人の上にアメリカの夢が輝いている、 そういう光がある反面、冷戦が社会にもたらす緊張、そして勃興する消費主義、 台頭する大企業、人々は次々と「長いものに巻かれ」て自己の表現よりも大樹への 忠誠とへつらいという軍門に降っておりました。そんな時代の空気を吸い込んで 書かれたこの書の主人公は、やはり、他者の視線を例えば会社で四六時中気にする ような、「他人志向型」人間であり、仕事によって自己表現をするというかって のアーティストとは異なり、仕事を家計の質を得るための手段にすぎぬと割り 切って、自己表現の場を瑣末な消費主義に求める、そんな連中であります。】と。 都会の中にあって、誰もが、それは素振りも見せず、それぞれが自己本位で 生きていかざるをえない。しかし、心は空虚の孤独な群集と化してしまう。 特に勤め人は、都会暮らしで日々の仕事に忙殺され、自己本位というより、組織 という集団の中に自己を見失いがちになる。そうであればこそ、その中に自己本位 のライフワークを確立しておかなければ漱石のような鬱病に陥ってしまう。 そのような世界から、自己本位人間に定年後こそ移行すべしと著者は勧める。 その変化が出来ないで、定年後も仕事仲間と付き合うのが一般だが、 「昔の首輪を付けたまま群れをつくり、街中をさ迷う犬」に喩えられる。 一度、孤立をして、孤独の世界をつくり、そこで新たな自分と対峙しないと、 そう簡単に自分は変えることは出来ない。他人志向も達観すれば、それはそれで 良いのだろうが・・いい歳をした老人が群れて、我を忘れて他人の噂をしている 姿もいただけない。 特に男は! ・・・・・・ 4875,意味としての心 ~意味の意味 2014年07月20日(日) ー『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ー * 空虚の穴埋めと、意味の発見 〜意味の意味について、再び! 4年前の随想日記で <「人みな骨になるならば」頼藤和寛著>の 『意味の意味について』について書いた。 【 ・・ われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかも。 それを決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わん ばかりである。そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の 人生には意味があるとするあつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味 だとする謙虚な人物との、いずれが正しいか判断する根拠などない。 思いたい放題であり、思った者勝ちのようなところがある。… 】 〜要は、「人生の意味など適当な意味付けでしかない!」ということ。 価値観の価値に、非常に似ていて、人生色いろ!の理屈付け。 それでも、そのことを考えないより遥かによい。 『意味としての心ー「私」の精神分析用語辞典』北山修著ーの中に、 「意味」について解りやすい解釈がある。『意味というミ』の小テーマで、 《 意味とは、意=気持、を充実させることである。私たちの自己は広がり であり、空間で、器、容器をイメージさせる。そして、たえず欠如や不足、 欠乏を抱え込み、その内容が満たされて豊かになることが、これらの充足願望に 共通する目標であります。その逆の不満や不足を意味する「満たされない」 「足りない」「充実しない」は不幸で不快であり、これが重なると「虚ろ」 「空っぽ」「空虚」など、寒々した空洞体験を出現させる。その空虚の穴埋 として、実のあるものを生み出すこと、多く表現することなどで、充満する ことで満足する。その充満が得られ、その充満の限界をこえかけギリギリの ところに止まるならば「たまらない」という快感につながることもある。 そして記号というカラの器を充実させるのが読み取られて味わわれる意味 内容であり、この意味のミも、記号のミになのなのでしょう。 》 現在、シリーズで書いている『事業人生を決心して45年、の語りなおし』 は、3年前の結果を踏まえた物語の書き直し! それぞれの節目の要素と、 物語の根こそぎの『意味』の変更。 『意味』に一番近い言葉は「価値」だが、 その意味は「物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度。 値打ち。有用性。」 目的により、それぞれ人により違っている。 「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、 実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。 〜「人間、生まれて、飯を食べ、糞をして、死ぬ、ただ、それだけ( )」 のカッコ内に「?」を入れるか、「!」か、大きく『意味』が違ってくる。
・・・・・・ 4508, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー3 2013年07月20日(土) 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一(著) 第二章 医療に殺される 現代医療の根源を問う問題である。現代医療の肯定派の医師との公開討論は 直前にドタキャン。それだけ、根は深い。 裸の王様と同じで、誰かが現代医療 の病巣を指摘しなければならなかった。このような問題を今まで聞いたことがない。 としても、世界で一番の医療システムであることは、認めてよい。延命医療の 盲信が良くないのである。 数年前の「インフルエンザ・パンデミック騒ぎ」 の時、世界のタミフルの7割が日本に流れたという。振り返ってみれば、普通の インフルエンザより、遥かに致死率が低かったのである。これは薬品メーカー の陰謀?=販売戦略でしかなかったが、その総括は全くなされてない。 これと同じで、盲信していると、医療そのものに殺されるてしまう。父親も、 同級生も、治療で、苦しまないで死ねたのが、盲信したため、拷問のような 苦痛?の中で死んでいった?と思うと、すえ恐ろしい。 ー第二章 医療に殺されるー 目次の小項目には、その恐ろしい現実が、そのまま書かれている ・「がんにかかるとすぐ死ぬ」イメージは医者が作った ・99の死屍累々は隠して1の成功例だけを強調 ・胸部CT検査2回で「避難」レベルの彼ばく ・「免夜力とがん」と「笑うとがんにならない」のウソ ・病院に寄りつかない人は確実に長生き ・検診は受けない、自分の血圧も知らない ・がんになったら太りなさい。コレステロールが低いほど早死に ・今までの日常を保ちながら、がんとつき合っていく ・高血圧のガイドライン操作で薬の売り上げが6倍に ・教授が執刀? それは危なかった ・同窓会に行かない理由 ・日本人の寿命が廷びた原因は医療ではない ・「予防医療」センターは「患者を呼ぼう」センター ・医療検査に近づかないと人生終盤が有意義に ・余命3ヶ月がはやる理由 ・「医者は治療をすすめる」これは永遠に変わらない ・財政難で検診が変わる ・がんやインフルエンザを「めしのタネ」にする人々 ・世界のタミフルの7割が日本に流れた… ・ワクチンやってもインフルエンザにかかります ・医療で死にかけても「信仰」は消えない ・医療は桐喝産業。不安をあおって患者を増やす ・ネズミの実験で成功しても人間の体は別もの ・2つの薬を抱き合わせる「新薬」商法 ・老化と言われたくない症候群 ・大学病院はいい「実験」を受けられる病院 ・医療体制はもうじき崩壊する ・日本人のスリムな体形が手術向きだった ▼ 誰も目先、死にたくない。老いてからのガンを老化現象とみるか、 病とみるかで変わってくる。現代医療の信頼も共同幻想でしかない。 スポーツセンターの血圧計で、測定したらギリギリ?の125〜140。 子供の頃、両親から聞いていたのが、年齢+90が高血圧の目安だった。 ところが、そこには130と、説明書にある。私の年齢からすれば2割も目安が 下がったことになる。とはいえ、現状の自分の数値を知っておく必要もある。 ・・・・・・ 5970,閑話小題 〜ヨガの話 −2 2017年07月20日(木) * ヨガの話 義兄の葬式の待合で、ヨガの先生をしている姪の話の中に、「ホットヨガ」 という言葉が出てきた。 最近、よく耳にするため、ネットで検索してみた。 ≪ ☆ 「ホットヨガ」とは何? 「ホットヨガ」とは、室温39度前後、湿度60%前後に保たれた室内で行う ヨガを意味します。この室温は体を一番柔軟にするとされる温度であり、 多湿な環境は発汗を促します。ヨガのゆっくりとした動きやポーズは、自然 に筋肉を伸ばすことや、インナーマッスルを鍛えることを目的としています。 スタジオヨガとの違いは、ホットヨガは高温多湿の環境で、早い段階から筋肉 を柔軟にするため、より効率的に無理なく筋肉を伸ばすことができる点が挙げ られます。 汗をかくことは本当に気持ちがよいものです。 ホットヨガは、あらかじめ室温を高めに設定することで、ゆったりとした 動きでもすぐに体温が上昇し、ヨガによる有酸素運動の効果を高めます。 ただし、大量に汗をかくので、水分補給はこまめに行いましょう。 ―ホットヨガで行う主な動きの種類― 高温多湿の環境で行うホットヨガのポーズや動きの種類は、スタジオヨガほど 多様ではありません。激しすぎる動きでは、いくら水分補給しても体が追い つかず、脱水状態になってしまうためです。ホットヨガでは呼吸法とストレッチ をメインに、普段使わない筋肉を動かします。 また、ホットヨガの呼吸では、 普段の生活で自然に行っている「胸式呼吸」と、お腹の深いところから呼吸を する「腹式呼吸」を使い分けます。交感神経を刺激する胸式呼吸は、ポーズを 取ったり、体を鍛えたりするときに行います。一方、全身の緊張をときほぐし、 副交感神経を刺激する腹式呼吸は、瞑想やクールダウンしたいときに行うとよい≫。 ☆ そもそも「ヨガとは何か?」 YOGAの起源は、紀元前2500年前、インダス文明が起原と言われるが、 そこは高温多湿な地域もあり、その環境がホットのため、最適なのだろう。 ヨガの語源は、サンスクリット語yuj(ユジュ)から来ていて、「〜と〜を繋ぐ」 という意味がある。 <心と身体><心と集中の対象><自分と他人><小宇宙と大宇宙> バラバラだったものが、ひとつながりになった状態のことを意味する。≫とある。 ― ▼ 5年半、週に5日、1000回近く参加してきたことも、どの言葉も、どこかで、 先生が話した説明にあるため、納得できる。ヨガのブームは、ネットの普及で 世界が混沌としてきた中で『私』を取り戻したい欲求が高まったため。 「密室の中で、集団の一員としてやる」のも、素人の私には最適。 2500年前に面白い心の修行を作ったもの。 現在の私に、ほどよく面白い!
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2020年07月19日(日)
今回のパンデミック禍が、100年前の、それより小さい規模と誰が言えるのか。 第一次世界大戦+経済恐慌+第二次世界大戦の規模なら、人類滅亡も視野に入れ なければならない。 …トランプ、プーチン、習主席の顔ぶれがあまりに悪い! 「第二波」シナリオの可能性ゼロというが、そうだろうか? 筆者を知らないが、 立場が言わしめているのだろうか。その中で、日本の感染が世界の先進国に比して 異様に少ない。異様な位に潔癖な清潔な生活習慣が、そうさせているのか。 リタイアの身分が、幸いしているが、前線の悲鳴が聞こえてくるようだ。 中小・零細企業だけでなく、大企業も例外なく人員整理が始まる。 社会問題が、これから表面化する。
≪ * 「第二波」シナリオ 未来のシナリオ:現在の都市封鎖が緩和されると、すべてが元通りになった ように見える。ときどき局地的に流行したり、引き続き多少の感染者が発見された りするが、基本的には今にも消えそうな小さな炎のようなものになる。しかし、 季節性化し、秋が到来すると、だれも予測せず兆候も見えていなかった予想外の 第2波が突然襲ってくる。そう、あのスペイン風邪のときと同じだ。 市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率:0%。 現実的な可能性:筆者もこのシナリオが現実になる可能性は非常に低いと思う。 ― * 「連鎖」シナリオ 未来のシナリオ:これは、まったく別のシナリオというよりも、上記のシナリオ の二次効果。「連鎖」シナリオでは、新型コロナウィルス感染症が引金となって、 まだ最初の危機に対処している間に、連鎖的に別の重大な危機が発生する。 例えば、米国で今年11月の大統領選を延期しようとして、憲法の危機が引き 起こされ、米軍の介入が必要になるといったことが想定される。他にも、食料 価格が世界中で高騰した結果、多くの国々で食糧不足、暴動、革命が起こる 可能性もある。あるいはブラジル、ロシア、インドなど、新型コロナウィルスの 被害が特にひどかった国が崩壊するかもしれない。 市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率:0%。 二次効果はそもそも市場や政治家が制御できるものではない。 ≫
―― ▼ 宿泊業を30年間、実業して会社清算を10年前にした経験から、これが如何に 大打撃かを肌身で染みているため、悲観的になる。バブル崩壊、9・11テロ、 湾岸・アフガン戦争、地元の中越地震、柏崎刈羽沖地震、リーマンショック、 東北大震災と次々と大波が押し寄せて事業断念をしたが、これには30年スパンが あった。しかし、このパンデミックは、それが、あっという間に押し寄せてきた ため、ただ楽観論を信じざるを得ない。「赤信号、皆で渡れば怖くない」の バイアスが支配的。赤信号ではない、これは。バブル崩壊から10年間で、23の 都市銀行が、3つまで減った。首もと過ぎれば… 考えてみれば、よくぞ乗越えた! その間に日本の経済力は激減。七転八倒。 こうなると、この経験が生きてくる。 声高だけに、この危機について書いているが、45年間の創業人生を生きてきた身。 様々な津波が押しては曳いてきた。そのどれよりも、これは遥かに大きいため! 誰も、パンデミックに巻き込まれるか否かは、個々人に平等にある。それでも、 余裕が有るかで天地ほど変わってくる。 この7つのシナリオが、時点を変えて くるのだろうが… 昨日、図書館に返本のため行くと、土曜日に関わらず人数が 皆無。…考えてみれば、これが当然。年金生活もあり私の感覚が鈍い!ということ。
・・・・・・ 6699,閑話小題 〜反語法 2019年07月19日(金) 『オリガ・モリソヴナの反語法 米原万里(著) 』 面白い本である。以前、図書館で借りた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』 の姉妹書と位置付けられる内容。『反語法』は、確か50年前の学生時代に知った 思考法で、誰かに誤解されてから注意をして使ってきたが、知らない人は、何に? と眉をたてるだろう。右翼が、時の総理・竹下登に対して街宣車で褒め殺しに 使った手法があった。 言われる立場としては、あまりに真実を突く効果がある。 田中角栄を裏切り、それを土台に権力を奪った政治手法を揶揄したもの…? 『逆も真なり』の真は、それは毒気を含む。一般に言うところの世間話が、ほぼ 嘘であると、ここで繰返し述べてきたが、5k圏をテリトリーとしている人達には、 由々しき言説になる事由と相成る。 ここで、<反語法とは、つまり「言ってること」の逆の意味が「言いたいこと」。 先生が「美の極致!」と言ったら、それは最高級の罵倒「醜くてしょうがない!」 という意味。先生が「天才」と言うのは、「うすのろ」の意味をなしていくのが 特徴的。「ああ神様!」から始まるこのセリフ、反語だと理解したら恐ろしい。 が罵倒は酷くても、おもしろくて美して… > ―― 内容紹介 ロシア語通訳の第一人者としても、またエッセイストとしても活躍している 米原万里がはじめて書いた長編小説。第13回ドゥマゴ文学賞を受賞した。 1960年代のチェコ、プラハ。主人公で日本人留学生の小学生・弘世志摩が通う ソビエト学校の舞踊教師オリガ・モリソヴナは、その卓越した舞踊技術だけで なく、なによりも歯に衣着せない鋭い舌鋒で名物教師として知られていた。 大袈裟に誉めるのは罵倒の裏返しであり、けなすのは誉め言葉の代わりだった。 その「反語法」と呼ばれる独特の言葉遣いで彼女は学校内で人気者だった。 そんなオリガを志摩はいつも慕っていたが、やがて彼女の過去には深い謎が 秘められているらしいと気づく。そして彼女と親しいフランス語教師、彼女 たちを「お母さん」と呼ぶ転校生ジーナの存在もいわくありげだった。
物語では、大人になった志摩が1992年ソ連崩壊直後のモスクワで、少女時代 からずっと抱いていたそれらの疑問を解くべく、かつての同級生や関係者に会い ながら、ついに真相にたどり着くまでがミステリータッチで描かれている。 話が進むにつれて明らかにされていくのは、ひとりの天才ダンサーの数奇な 運命だけではない。ソ連という国家の為政者たちの奇妙で残酷な人間性、 そして彼らによって形作られたこれまた奇妙で残酷なソ連現代史、そして その歴史の影で犠牲となった民衆の悲劇などが次々に明らかにされていく。
物語の内容や手法からすれば、この作品は大宅壮一ノンフィクション賞作品 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の姉妹版であるといえる。しかし読み 終わったあと、ときにフィクションのほうがノンフィクションよりも多くの 真実を語ることができる、ということに気付くに違いない。(文月 達) ―― ▼ 私の文章作法の特徴は、最後のオチ。元もと考えていたのではなく、即興。 それが、自然と出てくるので自分自身が、楽しい。これも即興の『反語』? 釈迦の説法を何?ひとつで、カマスのだから… ところで、安倍・自民党を 『反語法』で揶揄を始めたら、それはそれは… 内容は今度の機会に! 過去の経験からして効果甚大すぎるため、連合いでゆめゆめ実験しないこと。 例えば …恐ろしいので、ここで終わり! あの人、それにしても素晴らしい!
・・・・・・ 6336,閑話小題 〜つれづれに哲学=限界状況 2018年07月19日(木) 人生の最終段階で振返ると、20,30,40歳代は常に「限界状況」である。 一年一年、立ち位置が面白いように変わり、その時々の判断が極限の限界状況で、 崖っぷちの縁を歩いているような日々である。現在、事業生活から解放されて、 年金生活で比較的安定をしている。しかし、老齢が進むにつれ、深刻な限界状況 にあるのだろう。とは言え、心配し過ぎでは、面白みが減ってしまう。 私にとって、厳しい現在の日常のスケジュールを熟さなければならない?会社 清算で終わったことがベストだったと、考えるしかない限界状況である。 ネットで、『限界状況』を検索すると…
《 限界状況とは、カール・ヤスパースの実存哲学における用語のひとつで、 ヤスパース哲学の起点となった基本概念。 【現存在としての人間が、いかなる人間の力や科学の力をもってしても克服でき ない、逃れることのできない状況、すなわち、これは人間を限界づけている 普遍的な状況である。死、苦、争、責、由来、偶然など、われわれの日常的現実 を粉砕してしまう状況のことである。】 −概要ー 限界状況とは、具体的には、 ・自分はいずれ死ななければならない(死)とか、 ・思い悩むことから逃れられない(苦悩)とか、 ・自分は闘わなければならない(闘争)とか、あるいは、意識的にも無意識的 にも罪を犯すことから免れない(罪責、原罪)ということである。 これらの状況は普通の状況と異なり、変化することがなく、意志や努力によって 変えることのできない、人間存在にとって巨大な壁となって立ちふさがる状況で あり、人はただそれに衝突し、挫折するほかない。それは時代や民族、あるいは どのような個人にとっても免れることのない点で普遍的である。
限界状況の典型例が「自己の死」である。人は、それに突き当たることによって、 各人がそれまで意識していた自己自身の存在に対する確実性の挫折を自覚させ られる。ヤスパースによれば、人は普段は気晴らしなどにふけることによって、 実はすでに前提として限界状況のうちにあるのだということを忘れてしまって いるとしている。そして、壁に突き当たって挫折する経験は、人をして頼るべき もののない孤独と絶望とに突き落としてしまう。しかし、このように限界状況に 直面したときにこそ「実存的まじわり」や「超越者との出会い」によって、人は 実存に目覚めるのであると主張した。
◉ 歴史とのかかわり ヤスパースは、紀元前500年前後の数百年にわたって展開された「枢軸時代」に おける事実とは、「限界状況における人間存在の原則が突如として出現した事実」 にほかならないと述べている。その事実を「破開(ドゥルヒブルツフ)」と形容 している。そして、これは世界中のいたるところで現れたものではなく、 3つの源流が占める狭い空間、すなわち中国、インド、西洋(主にギリシャと パレスティナをさしている)から生じた歴史的事実であることを強調している。 》
― ▼ 人生の節目には、何故かチャンスがあった。限界状況が自らが磁石になって、 周囲を動かす力が発動する。問題は状況判断と、決断である。7年前の事業整理 を決断した瞬間、異様な力が発動してきた。その力と、勘に従い、一つひとつ、 一日一日を熟すことに、面白さが出てくる。そして、明らかに白石だったのが、 黒石に変わっていく事態を愉しんでいる自分がいる。小さな個人の『限界状況』 である。そこで内なる「超越者」の出現と、交わりが生まれてくる。 周辺の 視線と、内なる実在としての「超越者」の段差が、何とも面白く、快感になる。 良いか悪いかは別にして、そのままを文章化して、ここで公開してきたが… 実在的交わりを自分に、読者に求めていたことになる。実在だからこそ、シリアス になっていく。だから、日々が充実し、感覚が研ぎ澄まされる。現在を重ねてきた 過去に向合わざるを得なくなる。そして『日々、是、好日(口実)』になっていく。 51歳時に、<還暦までの9年間に30年分を生きる!>と決断し、実行したが、 これは、自らを限界状況を与えたことに。節目での予定挫折を「予定・至高体験」 にしたことになる。この9年間は「限界状況」であった。私にとって、60歳代、 70歳では「時、すでに遅し」である。その人たちが、蛇蝎のごとく罵声を浴びせ たくなるのは、当然である。知らぬが仏も、また良いことである。誰もが、そう だからである。たった一人の限界状況では、他人様の、それは見えてきませんか? ワールドカップの中で多くの「限界状況」の中での奇跡と「至高体験」が 多く見かけられた。
・・・・・・ 4507, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー2 2013年07月19日(金) 『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村仁一(著) 対談ということもあり、目次の小項目がテーマが、ずばりキーワードである。 これを並べれば概要になる。どれもこれも、今までの思い込みと真逆な内容。 「ガンは悪性なら助からないし、良性なら助かる」それが分かってない。 それを延命させようとしただけ苦痛を与える。自然死こそ本人のため。 私も20年にわたり毎年、胃腸や肺を胃カメラやCTスキャンなど半日検診を 欠かさず受けてきた。結果からすると、2~3年に一度でよかったのでは? 必要がなかった? 早朝ウォーキングを毎日一時間以上を続けてきたことと、 ストレスを溜め込まないことが、私の健康法だった。 一章 がんの誤解を解く ・どうせ死ぬなら「がん」がいい ・治療しなければ、がんはけっこうな病気 ・がんが痛むのではない。治療で痛むむ ・がんの9割に抗がん剤は無意味 ・抗がん剤が「効く」とは、しこりが一時小さくなるだけ ・「腫瘍内科医になるのは、おやめなさい」の意味 ・ひとりも痛まない老人ホームの「がん放置患者」 ・胃がんも肝臓がんも放置すればラクに死ねる ・手遅れの幸せ。安らかな自然死 ・がんの9割は「末期発見・治療断念」「放置」がいちばん ・家族ががんだとわかったら ・人間ドックを受けたために、がんで玉砕 ・いくらでも見つかる「潜在がん」「がんもどき」 ・がんの集団検診をやめたら、がんが減った" ・この半世紀、日本人の融がん死亡率は変わっていない ・姉の乳がんが「乳房温存療法」「がん放置療法一のきつかけ ・150人以上の「がん放置患者」を謬て理論と事実が一致 ・本物のがんと「がんもどき」・本物のがんは、見つかった時点で転移している ・「早期がんを手術で取ったから助かった」の誤り ・手術は「人工的な大けが」。傷口が痛み、がんがはびこる ・スキルス胃がんも切らない方が余命が延びる ・「抗がん剤が効いた」という論文のカラクリ ・腹永も消える、安らかな自然死 ・「治僚しない」ことに耐えられない日本人 ・「やるからには徹底的に」が医者の性格 ・手術で大きな後遺症を抱えて寿命が縮む ・症状のない前立腺がんを放射線で虐殺 ・放置すれば最後まで痛まない胃がん、肝臓がん、食道がん、子宮がん ・消えるのは「がんもどき」。末期がんからの生還例はない ・1%の可能性だけ見て99%を考えない" ・西行が桜の下で死ぬ夢を叶えるためにしたこと ・治療を拒み、飲まず食わずでスーッと逝った" ・食べないから死ぬのではなく「死に時」が来たから食べない ▼ どれもこれも「ガンを老いの病と捉え、抵抗をしないで、従うしかない」 ということ。西洋医学に限界と無理がある。目先、医療知識のない患者は、 医師の方針に従うしかなく、恒例の手術か、抗がん治療に入っていく。誰もが 自然死を選ぼうとしないのは自然の成り行き。で、管に巻かれて悶え死んでいく。 「この論を信じるべきか?」で、真逆の真逆の論?「がんで死なない生き方」 中川恵一著を借りてきた。
・・・・・・ 4133, 「夏目漱石の自己本位」 ー2 2012年07月19日(木) 『定年後 ー豊かに生きるための知恵』 加藤仁著 「自己本位」が無作法に行われたら人間社会は成り立たない。そこには当然、 心得がある。それを厳格に守るのが個人主義。我々は社会の中に生きている。 社会にはルールや心得がある。それを知った上で自己本位で生きて いかなければならない。 * 当然、「自己本位」に心得がある! ≪「他人本位」から「自己本位」に生き方を転換するには、 三ヵ条を心得ておかねばならないと漱石は言う。 第一に、自分の個性の発展を遂げようとするならば、 他人の個性を尊重しなければならない。 第二に、自身が有する権力を行使しようとするならば、 それに付随する義務を忘れないこと。 第三に、自己の金力を示したいのであれば、 それに伴う責任を重んじなければならないことである。 講演の最後に、漱石はこう言いきっている。 《 ただもう一「つ御注意までに申し上げて置きたいのは、国家的道徳という ものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。 元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃ しません。詐欺をやる、誤魔化しをやる。ペテンに掛ける、滅茶苦茶なもので あります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級 な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から 考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。》≫ ▼ 漱石は「自己本位」という金鉱を見つけたことで、その後の進むべき道を 見い出した。聴衆に対して「もしどこかにコダワリがあるなら、何かを掘り 当てるまで突き進むと、各人各様にもって生まれた個性がそこにぶつかり、 初めて腰がすわる。そこに腰を落ち着けて前進していくと、個性に磨きが かかり、発展し、幸福感と安心がもたらされる」と、説く。このことは定年 退職者にも、同じく当てはめることが出来る。若さを失う要素の一つは周囲に 流されやすくなり、他人本位になることがある。まだ江戸時代の滅私奉公の 気持ちが抜けきらない時代に、「自己本位」を言ってのけたのだから、驚いて しまう。単一民族で、島国では、互いを大事にするあまり他人を意識過ぎて、 自分を確立する機会が減ってしまう。特に勤め人は孤立に弱い。
・・・・・・ 5604,閑話小題 〜これは既に戦争 2016年07月19日(火) * これは既に戦争 今度はトルコでクーデター騒ぎである。未遂に終わったとしても、数百人は 死んでいるだろう。首謀者と思われる男がTVで反乱軍に降伏のメッセージを 読み上げさせられていたが、よく見ると顔が生々しくはれていた。早そうに 死刑になるだろうが・・ 欧州にいる中東難民の多くを、トルコが資金援助の 見返りに引受けることになった。それらの警備負担は、軍隊や警察のみならず 市民にも重圧としてのしかかる。パリ市内の二つのテロ、ベルギー空港テロ、 バングラデッシュ、ニースのテロ、そしてアメリカ国内にもテロが拡大した。 これは既に戦争である。 これが、国内の治安に危機感を持ったトルコ軍の クーデター未遂事件につながった。日本国内に及んでないが、どうなることやら。 決死の爆弾テロは、防ぎようがない。その背景には、情報端末の進化がある。 パソコンゲームに、銃撃の戦闘場面ものが多くあるが、これも、テロの首謀者 にとってシュミレーションそのもの。テロ完遂をゲーム化して、徹底して洗脳 すればよい。たとえば、「カメラ付きドローン」に爆薬を積込み、目的地に 突っこむテロは防ぎようがない。アメリカの総体的な力の低下と、エネルギー に占める原油の価値の低下と、情報機器の普及が原因。こうなると、アメリカも 保守派の力が増す。もしかして、トランプが大統領の可能性が出てくるが・・ 世界は、どんどん壊れていく。その中で、借金大国の日本は、清算を迫られ、 一強多弱の貧富の差が、さらに大きくなる。
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2020年07月18日(土)
閑話小題 〜コロナ禍後の行末は 〜2
筆者のシナリオは、以下の「特効薬」シナリオ35%と、「V字型」シナリオ 40%を加えると75%になるが、願望のようでもある。このままでは、経済恐慌、 そして戦争に至ること必定。 私の現在浮ぶイメージは3年間が拡大期で、3年 かけて、現状維持した5〜6年先で収拾にむかう。1億人が感染し、500万人の 死者が出る…? どうだろう!問題はそれが映像で津々浦々まで報じられること!
≪ *「特効薬」シナリオ 未来のシナリオ:ヒト感染試験によってワクチン開発が加速して、7種類ワクチン の生産工場が同時に建設されたとしても、実際に普及するのは、最大の期待を 込めつつ慎重に見積もって、早くとも2021年に入ってしばらくしてから、あるいは それより先になるだろう。しかし、ワクチンが唯一の治療方法というわけではない もし単独あるいは他の方法と組み合わせて使うことで新型コロナウィルス感染症の 危険性を緩和できる予防薬や治療方法を発見できれば、非常に良い効果が もたらされるだけでなく、この長引く戦いの流れが一気に好転する。 市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率:少なくとも35%。 医師や科学者が「もっと早くワクチンを開発しろ!」と急かされる声が今にも 聞こえてきそうだ。 現実的な可能性:「幸せ探しをする少女ポリアンナ」のようだと言われてしまう かもしれないが、筆者はこのシナリオが実現する可能性はかなり高いのではないか と考えている。結論を下すにはまだ早いが、効果が期待できる治療法がひとつ ふたつと言わずいくつもあることを示す(非常に初期段階の)研究結果がすでに 発表されている。ただし「非常に初期段階の」研究であり、ヒドロキシクロロキン の場合のように、追加研究データによって治療薬候補から外される可能性がある ことは再度、強調しておきたい。とはいえ、この感染症に関する知識が深まる ほど、より良い治療法にたどり着けるだろう。問題はどの程度良い治療法を どの程度早く発見できるかということだが、「かなり良い治療法を割と早く」 発見できるというのは、少なくともあり得る答えだと思う。
* 「集団免疫」シナリオ 未来のシナリオ:引き続き医療崩壊を防ぎ、高齢者、免疫不全、糖尿病などを、 最善を尽くして保護しつつ、いわゆる「集団免疫」を目指す。 したがって、 ウィルスと戦うことは基本的にやめる。残念なことに、集団免疫が実現する前に、 それよりも多くの人がこの感染症の犠牲になることはほぼ間違いなく、高齢者を 守ることも不可能に近い(「高度に訓練されたテナガザルが老人介護施設で 働いているとでも思っているのか?」と発言した人がいた)ため、このシナリオ では、不要な犠牲者が多数出ることがほぼ確実であるばかりでなく、経済面でも ほとんど効果がない。新型コロナウィルス感染症にかかるという、死ぬことは なくても、それまでの人生の中で最悪の経験をするリスクを冒してまで外出した がる人はいないからだ。市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率 :せいぜい10%といったところ。 〜つづく ≫
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2020年07月17日(金)
* コロナ禍後の7つのシナリオ これから如何なっていくのだろうか、心配をしてネット検索に、 『コロナ禍後のシナリオ』と検索すると、知りたいと思った内容が理路整然と 提示されていた。なる程、自分で考えなく訳である。 ≪ 筆者には、時代の行く末を示す大いなる抽選器の中でガラガラと回る くじ玉が7つ見える。
〜「V字型」シナリオ〜 未来のシナリオ:想定される未来の中で最善かつ最も苦労が少ないシナリオ。 人間は新型コロナウィルスに勝利し、手洗い、マスク着用、物の表面の消毒 などの簡単な対策により、その後の感染者激増を防ぐ。都市封鎖が終わると、 人々は一斉に以前と同じ活動に戻る。一部の業界では数か月余分に時間が かかるかもしれないが、秋になれば学校やフライトが再開され、生活は おおむね通常どおりになる。それに続いて経済と雇用も通常に戻り、今回の パンデミックによる短期間かつ急激な不況は、11月になればV字回復する。 市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率:40%ということに。。 ― 〜「赤と緑」シナリオ〜 未来のシナリオ:世界はグリーンゾーンとレッドゾーンに分かれる。グリーン ゾーンでは、新規感染者数がゼロに近い状態が維持され、検査1回あたり50ドル を被検者に支給して貧困層の検査を徹底することにより検査の範囲と頻度が向上、 詳細な接触者追跡や自宅外隔離が強制されることにより、集団発生が追跡される。 レッドゾーンからグリーンゾーンに移動する人は、グリーンゾーンに入る前に バッファ区域での隔離が課せられる。グリーンゾーンでは経済活動が非常に活発 になるが、レッドゾーンでは新型コロナウィルスとの戦いが続き、経済は引き 続き半昏睡状態となる。レッドゾーンとグリーンゾーンはほぼ半々であるため、 全世界がレッドゾーンになる状態と比較すれば、世界経済へのダメージは半分 だけで済む。市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率: おそらく7%程度では? 現実的な可能性:世界はすでにこのシナリオのような状態である。台湾、韓国、 ニュージーランド、(建前では)中国、ベトナムはグリーンゾーンだ。 欧州と米国までグリーンゾーンが拡大するかどうかは、わからない。 ― 〜「ハンマーとダンス」シナリオ〜 未来のシナリオ:Tomas Pueyo(トマス・プエヨ)氏が数か月前に発表して話題 になった非常に秀逸な記事がある。その中で同氏は、現在実施されている都市 封鎖(「ハンマー」)の後も、感染者の増減が周期的にずっと続くと書いている。 ふと思い出したかのような不定期なタイミングで感染者が急に増え、より厳重な 都市封鎖が行われるなど、局地的に抑制策が強化される。しかし、医療崩壊に 至ることはなく、ついにワクチンが開発されて普及するまで十分な時間を稼ぐ ことができる。その時点で集団免疫の実現からはまだほど遠いため、結果的に より多くの人命が救われることになる。経済も周期的な波を経験する。 勢いよく正常に戻った後に大々的に後退するというサイクルが2020年末まで続き、 少なくともそのまま2021年に突入する。 市場と多数の政治家が想定していると思われる実現確率:10%程度。 〜つづく ≫ ― ▼ 朝9時過ぎに、まず昨夜に入れていたコロナ関連の録画を見るのが日程。 そこから、世界の、日本社会の一端を垣間見ることになる。 特に家族や、 近所の生活形態が直に見れるのが良い。これにTV、PCからの情報と、家内の 普段の生活情報が加わる。少し偏るが、平凡の日々の中では、変化を生で 見てとれ、飽きることはない。行蔵と、長年の読書習慣の積み重ねもある。 まさか、人生の終盤に至ってパンデミックに遭遇しようとは想定外。 〜つづく ・・・・・・ 6334,映画鑑賞 『30年後の同窓会』 2018年07月17日(火) 金曜のシネマ観賞予定を土曜に切替え、『30年後の同窓会』をみてきた。 評価は85点。 内容といえば、奥さんを一年前に、一人息子を二日前に亡くした 男が、ベトナム戦争仲間だった二人の同期生に、葬式に立ち会ってほしいと依頼 するところから話が始まる。 この随想日記の丁度良いネタ… 私的には、10年単位で開かれてきた学園の「同期会」がある。これが盛上る。 20年目から始まり、50年目の5回で行われる。来年が最終の50年目になる。 前回は前泊をしてクラブ仲間7〜8人と銀座で祝杯を上げた。二日がかりである。 まず来年、健全に出席するのが、当面の目標…。前回、話題になったのが物故者。 来年は、無事、健康であれば充分の年齢。そして、永遠の別れになる。 〜この映画のブログの解説によると ≪ 「6才のボクが、大人になるまで。」のリチャード・リンクレイター監督が、 「さらば冬のかもめ」でも知られるダリル・ポニックサンの小説を原作に、 30年ぶりに再会した男たちの再生の旅路を描いたロードムービー。 男ひとりで酒浸りになりながらバーを営むサルと、過去を捨てて牧師となった ミューラーのもとに、ある日、30年音信不通だった旧友のドクが突然現れる。 ドクは1年前に妻に先立たれ、2日前に遠い地イラクで息子が戦死したことを 2人に打ち明け、死んだ息子を故郷に連れ帰る旅に同行してほしいと依頼する。 30年前のある事件で大きく人生が変わってしまっていた3人は、ともに旅をし、 語り合うことで、人生に再び輝きを取り戻していく。主人公の3人を、いずれも アカデミー主演男優賞にノミネートされた経験を持つ実力派が演じる。≫ ― ▼ 三人の年齢の設定が50代前半。私より20歳は若いが、この3人が殊のほか 老けている。私より、20歳も年配?と背筋が寒くなる思いがした。しかし、 これが現実。70歳の峠をこえて二年半経過したが、早朝のチャリ散策と、ジム で2〜3時間の運動量を確保している割に日々の身体の衰えは尋常でない。 まだ食欲と、TV、ネットサーフィンなどへの知的好奇心は旺盛だが… < 子供叱るな、来た道じゃ。年寄り笑うな、行く道じゃ、来た道、行く道、 通り道。通り直しのきかぬ道… >は、他人事であったが、それが吾身とは。 50歳代の10年近く、捨身で「残存30年分を遣り尽くしたことが、一番の成果と 実感する日々。しかし、いま一つ! 20歳代、とりわけ学生時代を高度成長 経済の時代を背景とした恵まれ、充実して過ごせたことが人生の宝である。 それと、深く考えずに、『装置産業』を選択して、有り余る閑静な 「いま、ここ、わたし」(永遠)を、十二分に享受できたこと。直に泣くことに なるとしても、<本当に、こんなんで良いんでしょうか!>と思えば、そうなる。
・・・・・・ 4131, 夏目漱石の「自己本位」という生き方 2012年07月17日(火) ♠ 夏目漱石の「自己本位という宝の発見!」 〜『定年後 ー豊かに生きるための知恵』加藤仁著 著者は、25年にわたり定年退職者の退職者の取材を続けてきて、ゆうに三千人 を超えているという。「はじめに」で、まず夏目漱石の47歳時の講演 『私の個人主義』で、当時としては思い切った「自己本位の勧め」を取上げている。 私の場合、20歳の時点で創業を決意した時から、「自己本位」になっていた。 しかし勤め人にとって、定年後が第二の人生の創業になる。「定年後の人生こそ、 自己本位であるべし」が痛いほどよく分かる。他人の思惑から遠く離れた自己 本位の生き方に大きなヒントがある、という言葉が痛いほど分かる。 定年後は自己本位への第一歩から始まる。 ー以下は、漱石の『私の個人主義』の中の一部を抜粋したものー ≪*「 私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして 好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の 人間のように立ち竦んでしまったのです。・・そのころ、明治33年、33歳の 時に、文部省から突然、英語研究のためとして、英国留学を命ぜられる。 そして1年が過ぎ、苦悩が極まった時に、あることに気づきます。 自分はこれまで「他人本位」だったのではないか、そして、それこそが「空虚さ」 や不安の根本原因だったのではないかということです。(私の個人主義) *「今まではまったく他人本位で、根のない『うきぐさ』のように、そこいらを でたらめにただよっていたから、駄目であったということにようやく気がついた のです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、 後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似 をさすのです。(〜中略)ましてやそのころは西洋人のいうことだといえば 何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に 吹聴して得意がった男がどれもこれも皆是なりといいたいくらいごろごろして いました。(〜中略) つまり鵜呑みといってもよし、また機械的の知識と いってもよし、とうていわが所有とも血とも肉ともいわれない、よそよそしい ものをわがもの顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、 またみんながそれを賞めるのです。」(同前) ー苦しみの中から、漱石はあることに気づきます。それが「自己本位」。 「自分を主体にし、個性を大切にする」ことに気づいたことで「他人本位」が 自身の根源的な問題であると気づいた漱石は、「自己本位」こそが「空虚さ」 から脱出する鍵を握っていると考える。つまり、外から無批判に「鵜呑み」 で受け入れた「よそよそしい」知識や価値観を用いて生きるのではなく、 丁寧に吟味し咀嚼して「わが血や肉」と呼べるものを自分の中に養成し、 それにもとづいて生きる生きかたに目覚めたわけです。 *「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってからたいへん強くなり ました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。(〜中略) その時、私の不安は まったく消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。」 ー 1914年に学習院での講演で、47歳の漱石は、それまでの人生における煩悩を 告白し、いかにして袋小路から抜け出したかを語っている。 「他人本位」から「自己本位」に脱し、自身の神経衰弱を克服した漱石は、 次代を生きる若き聴衆に向けて、次のように熱く語りかけている。 『 ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたははじめて 心を安んずることができるのでしょう。(〜中略)もし途中で霧か靄 のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を払っても、 ああここだという掘り当てる所まで行ったらよかろうと思うのです。 (〜中略)だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、 どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。もしそこまで 行ければ、ここに俺の尻を落ちつける場所があったのだという事実をご発見に なって、生涯の安心と自信を握ることが出来るようになると思うから 申し上げるのです』(同前)≫ ▼ この漱石の言葉は、現在でも、私たちに強く響いくる。当時の学習院 での講演で、「自己本位」を説いたのだから、さすが漱石である。 キリストも、「自分を愛するように他人を愛しなさい」と言ったので あって、他人を優先して愛しなさいとは決して言ってない。
・・・・・・ 3765, ユング ー8 2011年07月17日(日) フロイト邸でおきた、ユングのオカルト現象は有名だが、フロイトは半信半疑 だったようだ。ユングには、特殊の超能力があったのは事実である。 以下の フロイト邸での出来事は、知る人ぞ知る事実である。 【 1909年3月、ユングとエンマはウィーンのフロイドを訪問した。 そしてフロイト邸で、「本棚のボルターガイスト」という有名な事件が起ぎた。 「オカルト現象」に関しては、フロイトは完全に懐疑論者だった。1909年までに、 心霊現象のまじめな研究者によって、ボルターガイストー物を投げる霊ーは、 通例は精神的な悩みのある思春期の人と関連があることがあきらかになった。 そしてこれから、ボルターガイスト活動は、思春期の人の無意識的な心、 いわば、はげしい内部葛藤の「外在化」ーによってともかく引き起こされる という説が生まれた。ユングはこの説を信じ、ボルターガイスト活動を 「外在化現象」とよんだ。フロイトとユングが超常の実在について論じていた とき、突然本棚から大きな爆発音が起こり、二人とも跳び上がった。 「そら、これが外在化現象の一つの実例ですよ」とユソグは言った。 「ばかな!」とフロイトは言った。「いや違います。私が正しいことを証明する ために、しばらくすると、もう一度音がすることを今予言します」。 ユソグがこう言ったとき、本棚で第二の爆発が起こった。フロイトがその後 ユングに出した一通の手紙から判断して、フロイトは半分以上納得したらしい。 しかしその後フロイトは数回こういう音を聞いた。そこで彼は、なんらかの 自然の原因があるという結論に達した。ユングはフロイトと議論すると横隔膜が 熱くなるのを感じたから、自分がそれを引き起こしたのだとかたく信じていた。 フロイト派の注釈者たちは、音は、乾ききった本棚の木材から起こっただけの ことだといつも主張していた。しかし実際になにが起こったのかを知ることは、 今日では不可能である。】 ▼ 父親が亡くなった直後から10年間あまり、私に特殊な感覚が身について いた時期があった。(偶然の一致が、あまりに多いのは)現在も残っている。 この10年は哲学にはまり、論理的になったこともあり、その感覚が薄れて しまったようだ。人間の存在、いや、自分の現にある存在の方が遥かに不思議 というのが哲学。実際に、そのとおりである。
・・・・・・ 5967,人生楽しいかい? −6 2017年07月17日(月) <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著> 【指令14】衝突をコントロールする 【指令15】分かち合う 【指令16】任せる 【指令17】生きろ
* 【指令14】衝突をコントロールする 〜神様は、弱い人間には、それなりの試練しか与えない。しかし、 力のある人間には必ず、それに見合った大きな試練が訪れる。 一流は相手の力を受け流す。そして、超一流は、触れた瞬間、相手の 敵意を癒す。 どんな人の中にも活用されない膨大なパワーや自発性、スピード、精度 が備わっている。力みと恐怖(否定的感情)を取り除けば、強力な性質が 目覚め、成長し、あらゆる対立で優位に立てる。 ― * 【指令15】分かち合う 〜人生をかけて取り組み仕事というのは、長編小説の何百倍の分厚い 本をよむようなもの。 ― * 【指令16】任せる 〜指示を出すときは、「自分で判断する余地を残す…」。 自分で判断し、行動することにより、人の能力は最大限に発揮される。 これは、前の「分かち合う」とセット。細かい指示を出さず、大まかな 目標だけを共有する。あとは、自分の裁量でがんばる。但し、情報は共有 する。互いに批判や責め立てず。 ― * 【指令17】生きろ 人が生きている、ということは、人間らしく、清々しく生きていることだ。 「生きること」を全力で楽しむこと。
― ▼ システマの教えは、人生の基本だが、両親の生き様の後姿から、 「何事も楽しくなるまで徹底しろ」を学んできた。楽しいと思えれば、あとは 儲けものと思える。たった一度の人生、「人間らしく、清々しく生きなければ、 生れてきた甲斐がない」と思って生きるかいないとでは、雲泥の差ができる。 それにしても、その逆の生き方の人が多く見かけるが…
・・・・・・ 5602,恋愛心理学 〜ぁ 嵌人=性格が良い論・悪い論」 2016年07月17日(日) 『美人の正体』〜越智啓太著 * 「美人=性格が良い論・悪い論」 ・「美人=性格が悪い」論には、妬みと「天は二物を与えず」的世界観がある。 多くの人は「神様は平等であり、すべての人に等しく才能を与えているのだ」 という、幻想を信じたいと心の底から思っているため、「美人は性格悪い」と 考えたい側面がある。明治時代の「修身」の教科書には「美人は往年、気驕り 心緩みて、却って、人間高尚の徳を失ふにいたるものなきにあらず・・」とある。 明治時代に芸者上がりで「容姿は美しいが、家柄が良くない」という女性が、 社会的地位があり、経済的に裕福な男性と結婚して社会的な地位を上げたという、 いわゆる「玉の輿」現象が発生していた。これに脅威をおぼえたのが、社会的に 高い地位の女性で、顔姿が、良くない女性たちは、あまり良い気持ちを持たな かったため、美人に対してネガティブな噂を流したという論がある。 ・同じ女性をメークアップした状態と、逆にメイクダウンした状態で、実験 参加者に見せた結果、メイクアップした状態の方を「やさしく」「好感が持て」 「陽気」「落着いていて」「チャーミングで」「ファッショナブルで」 「きちんとしていて」「ロマンチックで」あると認知されることが分かった。 土曜日のバラエティーに、普通の主婦をファッショナブルに変身させる番組が あるが、上記の内容そのものである。 私が、これまで若い女性と接してきた感想は、圧倒的に「美人=性格良い」論。 そして著者の研究結果も、それを示している。美しい人は、善の循環で、プラス が蓄積されていて、それそのままが顔と全身など美容に現れ出ていることが多い。 5年以上通っているスポーツジムの女インストラクターに、顕著に現れている。 第二の皮膚といわれるファッションのセンスに、それが加わる。 〜つづく
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2020年07月16日(木)
「魔神は瓶に戻せない」──デヴィッド・グレーバー、コロナ禍を語る 〜「ほんとうに自由な社会」へ * コロナ禍がもたらしたこと! 要約すると、<コロナ禍が変えた非日常の日々こそ、あるべき姿。それまでの 現象は幻覚ぐらいに考えた方がいい。元に戻すなど、魔神を瓶に戻すようなこと。 満員電車の通勤を避けて、週に5日の通勤を1,2日にして、残りは自宅か近くの 図書館でテレワークをする夢のような、この非日常のが良いに決まっている。 この日々こそが、クレーバーがいう『瓶から解き放たれた魔人』ということに。 〜 その辺りが面白い!〜 ≪ デヴィッド・グレーバーは新型コロナ危機について、何を語っているのか? 本稿執筆現在、メディアを通してなされた最新の発言は、フランス発の動画 ニュースサイト「ブリュット」の米国版に掲載されたインタヴュー (2020年4月29日)。 ― コロナ危機以降、医療、農業、小売など生活に必要不可欠な業種を 「エッセンシャル・ワーカー」として見直す動きが広まっている。人類学者 デヴィッド・グレーバーは、経済とは社会の一員である我々がお互いをケアし、 ともに生存するための手段であるべきと主張する。 【 わたしたちは、これらすべてが終わったのち、それは夢に過ぎなかったのだ と考えるよう促されることでしょう。実に奇妙な出来事だったが、それは現実 とは何の関係もない、今や目を覚まして、通常に回帰すべき時だ、というわけです。 しかしほんとうはそうではない。通常こそが夢だったのです。今起こっている このことこそが現実だった。これこそが現実です。わたしたちは、わたしたちを ほんとうにケアしているのはどんな人びとなのかに気づいた。ヒトとしての わたしたちは壊れやすい生物学的存在にすぎず、互いをケアしなければ死んで しまうということに気づいたのです。】
上記で夢に過ぎなかったと人類学者が述べているこれまでの「通常」とは、 『ブルシット・ジョブ』(原著2018年、日本語訳は岩波書店より2020年7月刊行) で執拗に記述される奇妙な現実だ。 実入りのよいホワイトカラーであるほど その仕事には社会的意義がなく、そのことに自覚的な少なからずが「内心必要が ないと思っている作業に時間を費やし、道徳的、精神的な傷を負っている」一方、 「日々行われるケアによって社会を可能にしている人びと」は、医師のような 例外を除き、不安定な低処遇を強いられがちであるという現実。グレーバーは 新型コロナ危機を、何よりそうした「通常」の異常さが露呈する契機として捉え、 彼が「ケア階級(caring class)」と名付ける人びとに正当な地位を回復させて 新たな社会的現実を生み出すべきことを説く。】
ドイツのラジオ局「バイエルン放送」の文化番組が行ったインタヴュー (4月8日)の冒頭を引こう。 【 ─デヴィッド・グレーバーさん、人びとは今、ホームオフィスで仕事をして います。一部には、無条件のベーシックインカムの実現可能性を思いめぐらせる ひとさえいる。 アナキストにとってはよい時代でしょうか? デヴィッド・グレーバー;ともあれ、多面的にものを考える人間にとっては よい時代ですね。だって、エリートたちや指導者層は今、一種のジレンマの前に 立たされているのですから。彼らはこの40年というもの、わたしたちにはもはや 新しくラディカルな発想など必要ないのだと人びとを説得することしかして こなかった。もちろんそんな考えは間違っていたわけですが、ひっきりなしに こうしたことが主張されてきたのです。さて今、そうした人びとは突如として、 選択の余地のない状態に置かれてしまった。物事をラディカルに変えなければ ならない。それなのに、どうすれば変えられるのか、やり方を忘れてしまっている。 だからアイディアを持った人間が求められているのです。】
― ▼ 人を人間たらしめてきた群れのあり方を、根本から問い直しているのが、 このコロナ禍の問題。誰もが情報端末を身に付けてしまった時代の有りかた! 10年で100倍、20年で1万倍も情報量が増えていく時代。コロナ禍が、それを 気づき出したのである。9年前に、倒産というカタチでリタイアをして、あとは、 野となれ、山となれで、良く言いえば『自由人』。 悪くいえば『粗大ごみ』 帰るべき家が、棲家に。そこで頼るべきは、日常の習慣。 自分一人のテレワーク。 これも慣れると、なかなか味わいが出てくる。
・・・・・・ 6696,閑話小題 〜ラ・ロシュフコーの箴言 2019年07月16日(火 * 辛辣な人間観察の箴言集の言葉とは 辛辣な人間観察で知られるフランスのモラリスト文学者ラ・ロシュフコー。 〜ネットによると… 【 フランスの名門貴族の生まれであり、数々の戦いに参加した後にいわゆる 『箴言集』を執筆。辛辣な人間観察で描かれた彼の作品は、フランスの政治家 「リシュリューと対立し2年間の謹慎処分を受けた事や、フロンドの乱(17世紀 フランスで起こった貴族の反乱)でフランスの政治家「ジュール・マザランと 対立したことなどで味わった苦難が反映されているとも言われている。】 〜いずれの箴言も突き刺さる箴言である。まずは、
◉ <人はみな記憶力の乏しさを嘆く。 しかし、誰も判断力の乏しさを嘆かない。> 評: 身近な人の意見に大きく左右されて、自分の足りない脳の蔵の乏しさに 気づかないで… 晩節になって、判断の積み重ねの結果の行蔵に唖然とする。 ― 才があって愚かな人はいるが、 分別があって愚かな人は決していない。 ― ◉ <わずかな言葉で多くを理解させるのが、大人の特質であるなら、 小人はこれとは逆に、実に多くの言葉をしゃべりたてながら、 相手に何一つ伝えないという天与の才能を持っている。> 評:何やら、私だけではないから見過ごしてしまう道理。 ― ◉ この世でもっとも幸福な人は、わずかなもので満足できる人である。 なぜなら、 欲しいものが多ければ多いほど、満足するには、 限りない財宝の山が必要になるからである。 評: 実家が代々、骨董商だったこともあり、戦後の転業後の父親の 趣味が骨董収集。 学生時代に、欧州一周の旅の際に大英博物館、 ルーブル、ミラノ、フィレンツェの美術館で、世界の名宝を浴びるほど 見ていたお陰で、何でまた?手元の置きたがる父親に不信感を持っていた。、 ― 好調な時は充分に楽しみ、 不調な時は気長にかまえる。 よくよくの場合でない限り、決して荒治療はしないことである。 ― 人は理性でしか望まないものは、 決して熱烈には望まない。 ― ◉ 我々は、どちらかといえば、 幸福になるためよりも、 幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているようである。 評: 8年前の会社整理の時に、まず、自分は不幸でないと、自ら思うこと から気持ちの再構築を始めていた。今さら如何でもよかったのに。 ― ◉ 賢者は征服するよりも、深入りしないことを得策とする。 評: 情愛、特に女性に関して、抜き差しならない深入りは? ― 自分の内に安らぎを見出せない者が、 それを外に求めても無駄である。 ― 世間なんかなくっても やっていけると考える人は、 よほど自分を だましている人間である。 しかし、自分がいなければ、 世間はやっていけないと思う人間は、 それ以上に間違っている。 ― 我々は、 我々の大切な人の死に対して涙しているのだというが、 実際は我々自身のために涙を流している。 ― 自分自身を信頼すれば、 他の事に対しても信頼が生まれてくる。 ― ◉ 賢者はどんな不幸な出来事からも、何かしらの利益を得る。 その一方で、愚か者はどんな幸福な出来事にも、心を傷つけられてしまう。 評: 確かに幸福の状態は賢者で、不孝の状態は愚か者に見えるが、実は逆。 そんな浅いものでないのが人生の味わい。要するに考えてきたかどうか! バカの考え、休むに似たりというが、考えは心の底に蓄積されている。 ― 敵が欲しければ、味方より偉くなるだけでいい。 味方が欲しければ、 味方を引き立ててやればよい。 ― 幸運に圧しつぶされないためには、 不運に堪える以上に大きな徳を必要とする。 ― 友人に不信を抱くことは、 友人に欺かれるよりもっと恥ずべきことである。
― ▼ 数百年の時空を超えて、辛辣な人間観察の箴言が迫ってくる。 人間は、そうそう進歩しないということ。但し、知っているか、 知らないかで人生の節目時の判断は大きく変わっていたはず。 次回は、老いに対するラ・ロシュフコーの箴言。これがまた辛辣!
追:そうか、去年の今時分にフランスが、優勝をしていたのか! ・・・・・・ 6333,閑話小題 〜サッカー、フランスが優勝 2018年07月16日(月) * つれづれにサッカー ワールドカップも終わりをつげたが、クロアチアがここまで勝ち残るとは… クロアチア選手の疲労度を考えるとフランスが有利だった。 で、今朝のネット記事によると 《 ◇W杯ロシア大会 ▽決勝でフランスが4−2でクロアチアを下し、自国開催 だった98年大会以来20年ぶり2度目 となる優勝を飾った。優勝2回はブラジル (5回)、ドイツとイタリア(4回) に次ぎ、ウルグアイとアルゼンチンに 並ぶ4位。欧州勢の優勝は4大会連続。》 ― ▼ 毎年、今頃に行われる自転車レースのツールド・フランス最終日の凱旋 レースも良いが、ワールドカップの優勝は別物。これで甲子園への高校野球に 関心が移っていく。 … … … 熊:終わってみればオフランスですか。 寅:序盤で、ドイツ。中盤でブラジルが敗退したからね。 大家:最後はクロアチアを応援したけど、点数そのものが、その残存エネルギー そのままを現していたようだね。それにしても欧州のサッカー好きは、凄いね。 熊:ボール一つあればね… 誰でも出来るからね。これにオリンピックと隔年ある ため熱くなるからね… 八:日本も、よく戦ったよ。 何かさオラウータン、チンパンジー、ゴリラの間を、 短い手足の日本猿がで駆け巡って姿が、滑稽に見えてね。ゴリラの体当たりで、 吹っ飛ばされても、健気に立向かうのが愛らしくてさ。 寅:これで東京オリンピックでも、一応、メダル候補に? 大家:ワールドカップで活躍すると、収入が格段と上るというから、頑張るさ。
八:過去のワールドサッカーをHP内検索を入れると、幾つかあった。 ―――― 2002/07/01 面白かった!!
ワールドサッカーが終わった。やはり世界のトップが集まる試合は面白い。 サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。 その時の勝負のアヤが左右するのが特に面白い。優勝候補のフランスと アルゼンチンが早々に敗れるというのも、勝負のアヤであった。ワールド カップというのがこういうものだという事が、理解できたように思った。 実際のところサッカーの面白みがいま一つピンとこなかったのが、 これを契機に好きになれそうだ。
決勝戦が終わったときの,勝者と敗者の差の大きさもそのまま 画面に出ていた。やはり一国でやるべきというのも確かであった。 最終戦で会場の勝者に対する会場のシラケぶりには世界に対して、 この国のセンスの低さを曝け出してしまった。
韓国の熱狂と比べ、途中で負けてしまった事を差し引いても 盛り上がりが少なかった事は否めない。 ブラジルが勝ちあがっていくプロセスでやはり強かったようだ。 南米の予選ではやっと勝ちあがってきたという。 彼らも実際優勝できると思ってなかったことも含め、喜びは最大級だろう。 TVの前でこれだけ熱狂するとは思ってもいなかった。
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2020年07月15日(水)
* 今年前半期に… 超特大のブラックスワンの一群が ◉ 今年の前半期は、親戚、知人の不幸はなく、平穏無事だったが、2月末に、 中国発のパンデミックが発生、あれよあれよと世の景色が変ってしまった。 時間経過する度に…その影響は甚大で、第一次、第二次世界 大戦を合わせた規模の戦争に至る可能性もあり、世界中が成す術がない状態。 このままでは経済恐慌を発生…戦争と100年前の状況に。 恐ろしいが、これが 現実。私の世代は太平洋戦争・敗戦を挟んだ時節に産まれ、このパンデミック の最中に消滅しでいく事態。 オリンピックは一年延期になったが、来年開催は 難しい。アメリカの混乱などのゴタゴタを利用して、中国が香港を完全併合、 その後、台湾と沖縄周辺に進出するのはあきらか。現時点では、アメリカ大統領 に極右の泡沫候補を当選させた中国+ロシア連合の勝利。プーチン戦略の勝利で 事態が進んでいる。 このパンデミックは、数年で終わる問題でなく、数十年 スパンの問題。それが意外と分ってない。
◉ パンデミック禍で経済の先行きが見えず、安全に関して見切り発車しかない。 哀しいかな世界には今日明日の生存問題を抱える人たちで満ちている。 30年まえのバブル崩壊で、ガス抜きをして此の方、体力はガタガタ。預金閉鎖も 充分に考えられる。こういう時節には、風水害など大震災が起こりがちが定番! パンデミックも自然災害と見做すと、3〜5年の一過性でなくて、10年、20年、 50年スパンの黒鳥の到来と考えて然るべきである。<5000万、数億人の被災>も 前提にしなくては。 現在進行形の、これは遥かに深刻かも。 目に見えない ホワイトボール☆化が始まってしまったら。 どう人類は対処できるのか! < ☆ ホワイトボール= 地球が22億年前に1回と7億年前頃に2回の計3回、 全面的に凍結したというもの >
・・・・・・ 6695,閑話小題 〜二日月(山岸凉子スペシャルセレクション次法 檻 2019年07月15日(月) 『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著 * 極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女 世の中には、「極楽も地獄も知らぬ不甲斐ない人間」が存在している。 定年退職になって、リスクを賭けることなく平々凡々の自らの人生に、茫然と。 その時に、初めて己が人生の価値(意味)について考えるが、時は既に遅し。 そして老人性の鬱状態に。そこで始めるのが、これまでとってきた態度価値に 従い、異種の生き方の否定。横並びでは、何の価値が無い自分を肯定するため、 それは真剣そのもの。 南米パタゴニアの果てで、初老の女性が、道すがら話しかけてきた。 その詳細は、最後にコピーしておきますが、それが何とも…
〜芥川龍之介『六の宮の姫君』あらすじ〜
六の宮の姫君は父母の寵愛を受けて何不自由なく育ちました。 姫君は昔気質の父母の教え通りに慎ましく振る舞い、とくに嬉しいことも 悲しいこともない代わりに格別不満もない平穏な日々を過ごしていました。
しかし突然両親が相次いで亡くなり、乳母と姫君だけが残されてしまいます。 乳母は姫君のために骨身を惜まず働き続けましたが、家は次第に落ちぶれて 生活が苦しくなっていきます。しかし姫君はどうすることもできず、昔と少しも 変わらずに寂しい家の中で琴を引いたり歌を詠んだりして日々を過ごしました。
このままで先行き成り立たないと案じた乳母は、姫君に男と会うように勧めます。 姫君は、それは生活のために身を売るのも同然だと嘆きますが、結局は男と会い 一緒に暮らすことになります。 男は上品で優しく、姫君を愛してくれました。姫君もそれには悪い気はしません でしたが、男と一緒にいても一度も嬉しいと思ったことはありませんでした。 ただとりあえず、平穏な日々を過ごすことはできました。
しかしやがて男は陸奥の守に任ぜられ、五年後には帰ってくると言い残して 姫君の元を去ります。ところが、五年経っても男は帰ってきません。 男が地方に赴任中に娶った妻と京へ帰ってきたのは、結局九年目の秋でした。 男は姫君を訪ねようとしますが、六の宮はすでに朽ち果てており、残っているのは 荒れ果てた庭跡と築土だけでした。
男は姫君の行方を探し回り、ある日偶然、朱雀門の近くの荒ら屋で破れたむしろ をまとった乳母に介抱されている不気味なほど痩せ枯れた姫君を見つけます。 男は姫君の名前を呼ぶと、姫君は男の顔を見て突如何か叫んだかと思うと そこに倒れ込んでしまいます。 乳母は急いで近くにいた乞食法師にお経を読んでくれるように頼みます。 姫君は男に抱えられながら、夢うつつのまま静かに息を引き取りました。
後日、姫君を看取った乞食法師が朱雀門にいると、侍が近づいてきて、近頃この あたりで女の泣き声がするそうではないかと問いただします。法師は侍に耳を澄まし てみるように言うと、やがてたしかに細々と女が嘆いているような声がします。 あわてて刀に手をかけた侍に法師は言います。
「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐(ふがひ)ない女の魂でござる。 御仏を念じておやりなされ。」
― ▼ 昨日‘極楽も地獄を味わった男’から遺言と思ぼしきCDが送付されてきた! 何とも味わい深い内容。そこには原爆投下で死んだ弟を背負った少年の写真が… 長男が、当人の連合いである母と、弟を殺して、会社ごと炎上させた事件も吐露 している内容。哀しみは、薄れることなく、むしろ深く色濃く残っているようだ。 <6680,閑話小題 〜悲しみって、時間と共に深くなるのよ!> この人の極楽と地獄、極楽はともかく、地獄には敗ける! 〜これも後にコピー 私の遺言は、18年と2ヶ月にわたり、書き続けてきた、このブログ。それを遥かに 超えた?濃厚なもの。長岡という岩盤の世界で、斯くなりなん。私は、深い関わり を避けてきたが、真逆の生き方が、彼。何じゃ御前は!と、迫ってくるような。 自らをコミック風に表現できるとは、これはこれは! 私には出来ない。
・・・・・・ 6288,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜3 2018年06月01日(金) 『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』 (伊集院静 2017年)から。 * 予感、あるいは沈溺 ≪ ◉ 長く旅を続けるには術が必要である。友人の勝負師とどうように、 頓着を持たないことだ。旅人の一人の些細な感情など都会という土地では とるに足りなぬものだ。 そんな時は高台に行き、都会を見おろせばいい。 河岸に立って川を眺めればいい。人の感情など関わりなく、 ―川はただ流れている。それだけのことだ。 ー何かを手に入れたものは何かを失う。自明の理である。 旅を続けている限り、失うものはない。しかし失わないことが旅に求める 安堵であるのなら、その旅は愚かな行為でしかない。流れる水を見て思った。 ともかく旅を続けるしかない。 127-128p ◉ ヨーロッパ大陸を飛行機で旅し、窓から大陸を見たことがある人は、初夏に レモンイエローの花を咲かせた菜の花畑の美しさを知っているはずだ。148-149p ◉ ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪ねた。見ておくべき場所だから 出かけた。私をむかえてくれた日本人の案内人は物静かで温和な人だった。 収容者たちが列車から降ろされ、歩かされた道を案内人と歩いた。折から やわらかな初夏の風が吹いて流れ、路傍の野花を揺らしていた。かつてここが 殺戮の場所であったとき、花は咲いてもいなかったろう。収容所で目にした ものは、予期したとおり私たちが見ておくべきもの、知っていなくてはならない ものだった。黙示であってはならないものである。残されたものたちが立証して いるのは、これがまぎれもなく人間がなしたものであるということだ。 〜過ちをくり返すのが人間だとしたら、人間はどうしようもない生きものである。 −そうかもしれない…。 207p ≫ ― ▼ ツアーの面白さ、厳しさの一つが、1〜2週間、移動空間と旅先空間を密着 すること。 嫌でも、様々な人生を垣間見ることになる。また、重厚な人生観を 知ることになる。行先の多くが秘異郷もあるが… 10年近く前までは、まだまだ、 高度成長時代の恩恵を受けた人たちが多かった。その反面、仕事に追われてフッと 気づくと晩年に差し掛かり、人生を取り戻そうとすがる思いの人が半数だろう。 それが圧倒的大自然の只中で、自然と出てくる激情が、呟きで聞こえてくる。
『ズ〜ッと老人ホームで働いてきたの。で、ハッと気づいたら、自分が年寄りに。 現実に流されて、周辺の人だけを見てね。何にも考えないで、決断もしなくて、 これまで生きてきたの。ところが先を切られたの… …旅行前に色いろの問題を 箪笥の中に押しこんでね。帰ったら、それを出して整理をしないと。 でもここに来て良かった。これで心おきなく死ねるわ。』
パタゴニアの、山中の道すがら、初老の女性が、何気なく話しかけてきた言葉。 話は続く。 『養老院って、人生の果てでしょ。人間の本性が丸出しになるの。特にね、 夜這いって、御婆さんの方が多いの。夜中に男の人の悲鳴が聞こえてくるの。 ‘何するんだ、この野郎’ってね。 寂しかったのね。』
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6680,閑話小題 〜悲しみって、時間と共に深くなるのよ! 2019年06月30日(日) * 悲しみは時間と共に薄れるって嘘よ 再び「ガイロク(街録)という番組の話。 下町で一人歩く御婆さんの話題。 《 若くして夫を失い、その後、手塩にかけた一人息子を交通事故を亡くしたと いう、『毎月、祥月命日に、墓地にお参りに行くのが、務め。これは私が元気 でないのなら…。 高尾山のお墓に行くため山を登るときに、自分の名前を呼びながら 励まして登るの。>と、述べていた。 ところが、それを聞いていたゲスト榊原郁恵の母親の言葉が何とも! 『郁恵ちゃん、悲しみって時間と共に薄くなるって、嘘よ。逆よ!』 いや、驚いた。悲しみ、苦しみは、私の経験則からして大よそ、二年半で 治まってきた。一般的にも、慰めで『二年も経てば、乗越えられますよ!』と… 時間薬の効果である。しかし、それは、その程度の悲しみに過ぎないと…直感した。 直に思いついたのが、二人の息子を頃に亡くした両親の悲しみ。 特に母親の心の傷。乗越えたとしても、年々、悲しみは深まっていた? そうこう考えると‘絶叫したくなる’ほど 両親に対する思いが一変することに。 長男、次男の不幸な死を招いた罪の意識と、反省。 私が、20歳になった頃に、 二人の分も、「自由に、明るく羽ばたいてみろ!』と、応援していてくれたことは 薄々知っていた。昭和40年代は、右上がり経済の真只中。坂の上の雲は青く輝いて いた。私の過ごして学生寮の名が『青雲寮』。あの時代の抑揚感は当時の歌謡曲に、 そのまま現われていた。しかし、太平洋戦争の深い犠牲の上で、それがあった。 『悲しみは、時間と共に深まっていく』の言葉に、『エッ!』と、この年齢で 驚くのは、私自身が晩期の両親の年代に入ったため。そして私の悲しみが浅いか!
この街頭録音略して「街録」。ネットによると、 <街ゆく人々の“リアル”な声から、人生を学ぶ! 人生のピンチやハプニング とどう向き合い、乗り越えてきたのか? その経験から得たものとは…。 山あり谷ありの内容> とある。 これに似ているのが、『地球タクシー』 『家についていっていいですか』『空港ピアノ』などがある。何気ない通りすがり の人生を、僅かな因縁の機会に垣間見る味わい。 この『ガイロク』でも、『家についていっていいですか』でも、 『あなたの人生を自ら何点付けますか?』と、急に、声をかけられたとしたら… さて如何こたえられるか? それも、全国津々浦々に晒された中で? 顔ぼかしなら、何とか!理路整然と… 『日々是口実』をしてきたこともあり… 何をしに、何をして、生きてきた? 親鸞ですか? <歎異抄 ... 弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と 信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき … > 。
・・・・・・ 5958,洗って使える 泥名言 〜3 ーライオンは弱い奴を狩りに行く 2017年07月08日(土) <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) > * ライオンは弱い奴を狩に行く 〜 他の章の面白い泥名言が… 〜 <すべての男は3等賞や。それを一等にするも、三等にするのも自分や。> と、知り合いのママが言っていたというが… 凄いことをいう。更に、 <三等を三等のままにしておくのも立派なことで「それで充分やんか」> だと。それもこれも、泡沫の夢幻の話。死んでしまえば皆、同じ。
<ライオンは弱い奴を狩りに行く。> 暴力と貧困は、高いところから低いところに行く。世間とかいうゴミダメは、 こういう弱者探しを生業に成立ち、日常会話で「にわか裁判」をしている。 まず検事がいて、裁判長、そして傍聴人までいる。多くが、人生不燃焼組で、 その燃え残りに火をつげ、自己満足する輩。対象は「大変な人」。
<よく離婚とか、彼女と別れる段になって、きれいに別れようとするバカが いるじゃないですか。あれ、一番ダメなんですよ。何やっても嫌われるの なら、「どうして、こんな奴と」思われるぐらい嫌われた方がいい。> キレイに事業撤退とか転職をしようとするから、ダメ。嫌われ罵声を浴び、 「これも有りか」と、独り打ち震えるのを逆に楽しむ位でないと。 「最期は、キレイに撤退したい〉の私の要請に対する弁護士の答え 〈借金を踏み倒すのに、キレイも汚いもない。70点が最高点と思って下さい! 〈それでは、70点に近づけるように、お願いします。〉と方針決定。 甘かったかもしれないが、過去の経験からして、やはり、後味の悪いのは、 傷口に悪い。 ― ▼ 大変な家庭環境の中で、下ネタ経験充分の人生もあり、とう泥名言の数々。 緑の原野(娑婆)には、花も実もあるが、捕食動物も、被捕食動物もいる。 狩るか、狩られるかの弱肉強食のドラマが日ごと繰り返されている。ところで、 『今、何になっているの?』『何を狩ってんの?』『何を楽しんでるの?』 『人間をしているの!』『好きな遊びを探してるの』『趣味を楽しんでるの』… … など、様ざま。問題は、時間が限られていること。キーワードは、『よく』 が、それぞれの生きざまの頭についているかどうか。その為には考えることだ。
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2020年07月14日(火)
< 歌舞伎町 ラストトーキョー はぐれものたちの新宿 2019-08-12 | ドキュメンタリー > * 歌舞伎町の店から垣間見る世界 二年前の一回目のドキュメントには、半年前のコロナ禍の想定はなかった。 まさか、それが、これである! 歌舞伎町こそ『3密』の代名詞のような場所。 救いようがない。これが都内、国内、世界の繁華街全てになるから、ことは重大。 世界が根こそぎ変わろうとしている。全員がアウトローの立場に逆転した! 現象面は少し遅れるが… ただならぬこと! 〜このドキュメントは、更に進行する〜 ≪ 歌舞伎町に、砂の城という、場所がある。ここは、俳句の会の場所。 狭いが、いろいろな人があつまってくる。 飲みながら俳句をよむ。 気軽な俳句。障害、発達障害、双極性障害などの人も来ている。 ここで発散できている人が多そう。 この場所にも変化があった。 19年2月に行くと、すなの〜の文字がなく、外壁が囲まれている。 差し押さえられているらしい。路地も明るく、女性、外国人も来やすい 町にと、再開発という感じになってきた。すなのしろには、 変わらず人がきていて、活気はあるが、建物が使えなくなる?
新宿のルーツ、江戸時代は花街だった。花園神社で野外演劇もあった。 水族館劇場。 この神社、私の小学生の思いで。 親と一緒に行き、蛇女、など不気味な小屋があり、こわかった。 今思えば、体に大きな障碍があり、他で働けない人などがしている芸だった。 夜、見たくないものを、何たくないのを見てしまったような〜おぼろな記憶。
71歳母が、ある夜、娘の布団に入ってきて話す。全力で働き、育てた。 お弁当も毎日手作り、食事は手を抜いていない。見ていてホントそう。 でも娘には絶対つがせたくない仕事だった。家庭教師を多数つけ、自分の ために娘をそう育てた。それが力だったと思う。しっかりした父もいる、 一人っ子のディレクター。地味なタイプ、優等生だったという。 32歳の娘は、完全に温室育ちだったと認める。 住んでいる家の場所はでなかったが、新宿区のどこか?だろう。 歌舞伎町の詳しい歴史を調べると面白いかな〜 セルフドキュメント、2年かけ母を取材、 3人での自宅食事風景など自然に、素直なシーンが多かった。 ≫ ―― ▼ 暇なのは、いや「閑」なのは今さらだが、これを書くに三度みた。 その度に、新しい発見があった。花園神社の境内での野外演劇が、毎年、 神社の好意で一時期の間、開催される。テントの組み立てと、舞台設定を するが、最後は「ばらし」と、「掃除」が行われる。この最後の、立つ鳥 跡を濁さず。これも公演行事の一環。9年前に、事業からの撤退を決めて、 そのプロセスに入った時… <自分で始め、自分の手で終える。 『あっ、これだ!』。これがベスト!> もちろん、こうなるケースも 想定のうち。誰にも、これは分らない。 折角なら、味わえばよい! 勝海舟が福沢諭吉の批判に、「批判は他人の内、行蔵は我うち」と捨て置いた 逸話が残っている。これが、それだ! 劇団の最後のバラシがあればこそ、 次年度に向けて新たな一歩を踏み出せる。 断面には多様な模様が見てとれる。 それぞれの死があればこそ、それぞれの生が光り輝く!
・・・・・・ 6694,閑話小題 〜最近の若者の恋愛事情 2019年07月14日(日) * 7割が彼女なし 老いとともに、恋愛事情に興味が少なくなるのかと思いきや、類人猿の一種と して割切ってみる、それは、逆に面白いもの。NHKの『恋話カファ 男と女』が、 なかなか面白い。「今どきの18歳〜34歳の男の7割、女の6割が付き合っている 相手がいない」と…。 その理由に、煩わしいからと。恋愛より面白いことが 多くあり、エネルギーをとられたくないとか。 要するに恋愛に対するコスト・ パフォーマンスにあわないと…。 便利な世の中になって趣味の多様化もある。 小噺に、 男:『月は雲間に隠れたし、貧乏人のオイラには何もすることもなし』 女:『おや御前さん、今夜もかい!』というのがある。以前は楽しみは、 まずは恋愛の乳繰り合い。そこには男女の隠された部分を性欲の妄想で惹き つけあう要素が大だが、それがネットで、逆に減退に? 求愛の趣味の違いも。 男が女に求めるのが、まず美貌。そして相性。女はまず収入。そして優しさ。
〜NHK・HPの<恋話カフェ 男と女 [BSプレミアム] >によると… ≪ 恋したい!でも、できない。相手がいない。どうしたらいいの? 「恋話カフェ」のマスター原田泰造が経験豊富なタレントや恋愛に詳しい 専門家たちとさぐるトークバラエティ。 今、恋する人が減っている! 男性7割、女性6割に交際相手がいない(18歳〜34歳独身)。 なぜ?恋愛をコストで考える人が増えている? 恋愛にはタイミングと才能が必要? 恋愛の大先輩、経験豊富なあの有名人たちのセキララ話からヒントをさぐる。 そして、男と女はなぜすれ違うのか?価値観の違いはどこからくるの? 精神科医や社会学者、離婚問題弁護士による、現代の恋愛事情分析トーク。 脳科学や動物行動学にもヒントが。 ― ▼ 先ず7割方は、ペア成立と思いきや…逆とは驚き。誰もが少しでも良質の 相手を求めるが、そうは問屋が卸さないのが現実。三次産業の女性主体の 職場に長年の間、身を置いていたこともあり、それはシビア。美貌と能力が 掛けあって、相手の質の優劣が決まる。もし、自分より見劣りがする女性が、 自分の相手より勝った相手なら、あらゆる手段で阻止をする。男も女も2割が 8割の総取りのパレートの法則が、恋愛事情にも影響しているため、7割には 回ってこないのが現実。良質の2割以下の相手なら? 一人、趣味の世界の方が 遥かに良いことも確か。 人間とは相手を見抜いても、自らは見抜けない。 何ゆえに、美人の優劣がつくか? といえば、優秀な男が争い確保するため。 優秀な男の血が、女を磨き上げる。逆も、時にあるが!
・・・・・・ 4869,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー37 2014年07月14日(月) * 閑話小題 −なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? 『 なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか?』小堺桂悦郎著ーに、 45年間の事業で実感した真髄が、そのまま書いてあった。 《 ・・多くの経営者が、「儲けようとして損をしている」わけです。 誰しも、自分から損をしようとする人はいません。ならば、まず徹底して、 損をしないようにしましょうと、私はアドバイスをします。》 のぼせ上り、より儲けようと歯止めが利かなくなり、ミスに繋がっていく。 ファッションなどの不良在庫の発生原因の多くが、売れ筋商品の代替商品がヘドロ化 したもの。 チョッとした違いに消費者は敏感だが、売り手が気づかず仕入れ をしてしまう。 売れ筋がベストとすると、その品切れをベター商品で補おう として不良在庫になって、損失につながる。これ事業も、人生も全く同じ。 10年、20年かけ積上げた利益の保留分が、創業時の周到に準備を重ねた構えを 忘れ、目先のベターに妥協をした結果、損失に変えてしまう。新潟駅前では、 それが駅から一番離れたのホテルと、駐車場。これが、それまでの利益のみ ならず、本体の経営を揺るがす。ちなみにベストは、関越自動車道からの 東バイパス沿い立地。その判断ミスが致命的な戦略ミス。 それを戦術的リストラでカバーをしても、所詮は無理。3年前の結果は、 ベストでなく、ベターの選択の結果である。現在も同じことが言えるのでは? 決して、ベストではない? 流れで、自宅に、そのまま住んでいる。 ところで、私の場合どうだろう? 3年まえも、そうだったが、今日明日の 資金繰りに追われたことは、人生に一度もなかった。それは、むしろベスト でなく、ベターだったのか?「なぜ、人はいつもお金がたりないのか?」と、 問われれば、「万一の備えと、その知識が足りないため!」になる。 ワーストは、ベターの服装を着て擦り寄ってくる。 で、このザマ! アベノミックスは、決してベストではなく、ベターでしかない。 ベストは何? 意図的なブラックスワンで、一度、現状を 清算をさせ、国家非常宣言をした上で、思い切った国家的リストラ。 当然のことだが! グローバル的には秒読みに入っている。 私、個人は、まさに一歩先に・・ いや、そうせざるを得なかった!だけ。
・・・・・・ 5964,人生楽しいかい? −3 2017年07月14日(金) <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著> * 【指令4】距離を測る 【指令5】呼吸する 【指令6】姿勢を整える 【指令7】視点を動かす ★ 【指令4】 距離を測る 〜『いつでもここから逃げられる』という余裕があって初めて、 人と人は「対等」になれるのや〜 ▽ 私のスタンスは、他者との距離を置くこと。個人主義である。 特に20歳で『創業を目指す』と決めてから、その傾向が強くなっていた。 まず、ベースづくりのため、固定が最大の難敵となる。今も、そのスタンスが そのまま残っており、誤解を受けているようだが… 新潟駅前で30年間の事業 をしてきたが、4つのホテルのテリトリー内には、暴力団事務所が2つ、3つある。 いつ、何ときに、組員が営業にくる可能性があった。事務所には、裏口を用意し、 逃げ道を作ったいた。一度も対峙することは無かったが、このスタンスは基本。 『閑静』の『閑』の、一本の木を取り囲む塀である。とにもかくも、孤独と、 孤立を心の中に保ってないと… これは両親の後姿から学んだこと。 たった1センチの距離の違いが人生の別れ道になる。 ★ 【指令5】 呼吸する 〜鼻から吸って、口からフ〜ッと吐く。これが究極奥義、呼吸や〜 自分が緊張をすれば、相手もまた、緊張する。自分がリラックスれば、 相手もまた、リラックスする。 平常心である『何となく大丈夫」という感覚こそ重要である。 ▽ 過緊張ゾーンこそパニックの原点。大抵の人は平常心でいられず、常に パニック状態であることが多い。平常心ゾーンに回復するには、こまめな「呼吸」 で、回復することこそ、奥義がある。 ★ 【指令6】 姿勢を整える 〜姿勢をまっすぐにし、リラックスして立つ。そうすると呼吸も楽に なりし、今より楽になる。〜 「優秀な戦士とは、健康な戦士である。」その外形は背筋を伸ばした、姿勢。 ▽ 規律訓練などで、厳しく正されるのが背骨をスプーンにした上に、全身を 弛緩すること。そうすると、呼吸も自然と整うことになる。そして、対峙する者 の眼か、首元をみること。新人訓練をする方は、相手は野獣と理解しおかないと… ― ▼ 卒業直後に、「正社員としての正規教育」を受けてないと、後あと、 苦労することが多くなる。転職をする度に、準社員としての立地ふるまいが、 染み込んでいくため。そして、不適応と不自由を混合し、外部に自由を求める。 【指令4・5・6】は、「ヨガ」の教えに重なる。 <周囲の人との距離を図り、姿勢を正し弛緩と緊張を繰返し、静かに呼吸をする> で、目的は「瞑想」を深めること。
・・・・・・ 5234,「エリック・ホッファー自伝」 〜Α 2015年07月14日(火) 「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳 * ある若い女性との出会いと、別れ ホッファーに深い矛盾が見て取れる出来事である。人生で誰もが、 経験する分かれ道がある。もし、二人の女性の申し出を受け入れていたら、 放浪者として世に受け入れられた哲学者としての彼は居なかった。別れで一番、 傷つくのが本人同士。こういう傷口から深い思索と、新しい出会いが出来てくる。 時空を超えて悲しみが伝わってくるようだ。 〜その辺りから ≪・ある初夏の朝、レストランから出ようとしていると、赤い列車がシャタック アベニュー駅に到着するのが見えてきた。こんな早く旅行しているのはどんな 人だろう。列車からは若い女が二人降りたが、手には小さなスーツケースを 持っている。明らかに初めての来訪で、列車を降りた所であたりを見回している。 様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて 「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。彼女たちは驚いたようだった。 二人の女は昼と夜のようにまったく対照的である。一人は背が高くてとても 美しく、もう一人はずんぐりしていて、きれいとは言えない。 「手荷物係さん?」とずんぐりした方がたずねた。「いいえ、給仕係さんですよ」 と私は答えた。みな笑った。私は動揺を隠そうとしゃべり続けた。彼女たちは学生 だろうか。大学はちょうど休みの時期で、次の学期が始まるのは数ヵ月先だった。 サマースクールに出席しようとしているのだろうか。それなら、いろいろと 落ち着くまで時間が要るだろう。「とにかく、そのときまず必要だったのは 朝食である。私はスーツケースを持ち、レストランに案内した。私はテーブル をとり、カウンターに行き、オレンジジュースと果物とハムエッグを注文した。 食事中も彼女たちは笑いっぱなしで、私を好奇な目で見ている。きれいでない方 の目は私に対する疑いが見てとれた。私は「心配しないでください。別に私は 頭がおかしいわけでもないし、知らない人に声をかけて朝食をご馳走する 趣味はありません。姿を見かけた時に、話したいと思っただけです。 ・・(略) 彼女たちにはある計画があったのである。ある晩、フレッドが 人生の目的について私を諭した。人間は目的をもっていなければならないし、 自分の非凡な能力を無駄にするのは罪だ、と。彼女はヘレンから最近の物理学 の動向について聞かされていたのだ。そして、私の理論化する才能を生かせば、 奇跡的なことが成し遂げられるはずだし、物理学部の誰よりもすごいことが できる。並外れた数学の力があれば、アインシュタインのようにもなれるかも しれない、と彼女は信じ込んでいた。ばかげた話だった。二人の女性が、 私を驚異の人物に仕立てようと決意している。まったく常軌を逸していた。 私は心からヘレンを愛していたが、彼女たちの期待に応えるために、四十歳 まで残されたわずかな人生を費やすのは、あまりにも惨めだろう。おそらく 物理学部の人たちは、すぐに私が偽者だと気づき始めるだろう。どうして自分 に並外れた才能があるなどと信じられよう。もしこのまま彼女たちと暮らせば、 一時の平和も見出せないだろうと思った。私は一刻も早く行動を起こして、 放浪生活に戻らなければならなくなった。こうして収穫期が近づいたある日、 私は何も告げずに、バークレーを離れた。・・・ ≫ ▼ 何か、ホッファーの傷の疼きが、そのまま井伏鱒二の詩が代弁している。 <この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ 花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけ が人生だ> 先短い人生、一時的安住を選ぶか、放浪哲学者の道を選ぶか。 20才代、創業のための自己配転をした節目の孤独感を思い出す。 目指す所が、あまりに遠く、現状に安住できない二重構造の自分が、 存在していた。 極限を乗越えていくのが青春であり、青年である。
・・・・・・ 5599,恋愛心理学 〜 2016年07月14日(木) 『美人の正体』〜越智啓太著 * 美男美女には敵わない 図書館で、何気なく手にとって借りてきた本だが、これが面白い。 これで、「恋愛心理学」の分野があることを初めて知った。考えてみれば、 幼児から恋心が芽生え、老いれば老らくの恋がある。その心理学があっても 不思議ではない。総じて人間は、外見的魅力が高ければ高いほど得をする。 顔が悪かったら何か他でカバーしようとする。ここで、学問等が優秀でも 美男美女には敵わない現実が記載されている。生物学的要因と社会学的要因 の双方から、美人・ハンサムであるほど、頭が良く、運動や音楽でも優れ、 仕事ができ、玉の輿に乗る可能性が高いようだ。 耳、鼻、口、目などの平均的形相を、そのまま均整をとって組合わせた顔が、 何故か信じられないほどの美形になる。その上に、顔や身体の「左右対称性」 が、健康や知性、社会的な適応と密接に関連している。 良い顔つきの人には、それなりの人がペアになるため、長年のかけ合わせの 積重ねが、容姿の元になる。しかも、美人・ハンサムは幼少時から周囲の大人 に能力が高いと期待され、結果、努力を重ねるため、能力も比例する傾向にある。 〜印象に残った箇所の幾つかを抜粋すると ・男性は「相手の子供が自分の子供である確率を上げるため」、 女性は「やりにげされないため」、それぞれの思惑で相手を選ぶ。 ・男性の場合、相手が若く経験が浅いほど自分の子である確率が高いから、 若くて幼児っぽい容姿に惹かれ、女性は行為の前に鳥でいう「巣作り」を、 つまり経済性を要求する。 ・同じ男性でも高級車に乗っていると魅力的に映る。 女性のWHR(ウエスト とヒップの比率)が、体重に関係なく0.7が丁度よいバランスになる。 ・多くの写真を合成して平均化していくほど、イケメン・美人度が高くなる。 ―――― 息を呑むような美人に何人か出会ったが、連れは、?の人が多い。短期的に 丁度良い相手は、長期的相性が良いとは言えない。二人のパッと目は良いが、 さて中味となると? で、世界は不幸に満ちることになる。 美男美女とはいえ、 顔と身体のバランスがとれているだけだが、それで人生を大きく左右されるとは、 何だろう。自分の中の妄想を、そのバランスの良さが、駆り立てているだけだが。 もう一つ、TVや映画の主人公は、当然、美形である。そのハロー効果 ※が、 美形、良い人、有能な人と植付けられた結果が、実態との乖離をうむ。付いてる 機能は、皆、同じなのに。肉体というヌイグルミと、心、魂は別物なのに。 まあ、 一生、気づかず、人生を終えるのだから、それはそれで! でも美人は良い。 ※ ハロー効果とは、心理学者エドワード・ソーンダイク によって名づけられた 造語で、心理的効果の一つ。ある対象を評価をする時に顕著な 特徴に引き ずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。
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2020年07月13日(月)
閑話小題 〜新宿ねずみ −2
< 歌舞伎町 ラストトーキョー はぐれものたちの新宿 2019-08-12 | ドキュメンタリー > * 母の生立ち 私がモノ覚えがついたのが、生後半年ぐらいから。一般的には3〜4歳という から、長岡空襲の焼け野原の中、それなりの空気があったのだろう。ただ両親が 必死だったのが直に伝わっていた。年齢的に同世代の両親の時代背景が、共感を 振幅させる。私が住んでいた学生寮は、歩いて30分のところ。学生運動華やか なりし時である。これを見ていて、如何に両親に大切に育てられていたかを 思い知る。理想に近い学園生活。時代は右上がりの高度経済成長の最中…!
≪ …新宿は世界一、乗降客が多い駅、その中の新宿の町と母を撮る。 母、71歳:子供の頃、父に愛人ができ、父はほぼいない母子家庭で育った。 たまに父が戻ると、母を殴っていた。と記憶にある。お金は、父、父の愛人 からもらっていた。大学の費用もだしてくれ、学生運動に参加した。 歌舞伎町近辺でデモなどをした。 そこが彼女の原点になり、大学を出て27歳で歌舞伎町、ここを選んだ理由。 デモなどをしていたので、ここで何かをしたいと思ったそう。 麻雀屋を開業する。多額のお金をかり20代で始めた。 新宿のねずみ、と自称する。今では3店舗の経営者。45年続けている。 31人女性従業員がいて、みな70代以上か〜 全員、とてもお元気。 母は晩婚で信用金庫勤務の夫をもち、一人娘を産む。 それがディレクターの映絵、何と読むのかな? 父は74歳:退職し、町内会の仕事をしている。元気。 娘には子供の頃から歌舞伎町に入るな、といい育ててきた。良い職につける よう、塾へ多数いかせ、遅刻もしないで、勉学に励むことをいってきた。 ◉ 娘は勤勉、レールに乗り、NHKに入ったのだろう。 歌舞伎町は五輪などで再開発がかかり、大きな変化の時期。町はだんだん 効率よくなり、古い町からとおざかっていく。母は、平成が終わる時、店を 閉めようと考えた。近くに麻雀チェーン店ができていきたこと、古いやり方 ではダメかと思っていた。 最後のキャンペーンを考える父母。お客さんも、 従業員もみな高齢になったこともある。 18年、父に肝臓がんが見つかるが、幸い手術ができ、元気になった。 母は、社交ダンスを習っていて、これがとてもいい。 スタイルも71とは思えないほど! 19年2月、考え方が変わり、若い人たちにも来てもらおうと、 もう1回ここから、がんばっていこうと思うようになった。 〜つづく ≫ ― ▼ 歌舞伎町に出入りする人たちは、底辺の人が主。彼らは筋金入り。 踏まれても踏まれても立上ってくる強さがある。母親は27歳で7千万の 借金をしてマージャン店を開業。夜半に娘の布団に入りこみ、呟く! 『怖くて、恐ろしくて』の本音を呟く。 「20歳で創業者になる!」と、 宣言したが、何の能力がベースに存在しない。それなら、無理をして、 「自信があるフリ」をせざるを得ない。「最初は誰も、そうだ」と気づいた のは、何度か立上げを経験してから。風にむかって、然も自信ありげに 背中に帆をたて、立向かうしかない。不安で、恐ろしくて、出たとこ勝負。 、27歳でマージャン店を開業するには、それなりの訳あり…?
・・・・・・ 6693,閑話小題 〜二日月(山岸凉子スペシャルセレクション次法 檻 2019年07月13日(土) 『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著 * つまらない真実 VS 面白い嘘 < 物語とは何のためにあるのか? 面白いから… だけど、ただの娯楽と 言い切るにはあまりにも私たちをつかんで離さない。虚構の物語は、言って しまえば、ただの嘘なのに。物語という「嘘」の装置は―― 時に事実を述べる よりもずっと深く誠実に、「真実」を語ることができるから。 山岸先生の『二日月』の中の『朱雀門』はこの芥川龍之介の『六の宮の姫君』 を題材にした現代の話です。> このテーマ日記も、旅行記から、創業の話、読書録など身近なテーマを 「物語風」にまとめて書いている。身近な人や、一年後、数年後の私に理解 しやすいことを前提に。そこには誇張と、主観が入りこんでしまうし、それが 売りの個性と自分勝手に決めつけている。そう割切らないと、18年も続かない。 〜まずはネット検索での山岸凉子『朱雀門』あらすじ 《 話は女子中学生の千夏(ちか)が家で芥川の『六の宮の姫君』を読んでいた ときに、叔母の春秋子(すずこ)のお見合い用の着物を呉服屋が届けに来た ところから始まります。
春秋子はイラストレーターで、32歳の独身。千夏は、自分の好きなことをして 自立して生きているカッコイイ春秋子に憧れています。 そんな春秋子が着物を着てお見合いに臨むことに、千夏は少しガッカリ。 背景には、春秋子の母(千夏の祖母)が病気で入院して、いつまでも一人でいる 春秋子を心配していたことがありました。
そして春秋子は母が亡くなったのを機にさらにお見合いに本腰を入れ始めます。 千夏は、化粧も服もバッチリ決めて気合いを入れてお見合いに臨む春秋子を見て、 全然らしくないと失望します。 ただお見合いは何度やってもうまく行きませんでした。ほとんどは春秋子が断る のですが、たまに気に入った人がいても今度は相手に断られるというパターンです。
そんなある日、芥川龍之介の『六の宮の姫君』を読んでいた千夏は、たまたま 訪れた春秋子とその小説について話をします。 千夏が「姫君があまりに可哀想」と言うと、春秋子は六の宮の姫君はたしかに 芥川が書いたようにふがいないのだと言います。 そしてこの話で芥川が言いたかったことは、「『生』を生きないものは、 『死』ぬに死ねない」ということだと指摘します。 》 ― ▼「じゃあ、『生』を生きたのか?」「『生』を生きるとは如何いうことか?」 の問いが成り立ってくる。<準備を含めた45年の創業人生。本当に生きていたか? 生きたと思い込んでいただけではないのか?>と。マトモに生きてこなかった輩、 その鬱憤を身近な粗を探すことでしか自分を表現できないため、それは辛辣。 極限の、いや極限を超えた人生ということか? とすると? 如何だろう? そこで、芥川の『六の宮の姫君』とは、如何なる内容か? 〜続き。
・・・・・・ 6330,閑話小題 〜緩慢たる自殺 2018年07月13日(金) * 理想的自殺の方法 先週の同期会のテーブルで、手術から5年経過した肝臓癌の男が、毎日五合の 酒を飲んでいるという自虐的告白から、これは緩慢なる自殺ではないか?の話に。 そして死期の確定時の自殺の良し悪しから、自殺方法へと、話は移っていった。 自殺方法など、普通は話題にしないためか誰もが聞き耳を聳てていた。 こういう話なら、駅前ホテルをしていたこともあり、事例ネタは充分にある。 問題は、深刻なネタを笑ネタにすること。 30年で、平均3年に一度位だろうか。 当事者として、自殺事情と方法の報告義務があるようで、マネジャーからだが、 詳細を聞いてきた内容といえば〜 <・印象に残ったのは、開業5年目の最初の自殺。家庭内トラブルで家出をした 30歳位の女性。ユニットの湯槽で、大量のウィスキーと睡眠薬を飲んで、酩酊し。 そのまま水死した自殺。知らせを聞いて駆け付けた迷惑そうな義父と旦那の態度に、 警察の担当が、驚き、飽きれ、怒っていた!という。女性は、湯槽の下にシーツを 置いてお湯を入れて、自分の遺体を持ち出しやすくしていた気づかいがあったと…。 この部屋の取扱いを自ら判断しなくてはと考え、一週間、誰も泊めず、その間に、 近くの神主からお祓いをしてもらい、私が泊まることにした… 別に変な現象は 無かった。 しかし、20年程したある日のこと、その部屋に泊まったところ、 夜半にユニットから『ウェーン』という人の泣声のような音が聞こえてきた。 恐る恐るドアを開けると、電気を付けっぱなしだった換気音が、泣声に…。 としても、普段とは違う泣き声な…。 翌日、事務所に行って暫くすると、 マネジャーが、青い顔をして、『社長の泊まった部屋の真ん前の部屋で、自殺が ありました』との報告。その泣き声?が、あまりに生々しかったことも含め、 震えあがっていた。間違いなく、人知に及ばない世界が、この世にはある。> <・次は、哀しい話。服を掛けるフックで首吊りを自殺をした男性。警察が、 身元を調べると、アパートに同居していた連れの女性が最近、亡くなっていた。 しかし、二人の身元とも虚偽で、身元不明者。何があったか知らないが、得体の 知らない闇が有りそうだが、手がかりは全くないと。それも、出会ったばかり?> 一つ間違うと誰の足元に転がっている、在り来りの事情故に生々しい哀しさを誘う。 多くの人に囲まれて死んでも、死ぬときは独りである。やはり生きているうち!
―――― 2001/12/21 [157] 自殺 ホテルオープン後5年で初めて自殺が出た。 やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。 まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。 「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」 ‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。 まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。 その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。 そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。 その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。 ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。 その4年後再び他の部屋で自殺、その後、2〜3年に1人の自殺者が出ている。 朝7時前に自宅に電話があると、ああまた!ヤクザの脅しか、自殺かと! 最近ヤクザのそれはほとんどなくなったが。「ヤクザは自動的にに3秒で ‘暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事がマニュアル化して あり、これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」 間抜けな流しが時に来るが、すぐ赤い顔をして出て行く。 最近では、「最期の部屋に泊まって戴いて有難う」と思うようにしている。 自殺方法と、その事情を詳しく知るにつけ、人生の深遠さに身も竦むことに…。 見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、お湯を一杯溜め睡眠薬と ウイスキーを飲んで溺死。もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。
―――― 2001/12/19 [138] 夢についてー8
(今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみます) 海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい 谷の間を飛行している夢ー最高の気分 お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ 白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ 長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢 どこかの町でトイレを探している夢 大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢 5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢 母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿で、 もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢 ー母の生前の10年前の頃 あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢 お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、 その池が幻想的である夢
―――― 2003/04/25 不思議-シンクロニシテー
以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。 親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。 不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から 帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩をしているコースで 初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。
その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。 葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、 その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が 出たのは勿論はじめてである。 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる 従兄が自死した時のある現象である。 納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。 写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。 そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。 天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、 納棺の時間が偶然に一致したのだが。 死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。 こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。
涙雨というのは昔からある。 晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。 それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。 地方におきやすいのだろう。 人知のはかれない何かがあることは間違いない!
以前書いたものをコピー。 ―――― H0407霊的体験 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な 体験をしてみた。 死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身 (父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が 自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒に なったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。
また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より 本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたがその時隣に寝ていた母が スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが 幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
―――― H0511妙な夢―(機 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。 泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、 居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。 ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。 これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて (そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが? 何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。 はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、しかし夢では なかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。 H0511妙な夢―(供 秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、 何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、 これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27〜28才 位の、のっぺらした美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきり と憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ “それってみんな同じ顔をしているんだよね!”といわれた時、はじめてゾーッと。 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、 ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断した。 あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。 その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも 乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。
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2020年07月12日(日)
< 歌舞伎町 ラストトーキョー はぐれものたちの新宿 2019-08-12 | ドキュメンタリー > * 新宿ネズミの母 何とも時代がかった味わい深いドキュメント。去年の今頃に一回目が放送 された続編…。歌舞伎町という歓楽街の世界を生々しく映し出す。母親も娘の 質問に生なましく本音を曝け出す。また他の店の御客の本音も含まれる。 歌舞伎町の水商売の実態が垣間見れる。行場のないハグレ者が集う街。 その底知れぬ歓楽街の生々しさが、…追い詰められた経営者の母親の本音が、 娘の撮るカメラから直に伝わってくる。デレクターの娘も本気で質問。 母親も、それに応える。 8人兄姉の末っ子で、両親に溺愛された反面、兄姉から、その分、 虐めがあった。両親の身近で本音を聞いて育ったため、この母子の本音 の対話には… 何やら既視感のような不思議な感覚があった。 3〜4年で8割の店が入替る街、歌舞伎町。そこにはドラマが生まれてくる。 恐らく、一年後には、現在進行形の店の閉店? が放送される? それが現に日本中、世界中に起きているのでは… 〜NHKの番組紹介より ≪ 新宿で一番古い麻雀店を45年にわたり経営している番組ディレクターの母。 新型コロナの感染拡大で店は開店休業状態に。もう閉店するしか道はないのか 何十年も共に働いた従業員はどうなるのか… ある夜母は家族を前にして決断を語った! 何とか生き延びようと奔走する 経営者の4か月に娘のディレクターが密着。思わず弱音をこぼし涙する母、 毅然とした態度で決断を告る母… 日記形式で記録したセルフドキュメンタリー 〜デレクターの一言〜 私の母は、新宿で老舗の麻雀店を営んでいる。ところがこの春、新型コロナ の影響で経営がピンチに!番組ディレクターが、翻弄される母の4か月を記録 した“新宿ダイアリー” NHKの30代女性、ディレクター、柏木映絵が母の これまでの人生を撮る、というちょっと珍しい、ドキュメント。100分。 母を去年と今年にわたり2年取材した。二人の会話、姿も映る。 ≫
―― ▼ 娘に母親が、「娘に自由に生きて欲しいと言っていたが、現実は縛りつけて いた。」の言葉が真に迫っていた。子供には苦労させたくないと、先生を何人 か付けて学ばせ、小中校の時に、一度も遅刻をさせなかった。それも自己満足」。 母親の語る言葉の何れも、飾りがだけ、心に響く。時どき合間にゴミ箱のネズミ を映し出すが、これが母親のイメージとピッタシ。.…確かに生き抜くのは大事業! 〜つづく ・・・・・・ 6692,閑話小題 〜つれづれに哲学 ―本当に頭が良い人とは? 2019年07月12日(金) * 本当に頭の良い人ってのは! 世の中には、頭が良い人が実に多い。それ以前に… 「それにつけても、自分の頭の悪さよ、カッパエビセン」である。 頭の良い人とは、「難しい言葉を簡単な言葉に変えて、相手も、自分に対して 理解しやすく出来る人。 自分の語彙の豊富さをひけらしたり、難しい言葉を 使って頭が良いと思いもしない人。 1、難しい言葉や言い回しを避けて 2、相手の視点を意識でき 3、例え話を多用でき 4、習慣力を応用でき、 5、努力、準備を楽しみまで持ち上げる力を持ち 6、何事にも興味を持ち得て、「日々是好日」が身に付いている その第一歩が、心の底から、ソクラテスではないが、「自分ってのは何で、 ここまで頭が悪い!」っていう自覚。 それじゃあ、あの本当に頭の良い人 ってのは、何ゆえに、自然に身に付いているのか? やはり、環境からくる ものじゃ、ないのか? 本当にバカに関しては、直ぐに自覚できるが… ー― * 中二病があるそうな… 『中二病』って言葉を初めて知った。 ネット検索によると… <中学二年頃の時節の「自分は選ばれし特別な存在」という自己愛が暴走し、 周囲の感覚を超越した自分になろうとする病。これを源として、現実的に不可能 な世界に憧れたり、逸脱的な趣味・嗜好を顕示したりする>と。誰もが心の底に、 持っているが、周囲の言動から、自己修正をせざるを得なくなり、自然消滅? するもの。今でも堂々と、「私は選ばれし者」と、公言する者がいるが… これは、存在論になる。私が此処に存在するのは偶然か、必然か? フランスでは、その中二に「哲学」の科目を与えられているとか? 第二反抗期ともいわれ、扱い一つで、人生が根底から破綻する可能志を含む、 誰もが通る道。 今では誰もがスマートフォンを手に出来る時代。それ故に、 不安程度が高まる危険性がある。そうこう考えると、親の責任は、より大きく なっている。 そこで、その具体的症例を調べると、これ面白い! それは、後でテーマにする。人生、振返ると危険な爆弾の山の繋がり。
偶然だが、脈絡として丁度良く、去年の文章に続く。 ・・・・・・ 6329,閑話小題 〜何でまた、17年もかけて… 2018年07月12日(木) * ネット社会は、小さな物語の公開から
『複数の小さな物語の作成と読返しで、内省する日々ですか…』とブツブツ、 ここで呟く日々。 毎日、TV、タブレット、パソコンなどのデジタル世界と、 現実世界?では、スポーツジムと、早朝一時間のチャリ遊覧の日々。 その合間にベッドか、居間で横たわる。『17年、ほぼ休むことなく、6300テーマ を書き続けるのは何で?』と、書いている私自身でも度々、疑問に思うこと。 このバカバカしさが面白いから、ただ、それだけのこと。 日々キャッチした情報をブログに記録し、クラウドしてしまえば、何時でも、 何れの場所でも、そこにアクセスできる上に、他者に公開することで、その利益 を共有することが可能になる。 そこは「サテライト・オフィス」そのものにも。 とすると、スマ―フォンと、ブログの普及は大きな物語の終焉を意味する。 ブログは、個々の複数の小さな物語の創作と公開そのもので、それがネット上で 地球上に公開される。このことを、リオタールは、著書『ポスト・モダンの条件』 (1979年)で、かってのマルクス主義のような近代を特徴づける大きな物語の 終焉を説き、複数の小さな物語の時代としてのポスト・モダンの到来を予告した。
《 近代すなわちモダンの時期における思想文化は、進歩や革命、あるいは 人間主体の解放といった「大きな物語」で自分を正当化できると思っていた。 しかし、そうしたイデオロギーは、歴史的にみて、ソ連の崩壊で終焉し、複数 の小さな物語が主流を占めるとし、ポストモダンの到来を予告した。 哲学や科学が目指してきたもの=自己実現、人間の解放、人類の進歩など 人間や社会を根本から変えるような「大きな物語」の終焉をむかえた。 20世紀前半の第一次、第二次世界大戦と、後半のソ連の勃興と崩壊とともに、 決定的に大きな物語そのものは凋落してしまった。現代とは、互いにバラバラで 異質のままのローカル言語ゲーム同士が、整然たる秩序に組込まれることなく、 混在しあう時代。これらの小さな物語を調停する新しい価値基準はもはやない。 むしろ必要なのは、安易に既成の価値観によりかからない、様々な異質のもの 同士のせめぎあいに堪えられる強さを持つこと。》(『世界の哲学・思想』より) ― ▼ それぞれがスマートフォンを持ち歩き、写真や、ビデオを撮影し、互いに 遣り取り出来る時代には、大きな物語より、身の回りの小さな面白い写真や、 映像に対し、人々は反応する。何事も一万時間の集中した時間の投入がベースと いうが、私は、その二倍近いエネルギーを投入してきた。で、日々の経験を そのまま飽きもせずに… 成るほど、これが私のベースであり、限界でもある。 ー―――
2018/05/04 閑話小題 〜17年書き続けると * 5月4日は、このブログ開始記念日 このブログは、私の人生を根底から変えてくれた。 まる17年間、6260回も続けてきた。学生時代に、基礎教養不足に気づき、 読書習慣と本屋通いを習慣に取入れた。その割に、読みっぱなしのためか、 読んだ割に知識が身に付いてなかったことに焦りがあった。55歳時に、 何とかパソコンを我が生活の中心に取り入れたいと近所に出来たての PC教室の通うことにした。当時は、ブログは出始めた頃。 「個人HPの作成の過程でネット社会に近づくこと」を目的にした。 以来、現在に至っているが、2007年12月から、「はてな」のブログを 始めて10年あまり、今では、来訪者は、ほぼ「はてな」に移動した。 しかし個人HPの「内部検索」が、私にとって非常に効果的になっている。 以下にコピーした過去のテーマは、これによる。例えば、「イスラエル」と 検索すると、数秒もしない内に、時系列で現れ出てくる。脳のクラウド化の 感覚が何とも奇妙。写真も、然り。 下記の中に書いてあるように、学生時代 のカード日記作成の下地」がある。下記も「カード日記」で検索したもの。 ある意味、潜在意識化された記憶をキーワードで引張り上げが可能に…。 ささやかだが、私には、非常に効果的システムである。TVで「タンザニア」 の放映があれば、タブレットで検索すれば、たちまち当時の記憶が鮮明に 現われ出てくる。若者、子供が、こんなことより遥かに情報機器を使い こんでいるのだから… 情報化社会の一端を連日、目の当たりにして、 その面白さ、楽しさを充分に満喫できる日々が信じられない感がする。 何事も一万時間か、10年続けることですか。
―――― 2016/12/08 なぜ本を読むといいか? 〜7 <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著 * 確実によい本に出合う方法はあるのか? 本の選択能力を磨くには、どうしたらいいか。 “どのよんなジャンルでもいいから、数にあたることが大切”と著者はいう。 あたり前のことだが、その中で、著名人の読書指導書を、何処かで読んでおく べきである。ツボを心得ているかどうかで選択肢が変わってくる。 それ以前に、あらゆるジャンルの絶対量の読書が必要になる。 〜その辺りを、第5章に具体的に述べてある。 ≪・“こうしたよい本に出合う機会は、当然のことながら、読書の量を 重ねれば重ねるほど多くなる。「これだ!」という本を数えたことがない から確かなことはいえないが、私の場合、おそらく300冊ぐらいだろうか。 300冊という数字だけを見れば多いかもしれないが、それでも3千冊読んで の300冊だ。9割の本は、私の感性には引っかからなかったということ。 でも、それで損をしたとは思わない。無駄な本に出合わずに効率的に本を選ぶ ことなど、どだい無理だと思っているからだ。 ・また、他人の脳のかけらをつなげて新しい視点を獲得したいと思うならば、 自分には相場観のないジャンルや著者の本を手に取ることも大切だ。相場観を 持たない世界では、だれだって効率もクソもない。全く外れになる可能性も、 おおいに歓迎しよう。そのリスクを取ることで、リターンが得られるのだから。 ・大事なので、結論を繰り返す。 本当に自分に必要な本と出合いたいと思う人には、「乱読」の習慣化をすすめる。 予想もしなかった考え方に出合ったり、本を介して未知の人物との遭遇が将来 起こる可能性もある。その化学反応は、読む前にはわからないことが多い。 本に即効性を期待する人もいるが、私は違うと思う。 本1冊の値段は文庫本で500円前後、新書で700円〜900円、単行本で 1300円〜2000円程度である。買ったうちの9割がダメでも我慢できる。 外れる確率は高くても、偶然の出合いがあるほうが、よほど面白い物語に なると思う。それは人生における人間との出会いと変わらない。 人生における 偶然の素晴らしい出会いを、効率的に設定することなどできはしない。 本との出合いも、同じなのである。数をこなそう。≫ ―― ▼ 現実の体験や読書評を連日書いてきたが、一つのテーマに対して、 その選定から、起承転結をマトメルに膨大のエネルギーを入れている。 文字の認識度が低いためである。子供の頃から漫画が好きで、絵からの 認識度があるが、読書脳は希弱のベース。 まして、文章化など・・ それに気づいたのが学生時代。それを取り戻す為、毎日2時間以上の読書量 の確保と、日記と、メモを小まめにとることにした。 で、辿りついたのが、 ブログ、この雑記帳的随想日記である。 大学を卒業直後、何か足りないと 気づき、一年間、独学に近い状態で、産能大学で遊学。フィールド(現場)の 情報を効率よく残すには、如何すべきか? そこで得たのが、記録方法。 この随想日記の原型の方法、カード日記である。それも、大型カードに、 記録を残し、日付を入れて、毎日、得た知識のカード化。新聞切抜きは、 それを二枚重ねホチキスでファイル状にして、カードに挟んで茶封筒に入れる。 ところが、これに問題が生じてきた。そうすると、最少単位のテーマを 二度と見ることがなくなる。その弊害が、その習慣の自然消滅の原因になって しまう。 現在のブログに、毎日、同月同日の文章をコピペをしているのは、 かって書いた内容を、一年に一度、目を通す為である。また、ブログ内検索で、 思い出すキーワードで過去文を瞬時に引出している。実際、この随想日記は 私には非常に有効なシステムになっている。「私は無能で、遊び好きで、怠け者」 と自覚しているため、習慣化という第二の天性を多く重ねるしかないことを、 人生で学んできた。 他者の冷たい蔑視に、殆ど気にしないでいられるのは、 <少し離れてみれば、所詮、石の形、大小が違えども、砂利、砂でしかない> を自覚しているため。 良質の量の増加は、質の自然変化を促す。それも、 砂利の中の比較世界の話、アフォと、パーの違い。 トランプとクリントン女史の討論を見れば、自明? 韓国の女子たちも然り。 すると、安倍・麻生コンビも如何だろう?と 自然考えてしまう。・∀・)ニヤ 娑婆! ・・・・・・・・ 3481, ライフログのすすめ 2010年10月06日(水) <ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する! ゴードン ベル , ジム ゲメル (著)> ― 内容(アマゾンの紹介文より)ー 人の記憶力には限界がある。だが、あなたの見聞きしたもの、触れたもの、 そして普段は気にかけない自分の位置情報や生体情報まで、人生の「すべて」 をデジタルに記憶させれば、いつでも簡単に検索して取り出すことができる。 仕事に役立つのみならず、病気の兆候を発見することや、いずれはヴァーチャル な分身に人生を語らせることも可能だ。いいことずくめの「ライフログ」の 時代はやってきたのだ!みずから「人生の完全記録」を試みるコンピューター 科学の重鎮が、その基本概念と可能性、実践法までを情熱豊かに語り尽くす。 ▼ 序文をビル・ゲイツが書いている。著者の二人はマイクロソフトの主席 研究員と、研究員。特にIT業界で名が知られている70歳を超えたゴードン・ ベルが、人生のすべてを記録し、「完全記憶(トータル・リコール)」として 利用することの可能性や実現方法を語っている。PCの性能やストレージの容量 が劇的に向上しているこの時代、今までの人生の膨大の「思い出」をほぼ保存 していくことは、そんなに遠くない未来に可能になるという。 10年近く前にHPを立ち上げ、それまで読みっぱなし、書きっぱなしだった 読書感や、毎日の思いを公開することで自己啓発をしようと発念し、現在まで、 ほぼ休むことなく続けてきた。ネタ探しを含めると、一日2~3時間は要している。 で、この程度。 更に、これまでの旅行記や写真や、過去の思い出の写真も ネットに載せ公開することにした。それが「ライフログ」だったのである。 五十歳代の10年間30年分の人生を圧縮して押し込んで生きようと考え実行 した結果である。もう一つの秘境・異郷旅行と二本立ての一本である。 まず習慣化し、それが苦痛を乗り越えれば私にとって黄金の習慣になる、 と思いつめて続けてきた。ところが先日、この本を手にとって「これだった!」 と思い知った。 10年間が一つの目安と本文中にあったので、この習慣も、ある時点に到達 してきたのである。 著者の内容をみるとスケールも深さも違っている。 当たり前のことだが。しかし膨大のエネルギーを投入したのも事実である。 「ライフログ化」というコンセプトのブログや商品も出てくるはず。特に タブレット式パソコンのソフトは狙い目になる。私も10年のキャリアがある から、経験を生かせる筈だが。面倒か! 夕飯でも、ペットでも、自分の毎朝 8時の顔写真でも、毎日デジカメで撮り、ブログで載せ続ければ、それも ライフログの一つになる。高校の同級生が卒業してから46年以上、手帳に 毎日、仕事、私生活を木目細かく書き続けてきたという。
・・・・・・ 2005年11月03日(木) 1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1 −読書日記 「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から 日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。 読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。 数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に入ってから大きな 手術をし、死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。 心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。 神秘思想に非常に近いところにいる。 しかし同時に心の奥底に、 神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という 意識を明確に持ったまま、心の奥深い世界を描写している。 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。
ー「書くことの秘儀」ー ”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、 リアリティを生み出すことだ、” ”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、 悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる条件ではなかっただろうか。 死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。 それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 歌と壁画。 食って寝て性交をして子供を育てる以上の膨大な事柄が、 われわれの生を満たすようになったのだ、意識と言葉の進化によって。 一口に言語といっても、他人とのコミュニケーションのための話し言葉と、 ひとり物思い思考しその過程と結論を刻みつける書き言葉とは、 ほとんど異質なものである。 新人を、その抽象的・象徴的能力を 特徴づけるの
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2020年07月11日(土)
「運」を味方につける48の習慣 /藤木相元 (著) 悪意は無いのだろうが、その人が席に入ると、何時の間に空気が他者の批判、 非難が話題の中心になる。蛇蝎のごとく嫌われるが、誰も顔に出さない。出世 ラインを外れたウダツが上がらない人に多い。その鬱憤に、傷付いた人を、 直接、間接的に石ブツケするから始末が悪い。 それが、マイナス「因縁」の 「縁」の間接原因をつくっていることを、自覚できない。 顔は暗く淀みが 色濃く出来ている。 …彼等の世界は目先の{比較科学」が支配している。 地元の親戚縁者に、その特徴を備えていたのが複数、存在していた。 腐った女のように、揉み手をして、「何か面白い情報がないかね!』が枕詞。 …その真逆が、著者があげる「運」の強い人! 運こそ、 <的を見据えた努力の結果!> 私のように何時の間にか、的を見失い、 この様! 自分が知ってること以外、何も知らない! 人生は残酷でもある。 ― ♦ Amazonの説明より… ≪ 人はみな、生まれながらに幸せになるようにできています。 「運」の仕組みがわかれば「好運」は確実に手に入るのです! 好運の基本は「明」。「暗」を遠ざけ「明」を呼ぶために知っておきたい ――91のルールとは――。 ・明るい美人は運がいい。 ・「休息禅」をすれば、顔相が良くなる。 ・無表情は運気を逃す。 ・微笑は、縁を結ぶ。 ・学ぶことは「明」をつくる。 ・自分を好きになること。 ・隠さずに額を出して、気を発する。 ・考え込みすぎるのをやめる。 ・不幸は、幸福を手に入れるための準備。 ・過ぎたことは悔やまない。 ・反省をするなら、その場でする。 ・笑いは、健康と運によい。 ・失恋は本当の恋の始まり。 ・自分を褒めなさい。 ・恋を心の糧にしなさい。 ・無理しないでゆっくりやる。 ・冷静にして、腹を立てない。 ・すべての物事を善意に解釈する。 ・まだ来ぬ明日のことを案じない。 ・よく眠る。 ・迷信は、いいことだけを信じる。 ・お経を唱える。そこに価値がある。 ≫
―― ▼ 良く遊び、良く学び、良く働くことを念頭に置き、 日々を過ごすこと。これさえ守れば、運がついてくる。 何処の世界にも2割の比率で、上記の条件を兼ね備えた人がいる。 世の中の幸せの8割は、2割に集中するという「パレートの法則」がある。 幸運のための仕込みに常日頃から入っている。よくみると、言葉に敏感! 下位2割の人たちを直に選別し、警戒する。 須らく、世の中の本流から 外れると元に戻すに、膨大のエネルギーを要することを知っている?… 年齢を重ねる度に、経験を重ねる度に、それに適した人物と出会う。 全身から発するオーラに、それが出る。何とも、世の中は、良く出来ている。 行蔵そのままが顔に出る。他人のそれは分っても、自分のそれは見えない。 ・・・・・・ 6691,閑話小題 〜日々・是・驚き 2019年07月11日(木) * 異音・異臭する方が当たり前! 「超常現象の原因を探る」の類のTV番組で、「ラップ音とか、サッシが揺れる 現象で、何とも面白い場面が…。 ある時間帯になるとガタガタと揺れる原因が、 近くの下水管の排水音。その音波が、サッシの隙間に反応し発するのが原因。 専門家が曰く、 「私たちは異音の真っ只中で生活していることが分ってない。聴こえないことが 当り前と、勝手に思い込んでいるだけ!」。そう言われれば、至極当然である。 これは社会でも言えること。私たちは本来異質な存在であるが、日常の平凡な 生活の繰返しの中で、それを忘れてしまう。小さな世界の中で、異質が現実的で ないと思い込んでしまう。内幕情報屋のオバサンの世界がそれ。「子狐」には、 そのテリトリーの生活情報が全世界で、それが現実にあいなる。 異音を、彼ら なりに解釈をして、直に異常者か、超常人間?になる世間様の御話に…。 ところが、スマートフォン、タブレットなどのパソコンで、国境、人種間の 垣根を超えて、一瞬で、世界を駆け巡るようになったため、始末が悪い。 情報社会、グローバ社会は、地頭で考える能力が要求される。何もかもが異音の 真只中で、その見極めが要求される。そこで必要なのが、安易な世間様の見極め。 長年かけた地頭の育成が必要に。それがバカの考え休むに似たりとしても… 「あれはあれ、これはこれ!」と思い込んでいる常識とやから、疑ってみる必要 がある。 そうこう深夜半に、考えていると、カラスの互いに鳴きあう声が聞えてきた。 夕方になると群れを成して、カラスは西に向かって帰っていくのに、何んでまた、 声が聞えてくるのか? そして深夜半に鳴き声をかけあう? と。すると突然、 大きな虫が寝室内を我が物顔で飛びまわるが、「ああ、これが当り前のこと」 と、この下書きを想いだしながら考える。私たちは本来、異界に住んでいる。 それが、何時の間にか、日常に埋没して、忘れてしまう。 さて、これをネット上に掲載した後に、ミニ・チャリ回遊に出発、午後からは、 SJのヨガがあり…、我が平々凡々の日常が始まる。庭では若いカラスの威嚇の 鳴き声がうるさい。
・・・・・・ 6328,読書日記 〜「天使はなぜ堕落するのか」 2018年07月11日(水) <「天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡」八木雄二(著) >
* 天使と悪魔、そして人間と神 〜『読書脳』立花隆著より〜 《 古代教父の教えでは、 ・人間も天使の一種である。悪魔も堕落した天使である。 ・人間は悪魔の誘惑に負けて正義の道を踏み外した天使であり、 ・キリストも神の子たる天使である。 ・人間は罪を犯す。罪を犯すとは悪魔に魂を売り渡すことである。 悪魔から魂を買い戻すためにキリストは十字架にかかった。 これがキリスト教の根幹である。 理性は天使と人間しか持たない。しかしそれが完全な理性でなく、不十分な理性 であるが故に、自分の力は神の力と同等かそれ以上と思い込む放漫の罪を犯す。 そして神以上であろうとする。そこから堕落がはじまる。また、不十分な理性は、 より大きな有益さは確実に正義に勝ると教える。そこから堕落がはじまる。》 ― ▼ 大辞林で【天使】を検索すると ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などで、神の使者として神と人との 仲介をつとめるもの。ペルシャに由来する観念とされる。エンジェル。 やさしい心で、人をいたわる人。女性についていうことが多い。白衣の天使」 天子の使者。勅使。 文字とおり「天の使い」、神の死者である。
この個所を読んで、直に思いついたのが 中原中也の詩「山羊の歌」
ー汚れつちまつた悲しみに ー
汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる
汚れつちまつた悲しみは たとへば狐の皮裘
汚れつちまつた悲しみは 小雪のかかつてちぢこまる
汚れつちまつた悲しみは なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む
汚れつちまつた悲しみに いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに なすところなく日は暮れる ―― 青年期の日記が残っていて、ここでも書いた。それらを読返す度に、上記の詩が 脳裏にかすむ。老人期に若かりし日を思う時の心情が、この詩である。決断や、 トラブル時の対処に「後味を悪くしない」を前提にしてきた。経験を重ねると いうことは、汚れていくことでもある。その汚れを、洗い落とすに、読書、旅、 散歩、音楽、そして芸術作品のシャワーが必要になる。
・・・・・・ 4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34 2014年07月11日(金) * 開業前の戸惑い 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、 小さいが社長の立場。御客との直接接点がゼロになってしまった。しかし、準備 期間の一年は、開業直前までは何もかも独りである。学校に新卒、職安には中途 採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければならないが、それら は長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の 全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、 それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つ ずつ対話をしながら決定していくのが、それが無い場合、独り言を口に出して 決めていく。開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの現場事務所の主任が、 それが何とも不気味だと注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの出発。 この慣れには、3〜6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた 環境が自分を慣れさせる。ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。 その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。 ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って訪ねてきた。 『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、 貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に 雇って欲しい』という。私にすれば『エッ何?』の小説のような話。 『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』といっても、なかなか 引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら親友が 働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。 それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違い をしているよう。なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、 思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白い ホテル〉の見出しで、記事を書いて貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本 の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、貴方のアイデアの ホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・』と、一方的な話。 何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、 丁重に答えるしかなかった。15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を 褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、面白いもの。 その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、 誰一人、真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が 潰れてしまう。クーデターを起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 私も命を張った大勝負の時節!で、断ったが、これ、誰にも言わなかった秘話。 その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、心不全で亡くなっていた、という。 彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。何とも哀く気の毒な出来事 だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 商売は常時戦場!決して生易しくない。 ・・・・・・ 2015年07月11日(土) 思いが人生をつくる ー 最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’ 『思いが人生をつくる』〜ジェームズ&リリー・アレン著 * もっとやっかいな‘スピリチュアルなプライド’ 人間は程度の差があるにせよ、多かれ少なかれ、‘知的プライド’も、 ‘スピリチュアルなプライド’を持っている。 問題になっている「IS」 の原理主義をみれば、極端なプライドが浮び上がって見えてくる。 それは、ユダヤ教、キリスト教も同じこと。 〜その理由とは〜 ≪・「知的プライド」より、もっとやっかいなのが「スピリチュアルなプライド」。 なぜならこのプライドは、「知的プライド」よりもあいまいで、なおかつ人を 容易にだますからです。「スピリチュアルなプライド」が、同じ信仰をもたない 人に対して「救われない存在」というレッテルを貼るのです。「スピリチュアルな プライド」をもつ人が、「世界はおかしい、すべてさかさまだ。私たちが社会を 正さなければいけない。私たちだけが、スピリチュアルな信仰を啓発することが できる」という発言をするのです。 ・しかし世界は、このような人が生まれる前から存在していましたし、 彼らの信仰する宗教が現れる前に存在していたという事実はどう説明するので しょう? 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」というスローガンは、 明らかに受け入れがたいものです。この「人を混乱させる」スピリチュアルな プライドを排除しましょう! すべての宗教は善であり、神の道を純粋に説いて いるはずなのです。私たち人間はすべて、人生の灯りを探求しており、また 自分たちの灯りに従って生きているのです。そして一番の理想は、その灯り のみに従うこと。すぐ他人よりも優れている人は、すべての人に奉仕しなければ いけません。「知的プライド」を克服する良い方法は、「私たちは無知である」 と知ることで膨大な量の知識、無限の世界、そして私たちが想像もつかない ような概念のことを考えるのです! ≫ ▼ 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」は、一見、素晴らしい言葉。 「自分と同じように他人を尊重しましょう」が正しい。出来ないなら、まず フリをすればよい。人は概ね一ランク〜二ランクは自分を買い被っている。 問題は、自覚できるか出来ないか。出来ないと、他人の揚げ足をとって、 鬱憤を晴らすしかない。だから、世には争いが絶えない。しかし、これなくして 人は生きられない時がある。生きる灯り、これは経験と知識を通し得るしかない。 ・・・・・・ 5961,人生楽しいかい? −1 2017年07月11日(火) <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著> * 人生楽しいかい? 『人生は楽しいかい?』の問いかけが題名の本。 現在の私に、そう問われれば、『た・の・し・い』である。 両親から、「事業でも、趣味でも、遊びになるまで徹すれば楽しめる」と 常日頃から教わってきた。それが可能かどうかを見極めて、一度、始めたら、 徹することと… 。リタイア後に、この指令そのままのように、スケジュール を立て、毎日を過ごしている。そうでもしてないとバランスを崩し、炎上する 自らの弱さを知るため。これらの指令は現実そのもの。老いの知恵でもある。 SJのヨガを5年4ヶ月、合計千回近く、参加してきたが、この指令の多くが ヨガに重なる。 毎日が楽しくなければ、大元からグラツクほど、過去の否定 材料が山積みにある上に、老化現象である。外的炎上はあっても、内的炎上は 直接、老人性ウツに直結する。 〜アマゾンの内容紹介より〜 ≪世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ関係者が注目するロシア武術 「システマ」。本書はストーリー形式で、その独特のメソッドを伝えるもの。 うだつの上がらないサラリーマンの僕が出会った謎のロシア人“ゲオ”。 小太りで一見パッとしないゲオが僕に伝えてくれたのは、ロシア特殊部隊で 生まれた「人生を変える方法」だった――。 【システマとは?】 冷戦後のロシア発! アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの45か国、250以上の団体で実践。 世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ、関係者が絶賛する人間能力 開放メソッド。 プロローグ 出会い [本書の使い方] 【指令1】「よかったこと」に目を向ける 【指令2】ゆっくりやる 【指令3】知る 【指令4】距離を測る 【指令5】呼吸する 【指令6】姿勢を整える 【指令7】視点を動かす 【指令8】限界に触れる 【指令9】最悪を想定する 【指令10】動き続ける 【指令11】力む 【指令12】成功体験を忘れる 【指令13】相手を観察する 【指令14】衝突をコントロールする 【指令15】分かち合う 【指令16】任せる 【指令17】生きろ ≫ ― ▼ 15年間の準備期間と、実業30年、計45年間は、上記そのままを、自らに 指令し、実践してきたようなもの。誰も助けてはくれない現実の中、自作 自演で前に向かって歩くしかない。「そんなこと、全員が、そうしているじゃ ないか!今さらじゃないか!」といえば、そのとおり。「楽しい」かどうかは、 解釈の問題。要は目的と目標を明確にして、計画をたて、歩んでいるかどうか。 楽しくしていれば、楽しいことが寄ってくる。 <動き続けよ、湖面のように静かに> 現実から目を逸さず、逃げないこと。 「正・中心・一点・無」の心構えで立向かうこと。泣いても笑っても同じ人生。 笑って楽しまなくては。「楽しむ」のは天性もあるが、第二の天性、 習慣化でも身につけることが可能。次回から、それぞれの指令を取上てみる。 静かに、問題の中心を見続けて、動き続けること。悪貨に染まらないこと。 悪貨なら、染まりようがないか?… 「ところで、昨日は楽しかったか?」。 「早朝の自転車散歩に、午前中のTVドラマに、SJも、夕刻の大相撲TV観戦に…」 上げればキリがない。楽しいことを意識をして探し出したからである。
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