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堀井On-Line
| 5356,そこに困っている人がいれば ーベストエッセイ ① |
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2015年11月13日(金)
ーベストエッセイ 2015(文藝春秋)ー * そこに困っている人がいれば ー角田光代 毎年のベストエッセイを特集した単行本で、面白いのが揃っている。 その中からランダムに面白いエッセイを幾つか紹介する。物書きのプロは 流石と、思い知らされる。このエッセイに、タイの仏教色が滲み出た国民性 が、色濃く表現されている。江戸・明治時代は、こんな仏教色豊かな空気が 日本にも漂っていたのだろう。 〜その辺りから〜 ≪ 完全な仕事で、遊べるような時間どころか、ゆっくり食事をする時間も ないほどのせわしなさだったのだが、数日間、バンコクにいった。タイに 初めていったのは一九九一年。もう二十三年も前で、以後、七度訪ねてきてる。 町はどんどん変わる。スカイトレインができ、地下鉄が走り、ピンクのタクシー が多く見られるようになり、飛行場も場所が変わった。毎回、驚いている。 二十三年前の旅は、私にとってははじめての自由旅行だった。宿もいき先も 決めない、一カ月の滞在だった。私がその後、二十年以上ひとり旅を続ける ようになるのは、あの旅がすばらしかったからだ。何がすばらしいって、人。 食事もおいしい、光景もすばらしい、ものすごい体験もたくさんした、けれど 魅了されたのは、すれ違うだけのような関係の、多くの人たち。地図を開けば、 何か困っているのかと人が近づいてくる。ここにいきたいと伝えると、自分は 用もないのにいっしょにバスに乗りこんで、目的地で下ろしてくれる。炎天下、 バスがくるのをいっしょに待って、運転手に私の目的地を説明してくれる。 あまりのバスの混雑に辟易していたら、席を譲られそうになったこともあった。 目が合うと、みんなにこっと笑う。 それから訪れるたびに、町の変化と同様に、人の顔つきも変わってきた。 バンコクはどんどん大都会になり、人の顔つきも都会のそれになった。 町も人も、洗練されたのだと思う。 パリとか、ニューヨークなんかと同じ ように。そうした都会では、旅人がひとりで歩いていても、ふつうはだれも 声をかけてこない。と、思っていたのだが、今回、びっくりすることの連続。 方向を確認するために地図を開くと、「どうした、どこにいきたいのか」 と歩いていた人が近づいてきて、ていねいに道案内をしてくれる。ある場所 をさがして迷いに迷い、店番をしている人に訊くと、「こっち」と歩き出し、 目的地まで連れていってくれるではないか。なんにも変わっていないと、 驚きをもって思い知った。なぜ、都会的に洗練されたなんて思い込んでいた のだろう。私が旅した二十三年前に生まれてなかっただろう若い人たちも、 戸惑う位親切で、あたたかい笑顔を見せる。ありがとう、とタイ語で言うと、 「まいど!」と笑顔と日本語が返ってきたりする。 バイクタクシー乗り場をさがして、あるビルの駐車場にいたスタッフに、 乗り場が近くにないかと訊いた。バイクタクシーでどこに行くんだ、と彼が訊く。 私は目的地を言った。地図には載っていないムエタイジムだ。その彼は、 場所は知らないがジムの名だけ知っていると言い、ついてきてと手招きをして 歩き出す。どこにいくかと思っていると、車の走る大通りに出て、空車を 見つけては手を上げる。止まったタクシーのドアを開け、運転手にムエタイ ジムの名を告げる。みな知らないらしく、首を横に振る。この人、私が とめないと、ジムを知っているタクシーがあらわれるまで、えんえんと、 タクシーを止め続けてしまう! 自分の仕事を放ったまま、と気づいた私は、 もういいんです、だいじょうぶです、自分でさがしますと彼に伝えた。 いいんです、戻ってください、ありがとうございますと言い続けると、釈然 としない顔つきで、彼は駐車場に戻っていった。この国の人たちは、困って いる人を見ると、平気で自分の時間と労力を差しだすのだ。 二十三年前からずっとそうだ。だれかを助けたなんて彼らは思っていない。 そうして助けられた日本の若い女が、その後、人において圧倒的な信頼を持つ に至ったなんて、考えることもない。例のジムは、その後にさがしあてて 乗ったバイクタクシーの運転手が、すれ違うバイクタクシー仲間にさんざん 訊きながら、なんとかたどり着いてくれたのだった。「文藝春秋」九月号}≫ ▼ フィジーでも、その国民性の純粋さ、暖かみに驚かされた。 イギリスから独立した国で、欧米と南太平洋の大らかさが、ほどよく ミックスされている。近くにあるフランス領ニューカレドニアとは、 えらく違う空気。何か地中海の飛地にいるような感覚で、原住民は、 片隅に追いやられているような。海産物や果物など自然の幸が豊かで、 キリスト教が、プラスに働いているようだ。天国より、煉獄が似合って いる私など、10日もいれば飽きあきするのだろうが。 ・・・・・・ 4991,暴走する世間 −7 2014年11月13日(木) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * なぜ日本の男はマザコンなのか 世間が、そのまま家庭に入り込んでいるため、そこにあるのは甘えの構造。 その延長を男は、酒場の女将に「ママ」として求める。マザコンは、どこか 乳離れしない母子関係の名残。 ーその辺りからー ≪一般に日本では、恋愛が恋愛として完結しない。恋愛関係はいずれ壊れるか 壊れなければ「母子関係」に移行するかのどちらかになる。奇妙なことに、 日本の家庭で夫婦がお互いをよぶときに、「ママ」「お母さん」や「パパ」 「お父さん」がつかわれる。子どもが親をよぶときの名前が、そのまま夫婦の 呼称になっているのだ。これは、そもそも夫婦がお互いに個々の人格として向き 合っているのでなく、あくまでも子どもを媒介として向き合う関係を示している。 そして面白いことに、飲み屋のおねーさんや、バーの「ママ」、クラブの 「ちーママ」も「ママ」。つまり夫の場合、家庭の外に複数の「ママ」が存在 することになる。妻に家庭外に「パパ」がいることもあるかもしれないが、 それは、愛人関係など特殊な場合だろう。妻にとっては、家庭での「パパ」は、 ただちに「父子関係」を意味しない。だが夫にとっては、家庭内外での複数の ママとの関係は「甘え」の関係であって「母子関係」を意味する。ようは、 男はいわば複数の「家庭」をもってることになる。さらに夫の側が、家庭は 「癒しの場」や「憩いの場」だというときには、根底にはこの「母子関係」 がある。つまり、自分が癒される場所、憩える場所だと考えている。 しかし妻の側にとって、家庭はあくまでも「夫を癒してあげる場所や、夫を 憩わせる場所」なのである。そこにある癒される自分のちがいは決定的である。 阿部さんは日本では、西欧のような「個人の時間意識」ではなく、 「共通の時間意識」があるため、母親と子供の関係も、母親が90,70歳 でも、息子は息子であり、いくつになっても、母と子の関係が続く。 ≫ ▼ 日本の夫婦間の喧嘩で常に妻から出る罵声、『マザコン!』。 外向きは亭主が上だが、内情は、妻のほうが上位にある。これは「母子関係」 が、知らぬ間に夫婦間に移行したため。私など、マザコン、ファザコンの上に、 4人の姉の存在もありシスコンが加わる。これが悲しいかな大家族の末子の宿命。 家の中は「憩いの場」は一切なく、常に緊張をした「集いの場」で、無言で 大人しくするしかない。そう自分とは、家庭内の他者と、家庭外の他者から、 形づくられていることが分かる。健全な家庭こそ、全ての基本になるが、 ファザ、マザ、シスコンの歪んだ私が健全の家庭をつくってきたのだろうか? ところで健全な家庭って存在するのか?程度の問題? マザコンとファザコン が絡みあった二人が家庭をつくるのだから、それは大変なことである。 ・・・・・・ 4624, 夫婦格差社会 ー1 2013年11月13日(水) 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著), (その他) 図書館の中公新書のコーナーで、この本を手にとって、てっきり夫と妻との 格差と思った。私など今では妻との立場が逆転、家内の家に年金を収めて 住まわせてもらっているよう。ママ(ババ)リッチ、パパ(ジジ)プアー。 ところが、これは家庭間格差の問題。現在、パワーカップル(夫婦共に医師など の高学歴・高収入世帯)と、ウィークカップル(非正規労働同士の低収入世帯)の 二極化が進んでいる。嫌な話だが、学生時代の欧州旅行で知り合った友人たちの 相手は、誰もがつり合いのとれた?家庭環境で、間違えてもシンデレラ物語の 相手でない。病院で、医師と看護婦の職場結婚が案外少ないのと同じである。 医師同士か、その収入レベルの出身者になる。女性の選択基準は、学歴と、 所得、家の資産状況、そして容姿になる。まずは互いに釣りあった条件の相手 を求めるのである。 卒業間近に「学生時代に伴侶を見つけるのが最良」と 気づき、半年の間、友人に頼んで探したが間に合わず? 今から振り返ると、 居ないことはなかったが、それが誰かを判断し、決断する能力が無かった、 ということ。それより、覚悟が出来たのが結婚をした27歳。事業創業を 目指す!と決めていたことが、相手の選定に大きは壁になっていた。 それと四人の姉と遜色ない相手の中で、なびく女性を探し出す能力と自信が なかった?(シスコン?) やはり、一番面白い20歳から26歳に、独り者 の方が良かった?と言える。「結婚とは一人以外のすべての女性との(結婚の) 可能性を捨て去ること」という格言も効いていた? 二度とない、あたら 青春を早そう捨てることもない。 人それぞれだが・・ まずは ーアマゾン〜内容紹介ー 〔 格差が拡大しつつある日本。家族の最小単位である「夫婦」もその流れに 拍車をかけている。さまざまなデータに基づき、日本の夫婦の今を探ると 見えてくるのは、夫の所得と無関係に働くようになった妻の影響力の大きさ。 医師夫婦に代表されるパワーカップルと、対極にある若いウィークカップル など、興味深い事例を紹介。 また、結婚できない人たちから、離婚、 そして地域差まで視野を広げ、夫婦をめぐる格差を考える。 〕 ー目次ー 第1章:夫の所得と妻の所得 第4章:結婚できない人たち 第2章:どういう男女が結婚するのか 第5章:離婚による格差 第3章:パワーカップルとウィークカップル 第6章:地域差を考える ▼ 目次からみると、日本の結婚像と夫婦像を分析する構成でなっている。 東大卒女性104人の結婚相手の大学の内訳や、早慶卒の相手の学歴の傾向、 中卒男子の相手の学歴?とか、離婚率は欧米では高学歴ほど高く、日本は真逆 とか、著者の教え子の女子学生?が補佐したこともあり、切り口が醒めており 女性週刊誌的で面白い。子供の頃から姉達や、実家が商売をしていた環境の中、 若い女性に多く接して、年頃を過ぎた後の変容の激しさを見てきたこともあり、 選定には用心をしたが、その結果が? 互いに(●≧Å≦):(/ェ\。))である。 結婚は百人が百人、そうだから? 書けるが! ライオンのメス集団の ボス・オス選び以上に、女性の場合、結婚相手の選択にシビアになるのは 自然のなせる技。世間でいう階層をアップする最初で最後の機会、自分の特性 を最大限にアピールをして売り込むしかない。それが、つり合いの取れた チョット上の相手。 ーつづく で、結果が、以下の文章になってしまう。 ーこれも、たまたま偶然だがー ・・・・・・ 4259, しまった! ー8 2012年11月13日(火) ーしまった! 「失敗の心理」を科学する ージョゼフ・T・ハリナン(著) * 人は、聞いた話を自分なりに綺麗に改変する ≪学生の被験者に、ある物語を聞かせ、後で、その物語を語らせると、大きく 歪曲する事実があった。問題は、その話の程度が予想を遥かに超えていたこと。 全談話の61%に情報の追加、省略、誇張、最小化をおこなっていた。 それを学生の42%しか、認めてなかった。それは学生が偽りだったとは思って なかったことを示している。・・そのうえ、学生は話を聞き手の好みに合わせた だけでなく、更に重要なことは自分の目的に合わせていた。特に面白い話の場合、 大幅に誇張したり、うそを加えたりした。後で聞くと、被験者の6割が、その話 に嘘を入れていた。人は談話をするときには、情報伝達をする目的と同時に、 ある目的を達成する手段になるもの、という結果になった。その意味で、対話の 目的とは事実を伝えるのではなく、印象を伝えることだと。もっと面白い作用は 聞き手だけでなく、話し手自身に対するもの。語り手が自分の作り話を、何度か 話しているうちに、作り変えた話が、その人にとっての記憶になるケースが多い。 私たちは自分の嘘を本気で信じるようになるのである。更に悪いことに、本人に、 その自覚がないことである。≫ ▼ 私が小さな地域社会で、アウトサイダーに徹しているのは、これを知って のこと。社会学を40年以上、独学してきて、その馬鹿馬鹿しさを知っていた。 逆に、それを独り楽しんでいる自分がいる。割切ってしまえば、これほど面白い ものはない。B層の、さらに下のC層という何も考えない旧来の価値観から一歩 も出たことのない人たち。彼らにゾンビが多い。彼らは普通の風体をしているが、 中身はカラカラの干物。水気が失われているため、真っ当な人間に対する語り部 になるしかない。彼らの毒は、「作り話」として人に襲いかかる。 襲われ、 その毒に侵された人間は、その瞬間、ゾンビに変身する。そして地域社会の多く がゾンビ化してしまう。彼らは思考能力ゼロのため、その自覚も無く、屍の 群れは今日も人を襲い続ける。これが城下町レベルでなく、情報化の御蔭で 全国区レベルになっている。 ・・・・・・・ 3884, マネーボール ーシネマ感想 2011年11月13日(日) ブラッド・ピット主演の『マネーボール』を見てきた。最近、シネマが 面白いのがたて続きで、先月から今月にかけて映画漬け。内容の概略といえば、 今までは、スカウトが見つけてきた有望選手を一流選手に育て上げ、有能な 監督が選手を有効に使って優勝に導く手法だった。それを実在のアスレチックス のGMのビリー・ビーンが「他のチームで埋もれている傷物に近い選手を 一流選手の値段の数分の一で入団させて、その強みを組みあせて有効に使う 手法」を、考え出す。 そのため、当初は敗戦が続き、旧来のスカウトや監督、 選手、そしてマスコミからも袋叩きになる。しかし、ある時期からその理論通り にチームが20連勝を達成をする。これでビーンは、現在のメジャーリーグの 野球を根底から変えてしまった。それも、10年前の実話を映画化したもの。 最近、弱小チームだったヤクルトが、監督交代と同時に優勝を争うチームに変身 したが、この理論に忠実に沿ったチームの立替えだったかどうかは分からないが、 みるみるうちに逞しいチームになっていった。 また新潟の野球チームの前監督が、野村監督のデーター野球を引き継いでいた のを買われて巨人入りをしたと報じていた。 過っての巨人のような一流選手を 金でかき集めたチーム編成で勝てる時代は終わったようだ。この映画を見た 翌日に、巨人の騒動である。この数年のトレードの責任はGMを兼ねている球団 代表にある。特に外人選手のトレードをみて、GMの首は当然と思うのは私だけ でないはず。 ー 『マネーボール』のHPの内容紹介 ー < メジャーリーグの弱小チームを“常勝軍団”に作り替えた男、 ビリー・ビーンを題材にしたノンフィクションを、ブラッド・ピット主演で 映画化した「マネーボール」が公開された。「ソーシャル・ネットワーク」 (2010年)でアカデミー脚色賞を受賞したアーロン・ソーキンらの脚本で、 燃える男ビリーと相棒ピーターの孤立無援の戦いが、抑制の利いたタッチで 描かれる。経営難の球団、オークランド・アスレチックスは、スター選手を またしても裕福な球団に引き抜かれ、ピンチに陥っていた。 ジェネラル・マネジャーのビリー(ブラッド)は、イェール大で経済を専攻 したピーターを引き抜き、球界の常識を完全に無視したデータ主義による チーム作りに乗り出す…。打点や本塁打の数より、出塁率や長打率を重視し、 低コストで人材をかき集めていくビリーに対し、ベテランのスカウトたち から強い批判が集まる。そのビリーには、かつて巨額の契約金を提示され、 大学進学をあきらめてニューヨーク・メッツに鳴り物入りで入団、その後、 芽が出ずに退団した過去があった。>
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| 5355,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー⑥ |
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2015年11月12日(木)
* 人生は人性なのだ あまりにエゲツナイ内容で、取り上げようか迷ったが、今さらと取上げた。 大僧正、シバレン、坪内寿夫、梶山と当時の主だったフルメンバーのクセの 強い人たちとの交友が出来た島地は、幸せだ。 ≪・シマジ: ミツハシはまだまだ甘い。女性は男性と違って、何歳になっても セックスが可能だから性の問題は奥深いんだよ。これはずっと昔の話だが、 八十三歳の松山の老芸者が、来島どっくの坪内寿夫さんに「私はもう二十年 以上、男さんに抱かれていません。もう長くない命ですから、死ぬまでにもう 一度抱かれたい。私を抱いてくれる男性を紹介してくれませんか」と懇願した。 そこで坪内さんは今東光大僧正とシバレン先生に相談した。さすがの大僧正も 「おい、坪内、俺より年上か……。二人して死んじまうぞ」と丁重に断られた。 シバレン先生も「そりゃ無理だ」となって、二人が顔を見合わせて 「梶山だな」と意見が一致した。そこで梶山さんが呼ばれたわけだ。 ・ミツハシ:『赤いダイヤ』や『黒の試走車』を書いた当時の大流行作家の 梶山季之さんですか? ・シマジ: そう。梶山さんの女好きは規格外の怪物だったからね。 それで、老芸者を坪内さんが経営する奥道後の温泉に入れて、十分に体を ほぐさせ、梶山さんがお相手を務めたというわけだ。翌朝、大僧正とシバレン 先生が「おい、カジ、昨晩はどうだったんや?」と訊いたら、梶山さんは興奮 気味にこういった。「いやあ、女というのは恐ろしいですね。八十三歳でも 大洪水になって、雄たけびもすごかったです」 ・シマジ:ミツハシはまだまだ甘い。女性は男性と違って、何歳になっても セックスが可能だから性の問題は奥深いんだよ。≫ ▼ こういう毒にも薬にもならない話題は、刺激の少ないボンヤリ生活に とって一番。男は、その点、無理なものは無理。 〜達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」 禅言葉〜 ・・・・・・ 4990,暴走する世間 −6 2014年11月12日(水) {暴走する「世間」―世間のオキテを解析する}佐藤 直樹(著) * 家族の解体の原因とは < 日本の「家族」は、世間様の「贈与・互酬の関係」の共同幻想に侵食 されていて、元もと解体されていた> という論旨は、身近を見れば納得 できる。特に世間に生きる女性の場合、連添いで人生が大きく変るため、 「贈与・互酬の関係」にシビアになり、相手も商品と同じ?ように選定する。 ーその辺りからー ≪ 高度消費社会がもたらした「過剰商品化」によって、なぜもかくも、 やすやすと家族が解体されたのか、それは一部例外を別として、日本には 市場原理に対抗できる近代家族、愛情原理が存在しなかったためである。 この家族の解体に大きな役割を果たしたのが「世間」であった。 その本質は共同幻想だが、ある場合には社会を意味し、ある場合には、 親族や家族を含むという、極めて曖昧な共同幻想である。 世間体が悪い、 という世間とは、「公」であるが、日本では家族もまた「公」と考えられる ので、ヘーゲルのいう愛情原理で構成される家族と、市場原理で構成される 対立は存在してない。家族は「世間」という共同幻想に侵食されていて、 高度資本主義=高度消費社会によって「解体」されるまでなく、あらかじめ 「世間」によって、解体されていたのである。 ・・(略) 日本の夫婦には愛情がないためなのか?たしかに男女の恋愛はない。 恋愛は、個人の存在を前提とし、しかも二人の間が平等であることを前提に するが、「世間」の中では、男女の間でも「平等な個人」は存在しない。 「世間」には「目上・目下の関係」という差別性原理があって、さまざまな 男女差別は、これから起因しいている。 例えば、夫婦茶碗や夫婦箸が、夫用 が妻のものより大きい。日本では男女間の愛など、もともと信じなかった? 日本の家族愛が建前、「滅私奉公」になっているが、日本の「愛」は、 「贈与・互酬の関係」があるため、どこかで見返りを求める「愛」となる。 日本人は何か親切にすると、「お返し」を求めるから、ボランティアと 行為が、広まらない。≫ ▼「世間」という共同幻想は、知らないうちに、「愛」や、「家族」の ベースに大きな影響を与えている。 そこには、「目上・目下の関係」 の差別性原理があって、少しでも弱点をみせると、襲い掛かってくる。 それに動じないためにも、その本質を見極めてないとウツに陥る。 その防御には、ただボ〜ッした「ぼんやり」の時間と、長年かけた教養が 必要になる。家族の解体の流れ、家族、核家族化、個族化は止まることない。 それを暴走する世間が加速させているとすると、ただ事でない事態である。 日本は国家として下り坂になった。 ・・・・・・ 4623, 閑話小題 ー創業当初の営業担当の年賀欠礼の葉書 2013年11月12日(火) * シネマ・人間資金 シネマの『人間資金』が期待してなかった分、良かった。邦画で90点は、 私としては高評価。内容といえば、「実は噂のM資金が存在しており、 日米の選ばれた人たちで運営されていた。それも人類の発展のためが建前。 日本の戦後の復興資金にも貸し出されていた。しかし米国の責任者が、 それをファンドで、自分たちのために利用しようとし、日本の責任者と 対立する。その一部の資金で情報端末を某国の国民の多くに配布、それが 国民に有意義に使われて、理想像に近い国家になっていた。しかし、 それを良しとしない米国の責任者が、その国を攻撃しようと企らむが、 ギリギリの場面で、国連の壇上で、個々の国民の生の映像が次々と流され、 その企みを阻止する」というストーリー。もっと、欲と欲の中での 生々しいと思っていたが、最後はヒューマンストーリー。 こういうのも、良いのだろう! * 創業時の営業担当の、年賀欠礼の葉書 実務で創業を始めて40年になるが、10年ほど前から次々と年賀欠礼の 葉書が届くようになった。昨日は、35年前に実家の商業ビルを建替えた 淺沼組の新潟営業所長だった牧野さんの奥さんから、年賀欠礼の葉書が届いた。 3ヶ月前の8月2日に、74歳で死亡、とあった。長岡のビル建設の後、 新潟駅前ホテルを三棟、合計四棟を営業責任者として直接の交渉担当者として やりあった相手。 酒好きで、重症のアル中。 一時、二千万の酒代のツケが あるといっていた。ゼネコンの営業は、会社の上司と、施主、現場責任者、 下請けなどに挟まれた軋轢があって、殆どがアル中になるか、ガンでの 壮絶死が待っている、と言われる世界。一緒に飲む分には、これほど面白い 相手はいないヤクザな役割。3〜4年前に、以前の会社の事務所に10年 ぶりに訪ねてきた時には、以前の面影は無く別人のような顔つき。 「ガンが進行していて、長期間、何度も入院、いつ何時、お迎えが来るかも しれない」と、深刻な顔。互いに、これが最期と別れた。 勿論、そんな ことは、口に出さないが。 私も、この人との付き合いで、酒浸りの日々が 続いたことがある。逆に、「あれだけ飲んで、74齢まで、生きていたもの!」 というほど、酒浸り。 ところで長岡も含めた事業の当初の親しくなった 営業担当が、半分近く亡くなっている。朝広の五十嵐さん、新潟デザイン センターの阿部さん、マルヒロ不動産の後藤さん、富士総業の小竹さん、 と次つぎと顔が浮かぶ。亡くなる順番は、来るまで誰もわからない。 全てが夢幻の宴の仲間。辛さ三割、面白さ七割、だった。ご冥福を! ・・・・・・ 4258, しまった! ー7 2012年11月12日(月) 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン著 * 状況は「偉大な杖」の如しーしまった! 私たちは目先の出来事(現象)に、惑わされてしまう。大部分の人は、 目先の周りばかりみて長期的見方をしようとしない。それをするには考え なければならないが、本質など見知りたくないのである。出来るのは、 他人の表面を見ることだけ。そういう私も同じだが、そのことを自覚して いると思い込んでいるだけ、タチが悪い。 ーその辺りを要約してみるー ≪ 日常の出来事を認知するうえで私たちがいかに「状況」に頼っている かである。 状況は偉大な杖だ。私たちは自覚しているよりもはるかに この杖に頼っている。ハロウィーンの時期に事件があると(ろくに考えも しないで)ハロウィーンに関係があると思いこむ。たいがいはそのとおりだ。 しかし、そうでないことも多々ある。街角で首吊り自殺が実際にあっても、 ハロウィンの飾りの一つと見てしまう。スキムという法則がある。 情報の表面的理解のことだ。これはベテランの投資家や、音楽家などで 多く見られる。人は得意の分野ほどウッカリミスのスキムしがちになる。 特に集団が暗示にかかった時など、それに大きく左右される。 日本のバブルと崩壊が、その典型的事例である。それを悪用したのが 証券会社。現在、アメリカの金融工学とかで世界中に不良債権をばら 撒き、恐慌一歩手前の金融危機を向かえている。世界の金融機関が状況に 騙されたのだ。ある実験で、催眠中に暗示を与えられ気分が楽くなった人と、 悲くなった人が、それぞれ以下の物語を聞かせた。 【 二人の大学生が仲良くなり、テニスを楽しんでいる。一人は何をしても うまくいく楽観論者、もう一人は、何をしてもうまくいかない悲観論者。 後催眠をかけられた被験者たちは、物語を読み終えた時、主役は誰かと 問われた。すると、楽しい気分の人たちは楽観論者に、悲しい気分の人は 悲観論者を主役と感じた方が多かった。】 これが人間。 ≫ ▼「幸福な記憶は、幸せなときこそ鮮明によみがえる」のである。 だから貧してはならない。貧すれば鈍するになる。人は、あまりに 目先の状況に対して隙だらけ。だから考えなければならない。 自ら省みて、考え足らずを思い知らされる。 ・・・・・・・ 3883, 無知蒙昧が老いると、無知老害! ですか 2011年11月12日(土) 「無知蒙昧」が歳をとると「無知老害」になるというが、成るほど老いて、 つくづく実感する。何事も知っていると知らないとでは天地ほどの開きが 出てきて当然である。それが自覚出来ないのが人間の儚さ。それでも情報機器 の飛躍的進化で私たちは、情報(知ること)が無限に近く入手可能になっている。 とはいえ情報蓄積と、分析と加工のベースがないと、情報が、そのまま通過する。 知識の蓄積と知恵への変換の基礎教養が必要になる。そのため己の無知蒙昧を 自覚するのが、第一歩。「無知の涙」という死刑囚の執筆があるが、 これは万人の姿。人生を精一杯生きるほど、自分の限界線が鮮明に見えてくる。 何度か極限を見えたことがある。その先は何とか意識的狂気で乗り越えた。 事故死をしたレーサーの名言がある。「誰もが極限まではやる。問題は極限 の先を何処までやるかだ」と。限界を超えようとすることを狂気という。 自分の正気は小さな限界を示している。狂気こそが、その限界を破壊する。 正気の世界のみで生きている人たちこそ、蔑視に値する人としてみると、 成るほど合点がいく。自分の現在だからである。正気の世界のみで生きた人生 こそ「正気の沙汰」の人生になる。「若気の至りがない人生こそ、若気の至り」 も同じこと。「若気」こそ、人生のヒントが隠されている。この言葉から 「老気」という造語?が浮かぶ。 歳相応の「老気」も悪くはないが、人生 を旅路とすると、最期まで旅そのものを楽しむ「若気」は失わない方が良い。 私たちは、あまりに人生を無意味に生きている。それもこれも、死んで しまえば皆同じ、と思えれば良いが、心は足りなかった部分にいく。 それが無知老害になっていく。これ、顔に出るから恐ろしい! 最近、鏡を見るのが恐ろしい? ・・・・・・・ 3518, 不況景色とは、こんなもの? −2 2010年11月12日(金) これまで何度も書いてきたことだが、日ごと娑婆が留まることなく冷え 込んでいると実感。「来年2011年から2012年にかけて世界も日本も大きな節目」 と仮説を立てると、現在の深刻度がはっきり見えてくる。二年前、アメリカ のプライムローンの債権ばらまきから発した金融恐慌が、本格的に世界経済を 大混乱に陥る時期である。1929年に始った恐慌も大波は3〜4年後の1932年〜 33年度にきている。その一番の大波がまず日本に来る。 アメリカの軍事・金融属国の宿命で、当然といえば当然。悪いことに、 その時期が団塊の世代が大方、年金生活に入る時期に重なる。その引き当て 財源の多くがアメリカ国債などに化けている。 それが表面化すると一挙に 円高から円安に転換し、5〜10年かけて300円まで下がると予測される。 あと数年で国家予算すら組めなくなり、国家の信用失墜となり、長期金利の 上昇をもたらす。不動産は底抜けし、株は暴落、ハイパーインフレが吹き荒れる。 日本がG8の中で最初にデフォルトを起こし、IMFの管理国家として悲哀を 味わうことになる。これが近未来に起こる大波の現象である。現在は、まだ 預金が1400兆円あるというが、それらはハイパーインフレで価値が激減する。 一部の資産家は金の現物か、香港、カナダか、オーストラリアの国債に替える 等の避難をするが、一般人は丸裸に近い状態というイメージがわく。 この5年間の年替わりの政権たらいまわしをしてきたツケが、今後10年の間、 さらに低落に拍車をかける。日本の政治システムが激変に対応できない。 これらを考えると悲観的になってしまうが、これが現実。割り切るしかない。 これも情報化社会の到来による劇的変化の一現象でしかない。 ・・・・・・・・ 3143,プロ野球の順位予測と結果 2009年11月12日(木) 毎年、毎日新聞の「記者の目」のコーナーで、スポーツ記者10人による プロ野球の順位予測が、開幕前に取上げられる。それぞれのリーグに5人 ずつの記者が予測するが、その平均予測順位はセリーグ、巨人、中日、阪神、 広島、ヤクルト、横浜。結果が巨人、中日、ヤクルト、阪神、広島、横浜。 ヤクルト5位の予測が3位に入れ替わっただけだから、良しとしなければ。 しかしパリーグが惨敗で、予測平均は西武、ロッテ、日本ハム、オリックス、 ソフトバンク、楽天。 そして結果は日ハム、楽天、ソフトバンク、西武、 ロッテ、オリックスというから惨憺たるもの。特に西武が完全に外れ。 その原因はコーチの大久保と、黒江が抜けてチーム全体が緩んだことを 上げていた。さっそく大久保の現場復帰が決定された人事が発表された。 それと楽天を最下位に5人中3人が予測していたから、これまた大きな 外れといってよい。一位日ハムを予測した者は誰もなく、二位楽天も一人も 予測する者は無かった。野球はチームプレーで、チョッとしたコーチの 配置で、結果が変わってくる。だから、面白いのだろう。 ・・・・・・・・・ 2778, 世界は一冊の本 2008年11月12日(水) 次の詩がよい。その中の「本でないものはない。世界というのは開かれた 本で、その本は見えない言葉で書かれている。」 私が秘・異郷ツアーに 魅せられるのは、世界の開かれた本を正しく読めるからだ。それぞれ一期一会 の出会いがあるからだ。そして感動し、考えるのである。生きるとは感動し、 そして考えること。 ーー 「世界は一冊の本」−長田弘 本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。 書かれた文字だけが本ではない。 日の光り、星の瞬き、鳥の声、川の音 だって、本なのだ。ブナの林の静けさも、 ハナミズキの白い花々も、 おおきな孤独なケヤキの木も、 本だ。 本でないものはない。 世界というのは開かれた本で、その本は見えない言葉で書かれている。 ウルムチ、メッシナ、トンブクトゥ、地図のうえの一点でしかない 遥かな国々の遥かな街々も、本だ。そこに住む人びとの本が、街だ。 自由な雑踏が、本だ。 夜の窓の明かりの一つ一つが、本だ。 シカゴの先物市場の数字も、本だ。 ネフド砂漠の砂あらしも、本だ。 マヤの雨の神の閉じた二つの眼も、本だ。人生という本を、人は胸に 抱いている。 一個の人間は一冊の本なのだ。 記憶をなくした老人の表情 も、本だ。草原、雲、そして風。黙って死んでゆくガゼルもヌーも、本だ。 権威をもたない尊厳が、すべてだ。200億光年のなかの小さな星。 どんなことでもない。 生きるとは、考えることができるということだ。 本を読もう。 もっと本を読もう。 もっともっと本を読もう。 ーー ローガウの「格言詩」の中に「世界は一冊の本であり、人間ひとりひとりは 活字である。国々は綴じひもであり、時代はページである。」という詩がある。 これを人生という視点で置き換えると「人生は一冊の絵本であり、出会った ひとりひとりは挿絵である。家族は綴じひもであり、時代はページであり 筋書きは愛である」という詩ができる。 それにしても、「世界は一冊の本」の詩は、ひとことひとこと胸に刺さる。
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| 5354,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー⑤ |
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2015年11月11日(水)
* コンプレックスは神様が与えた素晴らしい武器 20歳代に軽い視線恐怖症に悩まされたことがあった。都会の街中の雑踏や、 電車に乗るのが鬱陶しく苦痛だったり、他人に接する瞬間、異常なくらいな 緊張を引き起こす。それで、どれだけ誤解され、マイナスになったことか。 しかし、それが集中力にもなっていた。それも現実社会で揉まれているうちに 消滅していった。誰にも、幾つかの、多面の神経症を持っている。 ● Q:いつも緊張のあまり、顔が赤く染まり声が震えてしまいます ≪ 私は自分でもイヤになるくらい、あがり症です。取引先のエライさんは もちろん、上司(部長)と話すときも、緊張のあまり頭の中は真っ白になる。 会議で発言するときなどは、心臓は早鐘を打ち、顔は真っ赤に染まり、声の 震えが止まりません。女性と話をするときも同じ症状に見舞われます。 このままでは、会社の中で馬鹿にされ続けるでしょう。結婚もできないかも しれません。生きていく自信を失いそうです。どうしたら、もっと普通に 話せるようになりますか。助けてください。(二十九歳男性) ≫ ● A:コンプレックスを武器に変えた人間こそ人生の勝利者 ≪ ・シマジ:二十九歳の相談者よ、君はどもる苦しさを知るまい。 俺はどもりなんだ。頭に浮かんだ素敵な表現が、音にならず舌の上で 死んでいくんだよ。これは辛いぞ。ちゃんと言葉が出てくるんだから、 声が震えたり、顔が赤くなったりするくらい何でもない。顔を真赤にして、 一生懸命しゃべれば、優しい正直者に見える。世渡りに便利なくらいだ。 こうしたコンプレックスは多かれ少なかれ必ず誰にでもある。そして、 人生の勝利者というのはこのコンプレックスを武器に変えられた人間だ。 ・アソシエ:シマジさんはどんなふうに武器にしているのですか。 ・シマジ:女と食事をするだろ。ずっと口説いて、最後にこう締めくくる。 「お、俺が、きっ、君をどれくらい素敵だと思っているか、も、もっと もっと君に知ってもらいたい。つづ、伝えたい言葉は頭の中に渦巻いて いるんだが、そ、それが、し、舌の上で死んでいくんだ。残念でならないよ」 これで何人もの女が落ちた、といっておこうか。 ・アソシエ:そこまで行くと武器というより凶器ですね。 ・シマジ:インタビュアーとしても、どもることは強みなんだ。俺が どもりながら話すだろ。そうするとインタビューを受ける側は安心する。 特にインタビュー慣れしていない人は、うまく自分の思いを伝えられる だろうかという不安を抱えているから、インタビューアーに立て板に水 のごとく話されると圧倒され萎縮してしまう。俺のようにつっかいながら 訊いてくる相手だと、上手に話さなければというプレッシギーから解放 されて、気楽に詰せるようになるらしい。 ≫ ▼ 起業をして半年、何か気持ちが落ち込んだ時に、フッと内語で、 「その上段に構えた両手を下げ、力を抜いて、ありのままの自然の自分を 前面に出したら」という声が沸いてきた。それから、良きに、悪きにつけ、 何かが変わった。 色いろあった究極の場面だから、構えの硬さに、 自ら気づいたのだろう。学生時代、どうも会話のセンスが都会育ちの 友人に比べ落ちている自分にコンプレックスを持っていたが、 『それなら、聞き手に回り、誠実に相手の話を引き出せば!』という 趣旨の道理を知り、それに徹してから、何時の間に友人が増えていた。 話す割合を50対50から、20対80にすればよいだけで、人に好かれる。 ・・・・・・ 4989,暴走する世間 −5 2014年11月11日(火) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * うつ病は「世間」の共同幻想にやられる病! ここで、次のような精神療法家M.バリントンの指摘を紹介している。 ≪・「三人関係の対人状況」(三人状況)といわれているのが、吉本さんの いう共同幻想であり、 ・「二人関係の対人状況」(二人状況)が、対幻想であり、 ・「一人状況」が自己幻想である。 各々、 それぞれ、「三人以上の人間がつくりだす観念」 「ペアとなった二人の人間がつくりだす観念」 「一人でいて、じとーとしている時の観念」と考えればよい。 「三人状況」(共同幻想)が、躁鬱病(うつ病を含む)に、 「二人状況」(対幻想)が、統合失調症になっていく。 とすると、「世間」とは、三人以上の人間がいるところに現れる 幻想・観念であるから、うつ病はこの「世間」に関わる病だということになる。 ところで当たり前のことだが、うつ病は全世界的に普及した病だが、 西欧のうつ病は「三人状況」(共同幻想)として「社会」に関わる病であると すると、日本のうつ病は「世間」に関わる病ということになる。 ・・「世間」は個々の具体的な人間のことではないが、抽象的な人間一般でも なく、上司や同僚や近所の人などといったような「顔のみえる」他者のこと。 うつ病の患者にとって問題となるのは、こうした他者なのである。≫ また、木村敏と阿部謹也との対談で、木村敏の次の言葉を紹介している。 ≪ 日本では、西欧社会のように、「判断が神との一対一の関係」で決定されず、 世間は空間的な概念だが、それを時間的にとらえた表現が『御先祖様』であり、 『御先祖様に顔向けができない』ということになる。世間の中には「呪術性」 という原理があり、そこには森羅万象、動物や植物やモノや死者まで含む。≫ ▼ 日本の自殺者数は、先進国の中でダントツに多い。 {さらに多い韓国は先進国に含まない} 経済的理由による自殺は、日本では「借金」という金銭貸借関係が、たんなる 法律上の契約関係としてだけでなく、「贈与・互報の関係」ととらえられている ため、それを守っていけない人間として{世間」からつまみはじき出される ところからおきる。日本人は世間とかいうのから、つまみはじけ出されると、 「ご迷惑かけました」という遺言を残して自殺をする。決して心が弱いだけ でなく、その思い込みが原因。要するに情緒的体質が、その背景にある。 私など「世間」に袋叩き?で、気違い扱いだろうが、45年前に、見限って 生きてきたため、今さらである。むしろ叩かれることが自己存在と自認。 暴走しているのは、世間様。その世間様の暴走をネット社会が更に推し進めて いるから、ことは深刻。死んで三日も経てば、ほぼ忘れ去られる世間など、 のっけから相手しないで、アウトサイダーを決め込んできた。特に晩年は 「老人性うつ病」がすべての人の問題。群れればウツが振幅し孤独を深める。 ・・・・・・ 4622, 君は1万円札を破れるか? ー7 2013年11月11日(月) * 空観、仮観、止観、そして中観に至る 空観、仮観、止観、そして中観に至って真の自由の獲得する道筋が わかりやすく、良い。一つ間違えばアウトローだが。としても、どっぷり 浸かってしまった小さな世界から、一歩も二歩も、外に出ないと「シラミ」 になってしまう。同じシラミなら、外の世界を持っているかどうか、 である。 ライフワークは、そのために持っていなければならない絶対条件。 ーその辺りをまとめたー{般若心教の具体的解説とみると理解しやすい!} 《 無限に広がる巨大な「網」を想像してください。無数の網目が集まって 網を成していますが、その区切られた一つの「網目」だけを取り出しても、 それは存在しているといえるでしょうか? いえ、「網目」という実体は ありません。このように、すべての存在現象は他に依存して「仮」に現れて いるだけ。本来は消滅増減もなければ色形の区別もない、つまり「空」。 このように宇宙を観るのが、「空観」です。 自分が作り出した欲求が「苦」 を生むのですから、煩悩を捨てていき、すべてが幻想であると理解したら、 心安らかに生きていける、ということ。しかし、人が煩悩を完全に捨て去ると、 人類が滅亡してしまいます。そこで、もう一度、認識されることによって 現れる世界の「仮」の姿を見るのです。これを「仮観」といいます。 たとえばコップを見て、「水を飲むもの」と認識したら、それはコップに そういさう「仮の役割」を持たせたということ。同じコップを「水を注いで 花を挿すもの」と認識することもあるでしょう。このように、世の中のすべて を、役割を持たされた仮の存在と見るのが「仮観」です。 釈迦がすごいのは、「空観」と「仮観」のどちらも欠いてはいけないと わかっていたことです。すべてを「空」だと知ったうえで、同時にすべての ものに「仮」の役割を見いだしていくのです。すると、結局のところ、 世の中に何一つ、役割のないものは存在しないということがわかります。 この考え方を「中観」といいます。中観こそ、私たちが最終的に目指す べき境地だといっていい。 ◎「一億円持っているから幸せ」とか「1億円の負債があるから不幸」 と感じるのは、本当はいずれも幻想に過ぎないことを知るのが、空観方式。 ただし、どうせ同じ幻想なら、自分の望むようにゴールを設定し、徹底的に 目指すほうが途中の過程を楽しめます。 ◎「じゃあ、実際にどんなものか、1億円を稼いでみましょう」と、 仮のゴールとして設定するのが仮観方式です。注意すべきは、その達成で 得られる「幸せ」は、あくまで「仮観」。幸せの仮の姿と知っておくことです。 知っていれば、実際にお金持ちになっても、「もっとお金がないとイヤだ!」と 思うような不幸は起こりません。要は、煩悩に振り回されないよう、ということ。 ◎そこで大事なのが、「止観」という考え方です。煩悩をいったん 「止めて、観る」のです。といっても、難しいことではありません。 煩悩が暴走してしまうのは、その衝動を意識できていないからです。 意識さえしていれば、コントロ!ル下に置いて、暴走を防ぐことができます。 意識するには、自分の煩悩を少し脇に置いて、客観的に眺めてみればいいのです。 「止観」によって、自らの欲求を認識することは、抽象度の上がった世界から 眺めることにほかありません。そこから眺めれば、欲求は自然とコントロール できます。それを続けることにより、中観の境地に至っていく。》 ▼「中観に至ると、ありとあらゆる価値観の束縛を超えながら、この世で真に 自由に、自らの望む役割を果たすことができ、他のあらゆる存在も、それぞれ の役割を果たしているだけであり、そこに一切の上下関係などないことが わかってくる」 私たちの本来、持っていた自由と、親とか学校教育で教え られた自由と違うことが、中観に至るとわかってくる。 ところで、武澤ゼミで教わった真髄は、この中観の目線だったのでは! 一つ間違えば、私のようになるが? ・・・・・・ 4257, しまった! ー6 2012年11月11日(日) * 人は、あまりに楽観的過ぎる! ーしまった!「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン著 人は楽観的の方が気楽で生きやすい。しかし、それが人生に失敗をもたらす 大きな危険を呼び起こすとしたら、問題は別。バブル崩壊後の失われた20年 は「根本問題から目を背け、経済成長に戻る」という楽観論に惑わされた結果。 根本問題は、東西対立が終わり米国が地政学的に日本に対する特別待遇の 必要性が無くなったことと、アメリカの衰弱、少子化、そして情報化による グローバル化の結果である。その前提が変化しているに関わらず今だ成長路線 への修正を目指している。あまりに楽観的である。間違いなく、10年後には 国民の生活レベルは現在の半分以下か、三分の一になる。著者はここで、 大学の色々な実験結果を示し、人間は昔から自分の記憶をいいように、自己 満足するように再構成する性を指摘している。たとえば親は、実際よりも 専門家の意見に近い子育てをしてきたと信じてきたし、ギャンブラーは、 負けより、勝ったことを、こと細かく記憶している。それぞれの顔を何割か 良くした修正写真と、修正前の写真を二枚並べて、どちらが自分に近いかを 問うと、確実に修正写真の方を選ぶという。人間は自分に都合よくものを 見たり思ったりするもの。人間で凄いのは、とにもかくにもモノゴトを考え ようとしないこと、楽観的すぎるということである。更に悪いことに結果を 知ると、それまでの考えを無意識に修正してしまい、以前より修正後の考えを 持っていたと思い込んでしまう。大部分の人は世界は自分の為にあり、 自分中心に地球が回っていると考えている。実際は、その正反対であるのに。 その甘い考えで経験を重ねるうち、直接、自分に跳ね返って叩きのめされる。 それが小さな事態なら、まだ良いが・・ 「楽観は意志、悲観は感情」という 言葉は、一面、真理だが、これは意志に裏づけがあり強固であってこそ。 右上がりの時流の時は「長期、楽観!短期、悲観!にして、日々楽しく!」で、 右下がり時は、「長期悲観、短期楽観で、日々可笑しく!」を旨にして、 冷静にあるべき。楽観的であるのはよいが、現象のマイナス部分を見て 見えないという、欠点がある。その蓄積が大失敗に繋がる。 自分のことか?・・ いや、貴方も! ・・・・・・・ 3882, 閑話小題 2011年11月11日(金) * カラスの怒り 一月ほど前の話になるが、信濃川の大橋を自転車で走っていると、 橋の下から飛んできて欄干にとまろうとしたカラスと50センチ位の間近か に鉢合わせをした。カラスは不意をつかれヒックリ返って橋の下の方に落ちて いった。 しかし体制を立て直したのだろう、30Mも行かないうちに自転車 の数メートル先の欄干に止まって羽をいからせ威嚇してきた。それを4度も繰り 返したことから、怒り心頭が分った。 カラスも人間のような意地があるようだ。 散歩などで時おり威嚇してくることがある。 黒色系の服装が刺激するのだろう。 鳥は、人間が思っているより遥かに頭がよい。それもカラスは、地元密着で多く の知識の蓄積がなされている。 人間社会との微妙な距離を守り共存している。 土鳩とカラスと雀は世界の街の何処にでもいる鳥である。 * オリンパスの飛ばし オリンパスの飛ばしと英国人社長の解任事件、英国の優秀な人物を社長に したのはよいが、その男は一神教の堅物。彼を引き上げた実力者の意図と違った 行動を始め即刻、首なった。ところが、その英国人が内幕を暴露をし、世界的な ニュースになってしまい実力者の元社長は追放され、司直が入る可能性が出た。 これが現在、伝わってくる情報。飛ばしは、粉飾決算の手法の一つ。 それが銀行と証券会社主導かが問題視されている。飛ばしは日本だけの慣習か? 世界共通の手法かは分からないが、これを切欠に、次の飛ばしの会社が槍玉に なってくる。次は、どの会社かは情報筋は分かっているはず。 この事件はアメリカにとっても、大きな日本バッシングのネタになる。 今度は、オリンパスが買収される側になる?一英国人からみた日本の経営的 慣行は、非常に歪んで見えるのだろう。それが白日に曝されるのだから・・ アメリカは、TPP交渉に日本を引きずり出す絶好のネタとして、 最大限、使ってくるはず。 ・・・・・・・ 3517, 不況景色とは、こんなもの? −1 2010年11月11日(木) * 繊維業界の不況景色とは? 昨日の朝のNHKニュースのレポートで岐阜を中心とした繊維不況の実態を 映し出していた。デフレに対する人件費の削減のため、中国人を研修目的の 名目で入国させて何とか凌いでいたが、研修目的という題目の低賃金が法律で 禁止されることになり、先行き真っ暗という。ついに、来るところまで来て しまったという深刻なもの。30年前に5年近く実家の衣料量販店をたずさわり、 岐阜や広島などの生産現地に仕入れに行っていたこともあり、その深刻度が 直に伝わってくる。現在は業種は変わってもほぼ同じような問題で地域経済は 喘いでいる。住宅も、車も、電気製品も、エコポイント制度による前倒し 需要で何とか今年は凌いできたが、問題は来年はどうなるか?である。 前倒し需要の反動がモロに日本を覆うことになり、来年は更に冷え込みが 大きくなる。考えただけで恐ろしい。また消費税の増税も待ったなし、 ときているし、さらにTPP(環太平洋湾自由貿易)で、農業も例外なく 自由化されれば、日本の農業は大打撃を被ることになる。もし参加しないなら、 日本経済そのものが壊滅的打撃になる。 一昨日の同じニュースのレポートは、目と耳を疑う内容。 「風俗嬢の派遣会社に一般主婦の応募が急増している」という。 顔を隠しているが、サラ金の借入れが厳しくなって、手っ取り早い風俗に 昼間に行っているという。週に4〜5日、6時間で月40万になるという。 朝のNHKが放送する内容ではないが、時代は、そこまで深刻ということ。 もう自明になったが、民主党に政権を取らせたことが間違い。今年の暮れか 来年早々、政変で自民党と民主党の小沢派が大同連合をつくり、この難局を 乗り越えないと、国家破綻が現実的になってくる。 アメリカのCIAは、あらゆる手を使って阻止してくるが、それしかない。 まったく、どうなってしまった日本よ! ・・・・・・・・ 3142, 最近、いやに時間が短く感じるが 2009年11月11日(水) 齢を重ねるごとに、あれだけ長く感じた1年があアッという間に過ぎ去る。 還暦を過ぎてから、それがますます激しくなっている。 日常生活に大きな変化 がないためだろうが。年齢を重ねるほどに、時が経つのが早くなるのは万国共通。 これは実験でも検証されており、「数十秒から数時間という経過時間を被験者に 評価させると、加齢に従い短い時間を報告する」という。また、苦しい時間は ユッタリ流れ、楽しい時間は短く感じるのはどうしてか?などを突きつめると 面白いはず。 「大人の時間はなぜ短いのか」一川誠著に、時間に影響を 及ぼす主な要因としては次の4つが挙げられていた。 ・身体の代謝=代謝が高まると時間をゆっくりに感じる。1日の内でも代謝 の関係で午前がゆっくりで午後が速く感じられるようだ。代謝は加齢に伴い 低下する。年を取るほど時間経過を速く感じる一因となる。 ・心的活性度=緊張や興奮によって時間経過は速く感じられる。実験では逆に クモ恐怖症の人をクモと一緒の空間に閉じこめると時間が長く感じられたという。 ・時間経過への注意=時間を気にすると長く感じられる。時間経過への注意が 時間を分節化してしまい、分節化された時間帯の数を多く感じることで、 長いと感じるという仮説。 時計を度々見ると長く感じる! ・他の知覚様相の状態=広い空間では時間はゆっくり。刺激が多い時間は速い。 受け取る情報に脈絡やまとまりを感じていると速く感じる。目や耳で感じる 印象と物理的実在のずれは案外に大きいことがわかる。時間感覚のずれも 錯覚の一種としてとらえている。 今後、研究が進んでいけば、錯視パターン のように、人間の時間経過を操作する技術が発見できるのかもしれない。 人間には心地よいと思える「精神テンポ」が備わっているとか。 ーー なるほど、どれもこれも、納得できるものばかり。分子の一年を、生きてきた 分母で割ると、その分母が大きくなる分、導き出された答えは小さくなる、 すなわち短く感じると単純に考えていたが、他にも多くの要素があるようだ。 肉体の新陳代謝のテンポや、齢をとるごとに刺激の感受性が少なくなるのも 理由。要は老化現象で時間が短く感じるということか。 長い時間をかけて、人間は自然とユッタリ身構えるようになる。
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| 5353,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー④ |
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2015年11月10日(火)
●質問: 大企業で出世する男の見分け方を教えてください ≪ 今、私がつき合っている男性は慶応卒の二十八歳、某大手電機メーカー 勤務です。有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。 彼が出世競争を勝ち抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる 保険会社勤務ですが、ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、 専業主婦になりたいです。ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。 銀座で気軽にショッピングをしたり、一流のレストランでランチができる くらいの余裕のある生活が希望です。そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎ がないことには…。かといって、ベンチャー経営者なんていうのは、倒産の 危険と背中合わせで不安定だからイヤ。大企業で出世する人がいいのです。 そういう人の共通点って何でしょう。どんなところで見分けられるでしょうか。 こんな質問をしたら、コメント欄は非難難々かもしれませんが、 本音でお聞きします。(二十七歳女性) ≫ ●質問: 出世をする男には眼力が必要だ ≪・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、 出世するか、どうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世 する男はこうだとはいいきれないな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに 語るのは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での 競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者の一生の伴侶 として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは 薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。 ・アソシエ: 辛口ですね。 ・シマジ:相談者の本音の質問に、本音で答えたまでだよ。出世をする人間の 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や 上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。 あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソンを見極め、そこにしっかり食い 込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、 女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。 だってそうだろう。日本の大企業の中で課長になり部長になり、ついには役員 になったとして、どれほどの生活ができるというんだ。第一、子供はどうする。 子供が二人もできたら、優雅にお買い物にラソチになんていっていられなくなる。 しかも、教育に金がかかる。こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校 をお受験させるつもりだろう。そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品の ショッピングに精を出し、高級レストランでランチ三昧なんてことをしようと したら、数千万円の可処分所得が必要になる。ということは旦那は税込みで 一億円近く稼がなくてはならず、サラリーマンには到底無理な話だ。 ・アソシエ:以前、本物の江戸前寿司を体験しようというイベントで週末の 昼に読者に集まってもらい、銀座の超有名店に行きました。我々はテーブル席 で四千円弱の『お決まり』をいただいたんですが、そのときに、カウンター席で たぶん母と娘だと思いますが、五十代と思しき女性と女子大生っぽい二人連れが 「おまかせ」で食べていたんですよ。おまかせだとお酒抜きでも一人三万円は する店で、明らかに常連客の様子から、そのあとは芝居見物でしょうか。 こういう人たちって本当にいるんだなと感心したのを思い出しました。 たしかに旦那が一憶稼がないと、あんな生活は無理でしょうね。 ・シマジ: 俺が「週刊プレイボーイ」の編集長をしていたころだから、 二十五年以上前の話になるが、俺の秘書兼事務を務める二十代の可愛い 女の子が「今、若い女性の憧れの結婚生活は、広尾のマンションに住み、 乳母車を押して有栖川公園を散歩し、明治屋で買い物する`ことです」と いっていた。要する相談者のメンタリティは四半世紀前のOLと変わり ないということだな。≫ ▼ 以前書いた、蛙に取りき栄養分を吸取る昆虫の「タガメ」の典型。 この女性、銀座でランチなど千円前後で可能で、ウインドウ・ショッピング ならタダというのを知ってか知らずか。しかし、多からずの女性が持っている 本音である。この御時勢、一千万もあれば上クラス。「おまかせ」だろうが、 「お決まり」だろうが、大して変わりはしない。要するに、それはそれ。 確かに、旦那の稼ぎで妻の生活は変わってくる。収入が多ければ、子供を有名 私立に入学可能である。それもこれも、持って生まれた器量で決まってくる。 妄想を凝視し、己を振返えれば、「つりあい」からして、その男が適当では。 ・・・・・・ 4988,暴走する世間 −4 2014年11月10日(月) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著) * 『プチ世間』 ー小さな大人の世界の誕生 30年前、息子を見て時代が大きく変わったと思ったが、スマートフォンが 普及した現在、更に子供が大きく変り、私たちとは断絶した別生命という感がする。 考えてみれば、私より50〜60年も長生きをするのだから、違って当然。 ーその辺りからー ≪ 日本では、一九八○年代にはじまり、九〇年代以降本格的に「小さな大人」 が登場した。問題なのは、子どもが市場経済に巻きこまれ、子どもが大人と ほとんど同じ消費生活をするようになって、子どももまた大人と同様の「世間」 に生きることになったことである。つまりそれまでは、子どもには子どもの 世界があり、それは大人の「世間」とは相対的に独自の世界であった。 しかし子どもが「小さな大人」になることによって、子どもの世界も大人の 世界と地続きになり、子どもも小さな「世間」として「プチ世間」に生きる ことになった。要するに子どもも、「世間」に生きる大人と同じような困難な 問題に直面することになった。 一九八○年代以降大きく変化したことといえば、子どもが「小さな大人」 になったことだが、八○年代後半以降の「いじめ」の発見は、おそらくその変化 を大人たちが敏感に感じ取った結果を反映したものといえる。大人たちは、 子どもの世界に何か大きな変化がおきていることに不安をもち、子どもを把握 できないというその不安が、子どもの世界をより強く監視管理する方向に 動かしたのだ。それまで、大人の世界とは相対的に独自のものであった子ども の世界のいじめは、無視や、嘲笑や、からかいや、脅迫や、リンチなどといった 形で、個別的にとらえられるものであった。しかし八○年代後半以降、子どもの 世界は大人の世界と地続きとなり、子どもの「プチ世間」が登場した。 (略)・・・ この問題の解明への手がかりは、現在の少年たちの 「つながってなくちゃなんない症候群」にある。 ーある調査官はつぎのようにいう。 「今は中学生はもちろん小学校高学年ごろから群れていないと不安で、そこに しか生きる世界がないんです。行動規範は仲のいい友だちグループの中だけで 決まって、そこから弾き出されたら生きていけない。それは、とくに女の子に ひどい。三人グループでいたのが外れたら教室にも居場所がなくなってしまう。 そんなふうに、たがいが縛り縛られ合って、やれ携帯だメールだという ‘つながってなくちゃなんない症候群’がいよいよ強まっていますから、 自分の時間なんか持ちようがない。逆に言えば一人で行動できないように なって、それがフツーの子として安心できる状態になっているのが現状」 (小林道雄「感受性の未熟さが非行を招く」『世界』二〇〇一年一月号)≫ ▼ 大人になるまでの基礎知識や、精神的体力がない子供が、プチ世間の 中で、子供たちは群れてないと、つながってないと、不安で息づまる 窒息感に悩むことになる。垣間見れる孫世代に背筋が寒くなることがある。 この「つなっがてなくちゃ症候群」が、世間の正体でもある。 島国で、水に恵まれた日本の閉鎖された環境を背景にした世間こそ、 全てと勘違いをするのは当然だが。これにネット上世間?で雁字搦めに なっているのが、現在の女こどもの世界。これが21世紀の世界の一端 ということ! 使いこなせれば、思いのほか面白いのでは? ・・・・・・ 4621, 2000年前のポンペイー7 2013年11月10日(日) * ポンペイの迷子 二回目のポンペイで、あわや迷子になりかけた。1989年に会社でスペイン ツアーに行った帰路のローマでフリーの一日。20数年ぶりに再びポンペイを 見たくなり、オプショナルツアーに参加した。ところがバスに乗ると日本人は私、 一人だけ。往路の高速道路が大事故で渋滞。おまけに前日、ルーマニアの チャウセスクがクーデターで殺され車中に殺伐とした雰囲気が漂っていた。 で、ポンペイ。急ぎ足で、まわっているうちに、グループからはぐれてしまった。 そこは、世田谷と同じ広さ。直ぐに見つけなければツアーバスで帰れない。 背筋が凍りつく思いで、駆けずりまわった末、辛うじてグループを見つけた。 帰りのバスで、「あのまま、はぐれていたら、翌日のローマの出発に間にあわ なくなっていた」と、考えたら脂汗が出てきた。ツアーとて決して甘くはない。 ところで、三回目のポンペイで、家内がツアーからはぐれてしまった。 それも、夕刻。バスが次の目的地パレルモに向けて出発しようしたが家内が 居ない。トイレと思っていたが、途中ではぐれていたようだ。その時の、 添乗員と、イタリア人ガイドの慌てようで、ことの重大さを知った。 ところは南イタリア、それも薄暗くなりかけた遺跡である。館内の職員全員と、 警察のパトカーが駆けつける大騒動。一時間以上ほど探したが見つからず、 添乗員が、まさかと、移動予定の一時間先のホテルに電話をしたところ、 本人は着い部屋にいるという。はぐれた直後、暫くそこにいたが、心細くなり、 他の団体の後について、出口に出た。そこで待ったが見当たらず、近くのGSで、 事情を事情を話している時、たまたまタクシーが来た。そこでアマルフィーまで 値段交渉をして、宿泊先のホテルに行ったという。直ぐにホテルから添乗員の 携帯に電話するのが、当然だが、動転していて、ただ、ボーッとしていたとか。 バスで待っている間、ツアー仲間の冷い視線の中、ひたすら待つしかなかった。 家内は、殆ど娑婆経験が無く、万一の備えの観念が皆無。旅行中には、 まずは添乗員から目をつけられる。彼らは、そういう人を数人、把握。 二割の人が、八割の問題を起こすことを学んでいるからだ。移動とか食事時間 に、常に遅れてくる。40回近く、数百回、注意しても治りはしない。 以前もアテネの・・ これだけ迷惑をかけても、翌日の夕食時間に遅れるのだ から、大したもの。で、夫婦連れのツアーは、途中から、別々の単独ツアー になっていく。一つだけ自慢が出来ることは40回近くの夫婦連れ海外旅行経験。 今までのツアー仲間の最高が8回。その間に、二人の間に、自然発生的にルール が出来ている。「互いに(単独旅行者と割切り)頼らない」こと。 何度もツアー仲間に、「どういう御関係ですか?」と聞かれている。 移動と食事以外は、単独でいるため。これまで二組、夫婦別室がいた。 そこまでは、してない。これも慣れと訓練!その時、懲りない家内に 「ざまをみろ!」という気持ちが何処かにあった。 が、誰かに 見透かされていたようだ。で、一日もしないうち、全てを忘れ、彼方此方で 笑い声を上げていた。 (*∠_*) ダカラドーシタ。で、人は生きられる! で、以下の内容に続く! 偶然だが! ・・・・・・ 4256, しまった! ー5 2012年11月10日(土) * 後悔の歪み ー しまった! 「失敗の心理」を科学する ージョゼフ・T・ハリナン(著) 人生、振り返ると後悔することがあまりに多い。その後悔が次の行為の壁に なり消極的人生を過ごしてしまう。反省はよいが、後悔は程々に、である。 トラブルも失敗も生きていればこそ。 ーその辺りを抜粋して考えてみるー ≪ 失敗を裏づける証拠が増える一方なのは、意思決定における「感情」、 とりわ後悔の念が果たす微妙な大きな役割について。人は誰でも、引き 出した結果を悔やむ状況に立たされ続けている。結婚の失敗。故障しがちな車。 処分できなかった不動産。しかし同じ後悔でも、「後悔する優先順位」 というのがある。後悔の深さの差から、なぜ人は最初の直感にしつこく こだわるのか、その理由が見えてくる。一般に人は「不作為」よりも 「行為」に対して大きな責任を感じるものである。誤りを犯しそうなときは、 むしろ「行動を起こさない」という誤りを犯すほうを選ぶ。というのも、 不作為は受け身のできごとと見られがちだからだ。自分は何もしなかった、 だからその結果に感じる責任も小さい、というわけだ。1600人以上の 大学生による模擬試験の観察から、観察者は、先行研究で発見されたのと 同じ誤りとを発見した。答えを変えた受験者は、たいがい点数を上げていた。 変更された全解答をカウントして分析したところ、誤答から正答への変更は、 正答から誤答への変更を二対一の比で上まわった。 だが、もっと重要な ことは、実験後の学生との面談から明らかになった。「正答を誤解答と変える 予感は、誤答を正答に変え損ねる予感よりも大きな後悔をもたらしていた」 のだ。つまり、何もしないほうが、何かをするより後悔しないで済む、 ということだ。どのみち誤答してしまうとしても。≫ ▼ 人は、しなかった後悔より、実際にしてしまい失敗した後悔により 捉われる傾向にある。実際に、この実験のとおり、私の具体的経験を振り 返っても同じことがいえる。やらなかった後悔は、実際に失敗した後悔の 数倍の損失のことが多い。しかし実際ところ、止めて致命傷にならないで 済んだことも多くあった。事業結果がこうだとしても、後悔をしていない。 原因がハッキリしているためだが、全身全霊を注ぎ込んだこともある。 思った通り、生きてなかったら数倍、いや数百倍も後悔していたはず。 海外旅行は、起こりえるトラブルが全て起こると覚悟をしておかなければ。 「良いこと2に、後悔すること1」の比率で、通常生活10倍が圧縮して 生じてくる。そう割り切ってしまえばよい。「正答を誤答へ変える予感に 従うと、正解する確率が二倍になる」のと同じ比だが・・少し意味が違うか。 人生も同じことがいえる。刷り込まれた思い込みを間違っていると直感しても、 その修正による失敗を恐れ、大事な人生を棒に振る。 修正した方が正しい と分かっていても、である。だから計画をたて、準備を充分するのである。 結果は、それまでの経験の色分けを変色し、その歪を大きくする。 それにシタリガオ批判の歪が加わり自滅してしまう。 ・・・・・・ 3881, 閑話小題 ースロータイムの勧め 2011年11月10日(木) * のんびり、ぼんやりといこか〜 ースロータイムも悪くない! 第二か、第三の人生のキーワードは何だろと考えると、 「ぼんやり、のんびり、のびのび、ほのぼの」という言葉が浮かんでくる。 あまり、のんびりすると、ボケてしまう?。 数十年も緊張の連続の後、 これからの人生は、せめて一日のうち数時間でも、のんびりし、ぼんやり することも必要だろう。この随想日記を毎日書き続けるのも結構、緊張をする。 スケジュールに沿って生活しているので、一日中は、ぼんやりしていられない。 一応、午前中はスケジュールを満つにして、午後はフリーにしている。 最近、「アングリー・バード」という子供向けのPCゲームで、午後の一時間 は遊んでいるが、これも、のんびりの範疇。無意味=無価値の時間を遊ぶこと も必要?「定年になったら女房と、のんびりと世界一周をしたい」というのを 聞いたことがある。地方で装置産業を事業としてきたので比較的時間があった。 しかし、のんびりしてきたか?と言えば、そうでもなかった。しかし節目が 変わって、価値観がコペルニクス的に変わり、のんびりする時間が多い人生 こそ最大の収穫と思えるようになってきた。ところで栗田昌裕の指回し体操で 「 さわやか、まろやか、のびやか、晴れやか、ほのぼの 」とブツブツ 言いながらする健康法があるが、これを「ぼんやり」とすると良い。 積極的幸せの追求は、さておき、消極的幸せの追求に重心を移動する時節。 積極的幸せとは、自分の趣味を追及するとか、人に認められるような事、 人のためになる事を、追求すること。 消極的幸せとは、病気や事故に ならないように、人の迷惑にならないようにとか、まずは普通の生活を 確保して、それに満足する生き方、無事平穏こそ幸せ、と信じる生き方。 第二の人生は現状を、これで良しと諦念する生き方?。 年寄りっぽくなって きたが・・ 「歳には勝てない」として生きるか、原野に留まり自分の価値を 高め続けるのか、その人次第。それも、生活が安定した上の話になる。 ・・・・・・・ 3516, インターネットは20万年来の革命か? 2010年11月10日(水) 10年ほど前に、「ネットは人類の歴史で20万年以来の大革命である」 と聞いた時、20万年前は、言葉か絵画の出現?と勝手に思っていたが、 先日になって、それが「道具」と知った。 ■一万年前に狩猟・採取から農業・牧畜が始り、 ■5千年前に5大文明が世界各地で起こり、 ■250年前に蒸気機関が発明され、産業革命が起きた。 ■そして人間が道具を使うようになったのが20万年前。 ■脳学者の茂木健一郎は、ネットは言語以来の発明というから、 200万年以来の発明になる。 * 200万年の言語というと、掴みどころないので20万年の道具説以来の発明 の方がよい。そして、この十年でネットが世界中に結ばれ、検索にキーワード を入れると世界中からの情報が入ってくる。さらにブログやツイッターが普及し、 各自が情報を無条件に公開を始めたため、情報が爆発的に増えている。 ネット世界の出現で、もう一つの世界が出来たといわれるが、それが現実世界 の上位に立ち始めたことからみて、20万年来の革命的ツールという説も、 言葉使用からの200万年説も、決してオーバーとはいえなくなってきた。 そのネットと最先端電子機器が世界を根底から覆していることを、あまり 取り上げない。今さらなのか? しかし現実を見ていると、機器とソフトが 独走をして一部の人間を除くと、コントロール不能になり、政治、経済のあり方 を根底から変化させている。政治ひとつとっても、直接に政治に関りない 国民の方が、渦中の政治家より、正しい判断が可能になっているとか、思いも よらない情報が表ざたになるとかで社会を大きく変えてしまった。現在問題に なっている尖閣列島の中国漁船ビデオの流出も、それを阻止すること自体が どだい無理の話。一人の海保職員が政治を大きく左右することが容易になって いるのも、ネットのため。これらによる社会変動は、まだ始ったばかりで、 時間の経過が経つほど大きな影響を出してくることになる。 再度いうが、 TV、携帯電話、パソコンなどの進化には驚かされる。 問題は、それをどう 使いきるかである。まさか、これを現実に目の当たりにできるとは!
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| 5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー |
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2015年11月09日(月)
ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 * 旅すれば、内向きの自分が解放される 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来 設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、 自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、 その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という 宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、 面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを 相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、 寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。 その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が 存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、 恵まれていた。 〜まずは、その辺りから〜 ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生) ≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。 夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。 このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫ ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる ≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな 投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。 外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。 それは旅の功徳です。 ・太朗: 国内旅行はいかがでしょう? ・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。 近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、 小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫ ▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。 そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに 短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、 遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、 この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。 その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。 そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。 今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。 若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を 見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、 そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。 『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。 その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を 確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。 学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。 ・・・・・・ 4987,閑話小題 ー一日の閲覧者が、実は7倍の350! 2014年11月09日(日) * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった! 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、 エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、 「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用 でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った) 一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、 7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350 の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、 少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60 は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。 未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、 墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人 の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、 面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前 からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手 (こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、 これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ 出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、 「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という 電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット 上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、 そのままを書けば、特異のブログになるはず。 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、 コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて 大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか> ・・・・・・ 4620, 閑話小題 ー食材の不適切表示について 2013年11月09日(土) * 食材産地の不適切な表示について 現在、問題になっている「食材虚偽表示問題」、騒ぎすぎではないか? 明らかにマスコミも店側も過剰反応。「今までは軽い気持ちでしていたことが、 情報化時代に移り変わり、現場の告発など発覚し、大事件となった」ということ。 「味さえ落とさなければ良い」という現場の調理人の意思がまかり通った時代が 終わりを遂げる事件。料理修行で虐められて辞めざるを得なかった人達の告発も、 情報機器の進化で気楽に出来る世の中。 日本中の料理店は真っ青。 ブランドに頼り、自分の舌に自信がないから、怒るのである。 所詮、成り上がり食通など、その程度。それより、この変な風潮の方が気になる。 それも百貨店に入っているテナントの食材表示虚偽まで、何故、大家が責任を とらなければならないのか?「他が誤っているから自社も」というのだろうが、 酷いもの。 味が悪けりゃ、二度と行かなければよいだけ。店選定と、味に自信 があれば、どうでも良いこと。メニューに小さく、「その日の天候で食材が 変わることがあります」と、書いてあるかないかの問題である。 * 消費税増税前のバカ騒ぎが始まった 来年4月からの消費税の増税前の駆け込み騒ぎが始まった。このデフレの中、 どうすればよいか、考えどころ。特に、車や住宅など高額商品の購入を迷って いる人達は、焦って判断を間違う可能性がある。数年前の地デジ移行のテレビ の買替え騒ぎ。 その後のTVの暴落を目の当たりにした経験を、忘れている。 「インフレの可能性と、売手は、円安による輸入コストのアップを加算すると、 1割、2割は高くなる?」という不安心理を巧くつく。 どの道、大恐慌が表面化するため、同じこと? 住宅購入は、人生の大博打。 それと生命保険もである。そこには大きな仕掛けがある。それが分からないから、 生命保険に入ってしまう。理屈からして、採算が合うはずはない。綺麗ごとを 掻き立て、いざとなると、殆ど詐欺同然のため、見返りは無いのが保険である。 相手は数百年かけたノウハウを持ったプロの詐欺集団も手口は酷似。 あれだけ経費をかけ集金し、その上に利益を出しているのだから、総体から みれば、半分以下のはず。で、これから数ヶ月は、その狂乱が、一部だが 始まった。他人様のことは、言えないが、結局は、無知が不幸を呼ぶことになる。 ・・・・・・ 4245, しまった! ー4 2012年11月09日(金) ーしまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) * 人は、出会った人の名前はどうでもいい 私は人の顔と名前が覚えられない性質である。元々、見ないのである。 数年前に義妹の名前も忘れいて、呆れ返られた。しかし、この本によると名前は 意味がないため、関心度の重要度が低いという。人は名前や名称より、意味を 記憶をする。逆に記憶するにはキーワードに意味を持たせればよい。人は、 職業と趣味に注目されるが、名前や性格は二の次になる。ーその辺りからー ≪ 人の名前は、じつは人の特徴とよく似ているが、大した意味がないので、 忘れたり、まちがえたりしやすい。名前がほかの要素と比べて重要でない ことは、数年前にイギリスの研究で証明された。 にせの人物のプロフィールを 暗記させるという実験だ。各プロフィールには架空の名前のほか、その人物 ゆかりの地名(出身地など)や職業、趣味といった、にせの情報が記されている。 にせのプロフィールは、たとえばこんな感じだ。〈アン・コリンズ。有名な アマチュア写真家。ブリストル近郊在住。地元で訪問看護師として働いている〉 では、実在する被験者たちは、その人物の何を覚えていたか?「職業」だと 思ったあなた、正解だ。職業は全被験者の69%が記憶していた。タッチの差で 二位だったのは「趣味」の68%。次いで、62%の「出身地」。ぶっちぎりで 最下位だったのが「名前」である。ファーストネーム(名)は31%、 ラストネーム(姓)は30%しか覚えてもらえなかった。どういうわけか、 その人がパン屋を営んでいることは姓がベイカーであることより覚えやすい。 なぜこうなるのか?研究者にもわからない。おそらくは、人の名前は、あまり 意味がない恣意的につけられた「ラベル」でしかないということだ。 ジムにしろティムにしろ、可能だ。・・・ 人はパン屋さんであるベーカリー の方を、ベーカーさんより記憶する。≫ ▼ 営業は顧客の顔と名前を必ず一緒に記憶する重要性を知ることから始まる。 過去のツアー仲間たちで、憶えているのは、職業、趣味、出身地、そして顔。 しかし、名前は、実際のところ殆ど憶えていない。031538という数字を 例えると、「3月半ばの15日の3時と8時か、どちらかに」か、 「王(おー)さん、いこか38本。」とか、何か意味づければよい。 意味づけるには、上記のように小さな物語を作ることである。 名前は、それぞれの物語だが、他人にとって符号でしかない。 ・・・・・・ 3880, 東北大震災と、9・11、9・15を重ねると 2011年11月09日(水) * 東北大震災と、9・11、9・15を重ねると 東北大震災と、9・11テロ、プラス9・15リーマンショックを重ねると、 現在の世界金融危機が見えてくる。東北大震災は三つの地震が連動しM9の 大地震になって、それが10メートルの大津波となって太平洋側の東北の海岸線 に押し寄せた。その上に宮城の原子力発電所を襲い破壊してしまった。 起こりうる最悪の重なり(大地震、大津波、原発事故)である。 その原発事故は今だ進行中である。9・11テロと、9・15の金融危機の重なりも、 ことは重大。9・11はイスラム対キリスト教の対立。またリーマンショックも、 金融王国アメリカがもたらした経済大震災。アメリカのサブプライムローンを 組み込んだ債権を世界中の企業と金融機関などに撒き散らしたが、今だ塩漬け の状態。 しかし遅かれ早かれ表立って世界中の金融機関を破壊してしまう 規模のもの。今回のギリシャは何とか目先乗り越えたが、次はイタリア、 スペイン、ポーランド、アイスランドが待っている。東北大地震が起きた後 の大津波の襲来は、1時間から4時間経ってから海岸線に押し寄せた。 リーマンショックを大地震と例えると、その大津波は金融恐慌、経済恐慌に 例えられる。前回の1929年の恐慌は、当初の株の大暴落から3〜4年後の1933年 に本格的大暴落になって、大恐慌落に落とし込んだ。 今回はG20を緊急に 組んで各国の首脳が対策に努めているので、何とか目先を引き延ばしている。 それも瀬戸際に近づいてきた。 不安を煽るようだが、東北大震災が日本経済 に与える影響は、これから。一年一年、ジワジワと生活に影響をしてくる。 失われた20年とリーマンションショックの時期が重なっているため事態は深刻。 以前は世界規模の戦争を起こして清算してきた。しかし、現代では、そのロス の方が遥かに大きいのは目に見えている。その中で、世界の指導者も、我われ も自然の流れに身を委ねているのが現在。 株式の暴落=Xディーが、何時に なるのか、薄氷の日々が続く。 起こってしまった経済大震災と自然大震災、極めて大きな黒雲が漂っている。 これに情報化社会がもたらす社会変化が加わる。その結果としての近未来の 惨状は世界も日本も第二次世界大戦を超える可能性がある。特に経済的ロスは 下々の方が大になる。その彼らは正常性、同調性バイアスで、日々を過ごす。 しかし、それも、あと僅かになってきた。悲観的過ぎるかもしれないが、 そうとしか考えられない。私の現状が既に震災の被害を直撃したため悲観的 過ぎるのか、そこに身を置いたから分かることなのか? ・・・・・・・ 3515, ユダヤ人の頭脳活性法 ー7 2010年11月09日(火) 「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著) * ユダヤ人の考え方から何が学べるか ー日本人は、第一人称不在である。 記憶力が良いことと、自分で問題解決方法を工夫するのは別次元である。 「それについて自分がこう思った。私はここを疑問に思った。私であったら こう考える」という主張が欠如している。つまり「自分自身は」という一人称 が不在である。日本人の、無思考シンドロームの若者の多さは、大人たちの解答 直行主義がまいた種子の結果。学校時代のまる暗記などで大学受験を乗り切って きた根源が社会に出てからも続いてきたからである。ベストセラーなど名著を 読んでも、その本に感化されるわけでもない、吸収もしない、いわば、消化器 の胃腸を持たない食道だけの状態の人間、知識の食道人間、それが日本人である。 ソクラテスもカントもニーチェも、自分の時代の問題を自分のことばで考えた のであって、他人の言説の解説はほどんどしてない。対照的に、日本の知識人は、 あたかも自分の考えであるかのように海外の思想を引用し、それを基準に 世間の動向を批評している。 ■ここで考える四段階とは?を説いている。 △第一段階で、考えるための基礎的知識とヒントをどうつかむか?を、 △第二段階で、考える課題を自分自身に引きつけ △第三段階で、自分で疑問を持ち、問題を発見し、解決法を組み立てて △第四段階で、自分のことばで、自分の考えを述べるこれを徹底的にする ことで思考力を高める。 ■「質問」ができるか?という能力も大きく問われる日本人は、 小中高校を通して、先生にあまり質問をすることはない。それは逆に言えば、 深く問題を自ら求めてないからである。先生の方も生徒に課題を多く出して、 生徒自身が研究し、自分で解答を見つけるように仕組むのが教育もあるべき姿。 ユダヤでは低学年の時から小人数のグループ編成とディスカッションを 進めている。一クラス25人を超えることはない。課題研究は5〜6名で、 生徒たちは議論をしながら進める。自分たちで考え、自分たちで疑問を持ち、 自分たちで質問しあい、自分たちで答えを出す作業をしている。 〜〜 自分の頭で考えること、そのためには「自分自身は、こう思う」という 第一人称で考えること。疑問を持ち、何が問題かを見つけ、解決策を見つけ、 自分のことばで考えなければならない。特にユダヤの教育は子供のころから、 これを徹底させる。島国の中で、外敵から攻撃の心配がないことが、思考の 必要性を最小限にしたのだろう。明治維新は、外的の脅威から起こった。 坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰など、強烈な個性を持った男たちは、 第一人称を持っていた。 ・・・・・・・・ 3140, マイケル・ジャクソン 「THIS IS IT」 2009年11月09日(月) 昨日、長岡T.joyでマイケル・ジャクソン「THIS IS IT」ー を観てきたが、期待した以上の内容だった。長男が二回も観てきたというし、 家内も観て良かったというので、ネットで内容を調べ納得し見ることにした。 亡くなった時に、あれだけ世界中が悲しんだのだから何かがあるはずと・・。 ライブをそのまま映画化したものを観たいと思っていたので 丁度よいタイミング。 《以下字数の関係でカット2010年11月09日》
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2015年11月08日(日)
ー世の中それほど不公平じゃないー浅田次郎 * うつ病は、まず睡眠コントロールから ひき続いて‘うつ病’の悩みについて。 人間の心には、躁鬱症、分裂症と癲癇症など、精神に異常をきたす病がある。 以前は、うつ病はノイローゼと軽くみられていたが、今では立派な病気。 大方の人は、若い時分に一度は通った経験を持つ。この穴倉の深さ、複雑さは 各自違うが、一度落ち込むと這いあがるに膨大なエネルギーを要する。 ● 相談: うつ璃を治したい 《 私はうつ病です。仕事も満足にできず、アルバイト生活です。 バイト先で変なヤツに見られ針のむしろ状態。病気のため作業能率も上がらず、 バカにされたり嫌がらせを受けたりしています。昔からやつていたマンガ般稿 (原作)に夢を見出し送ったものの、御社の某編集部からは「返信する」と 言われたきり。待てど暮らせど連絡がありません 》 ● 回答: ・次郎: よく杜会のオヤジ連中は、うつ病は気のせいだとか、根性がどうとか 言ってるけど、これはもうれっとした病気ですから、まずは治療に専念する こと。確かに治療だけで良くなるわけないけど、心臓が悪いとか胃が悪いとか、 それと同じことなんだから。僕もうつ病だった時期がありますよ。青春時代には 誰でも1〜2はあるんじゃないか。多かれ少なかれ。これね、住まいを変えるとか、 場を変えるとか、環境を劇的に変えるというのは効果があります。それから、 精神疾患というのは、どんな種類のものでも初期段階で睡眠障害が伴います。 だから、その症候が見えたら睡眠をコントロールするのが一番の予防らしい。 今は睡眠薬もいいのがたくさんあるから、ちゃんとした精神科医にかかれば きちんと処方してくれるはずだ。 君、丈夫か? ・太朗: 今のところは大丈夫です。 ・次郎: 編集者は多いからな。知人の精神科医も編集者に会うのが怖いってたよ。 「患者に会ってるみたいだ」って。 ・太朗: 先生、あまり笑えません。 ・次郎: あ、もうひとつあったよ、うつ病の特効薬。あなたは年齢制限で無理 だけど、若い人だったら軍隊に入れて治る。毎日、眠れないなんて言って られないもの。2年くらい入院するつもりで自衛隊に……。 ・太朗: 自衛隊の何がいいのですか。 ・次郎: ひとりを伸ばすんじゃなくて、落ちこぼれをつくらないようにする 教育だから。東大に何人、入れたという学校教育とは根本的に違う。 兵隊に落第ない。あったら誰かが死ぬんだもの。だから、そのうち有無を 言わさず心身ともに鍛えられてくる。》 ▼ 空襲で逃げ惑って時代にノイローゼは存在しないという。生きることに 精一杯になるからだ。私の経験からして、目先の究極の問題に取組んでいる 時に、悩みなど言っていられない。5年近く前も、内面も含め、目先に生じる 問題を、一日一日、処理するのに手一杯。「ああ、こんな経験は滅多にない!」 と、面白く?さえあった。(咽喉すぎればだが) 『正中心一点無』で、 問題から目を背けないで、凝視し続ければ、後は時間薬が解決する。それと、 長年かけた趣味を作っておくことだが、それが無いからウツになるから、 答えとしては矛盾するか。潜在意識は幼児みたいなもの。その幼児が、大の 大人の顕在意識を揺するのが躁鬱である。だから、幼児を、まず宥めないと。 その為には、充分、睡眠をとらせ、不自由な姿勢を正し、愛情を注ぎ、笑い かけてやれば良い。幼児は親の気持ちに微妙に反応する。親本人が、まず 睡眠をとり、自由の時間を持ち、自分に愛情を注ぎ、腹の底から笑えば、 心の奥の幼児にも届く。これ、習慣化しようと思えば、出来るから不思議! ・・・・・・ 4986,暴走する世間 −3 2014年11月08日(土) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) * 世間学的エポケー 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。 その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の 私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな 役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、 迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、 その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー ≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた 主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、 世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで 自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、 すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止 について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。 < われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、 この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている 諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが 哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟 の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。> そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。 それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。 いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が 素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。 じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。 自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。 すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。 それが自分の「感じたこと」なのだ。≫ ▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人 生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。 外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、 小さな洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に 例えていた。自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、 外から、これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想で しかない、そのことを自覚するためにも! ・・・・・・ 4619, 君は1万円札を破れるか? ー6 2013年11月08日(金) * 内部表現とは? そして、内部表現の書き換えー① 「内部表現」という言葉が新鮮である。目には見えない「心(脳)」「無意識」 「潜在意識」ということ。人は、この内部表現によって自動操縦されている。 この随想日記は、「内部表現」そのもの。過去文を読むと、よくわかる。 ーまず内部表現を記した部分を、この本とネットから抜粋してみる。 ◇ 「内部表現とは、一言でいえぱ、その人に固有の情報状態です。 この世界について、自分の認識している情報だけを書き込んだハードディスク のようなものです。そして、情報である以上、それは書き換えが可能。 人間の認識をなんらかの操作によって、別の認識に換えてしまうことを ‘内部表現の書き換え’といいます。あなたが今、現にもっている内部表現は 必ず、あなた以外の他者による書き換えを受けています。」 ◇「外界を視覚で認識すれば、視覚野での神経が活性化し、その結果が前頭葉 で認識される。この視覚野から前頭菓までのすべての脳内での情報状態が内部 表現である。内部表現は神経の物理レベルの情報状態のみならず、概念や感情 など、心理レベルでの表現も含まれる。すなわち、脳内の物理レベルから心理 レベルまで含めたすべての抽象度における外界の表現が内部表現である。 自分自身の表現や自己の記憶、内省的な自我、さらには現在時の自分の思考状能 や会話、言語の認識状能も内部表現の一部である。内部表現は常に外界と情報を やり取りしながらリアルタイムに情報状能が更新されているため、その動きは 非常にダイナミック。 脳内にある自分自身を含めたあらゆる抽象度における 世界のモデルが内部表現。ただ、内部表現内のそれぞれの情報状態は、巨大な 相互関係のネットワークを構築し、それが常にリアルタイムでダイナミックに 更新されているので、実際にそれを我々が記述することができるか否かは別問題」 ◇「内部表現は、進化のレベルに従って複雑になつてきている。これは脳が進化 している結果。 人間においては、内部表現という外界のモデルとして脳内で 表象される世界が、物理的な現実世界だけではなく、映画や小説の仮想世界にも 持てるのが特徴的。例えば、言語で表せられた世界は、物理的な現実世界ではない。 それでも小説で描かれる世界を整合性をもって、臨場感を感じて認識すること ができる。これは小説の仮想的な世界を、内部表現として脳内で表象できるから」 ◇「内部表現を変える」には、①狩りのゴールを設定し、そこに向かって コンフォートゾーンを変えていくー>内部表現の中で「自我」を定義している 情報を選択的に書き換える。 ②抽象度を徹底的に高めて、この世界・宇宙を見つめ直すー> 内部表現全体を書き換える。 【コンフォートゾーンとは、自分がラクでいられる 範囲のことで、 人は、 この居心地のいい環境や場所は楽なので、ここにとどまろうとする 】 ▼ 高度成長期の右上がりの時代背景に、「創業者人生」を20歳時に決めた。 それから私の「内部表現」の書き換えが始まった。と同時に、俄然、人生が 面白くなってきた。大空を掴むような得体の知れない目標に向かい、ドンキ ホーテのようなコミカルな人生が始まった。それが「内部表現」そのもの。 事業人生を終わって、しみじみと傷口から45年間を振り返った時、その自分が 可笑しくて、独り笑いがこみ上げて大笑いをした。人生は、結果はどうであれ、 こんなものか。 笑えるだけ、まだ良い? か! ・・・・・ 4244, しまった! ー3 2012年11月08日(木) ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) * 見ていても見えているとはかぎらない この年齢になって、つくづく感じるのは自分の無知。特異と思っていた 自分の人生も、小さな世界に縛られた凡庸な枠内。知っていたつもりが、 何も知ってなかった厳然たる事実。それでも可能な限り考え、前向きに生きて きたつもりだったが、振り返れば「しまった!」の連続。 「見ていても見えなかった」のである。結局、地頭の限界が、その人の程度。 「知ったかぶりするな!」が、何事についての基本。知りもしないのに、 知っているつもりだったのである。そう、実験に昨夜、ビデオに録った 「居酒屋放浪記」を、見たが、二度目に見たとき、一度目は、殆ど何も見えて なかったことに思い知らされた。大部分の人が、そうだとしても、こと重要 案件に対しては、それは許されるものでない。 ーまずは、その辺り部分を抜粋してみるー ≪ 私たちは何かを、または誰かを見るとき、そこにあるすべてが見えて いると思う。しかし実際はそうでない。小さなもの、背景などが目に入らない ことが多い。目はカメラではない。出来事の「画」を撮りはしないし、一度に すべては見えてない。視野の中で常に見えるのは、全体の数分の一に過ぎない。 たとえば通常の視距離でハッキリ見えるのは、視野の四分の一に過ぎない。 目はこの制約に対処するため、絶えず視野を動かし、一秒におよそ三回の割合 で動いて止まってを繰り返す。さらに動いている目に何が見えるかは、見る人 によっても変ってくる。たとえば、男と女では、気づくものが違う。 男が女の財布をひったくられたのを目撃したとき、女性はひったくられた 被害者の容姿や行動に目が行きがちだが、逆に男性はひったくられた犯人の 風体を覚えている。 ・・交差点では、右折か左折かをするとき、右利きの人 は右折を、左利きの人は左折を選びがちである。結果として、ある研究の 報告者は、こう助言した。「店や銀行で、なるべく短い列を探すとき、 まず左側を見るべきだ」と。・・・「人は探しだすのが難しそうだと、 早めに「あきらめる』ようにプログラムされている」また、レントゲン技術者 は画像に写った悪性腫瘍の9割を見落としている」というし、アメリカ国内で 10年前に調査された結果だが、四丁に一丁の割合で見逃されていた。≫ ▼「自分は、見れど見えず、知っても理解できず」と、突き放すべき。 昔読んだ本を再読して、果たして、この本の主旨を理解していたのだろうかと 疑問を持つことが多い。その時の自分の知識レベルで中途半端に理解していた に過ぎない。 リタイアをし、過去を振り返ると「しまった!、あの時の、 あれは」と、日々、独り言を呟くことになる。その上に「手ごわい後バイアス」 のフィルターがかかっていれば、独り思い込みの世界に、それぞれが居るような。 しかし、人は、失敗を恐れ、「何もしないという、より大きな失敗」を選択して しまう。そして、これが限界と、自嘲するしかない。そして誰かに向かい 「自分の人生を返してくれ!」と、嘯くしかない。それが両親に向かったとき、 自爆、無知の極みの悲劇になる。 ・・・・・・ 3879, 閑話小題 2011年11月08日(火) * 焼鳥屋、鳥梅 私の幼稚園の頃の、一番初めの友達が、近くの焼き鳥屋の息子であった。 幼稚園の一年間と、小学校の二年の三年間。ある日の午後、そこに遊びに 行くと、今から思うと焼き鳥の串さしの仕込みを御父さんがしていた。 子供なりに、仕事の場には近づいてはならないことは知っていた。 ところが手招きをして、その一本の焼き鳥を差し出してくれた。そして、 食べて驚いた。その美味いこと。ガムのようで噛んでも噛んでも、噛み切れ ないが、その味わいと香りは、今でも強烈な記憶として残っている。その後、 成人になって長岡にUターンをしてから1〜2度、飲みにいったことがある。 私の幼馴染は何があったか分からないが、店から引退し、姉さんと、奥さんが 店に出ていた。その店の前を二月ほど前にポタリングの帰りに通ったら、 店の看板が無くなっていた。そこで、姉さんらしき女性が、店の前で掃き 掃除をしていた。 そこで、長岡の夜の博士と自認している?人に、聞いて みたところ、「この春に閉店したが、その閉店の日に行ってきた。 姉さんも高齢と不景気で止め時と言っていた」という。それにしても、 幼稚園時代の記憶の原点の一つの店が閉店とは、時代の変わり目である。 * 11月7日になると 毎年、11月7日になると思い出すことがある。私が27歳で初めて 貸しビルを完成、その一角で養老の滝のFCの居酒屋をオープンした日である。 まだ生々しく憶えているが、開店直後からパニック状態でオロオロし、身体は 硬直し、冷や汗が出て、茫然自失とは、あの状態である。一週間は使いものに ならない廃人状態。 後で分かったことだが、20年、30年の経歴を持って いた人でも、殆ど同じ状態になるという。 それを聞いて安心したが、 あの切なさは言語を絶している。それでも両親の創業時の姿からみれば、 全く甘いもの。実際に自分が現場で七転八倒をして、両親の苦しみの一端を 知ることになる。酒飲みの酔った時の異常な振る舞い。カウンターの内と外側 の一歩の大きな差。立場が変わった時の風景の違いを、そこで思い知った。 数ヶ月は、朝7時から夜11時までの世界。千葉の郊外のニュータウンの 真ん中で、ズブの素人が、顔色を変え醜態を曝していた。その二年後に、 隣の一角でベーカリーの立ち上げを始めたのだから、振り返って我ながら 驚いているより、呆れている。しかし商売の原点を、肌で学んでいた日々。 思い返せば、ジャスコも、その次に勤めた会社も、創業のプロセスにあった。 そこは究極の異常世界。 仕事の現場は、どの世界でも厳しさは同じ。 創業は、捨て身で全てのエネルギーを叩き込まなければ、一つの生命としての 事業は生まれない。振り返えると「人生は、良いこと51に、悪いこと49」 ということか。その辺の輩が一現象だけをみて分かったようなことを言うが、 一つの現象の背景には、多くの血と汗が隠されている。馬鹿さもだが。 ・・・・・ 3514, ペットロス ー2 2010年11月08日(月) インコの死で、何か家の中がシーンとしてしまった。僅か一年だったが、 存在感のあったインコだった。呼びかけた言葉を憶えてしまい、居間のガラス 戸越しに、その言葉で必死に呼びかけてきたからである。今までにない経験。 ここで、ペットロス症候群というウツ病を知った。ペットの死で幼い子供の死 と同じぐらいのショックを受け、立ち直れなくなる欝症。 先日、私のブログでペットの死を知った友人が「飼い犬の死に際の逸話」 を聞かせてくれた。「15年間飼っていた犬が、あと一日で死ぬときに、 県外にいる三人の子供全員が別れのため帰省してきた。ところが友人は私と 酒を飲んでいて午前様になってしまったが、犬は帰ってくるのを待っていた かのように本人が頬ずりをした直後に息を引き取った」という。 うちのインコが長男が知らせを聞いて駆けつけてきて撫ぜてもらった直後に 死んだのも偶然だけではないと思っていたので、丁度よい内容であった。 動物も、人間と同じようなことがあるのかどうか。休日だったこともあり 死に際に立ち会えたが、ペットが一日かけて死んでいく姿も人間のよう。 何度も危篤になるが、頭を摩りながら呼びかけるとハッと我に返る。 そして時々、餌場から下に堕ちてしまい、力を振り絞って金網を登ってくるが、 その都度、衰弱してくる。しかし目は虚ろになりたっているのも難儀になり、 蹲ってしまう。呼吸が苦しくなりヒューヒューという息遣いが聞こえてくる。 そして、時々大きな深呼吸をする。意識が遠くなるが、その都度、何かを 待っているように戻ってくる。最後は、長男が喉を摩っている中、ドッサと 下に落ち、息絶えてしまった。長男も、家内も、涙を流していた。 ところでペットは何故、あれだけ人をひきつけられのだろうか。それは彼らが 無条件でなついてくれるから、人間の方も無条件で受け入れるのである。 それが愛情の原点である。愛情とは無条件だからである。人間は子供の頃は 無条件だが、時間とともに自立していくほど薄れていく。しかしペットは、 何時までも無条件で愛情を求めてくるため、人間も何時までも愛情を無条件で 与えることができる。したがって幼くして亡くなった子供の悲しみとペット ロスの悲しみは酷似するほど深くなる。 特に子供たちが結婚などで巣立って いった中高年の家庭では、ペットは実際の子供のように愛情をもたらしてくれる。 それだけ、悲しみも深くなるもの。それが犬や猫を10数年も飼っていれば・・・
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| 5350,浅田次郎の人生相談 ー世の中、さほど不公平じゃない |
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2015年11月07日(土)
ー『世の中、それほど不公平でない』浅田次郎著 * 意外とチャンスは平等に与えられている 私が青少年の頃の50〜60年前は、まだ大きな格差が歴然としていた。 ところが、この半世紀で、建前だけは公平になってきた。 逆にいえば、 世の中は不平等と、つくづく実感する。持って生まれた能力のあるものに とって、これほど生きやすい世界はないし、無い者にとって、これほど 厳しい世界は無い。しかし、今ではチャンスだけは公平に与えられている。 だから、無い者には、知的武装と機会の開発をするしかない。身の回りを 見渡しても、それぞれの分野での格差が露骨に存在する。努力が報われた 著者の上から視線なら、『世の中、それほど不公平でない』と、見える のだろうが、下から目線では、そうではない。〜その辺りから〜 ≪・太郎:「最近の若者は」と言うなら何か思い当たる節がありますか? ・次郎:そうだな… 個性がなくなってきているという気はするな。 それは、今の日本社会に格差が小さくなってきているからだと思う。 ニュースではよく言われているけど、日本の世の中が格差社会だなんて 贅沢でわがままだよ。僕らの時代だって、ずいぶん格差は縮まっていた。 それでも、経済的な理由で中学から高校に行けない子供もざらにいたね。 今はそこまでではないだろう。 ・・これも僕の持論なんだけれど、 「食べられないこと」「命の危険にさらされていること」、 このふたつに比べたら、ほかのことなんて案外大したことではない。 この本の読者は、少なくともこれを買うことができているのだから、 そのふたつには該当しないはずだ。・・ということはね、今の世の中では 意外とチャンスは平等に与えられているんだ。昔は、いかんともしがたい 壁というものがあった。本当にどうしようもないくらい家が貧乏だとか。 そういうハンディは、今は少ないと思う。だから、世の中が豊かになった分、 若い人たちもみんな同じような感じになったね。同じようなものを食って、 同じような生活をして、同じような志を持つ。それで、価値観まで同じに なるんだよ。そういうつまらなさは、若い人たちを見ていていつも感じる。 例えば、僕には君と同じような年齢の娘がいるのだけど、娘の友達が5人出て きても、その5人が全然個性の違う友達ではなくて「娘の友達A、B、C、D、E」 みたいなところがある。僕らの時代はね、例えば5人友達がいたとすると、 5人ともまず家の豊かさが違う。それも、大幅に違う。だから価値観が違う。 世界観が違う。それが、おもしろかった。 ・太朗:今はそこまでの違いは生まれにくいかもしれません。 ・次郎:この間、おたくの編集部に行っただろう。あのとき壁にザーッと 何十枚もポスターが張ってあったな。なんとかってアイドルの……。 あのコたちもみんな同じ顔に見えたよ。 ・太郎:AKB銘柄ですね。最初は、皆さんそうおっしゃいます。 ・次郎:だいたい、どこがいいんだよ。僕はさっぱりわからないのだが。 ・太郎:身近な感じがするのが、一番の要因ではないでしょうか。 ・次郎:適度にブスということか。 ・太郎:「クラスで5、6番目にかわいい女のコたち」というのがコンセプト。 ふ〜ん、そういうコンセプトはわかる気がするな。 ・・・≫ ▼「彼女らが何で?」と思っていたが、クラスで5,6番目狙いとは、知らなんだ。 誰でも手が届きそうな、といって妥協したくない、微妙なところ狙いなら、 男女かかわらず、客層は広くなる。逆にいえば、1〜2番は、意外と孤独で、 孤立している。だから、心の距離を置いた?褒め言葉に弱い。 遊び人は、それを知っているから常に美人に恵まれる。ただ憧れていると 伝えることは、簡単。 だから、どうした? どうもしません! 格差云々という前に、努力をしなくては。逆に美人ほど、努力をしている から、その差は開く一方。 でも、やはり世の中、不平等に出来ている。 ・・・・・・ 4985,暴走する世間 −2 2014年11月07日(金) 「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著) ー著者は、安部謹也の「世間とは何か」を紹介している。 《 「社会」と「世間」について。「社会(society)」という言葉は、近代化 の時代に西欧から輸入し、翻訳されたものである。神と個別の契約を結んだ 「個人」たちが営む集団組織のことを言う。西洋人たちは長い時間をかけて、 こうした「社会」を作り上げてきた。維新の立役者たちは西欧文明に追いつこう と、様々な学問を持ち帰ってきた中で、日本にも「社会」という言葉が輸入され、 幅を利かすようになった。 日本には「社会」が無かったにもかかわらず。 そこにあるのは「世間」である。「世間は社会ではなく、自分が加わっている 比較的小さな人間関係の環」である。日本人にとっては、個人がどの「世間」 に加わっているかが重要であって、それによって、相手との人間関係が決まって くる。「世間」はある時は強力な保護者になってくれるかもしれないが、一歩 間違えば、個人に対して没個性を強要する権威主義にもなる。本書は、こうした 関係の中で自己を形成せざるを得ない日本の個人についての論考である。 》 ▼ 「世間を全世界と勘違いしている人たち」に同調したくないため、 アウトサイダーのスタンスを取り続けてきた。幸いに装置産業は近隣社会と 接触が最小ですむ好都合の事業でもあった。以前の「世間」のテーマで取上げた、 藤沢周平の『海鳴り』の一節で、世間の中で生きているある商人の世間に対する 気持を正直に書いてあったが、世間の有様を鋭く観察するものと感心したもの。 〜その一節から〜 < たしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。世間は時には悪意 をむき出しに襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来た。 渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。 だが善意の人も、一たん利害が対立すると手のひらを返したように悪意に満ちた 中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。つまり、と新兵衛は そのころ思ったものだ。無償の善意などというものを世間に期待するのは 馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、隙があれば足元をすくおう としていると覚悟をしていた方がいい。> とある。その権化が、週刊誌など のバッシング記事となる。 この世界は、実は幻想、幻覚であり、それぞれが、 それぞれの小さな世界で妄想しているに過ぎない。それさえ知ってしまえば、 何事も切実に悩むことも無いが、この世間という妄想はどうにもこうにも。 で、『世間学的エポケー』の問題になる。 この世間という集団妄想を 見据えると『無知蒙昧』のヘドロ! ・・・・・・ 4618, 君は1万円札を破れるか? ー5 2013年11月07日(木) ー君は1万円札を破れるか?ー苫米地英人(著) * 世界経済の影の支配者 ー世界の富の95%を独占する人々 世界は幾つかの世界財閥の支配下にあり、各国の中央銀行の株の多くを 握っており、富の大部分がコントロールされている。そして彼らは決して 表には出てこない。その存在は、多く書かれているが、FRBや、EUBの株式の 多くを握って、世界の金融をコントロールをしているとは驚いた。 ーまずは、その辺りを抜粋ー 《 世界経済の中核を担う先進国の中央銀行は国の機関ではなく、これらの 中央銀行の実権を握っているのは、大株主の英仏のロスチやイルドや、 アメりカのロックフェラー家、モルガン家など、ごく少数の富豪たちです。 イギリスの中央銀行イングランド銀行、フランスの中央銀行のフランス銀行も、 形の上で国営化されていますが、事実上は英仏ロスチャイルドをはじめとする 個人によって支配されています。それらの大富豪一族のほとんとは、前で触れた ゴールドスミスの系譜に連なる人たちです。現在、世界の基軸通貨のアメリカの ドルは、FRBが握っています。FRBは金融政策を決定する最高意思決定機関 でありアメリカの中央銀行である連邦のことでが、連邦準備銀行そのものは 民間銀行であり、ぞの株主は主にイギリスを中心としたヨーロッパ系なのです。 FRBには、1923年のクリスマス休暇中に、ロスチャイルドなどのヨーロッパ の名家や、ロックフェラー家、モルガン家などのアメリカ名家の息のかかった 議員だけが突然集められ、成立した「FRS(連邦準備制度)」法案により 成立されたという驚くべき経緯がある。ユーロの発行権を持つECBにしても、 EU加盟国のどこの国の政府からも介入を受けないで、完全に独立をして通貨を 発行できると規定されている。このように、先進国の通貨発行権を握ることで、 これらの大富豪たちは世界の富のほとんどを独占している。だが、実に不思議な ことに、表に出ることなく、分厚いベールに包まれている。・・・ 「アメリカの支配者」「欧州の支配者」とかいう表現は、それは必ずしも 欧米の指導者とか、為政者とかいう意味ではない。経済的な支配によって各国を 裏から動かしている人という意味であり、国籍は他国にあっても実質的に その国の一端を握っている人たちもいます。たとえば、日本は実質上、支配して いるのは総理大臣ではなく、第二次世界大戦以降、アメリカの属国のようなもの。 歴史をたどれば、明治維新のころから英仏ロスチャイルド家に代表される ヨーロッパ系巨大大財閥の影響を受けています。》 ▼ 日本の中央銀行の日銀の株式は政府が55%を保持しているが、他の45%は 不明という。日銀の政策の独立性とかいうが、政府の意向は大きく働くのは 致し方がない。もし、その55%が欧米の財閥に握られているとしたら、その財閥 の隷属下にあることになる。ということは、アメリカの隷属国家の日本も、 彼らの支配下ということになる。そういう貨幣を信じて蓄財に励み、それを米国 国債を一兆ドルも買わされ、二度と戻って来ないというから、奴隷国家そのもの。 阿部も、麻生も家系からしてポチ系。ますます、忠犬になるしか道がない。 小沢は日本の独立に目指して一歩踏み出したが、忠犬官僚の検察とマスコミに よって完璧までに潰された。そうこう考えると、大きな成功より、小さな個々の 成功(趣味など)を目指した方が、無難ということになる。彼らのスイッチ、 オンオフで、何もかもが決まるのだから。バブルの阿波踊りと、破裂だったか、 私の人生は? いや、全て。まあ、面白かったが! これでは、遅かれ早かれ、 素っ裸。今でも第二次大戦の敗北で間接統治のまま! 韓国にはIMFが入り、米国資本が主だった大企業の株主。近未来の日本? ・・・・・・ 4243, しまった! ー2 2012年11月07日(水) * 手ごわい「あとバイアス」ー しまった!「失敗の心理」を科学する ージョゼフ・T・ハリナン(著) 周囲の世界を見たり、記憶したり、感知したりするのは、総じて‘体系的偏り’ (バイアス)を通して行われ、間違いの起因になる。 要するに、人は、それ ぞれの偏見に焼きなおして記憶するのである。それは、その人の期待でもある。 小さな地域社会では、それが一人歩きを始める。それが老人の多い町ほど、 内容は、地域の偏りの魔女狩りの様相になる。酷い噂は、流れのない淀みに 住んでいれば、誰もが何度も経験する。インサイダーになるか、徹底して アウトサイダーになるかの選択をするしかない。それが、「あとバイアス (歪んだ後講釈)」として、更に歪むため、ことは厄介になる。 ーその辺りを抜粋してみるー ≪ 簡単にいうと人間、自分が思うほど完全な存在ではない。だが周囲の 世界は人間が完全であるかのような前提で動いている。たとえば、社会は 数え切れないほどのパスワードを、暗証番号を覚えるよう要求する。ところが、 この種の情報の記憶を人間は苦手とする、あるテストでは、たった一週間で 三〇%の人がパスワードを忘れてしまったし、別のテストでは、三ヵ月後に 六五%以上の人がパスワードを忘れていた。人間が一度にできることの数は ごく限られているのに、ふだんの生活でマルチタスク(複数の作業を同時に こなすこと)が求められ、その限界が試される。そのうえ同時におこなうよう 求められることは、たいがい実行中のことと無関係。しかし一般に人間の 短期記憶は、五つ以上の無関係なことを一度には覚えられない。 たとえば愛車はあなたに、いくつのことを記憶するよう求めているだろう? 車内にナビは搭載? 自動速度制御装置は?衝突防止装置はある? 死角警報 システムやリアビューカメラ、子ども用の娯楽システムは? MP3プレーヤー や携帯電話は? いまや車内には運転者の気を散らし、それ自体が事故の原因 になりうる装置があふれている。だが事故が起きれば、責めを負うのは車 ではなく、あなたなのだ。自分が間違えるのを「間違った」もののせいにして いたら、同じ過ちを繰り返すことになりかねない。原因をまちがえていては、 経験から学べることは少ない。とりわけ大きな不具合が生じた場合に、 責任の所在を追及するのは当然のことである。だがどこに誤りがあったか、 それをつきとめるのは容易なことではない。だから「あとバイアス」をする。≫ ▼「あと講釈」の一つに、スポーツ解説がある。勝手に選手の失敗に対して、 あたかも本当のようなウソをいう。聞いている方は素人を承知で、 「あとバイアス」の言いたい放題。気の毒なのは、選手で、それが恰も真実 として罷りとおる。批判される選手と監督は、結果責任を問われているから 何も反論できないことを充分に承知の上のため、言いたい放題。 しかし、「あとバイアス」を自分の思考や判断を狂わせてしまう。 現在の日本の政治の混迷も、これが大きな起因になっている。 ・・・・・・ 3878, 閑話小題 2011年11月07日(月) * 再び、ギリシャ ギリシャの首相には驚き、呆れてしまった。例え話でいえば、 《暴走しているバスの運転手、助けにきた他の車が暴走車に鎖をつけて、 何とか大事故を抑えようとしたところ、「鎖をつけるかどうか、乗客に聞いて みてから」と、言い出した。乗客は暴走をしているのを知ってか知らずか? バス内の自分たちの不満で頭が一杯。瀬戸際で運転手が、どの道を選ぶか 乗客に聞いている場合でない。一つ間違えると、助けにきた仲間も道連れに なることを運転手と乗客も知っているので、タカをくくっている。 そこで「それなら助けるのを中止する。その上、共同体から排除をする」 というと、急に運転手も乗客も慌てだし、従うと言い出した。》 これは世界中が唖然とした寸劇。しかし国民の反対デモや議会の混乱を 抑えるため「国民投票」といえば、世界の袋叩になるのを覚悟の上、あえて 言った政治的駆け引きとすれば、これも納得。 国民投票やるべし! のデモが起きるかどうかだが、起ってこないのが漫画的。この10年間、 哲学書を読み続けているが、始まりはギリシャ哲学。 その西欧文明の 行き着いた終着駅が現時点とすると、ギリシャ問題は、図ったように起きた ユング的現象か。民主主義の発生の国で、その矛盾が、そのまま表出すること になった。ともかく目先の火の手を納めたが、次はイタリア、スペイン、 アイルランドが控えている。そして、日本、アメリカ、中国も? * 少しウツ気味で、正常の状態? 少しウツ気味。 年齢と現在おかれている状況から当然で、これが正常 なのかもしれない。パソコンの具合が悪かったり、スポーツジムで冷たい視線 を感じたり、家内が機嫌が悪かったり、幾らでも原因はある。それでもiPadと いう新たな遊び道具を手に入れネットサーフィンや、パソコン・ゲームに熱中。 スポーツジムや、早朝のサイクリングで発散ができている。 過去に身辺の ウツ症状の人の素人カウンセリングをしたりし対処の擬似体験をしていたので、 最小で済んでいる。目先の落ち込みはシネマにいくのが即効性がある。 で、最近多く行っている? 他にストレス発散に買い物がある。 百金や、スーパーで「酒のツマミ」や、机周りのものを買ったりする。 あくまで日常品の範囲だが・・・。 50歳代の10年近く、20年・30年分の人生を押し込んだのが、 ここにきて効いている。そのため現状を悲観し過去の良かった時節を懐かしむ こともない。人生は時節ごとに一期一会。それぞれに、また違った人生がある。 これからの人生を有効に生きるに、何が良いのか考え尽くさねばならない。 これまでの緑の原野から出て、目の前に広がる「草原の世界」で何をすべきか? そのためには新しい世界を知ること。そして、草原で生きるための 「人生の知恵」を改めて身に着けなければならない。緑の原野だけが人生では ないことを知るには、そこを一歩出てこそ分かるもの。真実の自分に気づく旅路? ・・・・・・・ 3513, ペットロス ー1 2010年11月07日(日) * ペットが風邪で死す 一年前に我が家のペットになったメキシコ・コガネインコが、数日前の 夕方に死んでしまった。12年は生きるとあったので一年は早すぎる死である。 死因は風邪である。大よそ30年から20年前にかけて、小桜インコを代々5羽 飼っていた。殆どは二年位で逃げられてしまった。その度に雛を飼ってきては 手乗りにした。しかし最後の一羽は凍死をさせてしまい、その罪悪感と子供が 大学入学で巣立っていったこともあり飼うことを止めてしまった。数年来、 ペットショップを動物園代わりに、近くのSCに行ったついでに立ち寄って いたが、いやに人懐こいインコが気になっていた。しかし売れないようで 金網にとまって御客から頭を撫ぜてもらっていた。値段が6万8千円じゃ、 そうは売れない。たまたま中年の夫婦が、そのインコの頭を撫ぜていた。 「慣れたインコですよね」と話しかけると、「私たちはオカメインコを飼って いたが、鳴き声が大きく近所迷惑で、親戚の人にあげた。それで時々、ここの インコを見にきているが、このインコが懐いていて欲しいけど、やはり近所迷惑 が・・・」という。 何気なく私の癖が出て、近くいた女店員に「5万円なら 買いたけど」というと、「このインコ、店の皆が大事に育ててきたインコ。 値下げなど出来ません」と怒りだした。で、私もムキになって、「三ヶ月前 から、売れないでいる。ペットは大きくなるにつれて価値が下がるのは常識。 お客が、そう言っていると責任者に聞いてきて欲しい」というと、暫く姿を 消していたが「店長が6万円ならオッケーです」との返事。その成行きで買う 羽目になったことは以前、ここで書いた。で、家内に例のごとく反撃にあって、 あわや「新潟の長期滞在の御客様のペット」となる直前に、急に家内の気が 変わって暫くはOKになった経緯がある。そうこうして我家のペットになったが、 ペットショップの多くの御客から頭を撫ぜてもらっていた為、人懐こい。 しかし朝晩以外は誰もいないベランダに置いておくため、足音など人の気配が 聞こえるとピーピー鳴き叫ぶ。最初のうちは、うるさいと思っていたが、 だんだん、それが可愛らしくなってきたのは私と長男だけでなく、家内も。 直近は一番、あれだけ嫌っていたのが、このインコの大ファンになったいた。 鳥というより犬に近いと思うほど、人懐こく、頭がよい。個々人の識別もし、 その対応も変わる。何とか人にかまってもらおうと、色いろな鳴声が憶えた 人間の言葉。それで呼びかけられれば愛情が湧いて当然。 「三つ子の魂いつまでも」で、店頭で可愛がられて育った温もりが、 性格になったいた。
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| 5349,浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています |
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2015年11月06日(金)
ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、 各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。 今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ 借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後 を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜 ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています ≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、 心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、 好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで 妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、 病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか 自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。 今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ 貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと いうこともわかっています≫ ● 回答: まずは妻と仲良く! 次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブな 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。 「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。 うつ病だって働かない理由にはならない。 太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、 れっきとした病気ですよね。 次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう? ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に するんだ。≫ ▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、 など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、 <徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、 その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、 その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ? サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、 彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま 逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!> その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ! 苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。 ・・・・・・ 4984,閑話小題 ー倒産は甘塩からい味がする 2014年11月06日(木) * 倒産経験もまた、価値ある人生体験と捉えると 『倒産は甘塩からい味がした!』をテーマとして書くと、こうなる。 ≪ 時どき『闘病と、倒産体験ほど貴重な人生体験は他に無いのでは?』 という考えが頭によぎる。倒産体験をプラス面で光をあてると、具体的な 要素は幾らでもある。私のケースは、自分で立ち上げた会社を潰したため、 起承転結の「結」が、それ。元もとの立ち位置がアウトサイダーのスタンス もあるが、何事もなく無事に後に継がせれば起承転々。そのどちらが良いか 悪いかは、受け止め方次第である。 事業内容の悪化に比例して辛らつに 変わる銀行と、身近の人たち。予め分っていても不快だが、時間が経つにつれ、 これが面白く思えてくるから不思議。更に、あれだけ沈んでいた気持ちも、 二年、三年と過ぎると、時間薬効果で元に戻ってくる。その直前・直後の 一ヶ月間は、身体と気持ちが宙に浮いてるように動き、それが意外と痛面白い とさえ感じていた。 30年来、月次決算に通っていた経理事務所の担当が、 『何か楽しんでいるようですが、自分の立場が分かってないようですね。』 と、言われてハッとしたが、分かってないのは御当人。この感覚は当事者 しか知り得ないこと。何事でも、無我夢中に行動している時ほど面白いこと はない。 実際、こんな貴重体験は滅多に経験出来きないし、一度は味わう のも良よい!とは、今でこそ言えること。一日一日を区切って、一期一会と 割切って乗越えるしかなかったが・・ 「この人、こう受け止めている」が、 過って様々なケースで自分も受止めていたので、分かる。 ボケ役の落語家が震える声で「バカ野郎〜、その程度か、御前さん!」 と思っている自分が、そこにいる。 これも、万一のセフティネットが あったため言えることだが、敗者は敗者、「日々、是、口実!」になる。 「事前、事後では、これまでも違っていた」が実感。「開き直り」か。≫ ▼ これを冷静に?読み返すと、こう思って日々を過ごさないと精神の安定 を保てなかったが、冷静な自分がいたことも確か。それでも大波の中、 思わず水を飲んで、窒息しそうになっていた? 『何事も、最善と思えば最善に、最悪と思えば最悪になるから、こう捉えて いた方がよい』ということか。これは、大病、大事故にも言換えが可能? 少し話が変わるが、実兄が7〜8年前に倒産した時のこと、居酒屋で、慰めで、 彼の親しい友人の実名をあげて『大病で死ぬわけでなし、決して最悪の事態 ではないよ。Oさんは、無事に会社整理をしたが、実は末期肺ガンかもしれない。 これは、最悪の事態でないよ!現に生きていられることに感謝をした方が良いよ』 と、慰めたが、その2年後に、本当にOさんが肺ガンになって入退院を繰返して いるという。この年齢になると、内なる黒鳥が、いつ舞い降りてきても 不思議でない。まだまだ、当時の森の中での夢をみる。・・当然のことだが。 ・・・・・・ 4617, 閑話小題 ーチョット何か変じゃないか? 2013年11月06日(水) * 今の空気、チョット何か変じゃないか? 12年前のリーマンショックで、以前に経営していたビジネスホテルの売上が 三分の二に、そして5年前のリーマンショックで、その半分になり、合計で 三分の一まで売上が激減し、事業断念を決断した。その間、国の政策で何とか 追加借入無しで、何とか傷口が広がらないうちに止めることでき、最小の傷で 済んだ。問題は、その後。本当に景気が回復してきたか?である。 実感として景気回復は、ほど遠い世界。政府は消費税の増税までと何とか 持維持しているが、何が起きても不思議でない。タクシーの運転手や、 周囲の話も、いま一、ハッキリ聞こえてこない。給与などの収入減を、 デフレ効果で、何とか遣り繰りをしている? 団塊世代は年金生活の中、 退職金で何とか食いつないでいるが、日々、厳しさが増している? この事態の中で、誰も黙して語らず。 一般的な趨勢はどうか?というと、 平均預金残高が1100万だが、ローン残もある。平均より多い人も、ゼロもいる。 そこで収入の中間点の人はどれくらいか?といえば、400万。預金ゼロが30%。 マスコミが勝ち組とかいう資本主義の、お金優先の価値観で、洗脳するため、 大多数を占める負け組?の不満が充満する。 ー 先週末のNHK、日本新生「熟年サバイバル〜年金減額時代を生きる〜」 がシビアー 〜その内容といえば〜 《「定年後は、年金をもらいながら悠々自適の生活…」、そんなサラリーマン の人生設計が成り立たない時代が始まった。厚生年金の受給開始年齢の引き 上げが今年度からスタート。現在52歳以下の男性は65歳まで年金が受け 取れなくなる。定年後、ゆとりある生活を送るために必要な費用は、民間機関 の意識調査によると月37万円で年金の受給額は月23万円、14万円の不足だ。 支給開始年齢の引き上げで、状況はさらに厳しくなる。「生きがい」のため だった定年後の就労が「生きるため」の手段とならざるを得ない状況になって きているが、定年後の職探しは厳しいのが現実だ。一方、今年から始まった 「65歳までの希望者の雇用義務化」を受け、中高年社員の再教育に乗り出す 企業も現れるなど、「シニアワーカー」の活用が人口減少社会の成長の鍵を 握る課題となっている。しかし60歳以上の増加する「シニアワーカー」 の雇用を確保しようとすれば、若い世代との雇用のイス取りゲームが激化し、 社会の不安定化を招くという指摘もある。どうすればシニアワーカーに 活躍してもらい、社会全体に貢献してもらうことができるのか? そのために個人、企業、そして社会全体は何ができるのか?徹底的に議論する。》 ▼ この国の経済力が三分の二になっているに関わらず、政治の貧困のため ダウンサイズ出来ず、ひたすら破滅に向けて借金を重ねているのが現状。 裸の王様と同じで、誰も、それを大声で主張できない。定年延長は若い世代の労働 にはマイナスという、悪循環が起きている。これで景気回復といっても無理がある! 中小企業には地獄の鍋の蓋が大きく開き、で、東京オリンピック! それは面白いだろう。 ・・・・・・ 4242, しまった! ー1 2012年11月06日(火) ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著) 誤りは人の常。人はそれぞれのバイアス(体系的偏見)から、自分自身と 世界を見ている。問題は自分で、それに気づかないで、それぞれの岩の中 (バイアス)で一生を過ごしてゾンビになってしまうこと。そして魂の抜け殻 人間になってしまう。そして最期に、「しまった!」と後悔する。年寄りの 顔が暗いのは、そのため。同じ後悔ならバイアスに気づき、出るしかない。 ーまずは、内容紹介ーより 「人間はなぜ、まちがうのか」というテーマについて、面白くてネタになる トピックを「これでもか」というぐらい集めて分析した内容。たとえば・・ ★ レントゲン技師は、画像に写っていた悪性腫瘍の9割を見落とす? ★ トップレスダンサーの収入は、彼女の月経サイクルに左右されている? ★ 黒いユニフォームのチームは、ペナルティーをとられる可能性が高くなる? ★ 人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ「行動を起こさない」という 誤りを犯すほうを選ぶ ? ★ 「セックスした相手の数」を、男は女の四倍も多めに答えたがる? ★ 医師の84%は、同業者がメーカーからの贈与に影響されていると考える。 だが、自分が影響されていると考える医師はわずか一六%しかいない。 ★ 人はなんらかの形で自分が不正をしていないことを証明すると、 その後の作業でもっと不正をしやすくなる。 ★ 映画を「あとで見る」人は高尚な作品を、「いま見たい」人は 大衆的な作品を選ぶ。 ★ キャッシュローンを勧める通知書に女性の写真を載せるだけで、 利率を五ポイント下げたと同じ効果が期待できる。 ★ 予備選名簿の一番目に載った候補者は、得票に三ポイント上乗せできる。 ★ 投資家は、金曜日の経済記事には月曜日の記事ほど注意を向けない。 ★ 人間は、印象の操作など特定の目的のためには平気で話をつくり変える。 ★ 無意識につくり変えた話でも、二度三度と繰り返すうちに、 いつしか「記憶」そのものになってしまうことがある。 ★ 一般的に、男は自分を持ち上げるために、女は他人を持ち上げる ために嘘をつくことが多い。 ★ 社会的地位や学歴、収入は、全体の幸福度におけるわずか 三%しか占めていない。 ★ 人を単純作業に従事させるためには、お金の力がものを言う。 だが、たいていの行動では、人間は総じて金銭的動機には 左右されない。(ゆえに、行動経済学はあまり役に立たない?) などなど、 興味深い話がてんこ盛り。 ▼ 多くの事例で人の「まちがい」メカニズムを解明。人はミスを防ぐ ことができるのだろうかを問う内容。人は自分を騙す動物だが、自分に 騙されている自覚がゼロに近いため、その蓄積が致命傷になる。 本来、 「人生は、しまった」の連続。その最たるものは結婚。9割の夫婦が失敗と 思っているというデーターがある。 人間の最期は死に直面するが、誰もが シマッタと思う。バイアスに閉じ込められていた自分に初めて気づく。 ・・・・・・ 3877, フォトビジョン 2011年11月06日(日) iPadを購入して数週間後、分からないことがあったので買った先の ソフトバンクショップに聞きにいった。ところが、「それは販売店では解決 できない問題で、直接、アップルに電話をして聞いてください」と、軽く あしらわれてしまった。その時に気づいたのは、こういう販売代理商品は、 ヤマダ電機などにあるアップルの担当のいる店で買うべきで、販売代理を している店で買うべきでない、ということ。 その窓口の人が、「ところで、 iPadを購入すると、PhotoVisionというフォトフレームが 無料で貰えるのを知っていますか?」という。買った時に、そんな話を 聞いてない・・ そこで、「以前から興味があったが、買うほどでもないと 思っていたが、タダなら、もらいたい。」というと、急に態度が変わり、 その手続きに入った。 そこで分かったのが、デジタル・フレームに 携帯用の電話番号がついたもので、メール用の住所もある。 携帯電話で撮った写真をデジタル・フレームに直接、電送してしまうもの。 なるほどと思ったが、手続きに時間がかかる上に、新たに携帯電話契約の ローンを組まされた。その見返りとして、それに見合う金額が数週間後に 銀行に振り込まれる仕組み。何か騙されたような?奇妙な気持ちであった。 これは、孫や小さな子供がいる家族に、遠くはなれた子供から携帯電話で 撮った写真を直接メールをしてくれる。 面白そうだが、孫もいないし、 新たに携帯電話料金もかかるし、どうでもよいものを持たされてしまった と釈然としない気持ちであった。そのため二ヶ月ほど使わないで放っておいた。 しかし数日前に急に思いたち、取り付けてみた。 携帯電話の写真電送 などすることがなかったので、初挑戦と、そのフレームに携帯電話で 撮ったばかりの写真を送ってみた。何度か失敗をした後に、確かに フレームに撮ったばかりの写真が送られてきた。普通の電子写真立ては 携帯電話やデジカメで撮ったSDカードを差し込んで見るが、これも直接 入力も出来、スライドショーにもなる。 親からすれば、遠くの子供や孫 から、メールで写真がフォトフレームに送られてきたら、嬉しいだろう。 という訳で、私の前のiMacパソコンの横に、iPadと、ソフトバンク のPhotoVisionが仲良く並んでいる。面白いのは、同封されて きたパンフレットに糸目が入った「フォトとも、をつくろう!」という のがある。6つほど、そこにメールを書き込み人に配ればよい。 最近のスマートフォンで若い人たちや、女・子供は、気楽に写真添付の メールのやり取りをしているのだろう。 いや、メールでなくツイッターか。 面白い時代である。 ・・・・・・・ 3512, ユダヤ人の頭脳活性法 ー6 2010年11月06日(土) 「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著) * 「論理力」を身につける ◎ ー知恵は、地中深く岩と砂にまじっている金鉱石に似ている。 論理は金を鉱石から抽出する水銀に似ている。 (ラビ・モシェ・イブン・エズラ) ーまずは、論理力の身につけ方を要約してみたー 【 点と点の情報を結ぶ能力が、論理力であり、点と点とのつながりが 論理であり、「論理的」であるとは、点と点が一貫した整合性で結ばれて いることである。また論理的ということは、真実の根拠を積み上げて考える ことである。論理的に考える際の、思考の最小単位となるのは、 「A=Bである」というであり、その表現を組み合わせながら、私たちは 物事を考えるのである。 また、考えるという行動には幾つかの面がある。 △論理的に考える △分析的に考える △直感的に考える △情緒的に考える △肯定的に考える △否定的に考える △建設的に考える △消去的に考える。 これは、考えるという行動の様態というか、一面を示している。 過去を思い出すのも「過去を想像する」ことから始る。しかし思い起こした 内容が実際かどうか、合理的かは問われる。過去のことを自由に想像して、 そこから整合性があるかどうか、確認でもある。それでは未来に向けては、 どうすれば良いか。いわゆる空想には、願望や憧憬、単なる想像がある。 どこまでも、自分の思うままに、自由に、想像の翼を広げてみるのもよい。 これを「考える力を高める」という目的に結び付けるに、現実化へ一歩ずつ 踏み出す必要がある。現実と理想の隔たりを埋めるために、考える力が必要 になって来る。そこで、一つだけ絞って、できる限り詳しく想像をめぐらして みることである。 それが実現すると、どのようなことが起こるか。 ○何がさらに始るか。○誰が喜ぶか。○誰が最もメリットを受けるか。 ○それを持続していくと、さらにどのような幸せを誰と誰に与えることができるか これらプラス思考は、どんどん広がっていくもの。またマイナス思考も同じ ぐらいしておくこと。それをなるべく具体的に描いていくことです。そして、 その理想を実現する方法は、今度は、理想とする未来の方向から現在へ向かって 発想する。そうすると、理想を実現化するための手段が明確になって来る。 いきなり自分から理想に近づこうとしても無理。逆順をしていって、現在の 具体的な行為で一つずつ片付けていけばよい。理想とは、未来のことでなく、 未来が要求する条件にかなうように、自分を準備する。そうすることで、 未来が現実のものになる。理想と未来からの発想が、人間を変えるのである。】 〜以上だが、これらは長年の訓練の繰り返しの中でしか、身につくもの。 しかし、論理(筋道)がチャンとしてないと、行き当たりばったりの生き方 になってしまう。それぞれの家のハビタス=習性も、長年かけた代々の行い から築きあげられたもの。それにそっていくのも良いのかもしれない。
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| 5348,高校生の娘に裏切られました 〜身の下相談 |
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2015年11月05日(木)
ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 以下の質問に違和感を感じたのは回答者も同じ。しかし、何か切ない内容。 世間体の価値観を、そのまま受け容れて生きてきた毒が、この結果を生んだ ことすら全く気づいてない「無知の涙」の典型である。こういう世間の価値観 を信じきっているのが、私の見立てで八割。いや九割もいるからゾッとする。 ●質問: 高校生の娘に裏切られました 〜相談者主婦55歳 ≪ 55歳の主婦です。 「知らない方が平穏だった」という事実が我が身に起こってしまいました。 4カ月ほど前に、高校3年生の娘が妊娠し、その後堕胎していたという重大な 秘密と裏切りを、娘の知人の母親から知らされたのです。 何とうかつな、そして愚かで情けない母親でしょうか。今日の今日まで、 一切何も気づかずにいたのです。1歳年上のボーイフレンドの存在は知っていた のですが。何より情けなく悲しいのは、ずっと娘が何ひとつ取り乱すことなく、 普通に毎日を送ってきたごとです。大それた事件を、どのように処理したのか、 おくびにも出さない態度にうしいものを感じます。罪悪感や自責の念は ないのでしょうか。 また母親として何より悲しいのは、娘があちら側の人間 私がもっとも嫌っている、倫理的、道徳的に許されないことを行った側の人間 になってしまったということです。 私自身の学歴に対する深いコンプレックスから娘に受験させ、失敗したこと、 私と夫が不仲であることなど、さまざまな原因が大きく影響したかもしれません。 現在の私は、母親としての自責の念と喪失感、そして娘への嫌悪感という気持ち がせめぎ合つています。娘にはまだ問いつめていません。≫ アドバイスをお願いいたします。 ●回答〜「ごめんね」から始めてください うーむ。この質問、何度読んでも不可思議ですね。あなたの娘さんに対する 愛情を感じることができません。「母親として何より悲しい」のは、 まず何よりも「娘にこれほど信頼されていなかったこと」ではないのですか。 あなたはそのことにうすうす気づいていながら、それを認めるのがあまりに 怖くて、すべての原因を娘に転嫁することで娘をますますあちら側に追い やってはいませんか。高校3年生の少女が望まぬ妊娠をし、それを親にも相談 できず、「取り乱すことなく、普通に毎日を送る」ために、どれほどの努力を したことでしょう。娘さんの「おくびにも出さない態度」には、どんなことが あっても母親には知らられまい、という固い意志が見て取れます。 なぜなら母親が自分を叱責し、非難することがわかっているから。 これまでの人生で最大の危機というべき事態に、つらさを分かち合って 自分の味方になってくれるという期待がこれっぽっちも持てないから。 そしてそういう期待が持てないことがはっきりわかるような親子関係が すでに長期にわたって続いているから。「裏切り」とは信頼があってのもの。 あなたのいう「裏切り」は、娘が自分の思うようにならなかったことに 対する無念と怒りです。 あなたの質問の文章は、以上のわたしの解釈をすべて裏付けるものばかり。 出だしが象徴的ですね、「知らない方が平穏だった」のなら、娘が援助交際 をしようが食べ吐きをしようが、「知らない」まま、娘に「よい子板面」を かぶっていてほしかったのでしょうか。そして娘さんがその期待どおりに ふるまったのでしょう。娘さんは望まぬ妊娠と中絶で、すでに十分に傷ついて います。その娘を『あちら側』に追いやっているのは他ならぬあなたでしょう。 とはいえ、あなた自分にも非があるかもしれない、とかすかに感じてもいます。 自分の支配欲、世間体、夫との不仲など、あなた自身がウソで固めた生活を していることが、娘にも影響しているのではないかと。最後の問いが救いです。 「私の気持ちの持ち方、娘への接し方へのアドバイス」を求めているのなら、 娘さんを「問いつめて」はいけません。代わりに、「あなたが困っている ときに助けてあげられなくてごめんね」というところから始めてください。 あなたがこれからでも娘さんとの関係を築きたいと、ほんとうに思うなら。≫ ▼ 「入れたもの?は、出さなければならない」という変な諺があるが、 堕胎の選択を本人はしたが、それをアチラ側の人と判断している母親が 末恐ろしい。娘にとって母親の影響は、あまりに大きい。私の嫌う世間体の 世界しか知らない結果が、これ。家族内には、多かれ少なかれ、問題がある。 それは世間教という得体の知れないマインドコントロールがなされている。 それは毒にも薬にもなる劇薬が含まれている。問題はそのことをを知って いるかどうか。この文面からして、相当の世間人に、理解できるだろうか。 九割の世間教の信者こそ、あちら側の人たち。その人たちからみれば、 それを冷笑している??は、ソッチの人。「世間教徒、金融系に多い」よ! 世間教で凝り固まったコテコテの『ドライフラワー』といえば、誰(笑) ・・・・・・ 4983,暴走する世間 −1 2014年11月05日(水) 〜暴走する「世間」―世間のオキテを解析する〜佐藤 直樹 (著) ーまずは、アマゾンの解説から < 日本社会の見えないオキテ、それが「世間」である。事件が起きマスコミ で報道されるたびに「犯人」にたいして極端なバッシングが起きるのも、 「空気を読め!」という無言のプレッシャーが生じるのも、携帯を使ったいじめ が起きるのも、「世間」という同調圧力のなせるわざ。「お世話さまです」 「おかげさまで」といった物言いにさりげなく顔をのぞかせ、いじめ・うつ病 ・自殺の引き金にもなる「世間」。バブル崩壊以降とみに暴走しはじめた 「世間」の危ない構造にメスを入れる長編評論> ~~ ~~森林(現役)の生活からサバンナ(御隠居)へ、住居を移動したことで、 見えていた世界が様変わりをした。社会から、世間への移動?それとも、逆? いずれにしても、ますます、独善になっていく自分がいる。 世間的強制力に アタフタするのは、やはり個人が確立してないため。 実は社会も、世間も共同幻想でしかない。そう思えば楽だが、それが比較的 楽に出来るのが御隠居の身分。 ーその辺りからー ≪ 社会も個人もいない「世間」のなかで、「世間」的強制力をともなって、 個人に責任を押しつける「自己責任」や「心理主義」が強調された場合、 「世間」はますます住みにくくなる。しかし「世間」は、日本人であれば、 生まれたときから取り囲まれ、あるものと親から教えられ、そのなかで生きて きたから、それを意識的に取りだすのがとてつもなくむずかしい。 これに加えて、「世間」は具体的なものではなく、ある種の共同幻想、つまり 人々のアタマに宿る観念である。人によって「世間」は広かったり、狭かったり するが、それは「世間」とは関係そのもののことであって、本質的には人間の アタマに宿る共同幻想だだから。共同幻想とは、複数の人間に宿す観念である。 厳密にいえば二人の間だけでは、共同幻想とはいえない。たとえば恋愛関係 などのように、二人の対になる関係においては、世間は存在しない。 この二人の関係を、思想家の吉本隆明さんにならって「対幻想」とよんで おくことにする。 「世間」は三人称的な関係で、三人以上の人間が共同して生みだす幻想。 なぜかといえば、「世間のオキテ」といったようなルールや規範が存在する ためには三人以上の人間を必要とするからだ。「世間」は幻想であるから、 ないと思えば、ない。「世間のオキテ」も、ないと思えば、ない。げんに外国 で生まれ、日本に住んでまだ間がない外国人には、「世間」も「世間のオキテ」 も間違いなく、ない。だから原則として外国人は、「世間」には入っていない。 かなり長く日本に住んでいる外国人でも、日本の「世間」のなかに入ることが できるのは、まれである。外国人が「日本人はとっても親切だ」というのは、 かれらがはじめから「世間」に入っておらず、そもそも「世間」の外にいる 「お客さん」であるから、親切にされるにすぎないのだ。 問題なのは、 「世間」が具体的なものではなく、共同幻想であるがゆえに、それを否定 するのが相当にむずかしいということである。具体的なものなら、捨てるか、 近づかないようにすればいいが、共同幻想は観念そのもののことだから、 そうはゆかない。簡単に捨てることができないし、そのなかで生活している 以上、近づかないでいるわけにもゆかない。だからこそ、「世間」の存在は なかなか意識化できないのだ。しかし、これを意識化する方法がある。 それが、「世間学的エポケー」である。・・・≫ ▼「あの老人、一度も恋をしたことが無いんだって!現実に溺れすぎて」 という強烈な言葉がある。共同幻想の前の「対幻想」の幻想である。 その共同幻想も、何も考えもせず、ただ、成り行きで染められた幻想で しかない。Uターンで地元に帰った時に感じたのが、城下町という特殊の世界。 専門が社会学だったことと、10年間の外界経験から、これが特殊ということ が分かっていた。で、アウトサイダーに徹し、そして、事業場を新潟にした。 これが「世間学的エポケー」これも事業設計、人生設計の一つ。 予め世間を特殊世界と割切って捨てれば、これほど楽なことはない。一般的 には御隠居になって気づくが、気づかないままが殆ど!あのゾンビの群れ。 ・・・・・・・ 4616, 君は1万円札を破れるか? ー4 2013年11月05日(火) ー君は1万円札を破れるか? 〜お金の洗脳を解くと収入が倍増するー 苫米地英人 (著)ー * 年収は人の価値判断の基準になるのか? 森の生活(経済社会)から退いて、サバンナ(隠居生活)に出て 気づいたことは、これまで、「人の判断基準に、手持ちの資産と、年収を 価値基準にしていたこと」である。資本主義社会の洗脳である。 「格差社会」「勝ち組・負け組」の言葉の背景に資本主義社会の価値観がある。 それも一線を退けば、その比重は低くなる。お金を気にしないで済む収入と、 蓄財が幾らかあれば、それ以上は皆、同じ。森の生活では、稼ぎが、その人の 価値と錯覚をしてしまいがちになる。他人との比較で、その額の差が人間の価値 と錯覚をしてしまう。「お金には絶対的価値がある」「お金はすべてのモノの 価値を規定する物差し」という洗脳が長年かけされ、それを疑おうともしない。 お金で、自分の労働や価値を規定され、振り回されている状態は、宗教に洗脳 された信者と同じ。 著者は、ここで、現代社会における「価値」を 「物理空間における価値」と「情報空間における価値」と分ける。 物理空間とは、体で触れることができるモノの世界。情報空間とは、脳や心の中 に存在する様々な概念が作る空間。米を例にとると、タイ米と魚沼コシヒカリ。 その価格差は10倍近いが、物理的な味と栄養は、せいぜい二倍? あるかなしか。「美味しい」という感じ方はそれぞれ違い、何倍美味しいとの 数字化は不可能。タイ米と魚沼コシヒカリと表示されなければ、値段の差だけ の価値を感じることはできない。ブランドものはバーチャルバリュー が、その価値を高めている。年収も財産も同じで、ある金額以上になると大して 変わらない? いや2千万と、2百万の年収では生活の快適さは違う? 貧すれば鈍するし、豊かさには幸運の機会を多く集まる。年収が多いに越した ことはない。貧しさは、人間性を卑屈にする。問題は、年収が「絶対的」では ない、ということ。タイ米なら、タイ米にあう調理をすればよい。 考え方である。「資本主義社会の洗脳」の自分を一度突き放し、冷笑し、 卑屈にも、のぼせ上がらないこと。所詮は、娑婆のこと。それを自覚し、 超越するために、ライフワークを持つこと、それが教養につながる。 多趣味か、一つの趣味を深く追求するかと、年収が多少の差とを類推すれば、 理解しやすい。= 偶然、7年前に、同じようなテーマの読書日記があった。 〜〜〜 2073, 金は人を幸せにするか? 2006年12月06日(水) 才八∋ウ_〆(∀`●) お金に関しては、何度か書いてきたが・・ 先日の書評「金は人を幸せにするか?」は題材として面白い。 毎日新聞の『「豊かさ」の誕生…』=W・バーンスタイン著の書評で、 その内容が紹介されていたが、なかなかよい。建前でいえば、 「お金で幸せが買えるかって?冗談じゃない。幸せは心の問題だろう。 それが金で買えれば、世の中の金持ち全部幸せのはず。 質問そのものがナンセンス」が正論である。 しかし本音のところ、 「金は何でも買うこともできる自由の塊、何で そんな建前をいうのか? そんなことを言えるのは充分ある人のこと。」 と、陰の声がささやく。 「貧乏の極みで家庭は崩壊、借金で高利貸しに追われ、最後は不幸のどん底、 投身自殺を図ったが死に切れず・・・」 これなど不幸のカタチで何処にもあるパターンである。 倒産や失業では金欠が当面の切実の問題になる。 人間の品性は「金欠と女性問題」で露わになる事例を山ほどみてきたので、 間違いなく「金のないのは、人を不幸にする」ということだけは断言できる。 幸せになるのもいるが、それは珍しいから小説の種になる。 私の持論は、「金で8割の幸せは買えるが、あとの2割は金で買えない。 その2割こそ一番大切なことである。しかし8割は買える。 幸せとは、したいことがあり、それをやり遂げた心のさまである。 それは金では確かに買えない部分もあるが、しかし金=自由であるから、 やり遂げる手段としては、最有効になる。」である。 理屈として、 「買えるものは買えるし、買えないものは買えない。買えるものは金があれば こそ買える。金が無ければ‘買えない’範囲が広くなる。そのぶん自由度が 狭くなる。自由は人間にとって非常に大きい幸福の要素である。 自由度を大きくするには、より多く金が有ればよい。生存レベルで必死の人 にとって、{生活手段としての資金の確保から解放されることが幸せである} のは当然のことであり、お金は資金確保からの解放を意味する。 生存レベルの資金確保の束縛から解放された人は逆に、 幸福感が 「生活資金確保の段階」からアップスケールしているのだから、身近な世界の 人との比較や、違うレベルの欲望の達成の幸福感でなくては、幸せなれなくなる。 金が無くなって「お金だけが人生ではないお金は決して人を幸せにはしない」 と、言うに丁度よい言葉の羅列にはなるが。 ・・・・・・ 4241, 閑話小題 ーある居酒屋で 2012年11月05日(月) * 再び不景気の話 先日、TVで成田のホテル事情を放送していた。値段とサービス競争で 少ない客の獲得競争が激烈化している、という。日航ホテルがツイン・ダブル で一人3千円からと、打ち出していた。もちろん飛行場までは無料のシャトル バスが出ている。「訳あり客室」と名うって限定数だが、実は何の問題のない 部屋。最近は格安運賃で早朝出発の客が多いので、格安価格を打ち出すしか ないようだ。そのホテル内にはローソンがあり、お客の殆どが、そこで弁当を 買っている。中国・韓国からの客も激減で死活問題。新潟駅前も厳しかったが、 成田は、そんなものではなさそう。リゾートホテルや温泉街など酷いようだが、 潰れないのは銀行が潰せないため。年の瀬に向かって厳しさが直に伝わる。 ナショナルが二年で1兆5千億の赤字を計上したと報道にあった。 粉飾などしないのがナショナルの良さだが、スマートフォンと、タブレット PCに、テレビ、デジカメ、パソコン、電話、書籍、ナビなどが集約され 格安になれば、会社の土台から揺らいで当然。その上に韓国のサム寸や、 中国の家電がシンプルな格安商品を売り出し攻勢をかけている。世界ブランド のナショナル、シャープ、ソニーなどが、会社存続も危ぶまれるなど 数年前までは考えられなかった。 * その上に不景気の話 日経新聞に ≪ 【ソニー、パナソニック、シャープ】3社の5年前 の2007年前半の時価総額16兆円が、2兆円にまで激減、逆に韓国の サムスンは14兆円まで増えている≫と報じていた。今や産業全体が衰退 しており、好調を維持している産業が衰退する事態になりつつある。 それにしてもナショナルが2年で1兆5千億の赤字で、20年分の利益 総額分をとばしたというから酷いもの。株価は暴落でストップ安。 シャープも4000億以上の赤字決算・・ リーマンショックの地震の後の、 日本版大津波の一つの現象。近未来の株式の大暴落より先に、こういう形の 現象が現れてきた。家内がイオン内にあるスポーツジムに通っているが、 「とにかく、変!」と、価格の底抜けが異常と、いう、主婦なら分かっている ことだが。経済に疎い家内が、ことあるごとに、「会社を早々、たたんで 本当に良かった。中小や個人など、やっていけないのが私でも分かる!」と、 いう。先日、久々に殿町で定例の飲み会。何れの店の客の入りは良くない。 十数年ぶりに入った居酒屋、客の入りの割りに、注文した料理が出てこない。 主がイライラしてのがカウンター内から直に伝わってくる。 母親とパートのような二人の動きが変。二軒目のスナックで何気なく連れが、 「以前いた奥さんが居ない」と話していると、隣の客が、「どうも別れた ようで、二人は母親と姉さん。以前より度々、奥さんを叱責していたが、 あまりに酷い怒りかただった」という。不景気と嫁姑の関係で、居たたまれ なくなったようだ。 客商売の苦労は、売り上げが良ければ、それだけで 解消するが、逆だと相打ち。駅前のチェーンに客は取られるし、この不景気、 飲屋街の居酒屋など直撃している。 何か切ない話だが、これが現実。 ・・・・・・ 3876、閑話小題 2011年11月05日(土) * 五ヶ月前の「次の首相」は誰か?の予測は 「文芸春秋−7月号」を図書館で借りてきたが、そこで68人の識者が次の首相 を予測していた。その中で、9、7,6票と、石破、安部、小沢の順であった。 野田を予測していたのが政治学者の伊藤敦夫だけ。彼は野田を「安定感」と 「バランス感覚」に優れていて、他の候補と比べて、「理」に走る‘民主党臭さ」 がなく、「論破」のタイプではなく、「説得」で物事を進めていくのが、他党 との信頼関係を築く上で、最適であるとしている。その頃でも、安部とか 小沢一郎とかの名を上げている識者が多かったのに驚いてしまう。 野田は、就任してニヶ月だが、今のところ安定した政治運営をしている。 これを読んでみて、識者の予測のいい加減なことに驚いてしまう。現在の日本 は大震災から僅かな時間しか経っておらず、まだまだ非常事態の最中。 まだ実務的能力が優れているのか見極めがつかないが、兎に角、1〜2年で 終わらない政権であって欲しいもの。時代の変化は激しい! * 最近、ちなみに感じること 一年ほど前に、林秀彦著の「9.11・考えない・日本人」の読書日記を 書いていた。この春に大きな人生の節目を経験し、その後も、色いろ考えさせ られることが多くあった。そのプロセスの中で見えてくるのは、この書のとおり、 「大部分の人は全く考えないということ」である。という私も、考えが足ら なかったので、この結末を迎えてしまった。偉そうなことは言えた立場でない。 考えるとは、目的、目標に向かう時、最短距離と、不足しているものを探す プロセス。他にも、目的が無くとも、楽しいと思えることを探すことも、 考えることになる。 林秀彦は、アメリカの戦後占領政策の一環として、 日本人に考えさせない教育をしてきた。 (字数制限のためカット 2015年11月05日)
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2015年11月04日(水)
何時ものようにボ〜っとしていたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」 という格言が浮かんできた。そこで以前、このタイトルのテーマを書いて いたことを思い出した。 HP内検索で調べると、15年近く前であった。 会社整理も、事前の一策、いや10策・20策を長年かけ立てていたため、 最小の打撃で終えることが出来た。考えれば事前にしか出来ないことは、 幾らでもある。楽観だけでは世渡りはできない。最悪の事態の用意を、常日頃 から立てておく必要性をつくづく思い知らされる。事前の策は、最悪の事態を 想定し、シェルター、救命ボート、セフテイー避難口を用意してことである。 これは創業設計からの事前段階に組入れておくか、長年かけた準備をすれば、 さほど難しいことではない。これは、サラリーマンや、二代目には、何のこと やら理解できない。幼児から少年期の両親の倒産の不安話からも学んだ事。 この事業清算で、多くの人たちの視線、視点が滑稽にみえていた。 私の知る限り9割以上が最悪の想定の対処がしてない?のではないか。 それぞれが知っている範囲でしか判断できないことが透けて見えてくる。 当時の私より、推定だが9割以上の中小企業の万一の備えが悪いことを 知らないで、「他人の不幸は蜜の味」と他人事と冷笑していたようだ。 両親の倒産・夜逃げ話が、私に取っての子守唄であったことを誰も知りうる はずはない。他人の隠された経験を推し量れないのは、自分自身にも当て はまることを「合せ鏡」として知るに絶好であった。何事も、自分の分厚い 様ざまの色のサングラスを通してしか理解できないことが自覚できてない。 何事も、一に準備、二に準備、三に準備が必要である。 人生においての 準備は、ベースとなる教養である。他人様の教養度は、少しの接触では計れ ない。その段差が大きいと、浅い人からは皆目、知る由がない。 あれから4年半、あと半年で5年(私にとって)の喪があける。 あの結果が、私の人生にとってベストと思えるかどうか? どのみち同じことか! 人生は絶妙に出来ている。 「事前の愚作は事後の百策をフイにする」というところか、人生は! ――― 2002/01/16 事前の一策は事後の百策に勝る
生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。 これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。
ビル計画の場合、出来上がった後「こうしておけばよかった、 ああしておけばよかった」ということが出てきても、その 修正に莫大の費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもない と仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。
これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。 それをどこまでやれたかが、10年〜20年後に結果として出てくる。 宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して、 建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をするという。
以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。 事前の一策を練る事といえる。 一般にみていると、「事前の一策の戦略ミス」を「事後の戦術でカバーして いるプロセスを踏んでいる」ケースが多い。本人はその意識もないレベルだが。 他人事でないか?事前の一策をどう打つか、立てるかがポイントになってくる。
それでは「それを十分に立てることが可能か?」もちろん「可能」である。 十分な情報収集とその分析に、時間とエネルギーをかけることである。 過去の自分の失敗事例と成功事例を振り返ると、ここに行き着く! 準備とは集中の要である。準備とはなんに集中するかを、 とことん突き詰める事だ。
計画中断も一策かもしれない。根本から数回やり直すことも、 必要だったらやるべきだ。やる前ならどうとでも修正できる。
結婚もそれがいえるかもしれない。以前は「足入れ婚」があったという。 数年住んだあとで、籍を入れる、ああそうか今は同棲という形か! ・・・・・・ 4982,瞬間説得 ー3 2014年11月04日(火) 「瞬間説得ーその気にさせる究極の方法」ケヴィン・ダットン著 * 美人であることが、瞬間説得になる! 「美人は本当に得か?」という研究を社会心理学者がしたところ、 その答えは、「本当」である。今さらで驚くべきことでないが、 女性にとっては大問題。 ーその辺りを要約するとー ・署名活動で、美人の方が普通の人より格段に多く集めるし、 ・美人のボランティアが立っている慈善街頭募金は、圧倒的に金額が多いし、 ・裁判でも、容姿の魅力が効果をあげ量刑が軽くなっているという。 ・アメリカの大学の実験で、男子大学生に事前に被験者の細かい情報に加え、 美人と、そうでない人の写真を混ぜておくと、事前の10分間の電話打合せ では、魅力度で、対応に明らかな変化をもたらす結果だった。 ・もっと露骨な調査があった。排卵期、月経期、その他のグループの3つに 分けて、どのグループの女性が、持てたかというのもある。もちろん、 子供ができる可能性が高い排卵期の女性で、フェロモンが出ていたため? ーこのジョークが、まさに瞬間説得である。 《 交通警察官が、スピード違反でバイクの男をつかまえた。 「違反切符を切れないような、納得できる理由があればいってくれ」と警官。 「それがさ。先週、女房がおたくの警官と駆け落ちをしたんだ。それが、 パトカーを見たとたん、彼女を帰しにきたかと思って逃げたんだよ」》 身近なペットを見ても、それぞれの方法で飼主への瞬間説得を身につける。 ペットのインコは、鳴き声と、止り木での回転と、視線で瞬間説得をしている。 アイコンタクトも、女性の流し目も同じ。「目は口ほどにモノを言い」である。 TVのスポットCMも、15〜20秒の瞬間説得になる。特に、女性への コンプレックスCM(化粧品、ヤセ薬、装飾品)が巧妙で見ていて面白い。 香水は、瞬間説得の最たるもの。 それと褒め言葉も。 ・・・・・・ 4615, 閑話小題 ー愛すればそっくり 2013年11月04日(月) * 愛すればそっくり 30年間、ウォーキングとポタリングを続けてきた中、犬の散歩と行き あってきたが、何故か犬と飼い主の姿と顔が似ている。TV番組で、その レポートをしていたが、学者まで出て分析をしていた。犬と飼い主の写真を 左右において、ペア当てをしたところ、7割が一致。そこで、目だけを両者 切り取ってペア当てをさせたところ、やはり7割が一致。同じ環境で、 似たようなものを食べていれば似てくるのか? しかし飼った年月が長い ほど似てくるか? といえば、そうでない。そこで「自分に似た犬を無意識に 選定する」という説がクローズアップ。同じ環境と、互の性格が同化する説が 尤もらしい。 似た者夫婦というが、同じ? 犬は上下が明確だが、夫婦は 対等?で、愛憎相まり!正反対の顔になっていくケースが多い? * シネマ『スティーブ・ジョブズ』 シネマで『スティーブ・ジョブズ』をみてきた。ーシネマのブログにはー 【 常に既成の枠組みを打ち破り、理想を求め続けたスティーブ・ジョブズ。 人と違う考え方を貫き、周りの人全てを敵に回した<反逆児>が、どうやって、 世界中の人に愛されるデバイスを創ったのか。 シリコンバレーの寵児と 呼ばれながらも繰り返される成功と挫折の狭間で、彼は何を考え、何を想った のか―。1970年代、友人たちと共に自宅ガレージからスタートしたアップル ・コンピューター。 その類稀なる創造力により、文字通り“世界を変えた” 天才の半生を描いた大注目作。】 ▼ ジョブスに関するドキュメントは、幾つかTVで取り扱われており、 シネマは、それらを忠実に物語化。その中で、ジョブスが、マイクロソフト のビル・ゲイツ氏に電話越しに怒鳴りつける場面が圧巻。ジョブスは 「絵文字をモニター画面上に表したりマッピングの概念」をゼロックスから 盗み、そのアップルからゲイツが盗作したのである。 《 画面をスクロールするために「ボタン」をかたどった部品の絵を使ったり して、PCを直感的に、しかも簡単に操作できるようにしたウィンドウズは、 これらの経緯で出来ている 》ということ。 映画では、ガレージでアップルを興した20代初めから、晩年までの約30年間 のジョブズ氏の人生のストーリ。まず学生時代に、友人たちと自宅のガレージ でアップルを設立するところからスタート。4年で株式を上場させ富と名声を 手にするも、目に余る傍若無人ぶりで「君自身がアップルの敵だ」と役員の 全員一致で解任されてしまったジョブズ氏が、それでも夢を諦めずピンチに 陥ったアップルに立ち戻って「アップルをもう一度クールに」と大胆かつ 斬新なビジョンを実現していく。そのキッカケが、iPodである。 そしてiPhone・iPadにつながっていく。ウィンドウズも元といえば、ジョブス。 ジョブス、ゲイツは、明らかに歴史を変えた人物として残る。 〜評価85点 ・・・・・・ 4240, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー13 2012年11月04日(日) * 駅伝のルーツとは ー「ルーツ大全」インフォペディア編より 今日、大学選抜の駅伝が行われるが、駅伝のルーツが、この本にあった。 飛脚がルーツという感があったが、なるほど、色いろな経緯があった。 箱根駅伝もTV中継をするようになってから爆発的にファンが増えた。 −まずは、その辺りを抜粋する。 ≪選手がリレーして走る、いわばロード・リレー・レースである駅伝は、 日本発祥のスポーツである。最初に駅伝が行なわれたのは、1917(大正六)年 のことだ。この年は、京都から東京へ首都が移ってからちょうど50年目にあたる。 当時の有名企業は、こぞって50周年の記念行事を計画し、駅伝はそうした企画の なかの一つとして、考案されたものだった。駅伝を発案したのは、当時はまだ 朝日新聞や毎日新聞の後塵を拝していた読売新聞の青年社員。彼は、京都の 三条大橋から東京の上野を結んで、昔の飛脚のように東海道五十三次をマラソン リレーする斬新なアイデアを考え出した。「駅伝」という名前はこの時考え 出された。鉄道の駅に立ち寄るわけでもないのに、なぜ駅伝という名前が つけられたのだろうか。これは、古代の「駅伝制度」にちなんでいる。 古くは飛鳥時代から、日本の主な街道には、急ぎの使老が乗り継ぐための 馬を配した「駅馬」「伝馬」が置かれていた。選手たちが次々に走り継いで いく様子をこれになぞらえ「駅伝」と名づけたのだ。この日本初の駅伝は、 関東組、関西組のニチームで争われ、選手たちは三日間昼夜を徹して東海道を 走り抜いた。沿道は世紀の大勝負に大観衆が熱狂して声援を送り、最後は 関東組の勝利に終わった。この駅伝大会が成功したため、三年後は東京と箱根 を往復する駅伝大会が始めている。これが現在の箱根駅伝。最近では海外でも 駅伝が行なわれている。日本が生んだ競技が、世界に広がりつつある。≫ ▼ 駅伝は順調でもチームの一人が倒れれば、それで終わりとう危険がある。 だから、見ている分には面白い。倒れた人は、それで一生の傷を負う。 甲子園の野球に、似たところがあって、そのドラマは残酷でさえある。 ・・・・・・・ 3875, ギリシャ危機の実態とは? −2 2011年11月04日(金) * 呆れたギリシャと、日本 ギリシャが支援を受けるには借金を減らすため政府予算をきりつめなければ ならず、国民の反発が強い。否決されれば、欧州の解決策が白紙に戻る。 そのジレンマの中で、何と国民投票をギリシャ首相が表明したとニュースに あった。いずれ破綻をするのなら、一度破綻させ、ギリシャをEUから 外せばよい。一つ間違えると、世界は恐慌。いや、既に瀬戸際に立っている。 本来は10月に起こって不思議でない恐慌が、少し延びているだけ。 まず、その記事の一部をコピーから・・・ 【 欧州の政府債務(借金)問題への懸念が再燃し、株安やユーロ安を引き 起こした。ギリシャがユーロ圏各国による支援策を受け入れるかどうかを 国民投票で決めると発表し、否決されれば欧州問題が解決できなくなるとの 不安が強まった。独仏首脳はギリシャ側と2日に緊急会談を開き、対応を協議。 1日の欧州株式市場では、ドイツの株価指数が一時6%、フランスの株価指数 が一時5%を超える大幅な下落になった。とりわけギリシャ国債を多く持つ 仏金融大手のソシエテ・ジェネラルやBNPパリバなどの株価が大きく落ち込み、 金融機関の経営への懸念が強まっている。その後のニューヨーク株式市場も急落。 大企業で構成するダウ工業株平均は一時、前日終値より約320ドル下落した。 欧州通貨「ユーロ」も売り込まれている。1日午前の東京外国為替市場では一時 1ユーロ=109円台をつけたが、その後は 円高ユーロ安が進み、欧米市場 では106円台になった。】 ▼ 世界の金融関係者は固唾を飲んで見ているが、日本は、他山の石でない から大変である。問題はギリシャだけでなく、他のPIIGSが控えている こと。その上にアメリカも、日本も、そして中国も大きな地雷を抱えている。 各国の指導者の誰も、その解決方法が分らず、成り行きに従うしかないのが現状。 ギリシャの公務員数が、何と人口の10パーセント。日本の公務員数はというと 400万人。国家公務員100万人、地方公務員300万人。多いといっても3%。 話は飛ぶが、日本の公務員は、退職金とか公務員年金を給料に換算すると年に 一千万近くになるという。で、それを掛けると、何と40兆円になる。 国家予算と、地方の予算は別としても、国家予算より多いことになる。 で、国の予算が実収入の三倍。 当然、待っているのは、国家破綻である。 そして韓国がIMFの管理下で血の滲むような、合理化をせざるを得なかった 道が目の前に待っている。同調バイアスと、正常性バイアス、そして他愛主義者 が政権をとっていることもあり、国民は大津波の前の土手で、車に寄りかかって プカプカとタバコを吸っている姿に類推できるのが、現時点。海岸線の危ない人 の話だけでない。 ・・・・・・・ 3510, ユダヤ人の頭脳活性法 ー4 2010年11月04日(木) 「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著) * 全身学習法 子供が六歳でへゲルとよばれる寺小屋に通い始めると、まず文字を指で 押さえながら朗読することを教える。つまり、目で文字を追い、指で押さえ、 口で朗読し、耳で聞くわけである。人にとっていちばん記憶しやすいのが、 自分の声。次は胎内入る時から聞いている母親の声。母親の語る童話や 寝物語は、人間の知性の発育に大きく影響。ユダヤ人は、これに加えて、 身体を前後に揺らしながら読みます。つまり全身を使って読むわけである。 我われは本を持って部屋をウロウロしながら小さな声を出して読むのが一番 効果があることになる。座って前後に身体を揺らせながら読んでもよいが。 こういう時、速読は駄目で、ゆっくりと一行ずつ幾度も音読を繰り返し、 文章の余韻を味わってみることである。 それと、考えと思いを書き出す ことも重要。自分が心の中で思っていることと、自分が理知的に考えている 間には、大きな段差がある。自分自身に対して中途半端に妥協せず、自分が 納得するまで、とことん吟味し選び抜き、自分が納得できる表現の文章に 組み立ててみることである。 解)そういえば、鳩山兄弟の勉強法に「部屋の黒板に書きながら 解をしていく」とあったが、これも身体全体を使っている。 *「模写する力」を身につける ー「書き写す」、「真似る」そこから自然とオリジナリティーも育ってくる 書くということは、自分の考えを綴るだけでなく、他人の名文を書き写す ことからも学ぶ点が多い。名文というものは、日本語の韻律に優れている だけでなく、仮名と漢字の使い分けや、そのつなぎの妙、そして仮名と 漢字の織り成す音韻の点でも優れている。受験生などに有効な、もう一つの 方法は「筆写」。試験問題も、設問も、全部二・三度書き写してみる。 そうすると出題者の意図が試験問題全体から伝わってくる。もう一つ、 「写生」である。写生は見えているものを描こうとすることです。 紙の空白の何処のスペースの置くか、何を訴えて描こうとするか ー奥行きが深いもの。それが上手く出来るかどうかは、全体の構図の取り方 にかかる。 「デッサン」も、誰もが実践可能な頭脳活性法である。 デッサンはフランス語で「下絵」のこと。 鉛筆や木炭、単色の画材だけを 使って対象物を書く素描のこと。対象物をその輪郭、白黒の濃淡、陰影、 線の太さ、細さなど、単純な要素で表現するもの。それだけ、描き手の目の 鋭さと腕の確かさが一目瞭然になる。自分でデッサンできないなら、 模倣と模写から始めることだ。欧米の美術館に行くと、巨匠の画家の作品の 前で終日、模写をしている若い人を見かける。 〜〜 真似る、書く、書き写すことが基本のようだ。それも繰り返し、続けること。
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