堀井On-Line



5316,閑話小題 〜本を読まないのはケダモノと同じ

2015年10月04日(日)

      藤原正彦・レポート〜「読書と教養」が国民の大局観を育てる〜
  * 読書と教養が大局観を育てる
 読書をしない人は、直ぐに分かる。これだけは、隠しようがない。
今でも遅くない、学歴、血筋とは関係なく本だけは読まないと! 
 ここで、その読書と教養の必要性を、鋭く簡潔にまとめている。 
≪ 教養を、積極的に身につけていくにはどうすればいいか。
 もちろん、実体験を重ねることは非常に大切です。様々な人間と会い、
話をして、恋をしたり、裏切られたり、騙されたり、喧嘩をしたり、悲しい
別れにあったり、そういった体験すべてが教養になる。それが、後々の選択や
判断にあたって効いてくる。ただ、やはり実体験で得られるものは限られます。
1人の人が一生の間に関わることができる人間の数は限界があります。
ましてや、深く意思疎通をすることができるのは、その中でも一握りだけ。
そうすると、実体験による教養というのは、非常に重要だけれども、
限られたものにならざるを得ない。
 その点、読書を通してなら、古今東西の賢人の言葉に耳を傾ることができます。
あるいは、庶民の哀歓に涙すること、もできる。金持ちの驕り、貧しい人々の
苦しみに触れることもできる。美しいものに感動することもできる。
ありとあらゆる経験をなぞることができるのです。しかも、本には、誰かが
考えた「思考の形」が、まるごと詰まっています。普通の人がふだん喋る話は、
たいてい筋も順序もめちゃくちゃです。でも、本は、どんな本であれ、著者が
読者を説得するために必死になって書いていて、ちゃんと構造というものを
持っている。それを読むと、なるほどへ脳ミソの回転、論理の展開、とは、
こういうふうにするのだということを会得できる。物事をきちんと体系化する
能力、構造を分析する能力が身につくのです。 ・・(略)
 うちの女房の祖父は、今の愛知教育大学の前身の岡崎師範の教頭や時習館
高校の校長をつとめた教育者ですが、彼はいつもこう言っていたそうです。
「1日1ぺージでもいいから、必ず本を読んで寝なさい。1ページも読まないで
寝るのは、けだものと同じだ。けだものと人間との違いは、1ページでも
いいから、本を読むことだ」と。
 だから彼の子どもたちは、寝る前に2〜3へージでも本を読んで、寝ていた
そうです。この教育の効果は絶大で、そうやって育った子どもたちは、皆、
一角の人物になっています。'本を読まない人間というのは、けだものと同じ。
だからこそ、これからの子どもたちにどうやって本を読ませるようにするか、
真剣に考えなければなりません。
 例えば、齋藤孝氏の言うように、小中学校の通信簿の国語に、「読書」
という欄をつけ加えるのもいいでしょう。そうすれは、多くの親が率先
して本を読ませるようになる。子どもの頃に本の面白さに触れれば、
本が好きになる。独創的で素晴らしいアイデアです。
 私が考えるのは、東大の入試で読書を課すという方法です。
例えば定員の1・2倍までは学力一本で判断し、そのあと、定員の1倍まで
しぼる過程では、読書を中心に面接する。入試の3年以上前に課題図書を
100冊くらい挙げて、それについていろいろ聞くのです。そうすれば
きっと、学生は目の色を変えて読むようになるでしょう。東大がやれば、
ほかの国立大学や私立大学も真似をする。そうすると、子どもの時から本
を読むようになるし、読む習悩さえつけば、面白さが段々とわかってくる。
もちろん、「朝の読書」運動が成功したように、他にも方法はいろいろ
あると思います。若い頃に読んだ本というのは、とりわけ感激するものです。
そうした読書体験が失われることのないように、今こそ大局観をもって
この国の出版文化を守っていかなければなりません。≫
▼ 読書の積み重ねのないのは、年を重ねると表立ってくる。
 特に 青年期に読書習慣を身に着けておかないと。しかし、実際は10歳。
とすると、受験に追われ、大学から本気になって読書を始めた私は20年近く
遅かったことになる。その弊害が、今でも続いている。子供の頃から、母親が
常日頃から読書の必要性を説いていたが、その割りに読書をしてこなかった
のは私の素養の低さである。しかし、現在でも、吸い取り紙のように、知識が
入ってくるのは、長年の読書習慣の効果もある。いや、知的余白が有余って
いるためか。これは余白という言葉自体が間違っている! 空即是色である。
・・・・・・
2050年の世界 ー13   
2014年10月04日(土)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
            〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   * 第十二章 グローバリゼーションとアジアの世紀 ーのまとめ
・『エコノミスト』誌グループのシンクタンクであるエコノミスト・インテリ
 ジェンス。ユニットは、今後の世界経済をおおまかにいって三つのシナリオ
に分けており、そのうちのひとつ、コントロールされたグローバリゼーション
の状態で進むと考えている。リーマンショックや欧州危機などによって、
市場主義に対する警戒から政府は一定の規制をグローバル化に対して課して
くるが、市場は開かれている状態だ。
・"後戻りするグローバリゼーション"というシナリオでは、不穏な空気の
中で保護主義の気運が高まると見ている。先進世界の大半で、経済の弱体化と
高失業率が不安を生み、保護主義をあおる。これにより、"コントロールされた
グローバリゼーション"という基本予想と比べると、2010年から2030年の世界
の年間成長率は数パーセント削られ、この期間全体では世界の生産高が大きく
落ち込むことになる。
・シナリオの三つ目、"凋落したグローバリゼーション"は、1914年から1945年
の縮小の時代に似ている(グローバリゼーションに背を向ける)。もしこれが
ふたたび起こると、成長に悲惨な結果をもたらすだろう。世界の成長率は年率
約1%にまで低下し、ひいては世界全体のひとりあたりの所得も減少する。
 最も大きな打撃を被るのは新興市場、なかでも最貧国だろう。
・一番蓋然性の高い最初のシナリオで考えると、最も重要な地位を世界経済で
占めでくるのはアジアの経済で、2050年には、半分がアジア経済となる。
・しかし、その中で日本は相対的に、急速にプレゼンスを失っていく。
2010年には、世界経済の5・8パーセントを占めていた日本のGDPは、2030年には、
3・4パーセントになり、2050年には、1・9パーセントになる。経済成長の
スピードも西ヨーロッパを下回り、今後40年を通して、1・1〜1・2パーセント
で推移する。その結果、2010年には、アメリカの七割あった日本のGDPは、
2050年には相対的に58・3パーセントまで低下する。
・今後40年間にひとりあたり実質GDPが最も大きく成長するのはアジアの
発展途上国(4・7パーセント)で、サハラ以南のアフリカ諸国(4・4パーセント)、
中東と北アフリカ(3・9パーセント)がこれに続く。ラテンアメリカ(3・3パー)と
東ヨーロッパ(3・2パーセント)は、新興市場地域の中で最も速く成長する国々
に後れをとる。
▼ 「アジアの人口は現在6割を占めているので、平均に近づくだけ」
 ということができる。それにしても、日本の見通しは悪い。2010年には、
世界経済の5・8パーセントの日本のGDPは、2030年、3・4パーセント、2050年
には、1・9パーセントというから、惨憺たるもの。若者が将来に夢がもてない
のも理解できる。今までが良すぎたと割り切れない問題である。アジア開発銀行
のアジア経済を展望する報告では、中国やインドが順調に成長を続けた場合、
 GDPに占めるアジアの割合は現在の27%から52%へ。中国は20%、インドは
16%。日本は現在の約9%から3%程度に低下するが、アジアの需要を取り込み、
1人あたりGDPは3万ドルから8万ドルに増えると予測している。それも
これも、あくまで予測。3万ドルの半分と思ってしまうのは、悲観的すぎるか!
・・・・・・
4209, アラン 幸福論
2012年10月04日(木)
           『アラン 幸福論』 合田正人著
 アランといえば幸福論で、まず思いつく人。幸福論と言えば、スイスの
ヒルティ、イギリスのラッセル、アランの幸福論など「世界三大幸福論」。
アランのそれは93の断章からなっていて、かみくだいた、「幸福小咄」
「幸福のコラム」といった軽いもの。とはいえ、ちゃん哲学に関するもの。
かれの幸福論は、観念論というより、あくまで日常生活に立脚して
幸福への指標を導き出した文学的にも優れたものとして読まれてきた。
アランは、「人は誰にでも幸福になれる」そして「人生の主役になれ」、
そのために「ダンスのように人と付き合え」、
最後に「幸福になることは義務である」と断言している。 
  ーここで紹介されている断章の一部よりー  〔 解)は、私の主観 〕
・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。
という言葉のとおり、「哲学は、生についての省察である」という立場から、
幸福は誰かに与えられるものではなく、「自らの意志と行動によって
つくりだすもの」であると説いた。
・不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていれば
いいのだ。人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。」 
      解)王子のようにただ待っているだけの人が何と多いことか。
  待つだけでなく、不平不満を言い、人のせいにする大多数のように。
・自分で自分を不幸にし、その不幸を伝染、増大させていく人々こそが
本物の不幸をもっと不幸にしていく」 解)正反対もいえる。
・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。
                 解)だから人生は意思の格闘技である。
・快楽を抑制したから人間は幸福になるのではなくて、幸福であるから
快楽を抑制することができる。 解)金持ち、喧嘩せず。
・喜びは行動とともにやってくる。 解)行動の行は決心、判断の意味がある。
 自分の勘を信じて行動をし続けよ、ということ。
・幸福は自分の手作りである。解)時間をかけ、ライフワークを続けることか。
・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。 解)自嘲も笑いか?
・未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である。 
        解)おもしろそう!楽しそう!と思うことから何事も始まる。
・悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。 
      解)意志が濁ると意地になる。楽観6の悲観4の割合が丁度よい?
▼ アレンではないが、「幸福になる五ヶ条」が目前のパソコンに貼ってある。
「一、今日一日、親切にしようと思う」
「一、今日一日、明るく朗らかにいようと思う」
「一、今日一日、謙虚にしようと思う」
「一、今日一日、素直になろうと思う」
「一、今日一日、感謝をしよと思う」である。
                  これがいざ実行となると難しい。
・・・・・・
3844, 正常性バイアスと同調バイアス
2011年10月04日(火)
 日曜日のNHKスペシャルで「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」
が凄い!と家内から聞き、録画を見ることにした。 その内容は、
≪「津波が来るかもしれない」という時、人は何を考えどう行動し、
 何が生死を分けるのか。≫ が テーマ。
ここで正常性バイアスと同調バイアスが、多くの犠牲者を出してしまった
ケースを炙り出していた。そこでネット辞書で調べると
【 正常バイアスとは、外界の強烈すぎる刺激に対して、理知的動物がそれを
 心理で抑制して、慌てないようにしてしまうこと。当然、日常性を保護する
ために必要な措置だが、度が過ぎると「本当の危険」に対しても、「煙はやがて
収まるだろう」とか「今の地震が全てで予震などではなく、もっと大きな地震
などやってこない」とか、暴風雨被害や津波、テロ等々あらゆる事態に対して、
緩い判断をしてしまいかねない。現代は謎を駆逐した明るい社会である。が、
そのために殆ど無感覚者と化し、まさにこれが原因で被害が甚大化している。】
とある。また同調バイアスは、
【大災害のとき、人は大多数の人と同じ行動をとる(ことで判断を誤る)】
▼ ここで、「いざとなった時の人間の判断は、鈍い」ことを浮き彫りにする。 
 そこで気づいたことは、この千年に一度の大地震と津波を察知して直ぐに
逃げる判断は、一般的に難しいという事実である。この大津波から連想される
のが、リーマンショック。これは数百年に一度の経済大震災であり、その本格的
大津波=大恐慌が今年から数年かけて、世界中を大混乱に陥れる大惨事の震災。
その影響は、まずG8の中で一番弱体化している日本の地方にやってきている。 
それが、次に欧米の株式の大暴落がくるのは必定。 日本の大多数の中小企業
と鈍い大衆には、それが他山の石としてしか見えてない。 地球規模の大津波
(ハイパーインフレ)が目先に来ているのが現実とし受けとめることが出来ない。 
何故か? 正常性バイアスと同調バイアスが働いているからだ。
その先取りしてしまったこともあり、それがよく見える。 思わず耳を疑う言動
に唖然とすることしばしば。「御前のところは低地だが、自分のところは上
(業績の見通しは悪くない)、偉そうなことを言っているが、その様は!」と。 
私から見れば「 それは数年の時差でしかない、数キロ先に過ってなかった
大津波が来ているのに、当方の崩壊の立ち話をしているだけ」という単純な
視線が冴えてくる。 色いろなシェルターや近くに裏山があるから、大丈夫の
ようだが・・人は人の智慧がある? 轟音をたてて、そこに来ている事実を、
「正常バイアス」と、鈍い連中間の「同調バイアス」が、動物的直感を狂わす。
 ドルとユーロの暴落は2年ほど前から始っていて、まだ下落の道半ば。 
株式の暴落も始まっている。 リーマンショックの上に半年前の東北大震災。 
この費用は増税で賄うしかない。 その各家庭の預金は、回りまわって、
アメリカ国債と日本国債にいっている。それも暴落することになる。 
ギリシャ国民の、あの鈍感さは察知しても、自国になると!  
偶然だが、以下に、日本の近い将来を暗示する内容が取り上げてある。
韓国ドラマが受けるのも分かる。 以下の状態を経験する以前に、
隣はカルト国家がある。
  ・・・・・・・・
3479, 15年前の韓国・国家破綻のすざましさ! −2
2010年10月04日(月)
 昨日の「韓国・国家破綻のすざましさ」の実態のレポートの続きである。
日本も「失われた20年」と言われているが、その間に韓国では「国家財政破綻」
の中で 国家リストラが断行されていた。日本も小泉・竹中コンビが金融再編成
で大鉈を振るい、また自民党を破壊。しかし政権与党の民主党には政策理念が
見えてこない。  ―まずは、昨日の続きの要点であるー
・IMFの改革を通してそれまでの古い柵が消え、経済が自由化されアメリカ
ナイズされたことで、韓国は大きく変わった。それまであった終身雇用が崩壊し、
年齢よりも能力が重視されるようになリ、社長でも経営がうまくいかないと
株主にクビにされる。現在、韓国では四十五歳定年が定着しているが、これも
経済破綻が起点となっている。ベンチャーも盛んになり、三十代、四十代の社長
が数多く出てきている。 国全体が破壊から再生に立ち上がろうとしている。
・国が経済破綻すると、庶民の資産はどうなるのだろうか。 破綻と同時に
起きたのが、金利の急上昇。破綻前は13%だった住宅ローン金利が、いきなり
二倍以上の27パーセントまで上がった。このため、マイホーム購入の契約が
次々と破棄され、新築社宅の売れ行きが急激に落ち、同時に価格も下がった。
すでにローンを組んでマイホームを購入していた人は、支払い額が急激に増えた。
当時、韓国ではほとんどの人が住宅ローンを変動金利で借りていたので、
金利が二倍になった途端に払えなくなり、延滞者も急増。この延滞利息が、
なんと六〇%。とても払えず家を手放し、親元などに身を寄せる人が激増した。
・株価は四分の一。預金金利が暴騰し31パーセントになった。
ちなみに物価は経済破綻をしても、それほど上がらなかった。
▼ 以上だが、日本の失われた20年も異常だったが、国家破綻の韓国の惨状
 には驚きである。現在はアメリカナイズされた国に変身しているが、その間、
日本は長期不況でただ、立ちすくんでいるだけ。 今後10年、韓国に近い惨状
は覚悟すべきである。日本の地方は既に恐慌の様相を示している。
残る関東と東海地区も、リーマンショックで、それぞれ原爆が落とされた状態。
 今のところエコ・ポイント制度などのカンフル剤で持たせているが、これも
今年の暮あたりで終了。既に暗雲が漂い始めてきた。 金利が暴騰したら
日本経済は即死になる。とはいえ、ハイパーインフレとは、そういうもの。
 ・・・・・・・・
3104, 返済猶予法案の成立から見えてくること! −3
2009年10月04日(日)
 昨日の朝のモーニングショーに亀井静香が出演、TV側の評論家と
「返済猶予法案」の是非について議論をしていた。亀井節で、この評論家を
根こそぎ否定していたが、コメンテーターの無知が露出した漫画的な内容。
都会のマスコミの世界の中から一歩も出たことのない連中の浅はかさが、
あまりに酷い。亀井節でバカ・チョンと罵倒されていたが、されて当然。
 何を言っても議論にならないレベル。最後は、「この程度のしか
コメンテーターはいないのか、この局は」と適切な御言葉で切り捨てていた。
まあまあ?の肩書きを持っていながら、論理形成ができないとは。 
生の現実に接してないからである。参考のために、そのコメンテーターは、
岩井奉信(日本大学法学部教授) 奥野史子(スポーツコメンテーター)
高橋進(日本総合研究所 副理事長) 森本敏(海外事情研究所所長)。
 (字数制限のためカット10年10月4日)
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2739, 何故、こんなに多くのバブルを経験するのか?
2008年10月04日(土)
「資本主義は嫌いですか ―それでもマネーは世界を動かす 」−1  
                     竹森 俊平 (著)
この本は私の知人からメールで「面白い本がある」と紹介され早速買って
読んだが、成るほど面白い!世界恐慌の様相を示してきている米国発の
金融システム崩壊の原因は住宅バブルの崩壊によるもの。 
そのバブルが何故起きるかを解りやすく書いてあった。
  ーまずは、その部分からー
なぜ、われわれは、こんなに数多くのバブルを経験するのだろうか。
その結論を要約すれば、「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を
維持するために、経済システムの「自動制御装置」が働いた結果であった。
高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(とくに金融機関)や政府が、
さまざまな手段を動員して高成長の維持を図る。 そのことが繰り返され、
結果としてバブルが生まれた。あまりにも単純なルールに従って動く「
自動制御装置」は、システムの安定をもたらさないこともある。特定の要因
だけを重視して制御する結果、制御されない他の要因によって、かえって
システムの安定が乱される可能性があるからだ。今回のサブプライム危機も、
「自動制御装置」が「高い経済成長率」という一つの要因にあまりに重点を
置いてきた結果といえるかもしれない。 「サブブライム危機」を契機に、
今後は「自動制御装置」も根本的に調整し直されるだろう。バブルの発生
に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。
その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済
の成長率は低下する。これが結論。
 −−−−
解)これが現在の金融恐慌の原因のバブル発生のあら筋である。 
バブルの収縮を繰り返しをしながら、経済は動いていく。
 (字数制限のためカット09年10月4日)


5315,投資も人生も長期思考で!

2015年10月03日(土)

     【澤上篤人×出口治明対談=投資も人生も長期思考で!
                           新潮45・3月号】
   * 戦後40年が特別の時代だった
 {戦後からバブル崩壊をするまでの35年間が、地球史上、稀なる高度成長期
にあった。その時代に生まれ出たこと自体が、幸運中の幸運で、現在の長期不況
が当り前と思った方がよい」というのは、充分に実感できる。私の事業立上げが
丁度、天辺だったことになるが、その時は、そのことを知りえようがない。
だから準備期間の15年の方が、実業期間より面白かったのは、右上がりの
経済環境の所為もあったことになる。長期設備投資の事業もあって、長期的
思考を求められたが、見切り時期が最終段階になってからだった。それでも、
表層雪崩の段階で決断したが、甘かったことは間違いない。 〜その辺りより
≪ 出口: 朝起きて、今日も頑張ろう、今日も楽しいなと思っていれば、
 それが最高のライフワークバランスだと思うので。人間にとって何が
 いちばん楽しい人生かといえば、やりたいことをやることです。
澤上: 出口さんが言われたとおり、好きなことをやるのがいちばん面白い。
 今までは日本経済が伸びてきたから、みんな右肩上がりに成長してきた。
 ・・大企業、中企業、小企業、町工場、それぞれが右肩上がりの三角形の
 どこかに乗っかっていた。だから、生きていけたし、落ちこぼれもなかった。
 でもその右肩上がりの三角形はもうないんです。大企業でも潰れるし、
 逆に小さな会社が何回もチャレンジしてのし上がることもある。
出ロ: 二十世紀の後半は、冷戦があったというのがまず大きい。
 世界でいちばん豊かなアメリカが、日本に脛をかじられても怒らなかった。
 僕がサラリーマンだったころ、日本がアメリカの繊維産業を潰したとか、
 次は鉄鋼産業や自動車産業も潰すんじゃないかと。昔だったら戦争です。
 でもアメリヵがなぜ本気で怒らなかったかといえぱ、冷戦という枠組みで、
 日氷の存在が貴重だったから。これはラッキーでした。  ・・・(略)
出口: 高度成長には自分で行動しなくても、みなと同じように働いていれば
 自然に成長するのです。めちゃくちゃ楽ですよ。日本は一九九〇年のバブル
 崩壊まで三十五年間、実質七%成長していました。七%成長というのは、
 十年間で、経済規模が倍になる数字です。給料もそれに近い形で増えます
 から、とんなに幸せなことはないのです。
澤上: それが先ほどから言っている右肩上り三角形です。企業に勤めて、
 真面目に働いて、自分でも頑張っているような気がしている。
 でもよく見てみると三角形に乗っていただけ。その大前提が全部なくなった。
 そうすると一人ひとりが自分で考えて-行動するレかない。でも、それは実は
 経済の原点なんですよ。これだけ幸せな状況が続いたのは日本だけです。
 世界には全く例がない。日本がやっと世界の常識と同じになったんです。
出口: ええ。戦後の日本が特別だというのは、中国の歴史を見ても分かります。
 中国では、平和で成長して、みんなが幸せだった時代を盛世と名付けています。
 漢の文景の治と、唐の貞観の治と開元の治、そして清の康煕帝の時代です。
 四千年の歴史のなかでたった四回しかなくて、しかもそれぞれが平均すると
 二、三十年です。二十年戦争がなくて、経済も良くてというのは、本当に
 世界中を見わたしてもめったにない。だから「あの頃はよかった」とか
 思わずに、戦後は宝くじが五回くらい連続で当たった特別な時代だと思った
 方がいい。今が普通だと。≫
▼ こと人生と、事業の万一の備えは、してきたが、50歳代に、捨身で
 余生30年分を圧縮した生き方をしたのが良かったと実感してる。
両人の言うとおり、奇跡的な良い時代背景に生きてきた。これだけは自分の力
の及ぶ領域でない。この時代に生きただけ充分、結果?何ぞは如何でもよい。
まったく時代背景の豊かさにに鈍いのが多い! で、偶然、以下の文章に続く。
・・・・・・
4950,「嘘みたいな本当の話」
2014年10月03日(金)
  * 「嘘みたいな本当の話」の書き方   
           『嘘みたいな本当の話』 内田樹、高橋源一郎:選者
 この内容に似たテーマの文章を幾つか書いてきた。空中離脱や、ジンバブエの
鉄橋からのバンジージャンプや、意味ある偶然の一致の経験、などなど。
それもあってか、もの足りないが、その軽さと、切口も悪くはない。
≪ 投稿された中での選定の基準のひとつは、「奇妙な後味の残っているもの」
 と、「そういうことってあるよね」感のあるものという。これは随想そのもの
にも言えるが。例えとして、次の古典的なショートショートが良い!
≪「地球最後のの男が、最後に残ったシェルターで、いま死を迎えようとして
いた。すると、ドアをノックする音がした。」 これを選者の内田樹が読んだ
のが、中学校の時で、半世紀も忘れてなかった。そして、いまでも、
「人間とはあらゆる修辞的装飾を剥ぎ取った場合に何ものか」という定義を
試みるとき、この条件設定をしてしまう。それだけこの「奇妙な味」は僕の中に
内面化してしまったことになる。もうひとつ、「そういうことって、あるよね」
と言うのは人間の可能性を押し広げる重要なキーワード。
「成瀬さんて、空中浮揚するらしいよ」「うん、そういうことってあるよね」 
そういう感じで使います。・・ つまり、「奇妙な後味」も「そういうことって、
あるよね」も、どちらも自分が「人間とはこういうものである。世界はこういう
もので成り立っている」とリアルかつクールに考えていることの
「ちょっと外側」を感じさせ、結果的により精密に、かつ奔放に自己観察を
するきっかけになるものだということになる。・・ ≫
▼ ものを考えたり、文章化をする時、この二つの基準が、何が大切かを
 考えさせる。「嘘みたいな本当の話」のネタは、考えれば幾らでもある。
モノゴトをじっくり観察すれば、何事も「嘘みたいな本当の話」になる。
問題は、気づくか気づかないだけ。だから精密に、奔放に観察するしかない。
そこに、奇妙に味わいが出てくる。「本当のような嘘の話」が、小説だが、
その間逆をショートショートで書くのだから、それなりの観察が必要だ。
・・・・・
4583, 2050年の世界 ー12  
2013年10月03日(木)
   「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部(著)
  第十三章 貧富の差は収斂していく ーのまとめーより
・格差は二つの格差を考える必要がある。すなわち、各国間の格差と、
 それぞれの国の中での格差。
・各国間の格差は、一九九〇年代まで開く一方だった。一九世紀の最も富裕な
 十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の六倍にすぎなかったが、二〇世紀
 の最後になると、最も富裕な十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の
 四〇倍を超えるようになった。これは、北米と欧州の経済成長がこの間急激で、
 他の地域が停滞していたからである。
・一九七八年の中国、そして一九九〇年代初期のインドの経済改革の開始が各国
 間の所得格差解消への転機となった。一九九〇年以降、新興経済国の大多数
 がアメリカより急速に成長し、キャッチアップのペースが上がってきている。
・そして今後も、欧米や日本などの国々が高齢化による財政の悪化に苦しみ、
 低成長を余儀なくされることを考えれば、出生率が高く人口の配当が大きい
 アフリカを含む新興経済国との差はますます縮小し、世界的な規模での
 貧富の差は縮小する。
・しかし、一九九〇年代から先進国を中心に起こったのが、国内における
 格差の拡大。アメリカのジ二係数は一九七〇年代中期の○・三一から、
 現在○・三八まで上昇している。ドイツやスウェーデンでも国内の格差は
 広がっている。その理由に共通しているのは富裕層がかってない規模の収入
 を得るようになってきていることだ。
・富裕層の所得が爆発的に増大した理由に、トップ層の職業の収入が
 グローバル化による市場の拡大で増えたこと、そして金融業の異常とも
 いえる肥大化があげられる。
・ただし、こうした国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の途上国の
 経済拡大が起こり、それらの国々に住む人々の所得が増大するので、全体
 としては、世界的な規模で貧富の格差が縮小する。
・全世界の中流階級集団は、現在の五億人未満(世界人口の七%)から、
 二〇三〇年には一一億人超(世界人口の一七%)に膨らみ、二〇五〇年の時点
 でさらに増えているだろう。
▼ 欧米に、それ以外の地域の人々が近づくのはグローバル化の
 プラス面である。現在の先進国のような「上層・3%、中流・30%、その他」
に世界の階層は、変化していく。しかし問題は、その他の67%の人たちが、
三分の一の生活実態が情報化で見えること。3%の上層は、それを和らげる
政策を取りざるを得なって、下流から中流への移動を計るしかないので、
世界は徐々に良くなっていく? それは楽観的見方だが、どうだろう。
移住が比較的簡単になり、豊かな地域に貧しい人たちが移住するため、国家内
格差は大きくなっていく。 国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の
途上国の経済拡大が激しくなっていく。それは40年後ではなく、現在、起きて
いる問題である。ドバイの都市建設の労働者がインド、バングラデシュからの
臨時雇用で、現地人との差は大きい。また、北朝鮮の政治体制が、その典型。
弱肉強食が社会の発展の原動力なら、貧富差の収斂は、人類の永遠の課題。
・・・・・・
4208, 異郷日記 ー三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈
2012年10月03日(水)
  * 三鷹‘蝦蟇屋敷’界隈       「異郷日記」西江雅之著
 何処にでもありそうな話だが、フィールドワークの言語学者が書くと、
これほど面白い物語になる。私の去年春の見切りに対する尾ひれ羽ひれの話も
大方、想像できる。だから城下町の地元に帰って来てからは徹底的なアウト
サイダーを決め込んだのは、そのためだ。片田舎の城下町‘蝦蟇屋敷’
界隈の話の縮小版が、そのまま以下である。  ーその辺からー
≪ その後、わたしは"なごみ"の常連のようになった。掘っ立て小屋といっても
 よいような雑な造りの店内には、粗末な木製の椅子がわずか七つ、いつも下駄
ばきの大塩さんがカウンターの内で、ガス台の傍に置いた小さな椅子に俯き加減
の姿勢で座っているだけで満杯といった極く小さな店である。
客層は平均年齢五〇歳。なかには口の悪い強烈な酔っ払いも多かったが、
誰もが一国一城の主を自負しているような人物で、政治や文学、演劇など
について、相手構わず勝手なことを話していた。 ・・・(中略) 
 その"なごみ"の大塩さんが店からブイと姿を消したのは、わたしが蝦墓屋敷
に住みついてから数年経ってのこと。常連の一人から聞いた話では、ある夏の日
の夕方、一杯飲みに行こうと思い立って店に行くと、入り口が閉まったままに
なっている。しばらく時間をおいて再び店に行っても、入り口は閉まったまま。
休業の張り紙もなく妙だと思ったという。その数日後、大塩さんは幾駅か離れた
町の病院で発見された。彼はそこで亡くなったのである。身元が分からない
まま亡くなったので警察沙汰になり、やっと身元が判明したということだ。
この出来事を巡って、近隣の飲み屋では当然のことながら盛りだくさんの噂
が出た。真相を知っている者、真相を知りたいと思う者。好奇心に駆られた連中
が、一時的に増えた。それだけで売上げがあがったと言われた店もあるらしい。
自殺説も多い。不治の病に悩んでいたという説、発作的な行為だったという説、
皆が知らない所で何者かに脅かされていた説、陰で巨額の借金があって悩んで
いたという説、およそ皆が思いつく説が出揃ったころ、話題は自然に消えた。
わたしは彼の死の原因はまったく知らない。しかし、巷の隅で彼の死が話題と
なったころ、引越しの初日に。なごみを紹介してくれた"稲穂"の女主人に路上で
バヅタリ出会った。「あら!」と言うなり、「あなたも大変だったでしょう。
数十万円の借金が、一瞬のうちにパーになってったんですものね」と切り出した。
わたしには話の脈絡がまるで掴めない。だが、話を聞いていると、‘なごみ’
の主人は人知れずかなり多額の借金を何人もの常連からしていたらしかった。
そして、わたしもその被害者の一人とされたのだった。「借金のことなど、
あの店で聞いたことは一度もありませんが」と、わたしは言った。
「そうですか、あの方、やはりお金を借りられそうな人を選んでいたんですね」
と、"稲穂"の女主人は、なんだか私が金のない人物であることを確認したかの
ように言った。それは事実だが、とにかく大塩さんからは借金の話など聞いた
ことがないのも確かだ。しかし、もし噂が本当だとしたならば、いつ見ても
同じような質素な服を身につけ、今にも壊れそうな粗末な丸椅子に腰を下ろし、
無口に客に応対していただけの人物が、何百万円という金を如何なる目的で、
誰のために手にしていたのかは不思議である。その後、ほどなくして、同じ
路上で出会った飲み仲間から「知ってますか?"稲穂"のママが亡くなったんです」
と、話しかけられた。わたしは彼女の死因も知らない。どうやら持病が元で、
病で亡くなったらしい。 ≫
▼ 地元から車で一時間半に高田城下町や、新発田城下町がある。
 そこでは昔からの生活があり、土着の人間関係が長い町の歴史とし脈々と
続いている。そして私の住む町の長岡城下町も同じである。 新発田出身者が
Uターンで帰り地元に住み、新潟で仕事をするとしたら、当然、地元の人間関係
に深入しないのが生活の知恵。それと同じパターンを私も新潟で仕事、住むのは
長岡にと、当然とってきた。しかし、仕事を終え、長岡だけの住処になると、
そこは、江戸時代からの血筋とか何とかの暇人の小さな人間関係が続いている、
がんじがらめの蝦蟇屋敷界隈。上記のような魔女狩りの噂話の丼池。
そこは地元民の全世界、象の皮膚のヒダ世界の中。 
・・・・・・・
3843, 閑話小題
2011年10月03日(月)
  *  つれづれに ー老後とは
 母親が38歳、父親が42歳の時に生まれたため、子供の時から二人の壮年
から老年への移行期の姿を見てきた。家は商売をしていたので、まず生存をして
いくベースを確保する必死さが幼児の頃から生で伝わっていた。
生まれた時から毎日が戦争の真っ只中のような日々。サラリーマン家庭から
みたら異状の生活環境である。ある意味、60年たった現在、やっと緊迫した
日々から開放された日々。 逆に生涯殆ど勤め経験がなく、独立独歩で生きてきた
ため、緊迫感が少し薄れただけで、勤め人が定年後に感じる「自由の不自由さ」
は全くないのも事実。家に一日中居ても、家内の視線以外には、何の抵抗感も、
何をして良いのかの戸惑うことも、皆無である。元もと、商売上の付き合いも
最小にしてきた上、肩書きを持ったら誘いがくるような慈善団体に入ったことも
ないし、その中で威張ったり、競う相手の存在も殆ど居ない。 自分が自分で
あるために妨害するものは初めから振り捨ててきた。それが多くの人たちに誤解
を与えてきたが、自分が自分であることが良いのは、長年の読書で分っていた。
そのためか、この生活の変化に大した違和感は少ない日々になっている。 
  * ゴッドファザー
ゴッドファーザーを一昨日、WoWoWで日本見た。30数年前の封切りを映画館
で見てから、TVで何度か見ているが、その年齢ごとに受けとめ方違ってくる。
ギャング映画だが、権力の集中と決断をテーマにしたマネジメントそのもの。 
封切当初は、そのギャング世界の迫力と殺しあいの生々しさに世界中が驚きに
沸きかえった。人生経験を積んだ後にみる、二代に続くマフィアのボスの物語
は、また違って見えてくる。 事業の立ち上げと、その盛衰を経験してみると、
あの緊迫感は事業とて同じこと。現在では家具とか、装飾にも目がいくが、
ファミリーの人間模様が面白い。映画そのものは、やはり名作中の名作。
7〜8年に一度は再放送されるが、名作は何度見ても、新鮮である。
・・・・・・・
3478, 15年前の韓国・国家破綻のすざましさ! ー1
2010年10月03日(日)
 ある月刊誌の「15年前の韓国・国家破綻のすざましさ」
の実態のレポートを読んで愕然とした。
「今すぐ取り組め生活防衛のための五箇条ー韓国に学ぶ国家破綻の恐ろしさー」
 15年前にIMFの管理下の置かれた韓国の姿は、日本の近将来図と
 みるべきだろうか。まずは、その一部から・・・
・韓国経済は、急成長していて1995年にはGDPの実質成長率が9%。
 だが、アジア通貨危機の波をモロにかぷり、98年には一ドル700ウォン
 だった通貨が、97年夏には900ウォンまで下落、11月には1000
 ウォンを突破し、98年には2000ウォンにまで下落した。三分の一。
・この時、韓国には30ほどの財閥があったが、韓宝、起亜、三美など名だたる
 財閥が次々と破綻。 さらに、銀行も次々と破綻して約半分になり、残った
 銀行でも、従業員の半分をリストラする過酷な再建策を断行。
・企業も約半数が破綻し、何とか残った企業でも大幅なリストラが
 行われたので、失業者は150万人を超えた。
・混迷した状況にさらに拍車をかけたのが、IMF(国際通貨基金)の財政再建策。 
 破碇した韓国経済はIMFの管理下に置かれ、IMFから金を貸じてもらい、
 その代わりに緊縮財政を迫られた。IMFが財政赤字を減らして為替を安定
 させるため金利を上昇させたので、韓薗経済は大不況に突入した。
 健康保険などの社会保障は機能していたが、健康保険対象外の病気が多く
 あったため、収入が激減し家庭では病院に行くのをあきらめる人が急増。
 病院は患者が激減、背に腹は代えられないと24時間診療病院も出てきた。
・通貨が下落したことで、輸入に頼るガソリン・軽油などが暴騰したため、
 車に乗らない人が増えて道路は閑散。寒い中、灯油価格も高騰したので、
 人々は寒さに震えた。
・大学を卒業しても就職先がないので、そのまま大学院に進んでキャリア
 アップする学生が急増したために、それまでガラガラだった大学院の入学
 競争率が二倍に跳ね上がった。
・いっぼうで、会社をクビになり、再就職もできず犯罪に手を染める
 サラリーマンも急増。治安は極端に悪化し、詐欺も横行。混乱と不安が
 増す中で、テレビからは娯楽番組が消えた。こんな大変な時に不謹慎だ
 という投書がテレビ局に殺到したからだ。破綻から一年間は、先が見え
 ない中で、庶民の顔からも笑みが消えた。
▼ この続きは次回として現在の円安で300円になるというと、
 まさかと誰もが思うが、韓国では既に起こってしまった現実である。
 失業者も日本の人口の半分として、日本で300万人というと、これまた
信じられない数になる。日本の政治も経済も自己コントロール不能となれば、
韓国と似た道を歩くしかない。金利も今のところ1〜2パーセントだが、
これも何時どうなるか分からない。隣国と臨戦状態の韓国と海に囲まれ
ノンビリ構えている日本と、あまりに違う。  ーつづく


5314,下流老人 ー②  〜下流老人への転落

2015年10月02日(金)

 この数年来、団塊世代が年金生活に入ったこともあり、マスコミに扱われる
ことが多くなった。更に新幹線内で年金制度に対する抗議の焼身自殺もある。
今では、週に1〜2度は、TVで極貧の『下流老人』をレポートをしている。 
多くの人にとって、他人事ではない問題。私の場合が一歩間違えれば・・
準備期間を入れると45年間心血をそそいだ事業が思いもよらないリーマン
ショックで成立たなくなった。 それでも事業設計の段階から万一の備えを
組み込んでいたこともあり、何とか人並みの生活を維持している。 ところで、
ブログ内検索で調べてみたら、二ヶ月前、「下流老人」のテーマで扱っていた。
(後にコピー)  〜最近みたTVでアンケートでは、
・病気などで、大金の思わない支出
・離婚で、財産が消滅
・転職の失敗(思い上がり)
・年金資金の投資の失敗
・頼れる家族がいないか、その家族がギリギリの年金に頼っている
・手持ちがあったが、気前良く使っているうち底をついてしまった
などなどの事例を生々しく映しだしている。その幾つかが重なった加速が多い。
 手持ち資金が底をついた、あてが国民年金の一人暮らしで6〜7万円では、
家賃で、その大半が消えてしまう。数ヶ月前に、中学校の「古希」の会が
あった。会場が県境の湯沢で、二万円近くの会費のため、出席出来る人は、
限られるため、貯蓄、収入の余裕ある人が中心のため、その実態は見えないが、
身近を知る限り、甘くはない。TVで誰もが口を揃えて、「まさか自分が!」
という。 私のケースでも、夫婦のどちらかが欠ければ、この大きな屋敷の
一人住まいは難しく、小さな家への住替えか、施設の入居の問題が出てくる。
 団塊の世代は、終戦直後の最低の環境から、バブル崩壊まで35年間、
地球史上、稀なる7%の経済成長を続けた。これは奇跡中の奇跡の恵まれた
環境の中、そこで育った人生は幸せだったが、末路の気の毒な結果が、
『下流老人』になる。もっと気の毒なのが、その子供と孫。親の介護に、
職も全財産を注込んで呆然とする姿が、戦後世代間の負の問題を象徴する。
――――
2015/08/03
下流老人 ー①
 去年になるが、NHKスペシャル、ー老後破産:長寿という悪夢ー
をみて衝撃を受けた。家内も厚生年金のため、人並みの生活は出来そうだ。
先日、新聞の雑誌広告で、『下流老人』という言葉が目に付いたので、
ネット検索をすると、以下のような厳しい内容が出てきた。
≪ ・ ー下流老人とは、
1、収入がない、2、資産がない、3、社会的ネットワークがない老人をいう。
 総務省の家計調査や、所得統計から貧困ラインから下流範囲を推測するが、
生命保険会社や金融機関では、老後生活の費用は最低ラインで20万円、ゆとり
ある暮らしには30万円超が必要という。ほとんどの老人世帯は最低ラインで、
ゆとりある老人世帯は一握り。(これは金融商品や保険を売るため使われる。)
・2014年の我が国における65歳以上の高齢者人口は3300万人、総人口に占める
割合は25.9%と、共に過去最高を記録しているが、大づかみに言って、そのうち
600〜700万人が「下流老人」と見なされている。内閣府の調査でも(2010年)、
65歳以上の高齢者世帯の「相対的貧困率」が22.0%となっていることから、
この推計は大きく的を外してはいない。老人と若者の間の「世代間格差」
が問題となっているが、老人の間の「世代内格差」も凄まじいものがある。≫
▼ 10年、20年スパンでみると、9割?の老人が「下流老人化」するという。
 老いれば、金を使う場面も少ないから、さほどの問題ではない?と、たかを
括っていられない。死ぬまでは金が要るが、死んだ瞬間から、生活費がゼロ
になるので、当人にとっての持ち金は微妙な問題でもある。 それでも
総世帯の15%が「下流」というから、やはり老人の立場は弱い。本格的
な国家衰退が始まってきたが、そのシワ寄せは、まず弱者に襲いかかる。
ギリシャが問題になっているが、それより、日本が遥かに深刻である。
ひたすら直視しないで、先送りしか手立てがないだけ。その限界の年が、
今年から来年。その矛先が、まずは老人と、母子家族。何がオリンピックか!
目先を凌ぐ、末期患者のリンゲルと同じ。その責任は、選んだ国民にあり。
・・・・・・
・・・・・・
4949,脳がよろこぶ話 ー3
2014年10月02日(木)
      対談ー小菅正夫 『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談 
  * 生きて、子どもを育てりゃもう十分
 年齢を重ねたこともあるが、「毎日、淡々と何事もなく、自分がベストと
思ったスケジュールを、こなしていれば十分」と、思うようになった。
リタイアで主夫化したようだが・ 少子化は、右下がりの時代、将来の展望が
開けず、収入が先細りの中では、子どもは最小にするしかない事情がある。
 ーその辺りからー
≪ ・茂木: アメリカでフクロウの研究をしている小西正一先生の研究室に
 留学していた方に聞いたんですが、ある種のフクロウは繁殖させるのが難しい。
なかなか子どもを作ってくれない。小西先生の研究室で飼っているフクロウ
だけは繁殖するというんです。なぜかとみんな聞くけど絶対教えてくれない。
でも、ある時に失敗をして偶然わかったらしいんですが、エサの冷凍ネズミを、
毎回食べ切れる程度与えていたんでは子どもは作らない。あり余るくらい、
お腹いっぱい食べても余るくらいエサをあげると子どもを作るというんですね。
エサが豊富にあるということがシグナルとなって、繁殖行動を始めるらしい。
・小菅: たぶん動物は、自分の子どもが、ちゃんとひとり立ちできる
「見極め」があって初めて子育てをスタートするんだと思う。エサだって、
自分が食べるだけじゃなくて、もう数羽いても生きていける環境があると
わかったから、じゃあ雛もそこで生きていけると判断する部分がどこかある。
命をつないでも大丈夫という安心感がそういう行動を起こさせることかも。
・茂木: 最近の日本の少子化は、安心できていないということですかね。
・小菅: そういうことだと思う。誰に聞いても、「育てていけるか不安だ」
とかね。でもそうじゃない、育てていくんだって。みんな自分を中心に考えて
いるからね。子どもを育てたらあれができない、これができないって。
生き物というのは子どもを産んで育てるために生きている。 
自分が生きていくことを第一に考えているわけではない。だから、娘が結婚
したときに、「今すぐ子ども作れ」と言ったら、「お父さんにそんな.」と
言われる覚えはない」と言われました)。それがやっぱり僕は、親から子へ
渡す言葉としてはね、あの言葉は正しかったと思うんですが、どうでしょう。
・茂木 なんかね、僕は人間って自分が動物だということを忘れて不幸に
 なっていると思う。小菅さんもずっと動物たちを見てきたわけですが、
逆に動物から見て、今の人間社会に対する提言が、ありますか。
・小菅 もうちょっと楽に生きるべきだと思いますね。あれもこれもしようと
 思うから疲れると思う。まずは生きること。基本は。しっかり生きて、子ども
育てて、それが軸なんで、それ以外はプラスα。それができないから人間として
どうなのかとか、そういうふうに考える必要はなんかないんじゃないか。
・茂木: 勉強ができないとか、たいしたことじゃない。生きていればよい・・
 生きていることが一番価値があるということ、それが当たり前。
・小菅: 動物からみたら、何でそんなくだらないことで悩んでいるのと
 思うと思います。「もっと平気で生きなさい」といっていると思います。≫
▼ 人間は、あくまで動物でしかない。それを忘れてしまっている。
 特に、文明国では。もっと楽に、平気で生きるべき、と言うが、それに真に
気づくのは、概して老いてから。しかし知識を持ってしまった現在、それでは
生活に支障をきたす。だから、リタイアを区切りにして、気楽に生きろ!
ということ。そのため、長年の準備が必要になる。人は、動物であると同時に
知的動物でもある。  また偶然だが、下の文に続く!
・・・・・
4582, そして、人生はつづく ー2  
2013年10月02日(水)
                『そして、人生はつづく』 川本三郎著
    ー『あとがき』ーも、良い (ほぼ、全文) 
《「東京人」2010年7月号から2011年11月号まで連載した「東京つれづれ日記」
 を中心に、この間のエッセイを編んでいる。書名はイラン映画、アッバス・
キアロスタミ監督「そして人生はつづく」に倣った。1990年、イラン北部を
襲った大地震の後、監督自身が大きな被害を受けた村を訪ねてゆくドキェメン
タリー風作品。どんなに悲劇に遭ったとしても生き残った者は、昨日と同じよう
に今日も生きてゆかなければならないという切実な思いがこの言葉にはこめられ
ている。家内を癌で亡くしたあと、私にとってもこの言葉は支えになった。
悲しみを大仰に語ることなく、毎日を普通に生きること。なんとかいままで
どおりに暮してゆくと。 3.11の惨劇のあと、現代を代表する俳人、長谷川罹
さんは、「やむにやまれ思い」で、俳句ではなく歌を詠み、『震災歌集』
(中央公論新社、2012)にまとめた。 そのなかに、こんな歌がある。
 「ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思ふ大津波ののち」
 悲劇の大きさを知れば知るほど日々の「平安」が大事に思える。物書きである
私にとっては、一人で暮らすことに平安を見出していくことになろうか。
頭のなかにはともかく、暮しのなかには修羅を持ちこまないこと。静かな生活を
心がけること。そうやって家内亡きあとの日々をやり過してきたように思う。
もとより60代も半ばを過ぎた人間にはもう劇的なことも起らない。いまのところ
健康を保っているので、家事もなんとかこなしている。3・11後、「生存罪責感」
という言葉を知った。家族を失い、自分だけが生き残ってしまうと、死者に
申し訳ないという気持が強くなることをさす。生き残ったからにはなんとか
生きてゆかなければならない。そう思う一方で、死んでしまった者に負い目を
感じてしまう。ふたつの気持に引き裂かれながら毎日がある。もともと旅が
好きだったが、一人暮しになってから旅が増えた。といっても家を長く空ける
わけにはゆかないのでせいぜい一、二泊。ほとんどが鉄道の旅。列車の窓から
流れてゆく風景を眺める。あまり大自然には興味はない。人間の営みが感じ
られる町がいい。鉄道の駅があって、駅前には昔ながらの商店街がある。
食堂やそば屋があれば有難い。夏ならビール、寒くなったら燗酒。孤酒は生きる
元気を与える。旅をしていて以前とは違う楽しみも出来た。 好きな町に
出会った時「老後をこの町で暮したら、どんなだろう」と空想すること。
函館、盛岡、小田原、湯河原、松江、長崎など、町を歩きながら、
このマンションに住んで、この居酒屋に通って・・と想像する。 》
▼ 生の切実な声が、ストレートに伝わってくる。「最近の旅は、隠れ里探し
 になってきている」というのも良い。私も、この大きな住宅に何時までも
住むのは無理である。5年が目処になるが、住み心地がベストのことも確か。
それにしても、老後を、「そして、人生はつづく」というのは良い。
連れ添いに先立たれたり、寝たきりや、病が次々と出てくる時節に
「そして、人生はつづく」から、「それでも、人生はつづく」になるのは
致し方ない。その中で、いかに静かに心の平安を保つことの難しさは周囲の
老醜を見れば分かること。 何もかも面倒になり、ただ惰性と安逸の中で、
過去のフラッシュに心が動揺する。その反面、TVの旅番組で、毎日、
行き先の放送している。ドラマも、多くの経験を得た現在、今までと違う
見方で味える。さほど先は無いと思い、あらため世の中を見ると、
知らないこと、未経験のこと、気づかなかったことだらけ。 
 そして、人生はつづく。 されど我らが老後である。
・・・・・・
4207, 親子年表
2012年10月02日(火)
  * 自分目線の100年世界               
 還暦を過ぎた辺りから、その時々年齢の父と当時の自分の年齢を重ねて
みている。更に最近では、「二人の息子の年齢に自分は何をしていたか」も
重ねみるようになった。先日、こういう見方を「親子年表」として存在している
ことを知った。考えることは皆、同じである。父が66歳時に、私は22歳。
父が亡くなった71歳時に27歳。1973年であった。 父の享年まで私は、
あと5年になる。そろそろ最期の身辺整理の時期に入っている。
父は最期の仕事に自分の財産を生前贈与をして亡くなっていった。
それが私の人生を大きく支えてくれた。両親の愛情を物心とも直接、間接的に
受けたことが最大の財産である。その意味で家内も私と同じように恵まれた両親
だった。その相性が良かった悪かったで人生が大きく変わる。これこそ最大の
ツキの善し悪しになる。 それに甘んじて一生、親の世界から抜けられなく
過ごし、死の間際に慌てて生き急いでいる人を秘境ツアーで何人も出会ってきた。 
「ハッとしたら、既に老境。親のいうとおり生きてきたが、自分の人生が何も
無かった。死に病になり、何時死ぬか分からないが、このままでは死ねない。
その何かが世界の果てにくれば少しで分かると思い立ち、参加した!
帰国すれば大きな問題が山積み」という一身上の話を偶然、山道で隣り合わせに
なった60過ぎの一人参加の女性から聞いた。死に直面した時に大きく動揺する
のは、「やりたいことを、してなかったため」という。結果がどうあれ、現在、
心が安定しているのは、60歳までに、前倒しにして遣り尽くした感があるため
だが、これは大きい。これがないと、周囲のマイナス探しで自分を肯定する
しかない晩年になる。ほぼ九割の人のそれは周囲の誰かを具体的に特定すれば
見て取れる。団塊世代と、その子供の世代の特徴を親子年表にし、時代背景から
見ると、その特徴が浮かび上がってくる。その世代間格差が、あまりに大きい。
逆に団塊世代の親の世代をみると、太平洋戦争に大きく翻弄された最も困難な
時代である。それからして終戦直後の団塊世代前後の人が奇跡的に恵まれた
時代に生きたことになる。自分の親と子供を重ねると、100年、150年の
視界が鳥瞰できる。
・・・・・・・
3842,iPadと、アプリ、あれこれ ー3
2011年10月02日(日)
 どうも不思議なことがある。マスコミが、タブレットPCを殆ど報道
しないことである。恐らくマスコミがタブレットPCに脅威を感じている
ため、ニュースの素材として避けているのでは?と思うのは私だけでないはず。
先日も中学校の同期会に持って行こうか迷った位である。同年代の彼らなら、
このアプリを見たら腰を抜かさんばかり驚くはずだが嫌味とも受けとめられる
可能性もあるので止めたが・・ それだけ、これは私にとっては大きな
インパクトになっている。モバイル携帯が出回っているので、それほどでも
ないかも知れない? しかし、モバイル携帯と、タブレットとは違う。
・アマゾンが読書専用のタブレットとは別に、多機能タブレットPCの分野に
 進出すると報道された。現在、他のメーカーでiPadに対抗できるところは
 ないが、対抗できるとしたらアマゾンしかないと言われた。対抗馬としての
 本命のお出ましである。
・シャープも社運をかけてタブレットPCに打ち込んでいるが、
 売れているふうではない。
・先日、大型家電のタブレットコーナーに行ったところ、各メーカーの特性
 のあるタブレットが並んでいた。その一つにソニーが、近くに売り出し予定の
 メガネケースにソックリな二つ折りで、見開きのものがあった。モバイル
 携帯二個分が折りたたみになったようなもの。これなら落としても壊れに
 くいし、持ち物として小物の範疇になる。
・富士通は、小型ノートパソコンの画面が取り外せるタブレット式。
 これも便利で抵抗なくタブレットに移行できる。 ー話しをiPadに戻す。
 これを使いこなすポイントはアプリとの出会いになる。それとブログと
 ツイッターも、いま一度、探してみる必要がある。パソコンとの接点が飛躍的
 に増えるからだ。 忙しい人ほど、タブレットは有効。特にビジネスには
 間違いなく効果的になる。暇な私など、机上PCと並べ交互に使っている。 
 そして疲れて寝室で仮眠するときも枕元に置いているほど。IPAdバカか!
  (字数制限のためカット 2014年10月2日)


5313,閑話小題 〜飲み会が楽しい理由

2015年10月01日(木)

 4年半前からはスポーツジムとiPad、6年前には電動アシスト自転車、
20年前からはパソコン、30年前からは海外パックツアーの、新たなシステムと
して生活習慣に取り入れた。それは私たちを、マシーン、場を含めた波動が
繋がる‘共愉’へと導いてくれる。‘飲み会’も、数多のシステムの一つ。
これをウィーンの哲学者・イバン・イリイチが「コンビビアル(convivial)
として使った言葉である。 〜ネット検索による説明から・・
◎《 コンビビアルな道具といえば、一言で言えば、「自由」を具体的に
「具体化」するための、たとえば、ハサミなど小物から、自転車、更には
システムも含む。彼が優れているのは、彼が優れているのは、これを
人間関係だけでなく、小物、システム、場に広げたこと。イリイチが
言いたいのは、道具を、媒体を介した峻厳関係である。意味合いとしては、
友愛もしくは歓喜も含まれており、「快楽」が含まれている。「禁欲」とは
意味合いが違っている。そして、ネット社会の浮かんでは消えていく接合と
分離において「コンビビアリティ」が見出されている。》 〜他にも〜
◎《 気心が知れた仲間同士が、和気あいあいと共に円卓を囲み愉しく飲み
食いして宴をしている様子を示す意味合いの日常語。思想家イワン・イリイチ
が説いたconvivialityは"共愉"と訳された。食べるの大好きだけど、一人では
美味しくない。会話があって味わえるもののほうが喜びが大きい。会話の中で、
波動というか周波数というか、そういうのを感じて、しかも互いの波動が合う
瞬間がたまにあります。"なにか"が生まれる瞬間。結論と行き着いた先は、
そのときは形になってない事や立派な成果物じゃないこともあるが、それまで
の間にお互いがお互いを引き出しあっている。会話は産婆術=educationの語源。
たまたまそこにある要素によって全然別の話ができあがったり、色んなものが
引き出されたり、偶然が重なって何か見えたり、狙ってなくてすごい笑える
発言が出たりします。なにかが生まれるまでの共愉が実は、妊娠する=concpet
の語源としているのです。そういえば一人で盛り上るはあんまり無いですよね。
日本フランス料理会におけるソースの名人 Chez Innoのシェフ、井上旭氏。
酔いながら語った中で聞いた言葉があります。「ワイン飲むってのは、
和飲なんです。和飲、是楽(ワイン、これたのし)。」 ワインを飲みながら、
間柄(和)が深まり、ワインを飲み愉しんだ時間を通じて、関係(和)が広がる。》
▼ 飲み会が楽しい理由は、気心が知れた者が共に卓を囲み‘共愉’することで、
「自由」を「具体化」するからである。前の会社で30年、年に4〜5回は宴会を
開いていた。それが陽気な面白い集まりで、社員や、取引先の遊びなれた
宴会部長と大騒ぎをするが、それは手馴れたもの。宴会の酒の失敗は殆どない?
SJのエアロも、国内外のパックツアーも、集団でこそ格安で、気楽に‘共愉’
出来るシステム。結果は、どうであれ、装置産業の利点の有余る時間の中で、
多くの‘共愉’と、今、思いついた逆語、‘独愉’を十分に味わってきた。
・・・・・・
2002/12/03
忘年会
開業の年から毎年行われている会社の名物が忘年会である。
昨夜がその忘年会であった。
社内中心の新年会もあったが6^7年前からは行われてない。
とにかく盛り上がる。大体50人前後が出席する。
若い女子社員を先頭に一次会では座敷ゲームが行われる。
そのゲームでとにかく酒を飲ませるのがミソの様だ。
そこで最高潮になる。
今年のように大不況でも盛り上がりは最高潮だ。
お客さんがだいたい7割を占めるが、ほとんど人が営業か
営業経験者の為、遊び上手でうまく盛り上げてくれる。

昨夜も最高潮に盛り上がった。
毎年その日にボーナスを出すので、社員も気持ちが盛り上がっている。
とにかく若い人のエネルギーがよい。
時代時代により色々な忘年会の思い出がある。
急性アルコールで入院した人もいる。
この忘年会で初めて年末の到来を実感する。
 〜過去に書いた文章をコピーしておきます。
・・・・・
H0905  宴会好き!
 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。
私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になった!
忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけて
よく飲んだものだ。もともと私の父が宴会好きであった。
酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、
無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。
これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。
今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位
だった。芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。
丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返して
いると思うと“三つ子魂”何やらである。
当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。
今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、
その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。
酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、
痴呆で亡くなった。
・・・・・・
2002/04/02
新入社員歓迎会

毎年この時期におこなわれ、非常に毎年盛り上がる。
当社の宴会はもともとかなり盛り上がるが、
歓迎会がさらに盛り上がる。
2〜3年に一回はトリック・スターが出るが今年は2人いた。
お陰で例年の数倍の盛り上がりようであった。

まだ酒の飲み方の解らない新人に飲ませるのだから、こちらも責任がある。
その辺を調整しながら、盛り上げる。しかし面白いことこの上ない。
若い人のエネルギーを戴く感じである。若いということは、本当にいいこと。
とにかく明るい! 花が咲いたという例えがピッタシである。
それと時代に左右されている。彼等はとにかく携帯電話世代だ。
意思疎通の早い事が特徴で、感覚が研ぎ澄まされている。
新人類から、宇宙人といってよいのかもしれない。
反面、孤独という一番大切な世界を知らない。

宇宙人といえば、かぐや姫のストーリ何か今の時代になってみると
以前事実に近い事があったのではと、イメージが湧く。
・・・・・・
2005/08/12
1592, 幇間ー太鼓もち

幼稚園の頃から高校を卒業するまで、実家の店では年越しの
宴会が開かれていた。そのため年末が子供ながら楽しみであった。

芸者を何人かよんだり、近くの太鼓もちを呼んだりしていた。
といって長岡あたりではプロの太鼓もちはいない。
近くの酒の好きな漬物屋の親父がセミプロとして呼ばれていた。
通称「八木漬物屋のオヤジ」である。
彼がいないと場がしらけるほど存在感があった。

映画で観る幇間そのもので、芸者の三味線に合わせて色いろな芸があった。
それをキッカケに、他の人の芸が出てくる。家族や従業員・取引先など
50~60人の宴会が何時も盛り上がっていた。
幼稚園の頃から日本酒を判らないようにコッソリと飲んだ記憶がある。

幇間とは、いわゆる太鼓もちのことである。座敷に呼ばれて、芸者と
同じように旦那衆におべっかを使って機嫌をとるのが仕事である。
落語によくでてくるヘラヘラしながら、しかし暖かい雰囲気を醸し出して
いる技を持っている男芸者である。愛嬌があって、人から何か好かれる
魅力がなければならない。そして宴会などを上手く盛り上げる座持ち役である。

人間は誰でも、褒められ威張りたいものである。
太鼓もちは、その辺を熟知しており徹底的に自分を蔑みながらお客を持ち上げる。
これは余程の持って生まれた天性が無ければ勤まらない仕事である。
もう亡くなったが俳優の三木のり平の太鼓もちは絶品であった。
一度でよいから、この太鼓もちをやってみたいが、無理である。

営業のベテランは、その要素を経験から充分持っている人が多い。
話のキッカケは何か褒めることから始る。
それも自然に、いつの間にか持ち上げられてしまう。
現在、プロの太鼓もちは、ほぼ絶滅?
下町の旦那が余興で踊りなどを演じている位という。

・・・・・・
4948, 閑話小題 ー逸ノ城の太腿は92センチ
2014年10月01日(水)
   * 逸ノ城の太腿は92センチ
 どえらい新人が大相撲に入ってきた。白鵬が「俺より強い」といったとか、
双葉山以来の逸材とか。21歳で入門して5場所目の今場所で、一横綱・二大関
を敗った。白鵬まで敗れていたら不甲斐ない、というより大相撲の全面否定にも
なっていたところ。白鵬が何とか勝って面目を保ったが・・ 来場所と、
次の場所に12勝を上げると大関。そうすると、来年中の横綱もありうるが、そ
うは甘くない? 太腿が92センチもあるというから、
少し肥満気味の人の腰周りと同じ。それでいてバランスが取れている。
 初の草牧のゲル育ちというが、こんな体格の男に日本人が敵う訳がない。
既に大相撲は蒙古勢に上位を多く占められ、次の大物二人が上がってきている。 
面白いといえば面白いが・・ 問題は怪我!
   * 人間は他人と同じになろうとして、自分の4分の3を失う
 「人は他人と同じになろうとして、自分の4分の3を失ってしまう」は、
ショーペンハウアーの言葉。何世紀も農耕社会が主だった島国では、まず他人
と同じになることが生活の知恵。 だからこそ「和同の精神=和して同ぜず」
が必要になるのだが、人は自然に流れる。情報社会では、自分の好きな分野を
生かすことが可能になってきたが、反面、情報の大波の中で、最善と思われる
一部の情報に洗脳される傾向が強くなる。 他人と同じになろうとするのは、
自分の頭で考えないから。自分で考えを深めれば、自然、他と同じにならない。
それにしても、本当に考えな人が多い! 石ころが個性個性といっても、
所詮、集めてみれば砂利でしかない。それより、人と比較しないことだ! 
・・・・・・
4581, 2050年の世界 ー11
2013年10月01日(火)
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
  第十四章 経済とビジネス ーのまとめ
・一九五〇年代の統制資本主義の時代にはマイナーな理論とみられた
 シュンペータの理論は、その後の現実の歴史によって、最も影響力のある
 経済理論に押し上げらた。
・一九五六〜八一年までは、『フォーチュン』誌が選ぶ五〇〇社のリスト
 のうち、年平均で二四社が脱落していた。 一九八二〜二〇〇六年には
 脱落組が四〇社に増えいる。
・ことにインターネットの発明・普及によるグローバリゼーションは
 シュンペータの言う創造的破壊のスピードを高めている。想像も
 できない技術革新により、これまでのビジネスのやり方が陳腐化し、
 固執していた企業は淘汰され、新企業が生まれる。
・製造業では、大量生産の方法が開発された一九二〇年代以来の、
 大きな技術革新よってその現場は変貌をとげるであろう。可能性がある
 ひとつの技術として 3D印刷技術があげられる。
・他にも、あらゆる物がネットと常時接続するようになり、そのネット
 ワークがわたしたちの生活を変える。ロボットの技術革新によってこれまで
 人間にできなかった作業ができるようになる。あるいは電子秘書の機能を
 持つ自律型のソフトウェアができることで、仕事の効率化が起きるなど、
 様々な技術革新による経済の変化が予想される。
・先進国にいちはやく追いつきたいという新興国経済の要求も様々な技術革新
 を生むだろう。一気に九〇パーセントものコストを削減するような工程の
 開発によって、先進国の商品市場もがらりと変わる。
・契約型の雇用者が、複数の企業にみずからの技能を売るようになるなど、
 会社の形態もより複雑化する。
・様々な技術革新にともない、グローバル市場においては、知識階級に富が
 偏在するようになり、労働者の勤務はグローバル化でより過酷化する。
・しかし総じて言えば、「資本家の功績というのは、女王にもっと絹の靴下
 を供給することではなく、それを女子工員たちの手が届く場所に持ち込んだ
 ことにある」とのシュンベーターの言葉どおりに、人々は創造的破壊の
 荒波のなか恩恵を受ける。
▼ 工程といえば、隣家のプレハブ住宅工事。まず3〜4Mの杭打ち工事。
 ビルや工場建設などの基礎工事を住宅に応用。ミニ杭の打ち込みから三週間、
一切の工事がなく、その後、床底の部分を小さな重機で二日間で掘り込み、
そこにプレハブの床と杭を結び始めた。ビル工事の小型版である。 
パソコンを手の平に押し込んだスマートフォンの普及で、世界は創造的破壊で
大きく変化を始めた。「まさか、一番かたいビジネスと思っていた事業が、
この結果になるとは!」が、全てのビジネスで生じてくる。情報化は創造と
破壊のサイクルを短くするが、消費者にとってはプラスになる。
・・・・・・
4206, 閑話小題 ーキモカワキャラ
2012年10月01日(月)
   * キモカワキャラ
 TVで石破幹事長を評して「キモカワキャラ」と言っていた。
的確な一言フレーズを作るもの。顔はコワモテだが、一度話し始めると、
ソフトで、そのギャップが可愛らしく見える辺りを凝縮した言葉。
本人が聞いたら傷つくだろう。中年から熟年の何割かのベビーフェイス顔は、
この言葉に当てはまる。この言葉から連想できるのは、「キモバカキャラ」
「イモカワキャラ」「キモカマキャラ」「キモマジキャラ」「キモギャルキャラ」
などある。 角栄は、ギタギタしていて汚職の利権漁りのイメージが強いので
「キモギタキャラ」。 ネット社会のB層には、的確な「一言フレーズ」で
如何に発信するかだが、虐めに使われるから問題になる。 
この一言フレーズで切り捨てられ、切り捨てるのが現代である。  
   * ギリシャ、イタリアは近未来の日本?
 ギリシャ、スペイン、そしてイタリアで起こっている恐慌に近い事態は、
近将来の日本? 5〜6年先の日本の事態。南欧の近未来には、何かのキッカケ
で凄惨な国家破綻になる可能性がある。それでも、国民は国家に頼るしかなく、
急激な締めつけに反発、事態は悪化を辿る。それは日本も同じ。スペインの
25歳までの若年労働者の失業率が過半数を超えているというが、現に日本の
高卒、大卒の三分の一が正規社員の就職が出来ず、就職したとしても三年も
しないうちに三分の一は辞めてしまうため、若者の半分はフリーター状態。
将来の日本が思いやられる。60才以上が預金総額の6割を持ち、40才以下が、
その10分の1の6%しか預金がないため、消費は減る一方。適齢期の女性
の結婚相手の収入希望が6百万。そんな相手は少ないため未婚が増加している。
厳しい時代になった。互いに自己限界の設定をシビアにすればよいものを、
と思っても「たった一度の人生に誰かが何処かで待っている」という洗脳が
なされて抜け出せない。隣国に中国、韓国があり、競争相手は韓国男性、
中国女性になりつつある。2ランク上なら私なら考える。
   * つれづれに
 血圧が、毎日通っているスポーツジムにあるため計る習慣がついている。
毎日、大きくブレルため、高血圧かどうか戸惑っている。また運動する前と
後と、食事の直後では20は違ってくる。120〜160前半、平均すると
135で、高血圧かどうか微妙である。中高年の八割が高血圧というから、
一般からすれば平均だろう。 冬時期を除けば一日三時間も運動をして、
この数値。晩酌を減らせば、直ぐに下がるのは分かっているが・・ 
これも以前に書いたことだが、今、自然に頭に浮かぶことは、こんなこと。
・・・・・・・
3841, 閑話小題
2011年10月01日(土)
   * まず、50冊の本を業者に送付
 iPadなどのタブレットPCの普及と同時に、手持ちの本をデジタル化を
する動きが出てきている。本の裁断機と自動スキャン機を買って、手持ちの本
を一万冊をiPadに入力した人の「iPadバカ」という本をネットで購入し、
読んだが、その手間など自分には無理と諦めていた。ところが、最近、マスコミ
で、「スキャンの代行業者が出現、出版元や作家からクレーム」という報道を
知り調べたら、業者は溢れるほどあった。裁断機とスキャンを準備し、ネットで
誘導すれば誰でも何時でも参入可能。半月前に思い切って、まず50冊を選定し、
いざ業者に送ろうかとしたが、何かが引っかかって、箱につめたままにしていた。
ともかく50冊をと思い切って業者に送付した。一週間後には完成するが、
送ってしまった本は、二度と戻らない。それが正しい判断かどうかは、
一年後にならないと分からないこと。とはいえ本棚に並んでいても、それが
図書館にある本と、何処が違うのかというと、あまり違わないのも事実。
金を出して読んだ本は本気で読むから買うのである。本棚に置いておくのは、
それと時を共にした愛着と、再読するため。それがパソコンに入っただけと、
割り切ってしまえば良いだけだが・・ 考えあぐねて、とにもかくにも
送付することにした。
   * つれづれに 一昨日は、中学校の同期会
 中学校の同級会が開かれ出席してきたが、今年に入って二回目である。
出席は11名。この数年は、年に二回は開かれている。春から私の生活圏が
小さくなった分、それはそれで有難い。あいも変わらず女性は元気が良い。
帰ってみれば午前様。店は何処もガラガラで、よくやっていると老婆心が出る。 
男5人の出席のうち、中小企業の社長は3人。背中の重しが取れた分、天使の
ように気持ちが軽くなった。そのため現役の人と接すると、何かエネルギー負け
を感じるのは仕方がない。プラマイ、ゼロ。一線で働くということは、それ自体
が歪みの増大になっていることに、最近になって気づいた次第。それが個性である。 
ところで高校の同級会、去年も、今年も開かれてない。一昨年、私とMが幹事で、
恒例でその年の幹事が次の幹事を指名して持ちまわるシステムになっているが、
任命責任がないでない。この時期は、むしろ行われないほうが良い。
娑婆はシャバシャバか!


5312,閑話小題 〜リーマンショックから、まる7年

2015年09月30日(水)

   * リーマンショックから、まる7年
 以下にコピーした文章は7年前のもの。このリーマンショックで、まさか
自分の事業に直撃するとは思ってもなかった。 アメリカの大手証券会社が、
ほぼ吹っ飛び、三大自動車メーカーが政府の直接管理化におかれ、アメリカ
経済界だけでなく日本経済も直撃を受けた。当時の殆どの上場企業は生き
残っているが、大手ほど痛んでいるはず。
 リーマンショック以来、売上げマイナス25%が3年目半ばまで続き、
合計50%の売上げダウン。2001年の9・15テロ以来、売上げが三分の
一になっていた。そして、事業整理を本気に考えだした矢先の2011年の
3・11大地震が発生した。それもあって、躊躇なく事業断念の決断ができた。
その前年度まで、手がけた事業で一度も『営業赤字』を、出さなかったが、
その最終年度は赤字が決定的になっており、丁度よい引き時になった。
悔しさとか、後悔はないのは、万一の場合の備えが幾つかあったため。
一年休館後、物件を買取った事業主が、同じホテル名で事業を続けている
ため、結果として、「前経営者と、借入金の6割カットのリストラ」になる。
追加借りで、危ない借入れをすることなく終わったので、比較的、スムーズに
事業撤退が出来たことになる。
 もし、{準備を含め45年の事業。最後まで死守をする!}と決断したら、
金融機関は、まずは、家内や、身内の連帯保証を求め、身動きが出来なくし、
次は、高利貸しに目先の資金を求めて・・と、ドブ沼に嵌って、数年後には、
何処かに蒸発か、自殺のお決まりコースに歩んでいたに違いない。
 それでも、心の傷は決して浅くはないが、お決まりコースより遥かによい。
   * 地獄の沙汰も金次第!
 TVで、中東、アフリカ難民の個々のレポートを放送しているが、リアルで、
残酷で、末恐ろしい内容になる。 特に、親が子供に戦闘現地から、逃がし、
単独で、さ迷っているケースがある。ドイツからイギリスの国境に100人は
いるという。ボランティアが、その救いの手を伸ばしているが、魔の手にかかる
ケースが多いのだろう。シリアでは、過半数が、国内と国外に難民化して
彷徨っているとか。国内、三割、国外二割。着の身着のままというから、酷い。 
難民の一人が、この逃亡の中で、「西欧の自由とは、お金!」と分かったと
いう悲鳴が耳に残った。地獄の沙汰も金次第ということ。
―――
7年前のリーマンショック直後の「論評時評」について書いた内容をコピー
します。何事も無かったようだが、3・11震災ともども、大きなツケがマグマ
として膨らんでいる。問題は爆発したときが、経済破綻が表立った状況、
ギリシャ、スペイン、韓国の現状。 韓国の海外移住希望者7割というから!
・・・・・・
2733, 米国金融恐慌の深層 −1
2008年09月28日(日)
朝日新聞の昨日の「論壇時評」で社会経済学者の松原隆一郎氏が
《金融危機の深層》として、アメリカ発金融危機の本を評論していた。 
内容が長いので二回に分けて掲載するが、こと、ここに至って、冷静過ぎる
内容と感じたのが私の感想である。まずは、その内容の前半を・・・
 −−−
今月15日、米国四大証券会社の一角、リーマン・プラザーズが米国史上最大の
負債総額約6130億ドルを抱えて経営破綻した。山一証券の約125倍という巨額の
負債だった。公的援助を米政府が拒否したことが引き金を引いたと目されている。
翌16日、FRB(米連邦準備制度理事会)は一転して、株価が急落した米保険最大手
AIGに最大850億ドル(約9兆円)を融資すると発表、発行済み株式の約80%を
取得して、管理下で再建を図ることとした。AIGは住宅ローンの証券化商品の
元本を保証するクレジット・デフォルト・スワップと呼はれる金融商品を大量に
販売しているため、元締めの一つが破綻すれは世界の金融市場に大混乱が生じる
恐れありと当局は認識したらしい。昨年8月の株価下落(サププライムショック)は、
サププライムローンそのものの焦付きと証券化した金融商品の評価損によっていた。
ところが今年の第2四半期に至り欧米の主要金融機関は次々に巨額の損失を計上、
「金融システム危機」が予感されている。
   *真実味帯びる悲観論*
 こうした経済情勢に対し北野一は、いさ危機と認めながらも過剰反応を諌め、
「実体経済の数字はそんなにひどくありません」「アメリカが駄目だと言われて
いるほどにドルは下がっていないのでは?なかなか打たれ強いですよ」と述べる。
しかしその論拠の一つに「リーマン・プラザーズみたいな会杜でも公募・増資
できている」ことが拳げられているから、悲観論が俄然、真実味を帯びてくる。
・「週刊ダイヤモンド」は悲観論の郵緬を分かりやすく図式化している。
 損失計上ー>貸し渋りー>景気悪化ー>焦げ付き増ー>損失計上の
「負のスパイラル」が始動、大手だけでなく地銀・住宅公社からノンバンク、
モノライン(証券化商品や地方債の保証会杜)までがバランスシートを悪化させ、
もはや公的資金注入は不可避とする。
・水野和夫の推計によれぱ、米国の実質的な住宅価格はさらに34%は下落する。
住宅ローン残高よりも安くなると金融資産を持たない多くの家計で差額が不良
債権となってしまう。その紛額を大手金融機関の自己資本に匹敵する1・27兆弗
と見積もれは、現在4千億Fルの処理進捗率はいまだ31%にすぎない。
これからが危機の本番ということになる。公的資金の注入は避けられず、
しかしその原資を調達しようにも増税は無理だから、国債を外国人、なかでも
中東諸国や最大の貿易黒字国である中国に買ってもらうしかない。
しかし国債に償還のあてがないとみなされれは、国際通貨としてのドル離れ
さえ起きる可能性がある、と言う。 
・さらに野ロ悠紀雄は、こうしたドル危機の「原因」はサブプライムショック
であるかに見えるが、それはむしろ「結果」で真因はGDP(国内総生産)の5〜6%に
膨れあがった米国の経常収支の赤字にあるとする。物価および利子率の差が
日米間で3%あり、両国間で同一財価格が同一に、どちらの通貨で運用しても
利回りが同じになるには、ドルが円に対し毎年3%減価(円高)しなけれはならない。
ではなぜ経常収支赤字が減らなかったのか。それは円安を持続させ対米輸出を
維持するために日本が資本提供をしたからで、しかしドルがードル70円程度まで
低下する圧力はかかっていたから、いずれ何かのきっかけに解消されたはずだ
と推測する。
  −−−
 評)
 アメリカ金融危機に対する多くの本が並んでいるが、
今年に入り、その最右翼の悲観論者のいう通りになってきた。ここでは最右翼
の本は扱ってなかったため、迫力に欠けた内容になってしまった。学者タイプの
人のためか生々しさにかける。初め取り上げている北野一は甘いのか、もし恐慌
になっても、それさえ乗り越える国力がアメリカには有ると言うのか?
現在のアメリカの財政の破綻は明らかだが、資源・宇宙工学・軍事・情報関連も
含めた国力の蓄積で立ち直りは早い、というのだろうか?野口悠紀雄の間接原因は
財政赤字というのも、納得できる。このところ悲観論者の本を何冊も読んでいる
ので少し冷静になることも必要だろう。ところで昨日のマスコミは一切アメリカの
金融危機のことを扱ってなかった。これも驚き。問題はあまりに深刻で恐慌を
煽り立てることも出来ないのか、日本のマスコミが呆けているだけなのか。
もう火がついてしまったことは間違いない。
 

・・・・・
2734, 米国金融恐慌の深層 −2
2008年09月29日(月)
前回につづき朝日新聞「論壇時評」の社会経済学者・松原隆一郎氏の論評
《金融危機の深層》を考えてみる。 まずは、続きの部分から
 ーーー
 日本が経常収支黒字で米国債を購入、米国から流出したドルを還流させる
「新・帝国循環」を支えたと喝破したのは 吉川元忠の「マネー敗戦」だが、
サププライムショックがついにその矛盾を爆破したというわけだ。
円高は当然、輸出頼みの日本を不況に陥れる。楽観論から悲観論に至る
この違いを、どう理解すべきか。 それは、資産の流動性(他者に受け取って
もらえる可能性)を信じるか否かによっている。楽観論も帝国循環も、国際通貨
としてのドルの流動性に対する信頼の上に成り立っている。
またサププライムローンが安全な資産と信じられたとき、複雑に組み合わせて
証券化がなされ、世界に受容された。ところが暗転して安全性に対する不安が
広まると流動性は低下した。それが信用不安からドルに対する信認の低下に
及んだのが、今回の危機である。 問題は、資金や貨幣の流動性に対する信頼が、
何らかの確固とした根拠にもとづくものではない点だ。
 バブルは資産に対する強気の集団心理が引き起こし、不況は不安に起因する。
 どう対処すれぱ人々の信頼が回復されるのか、断言できないのである。
   * 処方箋、どれも不完全*
 危機への処方鰍としてJ・E・スティグリッツは、銀行経営者の個人的報酬と
社会的影響に均衡を図る政策の必要を挙げている。 金子勝はより具体的に
公的資金の強制注入と、銀行経営者の法的責任の検討とを提唱する。
 益田安良は正反対に、注入先の再建が進まないときの国民負担を考慮し、
救済に疑義を呈している。 筆者は金子案に共感するが、根本的にはどの案も
絶対の策とはいえない。日本では、03年のりそな銀行への公的資金注入が外資に
「日本政府は銀行は潰さない」というアナウンスと受け取られ、株価が上昇した。 
しかしそれとて社会心理の機微にすぎない。
資産に対する信頼は、工学的に管理できるものではないのである。
 ーーー
評)以上だが、国際通貨としてのドルの流動性に対する信頼の上に成り
 立っている世界システムがアメリカ自身が自ら叩き壊してしまった。
 そして、その大混乱が、この9月15日をもって本格的に始ったのである。
 誰が一番困るか、日本と中国である。10年、20年スパンで考えると、
 当のアメリカは均衡縮小するだけで困りはしない。ただ同然で刷った札の
 価値が下がっただけでしかない。 結果として、それを持たされた日本が
 丸裸同然になるのである。日本が汗水流して得た経常黒字を、アメリカ国債
 を買わせて、ドルを回収してしまう循環をつくり強奪する「新・帝国循環」
 というシステム。 それがサブプライム問題で爆発してしまったという論が、
 的を得ている。ドルという絶対的基軸通貨が、ユーロ、元など幾つかに
 分かれて行くしかない。我われは、それでもマネーを媒介とするしかない
 のである。アメリア帝国主義の崩壊の後は、欧州、アジア、そして
 アメリカ、という多極に分かれた通貨制度になるしかないのである。 

・・・・・・
2014年09月30日(火)
4947,閑話小題 ー中古車価格は、格付け項目のチェックで決められる
  * 中古車価格は、格付け項目のチェックで決められている
 22年前のトヨタの「ソアラ」が大当たりで、大した故障もなく、これまで
満足をして乗ってきた。さすがに、この型のソアラを殆ど見かけなくなっていた。
その前も、やはり前の型のソアラを5年近く、その前はコロナを三年乗っていた。 
ところが、この5月の車検で、修理に50万かかるといわれ、乗り換えることに。
そこで、急遽、車探しになった。新車への拘りはなく、まず中古センターを
一週間にわたって探し出したのが、ワゴン車『トヨタ・マークXジオ』。 
ソアラに比べ出足しが弱いのが少し気になる以外は、満足している。 
それにしても中古車の車種と、在庫量の多いこと。一週間探し回って知ったのが、
「全国共通の格付けがあり、それでに比例して値段が決められている」こと。 
まず、価格と年式が、基本で、次に走行距離、車検時期があり、それに付属品、
タイヤ、人気が、加味された値段は、交渉で値切る余地が少ない。
中越地区の膨大の中古車から、個人事情で探し出すのだから、大変だが面白い!
  ー私の事情は、
・自宅駐車場の家具としての家屋敷とのバランス。
・事故も考えて、中型以上。 セダンか、ワゴンには拘らない。
・何から三年の立場?を考慮して、目立たない、人に知られてない車種。
・人生の最後の車として、数年後に後悔をしない車。  
・県外へ遠出はしないため、近場で、乗りやすく、燃費は程ほどのこと・・等々。
 以上を考慮した、車検の期限までの一週間を区切った車探しの面白いこと、
この上なかった。去年秋に生産中止で、値段は格安? 団塊の世代以降の、
車好きを狙ったコンセプトカー。燃費が月8〜9千円が4〜5千円に下がった
こともあるが、家内はお気に入り、センスが好きとか。 それにしても、
車のネット販売サイトには驚いた。「販売サイト」の格付けがあるから可能。
資金に余裕があり、世俗的謹慎の身でなかったら『トヨタ86』『スカGT』
『アクセラ・スポーツ』?
・・・・・・
2013年09月30日(月)
4580, 2050年の世界 ー10
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部(著)
  第十五章 バブルと景気循環のサイクル ーのまとめ
・バブルの発生期には、かならず、それを引っ張る新興産業がある。
 十九世紀は運河と鉄道。1990年代はインターネット企業。
 バブルは、新産業への投資として必要だとする考えもある。
・ただし、歴史を振り返ると、結局はバブルによって新産業に投資した投資家
 よりも、消費者が得をする。 その分野がすぐに過当競争になり、価格が
 引き下げられるからだ。
・2008年のリーンショック以来の最新のバブル崩壊によって、各国は債務超過に
 苦しむようになっている。これは緊縮財政を呼んだが、しかし、それに耐え
 きれない国民が政治的な反乱をおこし、不安定化が促進される可能性がある。
・しかし、この景気後退においても、物の価格は上昇に転じている。
 これは、中国、インドという二大新興国がグローバル経済に組みこまれ、
 成長の過程で、エネルギなどの需要をより欲しているためとする見方がある。
 だとすると、現在は、長期の好景気の、とば口だと考えられる。
・日本型の鈍化した市場が、欧米などで長期間続く可能性がある。
・過去の実績のある株価を実績順に買っていくという成長株派の
 モメンタム理論。本来は過去の株価の推移は将来の価格決定にはまったく
 関係がないはずだが、それがおおむねうまくいくことの理由は、そうした 
 投資家が増えることによる割安株派のバンドワゴン効果がある。
・しかし、このモメンタム理論は、バブルの崩壊など経済に断層が生じると、
 巨額の損失を被ることがある。
・株式市場の投資家には企業に成長要因を見つけて投資する「成長株」派と、
 過小評価されている株を買う 「割安株」派のふたつがある。成長株派は、
 1990年代後半のITバブルのように、強気市場の最も勢いのある段階に関わる
 ことが多く、割安株派は、経済が景気後退を抜け出すときに実力を発揮する
 ことが多い
▼ 40年先のバブルと景気循環のサイクルを論じること自体が、土台無理。
 20世紀前半の第一次大戦、世界恐慌、第二次大戦、の一連の変動期と、現在を
重ね合わせると、1933年辺りになる。とすると、第二次世界大戦が始まること
になる。時代はバブルと崩壊、そして精算の戦争が、大小生じて流れていく。
20世紀前半は、欧米の中で、欧州から米国へのエネルギーの移動であったが、
今度は、アメリカから中国、インドなどアジアへの移動になる。
・・・・・・
2012年09月30日(日)
4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている
  * 日本人の人生は、ツアーに似ている   「異郷日記」西江雅之著
 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。
早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど世界の僻地で直接、
原住民と触れ合う機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。この本は4年前
に出版されたものだが、既に早大を退職し、気ままに国内外を講演などで
まわっているという。その著者の体験談の一言一言はツアーでしか、
秘境に行く機会のない者にとって、参考になることばかり。 
 まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から・・
≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で
 "異郷〃との重なり合いが見出される。目的地の異文化度が高ければ、
当然、その重なり合いは大きくなる。
◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に
 味わうために金を支払う行為」と言えそうだ。一般的には、その行為は多かれ
少なかれ、地理上の身体移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇
という時間を持つ社会に属す人々にのみ許された行為である。目的地で一時的な
異郷感を味わわせてくれる事物は、土地の人々から見て、必ずしも本物である
必要はない。それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物であったならば、
訪れる人々にとっては受け入れ難い事物の方が多くなり、観光は成り立たなく
なるだろう。それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮か
べれば明らかだ。 観光には"…らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、
それを主催する側とを含めた、全体としての観光というものを話題の対象と
すれば、そこには、企画、経営などという側面が大きな役割を果たすことは
言うまでもない。しかし、その場合でも‘・・らしさ’は見過ごせない要素。
◎‘旅’は何よりも「道中」が主役である。古典文学を見ても、旅の話を支えて
 いるのは、目的地に至るまでの道中で出くわすことになる数々の予期せぬ
出来事だ。道中で何が起こるか分からない。それを乗り越えて到着した目的地で、
一段落となる。道中にいる間、旅人は異郷の人である。人生は常に旅路にあると
自覚する者は、本物の異郷の人である。
◎‘旅行’の場合は目的地までの行程は保証されている。旅行者は目的地
 までは交通手段を利用して安全に運ばれる。目的地に到着してから、旅行者は
思い思いの活動を各自の興味に応じて開始する。結果として手に入れたいと
望むのは、個人的な楽しみであり、良き思い出である。
◎‘ツアー’では、出発点と目的地との往復が予め保証されている。
 それのみか、道中、宿泊地、目的地での行動内容の一つひとつが、
あらかじめ他人によって計画に組み込まれて、それなりの効果を狙った演出も
準備されている。参加客は、それらの催し物を個々にこなしてゆくことで移動
を終える。多くの場合、自分の気に入った場所でも時間的な制約を受ける。
物足りなさも残される。しかし、全行程が保証されていて、何を見て、
何をすべきかを考えなくても安心できるという利点もある。
昔、「人生は旅である」と言った。しかし、現代の日本人の人生は、
ツアーに似ているとも思えてくる。≫
▼ あと三回で世界旅行(主にツアー)50回に達成する。
 一応、来年中と考えていたが、年金生活者、家内の鞄持ちとして年一度が
限界か、それも無理? しかし30年近くかけて、小刻みに安いパックを
探して行っていたので、充分満足しており悔いはない。 
著者の「現代の日本人の人生は、ツアーに似ている」は、言いえて妙である。 
ツアーより、むしろ観光に思える。そこでは"…らしさ"が重要と信じられて
いるからだ。それらは受け止め方の違い。やはり実感は旅である。


5311,閑話小題 〜土曜の朝の異様な行列

2015年09月29日(火)

* 土曜の朝の異様な行列
 家内から聞いた話だが、≪ 土曜の朝、東京に住む次男の娘(孫)の
某メーカーのオムツの予約抽選券を貰うため駅前のヨーカ堂に行った
ところ、既に数十人の中国人の行列。東京で入手困難のため、長岡駅前の
ヨーカ堂で時々、購入して送っている。日本人は自分一人だけで、最後尾。
何か異臭が漂い、難民?のような異様な風体。 最後列もあってか、通り
すがりのオバサンが、「何事ですか?」と、小声で聞いてきた。 聞くところに
よると、ヨーカ堂は二千円だが、中国本土では五千円。 あの異様な人たち、
どこから来たのか不思議! 来週でも、その時間に行ってみれば! 
私の整理ナンバーは75番。それだけ並んでいたことになる。
翌日、店に行ったが外れ券だった。・・ ≫ 物語は、こんなもの。
 身近で、こんな現象が起きているとは。抽選だから、確実に差額を得るには
効率が悪すぎるし、地方都市の駅前に、これだけの集団が集まるのも不自然。
仲間の赤ちゃんのためのボランティアと考えるのが自然だが、どうだろう? 
   * つれづれに
・大相撲も、丁度よい塩梅の結果で終わった。照ノ富士が先行していたが、
全勝をしている間に自信過剰が見て取れた。結果、それが墓穴になった。
「相撲は立合いが、大きな要素になるが、それを磨くには、強い相手との
稽古の積重ねが必要!」という、九重親方の解説が真を得ている。
・野球も、リーグ優勝はヤクルトに決まりそうだが、それでよい。
原監督は、この辺で一度、身を引くべきだ。賞味期限が切れている。
桑田か、江川あたり? 松井は国民栄誉賞をとったので、無理。
 原監督が自らが決断するのがベストだが?
・・・・・・
4946,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −3
2014年09月29日(月)
    * 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー②
 番組に出てくるプロが判断する値段、果たして本当だろうか?  
当然、プロも見ているので、いい加減な値もつけられないが・・
500万、800万を何の基準で判断するのだろう?一般の買値と売値には
大きな開きがある。 出演している鑑定士?の立場上、実売価格より高めに
言っておけば、無難。逆に骨董店主からすれば、高値で売ったものを、安く
根付け去れれば、詐欺呼ばわりされてしまう。贋物と知らないまま、
死んでしまえば、それこそ「知らぬが仏」である。
 武士の家系から出てくる刀や槍・茶道具に、けっこう贋物が多い。
金が無い殿様が、時には贋物専門の刀鍛冶や陶芸工場を持っていて、名刀
名品として勿体をつけて家臣に与えていたケースが見られる。拝領する家来に
とって、半ば勲章。 真偽は二の次だから、問題はない。地域内では地域貨幣
のようなもの。鑑定士も、その辺はわきまえて、「たいへん素晴らしい品です。
値段は、そこそこですが良いものです。大事なお宝として保存して下さい。」
と言葉を濁すのが常のようだ。絶対に、本当のことは言ってはならないのが、
骨董の世界の掟。 
 子供の頃、骨董仲間のセリの現場に父に何度か連れられていかれた。
大きな座敷で20人位が円座を組んで。その中央にセリの骨董品が出される。
仕切人が、提出された骨董の提出者の提示の最低値をいう。そこから、
オークションが始まり、最高値で次々と競り落されていく。 これを仲間取引
といい、それだけを商って全国を渡り歩く人がいる。これも、目利でないと、
即座の判断を要するので、深く広い経験と知識が必要になる。「なんでも鑑定団」
は、あくまでバラエティショー。しかし、これを真剣に見続ければ、かなりの
知識を得ることが出来る。しかし、素人は、他山の石として、ゆめゆめ手を
出すべきでない世界である。一流の茶器は、見ているだけで癒される!
・・・・・・
4579, 2050年の世界 ー9
2013年09月29日(日)
     「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                  〜英『エコノミスト』編集部 (著)
 情報機器とインターネットの進歩が、情報公開を促し、科学を飛躍的に
発展させることになる。そのキーワードは、生物学とナノ科学、情報科学、
天文学。それらが互いに結びついていき、水平思考的な科学が出てくる
ことになる。
   ー第十六章 次なる科学ー のまとめ
・次なる科学のフロンティアは、化学でも物理学でもなく生物学にある。
・生物学とナノ科学、情報科学、天文学などが結びつき、さまざまな発見と
人類にとっての進歩をもたらす。
・2030年ごろまでには、わたしたちの知る生物のほとんどが遺伝子の
サンプル化を終え、またサンプリング過程そのものが、多くの未知の生物
の存在を明らかにする。その過程で、最近、生物の原初形態として、
古細菌、真正細菌、真核生物以外に四つめのドメインがあるらしいことが
わかったように、生命の歴史の未知の部分が解明されていく。
・宇宙も、制覇の対象というよりも探索の対象、特に生命の起源を知る
意味でさまざまな研究や発見がなされるだろう。太陽系以外の恒星の
惑星の研究などが進み、生命が地球に特異の現象なのか否かということも
解明されていくだろう。
・生命誕生の仕組みの解明は、われわれの細胞を研究していくことで
開けていく道もある。
・物理学は、未知の物質の探索の時代に終わりを告げ、現在あるもの
への分析に向かうだろう。 なかでもその最大のターゲットは宇宙を覆う
暗黒物質の正体だ。
・経済成長により東アジアの国々は、科学分野でもさまざまに進出して
いるが、真に独創的な研究は権威を根こそぎひっくり返す革新性を
必要とする。その意味で、東アジアの儒教的な上下関係、あるいは
中国の専制的な政治体制はマイナスに働く。
・非西洋では随一の技術大国である日本でさえ本格的な基礎科学の
研究は立ち後れている。日本人研究者で科学部門のノーベル賞を
受賞したのはわずか十五人。それは例えばオーストリアの受賞者数
よりひとり多いだけーオーストリアの人口は日本の人口の七パーセント
以下で、その理由の一つとして、日本の若手科学者が先達の理論に
迎合しがちなことが挙げられる。これに対して欧米では、旧来の理論
を否定することでキャリアが築かれる。
・その意味で、政治体制が専制的な中国よりも、
民主的なインドにおいて科学は発展するだろう
▼ 情報の共有化が進み、それが想像を絶するほどの科学は進化
するはず。その一つが暗黒物質の研究。そして生物学。一年一年
単位で静かに科学の進化は進むので、その先の予測は不可能に近い。 
また、それがもたらす社会的変化も大きくなる。そうこう考えると、
やはり少しでも長生きをして時代の先を見ていたい欲が出てくる。
いや、未来でなくても、現在の世界で知らないことだらけ!
それを自覚するだけで、見えてない世界が見えるはず。
全く、この厚いバイアスには!
・・・・・・
4204, 閑話小題 ー阿部が次期首相というが
2012年09月29日(土)
   * 阿部が次期首相とは驚き!
 自民党の総裁選挙、リアルタイムのTV放送だったため、ドラマ的で非常に
面白い内容。選挙の数日前から、安倍有利の予測があったようだが、安倍
自身も周囲も勝てるとは思ってなかっただろう。中国との尖閣列島紛争が
追い風になったことになる。維新の会の橋下に党首を依頼され断った際に、
衆院選挙後の自民との連合の可能性を話をしていたようだ。 
政権をとった際には、維新の会のメンバーを行革と自治大臣に置けば、
この時期に丁度良い超強権内閣になる。 石破が勝利し党首になっても、
安倍が副総理になっただろうから似たような。次の体制が見えてきた。
とはいえ5年前に病気としても、総理大臣を投げ出した人。
一部の疑念が残るが、この緊急事態の中、もう一度、やらせのも良いかも。
対中国政策は強行姿勢になる可能性が高く、厳しい局面が出てくるが、
この位の人が丁度良いとみるべき。基本的に私の考えも安倍に近いが、
国家の均衡縮小の方針は無いのが気がかり。(有っても言えないか?) 
前の谷垣と石原幹事長は野党の立場もあり「座りの悪いコンビ」だった。
それに比べて数段良くなった。 これで復古でなく新しい日本をつくり
変えて欲しいが、これで年内解散の可能性が高まった。 
   * つれづれに ーリタイア生活について
 リタイアの生活に入って一年半になる。単調な平々凡々とした日々だが、
これがこれで私に合っている。事業生活を40年近く続けてきて、それまで
と違った隠遁生活の平坦さに飽き飽きすると思いきや、それは全くない。
何だろう、これは?と、自身で驚いている。時代が激動になってしまった
実感があるからだ。 この随想日記を一日一文書き上げ、毎日三時間の
早朝のサイクリング、午後のスポーツジム通いが、一日のリズムになる
からである。それと、40年近くの事業生活は両肩に覆いかぶさっていた。
それからの解放感が、気持ちを自由にしてくれる。前倒しの思い切った
決断が、銀行担当者も慌てるほど事業物件の売却を早くしたこともある。
何か、何時も同じことを繰り返しているが、実際に、そうだからである。
主婦も亭主さえ、コントロールが出来ていれば、これほど楽で面白いもの
はない。ヒモに徹すればよいだけ。男も仕事が順調なら、それで良いが。
 ・・・・・・・
3839, iPadと、アプリ、あれこれ ー1
2011年09月29日(木)
 iPadの便利さと多様性と、そのアプリの豊富さと内容に、
驚きの毎日を過ごしている。
* その一例としてメモを残すための「黒板」や「ボード」のアプリが面白い。 
黒板に赤、白、黄色のチョークと、黒板消しが、下の溝に置いてあり、
それを取り出しメモを書きこめる。凄いのは、それから。 上段にある
カメラのアイコンを押すと撮影され、iPadの写真ロールに自動的に記憶。 
 これは電子黒板(自動的に記憶して、再現したり、コピーを打ち出して
くれる 機能の応用である。これは非常に便利。 黒板はチョークで
書くが、ボードに直接、指で書き込むものもある。
 要は手書きのメモを、写真と録音と共に簡単に記録し残せる。 
* メモ専用のアプリものには、iPad内臓カメラで撮った写真を、
そこに添付することも出来る。 またマイクのアイコンを押すと、録音も
添付される。モバイル携帯を使い込んでいる人なら何を今更だが・・ 
 同じ類のもので、スケッチ専用のものがある。カラーペンが豊富に
用意されていてスケッチ用になっている。 
 黒板とか、スケッチ用のアプリは、アナログとデジタルの融合。
* 面白いところでは、iPadの現在位置を自動ナビをし、その近くの
コンビニや、飲食店を表示してくれるものがある。
* Googleで、直接、音声で入力をし、検索するものがある。 
既に使っているが、何か奇妙な感覚だが、この上なく便利である。
*「ちら読み」出来る本や雑誌だけを集めているアプリもあり、その幾つか
を現在、毎日のように立ち読みをしている。前書きとか、目次、そして、
冒頭の内容を載せていて「興味ある人は購入してください」と、誘うもの。 
ゲームのアプリのフリーのものは殆どこれだが、多種の切口の断面が
見ることができる。 初めてiPadからネットで買ったのが、
「最新iPadアプリ特選700」。 これを連日見ながら新たなアプリ探し
をしている。この雑誌で、紙の本・雑誌より、iBookの方が読みやすい
ことが確信できた。 紙は紙で、リアリティがあって読みやすが。
これでは数年で新聞社や雑誌が消滅するのも納得できる。
 アメリカでは去年暮れから今年にかけて、電子書店の売り上げが
店頭書店の売り上げをこえた。これは、あくまで販売経路の売り上げ
だが。 本といえば・・・・ それは次回。書店まで行って買う手間や、
本棚まで行って本を取り出し、読むまでの手間が、デジタル機能で
省ける便利さは何よりである。 
・・・・・・・
3474, 迫るハイパーインフレの危機 ー1
2010年09月29日(水)
 中央公論8月号の《迫るハイパーインフレの危機*現金・預金は
一番のリスク資産 ー藤巻健史》が、ハイパーインフレを考える上で
分かりやすい。その要旨の一部を抜粋する・・
  * 日本とギリシャは、どっちが健全か?
「債務不履行を起こした場合、ギリシャはその国債の7割をドイツ、
フランスをはじめとする他国が保有している。したがって大きな損失を
被るの他国。だから騒ぐのである。それに対して、日本国債の
95パーセントを保有するのは日本国民だが、被害者は自国民。
だから、その方が問題は深刻と認識しておかなければ。」
△ 自国民が被害者の方が性質が悪いという見解は驚きである。
しかし、被害者は何らかの形で、日本の資産を確保するはず。
  * 日本の財政再建は時すでに遅し
「国の累積赤字は来年3月末には975兆円に膨れあがる計算に
なってます。約1000兆円の借金は、毎年10兆円ずつ返しても
100年かかる計算。日本の税収は昨年度37兆円に落ち込み、
その10兆円にしても捻出は難しい状況です」
  △ 戦争という非常手段で清算が無理なら、ハイパーインフレで
やるしかない! 
 * ハイパーインフレへ、そして、それは実質《徳政令》になる。
「財政悪化はおできがぱんぱんに膨れあがり、膿が飛び出しそうな
状態です。 (字数制限のためカット2012年9月29日)
 ・・・・・・・
3099,政府の借金など返済の必要なし? ー2
2009年09月29日(火)
  =著者は日本国家を一家に譬えている。 〜その部分から
・世界一の金持ちの家庭(=日本国家)では、旦那(日本政府)が
974兆円もの大金を借りている。 しかし、外部の金融機関ではなく、
家計から借りている。しかも、467兆円の金をヘソクリをしている。
・この家の奥様、個人としては世界最大の金持ちで、純資産が
1058億円もある。この結果、この家族は純資産が243兆円もあり、
世界最大の金持ちである。
・一家の中の、最大の稼ぎ手である長男(非金融法人)が、最近、
いま一つ金を稼げないので(法人税が減少)仕方なく旦那は資金の
工面をしている。といって、奥さんから借りているだけだが。
 旦那から貰った金を預金をしたり、国債という紙切れ(借用書)、税金
として再び旦那に渡している。 家の中でキャッチボールをしているだけ。
・ここで家が破産するとしたら、どういう場合か?「利益や収入が足りなくて、
借金が返せないとき」
 というが、家の中でのキャッチボールをしているので、
絶対に破産はない。  〜以上だが、
「財政的に破綻するのは、どういうときか」というと、「借金返済のための
現金が最終的に入手できなかった時に破綻する」 すなわち手持ちの
資金が尽き果て、預金残高がゼロになり、現金収入が途絶え、現金化
可能な資産を全て売り払い、金融機関はもちろん、家族からの借金も
不可能になった結果、ついに、債務不履行、破綻する。 企業も、家庭も
破綻するのは、返済のための流れが途絶えた時である。 しかし、国家
の場合は、世界の国が財政が破綻しないのは、営業キャッシュフローの
マイナスを、財務キャッシュフローで補充しているからである。
日本の政府は世界の中で最も金を借り易い環境にある。その証拠に
日本国の国債は世界で一番金利が低いことで理解できる。
世界は、大不況のため、日本の金融機関が 溢れかえっている。
その国債も中央銀行が買っているのだから、政府そのものは、痛くも
かゆくも無い。 増税をして、政府の借金を返済している国など何処
にもない。なぜなら、ゴーイング・コンサーン、すなわち継続することが
前提になっている政府が永遠に債務の繰り延べができるから。
その点、自国政府の国債残高を槍玉に上げる日本のマスコミは本当に
稀有な存在である。なら、ロシアとアルゼンチンが債務不履行をしたのは?
 オカシイと思うだろう。国家両国が外国からドル建てで借りていた債務、
すなわち対外公的債務が借りられなくなったため。
  *政府の借金は、世界中の国と比較して、それほど突出していない
  *政府の借金の債権者は、実は日本国民である。
  *政府の借金総額は大きいが資産も大きい。あのアメリ力政府の
二倍の金融資産を持っている。
  *国家の純資産総額世界最大で、国家としては世界一番の金持ち
  *政府の借金を、税金で返済している国など一切ない。
  *政府は自国通貨建て借金に対して、永久に繰り延べをしてもかまわない
  *4番目のキャッシュフォロー(中央銀行による国債の買い入れ)を
   持つ政府が債務不履行になることなど、ありえない。
  何度も著者が繰り返していることは、「政府は借金を完済する
  必要が無いこと。 しかし、それも全てが日本政府の借金が、
  自国通貨建てだからこそ、言える話である」 ーつづく
 


5310,テクノロジーと退化 〜テクノロジーと退化

2015年09月28日(月)

        ー クオリア再構築 〜島田雅彦:茂木健一郎対談集           
 「まえがき」の島田雅彦の文章である。ネット社会の現状と、
 それが故の、生身の人間の退化に対する処方を示している。
   * テクノロジーと退化   〜島田雅彦
≪ 20C終わり頃から、仕事のほとんどは1台のPC上で行うようになっていた。
 原稿の受け渡しも個人的な通信も読者との交流もリサーチも息抜きもすべてPC
画面を通して行っている。つまりはPCが壊れれば、いきなり原始時代に逆戻りだ。
知らぬ間にPC依存の度合いが進み、PCなしでは何もできない体になっている。
思えば、コンピューター・テクノロジーとインターネットはライフスタイルを
根底から変えた。自宅に引き籠り、ウエッブ越しに世界とにらめっこしていれば、
買い物も投資も社交や恋愛も、また中傷、犯罪、テロも自在に展開できるように
なった。キーボードの操作一つで社会を混乱させたり、巨額の賭けや、損失を
出したりできるので、この世の営みの全てが安っぼくなつた。電脳経済は
確実に世界恐慌の元凶になっているし、電脳政治は世論の単純化、批評の
衰退をもたらし、政策議論よりもキャラクターを重視する傾向を生み、衆愚政治
や集団ヒステリーを強化した。万人が同「のメディア、情報ソース、ソフトを
用いることにより、言論や表現の多様性が著しく失われた。手っ取り早く、
わかりやすく、扱いやすいもの……それはみな退屈だ。CG映像の薄さ、
パワーポインターのブレゼンテーションの味気なさ、シンセサイザーの陰影の
ない音に飽きた頃、おのずと私は六〇年代の映画や文豪の講演テープや
蓄音機の音に含まれている揺らぎ、ノイズに心地よさを態じるようになっていた。
手先、指先に物足りなさを覚え、何かプリミティブなことをしたがっている
自分がいた。電磁波を発したり、コードが付いているものではなく、もっと
武骨な自然物に触れたかった。これは本能の欲求だった。衣食住、交通通信、
文化活動のあらゆる面で、私たちは自分の体や頭を使わなくなった。便利さ・
快適さ・手軽さを最優先すれば、出来合いの工場産物を食べ、大量生産の
商品を使い捨て、絶えず供給される情報をいたずらに消費することになる。
そんな受動的な暮らしを続けるうち、おのが思考能力、身体能力をすっかり
衰えさせていたのである。テクノロジー進化は生身の人間の能力を退化させる
に違いない。とはいえ人間もまた自然の産物である。その基本構造は一万年
くらい変わっていない。私たちはみなどうしようもなく原始的なのだ。
原始的なくせに、もはや、私たちは古代の狩人や、農民やサムライに戻ること
はできない。 近頃、竹細工に凝っていて、暇さえあれば、竹を削っている。
奥出雲のタタラ製鉄で打ちだした鋼を鍛えたナイフで、近隣の竹林から拾って
きた竹を削り、茶杓や花入れを作るのである。目下の生活の優先順位は酒、
竹、仕事、家庭といったところか。竹細工の優先順位が高いのは、それが
自分の脳と肉体に施す一種のリハビリだからである。竹細工をすれば、
おのずと道具と手先の関係が深まる。慣れない道具で怪我をすることもある。
また、里山を歩き、野草や木々と戯れることになる。自然を愛でるところに
風流が生まれ、詩が生まれる。 ・・・ ≫
▼ TVのアーカイブで、アメリカでの手つくり飛行機の趣味と、
 その出来栄えを競う大会のレポートがあった。これは、生身の自分の生命と、
最先端の技術が絡んだ命をかけた趣味。 大金持ちクラブの一例だが、能動的、
本能的要素と、知的、金銭的、時間的要素の全てが必要とされる。
その人の趣味をみれば、大方の人物像が見えてくる。 私の(悪)趣味は、
柵(しがらみ)に縛られた人間の滑稽で、ケッタイな人間のウォッチング! 
漏れ聞く金融関係の、それは、タチの悪い珍獣の精神症のオンパレードとか。
・・・・・・
4945,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −2
2014年09月28日(日)
  * 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー①
 私には骨董品や美術品の保有欲が全くない。一流品などは美術館で見れば
よいし、何ゆえに手元に置かなければならないか不思議である。両親を見て
いると、隠れた名品を探し、さり気なく、格安でハンター、倉庫に収めることが
趣味のようだ。これは骨董収集家の全てにいえるが。それなら、名だたる名品を、
世界の美術館で見ればよい!というのが、私の持論。21歳の時に、ルーブル
美術館、大英博物館などで、世界的名品を見た経験が、更に裏づけになった。
 鑑定団を見ている共通点は、「骨董店の主が、アマチュア気取りの素人に、
太鼓持ち話術で売りつけているのが殆ど。だから、出てくる当人、いやに識別感
に自信を持っている。が、それは店主の刷りこみ。株や骨董は、素人が手を出す
ものではない。「買いで騙され、売りも騙され」が、素人の悲しさ。
数代前の先祖が大事にしていたお宝にも多くある。両親の場合は元プロで、
特殊ケースだが、骨董世界は、「俺おれ詐欺」より、タチが悪い側面がある。
そこは特定少数の愛好家の世界。特定少数の本物の骨董品の周囲には、
その数十、数百倍の贋物と、詐欺紛い人たちが存在する。もし、金に窮したら、
どこかの骨董市などで、高そうな骨董を探して、金を持っている友人等に、
「これは我家の蔵にあったもの。何時でも引取りますから、買ってください」
と、売りつけ、そ知らぬ顔か、ドロンをすればよい。大体が、素人が一度
買った骨董品を、逆に骨董店に持って売ることはほぼない。太鼓持ちの大臣
扱いで偉くなった幻想で満足した段階で、大部分の買いの目的を果たしている。 
だから、素人衆の倉庫は、騙された骨董品の山。で、騙す方は、買取の誓約書
を平気で書く。ばれた時は、そのまま引き取れば、詐欺ではないからだ。
適当に「時代が変わりました」「この品の相場が現時点で暴落しました」
「自分も実際のところ騙されていました!」で済ますことも可能。ーつづく
・・・・・・
4578, そして、人生はつづく
2013年09月28日(土)
                『そして、人生はつづく』 川本三郎著
 図書館でみて、「まえがき」の文章が現在の心境に似ていたので驚いた。
還暦過ぎれば、誰も似たような現実が待っている。まずは介護が平均10年が
終末に控えている。私など、「そして、・・」より「それでも、人生はつづく」
が合っている。  まずは ー「まえがき」の全文ー  
《 2008年の6月に35年連れ添った家内を癌で亡くした。子供がいないので
 それから一人暮しが始まった。その「独り居」を毎月一回、日記の形で書いて
いった。物書きという仕事柄、幸い一人でいることに慣れている。というか、
物書きとは一人でいることが仕事のようなもの。 本を読む、映画を見る、
音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。
これに、家事という新しい仕事が加わった。愛読しているアメリカ人の詩人、
作家メイ・サートンの『独り居の日記』(武田尚子訳、みすず書房、1991年)
は、ニューイングランドにある緑豊かな田舎家での一人暮らしの日々を綴った
ものだが、こんな言葉がある。「私にできることといえば、瞬間瞬間を、
一時間一時間を、生き続けることだけだ――小鳥に餌をやり、部屋を片づけ、
たとえ私の内部には築きえなくとも、せめて私の身の周りに、秩序と平和を
創造することだ」。一人暮し、もうじき七十歳になろうとする人間にとっても
「秩序と平和を創造すること」がいかに大事であるか。自己管理をきちんとし、
静かに暮すこと。一人暮しになって静かな一日を送る困難と、幸福を知るよう
になった。 家事をし、仕事をし、散歩をし、一日の終わりに酒を飲みながら、
昔の映画をビデオで見る。無論、そんな平穏な一日が毎日あるわけではないが、
それだからこそ「秩序と平和」が大事なものに思えてくる。 もうあまり
大きな声でものを言いたくない。「独り居」のなかにささやかな喜びを
見つけてゆきたい。3・11のあともそんな思いで書き続けた。
あれはフェリーニの映画だったか、「私は生きることより思い出すことの
ほうが好きだ。結局は、同じことなんだけど」という意味の言葉があった。
日記を書くとは、まさにその日その日を思い出にしてゆくこと。 》
 アマゾンの ーBy FANTASMA UCCIDENDO MECCANISMOレビュアーが、よい!
〜編者か著者のどちらかの投稿?〜{評論家・川本三郎は2008年に妻・
ファッション評論の川本恵子を亡くし、以来独りの物書き生活が始まった。
 読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・・でも独りだ。たまには旅にも出る。
一見、悠々と見えても、心は独りさびしき、時の旅人である。面倒な“家事”
も自分でしなくてはならない。そんな老境に入った著者の日々が綴られている。
著者は当たり前に生きてきたつもりだが、妻の死、そして3・11で変わった・・ 
 著者は、震災後に東北を応援しようと小さな鉄道の旅にでる。3・11と
世の中のこと・・  淡々と静かに自分の日々を綴る・・ そして彼自身
独りの人生の時は流れてゆく・・・。たった数歳しか違わないのに、私とは
まるで異なる時をゆく。それでいいのだと思う。そして、人生はつづく・・
ターミナルは一つであっても、そこに至る道は人それぞれに異なるのだ。
独りという寂しさの重圧は、若き時には跳ね返せても、老齢に至れば、
そのエナジーも枯れつつあることを自ら認識、体験中のトロイGKMです。
余韻が残った久しぶりの大人の文章。}
▼「本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。
 旅も大半は一人旅。 ・・もうじき七十歳になろうとする人間にとっても、
秩序と平和を創造すること、がいかに大事であるか。」が、言い得て妙。
私は二年半前に、その半年前までは思いもしなかった事業整理をせざるを
得なくなったが、それでも、人生はつづいている。そこでのコツは「独り」
の世界の中で、秩序正しい静かな生活を守ること。 
一応、準備を含めた45年かけた独りの世界があるが・・・
・・・・・・
4203, 呪いの時代 ー17
2012年09月28日(金)
  * あとは呪詛の効果を搾制し、贈与を活性化するしかない!      
                      「呪いの時代」内田樹著
 呪詛を抑えるに、贈与でお返しをするのが一番良い方法になる。
が、放置しておけば、さらに憎悪が増す。呪いに対し、贈与で返すのが
贈与の贈与たる由縁になる。メディアは記事を売らんがために呪いの対象を
つくり上げる。手っ取り早いのが、政治家の失政と芸能人のスキャンダル。
関係もないのに、いつの間に扇動され呪詛の集団にされる、俗に言う
世間様レベル、B層である。呪詛は、これからも強くなるが、知恵で
自分を守らねばならない。  ーその辺りからー
≪ 世の中はバカばかりで、システムは全部ダメであるという宣告はかなりの
 部分まで真実を衝いているのかも。私が問いたいのは、その指摘が正しいと
すれば、そのような世の中を少しでも住みやすいものにするために、あなたは
何をする気なのかということである。完膚なきまでに批判し抜くことが、個人に
対しても制度に対しても、もっとも効果的な「改善」実践であるという左翼的
な批評性の定型から私たちは抜け出すべきときです。
「私がこのシステムの責任者です」と名乗り、それに対するすべての批判を
粛々と受け容れ、批判されればされるほどパフォーマンスが向上するような
「責任者」が存在するなら、そのような定型的批判も有効かも知れない。
だが、実際には、そのような責任者はどこにもいないのである。私たちはもう
「壊す」時代から抜け出し、「作る」時代に踏み入るべきだろう。命旦夕に
迫る病人に向かって「生き方を根本的に変えろ」と叱りつける人間はいない。
それよりは残されたわずかな生きる時間の質を維持するためにどうするかを
考えるだろう。・・・
(・・中略)私たちの意識を批判することから提言することへ、壊すことから
創り出すことへ、復讐することから受け容れることへ、傷つけることから癒やす
ことへ、社会全体で力を合わせて、ゆっくりと、後戻りすることなくシフトして
ゆくべき時期が来た。そのときに指南力を発揮すべきなのはメディアである。
けれど、メディアはまだ「呪い」の語法を手放すことができずにいる。
この本の中で私は別に目新しい知見を語っているわけではない。皆なが知って
いることをもう一度繰り返し確認しているだけである。呪誼も贈与も人類と
同じだけ古い制度であり、それがどう機能するものかは誰でも知っている。
けれども、多くの人びとはそれは神話や物語の中のことであっで、
私たちの日々の生活には何のかかわりもないと思っている。そうでない。
呪誼は今人びとを苦しめ、分断しているし、贈与は今も人びとを励まし、
結びつけている。呪認の効果を搾制し、贈与を活性化すること。
私が本書を通じて提言しているのは、それだけのことである。 ≫
▼ 西アフリカ横断のバスツアーで、単調な奴隷通りという道をひた走って
 いた時、突然、道路の脇道にそれた。そこは、小さな市場になっていて、
5〜6軒の店があった。呪詛の為の小物だけを売っている市場という。
アフリカ地域の多くは、今だに呪詛の習慣があり、その効果が信じられている。
そこで突然、生々しい人間のサガを突きつけれたようだった。昔、アフリカ
の奴隷は、地元の部族が近くの部族を襲い、捕虜にして奴隷商人に売ったもの。
警察力が希弱な土地柄だと、近辺の争いに弱者は黙って呪詛に訴えるしかない。
日本は近代国家とはいえ、断絶の、それも20数年も落ち目の時節にあって、
その鬱憤を誰かを呪うしかない。アフリカの呪詛の小道具が、メディアによる、
誰かへの集団リンチのような槍玉=記事に取って代っただけ。 私たちは、
ますます、周囲の、そして政府の呪詛が強くなる。しかし、それが故に、
国家の舵取りが大きく狂っていることさえ、気づかないとしたら、
命取りになりかねない事態である。
・・・・・・
3838, ツール(道具)について考えてみる ー4
2011年09月28日(水)
 20万年前に、動物は初めて言葉というツールを持った。そして、以前
から使用していた物理的道具と共に他の動物を狩猟し勢力圏を拡大していった。 
ところが一万年前に地球上に異変が生じ、それまでの果実などの植物採取と
狩猟では生きていくことが出来なくなって、牧農が始まった。その時に、
それまで培われてきた言葉と道具が農業と牧畜の進化に役立つことになった。
経験は本能で動物も植物も蓄積は可能だが、場所や時間を越えて言葉や絵に
置き換えて情報を伝えることが出来るのは人間だけ。現在の情報化革命が
20万年来の人類の革命といわれる。デジタル化とネットで情報が瞬時に
地球上の個々人に行き渡るようになり、人間と社会の有りようを根底から
変えてしまった。 ツールが時代に大断層を生じさせてしまったのである。 
新たにネット世界が出来て、それが現実世界の上位になりつつある。 
これが今後どのように時代を変えていくのか想像さえ不可能。連日のように
iPadを取り上げているが、この御蔭で目的とするブログに到達するまで、
初期立ち上げを含めて数十分の一の時間で辿りつけるようになってしまった。 
おまけに体積も一割以下で、コードから解放され、ボードからも解放された。
タッチ式のため、ネットサーフィンが非常に楽になり、本やアプリも簡単に
ネットから購入可能になっている。丁度、購入して一月経つが、それまでの
情報の質量が一桁は増えた感がする。ツールを弄るのが面白くなったら、
しめたもの。アプリについては次回に書くが、調べれば調べるほど次々と
面白いものが出てくる。 目につくアプリは、ベストのものしかない。
それが時と共に改善され続けているため、使いかってが良いのは当然。
 ところで、10年前の今日にあたる日に「目的と手段」というテーマで
書いていた。 面白い偶然である。
「ツールは手段だが、目的と手段は融合するか?」という問いかけ。 
前回、「畑仕事と釣がいいか、iPadがいいか?」という問いかけに
なったが、それからすると、「iPadをしながら釣をすればよい」
ことになる。トイレの読書と同じ? どんどん使いかってのよいツールは、
使えばよい。 ただし、振り回されるな!ということになる。


5309,閑話小題 〜人生について

2015年09月27日(日)

  * つれづれに 人生について
 この年齢になればこそ、‘人生について’の格言の示唆が身に沁みる。
老いの人生問題は決して甘くないが、豊富な経験があるため、青年期とは
味わいが違ってくる。過去は変えられないが、解釈、受止め方は変えられる。
人生は、私たちがそれが何かを知った時点で、その大部分が過ぎている。
精一杯生きた行蔵を、諦念を持って愛おしく振りかえるに人生訓はよい。
 人生の何たるものかを知るには、一人の一生では無理だから、格言が必要。
結局、いかに世間から超越できる時間を持てるかどうかになるが、各人各様
にあるのが、人生である。 〜心の琴線に触れた幾つかを取り上げる。
 ――
・【人生に疲れたという人がいたら、それは人生のほうが
  その人間に疲れたのだと思えば間違いはない。〜ジョージ・サンダース】
△ ‘成るほど’である。人生に疲れたは、壮年の人のいうこと。
 老年には、誰もが生老病死の問題に直面し疲れ果てている。
 老人に慢性のウツ症、ウツ病はない。誰もが、際どい局面にいるからだ。
 『百里の道は九十九里をもって半ばとす』というが!
 ――
・【思った通りの人生ではなかった。
  しかし、よかったとなら言える人生だったかもしれない。
                  〜アルセーヌ・メルセデス・ヒロコ】
△ これまで、大方は、『自分は不幸な人生だった』と悲観していると
  思っていたが、どうも、そうではないようだ。
 『そこそこ、幸福な人生な人生だった!』と、思っているらしい。
  傍からみた私が、現に不幸の結末の典型? しかし、実は!である。
 ――
〜孤独の問題も、人生論では欠かせない問題。 誰もが最期は孤独死で終わる。
・【孤独に歩め…悪をなさず求めるところ少なく…林の中の象のように〜仏陀】
 【我々はみな真理のために闘っている。 だから孤独なのだ。 寂しいのだ。
  しかし、だから強くなれるのだ。           〜イプセン】
・【真の幸福は孤独なくしてはありえない。 堕天使が神を裏切ったのは、
  天使たちの知らない孤独を望んだために違いない。  〜チェーホフ】
・【最高のものを求める人は、つねにわが道を行く。
  人間は最高のものを決して共存しない。
  幸福になろうとする人はまず孤独であれ。    〜ハーマーリング】
△ うつ病は、独り遊びの苦手の人に多い。躁と欝は「禍福は糾える縄の如し」
  のように交互に密着している。孤独も、群蓄本能も、同じように・・
・・・・・・
4944,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ ー1
2014年09月27日(土)
   * 「なんでも鑑定団」
 熱狂的ファンでもないが、好きな番組である。骨董の世界は奥行きは深く、広く、
果てしない。私の実家が江戸末期からの骨董商の分家で、父は、その分家の二代目。
当時の地元名士様に的を絞った、上客を多く持っていたが、太平洋戦争で骨董販売
では生活が成り立たず、父が戦中、戦後にかけ、転業した後、終戦後、衣料量販店
で大当て、骨董を趣味として、買い手としての収集家になっていた。 
それもあって、幼児の頃から父に連れられ、昔の仲間だった骨董店などに連れて
いかれていた。そのお陰で、知らずと骨董の真贋を見分ける目がついていた。 
良いものを見続けると、贋物が感覚的に分かってくる。 (これ人間にもいえるが) 
更に20数年、世界中の美術館を見てまわったことも目を養ていった。
美術館は古今東西の超一流の骨董品の展示場である。 ーネットによるとー
《 1994年4月19日放送開始。テレビ東京系から放送中。元々は、島田紳助が過去
に司会をしていた深夜番組「EXテレビ」の「家宝鑑定ショー」がルーツ。
・・・ 様々な人が持っている「お宝」を、専門家(主に古美術品やアンティーク
ショップの経営者が中心)が鑑定し、値段付けを行う。意外なものが高価な鑑定
結果を得たり、高価だと思われていたものが偽物などで安価になってしまうという
意外性や、鑑定物に対する蘊蓄が堪能できるのが特徴。鑑定の結果、埋もれて
いた芸術家や芸術作品が発見されたこともあった。・・ 
本番組からいわゆる鑑定ブーム、骨董品ブームが起きたが、何でも金銭で
換算してしまう点や、美術品をパフォーマンスで見せる点などを苦々しく
感じている美術関係者もいる。
 しかし、依頼品にまつわる人々の熱かったり切なかったりする思い入れや、
鑑定結果に一喜一憂する依頼人の表情などは人間味にあふれ、鑑定を単なる
金銭的評価に終わらせていない。また、鑑定結果が出る前には、これから
鑑定する依頼品に対する予備知識の解説が入る。そこでは、製作者の生い立ち、
歴史的背景などのほか、作風、作品の見方、味わい方などが紹介される。
このために文化史、美術史などにおける教養番組としての側面も持ち、
その観点から当番組を楽しむ視聴者も多いと言われる。・・・ 》
▼ 子供の頃から、両親の日常の会話の中心が、何時も骨董の話。
 そこで購入した骨董品を二人で楽しそうに眺めていた。部屋の中では、
常に骨董品が季節ごとに変わる。その環境が当たり前の世界であった。
母親が亡くなった時の相続で、兄が倉庫に溢れていた骨董品。私は現在
住んでいる自宅だった。で、あの骨董の山、どうなったか?不動産も実売に
なると半値だから、他人事ではない。実際、事業も・・ 
 売り家と唐様で書く三代目!『 努力して築き上げた家産も孫の代になる
と遊び暮らして使い果たし、ついに家まで売りに出す。しかも「売り家」
札は その道楽ぶりを物語ってしゃれた唐様の書体で書いてある」ということ。
『この随想日記そのものが、唐様そのもの?どの道、宇宙のゴミ、同じこと』
と、バカがいう。『同じバカなら、踊りゃなソン』と、更にいう。
その目で「何でも鑑定団」を見ると、同類憐れむで面白い!
・・・・・・
4577, 2050年の世界 ー8
2013年09月27日(金)
     「2050年の世界ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
 2003年のビッグバン理論が観測で認定され、大きな境い目になった。 
宇宙衛星などの観測から宇宙が拡大しているにかかわらず、膨張が加速して
いることが分かった。膨張のためには他の宇宙から何かのエネルギーが、
注ぎ込まれなければ成り立たない。それが暗黒物質と暗黒エネルギーである。
現在、その発見に世界中の科学者が躍起になっている。
   第十七章 苦難を越え宇宙に進路を  ーのまとめ
・冷戦時代に予想されたフロンティアとしての有人飛行競争は終わりを告げ、
宇宙の商業利用の時代が来ている。 アメリカの全地球位置発見システム
(GPS)など人工衛星群の商業的価値は、2009年には1609億ドルにのぼり、
前年比11パーセント増の成長を達成。
・アメリカが宇宙へ独自に有人飛行をすることをやめた反面、中国の台頭が
目立っている。中国は、2025年をめどに月着陸をめざしている。
しかし、これは米国が月着陸を果たしたときの世界的興奮と比べれば、
はるかに小さなニュースとなるだろ。
・NASAは、小惑星への有人飛行を計画しているが、火星への有人飛行のほうが
はるかに、世界的インパクトが見込める。
・軍事的な宇宙利用の主眼は、引き続き情報収集という機能に集約される。
・民間会社による宇宙飛行はすでに実現しており、アメリカは宇宙探索の、
部分をそれらの会社にアウトソースしている。ヴァージン航空を率いる
リチャード・ブランソンは、ヤーキェリー計画のような弾道飛行によって
宇宙に出るサービスを提供する会社を始めているが、まだ一回あたりの費用が
二〇万ドルと高すぎる。民間会社による観光目的の宇宙飛行は、今後費用が
下がっていき、金持ちの娯楽の一部となるだろう。
・銀河の動きを説明するために、暗黒物質なるものが宇宙の五分の一を
占めなければならないことになっている。 その正体を知ることは、当面の
大きな宇宙探索の目的のひとつ。宇宙の膨張が速度を増していることが近年
観測されたが、それを説明するための暗黒エネルギーの正体も解明が待たれる。
・太陽系以外に生命の可能性のある惑星はいくつもあり、観測技術の
発達によって地球以外の生命の発見が今後なされるかも。
▼ ひと時代前には、他の宇宙などSF小説さえ取り上げなかった。
 それが10の500乗の別宇宙の存在の可能性が、実しやかに語られている。
宇宙の知識も、天文科学の進化で飛躍的に伸びている。40年前では、想像すら
できなかった別宇宙の存在に匹敵する新たな事実が発見されているだろうが・・
「人間を一の単位とすると、我々が住む宇宙が10の27乗の世界で、
ミクロではマイナス35乗の世界が我々の世界」という。言葉として、
マイナス35乗のミクロ物質が、どのように考えても私の頭では理解できない。
現在、暇を見つけては、そのイメージを持とうとするが、無理。
 もしか、持てたとしたら、どうだろう?お釈迦様より、遥かに超えた
何かを実感できるのでは? 137億光年の宇宙の果てが27乗の外の世界で、
逆にマイナス35乗の物質世界の合計62乗が私の世界? 理解不能!
・・・・・・
4202, 閑話小題 ー危所に遊ぶ
2012年09月27日(木)
   * 危所に遊ぶ
 芭蕉の『俳諧問答』に「危所に遊ぶ」という言葉がある。 
危所は字のとおり危ない所だが、「名人は定跡から外れ、未知の分野
にも冒険心を持って飛び込み、そこで楽しむ」という意味がある。
が、他にも、「危ない所で遊ぶぐらいの心の余裕を忘れないこと」と、
「危ない所の先に宝が隠されている」という解釈もある。
事業の創業も、自分を一度、絶壁に追い詰め、そこから湧き出るエネルギーを
動力にする。 危所を見極め、そこに隠されたキーを見つけることがポイント。
ゲームとは危所(難関)を設定し、知恵で乗り越える遊び。難度の高い危所を
合理的に乗り越える域に達した人が名人になる。これは人生にもいえる。
生まれ、死ぬまでの間に難関が次々と立ち塞がってくる。人生を充実させる
には、その難関を最大のエネルギーを使い知恵にかえ乗り越えることにある。
これも「危所に遊ぶ」である。
   * 最近の私の言説は「悲観的すぎ?」
 この数年来、世界恐慌に突入直前という論調で書き続けている。
10年前に同じ位の悲観論で書いていても、今から振り返れば、その数倍も
酷い惨状になっている。まさか地元越後で大地震が二回も起き刈羽原発が破損。
上越新幹線もトンネル内で脱線。世界を見れば、アフガン、イラクにアメリカが
攻撃し、政権を転覆。それに百年〜四百年に一度の経済震災のリーマンショック。
更に東北大震災で二万人の死者と、津波による福島原発の最高7レベルの破損。
そして近将来には、リーマンショックによる世界恐慌が覆い尽くそうとしている。
この10年間の惨状の数倍規模の変動が起きるとすると、私が書いている内容
など、まだ甘い。 東北大災害が起こるまでは、心の何処かに首都圏か東海地区
の温和なところに終の住み家の憬れがあったが、今では考えられない。
更に、この秋口から年末にかけての恐慌への不安定材料が、あまりに多い。
これに中国が権力移譲期の混乱の隠れ蓑にするため、尖閣列島の領土問題を
大々的キャンペインを始めた。日本の政治の混乱を見抜いてのこと。
ドラッガーではないが、「断絶の時代」に本格的に入ったということ。
何事もなく、凡々とした時代より、断面が見れるだけ良いと思うしかないが・・
・・・・・
3837, 『 ライフ ―いのちをつなぐ物語― 』
2011年09月27日(火)
 二週間以上も前の話題になるが・・ 急に思い立ってシネマ 
『ライフ ―いのちをつなぐ物語―』を見てきた。金曜日の少し早めの9時開始
だったので数人しかいないのではと思いきや、20人は入っていた。ツアーで
アフリカや南米、北極圏などに行っているので、実感として身近に感じ取る
感受性は人一倍あるはずである。 とはいえ、映像は映像。手付かずの野生動物
の世界は激しい弱肉強食の闘いの中である。そこにはギリギリの生死の狭間で
生存の知恵が生まれてくる。TVのシリーズで放送した総集編だったが、
大画面でみる画像は迫力がある。 こういうドキュメント映画をみるにつけ、
人間が地球の主役ではないことを思い知らされる。ところでiPadのアプリを
みていたら、「Memory of coiors presented 
by Fotopedia」(色彩の記憶)の写真集のアプリがあった。 
てっきり秘境系の写真集と思って、250円ならとダウンロードした。 
しかし景色は一切なく、秘境の住人の上半身か全身の写真集だった。
しまったと思ったのは、初めの20分だけ。見ているうちに、彼らの自然の
面構えと、顔と全身に塗られたペイントと服装の素晴らしさに、引き込まれた。 
祭りか、祝いのための取って置きの晴れ姿や顔などのペイントが、素朴で美しい。
日本も江戸時代までは、こんな素朴な顔をしていたはず。 
カメラマンのRangelの説明文が、また良い。
≪ この人々のまなざしに向き合い、見えてくるのは・・
 自分自身の人間性の反映。彼らは「私たち自身」です。≫ と。
ネットは、確かに最先端のテクノだが、こういう世界の美しさを一般に
知らしめる力がある。地球の素晴らしい秘境の大自然や、そこの住人が
昔からの生活と伝統を守り、いま現在も変わらない生活を続けている姿を、
リアルに記録してくれる。 それだけでない、手付かずの大自然の中には
野生の動物や、数多の植物が生きている。この東北大震災と福島原発の汚染は、
その正反対の近代科学がもたらした問題。 科学は両刃の刃である。 
顔には、全身には、文化が、そのまま現れる。 あらすじを検索すると
次のようにあった。
  『 ライフ ―いのちをつなぐ物語― 』
【 カメラは地球上の全大陸に足を踏み入れ、あらゆる技術を駆使して、
 多様な生き物たちの生態を世界で初めて捉えた。肉眼では見えない細部の
撮影を可能にしたハイビジョンマクロカメラによるハエジゴクの捕食と受粉。
ジャイロ式ステディカムによるグンカンドリ対アカハシネッタイチョウの
空中戦やバンドウイルカの泥を利用した餌の捕獲。超ハイスピードカメラも、
数々の生き物の珍しい生態を捉える。フサオマキザルのヤシの実割り、
ハネジネズミのスピード移動、バシリスクの水面走行、トビウオの海上飛行。
特製ボックスを使用したスーパーハイビジョンカメラでバショウカジキの
小魚の群れ追撃を撮影。彼らの行動は早すぎて通常のカメラでは捉えられない
ので、これまで前例がなかったが、超ハイスピード撮影による80倍のスロー
モーションでその生態を追うことが可能になった。この他にも、数多くの姿が
カメラに収められた。アイベックスに襲い掛かるキツネ。三匹のチーターが
協力して行なうダチョウ狩り。コモドオオトカゲによる水牛への攻撃。
ロライマ山に生息するオリオフリネラがタランチュラの攻撃を受けて岩場を
転がり落ち逃げる様子。木の枝の上で戦うチリクワガタ同士の愛の戦い。
ザトウクジラの求愛コンテスト“ヒートラン”の完全撮影。
だが、本作が伝えるのは、こういった映像の珍しさではなく、それらを
通じて表現される生き物たちの生きるための知恵、勇気、愛なのである。】
・・・・・・・
3472, 人生、よもやま話
2010年09月27日(月)
 子供の頃の想い出は魂の故郷というが、最近いやにフラッシュのように
断片が頭によぎる。歳のせいだろう。現在、思い出してみても小説になる
ような世界だった。長岡の駅前は戦災にあって焼け野原から復興の過程にあった。
終戦直後に産まれ、街の真っ只中の店が幼児期の世界であった。両親、兄姉、
店の従業員、出入りの業者、御客が慌しく犇いていた。そして、多くのドラマを
子供なりに見ていた。華やかな集団生活で、誰もが笑顔で頭を撫ぜてくれていた。 
一歳前から記憶が始っている。人は一般には3歳ごろから始まるとは青年期に
なって初めて知った。這い這いしていたことも、初めて歩いたことも、
そして、鉄筋コンクリートのビルが立ち上がっていく過程も鮮明に残っている。
夢のような日々。ラジオから美空ひばりや、笠置しず子の歌声が聞こえていた。 
幼稚園に入り、初めての友達ができた。そして家庭内のゴタゴタが色いろあった。 
忠実に当時のことを書き出せば、面白い小説が数冊は書ける。何時の世も、
人間の赤裸々な人生が展開されている。 まだ憶えているが、店に尾長猿を
肩に乗せた男が店に入ってきた。そして、この猿を買ってくれないかという。
傍にいて、初めて見る猿に驚き見入っているうちに、その猿が愛おしくなり、
買って欲しいと父に頼むと、アッサリと買ってくれた。そして、店頭のペット
として、直ぐに人だかりになった。 昼は店のペット、夜は三階の家庭の
ペットとして皆に可愛がられる存在になっていた。その頃、家には白黒のコロ
という愛嬌があるが、少し抜けている犬がいた。今までは、その犬が人気者。 
しかし猿に人気が移ると、犬が猿に嫉妬をし大喧嘩をするのが子供心に面白い。
そうこうしていると、今度は猿の攻撃相手が家庭内では兄と私になる。
足や尻を思い切って噛むのである。そして歯形がつく程度から、出血をする
までになった時、父は直ぐにハク製屋に売ってしまった。 残酷なもの。
 そのうち次は自分がペット屋で同じ種類の猿を見つけきて、父に買って
欲しいというと、また、アッサリと買ってくれた。二代目のタロウである。
これも、直ぐに慣れたが、一年もしないうちに狂暴になってしまった。
メス猿を買いましてツガイとして店のマスコットにした。しかし、ある時期
が来ると、今度は店の前で平気でペアリングを始める始末。
これも二年もしないうちに剥製屋いき。過ぎてしまえば、全て夢幻か〜 
哲学に過去は存在するかどうかの考察がある。


5308,全球凍結(スノーボールアース) 〜④

2015年09月26日(土)

         『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』
   * 全球凍結仮説はの反発理由
 宇宙、地球、生物、人間の存在と、その生成過程を知れば知るほど、
その不思議さに驚かされる。生きている限り、その追求をしたいが。
全球凍結の時代が数億年後に来るのだろうが、その時に現在の人間レベルの
知的生命体が存在して、人間を研究していると想像しただけでも、愉快になる。
 〜ここで、全球凍結説に対する、純粋な疑問について言及している。
≪ スノーボールアース仮説に対する最大の反発理由について、
:たけし スノーボールアース仮説への最大の反発理由は、「それなら、なぜ
 生命は生き残っているのか」については解明されたのですか。全部が凍って
しまうとはいえ、地球の内部は六千度とか高温だから、そうした熱が外側まで
届いた可能性はあるんじゃないですか。生物といってもバクテリアのような
ものだったと思うのですが、その熱で生き残ってきたとは考えられませんか。
:田近 実はそこが大事なんです。というのは、海洋は平均すると四千メートル
 ぐらいの深さがありますが、寒くなると上から冷えて凍っていきます。
しかし、下からは熱が来るので、全ては凍らない。表面から千メートルぐらい
までは凍って、その下の海水はそのままなのです。だから、一部の生き物は
海の深いところで生きていたのかもしれません。
:たけし 地表では生物が滅んでいても、氷下には原始生物がうじゃうじゃいた。
:田近 今でも深海には温泉みたいに熱水が湧いてくるところがあって、
 そこには生態系が存在しています。ああいうものは多分、あまり影響を受けな
かったのかもしれない。問題は昔から光合成をする生き物がいたわけで、
そうした生物にとっては困った状況になってしまったことです。
:たけし 深海の熱水噴出孔の周りで生きている生物は熱水に含まれる
 硫化水素を栄養にしているから、光がなくても生きていけるけれど、
光合成をする生物はどうしたんだろう。
:田近 光は海だと百Mぐらいしか透過しないので、深いところには届かない。
 さっきも話ししたように海は千メートルぐらいまで凍ってしまう。
光合成生物は光が当たるところでしか生きられないので、彼らがどうやって
生き延びたかを説明しろと言われると回答に窮してしまう。光合成をする藻類が
全球凍結を生き延びた証拠があるのですが、誰もそれを説明できないんです。
:たけし 現在も北極の方に火山があって温泉がある。
 だから、全球凍結の時代にも凍らない地域があったのかな。
:田近 アイスランドとかに温泉があります。ですから、基本的に地球は凍って
 いても、局所的には温泉みたいなところがあって、そこは凍らないでいて、
光合成生物が生き残ったという考えがあります。
私もその説を支持したいが、まだはっきりとしたことは分かっていません。 
:たけし しかし、よく全球凍結から地球が抜け出せましたね。その理由も
 分かっているんですか。
:田近 全球凍結しても火山活動は継続していました。停滞していた火山活動が
 活性化して、火山噴火によって二酸化炭素が蓄積していけば、やがてその温室
効果によって全球凍結状態から抜け出せたと考えられています。
:たけし 凍ったところがとけて地表が出てくれば、太陽の熱を吸収する。
 それがまた地球を暖めることになって、凍った時と逆のフィードバックが起きる。
:田近 はい。ただ、それでも全球凍結から抜け出せるようになるには、
 数百万年から数千万年は必要です。(『新潮45』、282頁) ≫
▼ 生命という視点では、気の遠くなる時間になる。この私に至るまでには、
 こういう生命の歴史が背景に存在している。存在の不思議と、偶然と必然の
問題も出てくる。簡単に、ビッグバンまで遡って、それを成した大元を「神」
と言い切ることも可能。 「いま、ここ、わたし」の味わいこそ、永遠である。
・・・・・・
4943,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー51(余禄)
2014年09月26日(金)
  * 「倒産が悪い」は、思い込み?
 倒産など、実際のところ、その数ヶ月前までは思ってもいなかった。
繁華街の真中の商家で10歳まで生活をしたため、両親の話題は周辺の倒産話。
その生々しい具体例を多く聞かされていたた。さらに姉夫婦と、兄の会社の倒産
の相談も受けていた。それが、まさか自分も!とは。それもあり、新潟駅前の
事業設計には、万一の備えを長年にかけしていた。 以前にも書いたが、
《 家内とは通帳を別にして、家内名義の給与を与え、そこから厚生年金と
 社会保険をかけ、事業には家内も含め家族・親戚は入れない。月末現金決済。
地元にはホテルをつくらない。名士様の集まる会は同級会以外は避ける・・》
等々を守っていた。それが最悪の事態から自分を守ってくれた。身近の姉と兄
の倒産の実態を見ていたが、高利貸しなど街金融に手を出さなかった以外、
備えはなかったようだ。「倒産=悪」と思うのは仕方がないが、見込みない
経営を続けるより、深手になる以前の、体力のあるうちの整理は、むしろ
良いはず。そのためには、長年かけた備えが必要。最後は、こうなり少しは
ガッカリはしたが、学生時代に決心した創業人生を生きなかったら、大きな
後悔を持ったはず。 45年の人生は、それを最小にしてくれている。
『不安、挫折、絶望などのマイナス100のことは、エネルギー面で、
プラス100と、同じ」と、脳科学者・茂木健一郎の言葉にあったが・・ 
最後の節目と、現在も、自分と周囲の上面の視点が面白い! 
そうこう経験してみて、この結果も決して悪くはない!
私には丁度よい塩梅だったと思うしかないが。      |ω・`)
・・・・・・
4576, ほめことば練習帳 ー3
2013年09月26日(木)                     
  * 第二歩目は関心を持つということ。 
                「ほめことば練習帳」山下景子著
  ー要約の箇所からー
《 日本語には、風景や季節を愛で、讃える言葉がたくさんあります。
 それだけ、この国の風土を愛し、関心を寄せてきた証。人間が好きな人は、
自ずと褒めることが多くなる。旺盛な人は気づくことも多いので、ほめる
材料にこと欠かないでしょう。自分の価値観や思い込みに縛られている人は
ほめることができません。粗探しばかりしてしまうとしたら、要注意です。
それは、相手に関心があるのではなく、つまるところ、相手を否定している
のですから。ひとりひとり違う人の能力。それを敬う気持ちが、ほめ言葉に
つながるのでしょう。》
  ☆ 第二歩の(能力に敬意を表するほめ言葉)
 多才/三舟の才/詠雪の才/七歩の才/十八番/立て板に水/達筆折り/紙付き
/圧巻/ハ面六膏/鬼才/鍾々たる/ 賢い/利口/造詣が深い/知的/優れている/
上手/腕が立つ/ハ丁(八挺)/器用/妙/巧み/堪能/秀でる
▼ それぞれの個性を認めて、絶対肯定する言葉が「ほめ言葉」になる。
ほめることは、相手だけでなく、自分を肯定することになる。このことを自ら
分かっているか?というと、分かってない。肯定は意志。それが分からない。
    * 第三歩は、円滑油となるほめ言葉
《 ほめ言葉は、潤滑油としての役割も果たします。これらを第三歩として
 まとめました。特に日本人は、この使い方を大切にしてきたようです。
しかし、それゆえの弊害もある。よく「心にもないお世辞」などといいます
が、実際、ほめ言葉とお世辞の境い目は限りなく曖昧です。下心がなくても、
相手がそう感じれば、お世辞になってしまいますし、反対に下心があっても
相手が感じなければ、ほめ言葉です。ですが、人を傷つけないための潤滑油は、
必要だと思います。それよりもむしろ、ほめることによる効果を期待すること
の方が、問題ではないかと思うのです。 たとえば、やる気を出すために
ほめるなどということも、見返りを求めているといえないでしょうか。
ほめ言葉は、言葉の贈り物。義理で贈物をすることはあっても、はじめから
見返りを求めて贈り物をすることは、気持ちのいい行為ではありませんね。》
  ☆ 第三歩 ー潤滑油となるほめ言葉
 結構/重宝/面白い/珍しい/初めて/筆舌に尽くし難い/そこはか/微妙/
雰囲気があるいい/気が利く/卒が無い/機知に富む/打てば響く/才覚がある/
成る程/頼りになる/愛想がいい/いみじくも
▼ ほめ言葉は言葉の贈り物。贈り物には繊細の注意とタイミングと、
 綺麗な包装紙で包む必要がある。まずは身近な家族から、ほめる訓練をして
みようか。家内が服装に迷ったとき、何時も私に選択を委ねる。
その時がチャンス。(逆の場合は、無視されるが) そういえば、母親が
子供の頃から常に褒めてくれていた。 ほめ言葉は、愛情の自然表現になる。
ほめていれば自然と愛情が入る。逆に貶すことは、憎悪の念が入る。
・・・・・・
4201, 呪いの時代 ー16
2012年09月26日(水)                              
  * 「ほんとうの私」という幻想からの脱却 ー2  
                 「呪いの時代」内田樹著 
「ほんとうの私」という幻想、考えてみると実に奥行が深く面白い。
ある種の人間、それも比較的軽い人間が陥りやすい心理トリック。
その幻想に本人が気づかないから始末が悪い。会社が倒産したり定年の
節目にハッとする。「本来の自分はこんな会社にいるべき人間でなかった!
自分の人生、失敗した」と。これが実は「ほんとうの私」という幻想のなせる
ワザに気づかない。結婚相手の選定を失敗と思う夫婦の確率95%と酷似する。 
結婚も職業選択も振り返れば似ていることが分かる。それ以前に人生は幻想
そのものだが。で、結婚相手と、選定した職業を呪うのが必然となると、
大方の人は人生を呪う宿命?になる。だから老人の顔は肉体の衰いと病気が
重なり暗くよどんでいる。しかし、このことを知っていれば、自分だけでない
ことで諦めがつくというもの。誤解をして結婚、理解して離婚というが、
その上、大部分が「誤解して結婚、我慢して老年!」になる。
幸せそうな夫婦と、幸せな夫婦は違う。ありもしない「ほんとうの私」
さがしが高じるとルーツを知りたくなる。
 ルーツなどアフリカのサルぐらいを知っていれば充分。平家の落人だったか、
源氏の末裔だろうが、それが何だというのだろう。その間に嫁の血が入って
いるため、血筋などあってないに等しい。頭の体操で、私にとっての
「ほんとうの私」とは何か考えてみた。そう、HP内に10年以上もかけ、
いろいろアップしてきた、これ?。で、どうした? どうでもない! ただ、
それだけ。これは「ほんとうの私」というより、「正味の私」に近い、この程度。 
その「正味の私」も、怪しげなもの。あとは文章と同じように、最後はひねりを
いれ自嘲するしかない。「ほんとうの私」は、いつの間にか肥大化し、現在の
「正味の私」を何とかフォローしようとする。それが性格の歪みになり、
その病的性格が、成熟を止め、無知で無能を正当化して呪いの塊になる。
そのため停滞の世では、国民全体に蓄積されるため自分より弱い者と、
政府に攻撃することになる。だから首相は一年も持たない。権力闘争で
批判勢力は、「ほんとうの私」の「私」を「政治」に取り替える。 
あるべき「ほんとうの政治」を掲げれば、呪いの時代では、権力奪取に有効に
働くからだ。それで民主党が政権奪取をしたが、このザマ。
そして、今度は「維新の党」である。しかし結果は火を見るより明らか。
とはいえ、自公民の延長は困る。そうなると連立で強権政府を時限立法で、
大鉈をふるうしかない。要は、日本は思い切ったダウンサイズをして、
正味の日本になるしかないと割切ることだ。原爆を持ち、アメリカと手を切り、
自主憲法を作り直し、国民全体の生活を数段落とし(消費時アップ)、
地勢を生かした真の独立国家を建て替えるしかない。現実に、そうなる。
アメリカか中国の属国より、その方が余程よい。 
この10年、いや20年は大荒れになる!
・・・・・・・
3836, ツール(道具)について考えてみる ー3
2011年09月26日(月)
 どんな優秀なツールを持っていても、目的が定まらないと宝の持ち腐れに。 
現在はデジタルの時代。情報の大部分はデジタルに置き換えられる。デジタル
は限りなくコピーが可能。 完成時から、それらは無料の方向に限りなく下がる。
完成と同時に、それを叩き台とした次の革新が始まり、その連鎖は止まらない。
知的ツールも同じことで、止め処もなく優秀になっていく。それが一般に
浸透すると知的底辺の底上げが生じる。それが先端の能力を押し上げ、情報が
核爆発的に拡大を始めている。その結果、どうなるかは北アフリカの独裁国家
の現象。知的ツールの集約されたモデルが現在のところiPhoeとiPadと、それに
付随してくるアプリ(ソフト)。また家電と電気自動車、そして住宅にも、
その流れが更に進んでいる。 iPadを例にとれば、一枚のタブレットに、
あらゆる機能が組み込まれている。 本・雑誌、本棚、本屋、ゲームセンター、
スポーツジムのインストラクター(ビデオ)、映画館、ファッション店、
スーパー、レコード店など、あげればきりがない。重要なことは、一枚の
タブレットに集約されたこと。音楽がiPodeに数千、数万曲が収まってしまって
数年もしないうちに、本に雑誌も同じ流れが生じてきた。本棚の数千、数万冊
の雑誌、本がタブレットに収まるのである。レンタル本まで出ている。
(ある時期が過ぎると自動的に消える)iPad/iPhoneのアプリだけで、既に
10万種もあり、現在も果てしなく増え続けている。フリーの子供のゲームや、
カーレースものをダウンロード、遊んでいるが、これが面白い。 
数年前までゲーセンに行って遊んでいたものが、タブレットPCで遊ぶことが
できる。対戦相手が必要な場合、ネット上から呼び出し遊ぶことができる。 
私たちの年代からすればSFの世界に近い感がする。ネット世界に入り込み、
その住人になったら、現実世界の中で生きることに違和感が生じて当然。
一枚のICチップに80億個以上のトランジスターが入ったものが出ている。
トランジスターは私が十歳代前半の頃に普及を始めた。父が仕入れの出張先で
買ってきたトランジスター・ラジオを見て驚いたことを覚えている。 
あれから50数年といえば、この時代では大昔になるが、トランジスターが
80億もICに入っているなら、iPhoneに数千、数万の曲が入るのも納得する。
デジタル化とネットが情報機器のカタチになって、世界を根底から変えている。 
それを利用しない手はないことは言うまでもない。 が、それら全てを放棄し、
畑仕事や釣に没頭する生き方こそ求められる時代でもある。ツールに
振り回されるより一歩、二歩、それから離れることも必要。ツールはツール。
午前、午後に分けるとか、週末は釣と畑仕事、平日はツールで遊ぶとか。
逆に中途半端か。こんなに面白いもの、私は使う方をとる。


5307,全球凍結(スノーボールアース) 〜③

2015年09月25日(金)

       『新潮45ー2015年5月号 〜スノーボールアースについて』
    * 海、その水深4000mの世界 
 番外になるが、全球凍結から地球上の70%を占める海に興味が向く。
「海を制するものが世界を制する」というが、各国の輸出入の多くは船による。
その海の中は如何なるものか? 〜ネット検索によると 
≪ ・海洋部平均水深: 3729 m。
・地球表面における面積比. 陸 の割合 約30%. 海の割合 約70%.
 海の中で太平洋の占める割合.50%。
・世界で一番深い海は、日本の南東に位置するマリアナ海溝。
 深度は約11,000mで、世界一高い山であるエベレストも沈みます。
・海底は3000mから6000mの深さのところが最も広い。
 地球表面の70%を占める海の海全体の98%が「深海」です。
 「深海」とは、太陽の光の届かなくなる200m以深のすべての海をさし
 暗黒、低温、高圧が世界を支配します。「超深海」とは、6,000m以深の
 海域をよび、主に海溝で濃構成されています。
・深層海流=全海洋をめぐる海水の大循環があります。
 北大西洋北部のグリーンランド沖と南極海で冷やされた海水が沈みこみ、
 冷たく重い深層水になります。深海底を移動した深層水は、インド洋北部
 と北太平洋でわき上がり、海流の一部となって出発点にもどります。
 この大循環はベルトコンベアー循環とよばれ、グリーンランド沖で沈んだ
 海水が北太平洋にたどりつくには約2000年かかります。この循環は、ただ
 海水が移動するというだけではありません。海水中にふくまれる栄養分を
 運ぶ大切な役目も果たしており、海の生物の生活にも大きく影響しています。
・深海の食物連鎖=陸の植物のように、海では植物プランクトンが太陽の光と
 海水に溶けているリンや窒素を使って栄養を作り出します。その栄養を、
 動物プランクトン、そして魚が利用します。海の中には私たちの目に
 見えない微生物もたくさん生きています。細菌や原生動物も栄養の循環の
 一翼を担っています。このように海に生きるすべての生物がつながり
 あって海の生態系は成り立っているのです。 ≫
▼ 海には海の世界が存在しており、今だに知られてないことが多い。
 この海の上部1000mが凍りつき、その下が地熱のため海水で存在し、
そこで何とか微生物が生延び、真核生命に進化していった。私たちが青に
惹かれるのは、海の青さの原始的記憶からくるもの。とすると、緑は森、
茶色は大地の記憶。黒は宇宙の背景か。せっかく地球に生れてきて、平均
80年の猶予を与えられた割に、小さな固定観念の世界に押し込まれて、
何もしないで、何も知らないで、悟りきった風に消えていくのが人生! 
・・・・・・
4942,野口秀世だけが、何故?
2014年09月25日(木)
  * 偉人といわれる人も    〜「お金の正体」日下公人著より
 どこかで聞いた内容だが、偉人といわれる人も光の当て方を変えると、
そんなものかも。戦後教育、いや明治以来の国家づくりも、西欧文明の価値観
の世界の仲間入りをするため。 開国をして国際社会に、うって出なければ
世界列強の餌食になっていたのは明らかである。 ーその辺りからー
≪ 幕末、イギリスと戦争したり、四ヶ国連合艦隊と戦争したりして、
 いち早く欧化にめざめ文明開化した。だから、それを追い越すためには
旧旗本も薩長の下につくのでなく欧米と直結しなくては、というわけだ。
産地直結運動である。そこで、留学生になって欧米に行き、欧化すると自分は
薩長より上だという意識になる。だから新渡戸稲造はクリスチャンになったり、
向こうの現地人と結婚したりした。 野口英世についても、昔「文藝春秋」
に書いてあったが、ちょうど同じ時期に東北出身のお医者さんで、ツツガムシ
病の研究と治療法に一生を捧げた人がいた。なぜこっちを褒めないか。
日本人ならツツガムシ病を治してくれた人のほうがよほどありがたいのに、
野口英世ばかり褒めるとは、文部省は常識がないと書いてあった。そのとおり。
ヨーロッパをぐるっと回って、なぜこんなに熱帯病、熱帯植物、熱帯動物の
研究所や博物館がたくさんあるのかと思った。考えてみれば、ヨーロッパは
アジアや南米やシベリアを侵略して、何かをかっぱらってきて豊かになった
のだから、それをもっと盛んにするための研究をしている。アメリカも同じ。
そもそも寒冷地のロンドンやベルギーに熱帯植物研究所とか熱帯病研究所が
あるのはおかしい。その淵源は、たとえばタンザニアを植民地にしてコーヒー
か何かを栽培すれば儲かるのではないかと、大挙して白人が行ったら、風土で
半分以上死んだことがある。ここでまず風土病の治療法を研究するが、
研究も危険な仕事である。それを日本人がやってくれるから、大変ありがたい。
ともあれ熱帯病の研究所は白人により資源奪略のためのもの。それを野口英世
が学問の最先端と思って、身を投じた。フォード研究所の庭を探すと小さな
銅像が一つあるらしい。それを日本は国家的名誉としている。 
医学は西洋伝来だからそうなるのも無理はないが・・・ ≫
▼ 日本は、明治維新まで、中国文明の価値観に大きく影響されていた。
 ところが、その中国を侵略をしていた当時の実態を見て、欧米の思想、
価値観、を国家一丸として導入し、現在に至っている。世界は、肌色の他に、
地域別でみると、「アジア人 57%、ヨーロッパ人 21%、南北アメリカ人 14%、
アフリカ人 8%となっている。その黄色人種多くを占めるアジアに、重心が、
移動している。 しかし、世界にはカースト的構造があって、白、赤、黄色、
黒の肌の順に階層化された世界が厳然と存在する。
野口英世も、その価値観からみた偉人?の一人でしかない。
「人はすべて一時的世界内存在でしかない」ことを自覚すれば楽である。
・・・・・・
4575, ほめことば練習帳 ー2
2013年09月25日(水)                    
  第1歩 感動を伝えるほめ言葉   「ほめことば練習帳」山下景子著
「感動を多くすることが可能か?」といえば、もちろん可能である。
そのためには、積極的に大自然、芸術作品、小説、一流の人の講演会などに
接することである。 今ではTV、インターネットで、接する機会が多くある。
まずは機会を増やして感動量を多く経験するしかない。そうすると、その面積、
体積の接触面が大きくなり、大きくなるにつれ、感動対象が増えてくる。
感動の総量が、その人そのものである。感動は、それまでの自分の「分」の際
(極限)を、破壊することになる。破壊しただけ「分」が広がることになる。
  ーまずは、その辺りの要点をコピーして考えてみるー
【 ほめることは、結局、自己表現。感じ入ったときは、手放しでほめることです。
 わだかまりなく、人をほめることができる人は、幸せな人だといいます。
ということは、「ほめるから、幸せになれる」ともいえるのではないでしょうか。
その第一歩は、自分が感じた心地よさを、素直に伝えること。つまり、ほめるとは、
「快」の気持ちを表現することにほかならないと思うからです。ところで、
心や身体が健やかな状態のときは、自然と気持ちのいい言葉が出てくるものです。
羨ましい気持ちをほめ言葉に託したり、ほめてほしくてわざと卑下したりするのは、
ちょっぴり心が病んでいる状態。そういう意味では爽やかにほめられるかどうかは、
心の健康のバロメイターといえるかもしれません。だからこそ、幸せな人ほど、
よくほめるということでしょう。その逆手をとって、ほめることによって、
幸せになることもできるのではないでしょうか。】
   第一歩の感動を伝えるほめ言葉
{凄い/素晴らしい/兜を脱ぐ/目覚ましい/見事/立派/目の肥やし/流石/快挙
/天晴れ/溜息が漏れる/拍手/喝采/ 感心/美味しい/甘露/行ける/頬っぺたが
落ちる/昧わいがある/こくがある/芳醇/口当たりがいい/口果報}
▼ 感激するような美味しい料理や、音楽や、大自然に出会ったとき、
 そのまま、言葉で表現出来ることが重要になる。記憶として残すためである。 
そのためには健康な心が必要となる。対象の波動に共振し反応した言葉の蓄積
こそ、その人そのもの。感動、感激、感謝は、心が純真で、張り詰めてこそ
大きく振動する。と同時に、それを感じるとる素養が無ければ。人生は如何に
多く、感動し、感激し、それに感謝するかである。苦しみの先に、その機会が
多くある。産みの苦しみがあるから、母親は子供に対する喜びの感動がある。
感動を伝えることも、与えてくれた対象に対し言葉として、表現することで、
対象も、自分の心にも残ることになる。ロッキーの大自然の光景に接した時、
「これを見た『前』と『後』といえるほどの感動だ」という言葉が自然と
出てきた。一級品、一流の人、絶景に接すれば、素養に比例して言葉が自然と
出てくる。それには全力で自分から近づくしかない。
・・・・・・
4200, 閑話小題 −スマート家電
2012年09月25日(火)
   * スマート家電
「パナソニック」がスマートフォンと連動した「スマート家電」シリーズを
発表したが、「変?」と思ったのは私だけでないはず。外出先からの遠隔操作
でエアコンや、炊飯器のスイッチをいれたりするのが、果たして便利な生活
なのだろうか?それも付加価値と称して値段が何割、いや何倍も高いのは、
消費者ニーズとは大きくかけ離れる。発表された「スマート家電」はエアコン、
ドラム式洗濯乾燥機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、体組成バランス計、
活動量計、手くび血圧計の八製品という。洗濯機や炊飯器、電子レンジは、
スマホは主に外出先からの「リモコン」として使われるもの。 スマホの専用
アプリでメニュー選択し、製品にかざし、設定内容が転送される仕組みのもの。
近く発売のドラム式洗濯乾燥機は、洗剤や柔軟剤の分量や洗濯の目的に合わせた
コースの設定をスマホに入力し、これを洗濯乾燥機に「タッチ」するしろもの。
こんなものを誰が必要とするのか。スマホが家電のコントローラーとしても
使うのは、それで良いが、値段が問題。その辺を間違うと、致命傷になる。
これではサムスンに負ける訳だ。
   * 母の命日
 昨日は母親の17回目の命日。亡くなって16年経つが、その年月は長い。
今でも2〜3ヶ月に一度は、母の夢をみる。先日、倉庫で母親のアルバムを
見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で当時の映画俳優と記念写真を
撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に生きてきた逞しさがあった。
当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の人生を生きてきた。
私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから生まれることが多い。
夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出てくる。
読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者
の魂と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台。
両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。
独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。
・・・・・・
3835, ツール(道具)について考えてみる ー2
2011年09月25日(日)
  ー 道具とは 何かを「日本大百科全書(小学館)」でみると ー
【 道具に限らず、われわれの身の周りにある機械や器具は、人間の器官の
 働きを外の世界に置換え、さらにその働きを拡大したり延長したものといえる。
たとえばカメラは目の働きを外化し、その映像の記録を保存できるようにした
ものであり、コンピュータは大脳の働きを機械に置き換えたものである。
ドイツの技術哲学者カップ(1808―96)は、これを器官射影ということばで
表現し、器官射影とは内なる機構の外の世界への置換である、としている。
また哲学者ノワレ(1829―89)は、道具はある働きを遂行するための手段であり、
創造してゆく原理に相応している、と述べている。いいかえれば、道具にしても
機械にしても、物をつくりだすために人間の器官の働きを助けるためのもの。】と。
 道具は目的に対する手段の意味に使われるが、前にも書いた手段が目的を
変えることもある。自分の目的に最適なツールに出会えるかどうかが、その人
の範囲を決めてしまうことになる。学生時代を振り返ると、努力のわり成績が
良くなかったのは、どうも大学ノートのマトメ方が上手くなかったことにある。 
試験直前になってから何時も慌てていたが、成績の良い人は、授業中と、
その直後にノートを整理していたようだ。少し考えれば分かりそうなことだが、
兄や姉は、そういうことを教えてはくれなかった。
 ところで、毎日のように、lPadの便利さに驚いているが、アプリは、
まさに人間の最適な機能を外に置きかえたもの。どれ一つとっても、人間の
叡智の塊。 それが無料か、無料同然(価値からみて)で入手でき、手軽に
使えるのだから驚異的である。銀行の支店の一つや二つの全機能が小さな
チップスに幾つでも入ってしまう御時世。 これらがネットで世界中に瞬時
にコピーされ普及していくのだから、世界の体制が混乱するのは当たり前。
「目的遂行のための内なる機構の外の世界への置き換え」されたベストの
ツールを使わない手はない。それもホボ無料で入手できるのだから。
現時点で最良のツールが、私にはiPadと、そのアプリ。
・・・・
3470, 昨日は母の15回忌
2010年09月25日(土)
 母が亡くなって10年あまりと思っていたが、昨日(9月24日)で、まる14年。 
両親の家の寝室を寝床にしているので、現在でも月に一度は夢に出てくる。
それがリアルな内容、夢から醒めても暫くはその境に漂っている。
亡くなる前の5年半は痴呆症になり正気と痴呆の間を行ったりきたりしていた。
亡くなって暫くしてフト日常を振り返り、「痴呆症の身内を抱えてない家庭は、
こんなに楽な生活をしているのか」と驚いてみた。家族総がかりで24時間、
気が休まることがない。本人のエネルギーは、自由に出歩けないため溜まって
おり、その捌け口で徘徊を始める。本人にとって、部屋や家に閉じ込めらるのは
監獄に入っているよう。それでも週二回のデー・サービスと、二ヶ月に一度の
10日間ほどのショート・スティーで、どれくらい助かったか。したがって、
その時分は年に2〜3回の家内との秘・異郷旅行にショート・スティーに
あずけて、出ていた。亡くなった後も、その習慣が最近まで持続していた。
(さすが60歳を過ぎて年一回になったが)50歳まで働きづめで家庭内の問題から
悩みぬいて心筋梗塞になり死線を漂った後、そのエネルギーを趣味に切り替え、
茶道に、舞踊に、華道に、俳句に、アマチュア写真に、次々と自分のモノにして
いった。一つ目標を見つけ、それに向かって全力を注いでいる姿は、それを
見ているだけで勉強になる。まずは、その世界を見つけ、純粋に、集中をし、
設定したライバルに対する競争心をエンジンとし、邁進する。その対象が違えて
しまえば、道筋は同じである。両親が42、38歳の8人兄姉の末っ子で育った
ため、人一倍、両親に愛されたのが、一番の私の財産だったことが、現在に
なって分かった。冬期間を除いて庭には母が植た花が年中咲いている。
この家は両親の墓場で、天国である。
 ・・・・・・・・
3095,久々にジョーク −3
2009年09月25日(金)
 ジョーク・ハンターからいうと、面白いと思えるのは滅多にない。
その時の自分の心情とレベルもあるから尚のこと。ネットで調べても、
ジョーク全集を探してもである。 その中で、やっと次のを見つけた。
  ージョークあれこれー
* ある熱心なユダヤ教徒が神に祈った。
「神様、うちの息子がキリスト教に改宗してしまいました。
どうしたらいいでしょう?」 神様、答えていわく。「うちの息子もじゃ」
                    解)好きだね、こういうの!
*「知ってるかい? ナポレオンが赤いマントを着ていたのはな、
  自分が流血しても部下にショックを与えないためだったんだとさ」
 「それでわかったよ。ヒトラーが何故褐色のズボンを穿いているのかが」     
                    解)これも!
* ありふれた一般家庭、そこに言い争いをする兄と妹がいた。 
  それを父親が目撃し止めに入る。
 父 『コラコラどうしたんだお前たち』
 兄 『どっちがパパを愛してるのかって言い争ってたんだ』
 父 『お前たち……』 うっすらと涙をうかべ子供たちの頭をやさしく
   なでて 部屋をあとにした父親。 すると、また言い争いが始まる
 兄 『お前のほうだよ!』 妹『お兄ちゃんよ!』 
         解)これも!親父が聞いていた方が面白いと思うが!
* 愛のVIP戦士
 故郷を遠く離れて大学生活を謳歌していた弟から久しぶりに電話があった。
「あ、姉さん。ぼくだよ。それよりキティは元気かい?」 
 家に残してきた愛猫の様子が知りたかったらしい。
「あ、あんたの猫ね。こないだ死んじゃった。近所の酔払いの車に轢かれてね」
 受話器の向こうで弟は絶句し、やがて「思いやりがない」と非難した。 
「そういう時は…姉さんだってぼくがキティを可愛がっていたの、知って
 たんだから。嘘でもいいからこう言うんだよ。
『キティは昨日、木に登ったのよ』って」「なによそれ。人の話、聞いてる?
 あんたの猫は酔っ払いの…」 「黙っててよ。そしたらぼくが、
『え、それでどうしたの』とたずねるだろ。そしたら『みんなで助けようと
 したけど、自分でどんどん上の方に登ったのよ』って言うんだよ」「…」
「そう聞いたら僕にだって心の準備ができるだろ。で『それからどうなったの』
 と聞かれたら『かわいそうだったけど、木から落ちてしまったんだよ』って
 言うんだ。そしたら僕だってひどいショックを受けなくて済むじゃないか」
「…わかったわよ。これからは気をつけるわよ…」
「…いいよ、もう。…それより、母さんは元気?」
 「母さん? ああ、母さんは昨日、木に登ったのよ」
       解)私なら、最後の捻りは「猫と木に登っていたよ」にする

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