堀井On-Line



5020,幸福優位7つの法則 −10

2014年12月12日(金)

       【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
   * 幸せの波及効果 
 その人を判断したければ、まず両親を、そして連れ合いを見て判断すべし、というが、
幸せも、同じこと。『血筋』とは、よくいったもの。特に、幸せの波及効果は横だけでなく、
親子など縦にも出てくる。親の背中を見て子は育つ。 ーその辺りを抜粋ー
 ≪「楽しい、嬉しい、幸せ」などプラスの感情を、積極的に表に出すことで、
周囲に幸せの人が集まることで「上昇スパイラル」が生まれ、仲間同士の絆が強まり、
幸福度が高まっていく。「幸せ」は無条件で「ある」ものでなく、積極的に「幸せになる」
のだ。幸せかどうかを決めるのは自分である。・・ 「七つの法則」は、自分自身がまず
実践しなければならないのだが、決してそこで終わりではない。
自分に変化を起こすことが、周りの人にも影響を与えるということを話したいと思う。
自分の生活に「幸福優位性(ハピネス・アドバンテージ)」を活用するようになると、
すぐにポジティブな変化の波及効果が始まる。だから、ポジティブ心理学はかくも
パワフルなのである。 これまでに述べた「七つの法則」を全てに使えば、幸福と成功の
上昇スパイラルが点火されるので、その効果はすぐに何倍にもなる。
その後、ポジティブな効果は周辺に向かって波及し始める。周りの幸福を高め、
同僚の働き方を変え、最終的には自分が働く組織全体をいい状態に整える。
 7つは全部が分かちがたく関連している。だからいくつかを一緒に使えば、総合的な
効力を高めることができる。たとえば法則3「テトリス効果」は、法則4「再起力」を支援する。
身の回りからポジティブなものを探し出す訓練ができれば、失敗も成功の機会と再定義
できるようになるからだ。また、法則7「ソーシャルへの投資」は、法則6「二〇秒ルール」を
活用するのに役立つ。周りからの応援によって、新しい習慣を簡単に投げ出さなくなるからだ。 
また逆に、法則6「二〇秒ルール」によって、職場のよい人間関係を作るために必要な
「活性化エネルギー」を減らし、法則7「ソーシャルへの投資」を成功させることもできる。
そして、職場において上質のつながりができるほど、自分の仕事を単なる勤めではなく
「天職」だと思えるようになり、その結果「幸福優位性」による"競争優位性"が生まれる。
そのように波及効果が次々に生じていく。一つの法則の効果が他の効果を引き起こし、
単にそれぞれの寄せ集めをはるかに超えた力になる。
全部が総合的に働くと、一つだけでは望めないほどの効果が得られる。・・≫
▼ ベルギー、ポルトガル、ハンガリーの離婚率は70%前後というから、日本の35%の
二倍になっている。日本でも家庭内離婚を含めると90数%が破綻しているというから、
多くの人たちは、不幸な家庭環境で育ってきたことになる。だから、自分から積極的に
「幸せなる」しかない。その意味で、この7つの法則は、人生の基本姿勢として、
身につけておかなければならない。 逆に「不幸だから、何もかも上手くいかなくなる」
ことは周辺を見渡せば分かる。いや、まず自分?人生の総合幸福度は、自己評価85点。
現時点は75点。老いる度、現時点の満足度は減っていくのだろうが、何ごとも心がけ。
ここまできたら「日々是好日」しかないが、これなら得意!
・・・・・・
4653, 閑話小題 ー行蔵の中の、旅行の棚のお宝
2013年12月12日(木)
  * 行蔵の中の、旅行の棚には
 学生時代の欧州旅行が当時の40万円。5〜10万円を別途プラスして、
現在の金額からすると一ヶ月間で400〜500万円。丁度、高度成長時代に入った
昭和42年。馬小屋のような寮生活しか知らない地方出の私にとって、この旅行の
カルチャーショックはあまりに大きく、固定観念が粉々に砕けてしまった。これが、
その後の事業人生で、他人の思惑を気にすることなく生きてこられたバネになった。
その前に、大きな挫折経験があったが、これはカルチャーショックによる自己崩壊? 
それから20年後の40歳から年に平均二回、20年近く行き続け、合計48回の
秘境を中心としたツアー。今からすると【来年前半に一月間の5百万のツアーに参加。
余韻を半年、楽しんだ後半から、隔月ごと年6回の割合で旅行に出るとして、まる8年。
家内と共にすると4千万円はかかる】その旅行に続けてる期間は、手取り一千万以上
の収入があり、給与面からみて、収入範囲である。 それがどうした?といえば、
それまでだが、「べき時に、べく事を、べく実行してきた」ことになる。御隠居の現在、
肉体的に金銭的、気力的に不可能。 河口湖や軽井沢に別荘を持っている
豊かそうな?知人を見ても、気持ちに余裕を持つことが出来る。 
「遠き日は、歳とるごとに近くなり」が、齢を重ねる度に、どれもこれも昨日のように
感じ取ることが出来て、人生の終盤にプラスに働いてきた。プチブル主義の露出になるが・・
 この年齢で、新羅ウィグル地区からカラコルムハイウェーを抜けるコースや、パタゴニア、
南アフリカなど、無理。その十倍の4億の現金と、この旅行経験を交換しないかと
言われたら、迷いなく行蔵をとる。あのTPOSの中で遣り繰りつけたから価値がある。
事業整理の結果に、さほど動じないで済んだのは、幾つかのライフワークを続けていたため。
それもこれも両親の生き様から学んでいたため。見方を変えれば
「これで、この男、狂ったか!」 だが「狂って良かった!」 
 ー最後は、いつも、「良かった良かった」の自画自賛かいー 
 の誰かの声が聞こえてきそう! ケチくさい話だが・・
・・・・・・
4288, 学ぶということ −2
2012年12月12日(水)
             「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
  * 母親と父親の育児戦略の違い
     −まずは、親の教育論の部分より
≪母親は破局的状況を生き延びることを求め、父親は優劣を競う戦いに勝ち残ることを求める。
相対的競争の勝者になって目立つことを求める父親型育児と、群れに紛れて、あたりと見分け
のつかないものになって欲しいという母親型育児、この二つは実は排除しあうものではない。
対になっている。その二つの育児戦略の拮抗の中で、子供はいい具合に育つ。この拮抗の
並列が一番バランスが良いのが理想的。これが両方とも「競争に勝て」と子供を責め立てたら、
子供はストレスで壊れてしまう。「生き残っていさえすればよい」と言えば、社会性がつかない。
でも、数多の親たちをみると、どちらかに偏りすぎでバランスの良いのは少ない。
偏りすぎると社会的成熟が出来ない。1980年代からあとは、日本社会では、母親までが
父親型の「競争優位」になってしまった。あまりに日本が豊かで安全な国になってしまったから。
もう破局的状況を生き延びる緊急性がなくなった、どう転んでも心配なくなった。
 だから、人のことなど顧みず、私ひとりよければ、それでいいという時代になった。
競争に負けても、取りあえず食べていける保証があったからです。まだ50年代までは貧しい
時代で、「共和的貧しさ」であった。ところが時代は変わった。日本が例外的な豊かな時代が
終わった。「ラットレース」は勝ったものの総取り、負けた人間には何も与えない時代になったら、
本当に飢死にする可能性が出てきた。そこで、ここで「ルールを変更しようと」という話になった。
競争原理は、豊かな社会向けルールだった。しかし今や資源が限られた中「潮目の変化」。
 限られた資源を複数の個体で分け合うためには、行動パターンを変えなくてはならない。 
動物は、そういうようにしてきた。あるものは夜行性になり、あるものは昼行性になる。
樹上で生活するもの、地下で生きるもの、肉食か、草食で、あるものは大きく、あるものは
小さく、などなど生態学的な地位をずらしていく・・ それが共生の原理なのです。 ≫
▼ 時代は、父親型から、母親型生存戦略に変わってしまった。もう二度と終戦から半世紀
近く続いた右上りの時代は戻らない。当然、母親が子供教育でも家庭内で主導権を持つ
ようになるのが自然の成り行き。首都圏に住んでいれば、何時、直下型地震が襲ってくるか
分らない、とにもかくにも生き延びることが優先される。日本という国家からして資源のない
条件の中で、これほど危険な状態はない。国家も母親的戦略と、父親的戦略の拮抗が必要。
 これが三極の「石原・維新の党」と「未来の党」の戦略に見て取れる。地政学的にみて、
これまで丁度良い島国が、これから大きな試練に立たされる。韓国と日本の差は、近隣に
時代錯誤の軍事国家が在るか無いかである。徴兵制度で、青年期に鍛えられるかどうか。
それを見守る母親は自然、優しくなる。日韓の若者は青年期に歴然とした差がついている。
 ・・・・・・
3913, 閑話小題
2011年12月12日(月)
   * ひとり焼肉専門店 「焼肉ひとり」
 最近、独り者が増えているためか「ひとり用の専門店」がニュースになっている。 
一人カラオケ、ひとり焼肉専門店などである。店サイドは、一人で一部屋・一テーブルは
効率が悪いので良い顔をしない。が、この不景気で、そんなことは言っていられない。
しかし最近の国勢調査で単身世帯が全世帯の三割を突破、「夫婦と子供」世帯を上回っている。
アメリカでは、一人客は寂しい人と、白い目で見られるという。 映画やTVのドラマでも
店の中の一人客は少ない。そこで、店の構造から一人用の席をつくる発想である。
30年間続けてきた事業も「お一人様専用ビジネスホテル」だった。 ひとりカラオケを
「ヒトカラ」に対して、二人のカラオケを「フタカラ」、多人数のカラオケを「タカラ」
と呼ぶらしい。 ヒトカラは、歌の練習やストレスの発散に使われるが、何か侘しいか。
  * そろそろ今年の総括
 今年は、東北大震災と、30年続けてきた事業の惨事?が重なった。20%半ばの
売上ダウンが三年目に入っても止まらず落ち続ければ、この事態は当然。恐慌の前ぶれ
の波に直撃されたことになる。 過去40年近い事業人生で資金繰りの心配は無かった。
しかし、数値は数ヶ月後に資金枯渇状態になることを示していた。何度もシュミレーション
しても、半年後にはアウト。その上に東北大震災が起れば何の躊躇することなく決断を
せざるを得ない。 そうこうあって、心の痛手は深いが、未練とか、後悔はない。 
それより現在起きつつある大恐慌の近将来の到来と、東北震災の経済に及ぼす
マイナス現象である。今さら最悪の状態の私が何を言わんであるが・・
今年の総括は、もう少し年末が押し迫ってからにする。

・・・・・・・
3548, 遊ぶように生きる
2010年12月12日(日)
 =横尾忠則の、ある雑誌にあった「死を想う〜人生の一考察」が面白い!
    その一部を抜粋してみる=
【 一体人生とは何なんだ。お釈迦様は生老病死と言われた。確かに上手いことを言う人だ。 
大抵の人間はこの四文字を経験する。お釈迦様みたいなエライ人でも、これだけは平等。 
エライから死なないということはない。エライ人でもアカン人でも全員がこのフルコースを味わう
ことになっている。だったらぼくひとりが死を恐れるのはおかしいけれど死だけは自分にとって
特別のもののように思っていて、他人の死は死でないのである。では一体何をそれほどまで
恐れなければならないのか。死の到来が苦痛であることをわれわれは知っているが、
死以上の苦痛がないのかといわれればそんなことはない。じゃ何がそんなに怖いか。
死によって愛する人や物と別れなければならないからか。それとも死によって自分が消滅
してしまうからか。消滅すれば全ての煩悩も瞬時に失くなり、身心的な苦痛から解放され、
これこそ真の平和なんじゃないのか、なのにどうして真の乎和をそんなに恐れるのか。
それとも死後生を信じているあまり、もしかしたら地獄に堕とされるのじゃないかと不安に
襲われているためなのか。それはそうと、では人生の目的は何なのかということになる。 
生きるため? 死ぬため? 感動するため? 美味い物を食べるため? 金持ちになるため? 
美人の奥様を持つため?etc そこでぼくは考えた。ぼくの職業のアートと同じ生き方を
すれば? と。ぼくにとってアートは仕事というより遊びだ。目的のない遊びである。
ところで遊びは最初から目的がないものでしょう。 もし目的があるとすれば遊んでいること
自体が目的である。目的がないから自由があり、快楽があり、解放があるのではないか。
人間は本能的に自由を希求する。そしたら人生全部を遊びにすればいいのではないか。
つまり人生から目的を外してしまえばいいのではないだろうか。生きることも死ぬことも
目的を持つからシンドイのである。どうせ生老病死なんだ。生老病死は別に目的ではない。
単なる現象だ。そしてお釈迦様に言わせれば現象は夢、幻だということになる。
そんな実体のないものにいかにも実体があるかのように思って振り廻されているのなら、
それを遊びだと思えばいいのではないか。 】
 ー人生に意味などないと、五木寛之も書いているが、意味=価値とすると、
そんなわけがない!と言いたくもなる。身近の人の死をみると、様々の人生があるが、
意味など、あまり深く考えても仕方がないような気がする。横尾のように、目的ない人生
なら遊ぶとして、割り切るのも良いだろう。「遊びをせんと生まれけり」で、それはそれで。
・・・・・・・
3173, 閑話小題
2009年12月12日(土)
  * 腰痛
腰痛、この季節の変わり目にかかわらず、今のところ落ちついている。いずれ出てくるが・・
今のところ考えられるのは、・ベッドに低反発マットを敷いたことと、
・海老反りマシーンを毎朝晩使っていることである。・それと外で酒を飲む機会が少なく
なったこともある? もちろん、20数年来の毎朝のウォーキングは欠かさず行っている。
 * 変な話
 家内が言うには、「駅裏の越後交通ビル(元ダイエー跡)の駐輪場に自転車を置いて、
用を済ませて帰ろうとしたところ、自転車の籠の中に、年代ものの女物の財布があった。 
気持ちが悪かったが、駅前の警察まで行くのも面倒なので、1Fの酒売場に事情を
話して置いてきた。 千円札が数枚と小銭が見えたが、それ以上は見ないようにした。
(字数制限のためカット 2010年12月12日)
・・・・・・・・
2808, 心を込めずに女を褒めよ !
2008年12月12日(金)
作家の渡辺淳一が、ある雑誌の対談の、「心を込めずに女を褒めよ」という言葉?が面白い。
【イギリス帰りの若い女性に「レディファーストは、マダムだろうが小娘だろうが、差別を
つけてはいけないの。『女と見たらしなさい』って、向こうは子供の頃から叩き込まれるの」
って、全くそのとおりだと思った。要は、心を入れないでやりなさい、ということなんだけど、
こういう思想は日本には無かった。武士道は何でも心を込めろっていう思想。 
でも、その御蔭で女を見たら直ぐに褒めるようになったよ。 顔が綺麗なら顔を、顔を
褒めるのが辛いと思ったら、髪の毛を。服、ネックレス、バッグはどうか・・ と見ていけば
必ず褒めるところがある。女性はまず褒めるべき。 妻とまともに話そうと構えるから、
話せなくなる。日ごろから『ありがとう』『綺麗だね』って言う癖をつければよい。 
そのレトリックは非常に大事だと思う。  ・・僕は京都のお茶屋でよく遊んでいたけど、
帰るときには必ず、おかみと芸姑が門まで出てきて、大声で『おおきに、ありがとう
ございました」という。僕が2〜30メートル先に行っても言っている。どうしてあんなに
丁寧に言えるか、その理由はたった一つ、客を何とも思っていないからだ。
銀座は逆で、これは金払いが良いかどうかで・・】 
▼ 成るほど、道理である。当たり前になるまで習慣化しなさい、ということだ。 
 私の知人は営業畑の人が多いため、飲みにいくと、当然のように女性を褒め上げる。
それが枕詞であるかのように、まず褒める、そして褒める。『今日は、いやに綺麗だね』
『へ〜、今時に、こんな綺麗な人いるんだ』『新潟美人は、東京のオナゴと肌が違うね』
まあ、よく言うよという位、平気でいう。 でも、そういう店のママやホステスも、言われ
慣れていて、軽く流す・・ それでもいいのである。言えないのは心を込めようとするから、
である。何度も書いてきたが、学生時代にカーネギーの『人を動かす』という本に
「人に好かれる6原則」とかがあった。そこで黙って友人知人に、それを実行したと同時に
私の周りに人が集まりだした。心を入れる余裕など無く、ただ、相手の関心のありかを探し、
にこやかに、聞き手にまわり、相手が話し終わるまで我慢し、最後に褒める!それを
全ての人に試みたのである。また女性の多い職場環境に若い頃に居たころの一時期に、
多くの美人?と友人になったことがある。(男女?ではない) 私は美人が好き、
そう知らせれば良いのである。次に人畜無害のサイン。それだけで、心を開いてくれる。 
姉が4人も居たから、その辺は幼児のころから鍛えられていたが・・ 
(いやいや、冷静に考えてみたら、嫌われる方が限りなく多かったが・・
嫌なことは都合よく忘れてしまうから生きられる)逆に、心を入れ女を褒めたら、
誤解されることが多くなる。 さりげなく、口先で褒めること。これが最高の贈りものになる。
面倒とか、馬鹿馬鹿しい、という気持ちを乗り越えて素直に言うことが基本だが、それが
最近になって言えなくなってきた。原点に戻って、心を込めずに、あたりかまわず
言うしかない! まずは、カミさんから・・辛いけど!      
・・・・・・・・・
2007年12月12日(水)
 2443, 死刑直前の手紙      【GOOD MORNING】q・ω・´)
 (以下、字数の関係でカット 14年12月12日)


5019,幸福優位7つの法則 −9

2014年12月11日(木)

        【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
   * ボジティブ比 〜繁栄と衰退を分ける「ロサダライン」〜
 ここで、「ロサダライン」という考え方が示されている。「ボジティブ比」である。
  ーまずは、その辺りからー
≪ これは、心理学者でビジネスコンサルタントのマルシャル・ロサダが発見した、2・9013
という数字で表されます。これは、10年にわたって、業績のよいビジネスチームと、
悪いチームにおける「ポジティブな意識」と「ネガティブな意識」が、2・9013対1以上
でなければ、そのチームに成功はもたらされない、というもの。
 言い換えれば、チームとしてネガティブな考え方を打ち消すためには、その3倍以上もの
ポジティブな考え方が必要、ということになります。単に、「ポジティブな考え方が多い」
というだけでは、ダメ、ということ。3倍以上でなければならないが、調査結果では、
理想的に「6倍」必要という。その事例として、国際的な鉱業会社での事例が紹介されている。
 この会社では、ポジティブの比率が1・15対1だったところ、リーダーに対して
ポジティブなやりとりを心がけるよう指導したところ、その比率が3・56対1まで上がった。
その結果、生産性も飛躍的に向上し、業績は40%も改善したのです。この取り組みに対し、
CEOは当初、半信半疑だったが、実行したところ、メンバー間の信頼関係が向上し、
自分の成功だけでなく、他者の成功も考えられるようになった、など、その効果は非常に大。≫
 ▼ 私が知る限り、普通の人のネガティブ比が、逆の3倍のようだ。 毎年、小中、高校、
 大学と同級会に出席しているが、恐れずにいうと、上級に進むにつれ、ポジティブ比が高くなる。
さらに年齢とともに、ネガティブ度が高くなっていく。歳を重ねるごとに意識してポジティブ度を
高めなければならない。特に、私は6倍、いや10倍を目標にしなくては・・ 
それが、私の事業における結末の最大の収穫。「肯定肯定、絶対肯定!」「積極一貫!」
「美点凝視!」でいくしかない。 そう! 秘境ツアーが、これに似ている。際どい地域ゆえ、
トラブルは一通り出てくるが、これは避けることが出来ない。しかし、その数倍の感動体験が
必ずあるから、挫けずに出かける。 創業も同じ。大変だが、その数倍の面白さがある。
 ロサダライン「良いこと3に、悪いこと1」は、誰も人生体験から知っていることだが、
問題は、その1にだけ目がいくこと。大部分は、そこで留まり、世間様?に取込まれてしまう。
トラブル1は、避けることが出来ない。が、その数倍の良いことが必ずある。
同じくネガティブ1は、必然だが、その準備は可能である。それは、場数で、エネルギー量を
最小にすることは出来る。 ポジティブ量を多くするには、時間をかけた知識と訓練が必要。
それと、言葉。 肯定的言葉を普段から意識して身につけておかないと。 特に私は!
・・・・・・
4652, 2050年の世界 ー20
2013年12月11日(水)
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」〜英『エコノミスト』編集部(著)
   第五章 言語と文化の未来 ーのまとめ
・音楽、映画、文学などの娯楽は、実は優れたローカルなものである。通信の発達は世界の距離を
 縮小させるが、これらの娯楽は、引き続き文化に裏打ちされたローカルなものが各文化圏で優勢を
 たもつだろう。
・そうした意味で、人口の集積地には、映画産業が立地する。アジアでは香港、インドが映画産業の
 メッカとなっているが、経済成長と人口の集積の進むアフリカでも、そうした映画の都が発展する
 だろう。ナイジェリアの‘ハリウッド’は、アフリカ諸国に映画を供給しているが、その他にも
 ガーナのハリウッドや、リベリアのハリウッドが興隆するだろう。
・ウェブの発展によってテレビは、オンデマンド型になるという予測は成り立たないだろう。
 むしろ、番組の放映までにさまざまなプロモーションを行ない、放映時には、ウェブのSNSを
 使ったざわめきの広がりを期待し、ますます映画の興行のような形になっていく。
・紙の本は、電子書籍に取って代わられるが、一定の役割で生き残る。ウェブを使って
 クリエーターと消費者が直接結びつくことによって、出版社、レコード会社、新聞社はなくなる
 という議論は成り立たない。目利きとして、よいものを大きくプロモーションして伝える役割を
 維持すれば、消費者にとっても、クリエーターにとっても必要とされる存在になる。
・英語の言語としての一極集中は崩れない。産業革命から始まった英.米の世界覇権で偶然に始まった
 世界言語としての英語の地位は、タイプライターのキー配列のように一度固定化すると崩れにくい。
 中国語は、数多くの漢字を憶えなくてはならないというハードルがあり、世界言語とはなりえない。
・唯一、英語に代わる世界言語があるとすれば、コンピューターである。コンピューターによる
 翻訳能力は飛躍的に上昇し、外国語学習をペン習字のように時代遅れのものにする。
・中国語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語などの第二言語群は、その地域の少数言語を滅ぼし、
 地域的な優位性を高める。
▼ 英語の一極集中は崩れないのは確か。しかし、話すと同時に相手の国の言葉にの翻訳される
 機能のマシーンが 普及して10年もしないうちに言語も文化の違いも、大した問題でなるのか。
 特に文化については予測不可能の部分が多い。40年前、この情報機器の進化を想像できただろうか。
 スーパーの宅配やネットショッピングが、ここまで 根付くとは!また、ロボットが各家庭に
 色いろな形で入り込む。自動車も自動運転が現実的になってきている。30年先の文化の未来予測は、
 土台無理。だから、面白いが・・ 装着式情報機器が、次の流れになるが、その次は?
・・・・・・
4287, 学ぶということ
2012年12月11日(火)
 内田樹の著書や論文をたびたび見かけるが文章は平易で分かりやすい。最近の若者論は女子大の
教授ということもあって、的を得た内容である。失われた20年間の中で、将来に希望が持てず
「学ばず、働きたがらない」若者が多いという。
  * 何故、学ばなければならないのか?  「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
≪ ある大学で「先生、現代思想を勉強するとどんないいことがあるのですか?」って訊かれた
 ことがあります。見ず知らずの学生のくせに、僕の方に100%説明貴任があると思っているんです。 
自分は腕組みして「商品説明聴いてやるよ」という態度なんです。「お前の説明が納得がいったら
現代思想勉強してやるけど、説明がつまんなかったり、オレにわかんない言葉とか使ってたら、
勉強しないぜ」というわけです。ほんとに。そういうふうに教師に訊くのが学生にとっての権利だと
思っている。思わずぶん殴ってやろうかと思いましたけど《笑》。でも、怒りらえて、こんなふうに
説明しました。{ 悪いけど、僕がこれから教える話は、君にはまだその価値が軽量できないもの
なんだよ。喩えて言えぱ、君には君自身の価値判断のモノサシがある。そして、そのモノサシを
持ってきて、「先生がこれから話すことの価値は何センチですか?」と訊いてきた。でもさ、僕が
これからする話が、ものの重さや、時間や光度にかかわることだったら、そのモノサシで計れない
でしょう。世の中には度量衡そのものを手に入れなければ、何の話だかわからないこともあるんだよ。}
 6歳の子供が手をあげて「先生、それを学ぶと何の役にたつのですか?」というとき、子どもは
こどもなりに「有用性のモノサシ」を持っているわけです。でも、問題なのは、その六歳児の
モノサシで世界中の価値がすべて計れると思っていることです。 だから、そういうときは、
「パカモン、子どもは黙って勉強しろ」と言うのでいいんです。でも、それを断定して言える
基礎づけるロジックを今の現場の教師たちは持っていない。「君たちになぜ勉強しなくては
ならないか、その理由はわからないだろうが、私にはわかっている。」という絶対な知の
非対称性が必要なのです。≫
▼ 学生時代に学んだことは、上記のことである。絶対的な父がいて、その価値観から離れ、
 多様な価値観の世界を知り、結局は再び舞い戻り似たような生き方をしている自分と現在、
直面している。しかし、そこで一日、二時間以上の読書習慣を身につけたのが収穫であった。
とにかく、何のためでなく最低限の絶対量の知識を身につけること、それは価値観を常に
再構築し続けることが可能なベースを積み上げることである。それが活き続けるである。
 「人生、常時戦場、一生勉強」を実行してきた先人から、それを吸収することを楽しみ
とするのが{学ぶ」ということ。
 ・・・・・・
3912, 精神力ーその偉大な力 ー6
2011年12月11日(日)
   ◎ 想像力の魔力      「 精神力ーその偉大な力 」 ダン・カスター著
 * あなたの心のなかに、絵または型やプランなどを作る能力がある。応答する性質のある
大生命力は、そういう絵や型に応じて、あなたの体験内に流れいるのです。心に以上のような
イメージを作る能力を想像力といいます。誰もが想像力を持ち、それを使って、自分の望むこと、
または望まないことへのプランを立てます。考え尽くした末に、これをしようと思い定めた
心の絵は、あなたが大生命力に送り込む計画案です。こういうプランには、信念が方向を与え、
かつ統御します。信念は、心の中の確信です。あなたにとって真でありと確信するものです。
これがこころの中につくる絵やプランの型を決定します。 大生命力は、それに始動されて
行動に入ります。想像力は、心の中の技術する部分です。・・・ フランスの精神治療医
クーエは「毎日あらゆる点で、私はよりよく、よりよく、なっていきます」と、自分に
言い聞かせるよう教えました。また、「幅30センチ位の長い平板を地上に置くと、
たいていの人なら、どんな長い距離でも、平気でその上を歩いていけます。
 しかし、二つのビルの10階の高さのところに渡すと、話は全然違ってきます。
歩こうという人は殆どいません。想像力が、落ちる絵を作るためバランスを崩し落ちて
しまうと想像をしてしまいバランスを崩す。 が、30センチの高さでは、逆に大丈夫という
想像力が、バランスを保ってくれる。」という。タバコを止めることも、酒を飲むことも、
止めたときに得られる利益が将来、いかに多いかのイメージを書き出し想像すればよいのです。
10年で、20年で、30年で・・と。昔の人は、意思力を養おうとしました。 
近代医学では、それを強いるということで効果なしとし(強要することは、感情的な欲求に
反するからと)、イメージを利用するように変わったのです。 逆に想像力はマイナスに
働く力が非常に強い。被害妄想とか、心配性の人とか・・それも生きていく上で必要だが。
▼ 最近、歳を重ねて実感することは、「貧すれば鈍する」ということ。
 逆に「馬子にも衣装」ということのある。豊かな環境と知識は、その人を豊かにする。
また逆も、ある。格差社会というが、中産階級が減ってきた日本が、最近、いやにギスギス
してきた。高度成長期の時代は、歌謡曲も、何もかもが夢があった。将来に対して豊かな
イメージを持つことが出来た。しかし、現在は、どうだろう。夢がもてない背景がある。
信念を持てといったところで、持てないのである。長期楽観、短期悲観は人生に生きて
いくために必要なスタンス。楽観は意志でもあるが、意志の具体的イメージ化にヒントがある。 
・・・・・・・
3547, 「モテキ」の話
2010年12月11日(土)
毎日新聞に《ザ・特集:なぜ今、「モテキ」かー今年の新語・流行語大賞にノミネート》があった。
◇人生にはモテる時期が3回来る?ーブームの背景に「草食系」への慰めと励まし?ーの副題もよい。
面白い特集だが、この大不況の中、結婚をするだけでも大変。その人なりに?その時期はあるという。
振り返ると21〜26歳辺り男の一番の盛り、女は18歳から24歳辺り。私の場合は団塊世代の女性が
対象のため、恵まれていた。で?・・・ その日々が過ぎ、ある日、突然、潮を引くように誰も
相手にしてくれなくなる。その時になって慌てても、既にカタオチ?になっている。 
それが青年と成年の境目になる。  ー以下、その特集をまとめてみたー 
【 今年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉の中に、「おやっ」と思わせる一語があった。
 「モテキ」。文字通り「異性にモテる時期」の意味だが、ずっと前から口にしていたという方も
 多いのではないか。それが、なぜ今? 甘酸っぱい香り漂う恋愛用語を読み解いた。【平野幸治】
「現代用語の基礎知識2011年版」の「モテキ」の項目には<モテ期。人生には3回の異性に
モテる時期がくる、などという>とある。 飲み会の席や友人同士で「それってモテ期じゃない?」
「来たー、モテ期!」というように使う。この言葉が恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」
の候補に選ばれたのは、女性漫画家、久保ミツロウさんの作品「モテキ」が評判になり、さらに
テレビ東京でドラマ化されたことが大きい。 ・・主人公は派遣社員の藤本幸世、29歳。 
ある日突然、知り合いの女性たちから電話やメールが殺到し、話したこともなかった職場の同僚
女性からもコンサートに誘われる。「これがモテ期か」と舞い上がるが、恋愛経験が乏しいだけに
屈折していて不器用で、美女たちに振り回される(実は振り回している?)という物語だ。 
モテ期が「ある日突然」訪れるという設定は、作者のある「メッセージ」が込められているのだが、
そもそも私たちはどんなときにモテるのか。「どうやって」の研究は雑誌などで盛んだが、
「いつ」というのは意外に難問だ。  (字数制限のためカット11年12月11日)
 ・・・・・・・
3172,ノートを下からとる!
2009年12月11日(金)
 面白いノートの取りかたである。 これは、目から鱗。
ノートは普通は開いた左上から下に書き下ろし、右ページ上段に戻って再び書き下ろすのが
一般の書き方。せいぜい、左ページを白紙にして右ページに書いたフォローとして重要なポイントや、
絵とかを気ままに書いたり、空間をタップリとって島状に文章を書いて、後で見直すやすく工夫する。
 ところが、これは逆転の発想である。
*開いたノートの左下から�・・・・・・ 、�・・・・・・、そして行を上げて
 �・・・・・・・ �・・・・・・・・ 、そして行を上げていく。
 だいたい三分の二あたりに、それまで書いたマトメのポイントAを小項目とする。
*次にまた右ページの一番下の行から、Aから導き出されたBを想定して、�・・・・ �・・・・
そして行を変え、上の行に�・・・・�・・・・、そして行を変えて、上に向かって書き足していく。
そして三分の二を目安に段落として、そのマトメとしてのキーワードの項目を書き出す。
*そして、今度は左ページと、右ページのキーワードを入れた両ページにわたる長細い
楕円を書いて、その中に、�・・・・ �・・・・というふうに、書き出していく。
実際に書いてみると、上から下へ書くより、下から上に書いていくほうが考えがスラスラ出てくる。
そして後で読み返すとき、先に結論が書いてある上に、図示で分かりやすい。
 私の読書法には、最後の章から前に向かってポイントだけを追う方法があるが、それに似ている。
要するに、言葉=思考を上に、どんどん積み上げていくのが良い。考えてみれば、何もない下に
書くということは、何か不安がある。 しかし、いま書いた言葉の上に積み上げていくという実感が、
考えを誘発する。「どんどん考えが浮かびあがる」といった風が良い。
 私の、これまでは、ノートの真ん中に小さなハートを書き、その周りを脳のような図を描く。
そして、右上から5〜6行の文章を 下に向かって三段書いて、下の段の左側に文章を書き足していく。
そして、一番左の行を島として、上に書き上げていく。 これはこれで、なかなか良い。
しかし左側の一番下から上に書き上げるのは目から鱗である。 これ本屋で立ち読みだけで会得した?が、
やはり、買って読まないと著者に悪いことになる?。これは良い。下の副題が決してオーバーではない!
【 苫米地思考ノート術
  ― 脳を活性化し人生を劇的に変える最強思考ノート  ー苫米地 英人 (著)  】
 ・・・・・・・・・
2807, 不況景色 −2
2008年12月11日(木)
 * アメリカ最大のメディアの「トリビューン」が破綻
あまり目立たなかったが「ロサンゼルス・タイムズ」や大リーグのカブスなどを傘下におく
【トリビューン社】が、破産法11条を米連邦破産裁判所に申請し事実上経営破綻した。
負債総額は1兆2000億円、<救済される>会社と<つぶされる>会社の線引きに批判が集まる。
日刊紙8紙を傘下に置き、23のTV局を持ち従業員2万人の全米最大規模の総合メディア。
何故、【シティ】や【AIG】は (目先だろうが)救済され、新聞社の【トリビューン】社は
破たんなのかと・・。 さらに【NYタイムズ紙】の業績も急悪化、このままいけば経営破たんでは
ないかとの噂も出ている。今後、マスコミが巨大企業救済プランに一斉に反対キャンペーンを打ち
出す可能性がある。アメリカの新聞社は日本や英国に比べて競争力が弱く、その分だけ不況とネットの
波が大きく影響。アメリカ最大保険会社のAIGが実質破綻、自動車ビックスリーも倒産直前、シティ
バンクも風前の灯、証券会社は壊滅というから、アメリカは恐慌に一歩足を踏み入れたといってよい。
*地元・新潟も不況が深刻化
地銀の担当の話によると、一段と景況が悪化、特に不動産・建設、小売など急激に売り上げが
激減しているという。地元の金融機関は、地方経済の長年の悪化のために体力を落としており、
含み損を多く抱えているため、資金が出せない状態。マイナスの循環の速度が速まりそうだ。
当方は、日本経済の景気に直接左右される商売で、街角景況がリアルに分かる。
これまでは他の商売より三ヶ月は先行した数字が出るが、この金融危機の影響は、
他山も同じのようだ。世界恐慌は、製造から、流通、サービスまでが、25%減の売り上げになり、
失業率は20%、株価はピーク時の10%になる。それからみると、日本の株価は4千円。
アメリカは2000ドル以下になる。今年の忘年会、中止にしようか迷ったが、小じんまりとした会にした。 
帰りの新幹線の乗客も、めっきり少なくなった。来年から3〜5年間は世界は大きな経済的破壊が
現実化するだろう。年を越した1月5日から一斉に倒産の実態が顕れるだろうという。 
新しい社会の創造前の破壊なら良いが。
 ・・・・・・・・・
2007年12月11日(火)
2442, 人生後半に、哲学は一般教養として不要か?


5018,幸福優位7つの法則 −8

2014年12月10日(水)

        【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
  法則7: ソーシャルへの投資 〜周囲からの支えを唯一最高の試算とする
 わかったようなことを毎日書いているのに、人扱いがうまくない。そこで、毎朝、親しい
友人に向かい語りかけるように、この随想日記を書いている。これも一種のソーシャルへの
投資と考えている。読み手は、直接、会って話さなくとも、ピュアーに集中して書いたため、
私と会話をしていると同じ感覚では? 読んでくれているだけで、仲間? それとも?
  この法則7は、「幸せになるためには仲間が大切だ」ということ。
≪ ハーバード大学はアメリカで最も優秀な人物が集まる大学の一つ。
 それは何を意味するか。今まで全米各地で「成績トップ」として生きてきた人達のうちの
半分が、ハーバードでは「平均以下」に位置すること。彼ら「天才」「秀才」と呼ばれてきた人
にとっては初めての屈辱だ。そんな過酷な競争社会ハーバードの学生の幸福度を研究した
結果をある学者は以下のように表現した。 
  「研究によって得られた発見を一言でいえば『愛』に尽きる」 
つまり、同じぐらい辛い状況、追いつめられた環境の学生たちでも、信頼できる仲間関係を
構築できている学生たちの幸福度は高く、孤立している学生は幸福度が低い、という結果が
出たのだ。この傾向は大学に限ったことではない。2008年のリーマンショック直後、多くの
アメリカ企業は未曾有のパニック状態に陥ったが、その際、多くの企業は社員同士の
コミュニケーションの機会を増やし、相互の絆を強める努力をしたという。
福利厚生費や懇親会などの費用は不況の時にはまっさきに削られてしまうが、
マネージャーたちは自腹でビール代を捻出し、社員と自由に会話する時間を持ち続けた。
人と人との絆に投資する。 これが大切なことなのだ。・・≫
▼ 日本では、居酒屋で上司の悪口を言って憂さをはらし、そこで絆を強める慣わしがある。
 私は地縁の会には、ほとんど出ないが、学縁の同期会には可能な限り参加している。
出身校は自分をつくってくれた骨格であり、人生の道しるべとして参加を続けていると、
その時どきの合せ鏡として学ぶことが大きい。ソーシャルとしては、以前経営していた
以前の会社も飲み会がソーシャルへの投資としていたところがあった・・当時は、忘年会や、
退職者の送別会が、その一つ。年に5回として150回以上の宴会をしていたが、
その面白かったこと!      
・・・・・・
4651, 閑話小題 ーターナー展
2013年12月10日(火)
   * レグルスの失明
 家内が二月ほど前に上京した際に、『ターナー展』を見てきて「良かった」という。
先月末に、NHKが「日曜美術館」で、松岡正剛の解説でターナーの絵画を紹介していた。
一人で美術展に行かない私が、先週末、大学の同級会のため上京をした際に、上野の
東京都美術館に行くことにした。これは最近読んだ、『一年で全米記憶力チャンピオンに
なれた理由』の影響もある。直接、凝視しておけば記憶に残る上に、後でネット写真を見た時、
より深く理解できるはず。開催日も終りに近づいた土曜日の午後もあり、館内は人で溢れて
いたが、二時間半をかけ目に焼き付けることができた。思っていたより遥かに多く出品されて
いたが、飽きることがなかった。異次元世界からの光を逆照射した感のする絵画が多い。
それも海を背景にした陽光が「カレーの画家」と揶揄されるほど、くすんだ黄色が印象的。 
 2013年11月24日放送〜日々流転する風景を描け〜風景画の巨匠 ターナー〜 
出演:松岡正剛が非常に良かった。《(内容紹介)18世紀後半から19世紀前半に活躍した
画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851年)。今なお英国最大巨匠として
絶大な人気を誇る。その影響は日本でも夏目漱石が小説「坊っちゃん」でターナーに言及する
など、時代や文化を超えて多くの人を魅了し続けている。ターナーが生涯を通じて描いた
作品の多くは風景画。その最大の特色は、光・大気・水の表現。薄いベールを透かして
見るような光、鮮やかな色彩が重り輝く幻想的な海や山の光景。それはターナー独自に
テクニックで生み出されたもの。当時、歴史画や肖像画に比べて地位が低かった風景画を
押し上げ、若くして成功する。しかし後半生は作品が大きく変化する。雪崩や吹雪、葬儀など
謎に満ちた作品を次々と発表。当時誰も見たことのない抽象画のような作風も多数描く。
画家がそこに込めた思いは何か。番組では風景画家の第一人者に君臨し続ける
ターナーの実像に迫る。》
▼ 実物の迫力は、やはり素晴らしい。黄色の「輝き」が良い。その中で幾つか印象に
残った一つに「レグルス」がある。レグルスとは、ローマの将軍。ポエニ戦争でカルタゴに
捕らえられ、両瞼を切り取られるという刑罰を受けて、陽光のもとに引き出され、強烈な
太陽光線で失明する・・という逸話を題材にした作品。この絵について松岡正剛は、
「すごい作品ですね。レグルスを失明させるほどの強烈な日の光・・しかし、この光景の中に、
レグルスは見当たらない。ただ、陽光の鋭さだけが描写されている」「本来、この風景の中に
いるはずのレグルスを敢えて描かずに(画家は)陽光の描写に専念した」というが、
これは瞼を切り取られたレグルスが、失明直前に視た光景と受け取ることが出来る。  
・・・・・
4286,日本人の思い −3
2012年12月10日(月)
「日本人の思い」ー ほぼ日刊イトイ新聞 
☆ 「あなたは、友達が多いですか?」に、83%が「少ない」と答えている。
みんなの結果予測は57%で、その差は大きい。大部分の人は他人に比べ、「自分は
少ないけど、みんなは友人が多い」と勝手に思いこんでいることが分かる。
要は、自分が孤立し孤独なのが分かるが、他人も同じ、が理解できない。更に驚いたのは、
男女の差が無かったこと。男は仕事(縦の関係)で友人関係に希薄になりがちで、女性に
比べ少ないと思っていた。 年齢別にみると、14歳以下が5割と答えているが、15歳以上
になると全ての年代の答えは2割以下。こんなものである。友人が多いと思っているが、
実はその人が勝手に思い込んでいるだけもある。「人は人、我は我、されど仲良く」を
ベースにした関係が基本。
☆ 「あなたは、強い人ですか?」に対し、3分の2近くが、弱いと答えていた。
 これも、意外な答えである。上記の「友人が多いですか?」の回答に対する心情に似ていて、
どのように思うかである。 私の考えは 「人間は本来、誰も弱い存在。それを知識と経験で
克服して鍛え上げるプロセスが人生。としても弱い存在は変わらない。しかし一般からみれば、
強いのではないか」ということか。で、本当に強いか?と心底を覗けば、「弱い」と言うしかない。
☆ 「あなたは、物知りですか?」に対して、イエスとノーの比率は5分5分である。これも、
 あくまで対比の問題。「上を見ればきりがない。下を見れば底がない。横を見れば情けない。」
で、対比の問題。
☆ 「あなたは、スポーツ好きですか?」に対し、7割近くが、好きと答えている。これも意外。 
 私の予測は「5分5分」。スポーツジムに通い始めて好きになったが、ウォーキングを
30年近くも続けてきたのをみると、嫌いでは出来ない。 
☆ この本の質問には無いが、「あなたは、自分の人生を肯定できますか?」を思いついた。 
 で、どう? せざるを得ない?五分五分の結果予測がたつが、3分の2ができない、
になるのだろう。恐らく。 「面白かったんで肯定する」が私の回答。
 ・・・・・・
3911, ファイナル・クラッシュ ー3
2011年12月10日(土)
  第2部 ハングオーバー−金融の死の灰
「もし私に一国の通貨を発行する権限を与えてくれたなら、その国の法律を超越した存在に
なるだろう」                ーメイヤー・ロスチャイルド
* アメリカの通貨であるドルについてはっきり言えることは「ドル紙幣は刷られすぎてしまった」
ということ。 世界は今やドルの下落に直面している。それも人類史上経験したことのない
スケールでの暴落だ。たくさんあるものは値を下げる。たくさんありすぎるものはクラッシュする)
・・1971年から今日に至るまでの40年足らずの期間に、ドル紙幣の価値は20分の1に低下して
しまったのだ。 なぜそんなことになったのか。 原因ははっきりしている。ドルの大量増刷が
行われたためである。1971年8月15日に金本位制を廃止した。 それによってドルのキャピタル
・フライト(資本逃避)が発生する。アメリカからマネーが逃げ出し、為替市場でドルが売られ、
米ドルの価値は下落した。米ドルはゴールドに裏打ちされた通貨ではなくなり、アメリカ国債
という負債に裏打ちされた通貨になり下がったのである。・・
 ・・石油と工業製品をアメリカへ輸出して利益を得ていたまさにその国々が、溢れ出るドルを
 吸い上げる役割を担っていた。彼らは輸出で得た代金でアメリカ国債を購入しており、
それがドル紙幣の価値を人工的に維持する結果となっている。アメリカに石油と工業製品
が着く。その帰りにアメリカ国債を満載にしていく。アメリカ人が買う商品を中国が輸出し、
中国にドルがたまる。中国がそのドルでアメリカ国債を買う。それによりアメリカに還流したドルで
またアメリカ人が輸出品を買う。この還流を「チャイニーズ・ランドリー(中国製洗濯機)」と呼ぶ。
* 国別で現在、金を一番多く保有しているのがアメリカである。外貨準備の7割がゴールドで
あるのに対し、日本は僅か3%である。だからファイナルクラッシュで、一番、打撃を食う。
その僅かなゴールドも殆どがFRBに置いてあり、日本銀行は、その預り証しかない。それは
日本だけでなく、世界中の国も同じ。それは、実質的にドルを持っているのと同じことになる。
▼ 当然、中国も分かっている。このサイクルが利すると考える間は大丈夫だが、
そうでなくなったと判断したときには、これを捨てる。中国が買い続けているからよいが、
逆に売られたときには、長期金利は上がり、ドルは値下がり、アメリカにインフレが襲う。
永遠に中国がアメリカ国債を買い続けることなど不可能。 といって、中国もドルと
アメリカ国債の暴落は自分で稼ぎ、貯めた価値の暴落につながる。もはや中国には
一兆ドルの外貨準備高がある。中国は寝ている間は良かったが、今や寝ている獅子は
眠りから覚め立ち上がった。アメリカは衰退し、中国が勃興する流れは曲折しながら
激しくなり、日本は埋没する?
   ・・・・・・・
3546, 意外と寂しい独身の人たち
2010年12月10日(金)
  ある特集の記事の中に、エッと目をひいた若者の統計値があった。
 思いのほか、独身者で付き合っている彼氏・彼女がいないのである。まずは、その箇所。
【 電通総研が今年、23〜49歳の独身男女1996人を対象に実施した意識調査からは、
まさに「受け身」そのものの現代の人間像が浮かび上がってきた。
・まず、男性の75・9%、女性の69・3%が「付き合っている彼氏/彼女がいない」と言い、
「3年以上いない」と「これまで異性と付き合ったことがない」の合計も同60・1%、49・9%に
 達するなど縁遠い実態。ちなみに「彼氏/彼女がいない」群の7割以上は
「好きな異性がいない」。つまり、片思いすらしていないのだ。
・さらに「恋愛では積極的にアプローチする方か、相手からのアプローチを待つ方か」
との問いに、女性の73・3%、男性の64・2%が「待つタイプ」と回答。 男女のほぼ
7割前後が「草食系」を自認していた。漫画「モテキ」では、ある女性が主人公に
「あいつどこまで受け身なんだよ」「全部女に言わせてんじゃねーよ」とキレる場面があるが、
現実には男女ともに「待ち受け状態」にあるのだから、恋愛が始まらないのも当然だ。
「今の日本男性は経済格差の拡大もあり、傷つくのを恐れるガラスのハートの持ち主が多い。
一方の女性側も、そんな男性たちと関係を構築するのに疲れて『恋愛低体温』になって
しまっているのです」。】
 〜〜
 高校や、大学卒業前後や、女性の職場に勤めていた時など、波が押し寄せてくるように
誘いが来る時期があった。これは誰にでも?あるもの。逆に、全てが途切れて全くヒキアイが
何もない時期もある。 現代では携帯電話があり、気楽に付き合っていると思っていたので
案外である。 私の学生時代に携帯電話があれば?・・ まあ、いい。女性の四分の三は
分かるが、男の三分の二が待つタイプとは?  で、若いときは? というと、草食系?か。
心の奥で「波が、きたきた!」とか、「何で私が、こんなに?」とか、それも僅か数年の儚い
期間だけ? まず、とにかく声かけの量から?肉食系の男女は、とにかく声をかけている! 
それも上手い。
 ・・・・・・
3171,「にこまる」で超図解
2009年12月10日(木)
 ー 3秒間! で脳内整理術 「にこまる」で超図解すれば問題解決ー 茂野太陽 (著)
二つの○を重ねて書き、重なっている部分を「同定」し、そこから新しいキーワードを探し、
三つ目の○に書き出すもの。
・「正・反・合」を○で図示しながら、正・反から合を気楽に導き出すものと、考えてもよい。
・また「守・破・離」も守・破から離を導き出すことができる。
・「三位一体説」の「神(父)、イエス(子)、霊)のモデルの図示にも似ている。
・その他にも、起承転結や、帰納法、演繹法などに気楽に使える。
 書店で、立ち読みで充分と判断していたが、手に取るたびに著者のエネルギーが
本から溢れ出ているようで、思わず買ったが、これは使える。「脳内整理を遊びながらする」
手法であり、新しい手法というより、一つのテンプレートの提示である。実際に図をノートに
手書きでうつしていると、著者が考えつくしているのが分かる。
 テンプレートとして、*にこまる基本図、*にこまる時間図、*にこまるラセン図の三図が
ベース。何か問題を抱えたら、この三つの図をジッとみて、そこに問題のキーワードが
収まるのを待つという方法もある。その意味では、面白い提示をしているともいえる。 
まず○印が二個重ねるというところが、ミソである。 ー以下は、キーポイントの言葉である。
*頭がもやもやするのは入り口が自動ドアだから
 =入り口で、開けるかどうかの判断を手動でするべきというのは、情報社会だからこと必要
*情報は外だしすることで整理が加速する
 =書き出し、まとめてこそ、情報の価値がでる。脳内整理は「答え」ではなく
 「問い」に重点を置くこと
*情報は、問いを含めた形で整理する
 =問うという能動的な形で整理するから価値が出る。
*情報を整理するには入れる箱が必要
 =自分の手作りの箱が必要。 この随想日記は私の箱である。 一般にブログは最適。
*思考のステップ化で脳内整理をさらに加速
 =この「にこまる」は、思考のステップ化に最適である。
思考法としては、シンプルで分かりやすい。 図示し、展開するには良い手法である。
 ・・・・・・・・
2806, イングランド・ツアー  
 2008年12月10日(水)
*英国という国
 英国の概要については‘?’で書いたが、更に書いてみる。
・英国の国民性として『働かないけど、金よこせ』が、サッチャーの改革で
 『働くから、もっとよこせ』に変わったという。
・長年の歴史から階級がハッキリしていて、労働者階級が出世するのは大変だが、
 事業での成否での入れ替わりのシステムはあり、社会的弾力性は維持されている。
・バスからは山は殆ど見ることがない。延々と牧草地が続いており、道路の両側にオークの
 木や、林はブナの木、そしてポプラの木が所どころに見ることが出来る。教会にはイチジク
 の木が多く見られる。 北イングランドの湖水地区や、コッツウォルズのカッスルクームの
 絵のような村の美しさが印象的。
・牧草地が目立ち、牛、羊、馬が多い。 また豚の牧草地に放し飼いが目だったのは
 英国的である。中世にローマ軍がやってきて、羊を持ち込んだため、多くの畑が牧草地に
 代わり、多くの農民が失職し、アメリカ大陸に押し出される原因になった。 そのアメリカで
 綿が大量に生産されて、英国に大量に輸入されて、羊毛の値段を暴落させたのは、
 皮肉な自然の摂理だった。
・食料自給率は80%あり、カナダの150、フランスの140、アメリカの130、
 ドイツの100%、には及ばないものの、日本の40%からみれば、安定している。
・英国は、庭つくりの好きな国民性であり、自然を利用した庭つくりが基本という。
 ちなみに、フランスは幾何学的、イタリアは地形を利用した庭つくりが基本。
・英国は産業革命が始めて起こった国。当初の自然破壊も大きな問題になり、環境保護の
 先進国でもある。
・ロンドンなどの都市に入ると同時に目立つのが、一棟が真ん中から左右対照同じ家が多い。
 それぞれが別の家族が入っている。建売で、互いに気にしないで生活している。
 (値段が、安くなるからだろう)
・この旅行で、家族が仕事関係で住んでいる人が三組いたが、その人たちの話では、英国は
 住めば都とか。
・世界的な金融危機を直撃したため、国全体がピリピリしているように感じたが、
 国民性に深い歴史を感じた。イギリスは、ファンタジー小説が多く書かれているが、
 その背景には、世界から略奪した富の蓄積がある。
・・・・・・・・・・・
2007年12月10日(月)
2441, 四四太郎の霊日記 ー11     ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪
(字数制限のためカット 09年12月10日)
・・・・・・・・・
2006年12月10日(日)
2077, 今年を振り返って −1   才八∋ウ_〆(∀`●)
 そろそろ、今年の十大ニュースが話題になり始めている。年末の31日になったら、
 もう一度書くつもり?だが、ランダムに頭に浮かんだまま書いてみる。
・北朝鮮の核実験とミサイル実験が日本にとってトップになるだろう。
・イラクでは日ごとテロが激しくなり、イスラム教の宗派間の内戦の様相を示してきた。
・国内では小泉から安部首相に代わったということか。
・それに児童虐待(親と仲間内)が頻繁におきだしてきた。家庭内が荒んでいるのが原因。
・大型薄型TVが売れ出したことも大きい。
・県知事が三人逮捕となれば、やはり大問題。市長の逮捕など、それがどうした?と
 思えるほどである。
・会社は、なんとか減収同益に持ちこめそうだ。来年から駅再開発が着工、今期を含めて
 三期がどん底だったが光が見えてきた?か・・ それとも、今そう考えていたほうが
 都合がよいから?
・それと一番私らしくないこと、「県活性化のための会」を主導して開いた。
 学生時代のゼミの後輩に依頼されてのことだが・・・まあ面白かったが、無事終了。
・身辺では義母と、仲人の高橋与三八さんが亡くなった。
・二人の息子が婚約?、自宅に連れてきた。 来年が結婚式か?
・新しい習慣として、モーニングページ(思ったことを起きざま30分間にわたりノートに曼荼羅
 の枠の中に書き込んでいく)の習慣を、3月から始めたことだ。これが今年の一番の収穫。
・旅行はケニアであったが、サファリ・カーの外より、車内の動物に・・・
(字数制限のためカット 11年12月10日)


5017,幸福優位7つの法則 −7

2014年12月09日(火)

       【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
  * 法則6: 20秒ルール
 森(現役)から、サバンナ(御隠居)の生活に移動するについて、まず考えたことは、
ウツ対策。そこで、毎日の習慣を、更に厳格にする実行することにした。
< 4時起床。 この文章の修正と完成、アップの後、一時間のミニサイクリング。
 9時から11時半まで、読書と、ブログの下書き。
午後からは、スポーツジムと、ポタリングか、図書館、テレビなど自由時間にあて。
17時から20時までは、居間で食事やテレビなど。そして20時過ぎに就寝。 >
 20分ほどの誤差は出るが、ほぼ毎日この日程である。我ながら真面目だが、習慣(日程)
は第二の天性と信じ、このパターンを続けている。 この20秒ルールを、早速、取り入れたが、
早朝など、寒さで布団から出れない時、ピッチャから投球を受け、制限時間20秒以内の投球動作
のイメージを持つと、何故か不思議に行動に移れる。コツはキャッチャーが球を渡すタイミング。
  ー要点を纏めるとー
≪ 私たちは「単なる習慣の塊」。そして、習慣は「初期設定」を変更しないと変えられない。
そして初期設定は、一番楽なこと、に集約されていく。著者はギターが趣味だが、忙しくて弾く
機会がなかった。そこで一念発起、「毎日30分ギターを弾く」誓いを立てた。 習慣が身につく
には21日かかる研究結果から、21日分のカレンダーに✓マークをつけることを想像していたが、
その計画は4日で頓挫。そこで、著者が学んだのは、[一番の問題は、「ギターがギターケースに
入れられ、リビングのソファーから歩いて20秒かかるクローゼットにしまってあること」]
そこで著者はギタースタンドを購入、ソファーの座る位置から手が届くよう配置したところ、
21日後に著者は、✓マークが21並んだカレンダーと、ちょっと上達したギターのテクニックが
ついたという。 この二つの事例の違いは、クローゼットまでギターを取りに行く、
20秒しかかからない行動の「面倒くささ」が習慣化を拒んでいた、ということ。 
重要なのは、「望ましい行動」を「最も抵抗の少ない道にする」ということ。
 著者は正反対の実験へと自らを進める。彼は帰宅後にだらだらテレビを観てしまう
習慣を何とかしたいと思いつつ、やめることができずに、オフィスから自宅に戻ると、
リビングのテーブル上にあるリモコンでまずテレビのスイッチを入れてしまうのだ。 
そこで、テレビのリモコンから電池を抜き、リビングから20秒かかる部屋の引き出しにしまい、
代わりに積ん読の本を自分が座る位置に置いた。もちろんギターも手に届く場所にある。
当初は、帰宅すると、電池が抜いたことを忘れてリモコン操作してガッカリしたが、
そこで引き出しまで電池を取りに行ったか? 面倒だから行かないのである。立ち上がって
テレビまで行って操作するのも面倒だと。その代わりに、すぐそばにある本を手に取って
パラパラめくったり、手許にあるギターを弾いて時間を過ごすようになった。
著者は、テレビ番組に対する興味が薄れている自分に気づいた。そしてその代わりに
読書とギター練習という、より「望ましい」習慣を身に付けた自分を発見した。≫
▼ 老齢化には、これは有効に働く。とにかく、億劫になってしまうが、ピッチャの
 20秒以内の投球制限のイメージを持って次の動作に移る習慣化は、有効になっている。
これは実際に、回数を重ねるしかない。そういえば「大リーグで、来年から更に厳格に
実行される」とニュースで報じていた。
・・・・・・
4650, 老後の生活破綻、そして死 ー3
2013年12月09日(月)
          「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣千春 (著)
   * 健康面から見る、高齢社会の現実
  ー健康面から、高齢社会の現実を要約するー
《 日本人の要介護期間は平均約七年と、2008年にWHOより報告されているが、
軽いものを含めると十年前後。介護を要するきっかけは、脳血管疾患が最も多いものの、
認知症や老衰、関節疾患、骨折・転倒とばらつきがある。認知症、老衰、関節疾患の
多くは緩やかに進行するが、脳血管疾患や骨折は突然起きることが多く、生活の急変を
ともなう。65歳以上の死因別死亡率は、約半数が心疾患、ガン、脳血管疾患の三大病
で亡くなっている。後期高齢者は増加すると、肺炎や、老衰で亡くなるものが増える。
注目するのは、不慮による事故による死亡が死因の6番目にあること。 交通事故、
入浴中や、転倒によるもので、予期せぬ人生の終末は、周囲のものにとっても後悔を残す。
60歳以上の自殺者は、全体の3割を占めている。55〜65歳で三番目の死因が自殺。
高齢者の自殺原因で、健康問題が半分、経済問題4分の1が動機になっている。まずは、
ウツになり、それが自殺につながる。目先に迫ってくる死の影に慢性の鬱症がつきまとう。
 恩師、上司、同年代の友人、配偶者、時には子供の死などが身の回りに次々に起きて、
周りのつながりが、どんどん減る。さらに体調が悪くなり慢性的に不調を抱え、収入も減り、
医療費の支出が増えたりして経済的に不安定になる。それらが増るのに対し、鬱憤を
晴らすチャンスが減る。それが自己否定になり、生きている意味を感じられなくなる。
高齢者の自殺の6割が健康問題。その中で、ひたすら峠を歩くことになる。・・・ 》
▼ 峠からみる下界も時に美しく光り輝くこともあるが、人間の肉体は生(なま)もの。
 時間とともに、腐っていくのが老いであり、病気である。それをカバーするには、運動と
読書と趣味の深耕を続けること。その気力が衰えれば、思い出の宮殿に入るしかない。
欧米の公園で年寄りがボンヤリ座っている姿は、思い出の宮殿の中にいる抜け殻の姿。
50歳代で、数人の友人が亡くなったが、老いの経験をしないで済んだプラス面もある。
としても、長く生きたい。特に、これから10年、厳しいが面白いはず。眺めは良いが、
風は冷たく強い。荷物を一度下ろして、思いきった整理の時!
・・・・・・
4285, 閑話小題 ー痴呆老人?の罵声
2012年12月09日(日)
   * つれづれに ー痴呆老人?の罵声と娑婆
 最近、近所で徘徊している?80歳過ぎの痴呆のような老人がいた。
一年前から2〜3回見かけるが、服装は普通だが何か変。一月以上前になるが、
駅に向かっていたところ、その老人が突然、7mほどの道路の反対側で並列状態で
歩いて大声で喚き出した。私を罵倒しているような、しかし何を言っているか意味不明。
見ると目をさける。100mほどすると、そこは土手で民家が無くなる。恐ろしくなったのか、
少し離れて更に大声で喚いていた。汽車時間がギリギリだったので、通り過ごしたが、
列車に乗ってから急に腹が立ってきた。帰った後に警察に相談に行って
「収容をしないのか?」というと「無理」。それと「言っていること自体が本当かどうか?」と。 
実は痴呆でなく、私の現状を近所で聞きかじった「寂しい老人性欝病者の鬱憤ばらい」か、
など考えてしまった。それにしては異常な怒りかた。上下の黒スーツに白ワイシャツ、
14時からして、「近所の孤独死をした老婆の49日法要の帰りで酒が入った勢いか?」
と仮説を立てると、怒りは増す。「怨みの時代」の一現象だろうか、何だろう、これは。 
私の事業整理は内情を知らない人からすれば計画倒産そのもの。 私には外海の大津波
(金融恐慌)が内海に向って押し寄せているのが実感できるので、この事業整理には
割り切りが出来ている。しかし倒産にしては、今でも自宅に住み続けているし、大型車は
そのまま。(20年乗った査定ゼロ車など知る由もない)毎日、何処かに出かけ、それまでと
変わらない生活。 誤解され罵倒されても仕方ない状態。その上、旅行バックを持っていれば・・ 
あれは軋轢のあった地元の人の罵声を代表したと思えば、一つの具象として分かる現象。 
シラミの世界は、こんなもの、真当に生きれば当然!と、納得するしかない。地元に住む
限りは半年に一度は、と割切っているが・・ ゾンビ?は無感覚で襲いかかってくる。 
私が「死にぞこない!」と怒鳴り返せば大打撃だろうが、痴呆老人との言い争い
レベルに下がる。でも、面白い? あの怒り、色いろな顔を思いかべ当てはめるとドレもコレも
ピッタリ。その数の多さに今さらの感がする。 神様は丁度良いタイミングにボケ老人を遣わし、
忠告したと感謝するしかない。 ここで、アメリカ、中国、韓国、そして日本の選挙と政権交代が
進行中。 変動期には何かが起こる可能性が大きい。株式・国債相場の暴落か戦争を機会に
世界経済は恐慌に入る。ある朝、突然に始まるが、それを境に想像を遥かに超えた日々になる。 
特に経営者は厳しい。それより何気なく病院で検査を受けた結果が、死の病の宣言!の方が、
よほど恐いか。人生は喜劇、かつ悲劇。 
・・・・・・
3910, ファイナル・クラッシュ ー2
2011年12月09日(金)
   「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」石角完爾著
 常日頃いっている、リーマンショックを史上稀なる大地震とすると、ファイナル・クラッシュは
「大津波の本体」の言葉の違いでしかないと言えば、それまでのこと。 何とか今年におそって
くる筈だった大津波を先送りをして、体力の弱い中国・インドに世界中の資源会社を買収させたり、
ゴールドの蓄積をさせて、来る恐慌に対して準備期間を与えている。それを声高々に述べている。 
具体的にシンガポールとかオーストラリアに、泥舟日本からの脱出を勧めているという面では、
読むべき価値は十分にある。恐慌の恐ろしさを99%以上の人は実際に分かってないし、
オボロゲに分かっても手の打ちようがないのが現実。一億以上の資産があったら、手順を
踏んだ方がよいという。 これから10年で日本は豊かな国から貧しい国になる。
 ーこの本には原書のネタ本がある。それを知った経緯の部分を書き出してみるー
  * 原書のファイナル・クラッシュとの出会い
 ファンド、とくにヘッジファンドが行っているデリバティブ(金融派生商品)やCDS
(信用リスクを移転する取引)の売買は、基本的に相対取引であり、なおかつ口頭か、
紙ベースで行われている。コンピューター時代の今も、一般人がアクセスで計るパソコンの
スクリーンには一切出てこないのだ。誰がどういう動きをしているかは、そういう閉ざされた
情報交換の中に入らない限り、わからないしくみになっている。日本の金融関係者でそうした
場に参加できる者はほとんどいない。この秘密の会合の一つを組織しているクラブの本部が
ロンドンにある。私はその会員となった後、クラブの主催者から「カンジ、これはすごい本
だから、ぜひ読んだほうがいい」と勧められ、一冊の本をプレゼントされた。 
それが「TheFinalCrash」だった。主催者自身、一冊しか持っていないという貴重な本。 
主催者は女性であった! その本を入手できたのは、著者もまたこのクラブの会員で、
自著をクラブ主催者に直接プレゼントしたからだった。主催者の勧めに従って一読し、私は
その内容に驚愕した。「これは本物だ。大変なものだ」そう感じた私は著者に直接話を
聞きたくなり、本をくれた主催者に「会わせてもらえないか」と頼んだ。そして彼女は、
イギリスとフランスの間にあるタックスヘイブン、ガーンジー島に住み、そこからほとんど
出てこないという著者に連絡をとってくれた。ガーンジー島は、ロンドンから空路で一時間
ほどの距離にある。対岸のスウェーデンに住む私と互いの予定を合わせ、クラブの本部が
あるロンドンで三人で会うことになった。二〇〇九年のことである。本で紹介されている
簡単な経歴によれば、著者はイギリスの全寮制の名門パブリックスクールの一つ、
ラグビー・スクールを出ている。ここは、数学者で『不思議の国のアリス』著者・ルイス・キャロル
や、五九代イギリス首相のネヴイル・チェンバレンなどが輩出した有名校である。
ー 目次 ー  第1章 借金が市場を炎上させる    第4章 日本経済の行方
        第2章 世界経済ブラックアウト    第5章 自分の資産をどう守るのか 
        第3章 迫り来るメルトダウン     第6章 クラッシュ後の世界
 ・・・・・・
3545, 「そう思う」と「本当に、そうである」とは違う
2010年12月09日(木)
 これまでの人生で、「そう思う」を「本当に、そうである」と思い込み失敗したこと数知れず。
これは、人間の判断を大きく間違えさせてしまう。行動するの「行」には判断という意味が
含まれる。判断し、動くのが行動。その判断の基がいい加減になっていることに人は
気つかないで、大体が「そう思った」で、「そう動いてしまった」ことになる。
 ー池田晶子は、そのことを以下のように述べている。
【「本当に、そうである」とは、如何いうことか? というと、間違っていたとしても、それが正しい
と思えば、「本当に正しい」と思うようになる。だからといって、それが正しいことにはならない。
正しいことは正しいし、誤りは誤りである。では、正しいとは何か?というと、考えつくし誰もが
認めることが正しいということになる。「そう思う」から「本当に、そうである」にいきつくには、
「考える」ことによって、はじめて可能になる。誰にとっても正しい定規、たった一つの正しい
定規である。・・ 】
 振り返ってみて、考えて生きてきたつもりだったが、まだまだ考えが足りなかったと、
この歳になってシミジミと思う。10年前から真剣に哲学書を読むようになってから、その思いは
深まる一方。 考えてきたつもりだったが、振り返ってみれば、まだまだ考えが足りなかった
ことに気づく。良書との出あいが少なすぎたということか。 「そう思う」を一度、「そう思っている、
このことは本当に正しいのか」と一度、考えて、「そう考える」まで、練ってから判断をしないと、
大きく間違うことになる。事業計画がそうである。「本当に、そうである」と信じて実施したことが、
時代の激変で、「そんな激変するとは」に様変わりしてしまう。それより日常の情報も同じ。
「そう思わせる情報操作」で、簡単に「本当に、そうである」に一般大衆は洗脳されている。
情報化社会で情報が溢れている現在、それぞれが考える能力を養っておかないと、
気の毒な大衆に陥ってしまう。
 ・・・・・・・・
3170,つれづれに ー閑話小題 
2009年12月09日(水)
* 長岡の死体遺棄事件の背景は不況!
 長岡の死体遺棄事件で、大手製造機器メーカーの営業課長が殺人容疑で逮捕された。
取引先からの発注の取消しのイザコザで殺害したものだが、業界不況が背景にある。
このリーマンショックで、「売り上げが半分以下」で、ツガミも一月に人員整理に入り、
埋め立てた場所も閉鎖になった工場という。 ここで1000万円の穴は、即刻首である。
本人は納品したといっていたが、集金はまだということになっていたという。何処もかしこも、
こういう話である。 長岡の北部には工場地区があるが、それが去年のリーマンショックで
直撃を受けた煽りの事件である。 日本炎上?
* 翠点(すいてん)
 南方熊楠は 「世の中の事象は、曼荼羅の、因果の世界である。しかし、これら因果は
無秩序に支配されているのではなく、ある一点に集まってくることもある。核の周りを動く
電子の軌跡のような線と、そこにクロスする直線いくつかの自然原理が必然性と偶然性の
両面からクロスしあって、多くの物事を一度に知ることのできる点、それが「翠点」である!と、
マンダラの中に翠点を発見した。 分かったような分からないような論だが、「モノゴトを
色いろな角度から俯瞰し、一点に交わるところ(翠点)を探ると、その翠点付近は、
物事があいまいな状態で存在している」という発見である。「要点」の意味に似ているが、
マンダラの中で見つけたところがミソ。 
* 国家予算の六割が借金!
 この予算が組めるのは、来年で終わり。それ以上は、国債の暴落と株の暴落を引き起こす。
(字数制限のためカット 2010年12月9日)
.......
2805, オバマという人物
 2008年12月09日(火)
オバマという人物を、いま一つ解らない部分がある。父親がケニアで、母親がアメリカの白人。 
しかし経歴といえばアメリカ社会のエリートコースを登りつめ、史上初の大統領にまでなった人物。
しかし何か得体の知れない危なげな匂いを感じもする。そのことを産経新聞の「世界を斬るー
オバマのアメリカ」の岡本行夫と佐藤優の対談で、佐藤が次のような見方をしている。
 ーまずは、その部分である。ー
【オバマさんはキメラ(多様な要素を併せ持つギリシャ神話上の生物)だと思います。
 何者でもあるし、何者でもない。よい目つきで見ると、エリートの要素も、低い要素も、
すべてを備えているように見える。国民の能動性を引き出すのもうまい。勝利演説で
ネットで5ドル、10ドル、20ドルを入れてくれた人に感謝していますね。政治参加する人は
少額でも、100万ドル、1000万ドル払う人と権利が全く同じだと。アメリカ人とは何かという
根本的なところで、アメリカを思い、アメリカのために行動する人がアメリカ人だと。
新たな統合原理をつくることに今のところ成功していると思う。  
    (字数制限のためカット 2010年12月9日)
・・・・・・・・・
2007年12月09日(日)
2440, 哲学の効用とは?   W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W
 最近、コペルニクス的に世界の見方が変わってきたのは、情報化による情報の質量の
レベルアップと、還暦を過ぎた為と思っていた。しかし哲学書をこの数年間読んできたことも
大きく影響していた!と中島義道の「哲学の教科書」を読んで気づかされた。
世の中の価値観や、常識を自分の頭で根底から疑ってみる習慣が少しずつ付いた結果。
考えるということは、驚き、感動し、根こそぎ新鮮な感覚で周囲を見直すこと。
元々、その傾向は強いつもりだったが、それがマスマス強くなった結果。
 まずは、その部分を抜粋してみる。
(P・228)     −中島義道「哲学の教科書」
メルロ"ポンティは「哲学とは世界を見なおすことである」と言っております。これは、
先に挙げた(第2章)プルーストの言葉「芸術家がわれわれに与える喜びは、われわれが
もっている宇宙の上にもう一つの宇宙を教えてくれるところにあるのではないか」に比べると、
やはり哲学の特性を表している。ここに「見なおすこと」と言って、「思索しなおす」とか
「解釈しなおす」とか言っているのでないことがミソです。次章でゆっくり話しますが、
私が法学をやめて哲学をしようと思いたち、大森荘蔵先生のお宅に伺ったとき「哲学に
とって一番重要なことは何ですか」と新聞記者のようなことを聞いたことがあります。
その答えは、やはり「よく見ることです」というものでした。前章で考察したような哲学の問い
「時間」「因果律」「私」「他人」「意志」「存在」などは、われわれがちょっと注意して
「よく見れば」足元にころがっているものです。私は「哲学の小道」という類を信じません。
  (字数制限のためカット 2011年12月9日)


5016,幸福優位7つの法則 −6

2014年12月08日(月)

       【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
  * 法則 ゾロ・サークル―小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる
 面白い法則である。私の場合、それまでのサークルの外に、飛び出すステップである。
そこで、まず自分の周囲に円をひいて、サークルつくり、直面する問題に真正面から
ぶつかってきた。その前に、何となくイメージをして、その実現のため、具体的手順に
入っていった。そこに一歩踏み出すと、具体的問題、難問が、次々出てくるため、ひたすら、
真正面から全身でぶつかるしかない。それが、いつの間にか技になっていく。恐ろしく、
辛いが、これほど真剣勝負で面白いこともない。そのプロセスを、冷笑している人たちの
気持ちが、面白いほど見えてくる。ゾロ・サークルを、少しずつ大きくするのは大変だが、
一歩飛び出して、ゼロから、一人で、自分の周りに新たな線引きをするのも、孤独というより、
孤立業になる。その実践をし、最後は、自分で尻拭きまでした経験そのままを述べている。 
 ー以下の切り口は、新鮮で新鮮で面白いー
≪ 現在のアメリカ南西部がスペインに支配されていた時代、「ゾロ」という仮面をつけた
 英雄が出没していた。彼はアメリカの古典的ヒーロー。毅然として、礼節をわきまえていた。
しかしゾロの物語には、あまり知られない部分がある。最初から勇敢な戦士ではなく、性急で、
忍耐や規律という面で荒削りであった。 その無力さで挫折をいていた彼の前に現れたのが、
老剣士、ドン・ディエゴ。 老剣士は、アレハンドレに、熟達と勝利は、「努力と時間」
によってのみもたらされると言って聞かせ、徹底的に鍛え、一人前にしていく。
 その時の訓練手法が「ゾロ・サークル」。小さな円を彼の周りに書き、その中で自在に闘え
るよう鍛練をする。そして自在に闘えるようになると、円を大きくして、さらに難しい技の
訓練していった。ここで重要なのは「コントロール感覚」だ。問題は、一番初めの小さな円内
から習得しなければならなかったこと。この「コントロール感覚」は、ストレスも仕事量も、
自分の能力を超えると、真っ先に失われてしまう。仕事でも家庭でも、とりあえず努力する
範囲を小さく狭くして、その努力が意図した通りの効果を上げていくしかない。
「コントロール感覚」、つまり、自分が自分の運命の主人公であるという感覚が、幸せと成功を
もたらす最大の推進力となる。この時、重要なのは、その人が実際にどれぐらいコントロール
できるかではなく、その人が「どれぐらいコントロールできると思っているか」である。
この感覚が身についている人は、自分の成果を正しく認識できる。これを「内的統制感」と呼ぶ。
逆にコントロール感覚が身についていない人は、自分を正しく認識できない。
そのコントロール感覚を身につけるに、まずは、「正しい自己認識」という、一番小さな
「ゾロ・サークル」を作ること。そのためには、自分の気持ちや感情を、ネガティブなのも
ポジティブなのも書き出したり、人に話すなどして、客観化すること。実験で、ひどい
落ち込みから一番早く回復する人は、自分の気持ちを認識してそれを言葉で表現できる人。
 まず自分の感情を把握してそれを言葉にすること。そしてそれができたら、自分以外の
ビジネスや人間関係などにゾロ・サークルを広げていくステップを踏む。・・ ≫
▼ 三年前の時には、さっそく、「節目時に」をテーマにして書いた。そして『自己を見つめる』
という本を借りてきて読書日記を書いた。これは正しい自己認識をするため。『自分の居場所の
みつけかた』『ユング』『哲学人』『ツレがうつになりまして』や、老いに関する本を熟読し、
その感想文も、書いていた。 ところで最近では、死と、老いの関するのが多くなっている。
・・・・・・
4649, 閑話小題 ーああそうだ、昨日は結婚40周年記念日
2013年12月08日(日)
   * 名残のポタリング
 例年、このあたりでポタリングを終了、来年の4月まで休止になる。冬期間は、それもあり
ストレスが溜まりやすい。早朝のポタは二週間前に中止、その後は午後から晴間をみて二日に
一度の割合だが、あと数日で最終になる。それだけ早朝のポタリングには魅力がある。
東京など大都会で自転車を乗り回していたら、面白いだろうに。 クロス自転車に変えてから、
危険な乗り物と実感するようになった。面白くなった分、危険が増えたことになる。雨上がり、
夕暮れ、横風、出会い頭の衝突が危ない。経験則から、土手と、バイパス沿いのコースが殆ど。 
   * 昨夜は、大学の同級会
 このところ毎年、東京まで大学の同級会に出席をしている。それだけではもったいないと、
上野にある「東京都美術館」で開催されている『ターナー展』を見てきたが、これが良い。
NHK「日曜美術館」の再放送で、『生々流転する風景を描け〜風景画の巨匠 ターナー〜」
の再放送を見ていた。特に松岡正剛の解説がターナーの魅力を解りやすく解説していた
こともあり、会場を進むごとに、その魅力に圧倒された。詳しくは次回に書くが長岡から
往復の列車代を払っても十分価値がある。出席数は、去年より2名多い19名。
時空を超えた昔の世界に入り込んできた。 で、酔って会場に?デジカメを忘れてきた。
   * ああそうだ、昨日は結婚40周年記念日だった
 数日前から分かっていたが、昨日で結婚から40年になる。ネット検索によると、
『35周年:珊瑚婚式; 40周年:ルビー婚式; 45周年:サファイア婚式; 50 周年:金婚式;
55周年:エメラルド婚式; 60周年:ダイヤモンド婚式; 70周年:プラチナ婚式.』昨日は、
同級会のため何もしなかったが、40周年は、やはり大きな区切り。
ホテルで昼飯でも食べにいくことにする。成るほど、「結婚は大事業」だ!。
   * 着る炬燵
 ユニクロの古いフリースに、タウンベスト、更にタウンジャケットを羽おり、腰には電気アンカ、
そして電気暖房。それでも書斎は寒い!その姿を見て家内曰く「ホームレスみたい!」HCの
新聞広告に「着る毛布」があったので、売り場に行ったが、いまいち。そこでネットで調べると、
あるある幾らでも。その中で、「着る炬燵」というキャッチセールのモノを見つけた。
その多くの柄の中から、ユニオンジャック(英国国旗)が、華やかなで気に入ったので
決めたが、送られて来たのはブラウンの地味な色。送り返すの面倒なので、そのまま
羽織ってみた。値段が半額で3000円弱。電気光熱でないが、暖かく合格。
ロングポンチョといった風で、座ってパソコンのキーボードの位置に穴がある。買手にとって
ネットは非常に便利と実感。店頭では数種類しか展示してないが、ネットでは数百の中から
選択できる。それにしても、居間と書斎で変な毛布?を羽織っているいる私は何者? 
誰も見てないので、よいが!
・・・・・・
4284, 閑話小題 ー毎年、100万人が定年退職
2012年12月08日(土)
    * 毎年、100万人が定年退職
 団塊の世代が今年から100万人単位で定年で退職をむかえている。
大よそ5〜6年として500万人以上。退職後に家では古女房が待ち構えていて、
日が経つにつれブツブツ小言が続く。 定年退職後、会社組織から開放され自由に
なったら、今度は家で古女房が束縛してくる。大きい家ならまだましだが、小さな
マンションなら身の置き場がなくなる。趣味の一つや二つもあればよいが、趣味を
持っているのは女房の方。成るほど粗大ゴミ、産業廃棄物とは、よくいったもの。
今までは、仕事も家庭の憂さも外ではらせたが、年金暮らしで小遣いは激減。
逃げ場は、公営のスポーツジムか図書館。家で愛想良く相手にしてくれるのはペット位。 
月に1〜2度、馴染みの居酒屋で似たもの同士が噂話で他人の誹謗と古女房の悪口。
それなら、まだ良い。前の会社のOB会とかの飲み会で昔の自慢話か愚痴。
万人に当てはまるので、この辺りで止め!
  * 昨日で、結婚39周年
 昨日で結婚39周年になる。当日に大雪が2mもあり、結婚式が遅れたことを思い出した。 
結婚相手と仕事の選択で人生の大方が決まってしったと思い知らされる。互いに首輪をつけ、
相手のゴム紐を持ち合い拘束しあう、それを夫婦愛というらしい。が、そのゴム紐と首輪が
年齢とともにジワジワと互いを絞めあう。 とはいえ独り暮らしというと、これもまた厳しい。
老いれば老いるほど、それは増す。現在、色いろあって自宅名義が家内になり立場が逆転。
ことあるごとに居候扱い。で毎年、昼か夜、外食をしていたが、飲み会もあって、今年は無し。
  * 不気味な雰囲気だが
 この16日と19日の日韓の総選挙で今年の世界各国のトップ交代が終了するが、これから
二週間が危ないのでは? マヤ暦では2012年12月21日が人類滅亡?の日といわれる。 
信じてはないが、タイミング的にみて何か不気味。
* 自民党大勝という選挙予測が出てきたが
 自民党の圧倒的大勝の選挙予測が出てきた。これでは前回の民主党の大勝をさせた
同じ失敗を繰り返すことになる。小選挙区制の欠陥で致し方がないとしても、大勝は良くない。
連立政権の方が土建屋政治の後戻りを阻止をする力が働く。この予測も自民圧勝阻止を
狙った何処かの国の情報操作の可能性もある。 思いの外、石原・維新が伸び悩んでいる。
当初の勢いからして、もっと勝ちそうだったが、これも終わってみないと分らない。 
北のミサイル、尖閣列島にでも打ち込めば選挙に大きな影響を示すだろうに。
もしミサイルが再び失敗したら、どうなるのだろう? 体制崩壊もある。
 ・・・・・・
3909, 閑話小題
2011年12月08日(木)
   * いやに最近、自宅周辺が寂れてきた
 家内が言うには「最近、町内が急に寂れてきたみたい。町内のウチの班が13世帯のうち、
現役の主人がいるところは三世帯のみ。一ヶ月前に敷地内の貸家の一家も新たに住宅い、
出ていった。隣の美容院専門卸の社長も居なくなった。その数軒隣の中年夫婦も数ヶ月前
に急に居なくなった。 自宅前の20世帯のアパート二軒には、アジア系の住人が数世帯
入っているだけ。 残っている家も、お年寄りと空家ばかり」ここにきて不景気が身の回りの
現象に現れ出てきたようだ。 その典型が我家でもあるが・・ 自宅の敷地内にある貸家は、
この20年間、空くと直ぐ次の借り手が現れ、ほとんど空いていたことはなかった。
来年の転勤時期の三月までは、諦めているが、不動産屋が言うには、「最近、家を借りたい
という人が少なくなった。企業の海外移転が加速していて働き手が激減している。
尋常ではない」とか。 自宅周辺は、実際に住みやすい環境である。歩いて2〜10分
以内に、三つのSCがあるし、駅まで10分の好立地。 周囲は閑静。 
 ところで親戚が長岡駅の周辺で三つの貸ビル経営をしているが、テナント10数店舗
のうち入居しているのが二つのみ。 無借金経営で、堅実なので、この数年先の暴風雨
には問題がないが、現在の長岡の現状の縮小版でもある。他人事ではないが・・  
角栄の遺産(公共事業)で生き抜いてきた地元経済も、ここにきて大きな変化をしてきた。
消費税率のアップと、TPP問題、農業への放射能汚染、数年後に控えた北陸新幹線の
影響。 問題が山積している。
   * 甘口の濁り酒と、辛口の酒のミックスが美味い! 
 一年ほど前から、晩酌に「濁り酒」を飲んでいる。 それだけでは酒の効きが強いので、
二級酒?の辛口の日本酒を半分混ぜると、甘口と辛口が丁度良いバランスになり、
自前の丁度良いミックス酒と自画自賛。それとノンアルコール・ビールを飲む。
濁り酒は年中売られているわけでなく、夏の期間は店頭から消える。ちょうどビールの
時節になるので、それはそれで良い。紹興酒も、濁り酒が飽きた頃に切り替える。
二週間の間隔である。両方とも量の割に酔いが深くなるが、1合少々なら悪酔いはしない。
本当は、ノンアルコールビールのみがベストだが、緩慢な自殺行為と分かっていても・・・ 
・・・・・・・
 3169, 夫と妻 か〜
 2009年12月08日(火)
 熟年離婚が流行っているが、夫婦が長年連れ添うのも大変である。私の姉・兄夫婦を
みていると、性の当たり外れは5分5分、どれが当たりで外れなど口が裂けてもいえないが・・
そういう自分のことは分かりません! だから生きていけるのでは?
悪妻といえば、ソクラテスの妻・クサンチッペと、徳川家康の妻・築山御前が浮かぶ。 
しかし、明治の首相までなった黒田清隆とか、野口英世、モーツアルト、リンカーンの
悪妻は、あまり知られてない。< 野口英世は、ニューヨークの酒場で知りあった`はすっぱ女’
のメリー・ダージェスと結婚して、大失敗した。 野口はロックフェラー医学研究所の首席助手で、
年俸3000ドルもかせぎ、メリーはそこに目をつけた。メリーはめちゃくちゃな浪費家で、
野口の金を使いつくしたあげく、ヒステリーをおこしてつかみかかり、家のなかで野口をぶん
投げた>という逸話がある。また、黒田清隆が上司の娘の高邁な妻を蹴りごろした史実がある。
これは大久保の助力で表ざにならなかった。 歴史上の悪妻とは ウィキペディアによると 
・権力欲が強い・嫉妬深い・自己主張が強い・夫に従順でない、などが基準になっていると
考えられる。知人に何人か、離婚経験者がいるが、男の場合は何年たってからも未練が
あるようで、思わず耳を疑うことがある。「自分には過ぎた女房だった」というのである。 
女性も、次のパートナーが見つかるまでの苦労は、並大抵ではない。スナックのママさんには
離婚経験者が多いが、わかれた亭主の悪口になると我を忘れてしまう。嫉妬、暴力、女癖と
甲斐性無さ。連れ合いは、元は赤の他人、中年も過ぎれば互い顔を見るのも嫌になって当然。
付かず離れずで、互いに割り切るしかない。 それにしても、一番身近の赤の他人は、
ある意味で自分の分身でもある。だから、その取り扱いには互いに充分に注意しなければ
ならない。子供にとっての親の当り外れは重大事。それが両親の相性の当たり外れになる。 
両者とも、それによって人生が大きく左右される。特に女性にとって連れ添いの当たり
外れは大きい。 目に見えない紐を首に巻きつけ互いに溜息をついて締め付けている。
 昨日、結婚記念日で36年たった。 
・・・・・・
2804, イングランド・ツアー ?
 2008年12月08日(月)
『ロゼッタ・ストーン』と、黄金の彫刻の次に印象に残った大英博物館の
展示品の順に書いてみる。  まずはギリシャのコーナー
 ーパルテノン神殿の破風彫刻ー
古代ギリシアの代表的なポリス、アテネの繁栄を象徴するパルテノン神殿の東側を飾って
いた彫刻群で、長さ8m以上に及ぶ。 著名な彫刻家フェイディアスの指揮で造られた。
現在は失われてしまった中央の女神アテナをはじめ、ギリシアの神々が配置されている。
中央の裸の男性の像は、酒と豊穣の神であるディオニソス(ローマ神話ではバッカス)で、
三角形の破風の形状に沿って横たわっている。(BC438〜432年ごろ)これもまた、
大英博物館の誇る代表的な像である。その横にある馬の顔がまたリアルである。
次は古代エジプトのコーナー
 ージンジャー(ミイラ)ー
人だかりができていたのが、このミイラの展示ケース。エジプトでミイラ造りが開始される
前のBC3400年ごろの成人男性と考えられている。極度に乾燥した熱砂に埋葬されたために、
特別な処置を施されていないにもかかわらず、完壁に保存された。一部残っている頭髪が
赤いことから、ジンジャーの愛称で親しまれているという。今にも立ち上がりそうな
姿が5400年の時空を超えて、何かを訴えかけているようだ。
 ーアメンボテプ3世の頭像ー
古代エジプト新王国時代 第18王朝の王であるフメンホテプ3世の頭像。高さ2.9mもある
巨大像。欠損している額の中央部には、王位を表すコブラの紋章の一部が残されており、
顎の部分には付け髭があったと考えられる。40年ほどの在位期間は最も文化的に
誇ったといわれ、多くの記念建造物や王像が残っている。BC1350年ごろ
 ーラムセス2世の胸像ー
新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世の胸像。高さ2.67m。BC1250年ごろ
19世紀、テーベのナイル川西岸にあったラムセウムという葬祭殿から出土した。
右胸の穴は、ナポレオン軍が像を取り去ろうとして失敗した跡だといわれている。
ラムセス2世は約67年間という長期にわたってエジプトを治め、その間に多くの
記念建築を造営したたため「建築王」と呼ばれる一方で、ヒッタイトと戦い、
現存する最古の国際条約を結んだ。  
 ーー
これだけの貴重なものが、剥き出しに展示されているのには驚いた。 
イギリス人は、「国家の宝は国民のもの」という考え方。だから無料でみる権利がある、
という。 どこかの国とは違うようだ。 
 ・・・・・・・・・
2007年12月08日(土)
 2439, サブプライム問題 −3
 *サブプライムローンの実態は消費者金融!
「サブプライムローン」について、週刊誌の特集を前に二回取り上げた。
ところが、それについてまだ認識してない部分があった。毎日新聞の「記者の目」に
ずばり「消費者金融のようなもの」と。「消費者ローンを、住宅担保で貸していた上に、
その債権を巧妙にミックスし、金融機関に売り払っていた。銀行は新興国家からお金を
集まっていて、その投資金を、その債権に変えていた」というから、大問題になるだろう。
 ーこの要旨をまとめるとー 
 サブプライム問題を日本の住宅ローンと同じように想像すると本質を見誤る。担保は
確かに住宅だが、ただの住宅ローンではない。借りた金の使いみちは広く自動車や洋服の
購入にも充てられる。それが米国の“住宅ローン”だ。ずばり「消費者金融のようなもの」と。 
価格の上昇する不動産を担保にすれば、借金可能な枠がどんどん広がる。「担保は住宅だが、
むしろ消費者金融の融資に似ている」と私が理解した。記者が9月に米国に赴任後、現地で
米国人の消費行動を見て、彼の推論が正しかったと確信したという。クレジットカードでも
銀行口座でも、返済を後回しにして消費を優先できる仕組みが見事に整っている。
「まず使って後で払う」というシステムが、米国経済の成長の源泉、過剰消費体質の
個人消費を支えてきた。ところが今、住宅価格の下落とローンの焦げ付きでその仕組みが
傷み始めている。
 今回のバブルが「新興国」への資金集中から始まったことも、時代の変わり目を示す。
中国や中東の産油国は、経済成長や原油高騰で獲得した巨額の資金を一番安全な
運用先に預けた。それが米国の銀行だった。 銀行は集まり過ぎた金の運用先に困り、
上昇を続けていた不動産につぎ込んだ。米国では、大手銀行の関連会社が、次々に
サブプライムローンを組み込んだ商品を買いあさった。 この典型的な不動産バブルが
「証券化」で、さらに複雑になった。証券化は、90年代からリスク分散の切り札として
欧米で盛んに利用されてきた手法で、それ自体には問題ない。
例えば、高層ビルを建てる時、事業者は資金を銀行からの融資に頼るより、100人の
投資家から集めたほうが多額の借金を抱えずに済む。出資金を不動産融資にのめり込み
多額の不良債権を抱え込んだ。その反省に立てば、証券化商品は「夢のリスク分散商品」
だったはずだ。 ところが、である。欧米金融機関の作る証券化商品は年々複雑になり、
一度作った商品を別のものと束ねて、さらにそれを別の商品に組み入れて−−などと
形を変えていくうちに、もともとの貸し借りがどんな姿だったか分からなくなってしまった。
(字数制限のためカット11年12月08日)


5015,閑話小題 ー同級会

2014年12月07日(日)

   * 昨日は同級会と、上野の国宝展
 昨夜は、日本橋で大学の同級会があった。5〜6年前から休むことなく出席をしているが、
二代目が殆どで、何かしら気品が漂っているのが気にいっている。 今回は白馬のホテル
経営者と、私の二人が地方からで、他は首都圏在住の人たち合計15名の出席者。
面白かったのが、23時過ぎに家に辿り着いて、さっそく、お土産にもらった魚の漬物を前に、
デジカメの写真を見ながら家内と話をしていたところ、TVから、同級生が経営する店内の
同じ会場が映し出されたこと。美味しいランチの老舗店の紹介内容だった。 
何時も思うのが、料理は格別。 食べるほど、その味には驚かされる。
 ところで、昨日の午前中、地元の長岡は雪が激しく、行くのを躊躇い、幹事に欠席の
電話を入れたが電源が切れていた。ところが、昼過ぎに、小降りになったので、最近の
判断基準に入れている『迷ったら、ポジティブに!』と、思い切って出発することにした。
そこで以前から予定を通り、会の三時間前に上野に行き、上野の国立博物館で開催
されている『日本国宝展』を見たが、これが思いのほか良くて、制限時間ギリギリまで
見ていたため、同級会には10分ほど遅れてしまった。  全国から仏像、茶器、着物、
絵画、屏風などが集められていたが、驚きの連続。この会の幹事が、私の近況報告を聞き、
「実は私も、昨日、二回目に行ってきた」という。 ところで、出席者15人の各自が5分ほど
近況報告をしたが、商売の具体的内容もあったが、やはり、ガン、糖尿、脳梗塞、心臓疾病
などなど生々しい病気が中心。欠席者の、脳梗塞の寝たきりの具体的内容には・・ 

・・・・・・
4648, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー4
2013年12月07日(土)
          『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著
  * 記憶の宮殿 ー�  ーP・122
《・「記憶の宮殿」といっても宮殿でなくてもいいし、建物である必要はない。
 街の通りを思い浮かべてもいいし、駅、架空の生物でもかまわない。小さくても大きくても、
 屋外でも屋内でも、現実にあるものでも想像上のものでも、とにかく「ある場所から
 次の場所に移る際の順番がわかりやすい想像しやすいもの」であれば何でもよいのだ。
・全米記憶力選手権で4回の優勝を勝ち取ったバグウッドは世界的建築雑誌
 『アーキテクチュラル.ダイジェスト』で特集されていた豪華な家々にイメージを置いている。
・マレーシアの気鋭の記憶力王者、スウィーテーイは、自分自身の身体の部位を使って、
 『オックスフォード中英辞書』の全1774ぺージ、5万6000語を憶えた。 
・オーストラリアやアメリカ南西部では、先住民族のアボリジニやアパッチ族が独自の
 「場所法」を編み出していた。ただし、建物を使うのではなく、地元の地形図を利用して
 物語を作り、風景を織り交ぜた歌に仕立てていた。小高い丘、岩、水流がそれぞれ物語の
一部を担う。 「神話と地図が符号しているのです」と、ミッソーリ大学で記憶と言い伝えの
研究をしている言語人類学者のジョン・フォーリーは言う。しかし、物語を風景に
埋め込むことで、ある悲劇がもたらされた。先住アメリカ民族は政府に土地を取り上げられた
ことで、故郷だけでなく自分たちに伝わってきた神話も失ってしまった。
・「ジョシュ、わかってほしいのは、人間は本当に場所を憶えることに長けているってことだ」と、
 エドが言った。「例えば、君が初めて行った誰かの家で5分間だけ1人になって、好奇心が
湧いてきたとする。5分間でその家のことをどれだけ憶えていられると思う? おそらく、
それぞれの部屋の場所と間取りだけでなく、方角や装飾品、家具の配置や窓の位置
まで憶えられていられるはずだよ。意識していなくても、自分自身が気づいているという
ことにすら気づいていない何百もの物の場所や、いろいろな特徴を憶えているものなんだ。
そういった情報を足していったら、ちょっとした短編小説ができあがる。 でも、僕たちは
それを記憶の功績として残したりはしない。 ただ空間記憶を消費しているだけなんだ」
・「記憶の宮殿」の基本的な考え方は、自分のもっている素晴らしい空間記憶を利用して、
 脈絡なく並んでいる情報を組み立て格納することだ。 大切なのは、よく知っている
場所を 「宮殿」に選ぶこと。「最初の宮殿は、君が育った家は平屋?・・・》
▼ これを読んで、自分には記憶力がないと決めつけ、記憶以前の対象の認知を疎かに
していた事に気づかされた。確かな認識をしてないなら記憶が曖昧になって当然。
記憶力が弱いというバイアスが、認識力そのものを弱めていたのである。単純だが、
この本を読むごとに、認知力と、記憶力が強まっている。まず、対象に集中しイメージを
つくる。そして、自宅の庭と玄関周りと、自宅内の幾つかに貼り付けていく。
これをスムースにするには訓練しかない。それにしても面白い!
 これを応用して、『思い出の宮殿』が出来るのではないか・・ 過去の創作になるが、
いや深入りをしない方がよいか?『思い出の宮殿』と検索に入れても、この言葉の
ヒットが無かった。 夜半、少し試みたが、無呼吸になっていた。
・・・・・・
4283, 日本人の思い −2
2012年12月07日(金)             
                「日本人の思い」ー ほぼ日刊イトイ新聞 著
 このアンケートの面白さは、アンケート結果の「エッ」という意外性と、
 「やはり同じだ」という同調性である。
* 「あなたは、センスが良いですか?」に対して、センスが良いと答えたのは54%、
 悪いと答えたのは46%で、微妙な数値である。自分はセンスが悪いと思い、チャンスが
あればファッション店のウィンドウ・ショッピングをしている方が結果としてセンスが良くなる
ケースが多い。 日本人は、大衆が洋服を着るようになって日が浅い。
最近の若者は体形が良く、TVやファッション誌などから情報が入手可能。
ファッション・チェックという番組まである。
* 「あなたは、宗教心がありますか?」では、宗教心があるが4割に対し、ないが
6割になっている。年齢的にみて高齢者ほど宗教心が高くなっているが、死が
近づくにつれ、神にすがりたくなるようだ。
* 「あなたは、軽いですか?」に、7割が軽くないと答えている。年齢別の統計値を見ると、
50歳代の男性の3分2が軽くないという答えが、60歳代になると逆転し、3分1と軽くなる。
 30歳前半の4分3が軽くないと思っているから、社会的責任が、その思いに影響をして
いるのが分かる。
* 「あなたは、しつこいですか?」に、6割が、「しつこい」と答えている。これは以外である。
  年齢的にみると、14歳以下の8割が一番しつこく、歳を得るに従って、
しつこさが薄れていく結果。
* 「あなたは、生意気ですか?」に対し、7割が生意気と答えている。
見渡すと、大体は「小生意気」だが。
* 「あなたは、直感的ですか?」に対して、4分3が直感的と答えている。
五分五分と思ったが、意外。
* 「ダイエットを意識していますか?」に対し、女性は8割、男性は5割5分が
意識していると回答。
* 「ケチか、どうか?」に対し、3分の2が、ケチと答えている。
ケチをしないと、この世知辛い中で生きていけない。
* 「美男(美女)ですか?」に対し女性の3分の2、男性の4分の3が、
そうでないとの答え。  客観的にみて、そんなもの。
 ▼ 8割以上は、前回、書いた「音楽が好きで、旅が好き!。よく本を読むが、エッチ。
  恥ずかしがりやで、よく笑う!」それでは大方の3分の2の人といえば上記である。 
 これを要約すると「センスが悪く、宗教心はなく、軽く、しつこく、生意気で直感的。
女性はダイエットが常に頭にあり、ケチで、容姿に自身がない。」 
  これが大方の日本人が思っていると分かれば、劣等感も心が軽やかになる。
 ・・・・・・
3908、ファイナル・クラッシュ ー1
2011年12月07日(水)
       「ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!」石角完爾著
 知人に紹介され読んだが、解りやすい内容。 大まかに要約をすると、
≪ アメリカが国内消費を促すために下層階級の住宅資金を野放図に貸出し、ローンを
債権として組み合わせて全世界に売り出した。プライム・ローンをベースにしたCDS。
それらが7京という途方もない不良債権として世界の国家や金融機関に眠っている。
アメリカは世界の主軸通貨の立場を利用して、ドルを刷りまくっていて、そのドルを
アメリカ国債と交換し、帳尻を合わせてきた。加えて新興国の発展も含めて人口の急増が
とめどなく進み、食料不足をおこしている。ドルとユーロとアメリカ国債のバブルで、
その破裂は目の前に迫っている。 ここに及んでソフトランディングは無理、
ハードランディングを避けられない。日本はGDPの二倍以上の1千兆円の国債を発行、
この暴落も何時起こるかもしれない事態。家族も資産も海外に早いうちに避難すべき。
その先はオーストラリアかシンガポールが最適。最終章は目前である・・≫
 ▼ 新聞報道で連日、欧州危機の報道が続いている。 目先、問題を先送りをして
凌いでいるが何時、火の手が上がるかの瀬戸際。ある朝、起きてみると・・ 
それは想像を絶した本格的世界恐慌のノロシである。印象に残った部分を
何回かに分け書き出してみる。
 ◎ 第一部 パーティー・タイム− 負債の泉
「もしアメリカの人々が銀行に通貨の発行量の調節を許すなら、第一にインフレにより、
次にはデフレにより、銀行と企業は成長し、そこら中にはびこって人々の財産を奪うだろう。
そして子供たちは、彼らの父親が征服した大陸で自分たちがホームレスになっている
ことに気づくことになるだろう」−トマス・ジェファーソン(第三代アメリカ合衆浄大統領)
  ○アメリカの住宅バブル
 アメリカ人の多くは、ジュニア・ブッシュが大統領であった時代、ただで酒をふるまわれて
酔いしれていた。酒の正体は、低金利でいくらでも使えるクレジットである。 二〇〇一年の
911による消費の減退を避けるため、緩和的な金融政策と減税が実施され、それによって
金利が下がり、借金をして消費することが容易になったのだ。金利が下がったことで
ローンを組んで不動産を購入する人が増え、その結果、住宅価格は急上昇した。
それ以前からアメリカにおける住宅価格は二五年にわたり上昇していたのだが、
二〇〇〇年以後ほんの数年で価格が二倍にもなった地域もある。 
2004年から2005年にかけアメリカの平均的な住宅価格は一三%も上昇している。
 しかしこの時期、この程度の上昇はスペインやポルトガルでも珍しくなかった。
つまり不動産価格の上昇は世界の多くの地域で同時に起きた現象だったのである。 
これは、アメリカの金融緩和が生み出したものだった。 アメリカが世界の他の国に比べて
重要なのは、アメリカが世界最大の消費国家であり、過剰生産される品々を全て
引き受けているからである。アメリカ人は自分たち自身のお金だけでなく、とくに中国、
日本そして途上国がためているお金まで自分のもののように使っているのだ。
そのためにアメリカの金融緩和は世界の景気を上向かせ、資産価格を上昇させてしまう。
この金融緩和はしかし、無理のある政策だった。
・・・・・・・
3543, つれづれに ―物忘れ
2010年12月07日(火)
 * 物忘れ
 最近に物忘れが多くなった。ボケなのだろうかと、不安にもなる。
先日、大学の同級会があったが、まず乗車時間を勘違いをして一列車遅れ。
乗って直ぐに携帯電話を忘れてきたことに気づきく。その上に、同級会が終わって
東京駅に着いて店にコートを忘れてきたことに気づくしまつ。折りたたみ傘は、
ニケ月に一度の割りで失くすので、1千円以下の傘しか買えない。
人間は忘れるから生きていけるが、もの忘れは困ったものだ。会社も自宅でも、
パソコンに予定などはポストイットに書きつけ貼っている。また自分の掌の親指の
下にメモる習慣は二十年前より実施をしている。
 * 大学の同級会
 大学の同期会が学校の事務局主催で10年に一回ずつ行われている。
20,30,40周年の会には出席した。(10周年の会は、会そのものが行われていなかった) 
その都度、二次会、三次会と盛り上がり、色いろな人生を垣間見る。4百人、3百人と、
参加者は少しずつ減っていくが、出席者のメンバーは、ホボ同じである。
教養課程の1・2年の同級会は首都圏在住の人たちで開かれていたが、去年から
誘われるようになった。迷ったが、往復の汽車賃は
二次会、三次会の飲み代と割り切れば、色いろな世界を見れるのもよいと出席した。
他の用件と重ねれば、隔年ぐらいの参加は良いだろう。あまり会合には参加をしないが、
学校関係だけは第一優先にし出席してきた。進学する都度出会う人の地域が広くなる。
小、中学、高校、大学と、出会う人の出身地が広がっていくのが面白い。幼稚園は
駅前の商店主の子供の世界。小学校は駅前から、その範囲が10倍のテリトリーになり、
中学校は商店主の子が主だったのが、先生やサラリーマンの子供、そして越境入学がいた。 
高校は中越地区に広がり、大学は全国区。その都度、自分の過去の世界が小さくなる。
そして、就職・・ だから、同級会は、その年齢の自分に出会うようで、何とも感慨がある。
それにしても数奇の人生がある。
 ・・・・・・・
3168,人生に関する閑話小題 ー2
2009年12月07日(月)
 * 孤独な老人
 毎朝、散歩をしていると色いろな人とすれ違う。犬と組み合わせでみると、より人生を
垣間見ることができる。80歳半ばの老人が小型コリー犬を連れて土手を散歩している。 
その犬が10m位の距離にくると緊張で固まってしまう。通りすがるまで、その犬を老人が
宥めている。 何度すれ違っても、それが変わらない。観察するうちに気づいたが、
その人が固まるから、犬も固まる。2〜3度挨拶をしたが、その都度犬が吼えかけてきた。
それを宥めているが、「いいこ、いいこ、ほえないの」と毎回言っている。
何か二つの生命体に孤高の空気が漂っている。 
 * ある人生  
 (字数制限のためカット 2011年12月7日)
 * 鬱病、欝症について
 何々病と何々症の、違いは、周辺に迷惑をかけるかどうかが基準でしかない。境界は、
いい加減だが、慢性化しているかどうか、重症かどうかもある。 精神も肉体と同じで、
傷ついたり、疲労もする。この不況でリストラされたり、疎外され、ストレスが蓄積し、ガスが
充満もする。自殺者の多くが鬱病という。その反対に躁がある。多かれ少なかれ、人間は
躁と鬱の波の上で生きている。ニュースといえば、だいたいマイナーを報じる。
また聞くほうもマイナーの話題を好むから、まともに受け取っていたらマイナーな情報に
多く影響を受けることになる。時代は、100年に一度のマイナーである。
 ・・・・・・・・・
2803, イングランド・ツアー ?
 2008年12月07日(日)
  * 集団スリに狙われて −2
 前回に集団スリの話を書いて、これまでのスリや偽札交換詐欺について思い出した。
ブラジルのリオのカーニバルとイグアスの滝に行った時のこと。「ショッピング・センターには
少年の集団万引きに注意してください。特にウィンドウ・ショッピングの時に囲まれて、後ろ
ポケットの財布を抜かれるケースが多い」という。面白そうなので、後ろポケットにサングラスの
ケースを入れて、通路を歩きながらウィンドウ・ショッピングをした。腕時計のウィンドウを
見ていたら15歳位の少年が三人、両側と後ろに囲まれた。子供が腕時計を見るわけがない。
これが集団万引きと直感し、スーッと離れて後ろを見ると、私を見ていた中年の男と目があった。 
その男、ニヤリと笑ったので、わざとメガネケースを出してカラカッタことを知らせてやった。
ただ、それだけのことだが・・
 万引きといえば、スイスに行った時のこと。電車の乗り継ぎで、駅の土産店に入ったところ、
人で身動きが出来ないほどだった。他のグループの日本人が「この店中に女の万引きが居る」
という話し声が聞こえてきた。そこで自分の財布に注意しながら万引き女を探すことにした。
初めての経験である。その場合、見るのは‘目’と気づいた。30人位の人混みなら直ぐに分かる。 
三十歳ぐらいの女で、中年女性のバックをジッと見ている。これだなと、その瞬間を待った。 
しかし連れに店外から呼ばれて、せっかくの場面を見ることが出来なかった。
  * 旅行の全てを楽しまなければ「せっかくの旅行、高いコストを出して行くのだから、
勿体ないじゃないか」 これは人生と同じである。 三十回目辺りから、機内の席の
12時間の移動の苦痛が最小になった。特に初日の成田から目的地の機内がキツイ。
キツイが反面、自由な時間が幾らでもある。それを楽しむには、音楽かTVが最座席の
前面に液晶TVと音楽、そしてゲームが出来る。家内も行き帰りの、この時間が一番楽しい!
という。帰りの機内で、最新の映画を4本も観たという。私は、持っていったiPodの音楽を
休み休み聴いて過ごした。その御陰かどうか、殆ど疲れが残らなかった。今回の機内の
TVが最先端のものだった。映画や音楽などがネットで結ばれていて、無数の中から
選択可能なのだ。現実にも可能なのだろうが、実際に使って初めて情報の進化を実感できた。
凄い時代なのである。世界の広さと、深さを、家でも無限に手軽に入手できるのである。 
これまでは本とマスコミが中心だったが・・それなら情報機器を可能な限り使ったほうがよい。
ipodで旅行先に選択した2千曲を持っていけるのだから。
・・・・・・・・・
2007年12月07日(金)


5014,幸福優位7つの法則 −5

2014年12月06日(土)

      【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
  * 法則4:再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる
 人生で何事も思うようになることはありえない。 人は「うまくいったか」
「失敗したか」のどちらか二択で物事を捉えがちだが、ここに「第3の道」が
隠されているケースが多い。その為には、節目を自らつくり、強く打たなければ
ならない。予定挫折である。そこには、「失敗した後に学んで強くなり、最後に
上手くいく再起する力」が出てくる。心理学では「心的外傷後の成長」と呼ぶ。
多くのベンチャー投資家は、ビジネスで大失敗した人物しかマネージャーとして
雇わない。マイケル・ジョーダンは高校時には控え選手だった。
「私は何度も何度も挫折した。それがいまの成功をもたらした」と。 
第三の道は見えにくく、近視眼的に物事を見がちになるが、長期的な立ち
位置を客観的に認識する知識が必要になる。
≪ ◎ 第三のの道を見つけること
人間の脳は、勤勉な地図製作者のように、頭の中の地図をしょつちゅう訂正して
作り直している。複雑で変転するこの世界で、そうやって私たちをナビゲート
してくれている。 こういう能力は、何千年もの変化の過程を経て人の脳に
組み込まれた。人類は生存のため、環境の物理的な地図を作り、食料や
パートナーを得るための戦略を立て、それぞれの行動がどんな結果を
もたらすかをプランする必要があった。(略)・・何かを決断するときには、
このようなマッピングが頭の中で必ず行われる。このマップには「現在地」
(現状)が出発点として示され、そこからいろいろな道が放射線状に出ている。
道の数は決断の複雑さによって異なり、その瞬間の思考の明晰さによっても
違う。最良の決断ができるのは、明解でクリエイティブな思考により、可能な
道すべて把握し、それらの道がどこに続くかを正確に予想できたときである。
しかし、ストレスを受けているとき、窮地にあるときには、多くの人が一番
重要な道を見落としてしまう。それは、上方に向かう道。 危機や逆境から
延びる道は3つある。
1つは、いまいる場所をぐるぐる回る道。ネガティブなできごとは変化を
生まないため、いつのまにか出発点に戻ってきてしまう。
2つ目の道は、さらに悪い結果へつながる道。悪いことが起き後に、そこから
更に悪い状態になっていく。 こういう道があるために、人は事態に立ち
向かったり、難題に桃戦したりすることを逃れる。
3つ目に、私が「第三の道」と呼ぶ道がある。これは失敗や挫折から始まり、
人をより強くし、困難のさなかにこの道を見つけるのは易しいことではない。
経済不況でもその他の危機でも、そういうときに作られる脳の地図は
不完全なことが多いし、皮肉なことに、ポジティブで生産的な道が一番
見えにくくなっているからだ。無力感や絶望に覆われていると、そういう直が
存在することすら信じられない。 だから探そうともしない。しかしこれこそ、
ぜひとも探さぶければならない道である。そこで、「第三の道」を発見できるか
どうか、挫折に打ちのめされるか、そこから立ち上がれるかを、分けられる。
挫折を「成長の機会」ととらえられる人が、その成長を実現できる、
ということを多くの研究結果が示している。逆に、挫折を「この世の終わり」
ととらえるなら、その通りになる。 ≫
▼ 私の経験でも、節目で「第三の道」が現れ出てきた。
思いもよらないチャンスが、そこにあった。 それが運命を変えてくれた。
三年前の節目の「第三の道」とは何だろう。 足元を見直し、内省をより深く
すべきということ? 日々を味わう? 実際、自然の成り行きで、そうして
いるが・・ 今さら第三の道でもないか! 「死の淵に立ってこそ分かること、
後悔することを、今、経験しろ」ということか。 日々を楽しみ、味わって
過ごせば、第三の道を歩くことになるが。
・・・・・・
4647, 閑話小題 ー「考えないこと」こそ罪 ー2
2013年12月06日(金)
* 「考えないこと」こそ罪 ー2
 人間が考えないのは、「馬鹿の壁」に取り囲まれているからである。その「バカの壁とは何か?」
 をネット検索すると・・・
《「養老 孟司の『バカの壁』を解りやすく説明してください」の問いかけに対し、
「人間は、外界からの刺激を感知する際に、その刺激に対してX(エックス)という変数をかけている。
例えば私たちは、自分が大好きな歌を聞くときには、「その歌」×「限りなく大きなX」に導かれる
値を刺激として受け止めています。一方、まったく興味のない歌を聞くときは、「その歌」×
「限りなく0に近いX」から導かれる値を刺激として受け止めています。そのため、前者の刺激が
非常に大きく、その人に対して多大な影響を持つのに対し、後者の刺激は「空気」のような存在です
(レストランの有線放送が良い例)。「バカの壁」とは、こうした「外界からの刺激に対する
無意識の判別」を指す言葉だと理解しています。もし全ての刺激に「大きな変数」をかけてしまうと、
その結果頭に入ってくる刺激に対応しきれなくなるため、刺激の必要不必要を判別するこの機能は
非常に重要です。それは外界の刺激に対する「目隠し、壁」としても働いている。》
▼ バカの壁は決してマイナスだけでない。問題は、自分のそれを意識できるかどうか。 
 人間である限り誰もが考えている。問題は、より広く、より深く掘り下げて考えようとしないこと。
現在、アベノミクスのミニバブルが起きつつある。15〜6年前のデフレ直前1990年代半ばに似ている。
その後に2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、そして、2011年の東北大震災が起こった。
現在の私の立ち位置の高台からは津波(恐慌)の本体が見えるが、眼下の海辺近くの街中で、宴会で
酔い遊んだり、仕事をしている人には、次の大津波が見えない。それを察知するに、自頭で考えるか、
情報に対する己の勘しかない。そこで、近い将来の犠牲者達が、高台に避難した人を不思議そうに
見ている。 笑っているのもいる。ところで、『そういうアンタ、考えているの?』と言われると、
『ウ〜ン!』になる。 石原慎太郎がつくりあげた尖閣列島の国境問題。下手をすると戦争だが、
今の日本には、これで良い。目先に迫った危機が、ピンとこないようだ。「考えない」のはの罪で
あり、罰になる。最初の余波で浚われた罰を受けた私が言うのだから、間違いない。
・・・・・・
4282, 閑話小題 ー人生、面白くなければ
2012年12月06日(木)
   * 人生は面白くなければ生きる価値がない
 レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる、フィリップ・マーロウの 
「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」の言葉をもじった、
「人生は明るくなければ生きていけない、でも面白くなければ生きる価値がない」の言葉を、
ある本でみつけた。 高杉晋作の都都逸、
「おもしろき  こともなき世を  おもしろく」に、相通じていている。この年齢になり、
世相も心も暗くなりがちになると、一日一日を如何に面白く時間を過ごすかが課題になる。
その辺は、長年かけて鍛え上げてあるが。ただ明るく面白ければいい、のではない。
その人の人生を貫く信念がなければならない。
   * 書斎の楽しみ !
 去年の春以来、書斎に一日4〜5時間はいる。この随想日記の下書きや、読書、
そしてネット・サーフィンが主。他には、日記や、音楽を聴いたり・・・ 早朝2時間、
午前中2時間、夕方1時間。 この三本柱の時間帯と、寝室に7時間、スポーツジムに2時間。
居間に6〜7時間。早朝のミニ・サイクリング1時間(冬季を除く)。他には風呂とか、
図書館など数時間になる。 この判で押したようなアカデミック?な生活をしていると、
孤独な孤高のゾーンに奥深く入ることが時おりある。ポタリングで信濃川の土手や橋を
引きチャリをしている時にも、そのゾーンがやってくる。だから続くのである。
特に書斎では思いもよらない過去の思い出、思わぬ気付きが奥深くから湧き出ることがある。 
読書も然り、書き手の世界に入り込み、その琴線に触れる時、このゾーンに入り込む。 
雑念を超えた時空の世界である。 作家とか芸術家は、その世界を広く深く持っていて、
そのゾーンから何かが伝わってくるのだろう。魂という言葉があるが、このゾーンと
繋がった心の状態をいうのではなかろうか。
・・・・・・
2011年12月06日(火)
3907, ルソーの孤独
 2009年12月1日の随想日記「人生に関する小題」の中で、現在の私を予感させる文章があった。
≪【 わたしは地上でたった一人になってしまった「孤独な散歩者の夢想」は、64歳のときに書き始め
 2年後の死ぬ直前に終わった文章、ルソーの絶筆である。「第一の散歩」から「第七の散歩」まで
あり、その後「八、九、十」がメモのような文章が続く。冒頭で、「こうしてわたしは地上でたった
一人になってしまった。 人なつっこい人間でありながら、万人一致の申合せで人間仲間から追い出されて
しまったのだ・・ わたしは、かれらから離れ、すべてのものから離れたこのわたしは、いったい何者か」
 と問う。「自分に残されたことは、すべての世間から放逐された自分はいったい何者なのかを探求する
ことだけなのだ」と自覚する。】私の周辺の倒産時の男たちの気持ちは、まさに、このようだ。 
多くの取引先、部下を路頭に迷わせ、自分の存在の卑小さと、嫌らしさに自己嫌悪を独りする。 
自分は何者なのか? ただ、歩くこともままならぬ、折れてしまった、これ(私)!である。≫
▼ この文章を書いた二年前から、倒産を決断するまで売上下降が続くとは夢にも思わなかった。 
 そしてトドメが東北大震災。税理事務所の30年来の担当Jさんが、「初めは気が張っているが半年も
過ぎれば、ジワジワとボディーブローとして効いてきますよ」と忠告してくれた。地方の大方の会社に、
この大不況が直撃していることも事実。 大津波の前兆の波が、特に敏感な立ち位置の当方に先に直撃
したが、本体の波が来るのは今年から来年にかけて。(但しG20が時間稼ぎをして来年に先送り)
どのようにシュミレーションをしても、本体の津波がやってくれば海岸線に近い三次産業、輸出関連
産業は、致命的大打撃を被る。ところが津波に一番危ない会社ほど、大津波に気づかず高台に逃げて
いく人を嘲笑う? ルソーの孤独感は、独り死に直面した時に誰もが経験することになる。
ネット上にブログを10年間書き続け、墓としての思いを入れ続けてきたので、ルソーの孤独感は無い。
 しかし、この10年間に多くの友人知人が亡くなっている。亡くなる直前に、ルソーのような
絶望的な孤独感にさい悩されたはず。  このルソーの孤独は、虚無という真っただ中に漂う私が、
壊れていく恐怖が伴う。談志も死を前に強がりを言っていたが・・・
  ・・・・・・・
3542, 価値観の中心の書き換え −4
 2010年12月06日(月)
  * そもそも「成功」とは何ぞや?
 ーここで成功とは、そもそも何かという著者の論理が、言いえて妙である。ーまずは、その辺より
【 大金持ちになりたいかと訊かれれば、ほとんどの人間が手を挙げるだろうが、だからといって、
 なにがなんでも絶対になりたいとか、人生の目標の一番に「成功」(大金持ちになること)を掲げて
生きていきたいわけではないのである。成功本を書く著者たちは、人生の最大価値を「成功」に
置いているようである。つまり金を儲ける「仕組み」を作ったら、あとは「こっちの水は甘いそ」
とかいいながら、左うちわで遊んで暮らすというのが理想の生活だと考えている。
人間を金持ちとそれ以外に二分し、金持ちだけが「自由人」で、それ以外は「不自由人」だ、
などと幼稚なことをいって恥じるそぶりすらない。もしめでたく「成功」したとしても、それは全の
なかの一つの要素に過ぎない。ところがかれらはそれが人生のすべてで、それがなければ人生ではない、
みたいに考えているらしい。「成功」が人生の最上位に立っているのだ。かれらにとってすべての
価値判断が金を持っているかいないか、だけのように見える。
頭のなかにはつねに、いかにして金を儲けるかというだけのようだ。「自由」であるほずなのに、
「不自由」なのかもしれない。有り余るほど金があるのなら、本なんか書かないで隠遁していれば
いいのに、やほり「名」が欲しいのだろう。けれどかれらには金はあるかもしれないが、
どう転んでも「名誉」だけは手に入らない。「プライド」もない。・・・・・・
 人生で大事なことは「過程」そのもの。それが目標を[[実現していく過程」であろうとなかろうと、
目標が「実現」しようとしまいと「過程」がそれ自体が大事である。それらの「成功」という言葉が
馴染みにくいと思っていたら、全部アメリカ人の好きな、大げさかつ幼稚な言葉であるサクセスや
グレートやドリームの受け入れだったからではないか。】
ーまずは、彼の批判している成功は、衰退し右肩下がりの時代背景からみた成功に対する目線でもある。
高度成長期では大方の人からは受け入れられない見方である。現在は、多くは成功は無理。ならば、
それぞれが自分の価値を見出し、追求していくプロセスを大事にするしかない。情報化で価値の
多様化が進んでいる現在、何をするにも、それぞれスキルが必要である。人生に今さら成功も
失敗もない?いや、ある? 人生を旅に喩えると、やはり良った旅と、良くない旅がある。
旅の準備を充分してきたか、災難を無難に乗り越えられるか、その知識は必要。 
成功とは良かったと思える旅のことになる。 良かった思えば、良い旅になる。
でも、良くない? 修行が足りないのでは。
 ・・・・・・・・
3167, シュリーマンの話  ー4
2009年12月06日(日)
  ー抜粋のつづき
 彼は貴族ではない。清国と日本の支配階級を対比しているのではなく、市井の人々のこまごまと
した暮らしぶりの中から、日本の庶民や下級武士、坊さん、はては花魁に至るまで、きれい好きで潔く、
親切な人々を事細かく書き残しているのである。彼は、玩具、織物、刀剣、象嵌細工、木彫り等々を
見て、日本の工芸品は蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達していると評する。 
教育についても、「ヨーロッパの文明国以上に行き渡っている。アジアの他の国では女たちが完全な
無知の中に放置されているのに対し、日本では、男も女も皆仮名と漢字で読み書きができる」と称賛。 
彼のために、彼の目が日本びいきであるために曇っていたのではないかという疑いを晴らしておきたい。
 幕末当時、日本には1万5千の寺子屋があり、武士は100%、庶民男子50%、女子20%、江戸市中で7
0%の識字率で、当時のロンドンの識字率30%などを断然凌駕し、何百年も世界一を続けていた事を
申し上げておきたい。彼のたどり着いた疑問は二つ。
《 一つは深奥なる体系的な宗教が存在しないこと。もう一つは、「ここでは君主が全てであり、
労働階級は無である。にもかかわらず、この国には平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、
そして世界のどの国にもましてよく耕された土地がある 》という到達点であった。
 シュリーマンの旅行記が今密かなブームを呼んでいるという。失いつつある懐かしい日本の原風景に
触れることができるからであろうか。 最後に本書の訳は素晴らしい。気品と気骨に満ちた石井和子
さんという老婦人の訳である。たまたま旧知の関係だったご子息にお聞きしたところ、数年前
ご逝去されたとのこと。お会いできなかったのは誠に残念である。以上【文芸春秋7月号 但木敬一著】
 〜〜
 戦国時代、そして幕末・明治初期に日本を訪問した外国人の旅行者の報告書は、この旅行記とほぼ
同じである。日本人が清潔で、礼儀正しく、親切で、勇気と正義感を持ちっており、教育熱心で
識字率が高く、日常の生活用具や工芸品などの技術水準が高い。 また武士の倫理観の高さである。 
日本人は中世の頃から誇り高く、質実剛健で、教養が高く、公平な社会を築いていた。 
しかし、戦後60数年のアメリカ占領教育で、それらが多く失われてしまった。NHKが「天地人」や、
「坂之上の雲」などを放送するのも、あるべき日本人像に立ち返るべき時と、言いたいからである。
 ・・・・・・・・
2802, イングランド・ツアー 
2008年12月06日(土)
 *集団スリに狙われて
 観光地には、必ずといってよいほどスリがいる。何度か危ない場面はあったが、隙さえ見せなければ
大丈夫と思っていた。南イングランド・コッツウォルズのブロードウェーの自由散策時間も終えて、
バスの待っている駐車場に行ったところ、添乗員が少し時間があるのでトイレに行ってきてください
とのこと。200メートル先のトイレに一人で向かったところ、誰も居ないトイレの前に30歳過ぎの
男達が三人、私を見ている。大きな駐車場に我われのバスが一台。
 (字数制限のためカット 2010年12月6日)
・・・・・・・・・
2007年12月06日(木)
2437, ファッションを哲学する          ヾ(≧∇≦*)ゝおはよんよん♪


5013,閑話小題 ーなぜか結婚できない人たち

2014年12月05日(金)

   * なぜか結婚できない人たち
 TVのトークショーで、「なぜか結婚できない男たち・女たち」をテーマで放送していた。
結婚相談所のアンケートで、
 ★ 「なぜか結婚できない男たち」で、嫌われる順に、
1位が、実家暮らしの男、それも一度も独り暮しの経験のない人
2位が、趣味への拘りが強い
3位が、女性に高収入を求める
4位が、上から目線
5位が、ペット中心の生活の男性
 ★ 「なぜか結婚できない女」では、
1位が、専業主婦を希望している女性
2位が、同性からの支持が高い
3位が、恋愛に困ったことが少ない
4位が、母親と友だちの女性
5位が、化粧や服装などの自分磨きに走りすぎた女性 となっている。
 猫とか、犬などのペットを飼うと、その方にエネルギーをとられて、
異性までエネルギーが回らなくなるというが・・
 実家で炊事洗濯を母親が用意をして、趣味の世界を持っていて、女性の収入を当てにして、
上から目線で女性をみて、家にペットでもいたら、特定の女性に固定されるのは面倒になる
のは分かる。 女性も同じで、この不景気の中、専業主婦が理想になる。そして女同士で群れ、
母親と友だちのようにして、自分を飾り立てていた方が良いが、そんな女は男は真っ平。
極々近くに、これそのままの男と女がいるが・・ おまけに、コンビニや宅配サービスが
充実をしている現在、収入面さえシッカリしていれば、結婚などしたくないのは分かる。
 それも、9割以上が実質破綻している結婚の生態を両親に見せつけられていれば尚のこと。
驚くのは、ヨーロッパの離婚率の高さ。最も高いのがベルギーで、なんと7割強の夫婦が離婚。
その次がポルトガルで68%、次いでハンガリーが67%だった。なお日本は、2010年時点で36%、
というから驚き。今では、4割? 時代は大きく変わってしまった。とすると後妻業、後夫業
という仕事としての夫婦業が出てくるのも必然か。 そう割り切らねば絶対に無理?
・・・・・・
4646, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー3
2013年12月05日(木)
         『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著
   * 人は、思いのほか、遥かに記憶力がある!
 以下の一節には驚いた。一枚の写真だけでは分からないが、隣に違う写真を並べる
ことで、記憶が浮かび上がる現象。それが30枚でなく一万枚でも殆ど憶えている事実。
これを利用したのが速読法の『事前に、ページ全体を凝視するか、流し読みをすれば、
遥かに読書の速度が上がる』ことが納得出来る。私たちは、鍵や物事の名前を忘れ
嘆いているが、「最大の忘れものは、私たちはごく稀にしか忘れないことを忘れていること。」
物覚えが悪いと自分自身、決め付けているのである。『私は記憶力が少ない。
それも二面があり+−0』という暗示を、この年齢まで引きずってきた。
 ーその辺りからー
《 エドは、「僕はイギリス生まれ。だから、社会生活を満喫するよりは記憶でもしようと
思わざるをえなかったんだ」と自虐的なジョークを混じえた自己紹介のあと、70桁の
数をほんの1分で憶える」がかかった時間の3分の1だ)という正真正銘の記憶力を
披露し、続いて高校生と私の記憶力テストに移った。「これから君たちに写真をたくさん
見せるよ。すごく速いスピードでいくからね」「できるだけたくさん憶えてね」。
そう言うと前の映写幕に、次々と写真が映し出された。0.5秒足らずで次の写真に
移っていく。ソニー・リストンに勝利したときの・アリ、・月面上につけられたニール
・アームストロングの足跡、フリードリヒ.ニーチェの『道徳の系譜』の表紙、赤いバラ…。
写真は全部で30枚あった。あっという間に次の写真に移るので、全部どころか一枚でも
思い出すのが難しいような気がした。それでも私は全神経を注いで一枚一枚、脳に
刻みつけた。最後の写真のあと、部屋は真っ暗になり、再び照明がついた。 
「憶えているかい?」に「思いません」と私の前の女子高生が皮肉めいた口調で答え、
幾人かがクスクス笑った。「そう、それが聞きたかったんだ」とエドは答え、腕時計を
見て時間を書きとめた。-- 30分後、次々と見せられた写真の記憶が忘却曲線に
したがってかなり消えてから、エドは、新しいスライドを見せていった。今度は2枚の
写真が並んでいる。1枚は先ほど見たもので、もう1枚は初見のものー左側にアリ、
右側に泡を出している解熱鎮痛薬の写真だった。エドはさっき見たほうの写真を
指さし言った。簡単だ。アリの写真はさっき見たもので、アルカセルツァーは違うと
誰もがわかった。エドは「ね、簡単に思い出せただろう」と言ってから、次のスライド
ー左側に一匹の鹿、右側にはニーチェの本1に移った。これも全員が正解した。
結局、全員が30枚を全部答えることができた。「さあ、面白いことがわかっただろう」。
エドは教室の前方を教授さながらのポーズで歩きながら言った。
「1万枚のスライドを見せたって、君たちはちゃんと答えることができるはずだ。
君たちの記憶力はそれくらい優秀なんだよ」続いて彼は、1970年代に行われた、
よく引用される実験について話した。今やったのと同じような方法で行われた
テストだが、30枚ではなく1万枚を憶える(このテストには1週間かかった)。
憶えるには多すぎる量だ。一度見ただけで憶えるならなおさらである。》
▼ ドッキとする一節である。「なんてこった〜」である。毎日読む新聞も本も、
 一度、スキャニングをした方が良いことを分かっていても、していなかった。
それと『私の記憶力が弱い!』というバイアス(思い込み)の強さに今更である。
もっと強いバイアスに囚われているはず。「余命半年!」と宣言され見えてくるのだろう。
・・・・・・
4281, 日本人の思い −1
2012年12月05日(水)
   * これが日本人?     「日本人の思い」 ー ほぼ日刊イトイ新聞 著
  これは、ネットの人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で、毎週のアンケート50回の
「日本人の思い」のテーマの回答! ー 八割以上、イエスと答えた内容をみると、
 「音楽が好き!」は   96.2%!    「旅が好き!」は    84.7%!
 「よく本を読む!」は、 81.2%!    「エッチです」は    84.6%?
 「恥ずかしがりや」は  82.4%!    「よく笑う!」は    81.8%!
  この結果からみると、ー音楽が好きで旅が好きで、エッチで恥ずかしがりやで、
 よく笑いよく本を読むー これが、日本人!である。 しかし、意外な結果も多い。
* 日本人の67%が「私は働き者でない」と思っている。多くは、逆の3分1と予測していた。
 自分を振り返ると、この結果は理解できる。心の奥では、働くより遊んでいた方が
 良いと思って当然。
* 「あなたは、運がいいですか?」に対し、76%が、運が良いと思っている。 
 「自分が生まれてきて、ここにいるだけで充分に運が良い」と思っているから健全である。
*「あなたは、持てますか?」に、62%が「持てない」と、答えている。 年齢別でみると、
 持てるピークは50歳代で60%が「持てる」と答えている。社会的立場の充実感が
 人を惹きつける。若いときは、どっちに転ぶか分からない不安定さが緊張感を醸し出し、
 それが異性や友人を惹きつけが、50代は経験からくる充実感が吸引力になる。 
 私は、50代の10年間で30年分を生きた感がある。
*「あなたは、親切ですか?」の問いには、53%が親切と答え、
 47%が、親切でないと拮抗しているが、そんなものか。
*「あなたは、健康ですか?」には、7割が健康と答えている。
 逆にいうと3割が病を持っていることになる。 ー続く
・・・・・・
3906, 閑話小題
2011年12月05日(月)
   * 一昨日は大学の同級会。
 大学1・2年時の同級会が服部栄養料理学校の服部幸應さんを中心で開かれている。
首都圏に住むグループの会で、遠距離の地方出身には声がかからない。その会の幹事が
武澤ゼミ仲間だった縁で去年初めて参加してみた。しかし春先に色いろあったので今年は
不参加と決め込んでいた。ところが、そのクラスで親しかった男が42年ぶりに参加と聞いて、
急遽、出席することにした。彼は全国を転勤した後に、終の住まいを仙台空港近くにし、
釣りとゴルフ三昧を決め込んでいた。ところが東北大震災の津波で九死に一生を得て、
現在は実家のある前橋に戻り、新たに住居を購入した。私の大学で初めての友人で、
私が入っていたクラブに引き入れた経過がある。卒業後は全国の転勤もあり、大学関係の
会には一切、顔を出したことはなかった。 会った瞬間、私は「おい変わったな!」で、
相手は、「全然、変わってないな!」である。今回の会の出席者は17人で、去年とほぼ同数。 
私も一応東北大震災の経済被災者だが、彼と私の話に他の出席者は、目をパチクリ。 
その友人は明るく振舞っていたが、やはり痛手は隠せない。そういう私も、そう見えていた
のだろうか。 ところで、ゼミで一緒の人と、久しぶりの再会の友人が異口同音に、
「堀井のこと、絶対にリスク管理をしていたはず。学生時代から用心深かったので、会社と
個人は分けていたと思っていた」と言う。 地元の友人が、全く同じことを言っていたので、
逆に驚いてしまった。性格は昔も今も変わっていないということ。 
それをもって計画倒産と揶揄されるが、20年、30年の長期投資、リスク管理をして
おくのは当然である。家族を一切、会社に入れないとか、連帯保証をさせないとか。
破綻の恐ろしさの両親の教えもあるが。
  * 有楽町・東京駅の再開発
 最近、有楽町周辺に行って驚いたのがJR駅銀座口出口の変わりよう。
この10年で次々と大型ビルなどの再開発がオープン。ニュースで知っていたが、
実際に現場に立った実感は違うもの。 特に秋葉原や有楽町駅銀座口の雑然と
していた飲食街が一掃されて、近代ビル街が出来ると、その変わりように驚いてしまう。 
家内がJRの2〜3ヶ月に一度出す格安料金で、東京のスポットを回るのを楽しみに
しているが、何か分かるような気がする。 都会は、脳が外部化したものというが、
成るほど、そのとおりである。また東京駅の丸の内の再開発ビル群にも驚いてしまう。
丸ビル、新丸ビル、そしてオアゾも地下で通路が行き来できる。たまに行くには良いが、
都会暮らしは、私にはそぐわない。とはいえ、田舎の閉鎖性も、どんよりして好きでない。
 ・・・・・・・
3541, 価値観の中心の書き換え ー3
2010年12月05日(日)
 誰もが、人生の節目は価値観の中心の変わり目になる。
それが小中高校の進学時だったり、社会人になる時だったり、家庭を持ったり、大病を
患った時だったり。若いときは成功物語を夢見、そして挫折を繰り返しながら、中心の
価値観が変貌していく。節目を打つとは中心の思い切った書き換えということになる。
社会に出て10年スパンか、20年スパンで、節目を自分で作っている人を時々見かける。
人生設計をし、それに従って生きるのも道理。起承転結という文章作法(あるいは
四コマ漫画)のとおり、起=0〜19、承=20〜39、転=40〜59、結=60歳〜 を、
区切りとする視点も、分かりやすい。文章作法では、一番大事なのが「転」というから、
40〜59歳が胸突き八丁で大変だが、心して生きなければならない時期。
しかし振り返ると、それぞれが同じ位、重要であるのも事実。19歳までは、基礎づくり、
39歳までの20年全力投球、59歳までは苦しみ、楽しみを味わい、60歳以降は、
それまでの経験を振り返り、鳥瞰した目で人生の仕上げに入る時期になる。
「価値」に一番近い言葉として「意味」がある。人生の意味を突き詰めると、
自分の物語をつくっていくことになる。そうすると自ずから人生観の中心に自分の理想、
挫折などの経験が、物語の要素になる。どれがベストという訳にはいかない。
それぞれの人生があるから。「上を見れば限がない。横を見れば情けない、
下を見れば底がない」のが比較の世界。所詮は、死んで三日も経てば、過去の人として
忘却の彼方に消えていく。「価値観の中心の書き換え」も生きていればこそ。 
それが出来るのは「いま、ここ」だけ。 「人生の意味など何も無い!で、
いいじゃないか!」も、事実。 「日々是、己に口実!」もある。
 ・・・・・・・・
3166,シュリーマンの話  ー3
 2009年12月05日(土)
 5年前に、シュリーマンの話を二日続けて書いた。映画の「トロイ」を放映が
キッカケである。その時の内容は彼の人生と勉強法だったが、たまたま図書館で
借りた「09年ベストエッセイ集」の中で、「リーマンの見た日本」のテーマで
(文藝春秋に記載)載っていた。作者が但木敬一前検事総長というから、なお注目した。  
  ーその面白そうなところを抜粋したー
・ 私の家の菩提寺は、品川にある東禅寺である。幕末の頃、この寺はその一部を
イギリス公使館として使わせていた。1861年とその翌年の二回にわたり、攘夷派
浪士の襲撃を受け、多数の死傷者を出した。広い庭と複雑な屋敷の造りが幸いして
オールコック公使は難を逃れたが、当時の刀痕は、今なお柱などに残っている。
シュリーマンがこの寺を訪れたのは1865年、明治維新の3年ほど前の6月である。
「シュリーマン旅行記 清国・日本」には、「ほうぼうの障子紙に、この襲撃のときに
できた大きな血痕がまだ残っている」と当時の生々しい情景を伝えている。
トロイやミュケナイの遺跡を発掘した天才児シュリーマンを知らぬ人はなかろう。
元々ドイツ人であるが、強運と天才的な商才にめぐまれ、ロシアで巨万の富を築いた。
少年の頃からの夢を果たすべく、41歳で全ての経済活動かを止め、世界漫遊の後、
古代遺跡の発掘に取り組んだ。
・ このシュリーマンが巡り会った清国と日本、それは全く違う国であった。 
 彼は横浜に入った時、子供を背負った女などの乗った無数の小船に取り囲まれて
いないことに気づき、日本に到着したと実感した。中国では、物売りの小船に囲まれる。
 しかし陸まで運んでくれた艀の船頭の請求金額の余りにも控え目な額に「これでは
ぎりぎりではないか」と大いに驚き、褌と入れ墨で働く日本の労働者の律儀さを体感する。
更に、税関の役人である武士の清廉さに出会って、彼の日本人好きは決定的になる。 
役人は彼の荷物の開披を求めた。彼はこれを免れようと役人に金を渡そうとする。 
役人は、「自分は日本男児であるから、心づけに吊られて義務をないがしろするのは
尊厳にもとる」とその受け取りを拒否した。 にもかかわらず、役人は最後まで礼儀正しく
好意的で親切。清国の税関での見聞に対比して、その違いにビックリするのが分かる。
以後、彼の日本びいきは最後まで一貫している。
・日本の民家のたたずまいから、家具の簡潔さ、畳と正座と布団の関係、公衆浴場、
髪結いから懐紙に至るまで子細に観察した上、「日本人が世界で一番清潔な国民で
あることは異論の余地がない」と断じる。 何日も持ち歩くハンケチよりも鼻紙の方が
清潔であるヨーロッパ文化に対する異論まで持ち出し、「家々の奥の方には必ず花が
咲いていて、低く刈り込まれた木で縁取られた庭が見える。
日本人はみんな園芸愛好家である。日本の住宅はおしなべて清潔さのお手本である」
と絶賛する。 =それにつけても、現在の日本は!と著者はいいたいのだろう。 つづく
 ・・・・・・・・・
2801, イングランド・ツアー 
 2008年12月05日(金)
 時系列でなく、まずはロンドンから書いてみる。ロンドンには学生時代に来たことがあるが、
あまり良い印象は残ってない。ロンドンブリッジと、バッキンガム宮殿と、ウエストミンスター
大聖堂と、地下鉄に乗った記憶と、大英博物館に入って、そこで日本人留学生二人が
私と友人を丁寧に案内してくれたことがあったが、そのこと位しか憶えてなかった。
 今度は、大英博物館とナショナル・ギャラリーとピカデリー・サーカスの繁華街を中心に
絞って見てまわると決め、走るように見てきた。初日に、大英博物館の主だったコレクション
を現地添乗員がダイジェスト的に(一時間)説明してくれた。翌日、午前中はオプションの
ウィンザー城の見学、 午後はナショナル・ギャラリーと(再び)大英博物館に行ってきた。 
  *まずはナショナル・ギャラリー。 
ダビンチ、セザンヌ、ゴーギャンなどの絵画が展示されていた。特にゴッホの『ヒマワリ』の絵に
身が竦んでしまった。 周りに誰もいないところで、独り数分間対峙できたのは至福の時間であった。
絵からは作者の波動が出ているというが成るほど、こういうことなのかと思い知らされた。 
絵から一対一で直接、このような作家のエネルギーを感じ取ったのは初めの経験である。
 入館料は、大英博物館も、ナショナル・ギャラリーも無料。
世界のお宝が無造作に置いてあるのだから如何に底力があるかである。
  *次に大英博物館。
エジプトやギリシャの遺跡を見てまわってみて、国宝級の多くが英国に奪略されて
大英博物館にあるのを聞かされていた。それが何気なく展示されているのは、
世界三大博物館の貫禄である。ここは250年の輝ける歴史があり、多くの資産家や
外交官などの寄贈で、世界中のコレクションが集められている。
その中でも、一番のコレクションといえば、『ロゼッタ・ストーン』である。 
ウキィペディアによると、【ロゼッタ・ストーンは1799年7月15日、ナポレオン・ボナパルトが
エジプト遠征を行った際、フランス軍のブシャール大尉によってエジプトの港湾都市ロゼッタで
発見された。 縦114.4cm、横72.3cm、厚さ27.9cm、重量760kg。 暗色の花崗閃緑岩
からできていて、岩には文字が刻まれており、エジプト語とギリシャ語(コイネー)の2種類の
言語で書かれており、3種類の文字で記されていた。その内容とは、ヘレニズム期の
エジプトプトレマイオス王朝プトレマイオス5世エピファネス施政下の紀元前196年に
開かれたメンフィスの宗教会議の布告を書き写したものである。 同一の内容が、
エジプト語は神聖文字(ヒエログリフ)と衆文字(デモティック)、ギリシア語はギリシア
文字で刻まれている。】以上だが、ガイドによると、これは大英博物館での一番の
コレクションという。また黄金のヨガのスタイルの彫刻が圧巻。
ネットで調べた内容から・・・ (字数制限のためカット 11年12月05日)
・・・・・・・・・・
2007年12月05日(水)
2436, 2008年平成大恐慌が日本を襲う!     オハヨウ (∀`* ゴザイマス!


5012,幸福優位7つの法則 −4

2014年12月04日(木)

         【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
   * 法則3: テトリス効果
 ー まずは、テトリス効果の意味を、要約すると
≪ テトリスという強い中毒性の強いゲームがある。一度、はまると、街を歩いていても、
本屋の本から電気屋の段ボールまで、何でもテトリスに見えて組み合わせたいと思ってしまう。
 周囲に、この「テトリス効果」にとらわれている人がいる。いや、誰もが、何らかのカタチで、
同じように無意識で実行する習性を持つ。思考や行動が一つのパターンにはまって、そこから
逃れられない人。しかも、それは、ネガティブのパターンである。
 このテトリス効果は良い方向にも悪い方向にも働く。刑事は、知らぬ間に不正を探している。
警察官は、家族まで不正探しの習性がついてしまう傾向が強くなり、一般人からみたら異様に
見えることがある。税理士は監査などで、毎日細かい経理のミス探しを続けるため、家に帰って
からも家族のあらを探しをする傾向になる。これらは負のテトリス効果だ。
 逆に、良い方向に働くと、テトリス効果は抜群の効果を発揮する。
ここで、「今日あった3つの良いこと」の振り返りがある。一日に5分、この作業を毎日繰り返す
ことで、脳内に、ポジティブな自分をスキャンする回路が生まれ、徐々にポジティブな部分を
見つめるようになる。意識的にポジティブなことを考えることで、それまで頭にあった
ネガティブなことを意識から追い出すことができ、心が安定する効果がある。・・
 科学者によると、我々に入ってくる情報のうち、およそ100分の1しか覚えてないという。
他は効率よくフィルターではねられて、脳の中のごみ箱箱に捨てられる。我々は見ようと思う
ものしか目に入らない。自分が買いたい車か、買った車しか目に入らない経験があるだろう。
 ・・脳が常にポジティブな面をスキャンしてそれに注目すると、最も重要な3つのツール
「幸福」「感謝」「楽観性」の恩恵を受けることができる。恩恵は、「幸福優位性」で述べた。
二つ目の有益なメカニズムは「感謝」である。ポジティブな感情で持つ機会が増えるほど、
感謝の気持ちを覚える。感謝を常に忘れない人たちは、活発で、心の知能指数が高く、
寛容で、抑うつになりにくく、不安や孤独も感じないことが、多くの研究が証明している。
三つ目は「楽観性」。脳がポジティブの事柄を多く拾上げるほど、いいことが続くと思えるので、
ますます楽観的になる。ある研究によると、楽観主義者は、悲観主義者に比べてより多くの
困難な目標を立てる。そして、その目標達成のために多くの努力を注ぎ込み、困難に
長時間立ち向かうので、障害を比較的簡単に乗り越えることが実証されている。・・・ ≫
▼ 私は商家で育ったため、何事も損得で考える傾向が強いことに学生時代に自覚したとき、
 ゾ〜ッとしたことがある。社会には、損得以前に、善悪、嗜好、倫理など、様々な道理がある。
それを知るのが教養である。 私が一番警戒している、『世間様』がテトリス効果で、小さな
世界の価値観に縛られ、思考や行動が凝縮した人たち。小さな岩穴の中で、大きくなり、
その穴から出られなくなった山椒魚そのもの。誰もが、少なからず持っている要素だが。
 うつ病は、その穴の中で精神が圧迫された状態から生じる症状である。
・・・・・・
4645, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー2
2013年12月04日(水)
          『一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』ジョシュア・ジョア著
   * 古代ギリシャの記憶術の誕生 ー「シモデスの記憶術」
 この本は、科学ジャーナリストが、古代ギリシャの時代から知識人の間で受け継がれて
きた記憶術で、1年後に記憶力全米チャンピオンに輝くまでを描いた実験ドキュメンタリー。 
ベストセラーになったが、当然の内容である。記憶をまず洞窟の岩壁に書き残し、次に
石片、木片、動物の革、紙、そして今ではデジタルに変化してきた。それが外部記憶装置。
そのため、ネット検索で、一瞬にして世界中の情報を取ることが可能になった。
その中で記憶力が、どこまで必要なのだろうか。 ー「シモデスの記憶術」を検索するとー
【 奇跡的偶然で助かったシモデス。身内や知人を崩れた瓦礫の中から遺体を掘り出したが、
 酷く押しつぶされ見分けも付かない。しかしシモニデスは、パーティに参加していた人達が、
どこに座っていたかの記憶を頼りに、その位置から身元を判別し、一人一人を埋葬することが
できた。この経験からシモニデスは、記憶術(座の方法)を思いついた。 『鮮明な記憶
というものは、順序や場所と関連付けられた場合、鮮明に蘇ること』を発見した。
この「座の方法」=「記憶を鮮明の保持する方法(記憶術)」は、
1、何かの場所を選ぶ 
2、記憶したい物事のイメージを描き 
3、それぞれの場所に関連付けていく方法で、
 現代記憶術で言う「場所法」です。シモニデスは更に、『場所の順番が物を護ってくれ、
物のイメージが記憶そのものを護ることになり、我々は、場所を蝋板代わりに、イメージを
文字代わりにして、関連付ければいい』と、記憶術の真髄を述る。これが2500年前に
発見された記憶法である。 】 
▼ 早速、事例にした、熊、ゴミ、靴、大学、ドラマ、トラックなどをイメージし、自宅の駐車場、
庭、玄関、居間に貼り付けた。そして一日後、思い出してみたら完璧に憶えていた。
ベテランでも時に忘れるが‘記憶の不備’でなく‘認知の不備’という。ここで、紹介していた
実験に考えさせられた。学生たちに30枚の写真をスライドで見せて、憶えているか?
と聞いたところ、全員が笑って、憶えているわけがないという。そこで、その一枚一枚の
横に違う写真を貼り付けて、見せたところ、最初にみた写真を、全員が憶えていた。
人間は、一度見たもの、経験したことの殆どを記憶しているという。
48回の海外旅行の行先の旅番組を見るのが楽しみの一つだが、行ってなければ、
見ないし、その時の、記憶と番組が混合し、再び、そこに行った気持ちになる。
番組の映像が、この二枚並べたスライドと同じ効果が働き、少し違う風景から、
実体験の記憶が蘇ってくる。だから何でも見てやろう、挑戦してみようという
積極一貫の精神が必要ということ。  考えさせらる本である。
・・・・・・ 
4280, 閑話小題 ー随想日記のテーマの見つけ方
2012年12月04日(火)
   * 随想日記のテーマの見つけ方
 11年7ヶ月、休むことなく、この随想日記を書き続けてきた。一つの張り合いになって
いるが、問題はテーマのネタ。これが難しい、というより思い浮かばない。TVや新聞から
思いついたり、雑談で思いついたり様々である。二週間に1〜2度、図書館で10冊を
借り換える。それを机の左に積み重ねておき見つけるのが半分くらいだろうか。
自分が面白い、成るほど、と納得する内容でないと後で読み返した時、心に振動しない。
その為、本探しから違ってくるが、これが良い。それと、たびたび自分のワダカマリを
テーマにする。これは考えることになり、解消の切欠になる。
去春以来、何のワダカマリをテーマにしてきたのは、そのため。 赤裸々過ぎたが。 
その時々のテーマを探すのは、人生にとって最重要事項。それを続けることは最上の
習慣化だが、12年近く実施しているわりに教養が増した感がない。書いたと同時に
完全に忘却するためだろう。しかし、この習慣、一度身に着けると良いことが多々ある。
何か事があると、その場でキーワードを探し文章化してしまう。3つも見つければ、
完成に近い。それは、考えることそのもの。それを後でパソコンに書き込むが、メインの
キーワードをテーマに入れる。そこで違うテーマに変更する場合がある。
毎日書いていると、その辺が何とも面白い。 プロの書き手はテーマを依頼されると、
数十冊、数百冊の本を集め、目を通すという。その過程で内容の荒筋をつくり、その後、
内容の肉付けをしていく。 現在ではパソコンとネットがある。アマゾンなどから多くの
資料の入手が可能になった。4千も超えると、同じような内容を知らぬうちの繰り返し
書いている。現在のような、有り余るような時間の中では、テーマ探しは、けっこう
面白いもの。それにしても、下記のテーマと文章を読み返すと、赤裸々で、心根が、
そのまま現れ出ている。今さら、虚飾も何もないと開き直るしかない!
 ・・・・・・
3905、さらし首の独り言
2011年12月04日(日)
 あの日から八ヶ月、現在置かれている立場は打首獄門の刑場のさらし台の首のようなもの。 
しかし、それが面白い。その首が目をパチクリし見物人の評価している目線と心境が、である。 
それも、「その辺の世間様レベル」の目線が、かって憶えのある自分の目線として蘇ってくる。 
カント哲学の具体例とすると分かりやすい。見物人は、それぞれ知っている範囲の情報と
知識で烙印を押し付けてくる。それは自分のことを言っているに過ぎないことを全く
自覚していない?愛らしさ。人生の満足度が低い人ほど、自分の影としての対象として
鬱憤をぶつけている。それが世間様の犠牲者、「その辺の輩」という所以。
自己卑下を他の対象に投影するに一番手っ取り早い世間話のため、その視線が、そのまま、
その人となり。 他者を批難することは、自分を更に卑下しているだけの理屈が分からない。 
それが身近ほど辛辣になるから、人間観察にはもってこいになる。 
元もと卑しい臭いのする人は近づけないつもりだったが、実は違っていた? しかし、
それが人間の赤裸々の姿。これは「自己確立の出来ているかどうか」の基準で見ると、
直ぐに分かる。 この10数年、独学で哲学を学んできた?が、自分の頭で考えること、
現象の中にある事実と、その中の真実。その真実も、本当に真実なのか、それとも
カントの言う、自分の経験と知識の範囲の思い込みなのか?という自問自答。 
その意味では「その辺の何=自己卑下の人」も、実は私自身が貼り付けた言葉でしかない。
世の中、何も考えてないと思える人が多い。特に老いてくると、それが露出する。
それが、この文章を書いている自分に当てはまるから、これも自己卑下。
これは、実はお互い様ということ。人生は悲劇と喜劇は紙一重。 悲しくもあり、
可笑しくもありが人生、と実感する日々この頃である。 
・・・・・・・
3540, 価値観の中心の書き換え ー2
2010年12月04日(土)
  * 石井一男という画家
「ビジネス書 大バカ事典」勢古浩爾・著の中で、数多のいい加減なビジネス書をなで斬りを
している反面、こういう画家には優しい眼差しを向ける。さっそく、ネットで絵をみたが息を飲む
ほど素晴らしい。一種の自閉症?なのだろうが、画家の魂が対象の画中の女性や花から
迸り出ている。何か自分の世界の中で作り上げた女性像が彼の魂から溢れ出て迫ってくる。
何が成功か、そんなものと、勢古がいうのも理解できる。  ーまず、勢古の文章からー
【 石井一男という画家である。TBSの「情熱大陸」という番組で知った。
人付き合いが苦手で、49歳までアルバイトだけで生計を立ててきた。それも、人とあまり
関わらなくてもいい仕事ばかりを選んだ。神戸在住で長屋の二階にひとりで住んでいる。
母親が購入したものだから部屋代は必要ないが、生活費は月七、八万円。酒も煙草も
パチンコも一切やらない。喫茶店にも滅多にいかない。 夕食は近所の惣菜屋で100円に
値下がりした惣菜二種類と100円のパック入りごはんを買って済ます。 しかしそれらを
きちんと器に移して盛る。可愛いことにみかん一個のデギトもつける。それをひとりで正座して
食べる。絵を描いてきた。だれにも師事せず、どの団体にも属さず、途中休止した年月も
あるが、たったひとりで描いてきた。ときおり行く画廊の主人が書いた文章を読んだことが
きっかけだ。この人なら自分の絵を見てもらえるかもしれないと思い、手紙を書いた。
この気持ちはじつによくわかる。ちょっとだけ大きい世界に開くこと。そして、ひとりの
承認者がいてくれたら、と願うこと。主人は石井の絵を見て「こんな人がいたのか」と驚き、
個展を開いた。石井一男の絵は49歳ではじめて陽の目を見た。人々の目を惹きつけたのは、
ルオーの画風に似た純粋な「女神」シリーズである。目を瞑った慈母か天使のような顔が
描かれている。その絵を見た人のなかには、涙を流す人がいた。わたしが好きなのは、
後藤正治『奇蹟の画家』の冒頭に載せられた黒一色の「女神」(二〇〇八年)である。
表情がいい。石井その人もまた、絵に似て、いい。長身で痩身。照れ屋で寡黙である。
無愛想ではない。温厚である。恥ずかしそうな笑顔である。1943年、神戸生まれ。
父親はフィリピンのルソン島で戦死。祖母と母の三人で暮らしてきた。その祖母も亡くなり、
現在、母は九〇代になり老人保健施設で暮らしている。この個展で100万円の
収入があった。しかし石井はそれを貰うことを拒み、ある団体に寄附しようとしたのである。 
画廊の主人はそれを思いとどまらせた。絵を見てもらえるだけで満足だったのかもしれない。
それ以上の反応は、おそらく過分なものだったのだろう。その後、個展は大阪や東京でも
開催されるようになり、作品もほとんど完売するという。 固定ファンもついた。
小さくて静かなブームになっているといっていい。だが、石井一男の生活は以前と
まったく変わらない。マンションなどに移るつもりはまったくないという。
長屋の二畳と六畳一間の部屋。母親を見舞う。生活費は相変わらず月7.8万。・・・】
 ー
 勢古の本を読むのは数年ぶりだが、なかなか味わいが出てきた。 ところで朝のNHKのドラマ、
今年になってから、「ゲゲゲの女房」以来である。時間帯を7時半からBSで放送したこともある。
現在は、「てっぱん」である。下宿屋の人間模様を藤純子を主役?としている内容だが、そこに自閉症の
初老の画家がいる。石井一男がモデルなのだろうかと思ったが・・
ネットでみた石井一男の絵に、一瞬で虜になってしまった。パソコンにファイルしたが・・
 ・・・・・・・・
3165,金本位制が復活? −2
2009年12月04日(金)
*ーそれでは、「アメリカ金本位制復活論」の高橋靖夫が文藝春秋に記載した
一部を抜粋するー
1971年8月15日、ニクソン大統領は突然、金とドルの交換を停止した。世界を仰天させたこの
「ニクソン・ショック」によって、金は「通貨としての役割」を否定され、たんなる「商品としての地位」
に追いやられた。 当時の通説は、「モノづくり」で競争力を失った米国が、ドルを守り切れなく
なったために「ブレストンウッズ体制を自ら放棄した。 ところがその後の米国といえば、崩壊
どころかドル覇権を拡大し、冷戦終結後にはユニテラリズムを振りかざす唯一超大国として
「独り勝ち」を達成した。では、「崩壊」したかに見えたニクソン・ショックの狙いはなんだったか。
ブレストンウッズ体制下では、アメリカは1オンス35ドルで各国政府の保有する金の交換を
保証していたため、赤字の増加は金の流出につながる。そこで米国は”負けたふり”をして
「失った金の再備蓄」を密かに狙ったのだ。
 米国は金とドルの交換という「責任」を放棄しながら、基軸通貨特権を享受しつつ、
固定相場制から変動相場制への制度変更を仕掛けたのだ。と同時に、金の通貨としての
魅力を否定することで金相場を下落させ、失った金を安く買い戻せるように仕掛けた。
つまり金本位制を停止した時からすでに、再び金本位制に戻す機会を狙っていたのである。
むろん、そんなことは、経済白書で発表されることも、ウォールストリート・ジャーナルに
書かれることもない。しかし、米国が金を「捨てた」かのように見せつつ、決して金の価値を
忘れていなかったことを記す状況証拠なら、幾らでもある。 たとえばニクソン・ショック
からわずか3年後の74年12月、米国は奇妙なふたつの政策を実行した。
 ▲40年ぶりの「国民の金所有の自由化」
 金先物市場の狙いは「ロンドンから金の価格決定権を奪う」こと、そして金所有の自由化は
「民間による金の備蓄を進める」こと。共に戦略的な「米国による金の囲い込み」である。 
米国の金相場の操作は極めて巧妙だった。ヨーロッパの投機家たちを抑え込むために、
74年12月31日、国家備蓄のなかから200万オンス(約62t)の金を放出すると発表し、
相場の「冷やし玉」にした。 同時に有力金融機関には「不買キャンペーン」を行わせた。
その結果、金価格は74年12月31日の「国民への自由化」の197.5ドルをピークに、
75年6月の130ドル近くまで下落を続けた。こうして米国国民は安い価格帯で
金を買うことができるようになったのである。 (字数制限のためカット 2010年12月4日)
 ・・・・・・・・・
2800,イングランド・ツアー 
 2008年12月04日(木)
 昨日、イングランドのツアーから帰ってきた。この世界恐慌前夜に行くべきかどうか
迷ったが、少なくとも年一の海外に出る習慣は守るということで、決断した。
29名のツアーで、イングランドの北の湖水地区と、古い町並みのコッツウォルズ地区、
ロンドンをバスで回るツアー。英国は秘境ツアー御宅にとって、毛色の変わった場所だが、
たまたま現在の中では一番、価値があると判断をした。私の評価基準からして、80点以上は
無いだろうと思っていたが、その通りであった。しかし、今回の旅行は75点の評価だから、
まあ良かったということになる。湖水地区の自然を散策するイメージに引き付けられたが、
奥深く行く探索する内容ではなかった。二日じゃ無理だが。 それよりコッツウォルズ地区の
古い村の景色の美しさには感動をした。一箇所が二泊ずつ三箇所に泊まるため、非常に
楽な日程だった。格式の高いところや公共に対する意識が高いところは日本に似ていた。
いや日本が、イギリスに感化されたということだ。 
 ー印象を思いまま書いてみると
・島国で、立憲君主制?で、緑に覆われているところが、
日本に似ているので、違和感が少ないのが印象的である。
・面積は日本の本州とホボ同じ大きさで、
・人口が6000万人、
・平地面積が80%で、日本の16%とは違う。
 そのため、日本人は非常に大きく感じるという。 
・小さい国土のわりに食料自給率は80%もあるという。
 (字数制限のためカット 2011年12月4日) 


5011,幸福優位7つの法則 −3

2014年12月03日(水)

        【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著
  * 法則2: 心のレバレッジ化
 この法則は、マインドセットを変えて「気の持ち方を鍛えよ」ということ。
オバマが大統領になってから、黒人生徒の成績が飛躍的にのびて白人との差が無くなった。
黒人の自己不信が白人との成績の差になっていたが、オバマ効果で、無くなったという。
三年前の節目時などで実感することは、どんなことでも、少し視点、支点を変えてみると、
全く違ってくること。過去の経験で、ある程度は分かってはいたが、最悪?の事態が、
もしかして、最善ではないかという支点を変えると、その要素が幾らでも見えてくる。 
ーその辺からー
≪・シーソーで、支点を動かせば状況は変わる。大きな子の方に支点を近づければ、
その子の側が持ち上がりやすくなる。もっと近づければ、今度は小さい子の方が大きな子
よりも効果的に体重を使えるようになる。さらに近づければ、最後には小さい子はシーソー
から降りても、指一本でシーソーを動かし、大きな友達を持ち上げることもできる。つまり
エネルギーが働く点を動かせば、シーソーを「天秤」から「強力なてこ」に変えられるのである。
これがまさに、アルキメデスの言わんとしたこと。十分な長さのテコと、これを置くことの
できる台(支点)があれば、地球を持ち上げることさえできる。 私は、人の脳もこれと
同じように働くのではないかと思った。潜在的な可能性を最大にする力は、二つの重要な
要素に基づく。一つはテコの長さ、つまり「自分が持っていると信じる潜在能力や可能性」、
もう一つは支点の位置、つまり「変化を起こす力を生じさせるマインドセット」の二つである。
・チームは幾つかの実験を行なった。アジア人女性を集めて2日に分けて同じ難易度の
数学のテストを受験させ、最初のテストの前には「女性は男性に較べて数学が苦手」
という話しをし、それを考えてもらってから試験を開始した。次に2回目のテストの前に
「アジア人は他の人種よりも数学能力が高い」という話をし、それを考えてもらって受験
させたところ、2回のテスト問題の難易度は同じだったにも関わらず、2回目のテストは
1回目より飛躍的に跳ね上がった。難しい案件や困難な仕事に立ち向かう時には、
意識して自分が優れていると、自分が自信を持っていると考えるようにすれば良い。
・他に「自分の能力はどんどん向上する」と考えている学生と、「自分の能力は固定
されている」と考えている学生をそれぞれグループにし、一定期間ごとに英語の能力を
計測した香港大学の事例も興味深い。もちろん「自分の能力はどんどん向上する」と
考えている学生の成績はどんどん良くなり、「自分の能力は固定されている」と考えている
グループの英語の成績はほとんど伸びなかったという。「うまくできる」と思っている人は
うまくできる。そして「ダメだろう」と思っている人はうまくできない。ならば、自分の中にある
「小さな自信」の「てこ」の場所を変えて支点をずらすことで、「心のレバレッジ」がかかり、
徐々に大きな事柄にも自信を持って取り組めるようになるのだ。≫
▼ 人生の節目は、マインドセットを変えるチャンス。節目で、その種の本を読み、
噛みしめてきた。大きな挫折には、多くのチャンスが隠されているが、問題は、それを
見つけること。 節目では、過去をオフをし、新たなチャンスをトレードすること。その時に
心のレバレッジが働く! 三年前の支点変更に対するキーワードが、「森の生活から
サバンナの世界へ」であった。
・・・・・・
4644, 一年で全米記憶力チャンピオンになれた理由 ー1
2013年12月03日(火)
 著者自身の実験ドキュメンタリーにした面白い本。冒頭の一節からして読者を引き込んでいく。
外部記憶としてのデジカメ、パソコン、ネットが際限なく進化している現在、今さら内部記憶力が、
何になる?と、誰しもが思うこと。しかし、その脳も、殆ど使われてない。
私のように、特に忘れやすいものにとって、惹かれる内容である。
  ー内容紹介ー
{ 古代ギリシャで知識人の必須のツールであった「記憶術」と、最先端の脳科学や一流の
プロたちの技術習得の秘訣を学び、全米記憶力選手権で優勝するまでの1年を描いた
全米ベストセラーの話題作。われわれ一般人でも、訓練すれば記憶の達人になれるのか? 
記憶力はせいぜいで人並みであると自称する新進気鋭の科学ジャーナリストが、
古代ギリシャの時代から知識人の間で受け継がれてきた由緒正しい記憶術を武器に、
1年で記憶力の全米チャンピオンに輝くまでを描いた実験ドキュメンタリー。
著者が体験した記憶力訓練の記録であり、また記憶力の競技会という奇妙な世界に
生息する愛すべき変わり者たちの物語である。古代から中世にかけて、知識人の必須の
教養であった「記憶術」の歴史も語られる。脳と記憶についての科学的な考察もある。
記憶の魅力に取り憑かれた著者が、好奇心の赴くままに記憶の世界を縦横無尽に
駆けめぐる。面白さと、知的興奮を与える1冊。}   =まず冒頭の一節から=
《 紀元前5世紀の悲劇の宮殿。生き残ったのは彼だけだった。しばらくし人々がやってきて、
 瓦礫をかき分け、捜索を始めた。指輪でも履物でも何でもいい。そこに埋もれているのが
自分の身内だと教えてくれるものが見つかることを祈って。その少し前、古代ギリシャの
詩人、ケオスのシモニデスは、テッサリアの名士、スコパス家の祝典で歌を披露していた。
歌を終えて席に着くと、使者が彼の肩をたたいた。2人の男が馬でやってきて、
伝えたいことがあるので外で待っているという。彼は再び立ち上がって、扉に向かった。
外に出たまさにそのとき、宴会場の屋根がものすごい音を立て崩れ落ち、大理石の
かけらと埃が舞い散った。今、彼は、がれきと死体の海の中に立ち尽くしていた。
さっきまでにぎやかな笑い声が響いていた空間には、ただ陰鬱な空気が立ち込めている。
人々が必死になってがれきを掘り起こしていくが、瓦礫の中から引っ張り出された死体は
ひどく損傷していて、誰のものとも見分けがつかない。誰がどの席に座っていたかわかる者も
いないのだろう。 シモニデスはあらゆる感覚を自分の周囲に集中させ、頭の中で時計を
巻戻した。その時、記憶の概念を変える奇跡が起こった!―大理石のかけらが積み
上がって柱になり、その上の装飾部分も蘇った。石のかけらは食器に、がれきから
突き出ていた木片はテーブルになった。彼は客人の一人ひとりに目をやった。
皆、悲劇が迫っているとは知らずに席に着いている。一番前の席でスコバスが笑っている。
彼の向かいには友人の詩人が座っていて、皿のソースをパンですくっている。
貴族の男性が気取った笑みを浮かべている。 窓を見やると、使いの者が、こちらに
向かってやってくる。何か重要な知らせがあるようだ――。シモニデスは目を開けた。
そして、混乱する人々の手を取り、ゆっくりとがれきの上に歩を進め、彼らの愛する人が
座っていた場所へと案内した。これが、記憶術が誕生した伝説の瞬間である。 》
▼ 次回に、「シモニデスの記憶術」について書いてみるが、記憶にイメージを使うことも
知らずに、この年齢まできた。試験などの記憶は、とにもかくにも何度も口に出して繰り
返すか、紙に書いて、それを何度も読み返す程度であった。12年前に、読書の要点とか、
その時どきの思いを、ブログに書いて、時系列と、分類をすることを思い立った。
ブログが出始めの頃で、これは個人用のHPだった。それを公開することで、逆に客観性を
持たせ、内容のレベルを落とせない?ようにした。外部記憶装置をネットに公開したことになる。 
だから、底の浅い自分が、そのまま表出するが、今さら!と割り切ってしまえば、
これはこれで自己実現になっている。    ーつづく
・・・・・・
4279, 閑話小題 ー中小企業420万社、円滑法適応は一割弱 
2012年12月03日(月)
  * 中小企業420万社、円滑法適応は一割弱
 先日の朝日新聞の記事に「中小企業支援 息切れ」という記事があった。ーその概略はー
≪ 中小は来春の借金返済を先延ばしする「金融円滑法」の期限切れを向かえるが、
景気が更に悪化するなか、倒産が増え、不良債権がふくらむ恐れが出てきた。
全国の中小企業420万社のうち、円滑法の適応を受けているのは30〜40万社と
一割弱が適用をされたという。そのため、08,09年に1万5千件を超えていた中小の
倒産が、10、11年には一割減の1万3千前後に、今年も似たような件数で終わりそう。
円滑法の狙いはリーマンショックによる急激な経済悪化を和らげ、会社を立て直す機会を
与えることだった。だが、改善は進まず、繰り延ばしをする会社が多く、依存症になっている
状態。一年の時限立法も、二度も延期されたが、来年も、この事態では繰り延べもありうる。≫
▼ 私も、この金融円滑法で何とか生きつないだが、それでも売上減は激しく、ダウンした。 
 リーマンショックによる地方経済への打撃は、想像を絶するほど。地方では三割の中小は、
今日明日の資金繰りにおわれているのが実情。マスコミが、このまま打ち切りをした場合、
その半分の20万社の倒産もありうるというのも、あながち暴論とは思えない。
一割としても3万社で、二倍になる。さらに東北大震災が大きく消費マインドを冷やして
しまった。この記事で、思いのほか金融法の適用が企業の一割に満たないのと、
倒産が一年に一%もないのに驚いた。装置産業ほど借金が無いのだろう。
私の事業では装置産業のため一番、不景気に敏感な業種だったため、いち早く、
影響を受けたことになった。 来春に延期しても、その翌年は消費税の増税があり、
延期せざるを得なくなる。その前に大クラッシュが起き自壊する?から、延期も、
断行も大して変わらない? この冬の寒さは特にこたえる!
・・・・・・
3904, 精神力ーその偉大な力  ー5
2011年12月03日(土)
  * 決意の力は魔力のよう
 何かをなすに、まず決意が最重要になる。決意が出来ないため、乱れた心や、
乱れた事態が身の回りに起こるのです。そのためには、熟慮を早々して合理的前提から
決意をすること。エマソンの言うとおり「人間は生命を受けた宇宙の一片」である。
人間は己にめざめ、己を自覚する宇宙の一片である。その一片が、大生命力を表現したい
のである。・・・<人は、どんな事態にも正しい抜け道がある>
<どんな事態にも解決がある> そう信念として持ち、行動すればよい。そのためには、
何が正しく、何が正しくないかを見極め、一度見極めたら、決意をすることである。
ソクラテスは「善き人に起きることは、常に善きことです」「善き人には悪は来ない」と言い、
ダビデ王は「正しき人は見捨てられない」と言った。・・ もし私たちの知るよりも、いっそう
高い水準の正直さと高潔さを持って行動し、自分の側だけでなく、相手の側も考えるなら
――そして正しい決意や、積極的信念や、同情や、愛を経て、大生命力が善のみを
渡してくれると知るならば――その時は必ず正しい結果のみが続いて起こってくるものです。
  * 成功も失敗も、精神がつくる
 精神ー信念の、あの無限の素質を使うことができる唯一の場所は、私たちが思考するところ。
その思考の力は、マイナスに働く傾向が強い。そこで、自分を深くみて、その奥の無限の
素質や能力の泉を見い出せば、マイナスを乗り越えることが可能になる。
そのためには、正しさを見極め決意すること。
マイナスの雑草を抜き取り、新しいタネを蒔かなければなりません。
▼ 迷いに迷っていたことが、最後の最後に決意した時に、それまでの迷いがス〜ッと
消え去っていく経験は誰も持っている。決意をしてしまえば、後は、それまで障害と思って
いた事態の解決のための手段を探す手順になっていく。それでも、その見極めが甘く
間違った方向に踏み出すことがある。その時、結果が悪魔のように襲ってくる。
それでも考え尽くした後で、自分の勘の命じる決意の通り歩むしかない。
決意の成否の重要さを知るほど、事前の調査など準備の必要性が分かってくる。
決意のためには考え尽くさねばならない。そのことが重要になる。それでも失敗がある。
・・・・・・・
3539, 価値観の中心の書き換え
2010年12月03日(金)
  * 人生の転機
 なかなか面白い人生に出会った。「価値観の中心の書き換え」の話である。こういうことに
人生の早い段階で気づいて、転進する人もいるのである。凡人には出来ないこと。
父親の存在もあるのだろう。多くの矛盾した気持ちもあったろうに・・・
【 ジョン・ウッドは大学院を出て九一年から七年間、マイクロソフト社で猛烈に働いた。
 人が羨むような多額の報酬を得ていた。広くて快適な部屋、運転手つきの車、制限なしの
出張旅費。そんな男が初めての長い休暇をとりネパールにトレッキングにやってきた。
偶然、ある村の小学校を訪ね、図書館はあるものの本がまったくない現実を知った。
ネパールの非識字率は七〇%である。子どもたちは勉強したくても教材がない。
ウッドは自由に本を読めた少年時代の自分を振り返って身につまされ、先生と子どもたちに
今度来るときは本を持ってきますね、と約束した。それが始まりだった。
 仕事に見合う報酬はもらっていたが、つねにプレッシャーとストレスがあふれていた。
「墓に入ったら好ぎなだけ眠れるから」と、自分に言い聞かせていた気もする。
でも七年間ずっと、ある疑問を感じてもいた。これが人生のすべてなのだろうかー働けぽ
働くほど稼げるということだけが。僕は企業戦士の特殊部隊として生ぎる道を選んだ。
休暇はとりたいやつがとればいい。本物の戦士は週末も働き、航空会社のマイレージを
何万マイルも貯めて、拡大しつづけるマイクロソフト大国で自分のミニ王国を築く。
忙しいと文句を言うのは、会社の将来を考えていない証拠。
『マイクロソフトでは出会えなかった天職』ジョン・ウッド・ランダム八ウスウッドは
友人たちに本集めに協力してもらい山のようなメールを送った。徐々に本気になっていった。
やりがいを覚えるようにもなった。一年後、四四〇キロの重量の本を持って、ウッドは
父とともにネパールに帰ってきた。学校では歓迎式典が準備され、感謝の言葉と笑顔に
迎えられた。カトマンズの僧院で自問する。鐘が鳴り、数秒間の沈黙が流れ、
そして三〇人の修道僧が、のどを低く鳴らしてお経を唱えはじめた。暗がりのなかで
数百本のろうそくが揺れている。僕の心のなかは、平穏どころか大混乱していた。
二つの強い力が正反対の方向に引ぱり合っていた。マイクロソフトは僕を昇進させ、
二日後にはいつもの生活に戻らなけれぽならない。でも反対側では、僕にとっての
優先順位が急激に変わりつつあった。数百万人の子供が本を読めずにいるというのに、
台湾で来月ウィンドウズが何本売れるかということが、本当に重要なのだろうか。
ネパールの子供一10人中7人は生涯読み書きができないというのに、香港の電子商取引
ビジネスで先手をとろうとか、中国の海賊版対策に力を入れようとか、そこでウヅドは
マイクロソフトを辞めて、この仕事に従事する決意。 ふつうではちょえられない決断である。
・・・これは価値観の中心に置かれたものの書き換えである。人によって価値観の中心に
置かれたものはさまざまである。その周縁にもいろいろな欲望が分散している。
しかしウッドの価値観の中心が「成功」から「奉仕」へ入れ替わったのだ。
かつて不動の神として中心に鎮座していたものは周縁に吹き飛ぽされたのである。
(字数制限のためカット2011年12月3日)
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3164,「物語」と「小説」
2009年12月03日(木)
  「物語」と「小説」の違いは?をネットで調べたら、
・「小説」は“文字によって記述された「物語」”と定義。「物語」は―古老が話す口伝や、
 御伽噺などのなさまざまな形式などの“おはなし”。その違いは“その<おはなし>
を伝達する手法が、文字表現に限定されているか、されてないかにある。
・ 基本的には、物語は「出来事の連鎖」によって成り立つものを指す。 
 き手の「それからどうした、それからどうした」という欲求をみたしていく性質を持っている。
  一方、小説の概念は近代以降のもので、単に出来事の連鎖に止まらず、出来事と
出来事の間に相関的な意味のつながり(因果関係)が存在するように書かれたもの、
といわれる。
  ーー
 以上だが、脚本家の山田太一は、その違いを
≪「誰かから聞いたかは忘れたが、『小説には人生があり、物語にはない』という定義が
頭に残っている」とある。「シンデレラ」や「白雪姫」が人生を語ってない、とはいえない。
しかし、物語は人生の細部の現実を語ってはいない。その代わり、ありそうもない話の
楽しさがあるし、だからこそ込められている寓意も、端的な人生の要約もある。
一方、小説は「ありそうもない話」も、人生の細かな本当を積み上げて「ありそうな話」に
してしまう装置である≫と述べている。我われは何かのカタチで自分の物語を持っている。
それを文章にすると私小説になるが、とすると、山田太一の言うことは微妙に違ってくる。
誰にもそれぞれの人生があるからだ。そして、そのストーリーは、聞く人を惹きつける。 
10年前のことだが、80半ばの叔母が亡くなる少し前の法事の席で、《 私が一番悲しかった
ことは、戦時中に一歳の赤ちゃんを死なせたこと。医院から死んだばかりの背負ったいる
赤ちゃんの身体の温みが無くなっていくのが分かるの。辛かったわ!》
彼女の一番辛かったことを最後に物語りかったのだ。 その悲しみが、そのまま伝わって
くるようだった。小説家は、そういう事実を重ねて小説を構成していくから、虚構の世界に
引き込まれるのである。
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2799.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・8
 2008年12月03日(水)
【第7の法則】 何もしないことこそ、最大のリスクなのだ。
「みんな自分より賢いんだ。みんな自分より才能がある。みんな自分より背が高い。
みんな私より髪の毛の色が綺麗だわ。みんな私より可愛いわ。 みんな自分より運がいい。 
みんなコネをもっているけど自分にはない… (字数制限のためカット 2014年12月3日)

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